第5章 有機物質がアナモックス活性へ及ぼす影響 第5章 有機物質がアナモックス活性へ及ぼす影響 5.1.はじめに アナモックス反応を用いた廃水処理技術を、各種廃水に適用していくには、様々な化学 物質による影響を明らかにする必要がある。アナモックスプロセスを実用化した際、メリ ットが大きく期待される適用先としては、汚泥消化脱水ろ液や、ごみ埋立地浸出水などが あるが、これらの廃水中には、高濃度のアンモニアだけではなく、様々な有機物質が混在 する。したがって、実廃水への適用においては、アナモックス反応へ及ぼす各種有機物質 の影響を明らかにすることは、必須の課題である。 また、アナモックスプロセスでは、アンモニアと亜硝酸による脱窒反応と同時に、少量 の硝酸の生成反応を伴う。すなわち、アナモックスプロセスのみだけでは、完全な脱窒反 応が行えない。より窒素濃度の低い処理水を得るためには、アナモックス反応で生成した 硝酸を除去するための後処理プロセスが必要である。後処理プロセスでは、メタノール等 の有機物質を添加した従来の脱窒反応を行う。これらの連結した処理プロセスを運転する 際、後処理プロセスの処理水をアナモックスプロセスへ循環、返送するなど、何らかの要 因でアナモックス槽へ有機物質が混入することが想定される。そのためメタノール等の有 機物質によるアナモックス反応への影響を明確にすることは必須な課題であると考えられ る。 しかしながら、アナモックス反応に対する有機物質の影響については、ほとんど報告さ れておらず、知見が少ないのが現状である。研究が進まない主な理由としては、アナモッ クス菌を有する研究機関が限られていること、また保持していても、十分な微生物量を用 意し、均等に微生物量を振り分け、安定した回分評価系を確立することが困難であるから と考えられる。 そこで、本章では、まず、包括固定化担体を用いた回分実験評価系を用いて、各種有機 物質の影響評価を行った。さらに、メタノールによる特異的な阻害効果が確認されたこと から、連続実験系において、その阻害性について評価を行うと同時にそのメカニズムにつ いて解析を行った。 91 5.2 回分試験による各種有機物質の影響評価 5.2.1 方法 (1)供試汚泥 実験に用いた汚泥は、下水汚泥から集積培養したアナモックス汚泥を用いた(第 3 章参 照) (2)供試廃水 実験には無機合成廃水を用いた。廃水組成を Table 5.1 に示す(1)。この廃水にアルコール 類、糖類、酢酸を Table 5.2 に示す通り所定量を添加し、そのときのアナモックス活性を 評価した。 Table 5.1 Synthetic medium for batch experiment Substrates Concentration unit NaNO2 190(asN) mg/L (NH4)SO4 150 (asN) mg/L KHCO3 500 mg/L KH2PO4 27 mg/L MgSO4・7H2O 300 mg/L CaCl2・2H2O 180 mg/L T.Ellement S1 1 mL/L T.Ellement S2 1 mL/L T.Ellement1:EDTA=5g/L,FeSO4=5g/L T.Ellement2:EDTA=15g/L,ZnSO4・7H2O=0.43g/L,CoCl2・6H2O=0.24,MnCl2・ 4H2O=0.99g/L,CuSO4・5H2O=0.25g/L,NaMoO4・2H2O=0.22g/L,NiCl2・ 6H2O=0.19g/L,NaSeO4・10H2O=0.21g/L,H3BO4=0.014g/L Table 5.2 category Alcohol Saccharide Organic acid Organic substrates and concentrations Substrates Concentration Ethanol 15~150 mg/L Methanol 53~400 mg/L Isopropyl alcohol 30~200 mg/L Glucose 50~380 mg/L Sucrose 20~360 mg/L Acetic acid 50~380 mg/L 92 (3)供試担体 供試汚泥をポリエチレングリコール(PEG)のゲルで包括固定化し(2)、3mm 角の立方体 に整形した(第4章参照)。PEG ゲル濃度は 15%、固定化したアナモックス汚泥量は 0.4% とした。この担体を供試排水で連続培養し、実験に用いた。 (4)実験装置 内容積 40mL のモノー型の試験管に、有機物質を添加した培地を 30mL 注入した。ここに 連続培養装置から馴養済みのアナモックス担体を約 3mL 採取し、試験管に投入した。試験 管はモノー式の恒温振とう培養機(ADVANTEC TOYO, Tokyo, Japan)を用いて、水温 36℃、 70rpm の条件で振とうした(Fig. 5.1)。サンプル水は1~2時間ごとに 1mL 採取した。試 験終了後、担体の正確な体積を測定し、担体当たりの窒素除去速度を求めた。 