日本語の流暢さに対する評価にかかわる要因 - 留学生教育学会

日本語の流暢さに対する評価にかかわる要因
A Study of Evaluation Factors for Fluency in Japanese
渡部 倫子(岡山大学)
Tomoko WATANABE (Okayama University)
要 旨
本研究の目的は、①日本語学習者の流暢さに対する日本語母語話者の評価とその評価にかかわる要因、
②日本語学習者のレベルによる流暢さ評価の相違を明らかにすることである。日本語母語話者 97 名に対
して質問紙調査を行い、SEFA とパス解析によって分析した。
分析の結果、流暢さの評価にかかわる 3 つの要因(時間的な要素、正確な文法・語葉、自然な発音)
が明らかになった。中級学習者の流暢さに対する評価においては、時間的な要素、自然な発音という 2
つの要因が、超級学習者 A の流暢さに対する評価においては、時間的な要素だけが流暢さの評価に影響
を与えていることが認められた。以上のような日本語母語話者の評価の実態は、教師と学習者にとって
有益な情報になると考える。
[キーワード】評価、流暢さ、日本語母語話者、SEFA、パス解析]
Summary
The present study aims to investigate the following two aspects. 1) Japanese native speakers' evaluation of
learners' fluency and the factors affecting the evaluations. 2) Differences in the evaluation factors for fluency in
Japanese between an intermediate learner and a superior learner. Ninety-seven Japanese native speakers participated in this questionnaire survey. That data was analyzed using SEFA and Pass analysis.
As a result, it was found that three factors affecting the fluency are strategies for fluency, accurate grammar
and vocabulary, and natural pronunciation. The intermediate learner's strategies for fluency, and natural pronunciation influence the evaluation for fluency. On the other hand, the superior learner's strategies for fluency
influence the evaluation for fluency. The above model of Japanese native speakers' evaluation found in this
study is believed to provide valuable data for teachers and learners.
[Key words : evaluation, fluency, Japanese native speakers, SEFA, Pass analysis]
目 次
L 研究目的
2 .先行研究
2.1 流暢さの定義
2.2 日本語教育における流暢さ
2.3 評価基準における流暢さ
2.4 先行研究のまとめ
3 .調査の概要
3.1 調査目的
3.2 調査対象者と手続き
3.3 分析方法
4 .結果
4.1 流暢さの平均値
4.2 流暢さ尺度の分析
4.3 流暢さ尺度が流暢さの評価
に及ぼす影響
5 ,考察
1. 研究目的
2 .先行研究
近年の第二言語教育において、自然で円滑なコミユニ
2.1
ケーションが重視される中、学習者の誤用を教師の経験
流暢さの定義
第二言語教育において、流暢さはよく使用される概念
や内省のみによって評価するのではなく、学習者が実際
だが、その定義は研究者によって様々である。まず、
にコミユニケーションを行う相手である一般の日本人
Chambers (1997)は、流暢さの定義を「コミユニカティ
(以下、日本語母語話者)による評価の視点を取り入れ、
ブ・アプローチにおける流暢さ」 と 「口頭運用能力と同
シラバスや誤用訂正の方法を改善しようとする研究(日
義の流暢さ」 との二つに分類している。「コミユニカテ
