乳癌患者の術前・術後における精神状態に対する軽度運動実践

第 29 回健康医科学研究助成論文集
(12)
平成 24 年度 pp.12∼19(2014.3)
乳癌患者の術前・術後における精神状態に対する軽度運動実践
の効果 ―客観的評価尺度を用いた研究―
神 尾 麻紀子*
野 木 裕 子*
三 本 麗*
川 瀬 和 美*
加 藤 久美子*
鳥 海 弥寿雄*
武 山 浩*
THE EFFECT OF LOW INTENSITY EXERCISE FOR MENTAL STATUS
OF PERIOPERATIVE BREAST CANCER PATIENTS
Makiko Kamio, Rei Mimoto, Kumiko Kato, Hiroko Nogi, Kazumi Kawase,
Yasuo Toriumi, and Hiroshi Takeyama
SUMMARY
Objective: Breast cancer is one of the most common cancers, and it accounts for 20% of malignant tumors of
women. Psychological damage of the breast cancer patient is serious. In our institution, approximately 30% of the
early breast cancer patients diagnosed as depressed mental status before operation. Breast cancer patients have to receive hormone therapy, chemotherapy, and radiation therapy for a long term after operation. Depressed mental status
affects execution of the treatment, and the interruption of the treatment brings the risk of cancer recurrence. As a
treatment for depressed mental status of cancer patients, medication and psychotherapy are common, but some previous reports showed exercise is effective. Exercises provided in these reports were various kinds and strength, and the
standard prescription is not established. We investigate the effect of walking program as a mild aerobic exercise,
whether it improves the mental condition and quality of life(QOL)of breast cancer patients.
Methods: 25 breast cancer patients were recruited. Mental condition and QOL were assessed by Center for Epidemiologic Studies Depression Scale(CES-D)and Medical Outcomes Study 36-item Short Form Health Survey(SF36). Physical activity was measured by accelerometer(Lifecorder PLUS, Suzuken), and estimated using metabolic
equivalent foe task(MET). Participants mounted accelerometer after discharge, and baseline physical activity was
recorded till 1 month after operation. After recording baseline physical activity, we instructed to perform walking or
mild aerobic exercise beyond the amounts of baseline. Mental condition, QOL, and physical activity date were measured again after two months.
Results: Physical activity after intervention was significantly increased as compared to baseline. At pre-operation
phase, nine patients(36%)showed 16 points and above in CES-D, and determined as depressed mental status. A
subscale of SF-36(mental health)reduced significantly at the time of 3 months after operation. The scores of CES-D
and a subscale of SF-36(role-physical)were improved at the time of 3 months after operation, but they were not significant. Physical activity was correlated with the scores of CES-D and three subscales of SF-36(role-physical, roleemotional, vitality)
.
Conclusion: This study demonstrated the possibility that walking program as a mild exercise improved mental status and QOL of perioperative breast cancer patients. It is necessary to examine in more detail for clinical application.
Key words: breast cancer, depression, aerobic exercise.
東京慈恵会医科大学外科学講座 Department of Surgery, The Jikei University School of Medicine, Tokyo, Japan.
