Kobe University Repository : Kernel

 Kobe
University Repository : Kernel
Title
プロトン照射したPADC検出器表面上液滴の接触角異常
Author(s)
前田, 佑介 / 森, 豊 / 金崎, 真聡 / 山内, 知也 / 小田, 啓二 /
小西, 輝昭 / 安田, 仲宏 / 藤乗, 幸子 / 誉田, 義英 / 蔵岡, 孝
治
Citation
神戸大学大学院海事科学研究科紀要 = Review of the
Faculty of Maritime Sciences, Kobe University, 08<商船・
理工論篇>: 21-29
Issue date
2011-07
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81003307
Create Date: 2014-11-13
神戸大学大学院海事科学研究科紀要 第 8 号
プロトン照射した PADC 検出器表面上液滴の接触角異常
Anomalous contact angle of water droplets on the proton irradiated
PADC track detectors
前田 佑介*, 森 豊*, 金崎 真聡*, 山内 知也, 小田 啓二, 小西 輝昭**,
安田 仲宏**, 藤乗 幸子***, 誉田 義英***, 蔵岡 孝治
Yusuke MAEDA*, Yutaka MORI*, Masato KANASAKI*, Tomoya YAMAUCHI, Keiji ODA,
Teruaki KONISHI**, Nakahiro YASUDA**, Sachiko TOJO***, Yoshihide HONDA***,
Koji KURAOKA
(平成 23 年 4 月 1 日受付)
Abstract
Anomalous behavior has been observed on the contact angle of water droplets on PADC, poly(allyl diglycol carbonate), nuclear track
detectors which is exposed to proton beams. The angel reaches to the maximum value of 89 degree from the original value of 70
degree without the exposure at a fluence of 1.0x1013 ions/cm2.In the case of heavy ion irradiations by He, C and Xe ions, the angle
decreases with increasing the fluence. Similar results have been observed for gamma irradiations, UV irradiations and the exposure to
corona discharge. In order to evaluate the surface structure, XPS observations were made for PADC, in which X ray irradiation are
simultaneously conducted. The polyethylene like network is more radiation tolerance than the ether and carbonate ester bonds which
are in the repeat units. The observed anomalous behavior of the track angle is discussed from the point of views of track core size and
spatial distribution on the PADC.
(Received 1st April 2011)
1
はじめに
ながら、中性子線量計測、宇宙放射線計測、イ
中性子線やプロトン、重イオンがつくる放射
オンビームや中性子を用いた生物照射実験、レ
線場においてポリ・アリル・ジグリコール・カ
ーザー駆動荷電粒子加速などの分野で利用され
ーボネート(PADC)が固体飛跡検出器として
ている(Nikezic et al., 2004)。共重合等の手法で
広く用いられている。その PADC がエッチング
同検出器に改良を加えたものの研究は行われて
型固体飛跡検出器として見出されてから既に三
いるが、根本的な意味での新しい飛跡検出器は
十年以上が経過しているが(Cartwright et al.,
開発されないままになっている。その原因とし
1978)、それを凌ぐ感度を有する飛跡検出器は見
て検出動作原理の基礎である潜在飛跡形成機構
出されないままである。
には未だ不明な点が多く残されていることが挙
PADC は CR-39 という商標でよく知られてい
げられる(Enge, 1995;Yamauchi, 2003a)。次世
る。耐摩耗性に優れ、ガラスの半分の重さであ
代型の新しい固体飛跡検出器の開発のために、
り、さらに屈折率がクラウンガラスよりもわず
PADC 中に形成されるトラックの構造を明らか
かに小さいだけであるので、眼鏡やサングラス
にしその形成機構を知ることは極めて重要な課
への利用に適した素材である(Abdul-Kader et al.,
題である(Yamauchi et al., 2005a&b, 2008a&b)。
2010)。PADC は現在でも様々な改良を加えられ
本研究室が過去に行った実験により、高エネ
*神戸大学大学院 海事科学研究科 海事科学専攻