36℃ モノー型試験管 Figure 5.1 Experimental facility for batch experiment 93 5.2.2 結果 (1)エタノールの影響 エタノール添加によるアナモックス反応への急性影響を評価した。アナモックス反応で は、アンモニアと亜硝酸を同時に除去し、硝酸を生成する特性を有する。そこで、アンモ ニアと亜硝酸の除去速度および硝酸の生成速度について評価した。 アンモニア除去性能の変化を Fig.5.2a に示す。エタノール添加濃度を 150mg/L まで増加 させても、除去速度を示す傾きは、ほぼ平行である傾向を得た。 次に、亜硝酸濃度の変化を Fig.5.2b に示す。このグラフでも、エタノール添加濃度を増 加させても図中の傾きはほとんど変化せず、エタノール添加による大きな阻害は確認でき なかった。なお、硝酸の生成濃度の変化についても同様の傾向を得た。 ここで、エタノール未添加時のアンモニア除去活性を1とし、エタノール添加濃度ごと の活性比の変化を求めた。結果を Fig.5.3 に示す。エタノール添加濃度 50mg/L で活性比は 0.87、150mg/L では 0.84 となり、若干の性能の影響が確認できたが、ほとんど影響は無い ものと判断した。 140 (a) NH4-N(mg/L) 120 100 80 60 40 20 0 0 (b) 1 2 Time(h) 3 4 200 NO2-N(mg/L) 150 100 50 0 0 1 2 Time(h) 3 4 Figure 5.2 Time courses of ammonium (a) and nitrite (b) concentrations at different ethanol concentrations. Ethanol concentrations were as follows: 0 mg/L (○), 30 mg/L (●),50 mg/L (□), 150 mg/L (■). 94 1.2 Relative activity (-) 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 0 20 40 60 80 100 Ethanol (mg/L) 120 140 160 Figure 5.3 Effect of ethanol concentrations on relative anammox activity. (2) メタノールの影響 メタノール添加によるアナモックス反応への急性影響を評価した。アンモニア濃度の変化 を Fig. 5.4 に示す。この結果から、メタノール添加によりアンモニアの除去速度は低下す る傾向を得た。メタノールを添加しない系(0mg/L)において、担体当りのアンモニア除去 速度は 187mg-N/L-担体/h であったのに対し、メタノールを 53mg/L 添加すると 129mg-N/L担体/h に低下した。さらに、添加濃度 400mg/L では 35mg-N/L-担体/h まで低下した。 メタノール未添加時のアンモニア除去活性を1として、メタノール添加濃度と活性比を 求めた。結果を Fig.5.5 に示す。メタノール添加濃度 53mg/L、400mg/L での活性比は、そ れぞれ 0.69、0.19 と大幅に活性が低下する傾向を得た。 次に、亜硝酸濃度の変化について測定した結果を Fig.5.6 に示す。アンモニア濃度変化 と同様にメタノール添加によりアナモックス反応が阻害される結果を得た。メタノール添 加濃度 53mg/L、400mg/L における活性比は、それぞれ 0.75、0.29 であり、アンモニアとほ ぼ同等の傾向を得た。しかしながら、若干、亜硝酸除去性能の方がアンモニア除去性能よ り影響を受けにくい傾向を得た。これは、有機物を添加したことにより、アナモックス反 応が阻害されたが、同時に、添加したメタノールを利用して、亜硝酸を脱窒した為である と推定した。 さらに硝酸の除去性能について検討した結果を Fig. 5.7 に示す。同様に、メタノール添 加量の増加に伴い、硝酸生成速度が低下する結果を得た。メタノール未添加時の硝酸生成 活性を 1.0 とすると、メタノール添加濃度 53mg/L、400mg/L における活性比は、それぞれ 0.79、0.20 であり、アンモニアの除去性能とほぼ同等の傾向を得た。 95 120 NH4-N(mg/L) 100 80 60 40 20 0 Figure 5.4 0 1 2 3 Time(h) 4 5 Time courses of ammonium concentrations at different methanol concentrations. Methanol concentrations were as follows: 0 mg/L (○), 53mg/L (●),110 mg/L (□), 160 mg/L (■) , 400 mg/L (▲). ammonia removal activity (-) 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 0 50 100 150 200 250 Methanol (mg/L) 300 350 400 Figure 5.5 Effect of methanol concentrations on relative anammox activity. 