* (13)
学附属病院において手術適応と判断された原発性
緒 言
乳癌患者(臨床病期 0 ∼Ⅲ)のうち、十分な説明
癌患者に精神症状や気分変化が発生することは
を受け書面で同意が得られた20歳以上の患者25名
広く知られており、治療可能な病期の癌患者にお
を対象とした。精神疾患の既往があるか、または
け る う つ 状 態 の 発 生 率 は 20 % 程 度 と さ れ て い
現在精神疾患の治療中の者、心疾患や呼吸器疾患、
る 。
筋骨格系の疾患等の既往・合併により運動量の制
乳癌は女性の悪性腫瘍の20%を占め、女性に
限があるか、または運動の導入が不可能な者は除
とって最も遭遇することの多い悪性腫瘍である
外した。また先行研究では軽度運動を実践してい
が、心理反応・精神症状の発生率が高く、診断か
ない乳癌患者41名の手術後(退院時)と手術後 3
ら 1 年間にうつ状態と不安のいずれか、または両
か月目の CES-D(Center for Epidemiologic Studies
方の状態にあった乳癌患者は48%と半数近くを占
Depression Scale)の点数を記録しており 1)、これ
めるとされる6)。当施設における先行研究では、
をコントロール群として本研究の結果との比較を
診断から 1 ∼ 2 か月以内の手術前早期乳癌患者に
行った。SF-36(Medical Outcomes Study 36-item Short-
おいてうつ状態を示した患者が約30%を占めると
Form Health Survey)については先行研究と本研究
報告されている 。
の測定間隔が異なるため、比較は行わなかった。
乳癌患者は手術だけではなく、再発予防のため
対象者およびコントロール群の特性を表 1 に示
内分泌治療や抗癌剤、放射線治療などの集学的治
す。本研究は東京慈恵会医科大学倫理委員会の承
療を長期に行う必要性が指摘されている。した
認を得て行われた(承認番号:24-337)。
15)
11)
がって精神症状の存在は治療の遂行性に大きな影
B.研究プロトコール
響を及ぼし、治療の中断は治癒率低下のリスクを
研究プロトコールについて図 1 に示す。外来診
もたらす懸念がある。また、治療自体も患者の
察で病理組織学的に乳癌の診断が確定し、手術を
QOL 低下や疲労と関連し、精神状態に影響を及
行うことが決定した患者に研究への協力を要請
ぼす因子となる 。精神的ストレスと癌患者の生
し、参加の同意を得た。乳癌の手術が終了後 1 か
存率の関連については、乳癌患者で心理的因子と
月目より、外来で軽度運動の導入を行った。研究
生存率が関連するという報告がみられる
計画では手術前、手術後 1 か月目、 3 か月目、 5
5)
。
2,7)
これらの背景より、癌患者の精神症状に対して
か月目に介入しデータを収集する予定であった。
は適切な対応やサポートが必要不可欠である。精
しかし基準を満たす対象者の登録に時間を要し、
神科領域の治療は投薬や心理療法が一般的である
研究期間内に手術後 5 か月目までの結果が得られ
が、乳癌患者の精神症状や QOL 低下に対し運動
た対象者が半数未満であったため、今回の報告で
療法が有効であるとする研究が多く存在す
は手術後 3 か月目までの結果についての検討を行
る
。しかし今までの研究で行われた運動
うこととした。
療法はさまざまな種類、強度が提案されており、
C.評価項目
12,14,16,20)
一定の基準は設けられていない。本研究ではそれ
1 .精神状態、QOL の評価
らの運動療法のなかでも導入が比較的容易な軽度
自己記入式のアンケートを用いて精神状態、
運動に着目した。軽度運動としてウォーキングを
QOL の評価を行った。アンケートは手術前、手
中心とした有酸素運動を実践することで、周術期
術後 1 か月目、 3 か月目に行った。使用した評価
の乳癌患者の精神状態や QOL の改善に寄与する
尺度は以下のとおりである。
かを検討した。
1 )うつ状態自己評価尺度(CES-D)
研 究 方 法
A.対象者
2013年 4 月から 7 月までに、東京慈恵会医科大
米国国立精神衛生研究所(National Institute of
Mental Health; NIMH)により1977年に開発された
もので、20項目からなるうつ状態の自己記入式評
価尺度である。各項目は 0 ∼ 3 点の 4 段階で評価
(14)
表 1 .対象者の特性
Table 1.Participant characteristics.