**放射線医学総合研究所
***大阪大学 産業科学研究所
21
ルギーイオン及びガンマ線を照射した PADC は
(Malek et al., 2000)。
カーボネートエステル結合やエーテル結合が優
エッチング過程においては、新たな端点とし
位に切断され、内部に二酸化炭素と親水基であ
て生まれているヒドロキシル基の密度がエッチ
るヒドロキシル基が生成していることが確認さ
ング溶液のトラックに沿った進入速度、すなわ
れている(Yamauchi, 2003b)。ひとつの例とし
ちトラックエッチング速度を支配していると見
て、Fig. 1 と Fig. 2 に、5.6 MeV のプロトンを照
られている。トラック内とともに試料表面にお
射した厚さ 100µm の PADC の赤外線吸収スペク
いても生成したヒドロキシル基がその親水性の
トル変化を示す。
向上に大きく影響していると考えられる。しか
し、PADC 試料表面の親水性変化を評価した研
3.0
pristine
2.5
究は数が限られている。
13
2
13
2
固体表面の塗れ性を評価するための簡単かつ
13
2
明快な手法として、固体表面に純水の液滴を滴
13
2
下し、その接触角を測定する方法がある。これ
1.8 10 (ions/cm )
Absorbance
2.3 10 (ions/cm )
2.0
4.4 10 (ions/cm )
6.7 10 (ions/cm )
1.5
までにイオン照射を含む幾つかの表面処理を施
1.0
した PADC に水液滴を滴下し、その接触角を測
定する研究はおこなわれているが(Abdul-Kader
0.5
et al., 2010;;Mireault et al., 2008)、それらは試料
0.0
3800
3700
3600
3500
3400
3300
3200
3100
表面の濡れ性を向上させるために非常に高いフ
3000
-1
Wavenumber (cm )
ルエンス領域でおこなわれたものであり、イオ
Fig. 1. FT-IR spectra of 5.6 MeV proton irradiated 100 µm
ントラックの重なりが事実上無視できるような
フルエンス領域でおこなわれたものではない。
PADC around the absorption band of OH group.
以上のような研究の現状を踏まえて、本研究
ではプロトンや He イオンといった比較的軽い
2.0
pristine
13
2
イオンのほかに、C イオンや比較的重い Kr イオ
13
2
ンをトラックの重なりが確率的に大きくなるま
13
2
でのフルエンス領域で照射し、照射試料表面に
13
2
滴下した水液滴の接触角変化から PADC 試料表
1.8 10 (ions/cm )
Absorbance
1.5
2.3 10 (ions/cm )
4.4 10 (ions/cm )
6.7 10 (ions/cm )
1.0
面での親水性の変化を系統的に評価した。また、
PADC 試料表面に大きく影響を及ぼす紫外線の
0.5
照射(Ng et al., 2008; Yu et al., 2006)をはじめ、
ガンマ線照射やコロナ放電への暴露といった
0.0
2400
2380
2360
2340
2320
様々な実験においても同様に PADC 試料表面で
2300
-1
Wavenumber (cm )
の水液滴の接触角を評価した。
これまでにイオンやガンマ及び紫外線等の照
Fig. 2. FT-IR spectra for CO2 anti-symmetric vibration in
5.6 MeV proton irradiated 100 µm PADC.
射による PADC 内部での結合の切断を赤外線吸
収スペクトルの変化から評価した研究が多くお
Fig. 1 に示すように、ヒドロキシル基周辺の
こなわれているが、得られたスペクトルは試料
赤外線吸収スペクトルには 3 つの吸収ピークが
の深さ方向全体を測定したものであり、照射に
見られる。それらは低波数側から C=O 結合の第
よる試料の極表面での結合の切断を定量的に評
一倍音、新たな端点として生じたヒドロキシル
価するには適さない。
基及び水の対称伸縮の吸収からなる中央のピー
本研究では照射及び未照射の PADC 試料表面
ク、そして水の逆対称伸縮の吸収ピークである
の組織変化を評価するために、光電子分光装置
22
を用いた光電子スペクトルの測定をおこないX
であった。
線照射によって進行する PADC 試料表面での組
コロナ放電への暴露実験では信光電気計装社
製のコロナフィット CFG-500 を使用した。接触
織変化を求めた。
角の評価は種々の照射時間後におこなった。
2
実験
紫外線の照射ランプはセン特殊光源社製の高
圧水銀ランプ HB100A-1 を使用した。光量の測
2.1
PADC 試料
定にはウシオ電機社製の紫外線積算光量計
実験に用いた PADC はフクビ化学社製の
UIT-250 を使用し、この光量計の中心波長であ
BARYOTRAK と HARZLAS(TD-1)であり、前
る 254 nm 付近の光子数を評価した。
者は 99.9%以上に精製した同モノマーから重合
照射前後での液滴の接触角の測定には
されている。Fig.3 に PADC の繰り返し構造を示
FIBRO system 社製の携帯式接触角計 PG-X3 を
す。PADC は繰り返し構造内部にカーボネート
使用した。Fig. 4 はこの装置を用いて撮影した
エステル結合とエーテル結合を持つ。
未処理の PADC 試料上の液滴の写真で、図中の
点線は試料表面を示しいる。液滴の接触角はθ、
によって示されている。測定には純水を使用し
液滴の体積は 4.0 µl とした。
接触角 70.4°
直径 3.4 mm
高さ 1.2 mm
体積 4.0 µl
Fig. 3. A repeat unit of PADC.
