宇都宮大学の実践と そこから見えるもの

2017.1.23
労働政策フォーラム in 栃木
多様化する仕事と働き方に対応したキャリア教育
~宇都宮大学の実践と
そこから見えるもの~
宇都宮大学
キャリア教育・就職支援センター
末廣 啓子
5学部
4研究科
地域デザイン科学部
国際学部
教育学部
工学部
農学部
国際学研究科
教育学研究科
工学研究科
農学研究科
大学院学生数 828 名
学部学生数 4,160名
教職員数 644名 (うち、教員 432名)
平成28年5月1日現在
末廣啓子
大学に来て驚いたこと;
①経済社会の変化の中で人の働き方・働かせ方が
かつてなく変化・多様化していることが
学生・大学に伝わっていないまま、学生がアルバイト先や
就職先を選択して社会に出ていく
②「就活」の勘違い、 企業が求める人材と、
学生が思っている「企業の思い」との大きなギャップ
「即戦力、資格が必要」 「会社は『人間』を見ている」ことがわからない
「就職内定がゴールではない」ことがわかっていない、
理想の対極にある「会社勤め」(「社畜」など)、
「働く大人の当たり前の思い」が伝わっていない(親・先輩の背中を見て育つことが
できない)・・・・・・・・・
……学生の就活への不安は増すばかり
末廣啓子
では、どうするか; まず以下のプログラムの実施か
らスタート
・ まず、自分たちが生きていく社会,企業や働き方の実
態がどうなっているのかを正しく理解させ、関心を持たせ、
自分のキャリア形成との関わりを考えていけるようにする
ことが重要ではないか
初年度に、労働問題を丁寧に解説し自分との関わりを
考えさせる授業を開講
末廣啓子
・視野を広げ、自分たちが羽ばたける可能性を実感
してほしい
地方の学生にとって関心はあってもなかなか触れ合う
機会の少ない、世界ではばたく企業の中枢で全体を
見ている責任者にシンポジウムや分科会で直接学生
と語り合ってもらう「キャリアフェスティバル」という大行
事を全学生対象に実施
・入学後の早い時期に、進路選択や就職活動の意味、
大学生活の送り方についてメッセージを送る必要がある
新入生に対するガイダンスの実施
末廣啓子
<宇都宮大学のキャリア教育・就職支援>
平成19年1月
キャリア教育・就職支援センター発足
●4年一貫のキャリア教育
入学時から卒業(実態としては大学院卒業まで含む)まで
一貫したキャリア教育を行い、そのために、
キャリアセンターの行う低年次生中心の全学共通のキャリア教育と
専門教育の中でのキャリア教育の充実・連携を図ることを明確化。
●手厚い就職支援
個別相談の充実
3年生以降の学生を中心に多様で多頻度の就職ガイダンス・セミナーの
実施 未内定者への手厚いフォロー
末廣啓子
キャリ教育・就職支援センターの構成







センター長
副センター長
協力教員
協力教員
協力教員
協力教員
協力教員
教育・学生担当理事
専任教員(教授)
地域デザイン科学部教員
国際学部教員
教育学部教員
工学部教員
農学部教員






キャリア教育ワーキンググループ

副センター長(座長)