Exercise group(n = 25)
Control group( n = 41 )
Age(years)
53.5
12.9(38-84)
51.6
5.6(145-170)
158.1
8.0(33-65)
Height(cm)
158.3
Weight(kg)
54.9
7.3(41-67)
54.1
7.4(38-73)
BMI(kg/m )
21.9
2.7(17.6-26.8)
21.7
3.4(17.1-32.0)
2
5.2(149-168)
Menopausal
pre
13
20
post
12
19
0
3
3
Ⅰ
14
17
Ⅱ
5
14
Ⅲ
3
5
lumpectomy
15
22
mastectomy
10
17
Disease stage
Surgery
Breast reconstruction
yes
4
5
no
21
36
16
27
5
18
11
26
Adjuvant therapy
hormone therapy
chemotherapy
radiation therapy
SD(range)
Mean
され、合計得点が16点以上でうつ状態と判定され
2 .身体活動量の評価
る。非専門医がうつ状態をスクリーニングできる
活動量測定器(ライフコーダ PLUS,スズケン,
ように作成されている
以下ライフコーダ)を手術後退院時より対象者に
。
18,21)
2 )SF-36
貸与し、浸水時(入浴・水中運動時等)を除く終
John E. Ware らによって作成された健康関連
日、ウエストの位置に装着するように指示した。
QOL を測定する自己報告式調査票である。現在
身体活動量と運動強度が記録された内蔵データを
50か国語以上に翻訳されており、世界的に幅広く
外来受診時(手術後 1 か月目、3 か月目)に回収、
使用されている。包括的な健康概念を身体機能
登録した。水泳等のライフコーダで測定不可能な
(physical functioning)
、身体的日常役割機能(role-
種類の運動については、運動内容と継続時間を記
physical)
、体の痛み(bodily pain)、全体的健康感
録させ聞き取り調査を行い、身体活動量を計算し
(general health perception)
、活力(vitality)
、社会
て登録した。
生活機能(social functioning)
、精神的日常役割機
1 )ベースラインの身体活動量測定
能(role-emotional)
、心の健康(mental health)と
手術後退院時よりライフコーダを装着させ、次
いう 8 つの下位尺度によって測定するよう構成さ
回外来受診時(手術後 1 か月目)までの身体活動
れている。各下位尺度は 0 ∼100点の範囲で得点
量測定を行った。この期間の平均身体活動量を
が高いほど良い健康度を表すように得点化され
ベースラインの身体活動量として設定した。
る。また国民標準値を用いて偏差得点を算出し、
2 )運動の導入
標準値との比較によって解釈することが可能であ
本研究では、中等度の身体活動基準に該当する
る 。
運動を軽度運動として設定し、そのなかでウォー
8)
(15)
Outpatient ward
• Pathological diagnosis of breast cancer
• Entry into trial
Hospitalization
• Questionnaires(CES-D, SF-36)before breast cancer operation
• Rental of accelerometer at the time of discharge
1 month after operation
(Outpatient ward)
• Questionnaires(CES-D, SF-36)
• Check of physical activity date(baseline activity)
• Start of intervention
(walking program or mild aerobic exercise)
3 months after operation
(Outpatient ward)
• Questionnaires(CES-D, SF-36)
• Check of physical activity date
図 1 .研究プロトコール
Fig.1.Study protocol.
キングあるいはそれに準ずる有酸素運動を採用し
3 .統計解析
た。対象者には、手術後 1 か月目(ベースライン
対象者特性、身体活動量、各評価尺度の結果は
の身体活動量測定終了後)より軽度運動を開始す
平均値
るよう指示した。総身体活動量が10∼20 METs・
る CES-D によるうつ状態の判定結果をχ2検定で
時 週以上( 1 MET:座って安静にしている状態
比較した。CES-D と SF-36の点数は対応のある一
のエネルギー消費の代謝当量)となることを最終
要因分散分析で比較し、多重比較検定を行った。
的な目標とし、対象者個々の目標としては、厚生
身体活動量とコントロール群の CES-D の点数は
労 働 省 の『健 康 づ く り の た め の 身 体 活 動 基 準
対応のある t 検定で比較した。手術後 3 か月目の
2013』に準じて、以下のように目標を設定した。
CES-D、SF-36の点数と、手術後 1 か月目から 3