2.2 照射と接触角測定
イオンの照射は放射線医学総合研究所の医療
用重イオン加速器 HIMAC の中エネルギービー
θ
ム照射室において実施した。同ビームラインは、
6 MeV/n に加速された数 cm 径の一様なイオン
ビームを大気中で照射できる(Yasuda et al.,
2005)。ビームの大気中への取り出し口であるハ
Fig. 4. Water droplet on pristine PADC sheet.
ーバーフォイルと試料とは約 20 mm 離して照
2.3 X 線光電子分光法(XPS)
射した。照射したイオンはプロトン、He イオン、
C イオン、Kr イオンである。Table 1 に各イオン
光電子スペクトルの測定には島津製作所製の
X 線光電子分光装置 ESCA-3400 を使用した。こ
の照射条件を示す。
の装置では X 線に MgKα線が用いられており、
Table 1 Conditions of ions irradiation
Ion
H
He
C
Kr
Energy
(MeV)
5.6
22
56
187
Stopping power
(keV/µm)
9.4
38
379
7371
Fluence
2
(ions/cm )
12
13
2.4×10 - 4.5×10
12
13
1.0×10 - 3.0×10
10
12
9.0×10 - 3.2×10
10
11
2.4×10 - 4.1×10
X 線の入射エネルギーは 1253.6 eV である。本
研究では PADC を構成する C 原子の 1s 軌道の
光電子スペクトルに着目した。
3
結果と考察
ガンマ線照射には大阪大学産業科学研究所・
3.1 接触角測定
量子ビーム科学研究施設内のコバルト 60 照射
装置を利用した(ミレニアム 2000)。試料は線
Fig. 5 に、試料表面に滴下した液滴の接触角
源を中心に同心円上に設置し照射時間によって
を測定した結果を示す。
横軸は吸収線量である。
吸収線量を調整した。典型的な線量は約 1 MGy
He イオンと C イオン、Kr イオンに着目すると
23
吸収線量の増加と共に接触角は小さくなってい
90.0
るが、同一の線量では軽いイオンのほうが接触
80.0
Contact angle (degree)
角は大きい。He イオンと C イオンについては
接触角がほとんど変化しない吸収線量領域があ
り、それは He イオンのほうが広い。
90.0
Contact angle (degree)
80.0
70.0
70.0
60.0
50.0
40.0
30.0
20.0
60.0
10.0
50.0
0.0
0
H (2009)
H (2010)
He
C
Kr (BARYOTRAK)
Kr (HARZLAS)
gamma-ray
40.0
30.0
20.0
10.0
0.0
10
5
10
10
20
30
40
50
60
Exposure time (s)
Fig. 7. Changes in the contact angle of water droplets on the
PADC sheet exposed to Corona discharge.
6
10
7
10
紫外線照射した PADC 表面に滴下した水液滴
8
Absorbed dose (Gy)
の接触角測定結果と、コロナ放電への暴露を行
Fig. 5. Changes in the contact angle on PADC sheets
った PADC 表面に滴下した水液滴の接触角測定
irradiated by proton, heavy ions and gamma ray.
