インターフェイスから探る代謝機構のルーツ

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バイオインターフェイス(前編)
インターフェイスから探る代謝機構のルーツ
跡見 晴幸
はじめに
は sn-glycerol 3-phosphate 骨格に直鎖脂肪酸がエステ
ル結合したものを利用している.アーキアは一般に
超好熱菌は一般に至適生育温度が 80°C 以上の生物と
sn-glycerol 1-phosphate を骨格として,脂肪酸ではなく
して定義されている.超好熱菌の大半はアーキアに属す
イソプレノイドアルコールがエーテル結合したものを利
るが,一部バクテリアに属するものも知られている.超
用している.T. kodakarensis はアーキア型の膜脂質分子
好熱菌はアーキア・バクテリアいずれのドメインにおい
を利用し,他のアーキアと同様に膜を貫通するテトラ
ても系統学的な位置が根に近いところにあり,いわば,
エーテル型脂質も検出されている.一方,T. maritima に
アーキアとバクテリアのインターフェイスに位置する.
おいては一般的なエステル型膜脂質が主であるが,エー
筆者らは超好熱性アーキア Thermococcus kodakarensis
テル型脂質も利用されており,膜を貫通するテトラエー
の代謝やその制御について研究を進め,その機構を大腸
テル型のものもある 1).しかしながら T. maritima のエー
菌や酵母など,バクテリアや真核生物のモデル生物のも
テル型脂質の疎水部はイソプレノイド型ではなくほぼ直
のと比較してきた.本稿では補酵素(coenzyme A)の
鎖型であり,また sn-glycerol 3-phosphate を骨格として
生合成機構を中心に T. kodakarensis の代謝機構を超好
いる.これらのことから,膜脂質骨格の立体構造やイソ
熱性バクテリア Thermotoga maritima のものと比較し,
プレノイド鎖の利用はドメインにより異なることがわか
それらの経路がどのような進化を遂げてきたのか考察し
る.T. maritima と同じ Thermotogales 目に属し,至適生
てみたい.
育温度が 65°C 程度の Thermosipho 属,Fervidobacterium
T. kodakarensis と T. maritima
属のバクテリアはエーテル型脂質・テトラエーテル型脂
質を有さない.したがってエーテル結合の利用はドメイ
上述の通り,T. kodakarensis(Tko)はドメインアー
ンを越えた高温領域生命適応戦略の一つである可能性も
キアに属し,T. maritima(Tma)はドメインバクテリア
ある.より多くの超好熱性バクテリアにおける膜脂質の
の一員である.双方ともに海洋性で,絶対従属性・絶対
構造に関する情報が待たれる.
嫌気性の超好熱性微生物である.至適生育温度は,前者
Coenzyme A 生合成
は 85°C,後者は 80°C 程度である.また両者とも環状の
ゲノムを有し(Tko: 2,088,737 bp,Tma: 1,860,725 bp),
Coenzyme A(CoA)はさまざまな異化代謝・生合成
ゲノム上にはオペロンも存在する.遺伝情報の保存や伝
経路において重要な役割を果たす補酵素であり,すべて
達に関与する DNA 複製,転写,翻訳系はアーキアとバ
の生物に利用されていると考えられている.CoA は末
クテリアとでは大きく異なっており,アーキアのものは
端チオール基を有し,これがさまざまなカルボニル化合
真核細胞のものと類似している場合が多い.たとえば T.
物と高エネルギーチオエステル結合を形成することによ
maritima の転写装置はバクテリア型であり,シグマ因子
り,カルボニル基の反応性を上げている.また 2- オキ
に依存した転写開始複合体を形成するが,T. kodakarensis
ソ酸の酸化的脱炭酸反応において得られる酸とチオエス
の RNA polymerase は真核生物のものと類似した構造を
テル結合を形成することにより,エネルギーを保存する
示し,TATA-binding protein や transcription factor B を
重要な役割もある.解糖系と TCA 回路をつなぐ acetyl-
利用して転写開始複合体を形成する.これらの生命機能
CoA,TCA 回路の代謝中間体の succinyl-CoA,脂肪酸
に関しては,生育環境や生育温度域に関係なくドメイン
生合成の前駆体である malonyl-CoA などはよく知られ
間の違いが優先しているようである.
