著作権(4)

誌
座
学
上法 講
第
著作権法を知ろう ― 著作権法入門・基礎力養成講座
著作権(4)
11 回
野田 幸裕
Noda Yukihiro
― 翻案権 ―
弁護士、弁理士
N&S 法律知財事務所設立所長。著作権法・商標法等の知的財産関連のビジネスコンサル・契約・訴訟等が専門。
前東京都知的財産総合センター法律相談員、一般社団法人日本商品化権協会正会員等。講演・著作等多数。
を直接感得することのできる別の著作物を創作
翻案権とは
する行為」
をいうとしております
(最高裁平成 13
年 6 月 28 日判決、裁判所ウェブサイト・最高裁
前回までは複製権とその主な制限である
「私
昭和 55 年 3 月 28 日判決、
裁判所ウェブサイト)。
的使用のための複製」と
「引用」について検討し
て参りましたが、今回は複製権と似て非なる権
「既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接
感得する」
とは難しい言い回しですが、要するに
利である「翻案権」
について検討します。
翻案権について著作権法
(以下、法)
では
「著作
翻案した著作物
(例えば漫画)
とその元になった
者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは
原著作物
(例えば原作小説)
とをどちらも知る者
変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案す
にとって、漫画を読めばこの漫画
(二次的著作
る権利を専有する」
と規定しています
(法 27 条)
。
物)はあの小説
(原著作物)の特徴ある表現を連
また法は二次的著作物を
「著作物を翻訳し、編
想させ、この漫画はあの小説を漫画化したこと
曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、
を想起させるような関係にあることをいいます。
その他翻案することにより創作した著作物」と
二次的著作物の要件
定義しています
(法2条1項 11 号)
。つまり翻案
の元となる原著作物に依拠して新たに創作され
上記の翻案に関する判例の定義づけからもお
た二次的著作物を創作する行為が翻案になりま
気づきのように、二次的著作物も著作物である
すので、翻案と二次的著作物とは表裏一体の関
以上は、原著作物に依拠しつつも、原著作物には
係にあります。
ない新たな創作的表現が加えられ、原著作物と
そして
「翻案」
とは、
「翻訳」
(英語の日本語訳な
は別個の著作物性が認められることが必要とな
ど)・「編曲」
(楽曲のアレンジ)
・
「変形」
(絵画を
ります。判例でも
「二次的著作物の著作権は、二
彫刻にする、写真を絵画にするなど)
・
「脚色」
(小
次的著作物において新たに付与された創作的部
説の脚本化など)
・
「映画化」
(漫画や小説を映画
分のみについて生じ、原著作物と共通しその実
にするなど)
といった明文の例示のほか、文章の
質を同じくする部分には生じないと解するのが
要約なども含まれますが、判例では
「翻案」
とは
相当である。けだし、二次的著作物が原著作物
「既存の著作物に依拠してその表現上の本質的
から独立した別個の著作物として著作権法上の
な特徴の同一性を維持し、かつ、具体的表現に
保護を受けるのは、原著作物に新たな創作的要
修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は
素が付与されているためであって
(同法2条1項
感情を創作的に表現することにより、これに接
11 号参照)
、二次的著作物のうち原著作物と共
する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴
通する部分は、何ら新たな創作的要素を含むも
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のではなく、別個の著作物として保護すべき理
るに足りるものを再製すること」
をいいます(最
由がないからである」
とされております
(最高裁
高裁昭和 53 年9月7日判決、裁判所ウェブサイ
平成9年7月 17 日判決、裁判所ウェブサイト)
。
ト)
。つまり複製権の侵害があるというために
したがって、
は ㋐原著作物との
「依拠性」と ㋑原著作物を覚
①原著作物とまったく同じ表現や、多少の修正・
知できる程度に実質的に同一な
「類似性」
がある
加除変更があっても、当該部分に新たな創作
ことが要件です。
性がなければ二次的著作物とは認められませ
これに対し翻案権の侵害があるというために
ん。この場合、単なる原著作物の複製でしか
は ❶原著作物への依拠性と、❷原著作物の
「表
ないので、原著作者のみが原著作物について
現上の本質的特徴の直接感得性」があることが
著作権を有します。
要件です。㋑と❷とは原著作物との類似性の程
②逆に浮世絵を作品の背景などに取り込んだ
度問題に帰着するため区別は微妙です。そのた
ゴッホの油絵の例など、新たな表現が原著作
め、実際の訴訟では複製権侵害を訴え、仮にそ
物を換骨奪胎し、原著作物の特徴が残らない
