パネルディスカッションパネルディスカッション『自殺は防ぐことの出来る死』 ∼社会的な取組で自殺を防ぐ∼ 0 西原由記子氏山口律子氏南砂氏山下敏雄氏木村達也氏 - 33 - パネルディスカッションて、さまざまな立場からいろいろな問題意識を持っている方です。パネルディスカッションでは、４人の方々にそれぞれのお立場からお話をいただき、その後討論に移り、最後には会場の方々にご意見も伺いたいと思います。それではまず、西原さんからお願いします。パネルディスカッション『自殺は防ぐことの出来る死』 ∼社会的な取組で自殺を防ぐ∼ コーディネーター ○南砂（読売新聞東京本社編集委員）パネリスト ○西原由記子（ＮＰＯ法人国際ビフレンダーズ東京自殺防止センター） ○山口律子（ＮＰＯ法人ＭＤＡ(うつ・気分障害協会)代表） ○山下敏雅（弁護士/過労死弁護団全国連絡会議） ○木村達也（弁護士/全国クレジット・サラ金問題対策協議会事務局長）【南】この９年間、自殺者が３万人を超えています。これは労働衛生や精神保健を超えて、社会全体の問題であるとの認識となり、昨年の基本法の制定から今年の大綱へとつながる大きな流れとなりました。今日ここにお集まりいただきました方は、自殺の問題につい【西原】 1978 年に、大阪で「自殺防止センター」の活動を始め、20 年経ち、東京自殺防止センターを開設しました。今年、今日から３日間電話相談をやっております。「自殺防止」のための電話相談を行っていますが、私たちはビフレンディングという世界 40 カ国で同じ理念で活動している団体です。ビフレンディングはお友達になる、ある一定期間味方になる、という言葉です。昼はいろいろな相談機関がありますので、私たちは夜中に行うことにしました。文字通り「もう死にたい」という訴えに耳を傾けています。傾聴 - 34 - パネルディスカッションするようにします。傾聴とは、言結ぼうと努力をしています。葉の背後にあるつらい感情に耳また、自殺未遂をした方や人間を傾けることです。関係が希薄になってしまった方私たちは電話をかけてきた方のために、「コーヒーハウス」をに、状況を尋ねて、自殺の点数を開いています。コーヒーを飲みなつけています。今まさに死のうとがらグループで話し合うものして、目の前に薬があるなどは３です。点、自殺のことを考えている、実自殺は防ぐことができない場行するというのが２点、気持ちは合もあります。また、私の家で自死にたいと思っているのが１点、殺をした人がいましたので、遺族いや、そこまでは考えていないはの気持ちはとてもわかります。ゼロ。こちらから尋ねない場合私たちはたった 60 数人で活動はＸ。しています。本当にきめ細かく対しかし、相談者が自殺する・し応していかなければならないとないと勝手に判断せず、必ずその考えています。公的な機関とも連人を助けるために、研修をしてい携を深め、きめの細かい活動をします。例えば、価値観などが邪魔なければならないと思います。せず、無批判に、無条件に相手の【南】まさに現場からのお話でした。話を聞くことができるように研次は山口さんです。修を行っております。電話では不十分なときには、相手の了承を得て出かけます。以前、自殺を決行すると話す人がいました。いろいろ話をして、「あなたが死ぬことはもう止められない。けれども生きているうちにあなたにお目にかかりたい。」と言ったところ、「来ていいよ。」と言いました。相談員が二人で出かけ【山口】ＮＰＯ法人ＭＤＡの代表をしたところ、遺書と家族の写真を片ています保健師の山口と申しま手に、携帯電話を片手に朦朧としす。ＭＤＡは Mood Disordered ていましたが、助けることができ Association の略でカナダに本ました。部がある、うつ病の患者とその結果的に、人はどのように死ん家族の方をサポートする団体でいくのか。関係が絶たれてしまです。日本では、日本うつ病学い、一人ぼっちになってしまう結会の精神科医や精神科のリハビ果か。私たちは、その関係をまたリテーションに携わる専門職が、 - 35 - パネルディスカッションうつ病の当事者、家族と一緒に活動しています。毎週土曜日のミーティングの他にも、年一回の全国うつ交流集会などのイベントやうつ病の啓発活動を行っています。まだうつ病は偏見の多い病気です。ただし誰もがうつ病になるリスクがあります。しかし、正しい治療で、必ず治る病気でもあります。