ている.
細胞膜
外界とのバイオインターフェイスを形成する超好熱
菌の膜脂質構造は非常に興味深い.一般にバクテリア
CoA は 図 1 に 示 す 構 造 を と っ て お り, そ の 骨 格 は
pantothenate,ATP,cysteine に由来する.アーキアやバ
クテリアにおける CoA の生合成は,valine 生合成経路の
ketoisovalerate から出発し,8 段階の酵素反応によって
著者紹介 京都大学大学院工研究科合成・生物化学専攻(教授) E-mail: [email protected]
2016年 第11号
693
特 集
図 1.アーキアとバクテリアにおける CoA 生合成経路.Pantoate から 4'-phosphopantothenate までの経路はアーキアとバクテリアで
異なる.PPAT: phosphopantetheine adenylyltransferase,他は文中に記載.
達成される(図 1).筆者らはいままでに T. kodakarensis
最終反応を触媒する dephospho-CoA kinase(DPCK)の
ketopantoate reductase(KPR)がフィードバック阻害の
標的となっている 5)(図 1).
さらに,筆者らは最近 T. maritima における CoA 生合
みが未同定であるが,ketoisovalerate から dephospho-CoA
成の制御機構に興味をもち,その解析を進めた.ホモロ
までの変換に関わる 7 種の酵素遺伝子が明らかとなって
グ検索の結果,T. maritima はほぼ E. coli 型の CoA 生合
いる.それまでに明らかとなっていた Escherichia coli の
成経路を利用していると予想されたが,不思議なことに
CoA 生合成経路と比較するといくつかの特徴的な違いが
見いだされた.まず,pantoate から 4'-phosphopantothenate
ま で の 変 換 経 路 が 異 な る 点 で あ る.E. coli で は ま ず
pantoate と ȕ-alanine の 縮 合 が 起 こ り(pantothenate
synthetase: PS), 続 く リ ン 酸 化 反 応(pantothenate
kinase: PanK)により 4'-phosphopantothenate が得られ
る.一方,T. kodakarensis においてはリン酸化が先に
,続いて ȕ-alanine との縮
起こり(pantoate kinase: PoK)
合反応(phosphopantothenate synthetase: PPS)により
4'-phosphopantothenate が得られる(図 1).ホモログの
分布範囲より,バクテリアや真核生物の多くは E. coli
CoA によるフィードバック阻害を受けないとされる
Type III PanK のみを有していた.そのことから我々は
T. maritima においては T. kodakarensis と同様な,KPR
における CoA 生合成機構のほぼ全容を解明してきた
2–6)
.
反応を標的としたフィードバック機構があるのではない
かと考えた.その予想は見事に外れたが,T. maritima
の KPR,PS,PanK に対して詳細な生化学的解析を進
めた結果,Type III であるにもかかわらず,PanK が CoA
によるフィードバック阻害の標的となっていることがわ
かった 7).
T. kodakarensis および T. maritima の CoA 生合成
経路を構成する酵素を比較すると非常に興味深い事
に見られる経路を利用していることが示唆される.
一方,
実が浮かび上がってきた.つまり 8 種の反応を触媒す
Thermoplasmatales に属するものを除けば,アーキアは T.
kodakarensis に見られる経路を利用していると考えられ
る.もう一つの特徴的な違いは CoA 生合成の制御機構
にある.E. coli 型の生合成経路を利用している生物(バ
クテリア・真核生物)は CoA による PanK へのフィード
バック阻害により過剰な CoA 生合成を防いでいる.一
方 PanK を利用しないアーキアにおいては,より上流の
る酵素のうち,初発段階を触媒する酵素 ketopantoate
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hydroxymethyltransferase(KPHMT),4'-phosphopantothenate と cysteine の縮合反応を触媒する phosphopantothenoylcysteine synthetase(PPCS),続く脱炭酸反応を
触媒する phosphopantothenoylcysteine decarboxylase
(PPCDC)以外は T. kodakarensis と T. maritima で機
能する酵素が互いにホモログ関係にないことである.
生物工学 第94巻
バイオインターフェイス(前編)
図 2.Phosphopantothenoylcysteine synthetase(PPCS)と phosphopantothenoylcysteine decarboxylase(PPCDC)が触媒する反応.