65歳未満の対象者の目標値:中等度以上( 3 METs
か月目までの身体活動量との関連に対し相関分析
以 上 相 当: ラ イ フ コ ー ダ 上 で 4 ∼ 9 強 度 の 表
を行った。
示) の身体活動量をベースラインより10分以上
11)
増加させる。
65歳以上の対象者の目標値:強度を問わず、総
標準偏差で示した。各測定時期におけ
結 果
A.うつ状態の評価
身体活動量をベースラインより10分以上増加させ
各測定時期における CES-D の結果を表 2 に示
る。
す。手術前の評価で CES-D が16点以上で、うつ
身体活動量は対象者個人に毎日就寝前に確認さ
状態と判定されたのは 9 名(36%)だった。 9 名
せ、目標達成の有無を記録用紙に記載させた。
のうち 5 名(20%)は手術後 3 か月目の測定でう
(16)
B.QOL の評価
つ状態の遷延がみられ、うつ状態の人数の割合に
有意差は認めなかった(P = 0.41)。手術前、手術
各測定時期における SF-36の測定結果(国民標
後 1 か月目、 3 か月目の比較では、CES-D の点
準値によるスコアリング)を表 3 に示す。
数は手術後 3 か月目で減少したが、統計学的に有
分散分析の結果、下位尺度のうち身体的日常役
意ではなかった(P = 0.34)。
割機能(role-physical)
、体の痛み(bodily pain)、
コントロール群では手術後の CES-D の点数は
心の健康(mental health)で主効果が認められた。
8.6点、手術後 3 か月目の点数は11.3
9.4
更 に 多 重 比 較 検 定 を 行 っ た と こ ろ、 体 の 痛 み
点で、変化がみられなかった(P = 0.92)。CES-D
(bodily pain)が手術前と手術後 1 か月目の比較で
が16点以上でうつ状態と判定された人数は、手術
手術後 1 か月目に低下した(P < 0.01)。心の健康
後の10名(24%)と比較し手術後 3 か月目では14
(mental health)は手術前と手術後 3 か月目の比較
名(34%)と増加しており、手術後 3 か月目で新
で改善が認められた(P < 0.01)。身体的日常役割
たにうつ状態と判定された対象者も存在した 。
機能(role- physical)は手術前と手術後 1 か月目
11.4
1)
の比較で低下傾向を、手術後 1 か月目と手術後 3
表 2 .各測定時期におけるうつ状態判定(CES-D)の点数
Table 2.Scores of CES-D at each measurement phase.
Exercise group(n = 25)
Preoperation
1 month after 3 months after
operation
operation
< 16
16
19
20
≧ 16
9
6
5
Mean
SD
12.2
Control group(n = 41)
8.0
11.2
8.4
8.8
6.9
P value
Preoperation
Post
operation
―
31
27
0.41a
―
10
14
0.34b
―
11.4
3 months after
operation
8.6
11.3
P value
0.33a
0.92c
9.4
a : Chi-squere test, b : ANOVA, c : Paired-t test.
表 3 .各測定時期における QOL 評価尺度(SF-36)の点数
Table 3.Scores of SF-36 at each measurement phase.
Pre-operation
1 month after operation
3 months after operation
ANOVA P value
SF-36 sabscales
physical functioning
47.7
10.0
46.3
8.0
48.7
10.0
0.66
role-physical
42.8
13.6
34.6
13.4
42.7
11.7
0.04
bodily pain
51.3
11.5
41.6
7.5*
44.9
9.5
< 0.01
general health perception
45.8
7.9
45.7
8.1
47.6
8.2
0.64
vitality
48.0
11.8
48.8
9.8
52.7
6.8
0.20
social functioning
44.4
13.9
39.2
12.6
43.6
13.0
0.33
role-emotional
46.1
9.8
43.9
11.9
48.3
8.9
0.34
mental health
48.0
10.6
50.0
8.2
54.7
7.1**
0.02
Mean SD
* : P < 0.01(Comparison between pre-operation and 1 month after operation)
.
** : P < 0.01(Comparison between pre-operation and 3 months after operation)
.
表 4 .ベースラインと運動開始後の身体活動量の比較
Table 4.Comparison of physical activity between baseline and after intervention.