まず、うつ病に苦しんだ偉人として、アブラハム・リンカーンがいます。彼は自殺未遂を何度も繰り返しています。しかし、アメリカ大統領として成功しています。次はチャーチル英国首相、彼もうつ病を経験しています。うつ病を経験した人は社会的にダメな人間か。そのようなことはなく、社会的に成功された方がたくさんいます。うつ病になったから必ずしも暗い将来ばかりではなく、回復することにより、社会的に成功し、幸せになることができる病気です。今、通院している方は、2002 年に比べて約２倍の 924,000 人です。アメリカの「９.１１」で亡くなった方が 2,973 人です。このニュースが流れたとき、世界中がショックを受けました。しかし、日本ではこの 10 倍以上の方が毎年自殺で亡くなっているという事実を、日本人は知らなければいけません。 - 36 - うつ病は実は自殺と関係が深い病気です。うつ病対策は、自殺対策にも通じます。心の症状ばかり考えがちですが、多くの場合、身体の症状として現れます。眠れない、頭が痛い、首が凝るといった誰もが経験する身体のサインがうつ病の初期のサインです。疲れを溜めないで、ぐっすり、質の良い睡眠をとるこパネルディスカッションとが大切です。受けた場合、説教するのではなく、じっと話を聞いて、最終的には専門的な治療を受けるよう働きかけてください。やってはいけないことは、質問攻めにする、「そんなつらい話は聞きたくない」と話をそらしてしまうこと、世間の常識を押し付けてしまうことです。うつ病に罹った方から相談を - 37 - うつ病や自殺未遂が起きると本人も家族も傷つきます。家族自身がパニック状態の時に責められると、家族はとても辛いのです。現実を受け止められず、怒りの感情から攻撃的になり、混乱することがあります。家族の中に波風が立ち、非常に苦しい状態になります。また、相談に行った医者から厳しいこと言われると、やはり家パネルディスカッション族も落ち込んでしまいます。誰も支えてくれない孤立感を感じ、心中でもして楽になりたいと思うのです。家族の心理のなかにも、孤立、抑うつがあります。これはしっかり覚えてください。そして何もやる気がしない無関心、無気力の時期を経て、受容・和解の時期になり、その後、「しっかりうつ病について勉強してみよう」と家族会に参加して学ぶ時期になります。支援する側に立つ人は、初めから専門機関に相談に行くよう勧めますが、家族は、ショックを受けている時期、否認の時期、怒りの時期、抑うつの時期は、相談機関に行こうとしません。しかし、周囲の人は「アドバイスをしたのに行かなかった」と言って、突き放してはいけません。このように、当事者だけでなく、家族にも心理変化があることを理解した上で、繰り返しアドバイスを続ける長期的な支援が大切です。周囲の人がうつ病の人に接す - 38 - るポイントは、以下のとおりです。１）なまけとか性格のせいではない。病気であることを理解する。うつ病がどんな病気なのか、また、心の病気であり、身体の病気であることをしっかり知ること。２）あせらず、あきらめないことが大事です。３）批判的な言動を控えること。当事者にとっては、批判的な言動を受けることはつらいです。病気でつらいのに、さらに、周囲から追い討ちをかけられるようなことは、非常につらい。４）さりげない気遣いが大切。また、見返りを期待しないこと。普通の病気の場合は、看病しただけの回復がありますが、心の病気はなかなかうまくいきません。回復までに、波があり一気に治りません。このため、見返りは期待しないでください。また、病気のときには、「地金が出る」と言います。わがままな部分、攻撃的な部分やヒステリックな部分などが出てきます。うつ病から回復したときに、本当にいい人になります。このため、病気の時期は、感謝の言葉や見返りを期待しないこと。５）時間が一番の薬と言います。気長に待つこと、うんざパネルディスカッションりしないこと。死にたいと言われたり、苦しんでいる方と一緒にいるとうんざりすることもあると思います。「いいよね、君は元気で。」と憂鬱な顔で言われると、本当にうんざりしてしまいます。そのためには、皆さん自身が健康であることが大切です。チェックシートにある「家族との交流時間が十分ですか」、「夫婦間に確かな信頼感がありますか」は特に大切です。土日を楽しく過ごせる家庭が、非常に大切です。 - 39 - ６）暖かな無関心が、燃え尽きを防ぎます。