本人評価研究)が増加している。日本人評価とは教師で
ィブ・アプローチにおける流暢さ」 は「なめらかさ」 と
はない日本語母語話者が行うものであるため、学習過程
も呼ばれ、「正確さ」という概念とともに扱われてきた
とリンクした効果測定に限定されたものではなく、「話
概念で、限られた言語知識を用いて効果的に言語を運用
をしてとても楽しかった」、「何を言いたいのかよくわか
すること(コミユニケーション能力)を示している。70
らなかった」 という認識、反応、印象、感想のレベルま
年代に、正確さを求める言語能力が批判され、なめらか
でをも含んだものと定義されている(小林,2002)。
さを強調する伝達能力が求められてきたと同時に、クラ
現在までの日本人評価研究では、発音、文法、語葉、
待遇表現、会話の管理能力、非言語的な要素、流暢さ等
ス活動を通した教育的思考によって生まれた概念である
といえる。例えば、「彼女の日本語は正確だが、流暢さ
が扱われており、それぞれの要素を日本語母語話者がど
に欠ける」、「彼女は流暢に日本語を話すが、正確さに欠
のように評価しているかが明らかになりつつある。
ける」 という場合は、「コミュニカティブ・アプローチ
Okamura (1995)は、日本語母語話者は日本語教師より
における流暢さ」という概念を用いていることになる。
も流暢さを重視する傾向があることを指摘している。し
一方、「口頭運用能力と同義の流暢さ」 とは、母語話
かし、流暢さに焦点をあてた研究は十分なされていると
者のように、スムーズに、早く、簡単に、努力しないで
は言えない。コーリヤ佐貫・顔顧 (1997)は、日本語教
言語を使用できることを指す。いわゆる、辞書に掲載さ
師の傾向として、海外では流暢さを教えることに匙を投
げてしまい、日本では当たり前に起こる学習者の流暢さ
れているような概念で、「彼女の日本語は流暢だ」は
「彼女は日本語がうまい」 と同義であるといえる。
の変化に関心を寄せていないという現状を憂慮してい
また、 Lennon (1990)は、流暢さの定義を 「広義の流
る。Freed (1995)も、母語話者は流暢さに対してそれ
暢さ」と「狭義の流暢さ」の二つに分類している。「広
ぞれ異なる認識をもっているため、流暢さの定義づけや
義の流暢さ」 とは、先に述べた Chambers (1997)の
母語話者の流暢さに対する認識の解明が不可欠であると
述べている。
「口頭運用能力と同義の流暢さ」 と同様の概念である。
一方、「狭義の流暢さ」とは、「口頭運用能力の構成要素」
また、日本人評価は、一般的に学習者のレベルによっ
を指し、発話の流れと速さという時間的な要素と、言い
て異なることが指摘されている。日本語母語話者は、学
よどみ、フイラー、ポーズ、繰り返し、言い直し、自己
習者の運用能力が高くなると要求レベルも高くなり、文
訂正という非流暢性を引き起こす要素を含むものであ
法や発音などの間違いや不自然さに対する寛容度が低く
る。これらの要素は、口頭運用能力のその他の構成要素、
なる傾向が見られる(原田,1998 】小池,1998)。しか
例えば語葉や文法等とは区別して扱われる。
し、流暢さに対する日本人評価が学習者のレベルによっ
て異なるかどうかを明らかにした研究は少ない。
しかし、Towel!, et al. (1996)は、学習者の流暢さを向
上させるには、時間的な要素だけでなく、その他の言語
Okamura (1995)は日本語母語話者を対象に質問紙調査
知識、文法的な能力や文を作る能力が不可欠であると述
をおこなっているが、流暢さについては、上級学習者の
べている。また、Freed (1995)は、流暢さの構成概念
流暢さのほうが中級学習者の流暢さよりも高く評価され
として、時間的要因と非流暢性を弓は起こす要因以外の
たという結果を示すにとどまっている。
要因があるという可能性を挙げている。
以上の課題をふまえ、本研究では以下の二点を明らか
にすることを目的とする。
2.2
(1)日本語学習者の流暢さに対する日本語母語話者
の評価とその評価にかかわる要因
日本語教育における流暢さ
日本語教育においては、流暢さに関する先行研究はま
だ少なく、主に 「コミユニカティブ・アプローチにおけ
(2)日本語学習者のレベルによる流暢さ評価の相違
る流暢さ」、もしくは「狭義の流暢さ」の要素に焦点を
当てたものである。
「コミユニカティブ・アプローチにおける流暢さ」に
関しては、「正確さ対なめらかさ」「質対量」といった二
-12 ー
日本語の流暢さに対する評価にかかわる要因
律背反的思考では、第二言語教育を総合化、折衷化でき
相対的発話量、発音の聞きやすさ、語頭のくり返し(ど
ないとして、これら 2 つの概念を見直す研究がある(営