地域デザイン科学部教員

国際学部教員

教育学部教員

工学部教員

農学部教員

室長
末廣啓子
室長
常勤職員 3名
再雇用職員 1名
非常勤職員 2名
コーディネーター 1名
キャリアアドバイザー 4名
4年一貫のキャリア教育
入学時から開始
・新入生へのガイダンスの実施
進路選択と就職活動の意味、大学生活の
送り方について話をする
(入学式終了後の新入生及び
その家族向けガイダンス、各学部ごとの
オリエンテーションにおけるガイダンス)
・各学部での導入キャリア教育を必修化
当面、学科ごとに行う必修の初期導入科目の中で、
その年度の担当教員が、その学問の社会的意義
や先輩の生き方なども含め導入キャリア教育を
2コマ教える(23年度~)
そのために、毎年キャリアセンターで、担当教員向け
研修や結果報告に基づくフィードバックと更なる
働きかけを実施
末廣啓子
学生を見ていて懸念されること
■ コミュニケーションの力などの社会人として必要な能力の不足、自己肯定感の
低さ、等
■ チームワークが苦手、議論をしない、批判しな い、とりあえず受け入れる
(互い に傷つき、傷つけたくない?)、戦わない、失敗を非常に恐れる
その背景として見えること
■
■
マニュアルや親の指示で育ってきた
放り出されて自ら考えて対処するという経験をしないまま大学まできてしまった
らしい
遊んだことがない(自ら工夫して)
遊びの中で身につくはずの他者理解や他者との距離の取り方、関係構築が
困難 になっているようだ
■
ネットの時代に育ってきた
■
右肩下がりの時代、 しかし相対的に豊かな社会で生まれ育ってきた
末廣啓子
特に卒業後の進路選択・就職活動に向き合う学生たちの問題は
・足下では経済情勢により新規大卒者の就職状況は全体的に改善しつつも、前述のように
人の働かせ方が大きく変わり、企業の厳選採用が続いている。その中で、多くの学生が
入学時点から就職について不安にかられている。 就活で心が折れる者もいる。
・安易な安定志向(公務員志向)、安易なフリーター志向がいる一方で、フリーター・ニート
予備軍への恐れを抱える者も多い。
・情報過多で情報不足の時代、リストラ、パワハラ、ブラック企業など職場の厳しさに関する
情報で、多くの学生が不安を抱えている。(SNS頼み、過剰なまでの「就活」志向など)
最近指摘される女子学生の両立への不安、専業主婦願望等の保守化傾向の一因でもあろう。
また、働く人のいわば「当たり前」の感覚が伝わりにくい。
・発達障害、交通事故の重い後遺症等、家族の理解も含めた特別なケアが必要な学生が増加
(就活で初めて発覚・自覚するケースもあり)
・一方、「前のめり」、「強い思い込み」で就活に走る、あるいはNPO,起業家を志向する
学生がいる。
さらに、
・ネットによるエントリー等の採用方法の問題や、「キャリアブーム」の中でマスコミや
就職支援ビジネス、あるいは不適切なキャリア教育が、労働市場や企業についての誤った
現状認識を与えたり、「自己理解」「適職」などと言うあまり学生がその強迫観念のなかで
一歩踏み出せない状態を招来している。
・・・・・・とまどう、たたずむ、逃避する、安易なパターン化をする
末廣啓子
宇都宮大学のキャリア教育の目指すもの
■生き生きとした現実・事実を知らせ、見せ、感じさせ、考えさせ、
正しい現実理解と広い視野を持たせる。
■ 主体性(自分のことだけでなく社会を変えるのは自分たちだ
という意識も含め)と起業家精神を育む。
そのためベースとして、まず、経済、企業経営の動向、産業・職業、
働き方の多様化等働くことに関わる問題の正確な認識と、身を守る
術としての労働法制度等を理解させる。
それが自分と社会との関わりを考えるきっかけとなって、どういう生き
方、働き方をするのかの自己理解と次へのステップにつながる
⇒⇒就活生対象の手厚い支援策と相俟って、卒業時の納得
のいく進路選択や就職活動、更に職業生活につながっていく
末廣啓子
キャリア教育の具体的な目標
①多様な働き方の中から選択する力をつける
学力・専門知識はもちろん、職業や働き方の仕組みや課題など働くことに関わる問題の認識と
リアルなものに触れることによる気づき等により
②社会人、職業人として必要な基本的な能力を身に付ける
③自分と社会、働くこと、職業との関わりを考える。さらに、その社会を担い、
貢献し、変えていく存在としての自分を認識する。
④身を守る術としての労働者保護の法制度・対策、労働組合等を理解する
⑤自分の望む職業生活へ至るステップや情報へのアプローチを理解する
宇都宮大学の実践例
授業)講義や演習のほかに、生身の職業人との直接対話、企業の責任者による業界・企業
経営の方向についてのパネルディスカッションへの参加、労働組合の人の講義、フリーター
へのインタビュー、キャリアモデルへのインタビューとグループ討議・発表での共有等多彩な