がんばり過ぎないでください。一人で抱え込まないでください。うつ病、自殺などの重い問題は、一人だけで抱え込めません。重い問題は、荷物と同じように、みんなと一緒に抱えてください。自分の手だけで解決できると考えないでください。プロの手を借りることも大切です。お友達の手でもいいです。７）仲間を持つことは、非常に大切です。うつ病だけでなく、さまざまな病気に、同じ悩みを持つ仲間が集う「患者会」や「家族会」が全国にあります。保健所や精神保健福祉センターに相談すれば分かります。８）自分へのご褒美も大切。ストレスをポイント制にして、楽しみをもつこともいいと思います。上手にガス抜きをしてください。パネルディスカッションく職場や地域のいろいろな人が、うつ病などの「心の病」についての知識を持って支援していくことが大切です。地域の中には、身近にさまざまな相談機関があります。自殺の場合には、いつもと違うサインがあります。いつもと違うサインがあった時は、必ず相談をしてください。まずは主治医に相談し、主治医がいないときには、精神科救急外来に相談してください。東京都の場合は「ひまわり」という相談機関があります。地域のなかで自殺の予防をしていくためには、医師だけではな【南】家族だけではなく、さまざまな人のネットワークの話に触れて下さいました。さて、次は弁護士の山下先生です。【山下】まず具体的な事例をご紹介いたします。一つ目は新入社員のケースです。この方は、４月に入社し、９月まで研修を受け、10 月からいきなり２社３店舗の担当になりました。ところが仕事にまだ慣れていない段階にも関わらず、上司や先輩がサポートする余裕がなく、取引先から、いろいろクレームが来るような状態でした。 - 40 - パネルディスカッション夜 10 時でもまだ仕事場におり、時には、朝の３時、４時に退社することもありました。長時間残業のためただでさえ睡眠時間を確保できないのに、仕事のことを考えると眠れないと友達にこぼしています。食欲もなくなっていきます。さらに注意力不足でミスも重なります。ミスの対処のために社用車を運転中、物損事故を起こします。この事故も彼にとっては相当な負担になりました。そしてクリスマス前に自宅で自殺しました。この方の残業時間は、10 月以降、１ヶ月約 150 時間でした。150 時間は、過労死ラインを大幅に超えています。被災者の残業時間タイムカードなし最終退出者の鍵使用者表判決の認定 ∼平成１４年９月最大でも４６時間平成１４年１０月１５０時間２２分平成１４年１１月１４９時間４０分平成１４年１２月１１２時間３６分毎年、厚生労働省が仕事と病気との関係について精神科医や大学教授に研究を委託しています。その報告書に次のようにはっきり書かれています。「長時間労働が精神疾患発症に関連があることは疑う余地もなく、特に長時間残業が 100 時間を超えると、それ以下の長時間残業よりも精神疾患発症が早まる。」もちろん、仕事のストレスは長時間労働だけに限りません。このケースでは、新人のためベテランよりも負荷が起きやすい、短期間にいろいろなトラブルが連発する、物損事故を起こしたなどがあります。しかし、やはり、特に長時間労働が問題です。寝る時間がなく、疲れが取れないまま翌日仕事に行き、さらにストレスにさらされる。このような状態が続くことは、うつ病発症と強い関連があると、先ほどの研究でもはっきりと指摘しています。二つ目の例はハラスメントです。 - 41 - パネルディスカッション 13 年間何の問題もなくＭＲとして仕事をしてきた方です。2002 年に問題の上司が赴任してきます。その年の秋から、無視する、あるいは暴言を吐くといったことが始まり、翌年の３月に自殺しています。「委託研究」報告書に「「嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた」ことが最も強いストレッサーである」と書かれています。この方の遺書に上司から受けた暴言が書かれています。「存在が目障りだ。居るだけでみんなが迷惑している。お前のカミさんも気がしれん、お願いだから消えてくれ」、「車のガソリン代がもったいない」、「何処へ飛ばされようと俺が○○は仕事しない奴だと言いふらしたる」、「お前は会社を食いものにしている、給料泥棒」などいろいろな暴言が書かれています。