Baseline
Physical activity(MET・h/week)
Adherence(n = 25)
Mean
SD
8.5
5.5
―
After intervention
12.3
6.9
14 / 25(56%)
P value
0.02
―
(17)
に示す。身体活動量は METs・時 週で表した。手
a)CES-D
術後 1 か月目から 3 か月目までの 2 か月間の平均
30
25
身体活動量(12.3
P = 0.01
r =-0.51
6.9 METs・時 週)は、ベース
ラインの身体活動量(8.5
CES-D
20
5.5 METs・時 週)と
15
比較して有意に増加した(P = 0.02)。対象者個々
10
の目標値を達成できたのは25名中14名、達成率は
5
0
56%だった。
0
5
10
15
20
Physical activity
(MET・h/week)
25
手術後 1 か月目から 3 か月目までの平均身体活
b)SF-36
(role-physical)
動量と、手術後 3 か月目の CES-D、SF-36との相
60
RP(Pt)
D.身体活動量と各評価尺度との関連
50
関関係について図 2 に示す。身体活動量と CES-D
40
の 点 数 は 負 の 相 関 関 係 を 示 し た(P = 0.01)。
SF-36の下位尺度のうち、身体活動量と身体的日
30
常 役 割 機 能(role-physical)
、 活 力(vitality)
、精
P = 0.004
r = 0.56
20
神的日常役割機能(role-emotional)の点数は正の
10
0
0
5
10
15
20
Physical activity
(MET・h/week)
25
相関関係を示したが、残りの項目(身体機能,体
の痛み,全体的健康感,社会生活機能,心の健康)
c)SF-36
(vitality)
との間には有意な相関関係は認められなかった。
70
60
考 察
VT(Pt)
50
40
本研究は、周術期の乳癌患者を対象に軽度運動
30
としてウォーキングなどの有酸素運動を導入し患
P = 0.004
r = 0.41
20
者の精神状態や QOL に影響を及ぼすか否かを検
10
0
0
5
10
15
20
Physical activity
(MET・h/week)
25
d)
SF-36
(role-emotional)
討した。
手術前のアンケート調査で 25 名中 9 名(36%)
が CES-D によりうつ状態と判定され、当施設で
60
の先行研究 11) とほぼ同様の結果を示した。癌患
40
者における精神状態の変化はかなり普遍的なもの
RE(Pt)
50
であり、潜在的なうつ状態の患者が一定数存在す
30
20
10
0
ることが想定される。うつ状態が乳癌患者の生存
P = 0.009
r = 0.52
0
5
10
15
20
Physical activity
(MET・h/week)
率低下に関連し、社会的サポート等の因子が生存
25
図 2 .運動開始後の身体活動量と CES-D、SF-36の点数
の相関
Fig.2.Correlation of physical activity and the score of CES-D
and SF-36 after intervention.
率改善に良い影響を与えたとする研究もあり7)、
精神症状の有無にかかわらず乳癌患者のメンタル
ヘルスには十分に留意する必要がある。
また治療中の体重増加により無病生存率の低
下、QOL の低下、合併症リスクが増加する可能
性が示唆されており 10,14,19)、癌患者における肥満
か月目の比較で改善傾向を認めた。
C.身体活動量の評価
と身体活動量の低下も予後に関連するリスクファ
クターとなりうる。特に癌患者のなかでも、肥満
手術後退院時から手術後 1 か月目まで(ベース
乳癌患者は癌の既往のない肥満女性と比較して身
ライン)と、手術後 1 か月目の運動開始時から手
体活動量が少なく4)、また運動量の多い女性では
術後 3 か月目までの身体活動量の測定結果を表 4
乳癌の発症リスクが低いとも報告されている9)。
(18)
十分な身体活動量を保ち体重管理を行うことは乳
手術後 3 か月目の測定でうつ状態を離脱し、手術
癌発症予防、予後改善の観点からも重要と考えら
後 1 か月目と 3 か月目の比較でも点数の改善傾向
れる。
がみられた。また、手術後 1 か月目から 3 か月目
先行研究より、癌患者の疲労感、身体機能、
の身体活動量と CES-D、SF-36(身体的 精神的日
QOL、精神状態の改善に運動療法が有用である
常役割機能,活力)の点数に相関が認められた。
ことが明らかにされている
。しかし癌患
一方コントロール群では、手術後と手術後 3 か月
者は治療に伴う副作用、疲労感や心理的要因など
目の CES-D の点数の比較で、手術後 3 か月目で
で身体活動量が低下しうる状況にあるため、激し
改善は得られず、手術後と比較して点数が上昇し
い運動を継続的に行うことはときに困難である。
新たにうつ状態になっている対象者もいた。以上
