放射線防護体系の進展−ICRP新勧告案の概要について - MT Pro

日本放射線技術学会雑誌
796
学 術 交 流 委 員 会 報 告
放射線防護体系の進展−ICRP新勧告案の概要について
関係法令等検討小委員会
川崎英弘 群馬県保健・福祉・食品局
加藤英幸 千葉大学医学部附属病院
山口一郎 国立保健医療科学院
渡辺 浩1) 横浜労災病院
諸澄邦彦2) 埼玉県立がんセンター
1)
副委員長,2)
委員長 はじめに
1.1990年勧告とそれ以降の追加勧告の概要
本稿を執筆している現在,国際基本安全基準
(以
1990年勧告では,被ばくを伴うどのような行為も個
下,BSS)
による国際免除レベルの国内法への取り入
人や社会に対して十分な便益を生む場合のみ行うべき
れ,自然放射性物質の規制免除等について検討が進め
こと
(正当化)
,合理的に達成できる限り被ばく線量を
られ,放射線安全規制における規制対象の範囲が見直
小さくする
(as low as reasonably achievable:ALARA)
されようとしている.
という原則に基づき,防護を最適化することを勧告し
さらに,国際放射線防護委員会
(以下,ICRP)
は,
ている8).また,線量限度を設定し,ある個人が線量
1990年勧告
(Publ.60)
を見直し,より単純でより論理
限度以上に曝されないよう管理すべきとしている.し
的な新しい放射線安全規制のあり方をまとめるために
かし,一般公衆は,被ばくの原因となる周囲の線源の
精力的に作業している.
存在を知ることができない.このため,線源側で規制
一方,本学会では放射線診療における規制のあり方
し,その線源からの被ばく線量を制限すべきこと
(線
を継続的に検討する目的で,1999年に
「放射線診療に
源管理における線量拘束値の導入)
も勧告している.
係わる法令問題検討班」
を設立した.2000年には検討
また,あらゆる活動を被ばく線量の増減の観点か
対象を拡大し,放射線防護に関する規制のあり方を検
ら,被ばくが増加する
「行為」
と被ばくが低減する
「介
討するために
「関係法令等検討小委員会」
へと名称およ
入」
に分け
(しかし,場合によっては防護シールドの設
び組織内の位置付けが変更され,2003年度から委員構
置という
「介入」
が,作業者の皮膚の吸収線量を低下さ
成 5 名で活動している.
せるものの,実効線量をかえって増加させることがあ
関係法令等検討小委員会は,これら国際的な動向を
る.また,その逆の現象を引き起こすこともある.あ
会員に情報提供するための活動の一環として,一昨年
るいは,術者の被ばく線量を低減させる
「介入」
が患者
(本誌第58巻 3 号)
にICRPの新勧告をめぐる動向を報
の被ばく線量を増加させることもあり,厳密な議論に
告した3).その後,ICRP委員長ロジャー・クラーク氏
おいては,
「介入」
と
「行為」
の議論は単純ではなくな
による覚書き
(2003年 4 月)
の公表後,さまざまな学会
る)
,
「行為」
に伴う放射線被ばくを,職業被ばく,医
等での議論も経て,2003年 6,8 月にそれぞれ第 1,
療被ばく,公衆被ばくの三つに区分している.
2 ドラフトが提示されるなど新勧告の骨格がまとまり
いずれにしても,1990年に公表されたICRPの放射
つつある4).そこで,前回の報告後のICRP新勧告案を
線防護体系の基本思想はこれまでの長い間の議論をま
めぐる議論の概要を報告する.
とめたもので,複雑すぎるという批判がある.
なお,本稿は2004年 3 月現在までに入手した資料を
さらに,ICRPはPubl.60以降,2002年 3 月までにTable
基に作成しており,最終的には内容が修正される可能
1に示す12件の勧告
(Publ.62∼87)
を追加した9∼19).これ
性があることを前提に一読願いたい.
