暮らしの 判例 消費者問題にかかわる判例を 分かりやすく解説します 国民生活センター 相談情報部 イレッサ薬害訴訟 本件は、抗がん剤を服用後、間質性肺炎を発症して死亡した肺がん患者らの遺族らが、 抗がん剤を輸入販売した製薬会社に対して、抗がん剤に医薬品としての有効性・有用性 を欠く設計上の欠陥および添付文書に副作用の記載が不十分であるという指示・警告上 の欠陥があるとして製造物責任法3条の責任に基づき行った損害賠償請求をいずれも棄 却した原審判決に対する遺族らからの上告・上告受理申立事件である。 裁判所は、指示・警告上の欠陥の判断部分についてのみ上告受理をしたが、添付文書 の副作用の記載が不適切とはいえな いとして上告を棄却した(最高裁平 成 25 年4月 12 日判決、『判例時報』 2189 号 53 ページ)。 上告人・原告:X ら (抗がん剤を服用し死亡した肺がん 患者 A・B の遺族) (製薬会社。抗がん剤の輸入製造販売 被上告人・被告:Y 社 会社) (抗がん剤を服用し死亡した肺がん患者) 関係者:A・B C (国。一審と原審では当事者となっていたが、先 に上告棄却ないし上告受理不許可となっていた) た不法行為責任に基づき損害賠償を求め、 事案の概要 ②国に対して、厚生労働大臣が本件抗がん剤の 本件は、Y 社が 2002 年に厚生労働大臣の輸入 輸入承認をしたこと、輸入承認以降規制権限 承認を得て輸入販売したゲフィチニブを有効成 を行使しなかったことは違法であるとして国 分とする抗がん剤 (以下、本件抗がん剤) を服用 家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めた 後、間質性肺炎を発症して死亡した末期の肺が 事例である。 ん患者 A・B の遺族である X らが、 第1審は、本件抗がん剤の設計上の欠陥を否 ① Y 社に対して、本件抗がん剤は医薬品として 定した。しかし、指示・警告上の欠陥につき、 有効性・有用性を欠く設計上の欠陥および添 Y 社としては本件抗がん剤承認前の間質性肺炎 付文書の副作用の記載が不十分である指示・ の副作用症例から、本件抗がん剤による間質性 警告上の欠陥があるとして製造物責任法3条、 肺炎が、急性に発症して予後が悪いことなどを または、上記記載を適切にすべき義務等を怠っ 予見し得たとは認められないが、他の抗がん剤 2016.11 38 暮らしの判例 と同程度の頻度や重篤度で発症し、致死的とな ことにより、通常有すべき安全性が確保される る可能性のあるものであると認識・判断してい 関係にあるので、このような副作用に係る情報 たものと認められ、この認識・判断に従えば、 が適切に与えられていない事情があれば、当該 間質性肺炎については、本件抗がん剤の添付文 医薬品に欠陥があると解すべき場合が生ずる。 書の「警告」欄に記載するか、 「重大な副作用」 欄 医療用医薬品については、上記のような副作用 の筆頭に記載するのが相当であり、かつ、致死 に係る情報は添付文書に適切に記載されている 的なものとなる可能性があることを記載するの べきものである。 かか が相当であって、そのような記載のない本件抗 本件添付文書の記載が適切かどうかは、上記 がん剤の輸入承認・販売流通当時の添付文書 (以 副作用の内容や程度、当該医療用医薬品の効能 下、本件添付文書)第1版には指示・警告上の または効果から通常想定される処方者ないし使 欠陥があるとした。また、 国の責任については、 用者の知識および能力、当該添付文書における 本件抗がん剤の輸入承認に当たり本件添付文書 副作用に係る記載の形式ないし体裁等の諸般の 第1版の記載の不備を是正させなかった厚生労 事情を総合考慮 (さまざまな事情をあわせて考 働大臣には規制権限の不行使につき違法がある える)して、予見し得る副作用の危険性が処方 として、Y 社および国に対する請求の一部を認 者等に十分明らかにされているといえるか否か 容した。 という観点から判断すべきものと解する。 原審(第2審) は、設計上の欠陥を否定したう 本件輸入承認時点においては、本件抗がん剤 え、指示・警告上の欠陥につき、がん治療につ には他の抗がん剤と同程度の間質性肺炎の副作 いて専門的な知識経験を有する医師などにとっ 用が存在するにとどまるものと認識され、Y 社 て、薬剤の副作用により間質性肺炎が発症した は、この認識に基づき、本件添付文書において、 場合には死亡することがあり得ることは知られ 「警告」 欄を設けず、 「重大な副作用」 欄の4番目 ており、上記各医師が、本件添付文書第1版の に間質性肺炎についての記載をした。そして、 記載にもかかわらず、本件抗がん剤に何の副作 肺がんの治療を行う医師が、本件添付文書の記 用もないと認識をもったと認めることはできず、 載を閲読した場合には、本件抗がん剤には他の 指示・警告上の欠陥があったとはいえないとし 抗がん剤と同程度の間質性肺炎の副作用が存在 て Y 社の責任と国の責任を否定した。 し、間質性肺炎を発症した場合には致死的とな X らは、原審判決を不服として、上告および り得ることを認識するのに困難はなかった。 