100 2 NO -N(mg/L) 150 50 0 0 1 2 3 Time(h) 4 5 Figure 5.6 Time courses of nitrite concentrations at different methanol concentrations. Ethanol concentrations were as follows: 0 mg/L (○), 53mg/L (●),110 mg/L (□), 160 mg/L (■) , 400 mg/L (▲) 96 20 NO3-N(mg/L) 15 10 5 0 0 1 2 3 Time(h) 4 5 Figure 5.7 Time courses of nitrate concentrations at different methanol concentrations. Ethanol concentrations were as follows: 0 mg/L (○), 53mg/L (●),110 mg/L (□), 160 mg/L (■) , 400 mg/L (▲) (3) イソプロピルアルコール(IPA)の影響 IPA 添加によるアナモックス反応への影響を評価した。各添加濃度におけるアンモニア 除去速度を求めた後、その活性比の変化を求めた。結果を Fig.5.8 に示す。最も添加濃 度の高い IPA 添加濃度 200mg/L において、活性比は 0.93 であり、ほぼ影響を受けないこ とを確認した。なお、亜硝酸、硝酸においても同様の結果を得ている。 Ammonia removal activity (-) 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 0 50 100 IPA(mg/L) 150 200 Figure 5.8 Effect of isopropyl alcohol concentrations on relative anammox activity 97 (4)グルコースの影響 グルコース添加によるアンモニア除去性能への影響について評価した。各添加濃度にお けるアンモニア除去速度を求めた後、その活性比の変化を求めた。結果を Fig.5.9 に示す。 グルコース添加濃度 150 および 380mg/L におけるアンモニアの除去活性比は、それぞれ 0.88、 0.87 であり、ほぼ影響を受けない結果を得た。亜硝酸の除去性能について評価した結果、 グルコース添加濃度 150 および 380mg/L の条件で、亜硝酸の除去活性比はそれぞれ 0.96、 0.87 であり、同様の結果を得た。 Ammonia removal activity (-) 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 0 50 100 150 200 250 Glucose (mg/L) 300 350 400 Figure 5.9 Effect of glucose concentrations on relative anammox activity (5) スクロースの影響 スクロース添加によるアンモニア除去性能への影響について評価した。結果を Fig. 5.10 に示す。スクロース添加濃度 180 および 360mg/L におけるアンモニアの除去活性比は、そ れぞれ 1.0、0.94 であり、アナモックス反応への阻害は確認できなかった。亜硝酸につい ても同様の傾向を得、スクロースによる阻害は無いと判断した。 ammonia removal activity (-) 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 0 50 100 150 200 250 Sucrose (mg/L) 300 350 Figure 5.10 Effect of sucrose concentrations on relative anammox activity 98 400 (6) 酢酸の影響 酢酸添加によるアンモニア除去性能への影響について評価した。結果を Fig. 5.11 に示 す。酢酸添加濃度 150 および 380mg/L におけるアンモニアの除去活性比は、それぞれ 0.92、 0.83 であり、ほぼ影響を受けない結果を得た。亜硝酸の除去性能についても同様の傾向を 得ており、酢酸添加濃度 150 および 380mg/L における亜硝酸の除去活性比は、それぞれ 0.96、 0.85 であり同様の傾向を得た。 Ammonia removal activity (-) 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 0 50 100 150 200 250 300 Acetic acid (mg/L) 350 400 Figure 5.11 Effect of acetic acid concentrations on relative anammox activity 5.2.3 考察 本試験結果から、メタノール添加が強い阻害効果を生じることが明らかとなった。