手法で実施
授業以外) キャリアフェスティバル、自己理解セミナー、労働法制セミナーや仕事と家庭の
両立セミナー、課題発見・解決型インターンシップ等
末廣啓子
実施にあたっての特徴
実施体制
キャリア教育と就職支援を一体として取り組む体制
その中で教員と職員が一体となって取り組んでいる。
産業界や地域との連携
全学共通のキャリア科目の授業や諸事業は産業界や行政、NPOの協力不可欠
地元企業の正課内外のプログラムへの参加、県産業振興部局との連携での
企業説明会実施等々 (県内の経営者団体、大学、行政が一堂に会して
外国人留学生の就職に向けた体系的支援を行う協議会もある)
学生の力の活用
就職先が内定した学生による自主的な後輩の就職活動支援を行う就活応援団
(JUST)と1,2年生チーム(WILL)を設け、活動を支援(若手職員とのコラボレー
ション)
末廣啓子
こうして数年が経過、一定の成果あり・・・・・
しかし、
学生が議論しない、コミュニケーションの力が足りない、失
敗を恐れる、リアルな企業人との触れ合いの機会がないな
どの傾向が見られるなか、
チームワーク、職業意識、チャレンジ精神、課題解
決力、リーダーシップなどの社会人としての基礎的
な能力を養い、企業や企業人をよく理解するための
プログラムがもっと必要
末廣啓子
課題発見・解決型インターンシップ
(長期にチームで企業に関わりその課題を発見・解決すると
いうインターンシップを25年度開発、翌年から本格実施。学
部の教員とNPOの協力も得ながら一年生から対象に実施)
キャリア科目授業「起業の実際と理論」
(起業、NPO立ち上げや起業家というものを身近に感じ、自
らの生き方・働き方、職業選択の選択肢の一つであることを
理解し、起業のプロセスを知るとともに、ゲストとの直接の対
話、アイデアを形にする体験を通じ、起業に限らず様々な場
面で求められる起業家精神を養う。
25年度からは宇都宮市と連携、市民受講者と学生がチーム
を組み、市内の企業家も多数参加して講義・アドバイス)
末廣啓子
授業の効果について
1 課題発見・解決型インターンシップ(平成25・26年度報告書より)
学生自身の自己評価であるが、事前事後の変化においては、総じて、全ての力がプラスになっ
ている。特に、受入企業での体験とその課題解決に向けたプロセスを通して、主体性、社会性/
組織への貢献、思考力/構造的な理解力、思考力/論理的な理解力、企画力/情報感度、企
画力/仮説設定力、マネジメント力/状況分析力、マネジメント力/状況対応力、社会の中のも
のごとのつながりの認識、様々な立場や役割の総合の関わり合いの認識、過去からの資源に
対する認識、社会での取り組みの持続可能性への配慮が大きく変化した。
5.00
4.50
4.00
3.50
3.00
2.50
2.00
1.50
1.00
0.50
0.00
1-10
コ
ミュ
ニ
ケー
ショ
ン能
力/
チー
ム
ワー
ク力
1-11
思考
力/
構造
的な
理解
力
1-12
思考
力/
論理
的な
理解
力
1-2
主体
1-1
性/
主体
前向
性/
きに
自己
行動
責任
する
力
1-3
成長
意欲
/
謙虚
に受
容す
る力
1-4
成長
意欲
/
自己
変革
習慣
1-5
実現
力/
信念
を持
ち続
ける
力
1-6
実現
力/
結果
への
責任
とこ
だわ
り
1-7
社会
性/
組織
への
貢献
1-8
社会
性/
社会
への
貢献
1-9
コ
ミュ
ニ
ケー
ショ
ン能
力/
察す
る力
事前(26年度)
2.83
3.00
3.33
3.00
2.83
3.17
2.67
2.67
3.17
3.08
2.67
事後(26年度)
4.08
3.67
4.25
3.58
3.17
3.75
4.00
3.33
4.00
3.50
3.92
伸び幅26年度) 1.25
0.67
0.92
0.58
0.33
0.58
1.33
0.67
0.83
0.42
1.25
n=12(26年度)
1-14
1-13
企画
企画
力/
力/
仮設
情報
設定
感度
力
1-15
マネ
ジメ
ント
力/
状況
分析
力
1-16
マネ
ジメ
ント
力/
状況
対応
力
1-17
社会
の中
の
もの
ごと
のつ
なが
りの
認識
2.17
2.42
2.67
2.58
2.75
2.50
3.75
3.33
3.75
3.83
3.92
3.83
1.58
0.92
1.08
1.25
1.17
1.33
末廣啓子
1-20
1-19
世界
地域
規模
への
の視
理解
野
1-21
過去
から
の資
源に
対す
る認
識
1-22
将来
のビ
ジョ
ンを
描く
力
1-23
社会
の中
に計
画や
ビ
ジョ
ン
を具
現化
して
いく
力
2.83
2.92
2.67
2.42
3.00
2.33
2.42
4.08
3.33