結果をそれぞれ Fig. 6 と Fig. 7 に示す。これら
の場合についても処理時間とともに接触角は単
これらに対してプロトン照射においては一旦
調に小さくなる一方であり、プロトンのような
接触角が大きくなってから減少に転じるという
特異な変化は見られなかった。
6
特異な結果が得られた。10 Gy に相当する 1×
1013 ions/cm2 程度のフルエンスでは接触角はほ
3.2 X 線光電子分光法(XPS)
ぼ直角になっている。この事象については3回
未照射の PADC 試料表面での C 原子の 1s 軌
の照射実験を繰り返したが再現性を確認した。
道についての光電子スペクトルを測定すると、
さらに LET の低いガンマ線照射では、プロトン
Fig. 8 のような結果が得られた。
14000
と同程度の吸収線量域でも接触角はやや減少す
12000
Modified count rate (cps)
照射において接触角が最大値を取った吸収線量
る傾向が見られた。
90.0
Contact angle (degree)
80.0
70.0
60.0
50.0
40.0
C-C
C-O
O-(C=O)-O
CO2
SUM
spectra of C1s
10000
#1
8000
6000
#4
4000
#2
2000
#3
0
30.0
300
20.0
295
290
285
280
Binding energy (eV)
10.0
Fig.8. XPS spectrum of C1s in a PADC film.
0.0
0
1 10
20
2 10
20
3 10
20
4 10
20
5 10
20
6 10
20
2
Fluence (photons/cm )
得られた光電子スペクトルには、明らかな3
つのピークと小さな1つのピークから成ってい
Fig. 6 .Changes in the contact angle of water droplets on
ることが確認された。Fig. 8 中のオレンジの曲
PADC sheets exposed to UV lights.
24
織の変化を観察することになる。C 原子の 1s 軌
たフィッティング結果であり、青色の曲線で示
道の光電子スペクトルの変化を Fig. 10 に示す。
されている実測値とよく一致している。Fig. 8
測定に伴う X 線の照射によってエーテル結合と
中の#1 のピークは C 原子と H 原子のみと結合
カーボネートエステル結合の両端に端につなが
している C 原子の 1s 軌道のピークである。#2
っている C 原子の割合が低下し、同時にカーボ
のピークは一つの O 原子と結合している C 原子
ネートエステル結合の中心に位置する C 原子の
の 1s 軌道のピークである。#3 のピークはカー
割合も下がっていることが示されている。測定
ボネートエステル結合を形成している C 原子の
時間ごとの各ピーク強度の相対比率を Fig. 11
ピークで、この炭素原子は3つの O 原子と結合
に示す。
している。そして#4 の小さな吸収ピークはこれ
14000
までは帰属が報告されていないが(Mireault et
12000
Modified count rate (cps)
線はそれぞれに分離させたピークを足し合わせ
al., 2008)、照射によって二酸化炭素が生成して
いることが赤外線吸収スペクトルの測定から確
認されているので、測定時に試料に照射される
X線によって生成している二酸化炭素を構成し
ている C 原子のスペクトルであるとした。
2
3
2
2
1
1
2
3 2
2
1
20 min
40 min
60 min
80 min
10000
C-O
8000
6000
O-(C=O)-O
4000
2000
0
300
295
290
285
280
Binding energy (eV)
1
Fig.10. Changes in the XPS spectrum of C1s.
Fig. 9. A repeat unit of PADC.
1.4
CO2
1.2
Relative peak strength
Fig. 9 の繰り返し構造を基に考えると#2 の C
原子の数が最も多いが、Fig. 8 のスペクトルを
見る限りでは O 原子と結合していない#1 の C
原子の光電子スペクトルピーク最も高くなって
いる。この表面には#1 の C 原子の割合が高くな
っていることが示唆されている。PADC 樹脂は
1.0
C-C
0.8
C-O
0.6
0.4
O-(C=O)-O
ガラスのモールドの中で重合されるが、その際
0.2
に最表面にはアリル基の開裂と重合によって生
20
30
40
50
60
70
80
90
100
Analyzing duration (min)
まれるポリエチレン状の組織が優先的にガラス
Fig. 11. Changes in the relative peak intensity for C1s.