もる感じ)の有無、回りくどさ、言い直し、繰り返し
作,1991 】縫部,1991)。
一方、「狭義の流暢さ」 のーつーつの要素、つまり、
(語頭に限らない)等、時間的要素と非流暢性を弓は起
発話の流れと速さ、言いよどみ、フイラー、ポーズ、繰
の有無、不必要な間投詞の有無、語や文を結合する成分
り返し、言い直し、沈黙に関しては多くの研究がなされ
(助詞、接続詞)の有無、語葉知識の有無、社会言語学
ている。氏平(1997)は、日本語の非流暢性発生の引き
的能力の有無等、正確な文法や豊富な語葉知識を含む概
金あるいは要因として、主に語頭における繰り返し、閉
念と定義している評価基準もある。それに加えて、言語
鎖音などの発音の問題、音韻符号化の遅滞などを挙げて
運用能力の有無(多様な表現方法、まとめ方、言い直し、
いる。コーリャ佐貫・綴額 (1997)は、流暢さをさまた
会話の組み立て方、状況の把握、適切な機能、相手の働
こす要因となるものが多い。また、流暢さを、不完結文
げ、たどたどしさを引き起こす要因としてフイラーを取
きかけに応じる)、言語能力以外の能力(常識、専門知
り上げ、質と量の両面で、より自然なフイラーの使用を
識、才能、人柄、声の調子や大きさ)等、より総合的な
促すことが必須であるとしている。庄司(1997 ; 1998)
言語能力や言語能力以外の概念も挙げられる。その一方
は、流暢さを構成する要素として、相手話者の発話に対
で、特に定義なし(流暢さ、なめらかさ、すらすらと話
する反応速度と語葉生成のなめらかさが関与するという
せる、話し方が流暢、流暢度)という評価基準も存在す
仮説を立てている。斉木他(2006)は、流暢さを、文節
る。
数、ポーズ数、フイラー数、繰り返し数、誤り数、言い
直し数であると定義し、日本語中級学習者は 2 ケ月間で
2.4 先行研究のまとめ
流暢さの一部(文節数、ポーズ数、繰り返し数)が向上
以上のように、評価法や先行研究によって、流暢さの
することを明らかにした。仁科(2006)は、流暢さを、
概念を構成する要素が異なっていることが分かる。また、
沈黙の頻度、反復の頻度、発話量、構文の型と定義し、
Towell, etal. (1996)や Freed (1995)が指摘したように、
流暢さに対する日本語教師の評価が実際の発話データと
流暢さの構成概念として、時間的要因と非流暢性を引き
ほぼ一致していることを明らかにした。その原因として、
起こす要因以外の要因があることが明らかになった。そ
沈黙の頻度や構文の型は量的にとらえやすい点を挙げて
の他にも、外国語能力以外の能力まで言及している研究
いる。多田(1999)は、学習者の不十分な応答の中でも、
や、流暢さを定義せず、そのまま用いている評価法があ
沈黙と説明の欠如が聞き手に「流暢に話していない」と
ったことは、非常に興味深い点である。
このような現状から、庄司(1997)は、流暢さが発音、
いう印象を与える可能性があると述べている。
語葉、文法、会話の管理力、談話形成などの諸要素を含
んだ総合的印象である可能性を述べている。Lazaraton
23 評価基準における流暢さ
以上のような流暢さの定義に加えて、Freed (1995)は、
(2001)は流暢さの評価には次の 2 点に留意するべきだ
流暢さが口頭テストにおける評価基準の構成要素として
と述べている。第一に、「狭義の流暢さ」と同じ意味で、
の側面を持つことを指摘している。現在、日本における
スピーチを形成する要素を滑らかにつなぎ合わせ、無理
口頭運用能力評価法や、いわゆる会話テストなどにおい
なく、あるいは不適当な遅さや不用な躍曙がなく発信で
ては、一般的に、文法的正確さ、発音の正確さ、語葉の
きるかどうか。第二に、「コミユニカティブ・アプロー
正確さや量、会話のストラテジー(会話運用能力)、社会
チにおける流暢さ」と同じ意味で、自然な言語使用がで
言語学的運用力(待遇表現)等に加えて、流暢さが評価
きるかどうか、例えばスピーキングのストラテジーを用
対象として採用されることが分かっている(庄司,1993)
そこで、代表的な口頭テスト(ACTFL - OPT、全米外
いて、内容中心(釦cus on meaning)に話を進められるか
どうかである。牧野(1991)も流暢さが持つ総合的な概
国語教育協会口頭能力面接テスト、米国国務省日本語研
念を指摘しており、流暢さは ACTFL - OPT の評価基準
修所の口頭能力判定システム、ジェトロビジネス日本語
の柱から外したほうがいいと提案している。また、山内
能力テスト、フランス語コミユニケーション能力試験
(1995)は、流暢さが文法の上位概念であるという可能