上告受理の申し立てをしたところ、最高裁は、 他方、販売開始後に把握された急速に重篤化 Y 社に対する製造物責任法に基づく指示・警告 する間質性肺炎の症状は、他の抗がん剤による 上の欠陥にかかる部分のみ上告受理をし、その 副作用としての間質性肺炎と同程度のものとい 他の部分を受理しなかった。 うことはできず、また、本件輸入承認時点までに 行われた臨床試験等からこれを予見し得たもの 理 由 ともいえない。したがって、副作用に急速に重 医薬品は、人体にとって本来異物であり有害 篤化する間質性肺炎が存在することを前提とし な副作用が生ずることを避け難い特性があるの た記載 (輸入承認の3カ月後に追記された 〈第3 で、副作用の存在をもって直ちに製造物として 版〉 )がないことをもって、本件添付文書 (第1 欠陥があるということはできない。むしろ、その 版)の記載が本件輸入承認時点において予見し 通常想定される使用形態からすれば、引渡し時 得る副作用についてのものとして適切でないと 点で予見し得る副作用について、製造物として いうことはできない。 の使用のために必要な情報が適切に与えられる 本件輸入承認時点から A および B への投与開 2016.11 39 暮らしの判例 始時 (2002 年8月 15 日ないし同年9月2日)ま の効用の大きさを考慮すれば、製造上の欠陥と での間に、本件添付文書第1版の記載が予見し はいえない場合でも、事前に分かっていれば当 得る副作用についての記載として不適切なもの 然指示・警告に記載されるべき重篤な副作用が となったとみるべき事情はないから、A および 起こったならば、たとえ製薬会社が予見できる B の関係では、本件抗がん剤に欠陥があるとは ものではなかったとしても、指示・警告に記載 いえない。 されていないことで 「指示・警告上の欠陥があっ た」 と考えることも可能ではなかろうか。 解 説 また、本件では、指示・警告上の欠陥におけ 本件は、肺がん末期患者に使用された抗がん る過失を認定するための予見可能性について、 剤の指示・警告上の欠陥について、最高裁とし 製造物責任法4条1項 (製造物責任法上の賠償 て初めて製造物責任の存否について判断を示し 責任の免責事由を規定している)と同様に、流 た判例である。最高裁は、医薬品は有害な副作 通過程におかれた時点での最高の科学・技術水 用が生ずることが避けられない製品特性がある 準の知見を基準として予見可能性の有無を判断 ことを指摘し、副作用があることによって直ち することも考えられる。 に製造物の欠陥があると認めることは相当では なお、本件抗がん剤の副作用については、第 ないとしたうえで、医療用医薬品については引 1審の東京地裁の提起に先んじて、大阪地裁に 渡時に予見し得る副作用についての情報が添付 同種訴訟が提起され、Y 社に対する請求のみ一 文書に適切に記載されていることを要するとし 部認容 (国に対する請求は棄却)となった (参考 た。そして、適切かどうかは、副作用の内容・ 判例③) が、その控訴審である大阪高裁では、認 程度、処方者または使用者である医師の知識・ 容部分が取り消されてすべて棄却とされ (参考 能力等の諸般の事情を総合考慮して、予見し得 判例④) 、原告らが最高裁に上告等していたが、 る副作用の危険性が処方者である医師等に十分 本判決と同日付で、Y 社および国のいずれに対 明らかにされているか否かの観点から判断され する上告等も棄却・不受理とする決定がなされ るべきであるとし、 「予見し得る」 (予見可能性) ている。 という過失の判断要素ともみられるものを判断 基準としている。そのうえで、本件抗がん剤の販 売開始後に把握された 「急速に重篤化する間質 性肺炎」が生じる副作用は、輸入承認時点で予 見し得る副作用ではないとして添付文書の記載 参考判例 が適正でないということはできないとして、製 薬会社(Y 社)の責任を否定したものである。本 ①東京地裁平成 23 年3月 23 日判決 (『判例時報』2124 号 202 ページ(本件の第1 ) 審判決) 判決には4人の裁判官の補足意見が付せられて いるが、その一部が指摘するように、指示・警 ②東京高裁平成 23 年 11 月 15 日判決 (『判例時報』2131 号 35 ページ(本件の原審〈第 2審〉判決)) 告は予見し得た副作用の発生について可能であ り、その発生が予見可能でなければならないと いう理由によるのであろう。 しかし、製造物責任法に基づく欠陥責任は、 過失責任ではなく無過失責任*である。医薬品 ③大阪地裁平成 23 年2月 25 日判決 (『訟務月報』58 巻3号 674 号(本件と同種の大 阪地裁判決)) ④大阪高裁平成 24 年5月 25 日判決 (『法務月報』59 巻3号 740 ページ) * 法律において、故意または過失を要件とせずに発生する損害賠償 責任。 2016.11 40
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