表面に生成していると考えることができる。こ
の意味では平均的な組織から考えられるよりも
未照射の PADC 表面は疎水性に富んでいると考
測定に伴う X 線照射によって時間の経過と共
えてよいだろう。実際にエッチング処理を施し
に C-O 結合あるいはカーボネートエステル結合
た PADC 上の液滴の接触角は極めて小さくなっ
のピークが大きく減少し、二酸化炭素が増加し
ていることが確認されている。
ていることがわかる。これは、PADC にプロト
XPS の計測においては一回の測定時間は
ンや重イオン、及びガンマ線を照射した場合の
20 分であった。同一の試料に対して測定を 4 回
結合の損傷と一致する(Yamauchi et al., 2005a&b,
繰り返した。このことは X 線照射による表面組
2008a&b)。C-C 結合のピークは照射によってさ
25
ほど変化していない。このことから、X 線の照
図中の曲線はポリエチレン構造のネットワーク
射によって PADC 表面でカーボネートエステル
である(Stejny et al., 1987)。
O
結合やエーテル結合が失われる一方で、C イオ
-O
-C
OCO
=
O
O
=
O-C
-O
O
ワークを形成している分子鎖については照射に
=
O
よる変化が小さいことが示されている。
O-C-O
O
=
OCO
O
=
O
COO
-O
-C
O
O-C-O
O
=
=
O-C-O
O
O
=
考察
O
O
-C
-O
O
-O
-C
O
O
O-C
-O
O
=
O
-O
O
-C
O
=
O
=
-O
=
O
から減少に転じる特異な結果を、イオントラッ
-O
O-C
O
=
-O
O-C
O
-C
O O
O
=
O
=
O-C-O
O
れた、照射によって一旦接触角が大きくなって
=
-O
O-C
O
=
接触角測定実験においてプロトン照射で得ら
-O
O-C
O
=
O
=
3
O
ンやプロトンと結合しポリエチレン状のネット
らは PADC 中のイオントラックについてカーボ
2 nm
O
O-C
=
クのサイズとその分散の観点から考えたい。森
Fig. 13. Surface structure of PADC.
ネートエステル結合損失のトラックコア半径を
実験的に明らかにしてきているが、その結果の
この PADC にイオンが照射したときの結合が
一部を Fig. 12 に示す(Mori et al., 2011)。ここに
切断する様子を考える。Fig. 14 に Kr イオンを
示された関係式から本研究において照射したイ
照射した場合に結合が切断する様子を示す。
オントラックコア半径を求めた(Table 2)。
Before irradiation
O
-O
-C
OCO
O
O
O
=
O
=
-O
O
O-C-O
O
=
OCO
O
O
CO- O
=
-O
-C
=
O-C-O
O
-C
-O
O-C-O
O
O
O
O
O
-O
O-C
O
=
O
O-C
-O
O
-C
O
=
=
O
=
O
O
O
O
=
-O
=
-C
O
-O
O-C
O
=
-O
O-C
O
OCO
O
=
O
=
O-C-O
O
0.1
-O
O-C
O
-O
O
=
O
Ne
=
Η
=
=
1.0
C
He
Fe
Xe
O-C
Ar
10.0
Kr
=
=
0.0
1
10
100
1000
2 nm
O
O-C
Effective track core radius (nm)
100.0
After irradiation
10000
O
Stopping power (keV/µm)
3
CO
CH
Fig. 12. Relation between the track core radius and the
O
OH
O-
=
O
O-C
=
-O
stopping power in PADC.
OH
O
CO- O
OH
OH
OH
OH
OH
H
OH
OH
carbonate ester bonds
O
=
Table 2 Effective track core radius for the loss of
OH
OH
OH
0.3
0.5
1
5.8
OH
H
He
C
Kr
OH
OH
Effective track
core radius (nm)
OH
OH
Ion
2 nm
Fig. 14. Changes in the surface structure of PADC before
and after the exposure to Kr ion.
Fig. 13 に PADC の表面構造を模式図を示す。
Kr イオンのように比較的重たいイオンでは
26
コア半径 0.3 nm に対応させている。
イオントラックの径が大きく、損傷の広がりは
径方向についても複数の繰り返し構造単位にわ
1×1013 ions/cm2
たる。その損傷とはエーテル基の切断であり、
カーボネートエステル結合からの二酸化炭素の
放出を伴う切断である。無傷のまま残るとは考
えられないがポリエチレン状のネットワークは
相対的に耐放射線性が高いだろう。化学結合の
20 nm
切断によって生じた端点にはヒドロキシル基が
生成される(アルコールなのかカルボニル基な
のかは不明)
。
比較のために PADC にプロトンや He イオン、
あるいは C イオンを照射した場合を考える。各
イオンが入射した場合のトラックコアサイズを
比較した図を Fig. 15 に示す。
図中の斜線部の大きさの比はそれぞれのイオ
20 nm
ントラック径の比で表している。
CO
O
1×1014 ions/cm2
O-
O
O
-O
-C
O
C
=
=
O -C
-O
O
=
O
He
=
=
O-C-O
O
=
O-C-O
O
O
O
=
O
=
O
-C
-O
O
O-C-O
O
=
OCO
O
-O
-C
O
H
-O
-C
O O
O
-C
O
=
O
-C
-O
-O
-C
O
O
O
=
-O
=
O
O
O
O-C-O
O
-O
O-C
O
=
=
=
O
=
-O
O-C
O
O -C
-O
O
20 nm
-O
O-C
O
=
=
-O
O-C
O
-O
=
O
O-C
=
2 nm
Fig. 15. Track core radii of proton, He and C ions.