これらを苦にして、冬頃からどんどん身体的症状やうつ病の各症状が出て、３月に亡くなりました。セクシャルハラスメント、パワーハラスメント、モラルハラスメントなどのハラスメントが労働者の人格や名誉を傷つけるだけでなく、労働者の健康を蝕み、うつ病の原因になり、そして場合によっては命を奪うことが、ようやく最近認識し始められています。簡単に二つのケースを報告しましたが、その他にも、前のスクリーンには私が担当しているケースの一部を紹介しています。 - 42 - パネルディスカッション様々な過労自殺とその背景裁量労働制の下で −３４歳男性技術職営業から設計へ受け取られなかった辞表 −２８歳男性裁判官の自殺 −５１歳男性間に合わない工期 −３９歳大手ゼネコン現場監督勤務医師の過労 −２８歳男性外科医海外赴任先から帰国後の長時間労働 −３４歳男性大手電子機器社員サポートの不足，保護者からのクレームの中での新人教員の過労 −２３歳女性公立小学校教員また、過労死弁護団では年に１、２度全国一斉相談会を設け、さらに、常設の電話相談窓口を設置しています。本当にさまざまな事例が相談として寄せられています。過労自殺は、年齢、性別、職種、勤務歴、企業規模を問わず起きていることをぜひ知っていただきたいと思います。警察庁の発表では、平成 18 年の自殺者数は、32,155 人です。そのうち、勤務問題が原因と推定した数は 1,919 人です。また、立場で分類すると被雇用者、つまり会社員や労働者が 8,312 人です。この二つの数字から、過労自殺あるいは仕事のストレスによる自殺者は、もっとたくさんいることが分かると思います。平成１８年次自殺者内訳（平成18年中における自殺の概要資料警察庁生活安全局地域課） 8,312人 1,919人 32,155人家庭問題健康問題経済生活問題勤務問題男女問題学校問題その他不詳 32,155人自営者管理職被雇用者主婦・主夫無職者学生・生徒不詳 - 43 - 平成 18 年に労働基準監督署が、仕事が原因で精神疾患を発症したと認めた件数は 206 件です。その内、自殺者は 66 件です。しかし、実際はこの 66 件にとどまらず、もっと多くの過労自殺者がいると思われます。自殺をしなくても、うつ病の方、長時間労働やハラスメントなどでうつ病にいつなってもおかしくない状況にある方は、本当に数えきれないことを知っていただきたいと思います。その予防のために、司法、行政、立法はさまざまな提言や警告を世に発しています。例えば、最高裁判所は平成 12 年に大手広告代理店の自殺に関する損害賠償事件で、はっきりと次のように言っています。使用者は「業務の遂行に伴う疲労や心理的負担などが過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負う。」パネルディスカッション高等裁判所では、労働者側の過失を問題にして、３割減額していますが、最高裁判所はそれをきっぱりと否定して、会社の責任を認める判決を出しています。次に行政です。最高裁判所の判決以降、厚生労働省は事業所に対していろいろな通達を出しています。例えば、客観的なもので労働立法では、平成 18 年４月に、労働安全衛生法が改正されました。月 100 時間の残業がある労働者は、産業医と面談して健康チェックすることになりました。この他にも、自殺対策基本法第５条では、事業主は、「国や公共団体が実施する自殺対策に協力しなさい」、「労働者の自殺がなくなるように必要な措置を講じなさい」と時間を記録することを求めています。あるいは過重労働を防ぐため、残業時間を月 45 時間以内にすることや休暇をとりやすい職場環境の整備、産業医との連携の実施などの通達も出しています。また、「３６協定」も、今までは、１ヶ月 80 時間、100 時間でも受け付けられましたが、今では 45 時間以上のものは受け付けられなくなりました。はっきり規定しています。 - 44 - 労働安全衛生法改正（平成18年4月）法６６条の８、施行規則５２条の２，３事業者は、労働者の週４０時間を超える労働が１月当たり１００時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められるときは、労働者の申出を受けて、医師による面接指導を行わなければならない事業者は、次の①または②に該当する労働者にも、面接指導を実施する、又は、面接指導に準ずる措置を講じるよう努めなければならない ① 長時間の労働（週４０時間を超える労働が１月当たり８０時間を超えた場合）により疲労の蓄積が認められ、又は健康上の不安を有している労働者 ② 事業上で定める基準に該当する労働者パネルディスカッションこのように司法、行政、立法と国がいろいろな警告メッセージを世の中に出していますが、一番自殺を防ぐ立場にあるのは職場です。