DELF、オーストラリア・メルボルン大学の日本語評価
法、アメリカ・カナダ 11 大学連合日本研究センターの
性を示唆しながらも、談話形成と文法と流暢さの関係は
評価尺度等)の評価基準における流暢さがどのように定
さとその他の要素との関連性について、Skehan (1998)
義付けられているのかを以下にまとめた。
は task-based performance の評価基準として、流暢さ、
文法的な正確さ、一般的な話の内容の 3 分野をあげ、流
評価基準における流暢さの定義は多様で、即応能力
(反応速度)、発話速度の適切さ、無言のポーズの有無・
位置・自然さ、フイラーの自然さ、発話時間に照らした
今後整理されていかなければならないとしている。流暢
暢さは他の 2 点にもかかわることを示唆している。
しかし、学習者と実際にコミユニケーションを行う日
-13-
本語母語話者が、学習者の流暢さをどのように認識して
よって異なるかどうかについては、未だ明らかにされて
ACTFL - OPT のテープから 1分程度抽出して作成したテ
ープ 2 本(ACTFL - OPT で中級 中と判定された中国人
学習者 1名、超級と判定された中国人学習者 1名)を材
おらず、日本語教師が日本語母語話者の認識を反映した
料とした。日本人大学院生はテープを聞いて、学習者の
教育活動を行うのは困難な現状である。そこで、本研究
流暢さを 5 件法(0 =全く流暢でない~ 4 =非常に流暢
では、日本語母語話者が流暢さを評価する際、どのよう
である)で評価した。その後、流暢さを評定した際にど
な要因がかかわると考えているのか、また、日本語学習
のようなことを基準にしたかをインタビューした。イン
いるか、流暢さに対する日本人評価が学習者のレベルに
者のレベルによって流暢さの評価がどのように異なるの
タビュー結果をカード化した後、筆者を含む日本語母語
かを明らかにすることを目的とした。
話者 3 名によって分類し、18 の質問項目を作成した。こ
れらの項目を流暢さ尺度とした。
質間紙への回答は集団形式で実施した。日本母語話者
3 ,調査の概要
3.1
は材料(テープ 4 本)を聞いて、流暢さ尺度 18 項目そ
調査目的
とその評価にかかわる要因、および日本語学習者のレベ
れぞれについて、 4 件法(1 =全く当てはまらない~
4 =非常に当てはまる)で評価した。また、学習者の流
暢さを 5 件法(0 =全く流暢でない~ 4 =非常に流暢で
ルによる流暢さ評価の相違を明らかにすることを目的と
ある)で評価した。
日本語学習者の流暢さに対する日本語母語話者の評価
する。
3.3 分析方法
3.2
調査対象者と手続き
まず、流暢さ尺度 18 項目に対して Stepwise Variable
日本語教育の経験を持たない日本語母語話者 97 名
(男性 65 名、女性 32 名)を調査対象者とした。年齢は
18 歳から 24 歳までである。
Selection in Exploratory Factor Analysis (SEFA) を用い
た因子分析を行った(Kano & Harada, 2000)。因子の抽
出には、最尤法・プロマックス回転を指定した。また、
調査の材料は、ACTFL - OPT から 1分程度を抽出した
SEFA で得られたモデルを検証するため、Amos 16.町を
テープ 4 本を採用した。ACTFL - OPT で中級 中と判定
された中国人学習者 2 名、超級と判定された中国人学習
用いて検証的因子分析を行った。
者 2 名が ACTFL - OPT のテスター(日本語母語話者)の
討するために、 Amos 16.町を用いて共分散構造分析によ
インタビューを受けているテープである。中級 中レベ
るパス解析を行った。
さらに、3 つの因子が流暢さの評価に及ぼす影響を検
ルの話者は、単純な社会状況において、さまざまな複雑
でないコミユニケーション・タスクにうまく対応するこ
とができる。また、思っていることを言おうとして適当
な語葉やふさわしい文型を探しているとき、発話が途切
4 .結果
4.1
流暢さの平均値
れたり、文や語句を再構成したり、自己訂正したりする
各材料における流暢さの平均値から、中級学習者より
ことがあるとされている。超級レベルの話者は、正確で
超級学習者のほうが流暢であると評価されていることが
流暢な話し方でコミユニケーションをし、具体的抽象的
分かった(図 1)。流暢さの平均値において最も差があっ
双方の視点から、フオーマル/インフオーマルな状況で
のさまざまな話題について、十分にしかも効果的に会話
に参加できる。そして、難なく、流暢に、しかも、正確
さを保ちながら、関心のある事柄や特別な専門的分野に
ついて議論したり、複雑なことを詳細に説明したり、筋