下段に 4'-phosphopantothenate を acetate に置き換えた場合の反応を示す.
比 較 す る 微 生 物 の 範 囲 を 少 し 広 げ る と( ア ー キ ア
なる.現存する CoA 分子と比べて酵素に特異的に認識
Methanocaldococcus jannaschii,バクテリア Aquifex
aeolicus の CoA 生合成酵素を加えると),同一 protein
family のタンパク質が利用されている反応は PPCS,
PPCDC のみとなる.これら二つの酵素タンパク質はバ
されるための“飾り”は少ないが,CoA が担う代謝上の
機能を十分に果たすことができる.証明は難しいが,
N-acetylcysteamine あるいはそれと類似した化合物が祖
是非検証してみたい.
先的な CoA 分子であったかどうか,
クテリア・アーキアのルーツから真核生物まで生物界に
おわりに
広く分布している.したがってアーキアにおける PoK/
PPS 経路やバクテリアにおける PS/PanK 経路のように,
PPCS,PPCDC 以外の酵素はバクテリア・アーキア・
おいて系統学的に根に近い 2 種の微生物 T. kodakarensis
真核生物が分岐した後に誕生した可能性があり,原始生
および T. maritima について代謝機構を比較し,共通点
命体における祖先的な経路は PPCS と PPCDC のみから
や相違点に基づいた進化的考察を行った.CoA 生合成
構成されていたことも考えられる.
経路についてはその原型となった経路や祖先的な CoA
本稿ではアーキア,バクテリアそれぞれのドメインに
PPCS と PPCDC が CoA 生合成経路の原型である可能
分子を推測することができた.今後も各ドメインにおけ
性が浮上してきたが,そもそも生合成経路の途中段階が
る代謝機構を比較し,反応のみならず,それらを触媒す
最初に誕生する選択圧や意味はあるのかという疑問が生
る酵素のホモログ関係にも注目しながらさまざまな代謝
じる.しかしながら PPCS,PPCDC が触媒する反応をよ
機構の進化について検討していきたい.加速度的に蓄積
くみると二つの反応がもつ本質的な意味が浮かび上がっ
される莫大なゲノム情報が大いに活かされるものと期待
てくる.PPCS は図 2 に示すように 4'-phosphopantothenate
している.特に最近 Hug ら 8) が発表した Candidate Phyla
のカルボキシ基と cysteine のアミノ基との間の縮合反
Radiation という一大生物群について,代謝機能を検討
応を触媒する.一方で PPCDC は PPCS 反応で生じた
すれば祖先的な経路の姿がより鮮明に見えてくる可能性
phosphopantothenoylcysteine の脱炭酸反応を触媒する.
もある.
ここで得られる 4'-phosphopantetheine の構造を見ると,
CoA の機能を果たすための基本的な構造的要素をすで
に満足している.つまり末端チオール基をもち,カル
ボキシ基の接近を許容するために自身のカルボキシ基
が除かれた構造をもつ.Cysteine と縮合するカルボキ
シ基供与体について,4'-phosphopantetheine の生合成
経路が誕生していない状況では,酢酸など比較的単純
なカルボン酸が利用されていた可能性がある.その場
合 に PPCDC,PPCS 反 応 に よ っ て 得 ら れ る 化 合 物 は
N-acetyl-2-aminoethanethiol(N-acetylcysteamine)と
2016年 第11号
文 献
1) Sinninghe Damsté, J. S. et al.: Arch. Microbiol., 188,
629 (2007).
2) Yokooji, Y. et al.: J. Biol. Chem., 284, 28137 (2009).
3) Tomita, H. et al.: J. Bacteriol., 194, 5434 (2012).
4) Ishibashi, T. et al.: Extremophiles, 16, 819 (2012).
5) Tomita, H. et al.: Mol. Microbiol., 90, 307 (2013).
6) Tomita, H. et al.: J. Bacteriol., 196, 1222 (2014).
7) Shimosaka, T. et al.: J. Bacteriol., 198, 1993 (2016).
8) Hug, L. A. et al.: Nat. Microbiol., 16048, DOI: 10.1038/
NMICROBIOL.2016.48 (2016).
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