の訴えが認められないとしても、少なくとも翻
程度にまで至った創作的表現は、原著作物と
案権の侵害が認められるなどとしていずれも主
は完全に別個の新たな著作物となりますので
張することが少なくありません。
二次的著作物ではありません。この場合、原
●翻案権と同一性保持権
かんこつだったい
著作者のみが原著作物のみについて、また新
次に問題となる複製がデッドコピーならば複
たな著作者のみが新たな著作物のみについて、
製権は侵害されていますが、原著作物と完全に
それぞれ完全に別個に著作権を有することに
同一なので同一性保持権の侵害はありません。
なります。
複製が完全に同一ではなく若干の相違点はある
③二次的著作物となるのは①と②の中間に位置
ものの、実質的には同一といえる範囲で複製権
し、原著作物に依拠し原著作物と同じ本質的
の侵害が認められる場合には同一性保持権も侵
特徴を残しながら新たな創作性を加えたため、
害されているのが普通です。
二次的著作物に接した者が、二次的著作物か
これに対し翻案権が侵害されている場合は、
ら原著作物の本質的特徴を直接に感じ取れる
同一性保持権も侵害されているケースがほとん
表現がなされたものということになります。
どです。逆に、例えば要約引用が許され翻案権
確かに抽象的にはこのようにいえるにしても、
侵害が認められない場合は、
同一性保持権も「や
具体的な事案において、どの程度の創作性が
むを得ないと認められる改変」
(法 20 条2項4号)
あれば二次的著作物として認められるのかは
として侵害は否定されるのが普通です。このよ
難問です。多くの裁判でも争われていますの
うに翻案権侵害と同一性保持権侵害の成否の判
で後ほど具体的事例で紹介いたします。
断が分かれるような結論はほとんど例を見ませ
ん
(法 20 条2項4号・東京地裁平成 10 年 10 月
翻案権、複製権、
同一性保持権の関係
30 日判決、
『判例時報』
1674 号 132 ページ)。
原著作物と
二次的著作物との関係
次に、翻案権と複製権、これらと同一性保持
権との関係について整理しておきます。
次に当該著作物が二次的著作物と認められる
●翻案権と複製権
場合、二次的著作物と原著作物との権利の及ぶ
複製権の侵害とは、著作権者に無断で
「既存の
関係はどうなるのでしょうか。結論から言うと、
著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させ
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二次的著作物の著作権が及ぶ対象は、前記のと
(東京高裁平成 12 年 3 月 30 日判決、
『判例時報』
おり、原著作物にはない二次的著作物の創作的
1726 号 162 ページ)
。
表現部分のみであり原著作物には権利は及びま
要するに Y の漫画を利用した絵はがきは、X
せん(法 11 条)。また原著作物の著作権は、原
の小説形式の原稿を原著作物とする二次的著作
著作物だけでなく二次的著作物の権利にも及び
物であり、絵はがきにも X の原著作物について
ますので(法 28 条)
、二次的著作物には二次的
の翻案権が働くので、Yは Xの翻案権を侵害した
著作物の著作権者の著作権と、原著作物の著作
ことを認めたわけです。Y としては漫画家の絵
権者の権利の両方が及ぶことになります。した
には原著作物である X の小説形式の原稿による
がって、二次的著作物は原著作物とは異なる著
ストーリーを表している絵とそうでなく Y の創
作物ではありますが、二次的著作物の利用には
作性のみが発揮されている絵とがあり、本件で
原著作物の著作権者の承諾も必要になります。
問題となっている絵は後者の絵であるから翻案
例えば小説を映画化する際、原著作物の著作権
ではないと反論しました。しかし前記裁判例で
者である小説家から映画化のため原作使用の許
は、著作権法では二次的著作物には原著作物の
諾を得て許諾料を支払うといった権利処理が必
創作性を引き継ぐ箇所とそうでない箇所がある
要になるのは、このような構造によっているわ
にせよ、これらを区別することなく法 28 条では
けです。
原著作者の権利が及ぶとしていること、またこ
では X の小説形式の原稿に依拠して漫画家 Y
のように解釈しても漫画家は原作者との契約に
が漫画を作成するときに、Y が X の承諾なくそ
よりその絵柄が利用できるし、契約できない場
の主人公の絵を利用して絵はがきを作成する行
合でも共同著作物に関する法 65 条3項に言及
為は X の翻案権を侵害するのでしょうか。この
し正当な理由がない限り原著作者側も絵の利用
点、漫画「キャンディ・キャンディ」
という著作
に関して合意の成立を妨げることはできないの
物の原作者 X と作画の漫画家 Y との間で争われ
で、Y 側の利益も確保できる旨、判示して被告
た裁判があります。
による翻案権の侵害を認めたわけです。最高裁
●キャンディ・キャンディ事件
でもこの原審の結論は維持されました
(最高裁
平成13年10月25日判決、
裁判所ウェブサイト)。
裁判例では
「二次的著作物は、その性質上、