3.58
3.83
3.75
3.08
3.75
1.25
0.42
0.92
1.42
0.75
0.75
1.33
1-18
さま
ざま
な立
場や
役割
の相
互の
かか
わり
あい
の認
識
1-24
社会
での
取り
組み
の持
続可
能性
への
配慮
2 労働問題の理解に向けたキャリア教育授業の意義と可能性
(「人間と社会」27年度受講生の受講後の129名のレポートの分析による)
授業における労働問題の理解とは、
業界理解や個別の労働の実態や対策・課題の理解にとどまるのではなく、
それぞれの問題の背景には社会・経済・政治や人々の意識・行動のダイナミックな
動きがあり、そうしたダイナミックな社会の一員として生きていく存在としての自分を
認識し、そこから社会を支え、また、変えていくのは他ならぬ自分たちであるという
ことにまで思いが至ること
受講後の学生のレポート・感想には、
労働問題への関心や問題意識の高まり、社会についての理解の深まり、働くということについての意欲
や認識の高まり、進路について視野や選択肢の拡大、学業への意欲の高まり、これからやるべきことの
理解、等が書き綴られている。
・大学に入学し、私はアルバイトを始め、人生で初めて”労働者”という立場になった。この授業で
学んだことを心に留めて、一労働者として責任を持って仕事をしていきたいと思った。
・労働とか社会だけでなく、様々なことに対し、自分で考え調べることの大切さを知りました。
・社会が自分の働く場所と言うだけでなく、自分たちのために変えていける動きのあるものだと
いう印象を持った 等
(出所;末廣啓子『大学のキャリア教育における労働問題の理解に向けた教育の意義と効果』平成28年3月「宇都宮大学教育学部
紀要」第63号p279~295 より)
末廣啓子
<キャリア教育の課題>
■教育の世界で考えること
・キャリア教育への取り組みとは、
教育本来の役割、教育そのものではないか
キャリア教育は、学生・生徒の学校生活、学修への
動機付けでもある
全学をあげて、初年次から体系的に取り組むべき課題
初等・中等教育での取り組みが重要
大学では
①個々の専門分野の学問の社会的な意味付け、貢献、そこで
学んだ人の生き様、働き方、を学生に明示する
②担任教員による個々の学生の指導や支援の充実
末廣啓子
・教える側の問題としては、
①個々の教員でなく如何に学校に知識・経験・ノウハウ
を蓄積するか
②教える側の人材をどう育てるのか(特に初等・中等教育)
柔軟な発想とアイデアは特にキャリア教育には不可欠
労働・雇用の実態についての基本的理解は必要
*外部への広い視野、豊かな企画力を持つ教員を
育てるには・・・
*外部の人材、地域の人材の力を借りることの重要性
そのための日頃からのネットワークの構築力必要、
どうやってつくっていくか・・・
・自己理解中心になりがちな「キャリア教育」 の見直し
末廣啓子
■社会全体で考えること
教育機関だけでは担いきれない問題までも「キャリア教育」は抱え込
んでいるのではないか
・学生・生徒がキャリア教育を受け必要な能力や意欲をもち希望を抱いて社会に船出したと
しても、活き活きとキャリアを紡ぎ成長を実感できるような、長期的観点から人をきちんと育
て使おうとする雇用の場がどのくらいあるのか、
・躓いて立ち止まったケアの必要な人に対する「居場所」機能が社会全体として
どう確保されているのか、
政治、行政、企業、労組、そして教育機関などの「おとな」がやるべきこと;
この国の産業・経済や雇用のありかた、人材確保・育成のありかたをどうするのか、
若者がわくわくした思いで参加できる働き甲斐のある社会を若者に示すこと
・「産学連携」「社会人基礎力」「グローバル人材」等のフレーズが飛び交い教育機関
への要請がなされる中で、
教育機関として真に必要なこと、役割は何かについての議論とコンセンサスが必要で
はないか。
末廣啓子
■改めて産官学の連携の重要性
・それぞれの立場から一緒に人つくりプログラムを企画・
実施していく
学校だけでは対応が難しい
例えば、ビジネス社会の現状や方向を理解する
企業人、職業人として当たり前のことをいかに若者・
子供に伝えるか、
(会社(組織)で働くとは、やりがい・働くことの思い・・・)
双方に有用なやりかたは?学校サイドの柔軟性も必要、
すり合わせ、時間をかけて積み重ね(その際、学校としての情報
蓄積や対応体制など学校側の「組織対応」不可欠)
・企業はもっと情報発信を。
双方が互いを理解し、変化するきっかけにも。
末廣啓子
最後に、
働くことの意味付けや働き方の多様化、働く人の多様化・・・・
若者世代を中心に確実に変わりつつある
学生の就職の意識も多様化している
積極的にも、消極的にも、多様な雇用・就業機会を主体的に選び取
って生きていくことが求められる時代。そんな時代に必要な教育は
何か・・・・
末廣啓子