その職場の上司や経営者が意識を変えなければ、なかなか前に進まないと思います。実際、自殺の前後に、同じ職場で自殺やうつ病に罹って休職を余儀なくされているケースがかなりあります。【木村】私たちが取組んでいるのは、同じ職場で、何人もうつ病に罹社会的な状況や外的理由によっ患し、自殺者が出るということは、て自殺を余儀なくされるケース職場に問題があるのは明らかです。です。年間 32,000 人あまりの自殺者長時間残業やサービス残業は、の中で、借金・経済的理由によ短期的には会社に利益になるかる自殺者は約 8,000 人、ほぼ４もしれません。しかし、働き過ぎ人に１人となっています。自殺でうつ病に罹患し、休職、場合に者を減らすためには、この問題よっては自殺が起きて会社側がを抜きには解決しないのではな被る損失は、短期的な利益よりはいかと思います。るかに大きい。会社だけではなく社会全体にとっても、一人の命を私たちは全国の弁護士会、司法失うことは損失であることを強書士会と連携して活動していまく訴えたいと思います。すが、最近、「多重債務による自私たちは生きるために働いて死をなくす会」を作って活動しています。働くことで命を失うこといます。また、被害者の会は青木は一番あってはならないと、私自ヶ原樹海に「借金は必ず解決でき身、過労自殺に取組む中で思ってる」と自殺を思いとどまらせる看います。板を立てる運動にも取組んでいます。【南】過労自殺にも実にいろいろなケースがあることが分かりままず、多重債務は、一般的に、した。無責任な借金、浪費による借金のそれでは最後に、木村さんの結果と思われ、「放っておけ」とお話を伺います。多重債務が、いう印象で見ることが多いと思自殺者の多数を占めていると言いますが、実はその背景には「貧われています。困」という重大な事実があります。 - 45 - パネルディスカッション現在の多重債務者は全て貧困者と言い換えても良いと思います。昔は、貧困者は借金ができなかった。しかし、今はクレジットや消費者金融などが借金を勧めてくる。まず、この状況の変化を理解しなければなりません。一般の人や社会的な強者は、弱者に対して偏見や差別意識を持っていると、事の本質に迫ることができず、しっかりした対策も講じることができません。私たちの事務所に駆け込む人の中には「死にたい」と言う人が来ます。そういう人に解決できるから死ぬのを思いとどまるようにと一所懸命説得しています。しかし、この 30 年間に、相談者のなかで、自殺した人が３人いました。私はこの人達のことが忘れられず、その事件には今も深い敗北感が残ります。このような自殺はどうして起こるのか。いくつか理由があります。 ①消費者金融やヤミ金などは返済が少し遅れると、債務者をどんどん追い込みます。債務者は、パニック状態になり、精神的にも追い込まれ、死んだ方が楽と考え、半ばうつ状態で自殺をします。 ②自分の名誉のために自殺するというケース。家族や親戚に保証人になってもらい、借金をして無理な経営を続けますが、結果的には返済が滞り自殺してお詫びします。 ③絶望型があります。 - 46 - これは高利の借金を返済できないと絶望し、借金生活から逃れるために自殺するケース。 ④生命保険型です。生命保険をかけておいて、１年経ってから自殺をするケース。経営者などに事例があります。さて、私たちは、多重債務問題を解決しなければならないと考え、これまでかなり大掛かりな法規制運動をしてきました。去年 12 月 13 日に貸金業法が改正されましたが、これは私たちが過去 30 年来目標としてきたものです。この内容は、 ① 高金利を抑え、29.2％の金利を 15％から 18％にする ② 金融業者の営業方法を抑えるために、過剰与信を禁止する。すなわち利用者の年収の３分の１以上を貸し出すことは禁止する ③ 信用情報機関を一本化し、貸金業協会を一本化する ④ 貸金業取引主任者を設置し、違法な貸付や詐欺的なことを行わないよう内部監視するとなっています。