硝化 細菌についても、いくつかの特的な阻害物質が確認されており(3-5)、アナモックス反応に対 してはメタノールが得意的な阻害物質であると考えられた。メタノール阻害に関しては、 Guven らによっても報告されており、わずか 0.5mM(16mg/L)の添加によりアナモックス活 性は完全に阻害されることが報告されている(6)。本試験系では、400mg/L 添加しても活性は 完全に阻害されることは無かった。この違いについては、集積培養されたアナモックス菌 の種類が違うことが想定される。また、試験方法の違い等に起因する可能性もある(この 点については、5.4.3 にて考察)。本試験結果では、メタノール添加量を増やしても、阻害 効果は飽和する傾向が得られた。 一方、半導体工場排水などではイソプロピルアルコールを多量に使用することから、こ の影響についても注目したが、大きな影響が現れないことが示され、アナモックスプロセ スの半導体廃水への適用の可能性を得た。また、糖類についてはほとんど影響が無いこと が確認され、食品工場排水などへの適用の可能性を得ることができた。 酢酸については高濃度添加時に、若干の阻害効果が確認された。酢酸を用い亜硝酸を脱 窒する反応は、容易に起こり得ることから、アナモックス反応と基質の競合が起こること が考えられ。この点については、連続試験で長期的な影響評価が必要であると考えられる。 99 5.3 連続処理系におけるメタノールの影響評価 5.3.1 方法 (1)供試廃水 連続処理実験系において、原水(無機合成廃水)にメタノールを 53mg/L 添加し、そのと きのアナモックス活性の変化について検討を行った。無機合成廃水は、Table 5.3 に示すも のを用いた。 Table 5.3 Synthetic medium for continuous feeding test Substrates Concentration Unit NaNO2 190(asN) mg/L (NH4)SO4 150 (asN) mg/L KHCO3 500 mg/L KH2PO4 27 mg/L MgSO4・7H2O 300 mg/L CaCl2・2H2O 180 mg/L T.Ellement S1 1 mL/L T.Ellement S2 1 mL/L T.Ellement1:EDTA=5g/L,FeSO4=5g/L T.Ellement2:EDTA=15g/L,ZnSO4・7H2O=0.43g/L,CoCl2・6H2O=0.24,MnCl2・ 4H2O=0.99g/L,CuSO4・5H2O=0.25g/L,NaMoO4・2H2O=0.22g/L,NiCl2・ 6H2O=0.19g/L,NaSeO4・10H2O=0.21g/L,H3BO4=0.014g/L (2)実験装置 反応装置図を Fig. 5.12 に示す。反応容積は 500mL であり、内部に 100mL の包括固定化 アナモックス担体が充填されている(担体充填率 20%)。リアクタには pH コントローラが 設置されており、pH=7.6 となるよう、0.2N の塩酸を用いて調整した。滞留時間(HRT)は 2.4h とし、30℃の恒温室内で試験を行った。 pH sensor Temp. sensor HCl Effluent Influent Separator Gel carriers Stirrer Figure 5.12 Schematic illustration of a reactor for nitrogen removal test. 100 5.3.2 結果 メタノール添加前後の水質変化を Fig. 5.13 に示す。メタノール添加前の 240h では、処 理水のアンモニアおよび亜硝酸性窒素濃度はそれぞれ、12、16mg/L まで処理されていた。 運転開始後、243h 目に 53mg/L のメタノールを添加すると、処理水中の亜硝酸およびアン モニア濃度は増加し、312h 目(添加後 69h 後)には、処理水のアンモニアおよび亜硝酸性 窒素濃度はそれぞれ、85、100mg/L まで上昇した。しかしながら、それ以上の阻害効果は 確認できず、完全に活性が停止することは無かった。 次に、メタノール阻害の可逆性を確認するため、320h(13 日目)に、メタノールの添加 を中止し、合成廃水のみ流入させ、処理性能を評価した。その結果、アナモックス活性は 変化せず、一定の処理性能を維持していた。メタノール添加試験後、19 日間合成廃水で、 運転を行ったが、アナモックス活性は回復しなかった(Fig. 5.14)。 これらのことから、メタノールはアナモックス活性に強い阻害効果を示し、その阻害は 不可逆的な阻害であることが明らかとなった。 