らの勧告では,放射線リスク管理において防護の最適
化を達成するため,対象線源や状況に応じて考え方が
整理され,全部で30近い線量拘束値が提示されてい
第 60 卷 第 6 号
放射線防護体系の進展−ICRP新勧告案の概要について
(川崎・他)
797
Table 1 Publ.60
(ICRP1990)
以降に出されたICRP勧告
勧告名
内 容
Publ.62(ICRP1993a)
生物医学的な研究における放射線防護
Publ.63(ICRP1993b)
放射線緊急時における公衆の防護のための介入に関する諸原則
Publ.64(ICRP1993c)
潜在被ばくの防護:概念的枠組み
Publ.65(ICRP1994)
家庭と職場におけるラドン−222に対する防護
Publ.75(ICRP1997a)
作業者の放射線防護に対する一般原則
Publ.76(ICRP1997b)
潜在被ばくの防護:選ばれた放射線源への適用
Publ.77(ICRP1998a)
放射性廃棄物の処分に対する放射線防護の方策
Publ.81(ICRP1998b)
長寿命放射性固体廃棄物の処分に適用する放射線防護勧告
Publ.82 (ICRP1999)
長期放射線被ばく状況における公衆の防護−自然線源および長寿命放射性残
制御しうる放射線被ばくへの委員会の放射線防護体系の適用
Publ.84(ICRP1999)
妊娠と医療放射線
Publ.85(ICRP2000)
IVRにおける放射線障害の回避
Publ.87(ICRP2000)
CTにおける患者線量の管理
による
る.
る.しかし,本来は,個々の被ばくによるメリットも
勧告での職業人の線量限度は,個人の年間致死リス
考えて,容認できる被ばく線量を変えるという従来の
クに基づいて算出されている.しかし,一般公衆の線
考え方がより素直であり,被ばくの種類を考えずに一
量限度では,これまでと違った試みがなされている.
律に対策レベルを設定するという考え方は撤回されて
その一つは仮想的な個人を代表するために導入され
いる.
たもののICRP1990年勧告以前はあまり重視されてい
なかった決定グループの見直しであり,最もその線源
2.1990年勧告からの主な変更事項
から被ばくしそうなグループを設定し,その構成員の
ICRPの目的は,人類と他の生物に対する適切な放
被ばく線量がある一定以下であれば,線量限度が達成
射線防護基準の確立とその適用に貢献することであ
されたとするものである.ここで,線源からの被ばく
る.適切な放射線防護基準の確立においては,健康リ
のシナリオの一部が崩れると,決定グループが適切で
スクに関する科学的データのみでなく,社会科学的な
はないことが起こりえる.また,同じような曝露を受
視点に基づく倫理的・経済的側面についても考慮する
けても個人の放射線量が異なり個人の差が相当大きい
ことを必要としている.このため,放射線被ばくが増
ことも考えられる
(例えば力士と乳児を考えると明ら
加する場合でも,人間として望ましい生活を営むため
かだろう)
.このため,安全係数を導入し,あまり極
必要な場合には,その行為
(放射線被ばくが増えるよ
端なことは考えないこととしている
(極端なヒトの扱
うな活動)
を容認すべきとしている.
いをどう考えるかも新しい倫理の問題かもしれな
また,放射線防護においては,個々の線源から個人
い)
.また,Publ.82
(1999)
では新しい試みとして線量
を守ることが基本となるが,防護に莫大な費用を費や
16)
域に応じた対策レベルが導入された .ここでは,あ
し,そのために生活を困窮させることは正しい選択で
る線源からの線量を次のような 6 バンドに分けてい
はなく,防護の最適化が求められる.
る.すなわち,100mSvを超える,10mSvを超える,
このため,新勧告では現在の拘束値概念を拡張し,
1mSvを超える,0.1mSvを超える,0.01mSvを超え
それぞれの線源に対する防護の最適化の達成法を示す
る,0.01msv以下に分類し,それぞれに必要な
(あるい
ことが提案されている.防護の最適化の議論は
「5.防
は必要でない)
対策が示されている.さらに,対策レ
護の最適化・集団線量」
でも紹介する.
ベル設定の議論では,当初,医療被ばくもこの枠組み
さらに,介入レベルや対策レベルを含め,拘束値,
に入れることとされ,各線源で正当化を考えるという
クリアランス・レベル,除外レベル,あるいは作業者
従来の思想とは異なった考え方が提示されていた.こ
の線量限度,公衆の線量限度など一群の用語を整理
の背景は,ある個人を考えた場合に,放射線を取り扱
し,それらの概念を明確にすべきとされている.
