病院勤務医の過重労働軽減についての一考察

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病院勤務医の過重労働軽減についての一考察
山
﨑
芳
彦
医師の長時間勤務、夜間労働などが肉体的ばか
食の後、2例目の手術に入る。たまには1日1例
りでなく、精神的負担も大きくし、これに関連し
しか割り当てられず、
午前中で終わることもある。
ての悲劇も聞こえてくる。米国でも、かつてレジ
fellow は予定の手術が終わり、術後の指示を出し
デントの負担が大きく、これが問題となったこと
終えて、患者が落ち着いていればいつでも帰宅で
があり、それをきっかけに大幅に改善されたと
き、手術が終わって病棟やラウンジでぶらぶらし
いう。
ていることはない。あとはその日当番の PA また
著者らが医師になりたての頃から比べれば、今
は fellow が診てくれる。fellow の役割は、月-
の労働条件はかなり改善されているが、それでも
金まで手術の第一助手を務め、
他に月に1回程度、
厳しいことには変わりない。30年以上前の、短期
土曜日朝8時から翌朝8時まで術後管理が割り当
間かつ心臓血管外科の fellow としての経験では、
てられる。この間に、緊急手術が入れば、この手
他科にも及ぶものではないが、その時の経験を述
術に入ることが優先され、当直業務は、オンコー
べ、こういった戦略が、医師労働の負担の軽減に
ルの PA が代わってくれる。その他に、平日週2
つながる参考になることを期待して述べてみたい。
回程度の夜間のオンコールがあたり、緊急手術が
著者の修練した病院は、当時、心臓血管外科の
あると自宅から呼び出されるがそう多くはない。
手術数が米国ロサンゼルスで最も多く、年間約
当直時には、多いと20名以上の術後患者をみるの
1,500例 を 数 え た。 こ れ を、 約 5 名 の staff で、大忙しだが、尿量、血圧などについての予測
surgeon、3- 5名の我々 clinical fellow、数名の
オーダー表があり(いわゆるクリニカルパス)こ
physician’s assistant(PA) で 手 術 を こ な す。
れがしっかり書かれていればこれに沿ってナース
fellow は医師であるので、治療や検査のオーダー
が処置してくれる。電解質やガス分析のチェック
は出せるが、PA は医師としての資格はないので、
は、結果が出ると夜中でも否応なしに電話がか
医師の管理下で手術や術後管理をすることになっ
かってくるので、深夜の時間の検査オーダーなど
ている。staff surgeon は、術前、自分のオフィ
はなるべく出さないようにすることを覚えた。術
スで患者を診察し、病院で手術を執刀するが、術
後挿管中の患者は、呼吸管理士がみてくれ時々ガ
後管理には直接関わらず、いくらかアドバイスを
ス分析などのデータを持ってくるので、それを見
するのみである。術後は、1人の fellow か PA
て抜管の適応があればその旨指示を出せば抜管し
が術後患者全体の管理を行い、自分の受け持ち患
てくれる。また、手術においても、術後管理にお
者(主治医)といったものはない。各手術チーム
いても、時間的に無駄になることは一切しないこ
は staff surgeon, fellow, PA の各1名ずつ3名で
とが徹底されている。例えば、手術の手順、縫合
構成され、1日1チームで午前、午後に各1例、
糸などの手術材料なども全医師共通の方法がきっ
月曜から金曜まで手術があり、全チームで1日8
ちりと守られ、俺は俺のやり方でやるなどという
例前後となる。午前の手術は7時執刀開始で、
ナー
ことはなく、術後管理も、輸液の内容、抗生剤の
スは6時前から、医師は6時半頃から手術の準備
種類、
輸血の適応基準なども原則決められており、
を始める。通常は、午前中で1例目が終わり、昼
特別の場合を除き、考えもなく術後オーダーが書
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ける。頭を使うのは、カテコラミンの使用適応指
このように、医師の負担を軽減するには、クリ
示や電解質の補給くらいである。ちょっと複雑な
ニカルパスを徹底させること、手術でも術後管理
不整脈が出れば循環器科医、腎臓に問題がありそ
でも、俺は俺のやり方でやるということを無くす
うなら腎臓科医、呼吸に問題がありそうなら呼吸
ため、話し合いで共通の方法を見出し、それを守
器科医に連絡が行き、各科の当直医またはレジデ
ること、できるだけ合理的で簡潔的な方法を考慮
ントがオーダーを出してくれる。このように多く
することが重要と思われる。これらのことが医療
の医師らが術後管理に関わってくるので(集学的
費の抑制にもつながると思う。しかし、個性が発
医療)、サインは必須である。それゆえ、多くの
揮されにくいため、日本のテレビで見られるよう
術後患者をみていてもそう大きな負担にはならな
なカリスマ医師が生まれる土壌は少ないが、同じ
い。術後の再出血などで、
再開胸が必要な場合は、
方法で手術を行っても、医師によって手術時間、
その日のオンコールの医師や fellow らが呼び出
結果などに技量の差がある程度出てきてしまう。
され、たとえ執刀医でも、その手術に関わった
米国の制度が必ずしもよいというわけでなく、今
fellow でも呼び出されることはない。そのため、
すぐこの制度を取り入れることは困難と思われ
技術的評価が落ちないよう、多くの執刀医は止血
る。ここの制度は、どこに責任があるのかうやむ
に 慎 重 に な る が、 多 少 出 血 し て い て も just
やになってしまいかねず、また、患者各々の状態
oozing といって閉胸してしまうおおらかなドク
が厳密には異なるので、その状態に応じたきめ細
ターもおり、bloody・・・とあだ名がついていた。
かな管理ができないなどの問題がある。日本の主
このように、オンコールのときは結構きついこ
治医制度には、患者に対する責任が明白になり、
とも多いが、それ以外に呼び出されることは皆無
状態に応じた術後管理ができるなどの良い面があ
である。金曜の午前で手術が終わり、午後から
るので、各々長所と欠点をよく理解して、合理的
free になることもあり、
土日を続けて休めるので、
で負担の少なくなる方法を思案すべきと思う。
この間患者のことを気にすることなく、かなり遠
(白根大通病院)
くまで旅行に行くことができた。宿泊は行き当た
りばったりで、暗くなれば通りがかったモーテル
かインに飛び込み、一度も宿泊を断られたことは
なかった。給料も十分で、当時、米国の大学の
associate professor であった叔母の給料とかわら
ず、ただで米国家族旅行をしてきた気分にもなっ
た。従って、決められた義務の時間をしっかり果
たせば、精神的にも肉体的にも負担は少なく、気
持ちの余裕もできてくるものと思う。日本では、
手術チームを幾組も作れる状況にはないので、こ
れをそのまま当てはめることはできないが、義務
の時間と自由の時間のメリハリをつけることが重
要と思われる。
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写真 ‌ト レ ー ニ ン グ を 積 ん だ St. Vincent Medical
Center の Cardiac Surgical Unit、30床ある。