の通った長い叙述をしたりすることができるとされてい
■A 】超級ロB 】超級■ C:中級圏D 】中級
3.5
平均値。
o
25
る。
テープの話題は 「食事に関すること」 に統一した。ま
2
た、 Yes - No Question だけではなく、学習者がある程
1.5
度の長さを持った説明を求められている部分を選定し
た。
1
調査で用いる質問項目は、予備調査を実施して選定し
0.5
た。予備調査の対象者は日本教育学専攻の日本人大学院
0
生 25 名である。予備調査はインタビュー形式で行った。
一 14 ー
図 1 流暢さの平均値
日本語の流暢さに対する評価にかかわる要因
た超級学習者 A と中級学習者 D を対象に、t 検定を行っ
3 つの因子からそれぞれ該当する項目が影響を受け、す
た結果、有意差が認められ(t = 24.18,げ = 96,p<.01).
べての因子間に共分散を仮定したモデルで分析を行った
中級学習者 D よりも超級学習者 A の流暢さのほうが有
ところ、適合度指標は X2(62)= 103.02, CFI=・984,
意に高く評価されたことが分かった。
RMSEA= .059 であった。さらに、3 因子構造が超級学習
者 A、中級学習者 D それぞれのデータにも当てはまるか
今後は、超級学習者 A を流暢な学習者、中級学習者 D
を検証した。その結果、超級学習者 A の適合度指標は
を流暢でない学習者として考察することとする。
X2(62)= 82.28, CFI=.969, RMSEA=・058 であった。また
4.2
中級学習者 A の適合度指標は X2(62)ニ= 103.34, CFI=・979,
流暢さ尺度の分析
RMSEA= .054 であった。すべての指標が良好であり、モ
超級学習者 A と中級学習者 D をあわせたデータに対
デルが受容されたことが示されたため、この 3 因子にも
して SEFA を行い、3 因子を抽出した(表 1)。
とづき、以後の分析を行う。
3 因子モデルの適合度は、 X2(62)= 74.09, CFI =・995,
SEFA と検証的因子分析から得られた 3 因子は以下の
RMSEA = .034 であり、良好であることが示された。モ
デルの適合度とは、尺度の妥当性を示す指標のーつで、
ように命名した。第 1因子は自然な間の取り方やスピー
いくつかの適合度指標を総合的に検討して、データをう
ドやテンポといった 7 項目で構成されていることから、
「時間的な要素」因子と命名した。第 2 因子は文法の正
まく表しているかを判断するものである。本研究では、
CFI (.800 以上ならモデル受容、.900 以上なら適合度は
確さ、語葉の適切さといった 3 項目で構成されているこ
良好)、 RIVISEA (.070 以下ならモデル受容、.050 以下な
とから、「正確な文法 語葉」因子と命名した。第 3 因
ら適合度は良好)を用いた。次に、超級学習者 A、中級
子は発音の自然さと正確さにかかわる 3 項目で構成され
学習者 D のデータそれぞれに対して SEFA を行ったとこ
ていることから、「自然な発音」因子と命名した。
ろ、どちらもほぼ同様の構造がみられたため、3 因子構
4.3
造が妥当であると考えた。
流暢さ尺度が流暢さの評価に及ぼす影響
次に、3 つの因子が流暢さの評価に及ぼす影響を検討
そこで、想定どおりの 3 因子構造となることを確かめ
するために、中級学習者 D、超級学習者 A のデータそれ
るために、Amos 16.0 J を用いた検証的因子分析を行った。
表 l SEFA の結果
質間項目
II
III
I 時間的な要素
Ql
間の取り方が適切である。
76
.76
-.01
.16
Q2
スピードやテンポなどが自然である。
,56
.56
.15
.31
Q3
相手との掛け合いがスムーズである。
.58
.36
.04
Q4
いいよどみが少ない。
.57
.06
.23
Q5
単語単位でぶつぶつ切れない。
.51
,51
.19
.27
Q6
あいづちの仕方が自然である。
51
一.51
.21
.16
Q7
会話の展開や流れがスムーズである。
.81
20
-.05
II 正確な文法・語業
Q8
文法が正確である。
.29
.53
.17
Q9
語葉や表現が適切である。
.01
.77
.15
Qio
語葉や表現が豊富である。
.23
.69
.00
III 自然な発音
Qil
一音一音の発音が正確である。
.19
.19
,55
.55
Q12
イントネーションが自然である。
.02
.32
.58
Q13
アクセントが自然である。
.13
-.02
.76
I
II
III
-
.72
.67
ー
.