う業務に従事するとして,仕事に関係する職業人とし
また,最近の放射線生物影響についての科学的知見
ての被ばくと仕事とは関係しない線源からの公衆とし
を踏まえ,中性子に対する放射線荷重係数と組織荷重
ての被ばくと医療機関を受診した際の医療からの被ば
係数を改定し,さらに,自然放射線による被ばく防護
くのそれぞれで,リスクが変わらないという思想があ
や地球環境中の生物の放射線防護について,明確な方
2004 年 6 月
798
日本放射線技術学会雑誌
針が示される予定である.
Table 2 関心レベルと個人の年間実効線量
関心レベル
3.患者の放射線被ばくの正当化
線量レベル
高い(High)
ICRPのこれまでの基本的な考え方は,放射線被ば
>200∼300mSv
一段高い(Raised)
>20∼30mSv
くに伴う損害を含めたコストより明らかに便益が大き
低い(Low)
1∼10mSv
い,すなわち,正当化される行為や制御可能な自然線
非常に低い(Very low)
0.01∼1mSv
源に対してのみ防護体系を適用することが適当であ
無視できる
(None)
<0.01mSv
り,防護の 3 原則の一つとされていた.
これに対し,新しいICRP勧告において
「正当化」
は,ICRPの範疇外として,患者の放射線被ばく以外
個人の年間実効線量の関係は,Table 2のように示され
では扱わないことが検討されている.
ている.
例えば,患者の放射線被ばくでの正当化について
さらに,自然バックグラウンドによる実効線量は,
は,次に示す三つのレベルを考慮する必要があるとし
世界的にみると少なくとも10倍ほどの違いがあり,ラ
ている.
ドンによる被ばくの最大値を考慮すると,自然放射線
① 医学放射線利用におけるより一般的な正当化
被ばくの上限あたりでは介入すべきかどうかの判断が
医学放射線利用での主な被ばく対象は患者である
求められる.
が,職員や公衆への被ばくも考慮されなくてはならな
また,個人実効線量が年間100mSvを超えるような
い.
場合,そのリスクは,事故時の救命活動や宇宙飛行の
② 検査などの利用目的が明確でその検査での放射線利
ような特別な事態を除いて正当化はできない.
用が正当化されていること
500mSv程度の急性被ばくの場合には早期の確定的影
例えば,胸部X線検査は明確な目的があり,患者の
響を引き起こし,また,発がんの危険の確率を相当高
診療に必要な情報を提供しているか.
める可能性がある
(致死がんリスクは,5%/Svとされ
③ 個々の患者の放射線照射が正当化されること
ている)
.
放射線を用いたルーチン検査では,放射線被ばくに
このような被ばくに対しては,線量の制限が必要にな
ついての参照レベルをあらかじめ設定しておくことが
り,さらに,その個人が他の制御可能な線源からのさら
必要で,患者への線量は,参照レベル限度を一般的に
なる被ばくがないことを保証しなければならない.
超えてはならない.
一方で,ある線源の使用により増加する実効線量が自
これらの正当性が確保された後には,最適化を検討
然バックグラウンドの年間実効線量よりも遥かに低い場
し,できるだけ患者に与える放射線量を小さくすること
合には,個人にとって問題にならないし,その線源の使
が求められている.診断では不必要な線量を減少させる
用により最も多く被ばくする個人の実効線量が年間約
とともに,治療でも計画された線量分布に従った照射と
0.01mSvより低いときには,それによるリスクは無視し
し,正常組織への照射を避けることが求められる.
得るとして,いかなる規制も設ける必要がない.
しかし,その中間である 0.1mSv程度から20∼
4.線量拘束値を新しく設定するときの問題点
30mSvまでの線量は,一度にあるいは繰り返し受けた
現行体系は,6 種類のバンドで最大線量拘束値を設
ときでも無視できないため,何らかの規制が必要であ
けており,行為か介入か,作業者か公衆かにかかわら
ると検討されている.
ず線量の大きさから何らかの対策をとる必要があると
されている.