ある面からみれば、原著作物の創作性に依拠し
複製権・翻案権侵害訴訟での
攻防方法
それを引き継ぐ要素
(部分)
と、二次的著作物の
著作者の独自の創作性のみが発揮されている要
では裁判で翻案権侵害が問題となったその他
素(部分)との双方を常に有するものであること
の事例を検討しましょう。
は、当然のことというべきであるにもかかわら
複製権の検討をした際にも述べましたが、翻
ず、著作権法が上記
(筆者註、法 28 条をいう)
のように上記両要素
(部分)
を区別することなく
案権侵害の争いになると原告側は両著作物を対
規定しているのは、( 中略 ) 一つには、二次的著
比する一覧表などを作成し、被告著作物と原告
作物である以上、厳格にいえば、それを形成す
著作物との共通点を可能な限り多く列挙し、そ
る要素(部分)で原著作物の創作性に依拠しない
の共通点において原著作物には優に著作物性が
ものはあり得ないとみることも可能であること
認められ質量ともに重要であることを強調し
から、両者を区別しないで、いずれも原著作物
ます。
の創作性に依拠しているものとみなすことにし
これに対し、被告は原告が主張するような共
たものと考えるのが合理的である」としました
通性を否定しあるいは仮に共通性があるとして
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●日経新聞事件
も該当箇所は単なるアイデアであるとか、ごく
ありふれたものであり、量もごくわずかである
次に客観的事実を素材とする著作物の翻案権
など表現上の本質的特徴が認められる著作物で
侵害が認められた裁判例としては、日本経済新
はなくそれを直接感得することなどできないと
聞社の経済情報などを素材とした新聞記事に依
反論します。
拠して情報提供サービス業者が、これを要約・
●江差追分事件
英訳しオンラインサービスした事例がありま
そこでまず江差追分事件(最高裁平成 13 年6
す。業者は対象となる客観的事実が同一である
月 28 日判決)について検討します。原告の原著
以上、新聞記事に類似する表現になるのは仕方
作物は、江差追分という民謡に関するノンフィ
がないとして翻案権侵害を否定しました。
え さしおいわけ
クションの書籍であり、翻案権侵害の対象となっ
しかし裁判所は
「客観的な事実を素材とする
た被告の著作物はテレビ番組の事例です。この
新聞記事であっても、収集した素材の中からの
テレビ番組では、
「①日本海に面した北海道の
記事に盛り込む事項の選択と、その配列、組み
小さな港町、江差町。古くはニシン漁で栄え、
立て、その文章表現の技法は、多様な選択、構
②江戸にもないという賑わいをみせた豊かな海
成、表現が可能であり、新聞記事の著作者は、
の町でした。③しかし、ニシンは既に去り、今
収集した素材の中から、一定の観点と判断基準
はその面影を見ることはできません。④9月、
に基づいて、記事の盛り込む事項を選択し、構
その江差が、年に一度、かっての賑わいを取り
成、表現するのであり、著作物といいうる程の
戻します。民謡、江差追分の全国大会が開かれ
内容を含む記事であれば直接の文章表現上は客
るのです。大会の3日間、町は一気に活気づき
観的報道であっても、選択された素材の内容、
ます」とのナレーションがあります。これに対
量、構成等により、少なくともその記事の主題
し原告の書籍では、このナレーションと類似す
についての、著作者の賞賛、好意、批判、断罪、
る記述が、元となる原著作物のプロローグの一
情報価値等に対する評価等の思想、感情が表現
部分に、同一順序で飛び飛びに記載されている
されているものというべきである。そのような
という事案です。このような事実関係のもと、
記事の主要な部分を含み、 その記事の表現して
上記判例は、①から③は一般的知見に過ぎず、
いる思想、感情と主要な部分において同一の思
④は、これが江差町民の一般的考えとは異なる
想、感情を表現している要約は、元の記事の翻
原告特有の認識ないしアイデアだとしても、そ
案に当たるものである」と判示し、被告の主張
の認識自体は著作権法上保護されるべき表現で
を認めずこの英訳要約は新聞記事の翻案である
はなく、①から④までの記述順序自体も独創的
として翻案権の侵害を肯定しました
(東京地裁
なものではなく、表現上の創作性が認められな
平成6年2月 18 日判決、裁判所ウェブサイト)。
い部分で同一性があるに過ぎないとし、また、
確かに一般的には客観的事実や歴史的事実を
ナレーション全体をみてもその量は原著作物の
題材にする場合、表現の幅が狭まる傾向はある
プロローグに比べて格段に短く、テレビ番組の
でしょうが、だからといって翻案権侵害が当然
映像を背景として放送されたものであり、テレ
に否定されるわけではありません。翻案の対象
ビ番組を視聴しても原著作物のプロローグ部分
が単なるアイデアかどうか、ありふれた表現か
の表現上の本質的特徴を直接、感得することは
否かの判断も微妙ですので、原著作物の利用に
できないとして翻案を否定しました。
ついては慎重な権利処理が望まれるところです。
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