20 nm
He イオンや C イオンでは一つのイオントラ
ックで複数の結合の切断が起こり得ると考えら
Fig. 16. Proton track distribution.
れるが、プロトンではトラックが小さく、複数
1×1014 ions/cm2 ではイオントラックの重なり
の結合の切断は同時に起こらないと考えられる。
プロトンの照射で
を無視することは出来ないが、1×1013 ions/cm2
接触角が最大値をとる吸収線量でのフルエンス
ではイオントラック間の距離が数 nm 程度離れ
Fig. 5 に示したように、
13
2
は、1×10 ions/cm である。このときのイオン
ており重なりは事実上無視できる。接触角が直
トラックの分布と結合の切断の様子を考える。
角に近づいた条件下では繰り返し構造内に収ま
Fig. 16 に一辺 20 nm の正方形領域におけるプロ
る比較的小さな損傷が十分に離れて生じている
トントラックの分布のイメージ図を示す。イオ
と考えられる。
ントラックの座標は乱数を用いて得たものであ
いわゆる Young の式とは、液滴の接触角と表
り、プロット点の大きさはプロトンのトラック
面エネルギーとの関係を表している基本式であ
27
る。同式は以下のように表される:
σ sv = σ sl + σ lv cos θ
疎水性を示す結果となったが、照射によってヒ
ドロキシル基が増加していることは赤外線吸収
(1)
スペクトルの測定で明らかになっているので、
ここで、σsv:固体の表面エネルギー、σsl:固
照射によって表面が疎水性になったとは到底考
体―液体間の界面張力、σlv:液体の表面張力、
えられない。
θ:接触角である。
ひとつの可能性としては、低いフルエンスで
は Fig. 17 に示すように液滴の境界面において
Low fluence
潜在飛跡との相互作用によってイオントラック
と重なった分だけ液体の表面積が増加し、見か
け上液体の表面張力が大きくなり、cosθが小さ
くなった。すなわち接触角θが大きくなったと
考えることができるだろう。これが低いフルエ
ンスで接触角が大きくなった原因であると推察
できる。高いフルエンスでは、親水性を持つイ
オントラックが重なっているためにそれらのあ
つまりは重イオンのトラックと同じような効果
をもたらし液滴のフロントラインはその親水性
O
に引かれるようにして広がっているものと考え
H2
られる。
High fluence
4
結論
イオン照射した PADC 表面の親水性を評価し
た。プロトン、He イオン、C イオン、Kr イオ
ンの照射とガンマ線や紫外線照射、コロナ放電
への暴露実験を行った PADC 表面に滴下した水
液滴の接触角を評価した。
また、X 線の照射によって進行する試料表面
での組織変化を見るために X 線光電子分光法
XPS を用いて分析を行った。
PADC にプロトンを照射すると、照射によっ
O
H2
て接触角が未照射の場合の約 70 度から大きく
なり、その後減少に転じるという傾向が得られ
:Track
た。接触角の最大値は 1×1013 ions/cm2 のフルエ
Fig. 17. Broadening of the water dloplet on PADC sheet.