65
因子間相関
- 15-
ぞれに対して、共分散構造分析によるパス解析を行った。
を示していることがわかった。
3 つの因子すべてが流暢さの評価に影響を及ぼすことを
仮定して分析した。
その結果、中級学習者 D では、正確な文法・語葉から
5. 考察
流暢さへのパス係数が有意ではなく、適合度指標は
本研究では、流暢さの評価にかかわる要因を明らかに
X2(72)= 99.91-. CFI=.897, RMSEA=.059 であった。そこ
するために、中級学習者 D と超級学習者 A を対象とし
で有意ではなかったパスを削除し、再度分析を行ったと
た共通モデルを提案し、それを検証した。さらに、学習
ころ、AIC は 179.915 から 177.932 に低下した。AIC とは
者のレベルによって、流暢さの評価の仕方に相違が見ら
モデルを比較する際に用いる適合度指標であり、値が低
れるかどうかも検討した。
いほど適合度がよいとされる。図 2 に中級学習者 D のモ
調査の結果、日本語母語話者の視点から、流暢さの評
デルを示す。図 2 から、時間的な要素と自然な発音が流
価にかかわる要因として、時間的な要素、正確な文法・
暢さに対して正の有意なパスを示していることがわかっ
語葉、自然な発音という 3 つの枠組みを提示することが
た。
できた。日本語教育で行われてきた 「狭義の流暢さ」 に
一方、超級学習者 A では、正確な文法・語葉と自然な
関する研究は、時間的な要素と非流暢性を弓は起こす要
発音から流暢さへの 2 つのパス係数が有意ではなく、適
因を扱うものが多かったが、本研究では、正確な文法・
合度指標は X272)= 93.02, CFI=.972, RMSEA=.055 であ
語葉、自然な発音も流暢さの評価にかかわることが示さ
った。そこで有意ではなかったパスを削除し、再度分析
れた。流暢さを向上させるには文法能力が不可欠だとし
を行ったところ、 Aには 159.025 から 155.460 に低下し
た。図 3 に超級学習者 A のモデルを示す。図 3 から、時
た Towell, et al. (1996)、流暢さの評価には発音(氏平,
1997)と語葉知識(庄司,1998)がかかわるとした説を
間的な要素が流暢さに対して非常に高い正の有意なパス
支持する結果となった。一方、流暢さの評価基準に含ま
X()-98.91,p<.05
CFI=. 902
RMSEA=.056
流暢さ尺度の観測変数と
誤差項は省略
図2
中級学習者 D のパス解析の結果
X2(74〕=93.46, p<.05
CFI=.974
RMSEA=. 052
流暢さ尺度の観測変数と
誤差項は省略
図 3 超級学習者 A のパス解析の結果
-16-
日本語の流暢さに対する評価にかかわる要因
れていた言語能力以外の能力は、今回の調査では因子と
が、本研究は、流暢さの評価にかかわる具体的な要因と
して現れなかった。
その必要性を改めて示すことができたという点で意義が
また、3 つの因子が流暢さの評価に及ぼす影響を分析
あると考える。今後も、山内(1995)が指摘するように、
し、学習者のレベルによってどの因子がどの程度流暢さ
流暢さとその他の能力との関係は整理されていかなけれ
の評価に影響を与えるかが示された。流暢ではない中級
ばならない。そのためには、本研究で得られた 3 因子に
学習者 D では、時間的な要素、自然な発音という 2 つの
よる流暢さの評価モデル(図 2,図 3)が、その他のレ
要因が流暢さの評価に影響を与えていることが認められ
ベルの学習者にもあてはまる汎用性のあるモデルである
た。一方、流暢な超級学習者 A では、時間的な要素だけ
かどうかを検討する必要がある。また、口頭テストのテ
が流暢さの評価に大きく影響を与えていることが認めら
スター資格や日本語教育経験の有無が、流暢さに対する
れた。流暢さの評価にかかわる要因として、時間的な要
評価に影響を与えるかどうかを検証する調査を実施する
素、正確な文法・語葉、自然な発音という 3 つの枠組み
予定である。
を提示したが、その全てが流暢さの評価に影響を与える
わけではなかった。Skehan (1998)は、流暢さが文法的
な正確さにかかわると述べたが、本研究では、正確な文
謝辞
調査に協力いただいた皆様に心から感謝いたします。
法 語葉は流暢さの評価に有意な影響を与えないという
結果になった。3 つの枠組みの間にはある程度の相関関
参考文献
係があるため、正確な文法・語葉が流暢さの評価に全く
氏平明(1997)「吃音の引き金の日米比較」『大阪大学日本学報』
影響を与えないとはいえないが、口頭テストの評価基準
においては、流暢さと文法を区別したほうがいいのでは
16, pp.49-32.
