コ ラ ム 書画渇仰 - イズミヤ総研

季刊 イズミヤ総研 Vol . 101(2015年1月)
コ ラ ム
書画渇仰
書は人を映す。偽っても駄目。すぐに見破られてしまう。自分より眼力のある人には、まだ
まだとハッパをかけられ、自分より眼力のない人には、誉められる。
ありのままに書くことのなんと難しいこと。うまく書こう、うまく見せようとあれこれ工夫
し、長くしなくてもいいところを伸ばしてみたり、形を歪めてみたりと、あれやこれや工夫し
すぎて、計画しすぎて生命感に欠ける姿になってしまう。無心で書こう、無我の境地で書こう
などと思った途端、それは計画になり、意図や狙いが入ってしまう。何も考えずにふっと書い
たものが、結果的に無心にして、一瞬を捉えた純粋なありのままの書、人間の書となる。人間
の書という言い方は、技術の書の反対側にあるもので、その人の顔が表出している書なのであ
る。この人間の書こそ、私が求めている姿であり、一生をかけての目標とするところである。
その為に努力を重ねるしかないのである。私なりの努力とは、
〇生活の中のあらゆることを書に向けての事柄とし、栄養とする。見方考え方で書に繋がって
くる。
〇先人の作品を鑑賞する。展覧会があれば出向いて、本物を観る。作品集があれば購入し、何
度も何度も繰り返し見る。一度より二度、見れば見るほど、いろんなことに気づかされる。
〇先人の作品を模写する。特徴をしっかり捉え、頭にたたき込み、筆が覚えるくらいに反復す
る。次のステップアップとして見ないで書いてみる。繰り返しで定着させる。
〇一見、書に関係のないような本を見て、読んで、感じ、考え方に広がりを持てるように印象
づける。
〇子供と触れ合うようにする。子供の動きをよく観察する。子供の展覧会を積極的に見るよう
にする。(純心を失わないようにする)
〇絵本を図書館で借り、素朴、純粋な物の考え方や表現に触れる。
〇いつも手帳を持ち歩き、言葉が浮かべば即座にメモをとる。
〇お寺に参拝した際に、墨跡をじっくりと観察し、朱印帳を書い
ているところを見、しっかり目に焼きつける。
〇古典と呼ばれる名品を鑑賞、臨書する。臨書法も形臨(形をそ
っくり真似る)
、意臨(時代や作者を考え、感じたことを付加
する)、背臨(古典を見ずに思い出しながら書く)、倣書(古典
にない文字を古典の特徴を取り入れながら書いてみる)と四段
階あり、レベルアップし練習する。
「人間の書」を表現する為に、
人間的成長は不可欠であり、総合的な発展を意識し、日々を積
み重ねなくてはならない。
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季刊 イズミヤ総研 Vol . 101(2015年1月)
「人間の書」の表現の代表が、僧侶の書である。特に禅宗の僧の書を墨跡と呼んでおり、京
都大徳寺の墨跡が有名である。一行書の根源は、
禅院の額字(無準師範の「潮音堂」が有名)や、
印可の時や得道の時の号を大書したもの(大燈図師の「関山」が有名)が始まりで、
一休宗純、
沢庵宗彭、江月宗玩、清巌宗渭、翠巌宗珉などが、素晴らしい人間の書を残している。
僧侶の書は、大きな柱である仏教に帰依し、厳しい修行を積み、鍛えて精神が筆先を通じて
滲み出る大慈大悲の書である。要るものをしっかり見極め、要らぬものを捨て切り迷いのない
ところから生まれ出る。一般に書家と呼ばれる技術の書ではなく、佛さまの心や純粋無垢な心
が映し出されている書であるから、一層観者の心を呼び寄せ、魅きつける。修行を経た人の書、
子供が書く純粋、稚拙の書は、何の計算や打算がなく、心に響いてくる。僧侶の書は、慈悲の書、
仏法に身を置く心を委ねる人間の書として、これ以上にない素晴らしい書と言えるのである。
墨跡以外にも、様々な表現の中に「人間の書」を書く人達が居る。私の独断だが、表現別に
特に異彩を放つ人を挙げてみると
日本画家 小川芋銭、富田渓仙、津田青楓
洋画家 中村不折、梅原龍三郎、中川一政、須田剋太
陶芸家 北大路魯山人、河井寛次郎、川喜田半泥子
小説家 芥川龍之介、武者小路実篤、太宰治、正宗白鳥、岡本かの子
詩人 室生犀星、八木重吉、坂村真民、萩原朔太郎、宮沢賢治
歌人 清水比庵、石川啄木、吉野秀雄、相馬御風
俳人 河東碧梧桐、種田山頭火、荻原井泉水、瀧井孝作、金子兜太
花人 勅使河原蒼風
芸能人 緒形拳
各々が各々の土俵に居ながら、そこで培った栄養から、見事な人間の書の花を咲かせている。
様々な経験と、人や作品やほんものとの出会いで、持って生まれた感性、感覚を磨き、私の
表現がより深く、人間の書としての域に近づくべく、これからも日々を大切に、一歩一歩成長
していきたい。一生を賭ける書という表現に出会えた喜びに、只管感謝の中。只管合掌の中。
最後まで読んで頂き本当に有難うございました。この度、ご縁を頂戴いたしましたイズミヤ
総研・顧問の清水正博さんに厚くお礼を申し上げます。益々のご発展をお祈り申し上げます。
最後に大好きな日本画家の堀文子さんの言葉を添えて、ペンを置くことに致します。
「私は人として、一ミリでも上昇して死にたいと思っています。だから自分を甘やかすわけ
にはいきません。死ぬまで現役の職人でいるつもりです。
」
<書画作家 安川 眞慈>
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