リサーチ TODAY 2017 年 1 月 27 日 債務肩代わりの最後はヘリコプターマネーで負担軽減も 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 一般的に国債は財政赤字の垂れ流し、すなわち浪費によって積みあがったとの見方があるが、コトはそ う単純ではない。筆者は長らく、国債は企業や家計の過大な債務を肩代わって膨れ上がった「身代わり地 蔵」であると説明してきた。国債は、バランスシート調整に伴う損失処理のプロセスのなか、政府が金融機 関(そして企業・家計から)段階的に債務を肩代わりする際の「時間を確保する器」の機能を果たす。悪く言 えば、債務問題の「先送りの道具」であった。日本の1990年代以降のバブル崩壊において、企業の債務過 剰問題が議論されたが、それから30年近くが経過し、日本企業の債務負担は極めて軽い、日本企業は「筋 肉質」の状況にある。一方、長年にわたる債務負担の肩代わりの結果、国債残高が巨額に達した。下記の 図表は、筆者が1990年代から用いてきたバランスシート調整の「段階的」概念図である。バランスシート調 整の基本形は次の3原則、①債務の肩代わり、②成長戦略による債務処理原資の確保(多くの場合は自 国通貨切り下げ)、③先行き期待改善のパッケージである。まず先に、国債を用いた債務の「肩代わり」が 行われる。次に、同図表の左側に示したように債務負担処理原資を確保した上での損失処理が必要にな る。負担処理の原資は、理想的には新商品開発や生産性向上等で新たな市場を確保することだが、現実 には海外への依存、自国通貨切り下げ政策がとられてきた。その結果、図表の右側にあるように先行き期 待を改善させ、資産価格を改善させることが必要とされた。以上の債務肩代わりプロセスが日本では完了し、 さらに金融機関の国債は日銀が肩代わりするという最終段階になった。それゆえ、企業も金融機関も本来 なら前向きな投資に動いて良いにもかかわらず、経済活動が盛り上がらないのはなぜだろうか。 ■図表:バランスシート調整の最終局面概念図 (肩代わり) 成長戦略 企業・家計 国 財政・金融政策 の一体化 日銀による 国債金利リスクの 肩代わり 債 量的金融緩和(国債購入) 国債市場管理相場化 日 (資料)みずほ総合研究所作成 1 銀 先行き期待改善 政府(公的セクター) 負担の順序 財政拡大 海外資金 生産性向上 外需( 自国通貨安) 金融機関 リサーチTODAY 2017 年 1 月 27 日 この問題の答えとして、長年の債務調整のなかで民間経済主体の先行き期待が低下し、その結果、過 去の履歴を背負う適合的期待形成によって、足元の民間経済活動が回復しても、マインドが改善しにくくな ったためと筆者は説明してきた。日本の経済主体の行動パターンが、先行き期待の高い「肉食系」から「草 食系」に進化すると、なかなか元に戻りにくいとした。先の図表で示したように、政府が債務を肩代わったに もかかわらず、民間経済主体が依然慎重な行動にあるのは、単に過去の履歴を背負う適合的期待形成だ けによるものではない。依然、国債残高の大きな塊が債務として存続している以上、いずれ大幅な増税が 行われると国民が考えれば、国民の意識は慎重化したままになる。同様に、国債を大量に抱えた日銀がい ずれ国債を売却し、金利が上昇すると予想すれば金融機関の行動も慎重化しやすい。先の図表で分かる ように、肩代わりが終わっても、依然として債務は残存するため、結局、民間経済主体の負担意識が続くと の見方もある。こうした考えは、財政学では「リカードの中立命題」と呼ばれ、教科書的な見方の一つである。 また、財政当局が財政再建と増税の必要性を国民に語れば語るほど国民の負担意識が拡大しやすい。 下記の図表は、債務の肩代わりからの出口戦略で、増税不安や日銀による金利上昇の不安が生じ、国 民が慎重な姿勢をとることを示したものだ。一方、非伝統的な出口戦略においては、ヘリコプターマネーの バラマキや、増税による負担の先送りを行うこと、日銀の保有国債の売却を抑制することが選択肢になる。 一般的に、日銀の国債直接引き受けで資金を配るような、打ち出の小槌のようなヘリコプターマネーは正 当化しにくい。ただし、現実に債務負担が先行きの期待回復を阻んでいる以上、一定の負担意識の軽減 は不可欠だ。今日、財政を重視した物価水準の財政理論(FTPL)が再び脚光を浴びているのは、このよう な事情が背景にある。もちろん、恒久的なマネタイゼーションには規律ある枠組みも必要になる。 2017年はデフレ脱却への道筋を確かなものとするために、疑似ヘリコプターマネー的なもの、すなわち、 政府が増税はすぐに行わないとのコミットを行い、同時に日銀もバランスシートの縮小を行わないとのコミッ トを行うような対応が選択肢となることもあるのではないか。こうした対応は年後半に予定される衆院解散総 選挙に伴う選挙対策になる可能性もある。 ■図表:債務の肩代わりのなかでの出口戦略 (債務の肩代わり) 将来の増税や金利 上昇への期待を受 けて需要が減退 企業・家計 ヘリマネに歯止めが かからなければハ イパーインフレも 金融機関 非伝統的出口戦略 財政拡大 従来の出口戦略 政府(公的セクター) 国 財政黒字で債務返済 債 財政・金融政策 の一体化 日銀による 国債金利リスクの 肩代わり デフレ脱却で実質債 務を削減 量的金融緩和(国債購入) 国債市場管理相場化 日 日銀が保有する国債 を金融機関に売却 銀 政府と日銀で既存の国債 の一部を償却(保有国債を 無利子永久債に転換) 財政スタンスはインフレ率 に応じた弾力的対応 恒久的マネタイゼーション には規律ある枠組みが不 可欠 (資料)みずほ総合研究所作成 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
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