技術進歩・効率性

2014 年度後期 動学的マクロ経済分析
第 8 回 技術進歩と効率性
前回の講義 生産性の役割の分析
• 生産性とは
• 生産性の計測(発展会計[development accounting])と傾向
• 生産性成長の計測(成長会計[growth accounting])と傾向
• ソローモデルにおける生産性成長と生産性水準の経済成長と所得水準への影響
• 生産性成長率の違いを考慮したソローモデルのパフォーマンス:異なる国の間の所得格差の
時間的変化
• 生産性の中身:技術水準と効率性
今回の講義 • 技術の性質
• 技術進歩を内生化した代表的な成長モデル:ローマー(Romer)モデル
• 技術開発国(主に先進国)から技術摸倣国(主に途上国)への技術移転を考慮した成長モデル
• 効率性の重要性
• 効率性の中身
1
技術の性質
• 新しい技術は大学などの研究・教育機関や政府・企業の研究所や工場での研究開発(R&D)によって
生まれる。*生産現場での試行錯誤も含めた広義の R&D
• より優れた技術はより多くの生産要素を投入するのと同様に産出量を高めるが、技術と生産要素の性
質には大きな違いがある。生産要素が物体であるのに対し技術はアイデアであることが違いの理由。
*現行の SNA では R&D は投資に含まれていないが、2008SNA では含まれるように。
• 生産要素がその使用において競合的(rival)であるのに対し、技術は非競合的(nonrival)
• 企業などの生産者は他の生産者が開発した技術を利用できる。国レベルでいえば、技術の遅
れた途上国は先進国で開発された技術を導入できる。
• 生産要素が高い排除性(excludability)を確保しやすいのに対し、技術は難しい
• 何らかの法的保護(特許や著作権など)がなければ、技術開発者が技術開発から得られる利
益を十分確保することが難しく、技術開発に取り組む十分なインセンティブが得られない傾向
が強い。*政府が基礎研究に関わる大きな理由は技術の持つこれらの性質による
ローマ―(Romer)モデル
• 技術進歩を内生化した代表的な成長モデル。技術進歩=新しい種類の財の開発。
• 企業の利潤追求行動と技術開発の間のミクロレベルの関係を省略した単純なバージョンのローマーモ
デル。モデルの性質は両者の関係を考慮したモデルと同じであるが、技術進歩=新しい種類の財の
開発にはなっていない。これについては Jones and Vollrath, Introduction to Economic Growth, 5.2 を
参照(連続時間モデル)。
• 一国というより新技術の開発国(主に先進国)全体を描写したモデルと解釈する方が妥当。*技術の性
質から先進国でも用いる技術の大部分は(少なくとも基本的なアイデアは)他国発。要素と違い自ら支出したもの以外も利用可
能(使用に特許料を支払ったり他国のアイデアをベースに類似技術を開発するのはゼロから開発するよりはるかに低コスト。)
• 技術進歩の別の側面、既存の種類の財の質の向上とそれに伴う創造的破壊(質の高い財の誕生に
よって質の低い財が淘汰される現象)、をとらえたいわゆるシュンペーターモデル(Schumpeterian
model)については Jones and Vollrath, 5.3 を参照(連続時間モデル)。
モデルの設定
• 最終財の生産関数
Y t =K αt ( A t N Yt )1−α , N Yt :
生産活動に従事する労働力
• 資本蓄積式
∆ K t =I t −δ K t , 0<δ<1, ∆ K t ≡K t +1 −K t
• 労働人口成長
∆ Nt
Nt
=g N
2
• 新技術生産関数(学生用は式なし)
• 技術開発の生産性が既存技術のストックに依存する場合(学生用は式なし) • 加えて技術開発の生産性が技術開発に従事する(他の)労働力の減少関数である場合(学生用
は式なし)*同様の技術開発に向け多くの研究者が似たような取り組みを行っている場合。
• これらの影響を考慮すると(学生用は式なし)
• 投資関数
I t =s Y t ,0<s<1
• 労働力の配分
N Yt +N At =N t , N At /N t =γ A
均斉成長
• 全ての変数が一定率で変化する均斉成長(balanced growth)経路を考える
• このとき
1+g Y =1+g K =(1+g A )(1+g N )
となることがわかる *資本蓄積式より投資と資本の
成長率が等しくなり、投資関数より gY=gK。そして生産関数より結果が得られる。 *労働投入量あたりの産出量の成長率
は技術進歩率と等しくなる。*ソローモデルと同じ結果。
• 技術進歩率の導出 (学生用は式なし)
*明らかにでなければ BGP は存在しない。
