急性痛

1 ● 慢性痛症候群とは
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痛みとは
痛みは脳で経験する不快な感覚・情動体験
急性痛
侵害刺激
何らかの原因で慢性化
器質的要因
心理社会的要因
精神医学的要因
改善
疾病利得
恨み
病態 など
骨の変形
関節障害
姿勢異常
神経の障害
など
学校 友人 家庭
様々な
職場(仕事内容,上司) 問題
目に見えないストレスも要注意
痛みとは,組織の実質的あるいは潜在的な障害に結びつくか,このような障害を
表す言葉を使って述べられる「不快な感覚,情動体験」である(国際疼痛学会:
IASP).
ほとんどの痛みは急性痛であるが,様々な要因によって痛みは慢性化する.それ
らは,関節や神経の障害といった器質的な要因だけでなく,ストレスや家庭環境な
どによる心理社会的要因や,疾病利得や恨みなどが関与した精神医学的問題なども
複雑に絡み合っていることが多い.
【急性痛】
原因が明確で,発症してから 3 か月以内.病理学的には創傷修復課程で基本的に
は改善するが,再発もあり.
【慢性痛】
画像所見などでも要因が確認できないが痛みが続いている状態で,予後が不明で
ある.器質的要因がきっかけになることが多いが心理社会的や精神医学的な要因が
複雑に絡んでいることが散見される.
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1.慢性痛症候群とは
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痛みの分類
発生部位による分類
● 体性痛(皮膚病,深部痛)
● 内臓病
●(関連痛)
原因による分類
● 侵害受容性疼痛……侵害受容器が反応したことによって生じる痛み
● 神経障害性疼痛
● 心理社会因子が関与する痛み
侵害受容器が関与しない痛み
経過による分類
● 急性痛(侵害受容性疼痛)
● 慢性痛(神経障害性疼痛や心因性疼痛の可能性が高い)
(関西医療大学中塚教授より改変)
痛みには,基本的には 3 種類の分類方法があり,それぞれに対処方法が違う.
①発生部位による分類
体性痛:痛む部位が限定されている.
●
皮膚痛……皮膚などの表面での痛み
深部痛……靱帯,骨(骨膜),腱や筋肉(筋膜)などの痛み
内臓痛:痛みの部位が明確でないことが多い.
●
:痛みを発生させている部位とは違う場所(周辺も含む)が痛む.
(関連痛)
●
※伝達経路に障害があり,そこから痛みの信号が増大して伝達さ
れる.
②原因による分類
侵害受容性疼痛:急性痛はほぼ侵害受容性疼痛である.慢性痛に移行するこ
●
とも少なくない.
神経障害性疼痛:神経損傷や疾患によって発生する.
●
③経過による分類
急性痛と慢性痛
●
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疼痛診療について
痛みの診療では,生物⊖心理⊖社会的モデルが必要
社会的
要因
文化的な営み・周囲との社会的な関わり・
社会における自己の役割
心理的
要因
疼痛顕示行動
個人の行動規範・痛みとの付き合い方・
感情・情動・痛みに対するとらわれ
生物学的
要因
解剖学的異常≒組織障害
(神経)生理学的異常
生物・医学還元論:
生物学的要因だけを
評価・治療の対象とする
慢性痛の診療には,器質的要因に対する診察以外に,患者の背景(家族成育,社会,
学校,仕事など)をしっかりと聞き出すことが大切である.慢性痛に苛まれている
患者は,心理社会的な要因,精神医学的な要因などが複雑に絡み合っていることが
多い.健常者に比べ,家庭や仕事,貧困,社会的孤立などの問題を抱えていること
が高率で見受けられる.このような背景から,過剰な疼痛行動や恐怖心,恨み・怒
りの感情や破局化思考などとして表出されるため,治療に困難をきたすことが多い.
また,事故や業務災害などにおける疾病利得が存在する場合,患者にとって“痛み”
が生活上重要な意味を持ってしまっているため,痛みに対する緩和を難しくしてい
る.
さらに精神医学的な問題が顕在化することもよく見られ,このような患者に対し
ては,神経障害性疼痛が認められる病態でも薬物療法が無効であることが多く,症
状に準じた治療を行うことが必要である.
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1.慢性痛症候群とは
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運動器疼痛における調査
10.0
14.0
5.0
13.0
-
12.0
以
人
口
15
万
19
口
人
郡
部
15.0
満
の
市
15.0
未
16.0
万
20.0
大
都
市
(%)
農
自 林漁
営 業
・
商
専 工
門
事 管理職
パ
務
ー 労 ・ 職
ト 務 技
・ ・ 術
ア 技
ル 能
バ
主 イト
婦
専
業
学
生
無
職
(%)
上
の
市
運動器疼痛―地域別頻度
17.0
15
運動器疼痛―職業別頻度
25.0
(Nakamura M, et al. J Orthop Sci. 2011; 16: 424-32)
運動器における疼痛では,体を動かす職業よりもむしろ,体をあまり使わない専
門職,1 日中机の前で作業するような職業のほうが疼痛を訴える頻度が高く.また,
大都市のほうが疼痛患者の多いことが示された.これらのことから,日常的に体を
動かさなければならない人よりも体を動かさなくても生活できる人のほうが運動器
疼痛を訴えることが多いことが明らかとなった.
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疼痛における社会的な問題
痛みの社会経済的問題―痛みが家族や社会に与える影響―
● 家族内に慢性痛患者が
5.0
いると発生頻度が高い
4.5
0.5
0
・
職
更
仕
事
失
・苦悩,QOL 低下など
退
●
変
測定困難なコスト
1.0
の
・生産性の低下
1.5
容
・欠勤,失業
(%)
職
●
転
間接的コスト
2.0
内
・医療費,薬代,代替医療
2.5
学
●
休
直接的コスト
3.0
・
● 痛みによるコスト
3.5
職
●
学
痛み行動の学習
4.0
休
●
人口あたりの頻度
遺伝的素因
■ 慢性痛あり
■ 慢性痛なし
•本邦では慢性運動器疼痛患者の 10% が就学 / 就労
の制限を余儀なくされている
→慢性痛患者の社会的損失(3700 億円!)
(Nakamura M, et al. J Orthop Sci. 2011; 16: 424-32)
慢性痛は,本人だけでなく家族や社会などにも影響を与えることが大きいことが
わかっている.痛みに苛まれるとそのことばかりを考え,完治させようと医療費・
薬代などが増えるため家計を圧迫する.また,仕事においては,痛いことを回避す
る思考が働き体を動かすことを怠るため,生産性が低下したり,病院通いのため欠
勤したりしたことにより,休業さらには失業する事例もある.それらの結果,QOL
が低下し,生活苦を強いられることも少なくない.これらは現在の急性痛の処置や
治療方法では改善困難であり,本邦においては大きな社会的損失となっている.
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