5.防護の最適化・集団線量
一方,新勧告では,自然バックグラウンドを基にし
これまで放射線防護においては,個人の被ばく線量
た関心レベルを提案している.
分布,被ばくする人数,被ばくを伴う機会の発生する
自然バックグラウンド放射線の存在は,それを超え
可能性を社会的・経済的要因を考慮し,合理的に達成
ない被ばくを必ずしも正当化しないが,その被ばくの
できる限り低く抑えなければならないとするALARAの
相対的なリスクの判断材料にはなり得る.
原則が尊重されてきた.
例えば,ラドンも含めたすべての自然放射線源から
これに対し,新勧告では
「防護の最適化」
という語
の年間の実効線量の世界平均は,原子放射線の影響に
は,個人や集団に対して適用するものの,防護対象と
関する国連科学委員会(以下,UNSCEAR)の報告
して個人を重視し,すべての個人が定められた線量拘
(2000)
で2.4mSvとされている.
また,2003年 8 月の第 2 ドラフトで関心レベルと
束値を超えることのないよう防護することを基本原則
にしようと考えている.
第 60 卷 第 6 号
放射線防護体系の進展−ICRP新勧告案の概要について
(川崎・他)
799
また,各個々人で便益と損害の差が大きくなる条件
にある主な線源として,カリウム−40,およびウラン
がまちまちであることから
「最適化」
の原則は,個別の
−238とトリウム−232の崩壊系列の核種に対する防護
事情を尊重する考え方を採用している.ICRPが
を検討しており,これらの核種に対する最大拘束値を
Publ.77
(1998)
で述べているように,旧来の方法は型
勧告することを考えている.その値は,ラドンと同様
にはまった費用−便益分析などの解析手法に強く頼り
に,線量値でなく,放射能濃度で表示する予定であ
14)
すぎてきた傾向にある .
る.
例えば,平均線量とグループの人数の積である集団
除外レベルの設定では,拘束値よりは低いものの,
線量は,合理的な計算上の結果ではあるが,情報の集
それより極端に低いことはなく,自然界にみられる値
約が多いためにその有効性は限られている.
の範囲内で,年間で 1mSvの何分の 1 といった線量が
かつて,集団線量の概念が利用されてきたのは,原
適用される予定であるが,地表での宇宙線とそれによ
子力発電炉と再処理工場からの放射性物質の放出規制
る被ばくは制御可能でないため,勧告の範囲から除か
の議論であり,ある行為による集団線量を制限するよ
れる.
うな規制を設けると,その行為に関連したすべての線
しかし,何人かの乗務員の平均の年間実効線量は約
源からの一人当たりの将来にわたる最大実効線量をあ
3mSvであり,特定の乗務員や限られた数の職業的添
る一定以下にできるとする考え方もあったからであ
乗員の場合はその 2 倍ぐらいと予想されるため,防護
る.しかし,ある線源からの個人の分布が著しく不均
体系では職業被ばくとして扱うべきであると勧告して
一である場合には集団線量の議論は,規制決定にはあ
いる.
まり役立たない.
一方,公衆の一員が飛行中に受ける線量を制御する
新勧告での防護の最適化における意志決定では,必
ことには正当性がなく,その被ばくは体系から除外さ
要な情報
(年齢・性別依存性リスク・線量分布・人数な
れる.
どの因子)
を行列の形で示し,行列の各要素に対して異
なった重み付けを行うことが評価するうえで重要であ
7.線量計測量
ることを検討している.また,新勧告では社会全体の
新勧告は線量計測量の定義等を明確にし,臓器や組
利害より個人の防護を念頭に置くことから,集団線量
織のなかでは
「radiation weighted mean absorbed dose
を用いる場が狭められる方向にあるものと思われる.
(仮訳:放射線荷重平均吸収線量)
」
という用語を用い
る予定である.
6.自然放射線源
そして,比例線量−効果関係が適用される線量の範囲
ICRPは自然放射線源に対する防護についても明確
では,現在定義されている実効線量を除くような提案は
な勧告を行おうとしている.