この法律は２年半後に完全に施行されますが、今年の秋ぐらいから既に大手消費者金融業者は貸出金利を利息制限法の年 18％以下にすることになりますので、多重債務者による自殺者はかなり減るのではないかと大きな期待を持っております。パネルディスカッション同時に、ヤミ金がはびこらないように監視するとともに、官民を挙げた多重債務者の相談窓口設置のほか、学校や職場での消費者への金融教育も推進されることにもなりました。を上回るスピードで減らしていくことに、全力を尽くしたいと思います。それでは、これで私の報告を終わります。【南】多重債務が原因の自殺は、貧困や社会の格差という問題と関係もあり、本当に重大な問題であることがお分かりいただけたかと思います。多重債務は貧困によって引き起こされています。仮に借金がなくなってももともと貧困ですから、生活保護や公的融資制度により、行政がケアすることも必要と思います。また、借金は解決するので死ぬことはないと国民・消費者に広報を徹底しなければなりません。そのため、「救済プログラム」では、相談を受けた場合、弁護士や司法書士に確実につなぐことや私たちの運動団体と一緒に取組むことを決めており、既に、４月から全国の消費生活相談【南】さて、自殺者をなくすために、窓口でも、広報活動や研修会が行どのように連携すれば良いのかわれています。が大きな課題です。また、団体生命保険も禁止され【木村】多重債務者は、法律的な知識ました。これにより、生命保険をが非常に不足しています。この担保にした貸付はできなくなりため、一人で悩み、対応策もわました。からない。したがって、行政や民間が相クレサラ被害者の会が全国に談窓口を開設して、確実に専門約 80 あります。この会では、多家につなぐことが必要です。重債務の問題を自分たちのこと【南】うつ病の方も専門家につなぐとして、メッセージ性の高い運動必要があるが、現状ではなかなをしてきました。この運動も法改かそうなっていません。正への大きな力となりました。【木村】過去 30 年、法的な問題は対応「当事者」の協力なくしては、自してきたが、実は債務者の中に殺者の減少につながらないとは、病院に行ったほうがいい人思っています。もいる。しかし、どのような人現在８千人いる自殺者を目標につないで良いのか分からない。 - 47 - パネルディスカッションこのため、横のネットワークをしっかり作らないと、危機的状況にある人に対してはすぐ役に立たない。主治医と産業医と上司の連携がうまく行われず、職場に復帰しても再発してしまうこと、また、過労自殺のケースでは、精神科に通院していたケースが少ないことです。過労死 110 番には、困っている本人からの相談が少ない。本人が亡くなっているか、夫や息子が困っているというケースが多い。私たちが電話相談でできることは、過労死ラインを超【南】ネットワークの構築についえており、危ない状況にあるこて、心の問題を専門にしているとを本人に気づいてもらうこ山口さんはどう考えていますか。と程度です。このため、いろい【山口】心の病気を持っている方が、ろな諸団体と連携して、本人が復職を希望しても就労支援があ状況を自覚できるように取組りません。経済的に苦しい生活みたいと思います。状況にあり、福祉の窓口に支援【南】過労自殺を防ぐための連携にを求めても、財産があると支援ついて、山口さんは如何ですか。が受けられません。【山口】産業医は、精神科を学んでい困った方は声を出していくる人がまだ少ない。また、過重ことが必要かと思います。労働などについてもあまり知識【西原】電話相談には、うつ病に罹っがないようです。このことにつていると思われる方も相談していて、もっとメディアなどでもきます。高橋先生のお話では、扱ってもらいたいと思います。まず内科に罹る人が多いとのこ【南】メディアから発信する情報量とですので、電話してきた人をは増えていると思いますが、情病院に繋げることができるよう報が本当に必要な人に届いてい連携を図っていきたい。るのか不安があります。【山口】厚生労働省が、内科の先生に【木村】多重債務者は家族にも内緒に対して、うつ病に関する専門的している場合があり、一人で結な養成研修を実施し、うつ病の末を迎える。自分で解決できな診断技術等の向上に取組んでいい場合が多い。このため、周りくとのことです。から、仲間がいろいろ助け合い、【山下】過労による精神疾患のときに相談する場所を作っている。