Methanol addition Nitrogen concentrations (mg/L) 200 150 100 50 0 180 200 220 240 260 Time (h) 280 300 320 Figure 5.13 Effect of methanol addition on anammox activity in the continuous feeding test. Added methanol concentration in the influent was 1.7 mM. Influence of methanol addition on ammonium and nitrite removal activity. Influent ammonium (○), influent nitrite (□), effluent ammonium (●), effluent nitrite (■), and effluent nitrate (▲) 101 3 N-loading, N-conversion rate (kg-N/m /d) Methanol addition 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 5 10 15 20 Time (d) 25 30 35 Figure 5.14 Irreversibility of methanol inhibition on anammox activity under N-loading (○) and N-conversion rate (●) conditions. 5.3.3 考察 メタノールは、安価であることから、脱窒用の水素供与体として広く用いられている。 本試験結果により、メタノールがアナモックスプロセスへ混入すると、大きな影響を与え ることが確認され、その管理の重要性が示された。さらに、メタノール阻害は負荷逆的な 阻害であることが示されたことから、メタノールの混入は、アナモックスプロセスに致命 的な影響となることが明らかとなった。 回分試験において、Guven らは 0.5mM(16mg/L)のメタノール添加でアナモックス活性 は完全に阻害されることを報告しているが(6)、本試験においては、メタノール 53mg/L を約 3日間添加しても、完全に活性が阻害される傾向は確認できず、ある程度を超えると飽和 になるような傾向が得られた。なお、Jensen ら(7)は底泥中のアナモックス菌を用いて、メ タノール阻害を評価したが、3mM の条件でもアナモックス活性は完全に停止しないことを 示している。これらのことから、アナモックス菌の種類により、メタノールの感受性が大 きく異なることが示唆された。 また、Guven(6) らは回分試験系においてメタノール阻害の不可逆性を確認しているが、本 試験においても、メタノール阻害の不可逆性を示す結果を得ることができた。 102 5.4 5.4.1 メタノール阻害要因の解明 方法 (1)実験操作方法 メタノールによるアナモックス阻害の要因を解明するため、共存基質の影響について検 討を行った。すなわち、メタノールによるアナモックス反応への阻害において、アンモニ アと亜硝酸の共存する条件が、必須であるかを検討した。 Table 5.4 に示す培地を用意し、メタノールにアンモニアを添加した系(No.1)、亜硝酸 にメタノールを添加した系(No.2)、アンモニアと亜硝酸とメタノールを添加した系(No.3) を用意し、包括固定化アナモックス担体を各培地で 1 時間浸漬させた。その後、メタノー ルが入っていないアンモニアと亜硝酸の培地(No.4)を用いて、担体を3回洗浄した後、 No.4 の培地を用いて、回分試験を行い、アナモックス活性を求めた。 (2)供試培地 試験用の培地を Table 5.4 に示す。 Table 5.4 Synthetic wastewater for batch experiment Substrates (mg/L) No Ammonium Nitrite Methanol 1 100 0 400 2 0 100 400 3 150 190 400 4 150 190 0 (3)回分試験装置 内容積 40mL のモノー型の試験管に、培地を 30mL 注入した。ここに連続培養装置から馴 養済みのアナモックス担体を約 3mL 採取し、試験管に投入した。試験管はモノー式の恒温 振とう培養機(ADVANTEC TOYO, Tokyo, Japan)を用いて、水温 36℃、70rpm の条件で振と うした(Fig5.15)。サンプル水は1~2時間ごとに 1mL 採取した。試験終了後、担体の正 確な体積を測定し、担体当たりの窒素除去速度を求めた。 36℃ モノー型試験管 Figure 5.15 Experimental facility for batch experiment 103 5.4.2 結果 メタノールによるアナモックス活性への阻害要因について検討を行った。その結果を Fig. 5.16 に示す。この結果から、アンモニアとメタノールを添加した系では、アナモックス活 性は阻害されないことがわかった。そして、アンモニアと亜硝酸とメタノールの 3 つが存 在するとき、阻害効果が最も大きいことが明らかとなった。