しない予定である.UNSCEAR
(2001)
の報告では,遺伝
Publ.65
(1994)
に示されたラドン−222に対する勧告
的な欠陥の危険を減少させる評価を与えており,新勧告
は,住宅と作業場所での屋内ラドンに対する制限を示
でも陽子と中性子に対する放射線荷重係数と組織荷重係
11)
したものであり,ICRPはその存続を提案している .
数の修正および単純化する提案を行おうとしている.
特にラドンは吸入することで肺に入り,屋内ラドンの
また,実効線量は,防護量として使用され,疫学的
線量は自然バックグラウンド放射線の量に匹敵すると
な評価や人への被ばく等特定の調査に使用されてはな
いわれている.そこでは,線量の最大レベル
(拘束値)
らないとされ,吸収線量は,最も適切な放射性核種の
を放射能濃度に換算した値が示され,最適化された
体内代謝,生物学的効果,および危険率などとのデー
「対策レベル」
が,住居内と作業所内で規定されてい
タと併せて用いられるべきであるともされている.
る.
さらに,放射線量のしきい値を決定する要因は,組
対策レベルは,放射線の人体への影響に関すること
織中のかなりの細胞機能の損害に起因している.この
のみでなく,各国の経済事情や社会的因子で変化する
損害を引き起こす場合の線量測定の状況は複雑で,線
と考えられており,この考え方が新勧告でも受け継が
量が組織にほぼ一定の場合,平均吸収線量を用いるこ
れるか注目されている.
とができるが,線量が一定量でない場合,局所的な損
また,ICRP新勧告では,指定されたレベルより低い
害が極度に照射された線量の位置的・時間的分布に依
被ばくは防護体系から除外されるとし,この指定され
存することから複雑となり,線量計測量に反映するこ
たレベルを
「除外レベル」
と呼んでいる.例えば公衆に
とはできないとしている.
3
対するラドン−222の除外レベルは600Bq/m とされる
予定である.
8.生物環境の放射線防護
ICRPはラドン−222に対する扱いと同様に,環境中
環境の防護に関する現在のICRPの立場は,1990年
2004 年 6 月
日本放射線技術学会雑誌
800
Table 3 現行勧告から新勧告
(案)
に変更されると思われるいくつかの要点
表 題
現行勧告
新勧告(案)
直線性
しきい値なしの直線性
概念および適用範囲を明白に
実効線量
適用
適用
放射線荷重係数
Publ.60
陽子および中性子に対する修正
組織荷重係数
Publ.60
リスク因子の修正および簡素化された基準に基づく新値
名目リスク係数
Publ.60
全がん死亡率は,ほとんど変更されない.
ただし,個々の臓器のリスク係数は変更される.
遺伝的影響は,UNSCEAR(2001)データが使われる.
限度(制限)
Publ.60(作業者と公衆)
線量限度は残される予定
拘束値
Publ.60∼82
拘束値件数の減少と簡素化
集団線量
Publ.60
重み付けした行列での置き換え
正当化
Publ.60
患者被ばくの低減を考慮
最適化
費用−便益分析
第三者による介入
規制免除
Publ.60
規制除外による置き換え
個人の定義
Publ.29
新しく考慮
行為
Publ.60
保留
介入
Publ.60
拘束値への組み込み
人以外の環境
Publ.60
明確な取り組み
自然放射線源
ラドン−222のみ
広範囲の処理(適用)
勧告
(Publ.60)
で述べられている8).委員会は,
「人の
を設け,人類以外の種について放射線評価の総合的取
防護に必要な環境管理基準や安全レベルが守られてい
り組みを行おうとしている.
れば,人類以外の生物が危険にさらされないことを保
証することができる」
と主張してきた.そのため,
9.今後解決すべき課題と今後の日程
ICRPはどのように環境の防護を行わなければならな
ICRPの主委員会は,主要な勧告内容の基礎を示す
いかに関しての勧告を発表していない.しかし,国際
多数の文書を準備しており,そこには低線量放射線の
的な環境問題への取り組みの背景を受けて,ICRPは
健康影響の概要や生物効果比
(RBE)
の数値の見直しに
委員会にタスクグループを設け,環境の放射線防護体
ついて,放射線荷重係数と組織荷重係数を見直すこと
系について議論を行っている.