は、二つの面が問題になると思【山下】現に長時間労働に従事していう。うつ病を発症したときに、る人は、相談する時間、病院に - 48 - パネルディスカッション行く時間もないのが現状と思いました。しかし、その声は今はます。産業医などによるケアは、聞かれなくなってしまいました。大手の企業すらもほとんど形式自殺の原因は景気だけが原だけというのも現状と思います。因ではなく、経営者の経営方針、【南】共通の問題は、問題を抱えて労務管理の在り方に大きく左いる方は「孤立」につながると右されていると思います。今一いうことではないかと思います。度、時短やゆとりというキーワ【山下】そのとおりと思います。まず、ードに戻って考え直すべきだ情報を本人のところにも届くよと思います。うに、私たちももっと努力したい。【客】埼玉県で牧師をしています。【南】「孤立」の解決と、「ビフレンここ数年、男性のうつ状態の方ダーズ」は、日本社会が抱えてが増えていますが、彼らのいる問題そのものでもあると思 100％は労働時間的な問題と責います。任の重圧の問題を抱えています。また、うつ病で病院に罹ってい【南】会場からご質問を受けたいとる人も、「三分診療」と聞いてい思います。ます。医師不足と患者の増加と【客】戦後、個人主義が強調されていうこのアンバランスを解決で連帯が失われました。現在、こきないのか。の個人主義を強調した精神が政【山下】過労自殺により亡くなる方治の世界でも、産業の世界でもは、誰からもサポートされずに蔓延っている。特に最近、経団亡くなっていく場合が多い。弁連は、「グローバリズム」、「競争護士や公的機関などと連携して原理」、「敗者と勝者」などと言いきたい。っているが、これらの言葉から、【山口】専門医の先生は非常に忙し個人主義の思想が蔓延っているく、内科の先生や家庭医の先生ことが感じられる。が精神疾患を診ることは、今はこのような日本人の精神構まだ期待できません。しかし、造が、今の自殺者数の増加に表精神科医だけが、心の問題を聞れており、これを解決するには、く必要があるとは思いません。やはり個人と連帯との調和を精神科医でなくても、対応できどのように図っていくかといる相談機関はたくさんありう政治家の強いメッセージがます。必要と思います。山下先生如何ですか。【客】神戸で司法書士をしていま【山下】経団連は一時、時短やゆとりす。政府の多重債務相談窓口とを大きく掲げていたときがあり多重債務対策協議会の間の連携 - 49 - パネルディスカッションを図ってほしい。司法書士は、多重債務を処理できても、うつ病や精神疾患は対応できない。【木村】協議会と連動して動くことはいいことと思います。機会を得て私からも提言していきたい。【南】最後に各出席者から一言頂戴して終わりたいと思います。【西原】連携は大変難しいと思いますが、あきらめずに、粘り強く、いろいろな人と会って、やっていきます。【山口】 You are not alone. 落語の世界では「生きているだけで、儲けもん」と言います。生きているだけでいろいろな人とつながりがあるのです。死に急いでいる人には、「あなたが生きていることが大切だ」と伝えてください。今日は若い方がたくさん来ていて、大変良かったと思っています。【山下】内閣府からこのシンポジウムの連絡があったときは、少々戸惑いました。厚生労働省は以前、「『過労死』で亡くなることはない」と言っており、また、過労死は労災もほとんど認められませんでした。私自身が裁判で国と争っているものもあります。その私が今日ここに呼ばれ、過労自殺をなくすために一緒に考えることができたことは、とても評価したいと思います。過労自殺した方のご遺族は、第２、第３の犠牲者を出したくないと強い気持ちで思っています。その思いを伝えられたでしょうか。【木村】多重債務者を差別と偏見の中に置いたことが今、ようやく解決のために光があてられました。社会問題は、弱者に集中的に累積して発生しますが、これを一気に解決する方法はないと思います。企業家も弁護士も医者も、いろいろな人たちが、１枚１枚ベールをはがしていく努力でしか解決できないと思います。できることから対応していきたい。【南】社会全体で自殺を防いでいく。そこに、関係のない人は一人もいないと思います。今日のシンポジウムでの話を、周りの方々にも伝えてください。そして、この問題を社会で解決していく力にしたいと思います。 - 50 -