小池真理(1998)「学習者の会話能力に対する評価に見られる日
本語教師と一般日本人のずれ一初級学習者の到達度試験のロ
ないだろうか。
また、学習者のレベルによって、流暢さに対する評価
の仕方が変化することが予測されるため、口頭テストで
は、学習者のレベルを考慮した上で評価基準を設定しな
ければならないといえよう。牧野(1991)は、総合的な
概念である流暢さは ACTFL - OPT の評価基準の柱から外
ールプレイに対する評価一」『北海道大学留学生センター紀要』
第 2 号,pp.138-155.
コーリヤ佐貫葉子・綴額憲子(1997)「日本語口頭運用能力にお
けるなめらかさ・流暢さとは何か」『平成 9 年度日本語教育学
会秋季大会予稿集』日本語教育学会,pp.99-104.
小林ミナ(2002)「母語話者は学習者の日本語会話をどのように
したほうがいいとしていたが、流暢さという多様な定義
うけとめるか」『第 18 回 日本語教師のための公開研修講座
を持つ言葉ではなく、時間的な要素という言葉を用いて、
「会話教育を考える」資料』,社団法人国際日本語普及協会
評価基準の柱に残すということが提案できる。そうする
ことで、より客観的な評価が可能になるだろう。具体的
には、表 1で示した時間的要素の 7 項目を、学習者自身
の発話における時間的な要素( Qi-. Q2-. Q4-. Q5)と、
インターアクションにおける時間的な要素( Q3-. Q6.
Q7)とに分け、それぞれを評価するという方法を提案し
たい。
さらに、学習者のレベルを問わず、時間的な要素につ
いての指導をすることで、学習者の流暢さに対する評価
を高めることができると考える。特に、中級レベルの学
(AJALT), pp.23-28.
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いて「反応が遅い」と判定される発話の特質」『岡山大学留学
生センター紀要』第 5 号,pp.17-34.
庄司恵雄(1998)「流暢さとは何か 考察その 2 】語葉知識が流
習者に対しては、時間的な要素だけでなく、自然な発音
暢さに及ぼす影響について」『岡山大学留学生センター紀要』
も流暢さの向上につながるという情報を目標として示し
第 6 号,pp.35-54.
てもいいだろう。また、超級レベルの学習者に対しては、
レベルが高くなったとしても、引き続き時間的な要素に
ついての指導が必要である。教室活動のフィードバック
では、その時に導入した文法や語葉の正確さを重視しが
ラ田美有紀(1999)「「不十分な応答」と「流暢さ」との関わり
:インタビュー分析を手がかりに」『岐阜大学留学生センター
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日本語のクラスでの実験をもとにした考察一」『日本語教育』
ちだが、学習者が実際に行うコミュニケーションの場面
に合った間のとり方、スピード、あいづちの仕方等につ
73 号, pp.58-72.
仁科浩美(2006)「口頭テストにおける観点別評価 日本語教師
いても、日本語教師は留意するべきである。
言うまでもなく、教育現場では、学習者のレベルに配
慮して流暢さを向上させるための教育が行われている
-17-
による評価と発話との関係について 」『言語科学論集』第
10 --, pp.13-24.
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