同種造血細胞移植後の免疫再構築に関与する因子の

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研究紹介
同種造血細胞移植後の免疫再構築に関与する因子の同定
および、それらの因子を用いた予後予測モデルの構築
柴崎康彦1)、曽根博仁2)、増子正義1)
1)新潟大学医歯学総合病院 高密度無菌治療部
2)新潟大学大学院医歯学総合研究科 血液・内分泌・代謝内科
はじめに
同種造血細胞移植(allogeneic hematopoietic cell
transplantation: allo-HCT)は、造血器悪性腫瘍
に対して完治を目指すことが可能な治療法であ
る。近年、HLA 半合致移植や臍帯血移植の普及
など移植法が多様化し移植適応症例は拡大の一途
を辿っており、移植を希望しながらもドナーが見
つからず断念する症例は明らかに減少している。
一方で、致死的な移植関連合併症や比較的高い再
発率など、移植成績向上に向けては多くの課題が
残されている。そのため、これまでの「画一化さ
れた移植」から、allo-HCT の予後に関与する因
子を同定し、個々の症例の病態に合わせた適切な
治療介入を行う「個別化移植」への転換を図って
いくことが重要と考えられる。
allo-HCT 後の免疫再構築は、移植片対宿主病
(graft-versus-host disease : GVHD)などの移植
関連合併症や、移植片対白血病効果(graft versus
leukemia : GVL)に強い影響を与え、移植成績を
規定する重要な因子である。
本研究紹介では、
我々
が試みている allo-HCT 後の免疫再構築に関与す
る因子の同定および、それらの因子を用いた予後
予測モデルの構築について概説する。
allo-HCT 後の免疫再構築に関与する因子の同定
allo-HCT 後の免疫再構築は、免疫担当細胞、
サイトカイン、移植前の病態、前処置、ドナーソー
スなどが複雑に影響しあって成り立っている。
我々は、移植後の免疫再構築に関与する免疫担当
細胞の経時変化は、個々の症例で大きく異なって
いることを明らかにしてきた1)。これらの違いは、
ドナーソースや前処置、免疫抑制剤の使用法の違
いによって生じる可能性が示唆されている。様々
な移植法に特有の免疫再構築パターンの研究を進
めている。一例として、
HLA半合致移植法である、
抗 胸 腺 グ ロ ブ リ ン(antithymocyte glopbulin:
ATG) を 用 い る ATG-haplo と、 移 植 後 に 大 量
cyclophosphamide を投与する PTCy-haplo とで
は制御性T細胞の発現パターンが異なっているこ
とを見出しており、現在詳細な免疫再構築パター
ンを解析中である。
GVHD の発症にも移植後の免疫再構築は大き
く関与している。GVHD 発症には Th1サイトカ
インが重要な役割を担っている一方、Th2サイト
カインはGVHDを軽減することが知られている。
我々は今までに、allo-HCT 患者におけるT細胞
のサイトカイン産生能の経時的な変化を評価して
きた2)。サイトカイン産生能は免疫抑制剤の種類
や 投 与 法 に よ り 異 な る こ と を 見 出 し て お り、
GVHD の重症化を未然に防ぐための適切な免疫
抑制剤の使用法を確立することを目指して研究を
進めている。また、Th2サイトカインである IL-5
により増殖・活性化される好酸球は、allo-HCT
後に増加する症例が知られている。従来、移植後
慢性期の好酸球増多と GVHD との関連性が指摘
されてきたが、我々は移植後早期の好酸球数が予
後に関連することを見いだした。このことは移植
後の免疫再構築に関わるサイトカインバランス
は、
そのタイミングも重要であることを示唆する。
GVHD と GVL 効果の分離は、臨床の現場で有
用な方向性は見出されていない。GVL 効果を発
揮するためには、腫瘍抗原特異的細胞傷害性T細
胞が誘導され、
正しく機能することが重要である。
そのため、腫瘍特異的活性を有する遺伝子を導入
した遺伝子改変T細胞移入療法は、GVHD を起
こさず抗腫瘍免疫だけを増強できる可能性があ
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る。我々は、造血器悪性腫瘍における腫瘍特異抗
原である WT1特異的細胞傷害性T細胞が患者体
内に存在することを報告しており3)、現在 GVL
効果をもたらす WT1特異的細胞傷害活性を持つ
遺伝子改変T細胞移入療法の開発に向けた基盤研
究を行っている。
おける適切な免疫再構築は異なると考えられる。
それぞれの病態に対して最も適切な移植法が判明
し、選択出来るようになれば、allo-HCT の成績
の向上に繋がると考えられる。近い将来、
「個別
化された同種造血細胞移植」が実現することを目
標に、今後も更なる研究を進めて行きたい。
allo-HCT における予後予測モデルの構築
allo-HCT において、
移植前に行う予後予測は移植
実施の可否、
移植法の決定に重要である。
予後予測モ
デ ルとし て は、
hematopoietic cell transplantationspecific comorbidity index(HCT-CI)が知られ
ている他、CRP やアルブミンなどを用いたモデ
ルが提唱されている。我々は今まで、移植前の微
小残存病変の有無、
肺合併症などの臓器予備能や、
採血により評価可能なフェリチンなどのバイオ
マーカーが allo-HCT の予後に関与する因子であ
ることを報告してきた4)、5)。一方で移植後に発症
する個別の病態変化に対応して治療介入を行うた
めの指標も、移植成績を向上させる上で極めて重
要である。しかしながら、これまで移植後の個々
の病態に変化に対応した時間依存性因子を組み込
んだ予後予測モデルは示されていない。
前述のように allo-HCT 後の免疫再構築は、移
植合併症や再発と関係していることから、移植の
予後にも大きな影響を与えている。細胞性免疫は
Tリンパ球と NK 細胞により担われているが、免
疫抑制剤の種類や投与方法、ステロイドや ATG
の使用の有無などにより、個々の症例で大きく異
なっている。特に移植後にステロイドを投与した
群では予後不良であることが知られており、各種
サイトカイン産生抑制に伴う細胞性免疫の低下が
影響していると考えられている。また、液性免疫
も免疫再構築に深く関わっていることが報告され
ている。現在我々は移植後の治療介入に寄与する
新たな予後予測モデルとして、病期、臓器予備能、
バイオマーカーに加え好酸球数、制御性T細胞や
γδT 細胞などの免疫再構築に関与する因子を合
わせてスコアリングした Comprehensive-NiigataTransplantation-Risk-Index の構築を試みている。
謝辞
本研究に対して平成28年度新潟県医師会学術研
究助成金を賜り、この場をお借りして感謝申し上
げます。
おわりに
多様化する allo-HCT において、個々の症例に
対して病態に合わせた適切な移植法の選択や移植
後の介入を行うことが重要である。基礎疾患や移
植前の病期、全身状態などにより、個々の症例に
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文献
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