061-22 劫火 (22)

賢吾と感じ合った情熱と冷静さ。それをそっくりそのまま、今佐竹は倉沢と再現しているのだった。根底に流れ続けた
興奮と快感を互いに感じた夜。
悶えるような淫靡さと高次元での精神の交わり。何かの意地のように最後の一線を越えず、それなのに異様なまでの性的
賢吾との夜をひたすら待った。燃え滾る賢吾の身体を佐竹が鎮める。それは異国の地でのもはや儚い儀式となっていた。
なって戻ってきた。憔悴しきった顔の時もあれば、瞳に獰猛な光を宿している時もあった。佐竹は一人街中をぶらつき、
ば、あれは滝川の足跡を探していたのだった。何も言わず、佐竹をホテルへ残したまま賢吾はふらっといなくなり、夜に
ハノイ、ホーチミン、クアラルンプール。二泊三日、もしくは一泊二日で賢吾は何かを追い続けていた。今にして思え
てしまっても、俺はいつまでも賢吾を忘れられない。
れることを賢吾は瞬時に理解したはずだ。滝川を殺害する直前、俺を赦してくれと言った賢吾。覚醒した賢吾が俺を忘れ
研修所で浩二とすれ違ったあの日。違う時空から賢吾はそれを見ていた。俺がいずれこの世界に残り賢吾や誠吾から離
﹁どこでも、浩二の行きたいところにしよう﹂
﹁ハノイは？﹂
賢吾には、もう二度と逢えないのだ。
見鬼である俺は本気で賢吾を愛してしまった。何十年、何百年、もしかしたらそれ以上の時空を超えて追い続けた朝倉
ページを繰る倉沢の指先を眺めながら、佐竹はその肩に頭を乗せた。
かった。首筋に触れる賢吾の唇の感触、髪を梳いてくれた指先。あれは賢吾の精一杯の愛情表現だった。
が愛おしかった。屹立した佐竹自身は賢吾の脚に触れたまま、きつく抱きしめられると身動きが取れず死ぬほど恥ずかし
症になりかけた俺を賢吾は一晩中抱きしめてくれた。佐竹の腹に賢吾の硬くなったものが当たり、何度も体勢を変える彼
倉沢と旅行のパンフレットを吟味しながら、佐竹は賢吾との記憶を追い続けていた。バンコクでのあの熱い夜。低体温
579
別離の恐怖と戦う必要はもうなくなった。見鬼をやめ、ただの人間としてひとりの男を愛し、そして愛されることがこん
なにも心地よく、温かく、そしてやるせないとは。
佐竹は心の中で微笑んだ。
ひとつの記憶に帳を下ろす。それがこんなにも切なく、狂おしいほどに胸が締め付けられるなんて。
﹁バンコク。決めた﹂
﹁いつにする？﹂
﹁夏は暑いだろうな﹂
﹁死ぬほど﹂
﹁それなら冬にしよう﹂
倉沢がパンフレットを置いて佐竹の肩へ腕を回した。
﹁何か考えてるだろ﹂
佐竹は黙って倉沢の声を聴いていた。
﹁俺も伊織の記憶を共有したい﹂
穏やかな低い声。
﹁何を思っているのか知りたい﹂
佐竹は身体を起こし、倉沢を見つめた。
﹁知らなくていいことを知って苦しむかもしれない。だが、それでもいい﹂
どうして。
﹁苦しかった記憶をすべて吐き出してほしい。それで少しでも楽になるなら﹂
どうしてこの男は、こんなにも俺を。
佐竹は微笑んだ。
580
心配性なんだから、と佐竹が言うと、倉沢は照れたように微笑んだ。
﹁大丈夫﹂
﹁ああ・・・・。危ないまねだけはしないでくれ﹂
﹁次長の件を片付けたら旅に出よう﹂
倉沢は少しほっとしたような顔をした。両手でそれを包み込み、佐竹は軽く唇を合わせた。
赦されるだろう。
﹁そうか﹂
これくらいの嘘は。
﹁さっきから考えているのだけれど・・・・。いろいろあったはずなのに、もうあまりそれを覚えていない﹂
倉沢の両目が佐竹の動きを追う。
﹁それが・・・・思い出せないんだ﹂
581

Download Report