近似的には*Romer(1990)では lambda=PHI=1 であり、gA 、は LA 増加とともに上昇し続ける(SS 存在せず) *技術進歩率は人口成長率の増加関数:新技術生産関数で bar{theta}が
一定の場合(PHI=0、lambda=1)、つまり過去の技術の蓄積や(他の)R&D 従事者の影響がない場合を考えると分かりやすいが、この
とき新技術の数は R&D 従事者の数に比例。R&D 従事者は人口の一定割合と仮定されているので、技術進歩率は人口成長率に
等しい。
*ソローモデルでは人口成長率の上昇は一人あたり資本を希釈させ、短中期的に成長率を低下させる。マルサスモデルでは人口
が増加すると一人あたりの土地が少なくなり、所得水準が低下するのと対照的。
*過去の技術の蓄積が技術開発の生産性にプラス(マイナス)の影響を及ぼすとき、つまり PHI>(<)0 のとき、(他の R&D 従
事者の存在の負の影響がなければ)技術進歩率は人口成長率を上回る(下回る)。さらに(他の)R&D 従事者の存在が、技術開発の
生産性に及ぼすマイナスの影響が大きいとき、つまり lambda が小さいとき、技術進歩率は低くなる。
*ソローモデル同様、長期の技術進歩率・経済成長率は投資率や政策には依存しない。また R&D 従事者の割合にも依存しない。
(シュンペーターモデルでは政策が長期成長率に影響)
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非均斉成長
• 変数の変化率が一定でない一般的な場合の分析。 Φ<1 を仮定。
• 技術進歩以外の部分はソローモデルと基本的に同じであり、技術進歩率は資本蓄積とは独立に決ま
ることに注意。(学生用は式なし)
• したがって技術進歩率を上式によって求めた後、残りの変数の動きはソローモデルと同様に分
析すればよい。
• 物的資本蓄積の回の結果を用いると、実効労働あたりの資本ストックと産出量の変化率は
( )
y t +1 k t+1
=
yt
kt
k t +1
1
=1+
[ s(k t )α−1−(δ+ g A , t + g N )]
kt
1+ g A , t + g N
α
λ
• 当初の技術水準と資本ストックが共に低く、したがって
k0
N0
1−Φ
A0
が定常状態水準よりも高く
が定常状態水準より低い場合を考える
• 技術進歩率の時間的変化(学生用は軸のみ)
*技術進歩率の低下が最初は大きく、だんだん
小さくなっていくことは式からわかる。
• 労働投入量あたり資本ストック及び産出量の成長率の時間的変化(学生は式なし)
*k0 が定常状態水準より低く gAt が減少していく(つまり直線の傾きが緩やかになっていき k*が遠ざかって
いく)ので、kt は上昇していく(kt の変化率の変化についてははっきりしない)。
*労働投入量あたりの資本ストックはより、当初技術進歩率が高く、k が低いので、一人あたり資本と所得
の成長率は高い。以降は技術進歩率が低下し、k が上昇していくので、一人あたり資本と所得の成長率は低
下していく。最終的には先に分析した均斉成長経路に収束する。
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R&D 従事者割合の上昇の影響
• 当初均斉成長経路にあった経済において R&D 従事者の割合 γ A が上昇するとどのような影
響があるか?*長期的な成長率への影響がないことは先ほど見た通り。
• 先ほど同様技術進歩率を求めた後、残りの変数の動きを調べればよい
• 技術進歩率の時間的変化(学生用はシフト後のグラフなし)
• 労働投入量あたり資本ストック及び産出量の成長率の時間的変化(学生は式なし)
*gA,t 上昇直後は第 2 項が負になるので、k が減少するが、時間とともに gA,t と k が減少するので、(負の)変化
率は上昇していきある時点で正になる(k*が不変であることに注意)。以降の変化率の動きははっきりしないが、
長期的には k は上昇し最終的には k*に戻る。
*k の変化率は、gA 上昇直後は[]の中が 1+gA*+gN に等しく、以降は k が k*を下回るため、1+gA*+gN を上回る。
また g_{A,t}は gA*を上回るため、移行経路での一人あたり資本と所得の成長率は 1+gA*を上回る(gammaA 上昇
直後の tilde{y}への影響と成長率の変化についてははっきりしない)
*したがって R&D 従事者の割合の上昇
は均斉成長経路に戻るまでの成長率を上昇させ、長期的にも一人あたり資本と所得の水準を上昇させる。
•
結果の解釈
• 前述のように、一国ではなく新技術の開発国(主に先進国)全体を描写したモデルであることに注意。