また、運動の種類として有酸素運動以外にレジス
より軽度運動でも術後の乳癌患者の精神状態や
タンス運動やヨガなどを行った研究
QOL 改善に有用な可能性があると考えられる。
12,14,16,20)
もあるが、
5,22)
ウォーキングは自己で活動量の確認が行いやす
対象者の多くは現在も内分泌療法、抗癌剤、放射
く、通勤などの日常生活に組み込みやすい点から、
線療法などの術後補助療法を行っており、運動を
導入がより簡便であると考えられる。
継続することでどのような変化が得られるか更な
運 動 量 の 設 定 も 各 研 究 で さ ま ざ ま で あ る。
る観察が必要である。
Carayol et al. による、手術後に抗癌剤や放射線療
近年は手術前に抗癌剤や内分泌療法を行う乳癌
法を行う乳癌患者を対象にした無作為化比較試験
症例も増加してきており、それらの患者ではより
のメタ解析では、12 METs・時 週未満の軽度の運
早期に精神状態の変化や QOL の低下をきたす可
動が疲労感と QOL の改善に最も有用だったとさ
能性がある。メンタルヘルスや QOL の維持に運
れている 。この研究結果は、乳癌患者の精神状
動療法を活用していければ、治療の遂行性や予後
態、QOL 改善には必ずしも激しい運動が必要で
へ貢献できるだろう。
3)
はない可能性を示唆している。本研究では運動の
種類として軽度運動を選択し、そのなかでウォー
総 括
キングを中心とした有酸素運動を採用した。目標
周術期乳癌患者に対する手術後軽度運動実践が
値を個々の身体活動量に応じて設定し、ライフ
精神状態、QOL に及ぼす影響について検討を行っ
コーダに表示される身体活動量を毎日確認・記載
た。手術前より約 3 割でうつ状態と判定され、手
させながら目標達成に向けて自己で調整を行わせ
術により QOL の低下を認めた。手術後よりウォー
る課題達成型のプログラムを導入することで、身
キングを中心とした軽度有酸素運動を導入するこ
体活動量の増加と身体活動の質の向上を目指し
とでうつ状態と QOL が改善傾向にあることが示
た 。
され、軽度運動実践が乳癌患者の精神状態、QOL
17)
運 動 導 入 後 の 身 体 活 動 量 は 平 均 12.3
6.9
改善に有効である可能性が示された。
METs・時 週で、『健康づくりのための身体活動基
準2013』に設定されている目標値23 METs・時 週
(18∼64歳)と比較すると半分程度であった。個々
の目標の達成率も56%に留まった。その要因とし
ては補助治療中の副作用で関節痛、筋肉痛や手足
参 考 文 献
1)朝倉真奈美,北出和美(2013)
: 初発乳がん患者のつ
らさと支障―術後と退院 3 ヶ月後の倦怠感とうつ状
態の関連から―.第 21 回乳癌学会学術総会プログラ
ム抄録集,311.
のしびれなどを起こしている患者で運動量が減少
2)Brown KW, Levy AR, Rosberger Z, Edgar L(2003)
: Psy-
しがちなこと、またうつ状態の患者では意欲低下
chological distress and cancer survival: a follow-up 10
がみられ運動実施に積極的になれないということ
などが挙げられる。
years after diagnosis. Psychosom Med, 65
(4)
, 636-643.
3)Carayol M, Bernard P, Boiché J, Riou F, Mercier B,
Cousson-Gélie F, Romain AJ, Delpierre C, Ninot G
今回の結果では、手術前に CES-D の点数が16
(2013)
: Psychological effect of exercise in women with
点以上でうつ状態と判定された 9 名のうち 4 名は
breast cancer receiving adjuvant therapy: what is the opti-
(19)
mal dose needed? Ann Oncol, 24(2), 291-300.
4)Courneya KS, Katzmarzyk PT, Bacon E(2008): Physical
activity and obesity in Canadian cancer survivors: population-based estimates from the 2005 Canadian Community
Health Survey. Cancer, 112(11), 2475-2482.
related energy expenditure: a validation study against
whole-body indirect calorimetry. Br J Nutr, 91(2)
, 235243.
14)McNeely ML, Campbell KL, Rowe BH, Klassen TP,
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