を決めた文書が必要となる.
委員会は,人類以外の生物の系統だった放射線評価
現在,ICRPが検討中の重要な課題は,以下のとお
には,生物環境での放射線効果を確認するうえで科学
りである.
的基礎を備えることが必要であるとしている.
① 現在存在する拘束値の件数を少なくし,それらにつ
現在,放射線を含む多くの国際協定および制定法に
いてより理論的に一貫性を持たせることの検討
は,電離放射線からの環境が十分に保護されているこ
② 除外の概念の明確化,および規則による制御を免除
とを示すための評価基準や方策が存在していない現状
されたものはすべて
「認可された規制除外」
であると
にある.環境への放射線防護の基本的な考え方は,実
用的で単純でなければならない.このため,環境に対
する放射線防護に関するICRP勧告は,ヒトを対象と
する所見のさらなる考察
③ 仮想上の個人を表すのに用いられる
「決定グループ」
なる概念の再検討
した勧告と調和が取られたものになるであろう.
④ 防護の最適化を現実的に行えるための方法の開発
さらに,これまでの考え方と統一の取れた放射線量
今後2004年 4 月23,24日ウィーンでの主委員会で
と単位の組み合わせ,参照線量決定のための種々のモ
の議論のうえ,2004年 5 月の国際放射線防護学会
デル,放射性物質が生物環境に取り込まれた場合の単
(IRPA)
11会議で新勧告案を公開する意向である.さ
位摂取量当たりの線量に関する参照データ,放射線影
らに,7 月28,29日にはOECD/NEAと文部科学省主催
響分析が進められるであろう.
のロジャー・クラーク氏を交えたアジア地域規制当局
ICRPでは,環境に対する放射線の影響を管理する
者向け説明会が東京で開催される予定である.
科学的データを準備するためにヒトを対象とした場合
最終案については,2005年に作成される予定である.
の
「標準人」
と同様に
「標準動物」
や
「標準植物」
なるもの
Table 3に現行の勧告から新勧告
(案)
に変更されると
第 60 卷 第 6 号
放射線防護体系の進展−ICRP新勧告案の概要について
(川崎・他)
思われるいくつかの要点を示す.
801
である.
今後,本学会を始め,国内外の各種関連学会での放
おわりに
射線防護の考え方について活発な議論がなされてこ
ICRPが2005年に作成予定の新勧告の基本となる放
そ,実際的でかつ合理的な放射線防護の新たな理念が
射線防護体系の概念は,ロジャー・クラーク委員長の
展開されるのではなかろうか.
提唱する制御可能線量
(controllable dose)
であり,こ
最後に本委員会報告が,会員諸氏の新勧告理解のう
れは職業・医療・公衆被ばくを問わず,個人被ばくに
えで一助となれば幸いである.
着目した新たな防護体系を目指すものである.
今回の提案にて線量基準については分かりやすい単
謝 辞
一スケールを考慮している.しかし,一方で,現在の
本稿作成にあたり,多忙にもかかわらず,多大なる
放射線防護体系との整合性,社会的にも受け入れられ
ご指導・ご助言をいただきました放射線医学総合研究
ることが必要であることは,この先残された検討課題
所 藤元憲三先生に深く感謝の意を表します.
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(1998)
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14)ICRP Publ.77
「放射性廃棄物の処分に対する放射線防護の方
策」
.日本アイソトープ協会,
(1998)
.
15)ICRP Publ.81
「長寿命放射性固体廃棄物の処分に適用する放
射線防護勧告」
.日本アイソトープ協会,
(2000)
.
16)ICRP Publ.82
「長期放射線被ばく状況における公衆の防護−
自然線源および長寿命放射性残
による制御しうる放射線
被ばくへの委員会の放射線防護体系の適用」
.日本アイソ
トープ協会,
(2002)
.
17)ICRP Publ.84
「妊娠と放射線」
.日本アイソトープ協会,
(2002)
.
18)ICRP Publ.85
「IVRにおける放射線障害の回避」
.日本アイ
ソトープ協会,
(2003)
.
19)ICRP Publ.87
「CTにおける患者線量の管理」
.日本アイソト
ープ協会,
(2003)
.