• 現実経済の超長期の人口成長率と一人あたり産出量(所得)成長率との関係はモデルと整合的 *人口成長の回で見たように、超長期では両者の間に正の関係
• 近年の人口成長率低下は技術進歩率と一人あたり成長率の低下につながるのか?*教育水準の上昇
と途上国での R&D の増加により R&D 従事者の割合は増加しており、先の分析のとおり均斉成長までの成長率を押
し上げ、長期の一人あたり資本と所得の水準を押し上げている。人的資本投資は技術進歩を通じても成長に影響。
• 技術開発を阻む制度的・政策的障壁の緩和の影響は θ 上昇の影響として分析できる*定性的影響
は R&D 従事者割合上昇と(直後の tilde{y}への影響以外)同じ。特許や著作権の技術開発への影響はおそらく非線形的。
5
技術移転のモデル
• 技術開発国(主に先進国)から摸倣国(主に途上国)への技術移転を考慮した成長モデル(Weil 8 章)
• モデルには先進国(全体)と途上国(全体)が存在
• 単純化のため生産要素は労働のみで、(労働)人口は一定と仮定する
「一国」モデル
• 技術移転の問題を考える前に、新技術の開発国(主に先進国)側のみを考えた「一国」モデルを説明
する。技術移転の分析にはこのモデルを拡張したモデルを用いる。*「一国」としたのは新技術の開発国(主
に先進国)側全体を考えているから。
• モデルの設定
• 最終財の生産関数 Y t = At N Y
• 新技術生産関数
∆ At =θ N A A t
• 労働力の配分 N Y +N A =N , N A / N =γ A
*前のモデルで lambda=PHI=1 のに相当。Romer(1990)と同じ
• モデルの分析(学生用は式なし)*前のモデルと新技術生産関数の形状が異なるため常に gA は一定で
R&D 従事者数に比例。人口成長を仮定した場合は明らかに非現実的。
より一人あたり所得はでその成長率は gA。 *新技術生産関数を非現実的な設定にしたのは、常
に均斉成長となるようにして分析を簡単にするため。
「二国」モデル
• 新技術の模倣国(途上国)側を新たに導入したモデル
• モデルの設定
◦ 技術摸倣「国」i の「新」技術生産関数(学生用は式なし) *技術摸倣国にとっては新しい
*
◦
j 国が技術開発「国」
◦ 最終財の生産関数と技術開発
「国」の新技術生産関数は「一
国」モデルと同じ。
◦ 「国」1 と「国」2 が存在。両国の
違い:「国」1 の方が「国」2 よりも
R&D に従事する労働者の割
合が高く( γ A 1 > γ A 2 )、現
在の技術水準が高い(
A 1, t > A 2, t )。
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• モデルの分析(学生用は式なし)
◦ 「国」1 が技術開発を行い、「国」2 が摸倣する( A 1, t > A 2, t の仮定がなくても、十分
に時間がたてばそのようになる)。*証明せよ
◦ 「国」1 の技術進歩率と 1 人あたり所得成長率(=経済成長率)は「一国」モデル同様。(学
生用は式なし)
◦ 「国」2 の技術進歩率と 1 人あたり所得成長率(=経済成長率)は(学生用は式なし)
• 定常状態では(学生用は式なし)*「国」2 の成長率が一定であるためには A1 と A2 の成長率が等し
くなければならないので、
• 非定常状態における動学の分析 (学生用は gA2 や矢印なし)
*技術進歩率と技術格差の動学
*gA2 の形状は c(A1/A2)の逆数*定
数であることからわかる。A1=A2 のとき
は両国とも技術開発国になるが、R&D
に従事する労働者の多い 1 国の方が
技術進歩率は高い。
*当初の A1/A2 が定常状態水準よりも
大きいとき、技術のより遅れた 2「国」の技
術進歩率が高く、技術格差は縮小してい
き、定常状態での水準に収束。当初の
A1/A2 が定常状態水準よりも小さいとき
は拡大。定常状態で技術格差が解消し
ないのは、1 国の方が R&D に多くの労
働力を投入しているから。
*所得成長率と所得格差の動学
*技術進歩率=所得成長率(経済成長
率)なので、所得成長率と所得格差の
動学についても同様。ただし定常状態
における所得格差については
(A1/A2)*(1-gammaA1)/(1-gammaA2)
なので、大小関係ははっきりせず。
• Weil では R&D 従事者割合の変化の影響が、技術開発国側が上昇した場合と摸倣国側が上昇した
場合でどのように異なるかについても分析
技術導入の障害
既得権益者からの圧力
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効率性の重要性
• 異なる国の間の所得格差を説明するうえで効率性の違いはどれほど重要か?