ンスで 89 度である。同程度の吸収線量でガンマ
重イオンやガンマ線の照射によって PADC 表
線の照射をおこなったが、接触角が減少するば
面にはトラック内と同様にヒドロキシル基が生
かりでプロトンを照射した場合のような結果は
成している。Young の式に即して考えるならば、
得られなかった。また、紫外線照射やコロナ放
固体-液体界面の張力σsl が小さくなり、すなわ
電への暴露実験もおこなったが、どちらも照射
ち親水性が向上し、試料表面に滴下した液滴の
によって接触角が小さくなるばかりでプロトン
接触角が小さくなったと考えられる。プロトン
を照射した場合のような傾向は得られなかった。
の照射では接触角が大きくなり見かけの上では
よってこの傾向はプロトン照射においてのみ起
28
こりうる特異な傾向である。
N. Mireault et al., “Modification of wetting properties of
XPS を用いた分析時に照射される X 線によっ
CR39 by plasma source ion implantation”, Applied Surface
てエーテル結合やカーボネートエステル結合が
Science. 254, 6908-6914 (2008).
失われ、CO2 が生成していることが確認された。
Y. Mori et al., ‘Radiation chemical yields for loss of ether
これは、PADC にイオンやガンマ線を照射した
and carbonate ester bonds in PADC films exposed to proton
場合と同様の損傷である。つまり、照射によっ
and heavy ion beams.’ Radiat. Meas. submitted(2011)
て試料内部だけでなく極表面にもヒドロキシル
F. M. F. Ng et al., “Surface effect of ultraviolet radiation
基が生成されているといえる。
on electrochemically etched alpha-particle tracks in PADC”,
そういった表面構造に基づいて接触角の変化
Radiat.Meas. 43, 102–105 (2008).
を考えると、He イオン、C イオン、Kr イオン
D. Nikezic et al., “Formation and growth of tracks in
の照射においてはイオントラックが大きく、一
nuclear track materials”, Mater. Sci. Eng. R. 46 51-123
つのイオントラックで複数の結合の切断が同時
(2004).
に起こると考えられるが、プロトン照射におい
J. Stejny et al., “The polymer physics of CR-39 — the
てはイオントラックが小さく、損傷が分散して
state of understanding”, Radiat.Prot.Dosim. 20, 31–3 (1987).
起こるために液滴の境界面で歪みが生じ、実効
T. Yamauch “Studies on the nuclear tracks in CR-39
的な表面積が増加することで接触角が大きくな
plastics”, Radiat. Meas. 36, 73-81 (2003a).
ったと推察できる。
T. Yamauchi et al. “Formation of CO2 gas and OH groups
in CR-39 plastics due to gamma-ray and ions irradiation”
謝辞
Radiat. Meas. 36, 99-103 (2003b).
T. Yamauchi et al., "Yields of CO2 formation and
本研究は放射線医学総合研究所の HIMAC 共
scissions at ether bonds along nuclear tracks in CR-39",
同利用研究として実施された(課題番号
Radiat. Meas. 40, 224-228 (2005a).
20p138・固体飛跡検出器中重イオントラックに
T. Yamauchi et al., “Structural modification along heavy
沿った損傷構造)。実験に際してご支援してい
ion tracks in poly(allyl diglycol carbonate) films” JJAP 47,
ただいた NIRS-HIMAC のスタッフの皆様に対
3606-3609 (2008a).
しここに記して感謝の意を表します。ガンマ線
T. Yamauchi et al., “Loss of carbonate ester bonds along
照射には大阪大学産業科学研究所の量子ビー
Fe ion tracks in thin CR-39 films”, Radiat. Meas. 43,
ム科学研究施設にあるコバルト 60 照射装置を
106-110 (2008b)
使用した。ご協力いただいたスタッフの皆様に
N. Yasuda et al., “Dose distribution of carbon ions in air
感謝の意を表します。
assessed using imaging plates and ionization chamber”,
Radiat. Meas. 40, 384-388 (2005b).
参考文献
K. N. Yu et al. “Photo-degradation of PADC by UV
Abdul-Kader et al., “Ion beam modification of surface
radiation at various wavelengths”, Polymer
properties of CR-39”, Philosophical Magazine. 90: 19,
and Stability 91, 2380-2388 (2006).
2543-2555 (2010).
B. G. Cartwright et al., “A nuclear-track-recording
polymer of unique sensitivity and resolution”, Nucl. Instr.
Meth. 153, 457-460 (1978).
W. Enge “On the question of nuclear track formation in
plastic material”, Radiat. Meas. 25 11-26 (1995).
M. A. Malek al., "FTIR study of H2O in polyallyl diglycol
carbonate", Vibrational. Spectrosc.24, 181-184 (2000).
29
Degradation