これらの結果から、メタノー ルそのものがアナモックス活性を阻害しているのではないことが明らかとなった。同時に、 亜硝酸とアンモニアが存在し、アナモックス活性が起きる条件下にメタノールが存在する と、阻害効果が生じることが示された。 N-conversion rate (mg-N/L-carrier/h) 800 NH4+CH3OH 700 NH +NO 600 4 2 (Control) 500 NO2+CH3OH 400 300 NH4+NO2+CH3OH 200 100 0 No. 1 No. 2 No. 3 No. 4 Figure 5.16 Effect of coexisting substrates on the methanol inhibition of anammox activity. 5.4.3 考察 メタノールと亜硝酸を添加した系では、アナモックス活性への阻害効果が確認された。 メタノールとアンモニアを添加した系(No.1 )では、試験中アンモニアの消費はほとんど 無かったが、亜硝酸とメタノールを添加した系(No.2)では、亜硝酸の減少が確認できた。 アナモックス菌は亜硝酸からアンモニアを生成する反応を有していることから(8)この反応 により生成したアンモニアと亜硝酸がアナモックス反応を起こす可能性がある。そして、 No.3 の試験系と同様にメタノール阻害を発生させたと考えられる。 Guven らは、メタノールによるアナモックス阻害機構について、1つの仮説を提案して いる(6)。それは、メタノールがアナモックス反応に関与する何らかの酵素により、還元さ れ、ホルムアルデヒドを生成することによりアナモックス活性を阻害しているという仮説 である。本試験結果から、メタノール阻害では、同時にアナモックス反応が生じているこ とが必須の条件であることが示されたことから、ホルムアルデヒドは、アナモックス反応 104 の中間代謝物質(ヒドラジン、ヒドロキシルアミン、NO など(9.10))との反応により、生 成している可能性があると考えられる。 本実験で得られた結果は、メタノールによるアナモックス活性へのメカニズムを解明す る上で、貴重な結果であると考えられ、今後、さらなる詳細なメカニズム解明が期待され る。 最後に、Guvunらと、本試験の相違点について(6)、以下のように考察した。本試験結果 から、メタノールによる阻害効果は、アナモックス反応が伴うときに生じることが示され た。また、メタノールによる直接的な阻害が無いことも明示された。従って、アナモック ス活性が低下すると、メタノールによる阻害効果も低下し、ある点に収束していくと考え られる。しがたがって、完全に阻害されることはなく、本実験で得られた試験結果(Fig.5.5、 5.13)はこれを支持する結果である。一方、Guvunらの試験では(6)、コントロール系の活 性が、0.8uM-NO2 /g-protein/h(0.60 uM-NH4/g-protein/h)であり、以前に報告されている活性値 2.7 uM-NH4/g-protein/h(9)と比べ、かなり活性が低い。ここから推察すると、試験時に、酸 素の混入や温度ショックなど、他の要因が重なったことが想定される。蛇足であるが、有 機物添加によるアナモックス活性を評価するのに、アンモニア除去活性は示さず、亜硝酸 減少速度でした評価していないことも問題があると考えられる。 105 5.5 結言 アナモックスプロセスを各種廃水へ適用するにあたり、アナモックス活性へ及ぼす各種 有機物質の影響については知見が少なく、影響評価は必須な課題であると考えられる。 本実験では、アナモックス菌を包括固定化した担体を用いることで、安定した回分試験 系を確立することが可能となり、各種有機物質が及ぼすアナモックス活性への影響を明ら かにすることができた。その結果、アナモックス活性はメタノールに対して特異的に阻害 を受けるものの、その他の有機物質については大きな阻害効果は確認できなかった。これ は、廃水中にある程度の有機物質が混入していたとしても、アナモックスプロセスが適用 できる可能性を示すものである。特に、イソプロピルアルコールは半導体廃水、糖類につ いては食費工場排水に含まれることが想定され、これらの有機物質による大きな阻害効果 が確認できなかったことは、アナモックスプロセスの適用拡大に向け重要な知見を得るこ とができた。 一方、メタノールは脱窒プロセス(従来の硝化・脱窒プロセス)において、水素供与体 として一般的に広く用いられていることから、アナモックスプロセスへ混入する可能性は 否定できない。このメタノールがアナモックス活性に特異的に阻害を及ぼす結果は、アナ モックスプロセスを安定して運転するために、極めて重要な知見であると言える。本試験 結果から、アナモックスプロセスにおけるメタノール管理は重要な要素であることが示さ れた。 106 引用文献 1. Strous M., Kuenen J.G., Jetten M.S.M., 1999b. Key physiology of anaerobic ammonium oxidation. Appl. Environ. Microbiol. 