• 効率性の違いは生産性の違いのうち技術水準の違いで説明できない部分であることに注意 • Weil Chapter 10 の試算
• 2009 年のインドの技術水準がアメリカの技術水準より G 年遅れているとすると
T 2009, india =T 2009−G ,US
• 技術進歩率が年平均 g であるとすると
G
T 2009, US =T 2009−G ,US ×(1+ g )
• したがって 2009 年の両国の技術格差は(学生は式なし)
•
A=T ×E
なので、2009 年の両国の効率性格差は(学生は式なし)
• g=0.0054 (アメリカの 1975-2009 年の平均値)と 2009 年の生産性格差 0.31 を代入すると、効
率性格差を G の関数として表わすことができる
• 両国の生産性格差の技術格差と効率性格差への分解(Weil)
*G についてはわからないの
でいろいろな数値を当てはめ
て、効率性格差の重要性がど
のように変わるかを見ている。
*G が大きくなるほど、技術格
差が大きくなり効率性格差が
小さくなるが、技術格差と効率
性格差がほぼ等しくなるのは
G=100 と G=125 の間。 *G は国全体の平均的な技
術の遅れをあらわしているの
でイメージしにくいが、平均し
て技術が 100 年遅れていると
は考えにくいので、効率性格
差の方が技術格差よりも大き
いと考えられる。
*最貧国については効率性
格差の重要性がさらに大きくなる。例えばマラウィでは G=227 で両格差の大きさが等しくなる。
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効率性の中身
• 定義より効率性は生産性のうち技術水準で説明できない部分すべて。具体的には
• 非生産的な活動の経済に占める大きさ:汚職、政治献金、ロビー活動などレントシーキング(rent
seeking)[政府組織や法規制を私的利益のために利用することを目的として行われる活動]の多く
や犯罪、紛争 *例えば許認可を求めてわいろを贈ったり、政治家に献金を行うこと。武田巧「レントとレン
ト・シーキング理論の再定義」が参考になる*闇取引や密輸もレントシーキングに含まれるが、必ずしも非生産的
とは言えない。 *犯罪や紛争に関わる人間は労働力には計上されないので直接的には効率性に影響しないが、生産活動を阻
害し間接的に効率性を低下させる。 • 生産活動のための資源(生産要素や原材料、資金、情報など)確保の効率性 *必要な資源が効
率的に確保できるか。*資源には販売流通網も含まれる
• 資源(生産要素や原材料、資金、情報など)の生産活動への投入の効率性 *資源が無駄になって
いないか。例えば労働者が能率的に働いているか。機械の稼働率が高いか。
• 異なる産業、企業、企業内の部門間の資源(生産要素や原材料、資金、情報など)の配分の効率
性 *生産性の高い産業部門や企業に十分に資源が配分されているか。あるいは生産性の低い部門・
企業に不必要に資源が投入されていないか。
• 効率性に影響する要因も多様だが、以下が代表的な要因(人々の行動を通じて資本蓄積や技術進
歩にも影響) *具体例については Weil 10 章を参照
• 社会・政治の安定性 *最貧国の生産性低下の大きな部分は戦乱や政治の混乱により経済活動が阻害(非
生産的活動の上昇や生産のための資源確保を阻害)されたことによる(プラス、低い質の投資が続き、データ上
の要素蓄積と(質をコントロールしたうえでの)実際の要素蓄積の差が拡大したことも影響していると思われる)
• 経済活動に関わる制度や法規制の妥当性 *共産主義国の効率性の低さは、中央計画経済システム
に起因。また資本主義国でも経済活動の効率性を阻害する制度が多く存在する。例えば特定の産業を不
必要に保護する法規制(参入規制や補助金など)。
• 経済活動に関わる制度・法規制運用の妥当性: 汚職の頻度や運用に関わる人材の質が影響 *制度自体には問題がなくても、それが適切に運用されているかどうか。環境保護や安全面へ配慮した規
制は運用次第では不必要に経済活動の効率性を下げることになる。
• 文化、慣習、宗教の影響 *勤勉を美徳とする文化・宗教 • 効率性を上昇させる(例えば)制度改革の経済成長と所得水準への影響:生産性の回で学んだソロー
モデルにおける生産性水準上昇の影響についての結果を適用できる *制度改革とはある時点におい
て制度の妥当性・質を変化させることなので生産性水準の上昇であって、基本的には(制度改革が技術開発を
促進するような場合を除けば)中長期的な生産性成長率には影響しない。*長期的な経済成長率・所得成長
率には影響しないが、一時的には成長率を上昇させ、長期的にも所得水準を上昇させる。
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