65, 3248-3250. 2. T. Sumino, H. Nakamura, N. Mori, Immobilization of activated sludge by Polyethylene glycol prepolymer. J. Ferment. Bioeng. 73 (1992) 37-42 3. Knowles R, (1990) Acetylene inhibition technique: development, advantages, abd potential problems. FEMS Symp 56:151-166 4. Hall GH, (1984) Measurement of nitrification rates in lake sediments: comparison of the nitrification inhibitors nitrapyrin and allylthiourea. Microb Ecol 10:25-36. 5. Berg P, Klemedtsson L, Rosswall T (1982) Inhibitory effect of low partial pressures of acetylene on nitrification. Soil Biol Biochem 14:301-303 6. Guven, D., Depana, A., Kartal, B., Schamid, M.C., Maas, B., van de Pas-Schoonen, K., Sozen, S., Mendez, R., Op den Camp, H.J.M., Jetten, M.S.M., Strous, M., Schmidt, I. (2005) Propionate oxidation by and methanol inhibition of anaerobic ammonium-oxidizing bacteria. Appl Environ Microbiol 71, 1066–1071. 7. Jensen, M.M., Thamdrup, B., Dalsgaard, T. (2007) Effect of specific inhibition on anammox and denitrification in marine sediments. Appl Environ Microbiol 73, 3151–3158. 8. Kartal B., Kuypers M.M.M., Lavik G., Schalk J., Op den Camp H.J.M., Jetten M.S.M., Strous M (2006) Anaerobic bacteria disguised as denitrifiers: nitate reduction to denitrogen gas via nitrite and ammonium. 9. Strous M., Heijnen J.J., Kuenen J.G., Jetten M.S.M, 1998. The sequencing batch reactor as a powerful tool for the study of slowly growing anaerobic ammonium-oxidizing microorganisms. Appl. Microbiol. Biotechnol. 50, 589-596. 10. Strous, M., Pelletier, E., Mangenot, S., Rattei, T., Lehner, A., Taylor, M.W., Horn, M., Daims, H., Bartol-Mavel, D., Wincker, P., Barbe, V., Fonknechten, N., Vallenet, D., Segurens, B., Schenowitz-Truong, C., Medigue, C., Collingo, A., Snel, B., Dutilh, B.E., Op den Camp, H.J.M., van der Drift, C., Cirpus, L., Van de Pas-schoonen, K.T., Harhangi, H.R., van Niftrik, J., Schamid, M., Keltjens, J., van der Vossenberg, J., Kartal, B., Meier, H., Frishman, D., Huynen, M.A., Mewes, H.W., Weissenbach, J., Jetten, M.S.M., Wargner, M., Paslier, D. (2006) Deciphering the evolution and metabolism of an anammox bacterium from a community genome. Nature 440, 790–793. 107
© Copyright 2024 ExpyDoc