2017年の経済展望 日本銀行長崎支店長 篠原壽成

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2017年の経済展望
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2017年の経済展望
日本銀行 長崎支店長 篠 原 壽 成
昭和60年 3月 慶應義塾大学経済学部卒業
昭和60年 4月 日本銀行入行
平成10年 4月 国際局調査役
平成13年 2月 発券局調査役
平成14年 7月 国際局調査役
平成15年12月 外務省へ出向
平成17年12月 国際局企画役
平成22年 7月 国際局国際収支課長
平成23年 7月 システム情報局情報システム開発課長
平成25年 6月 盛岡事務所長
平成27年 6月 検査室参事役
平成28年 5月 長崎支店長
1.はじめに
な増加が、緩やかな成長を牽引しています。
中国経済は、年率+6%台の成長となる中、
新年あけましておめでとうございます。
足許は、輸出・生産面を中心に幾分減速した
昨年は、熊本地震の影響から九州沖縄地方
状態となりました。中国以外の新興国・資源
の経済活動が一時的に急速に下押しされる局
国経済については、一部で減速していました
面もありましたが、達観してみれば、日本経
が、景気刺激策の効果やIT関連財を中心と
済、長崎県経済共に、一昨年に引き続き、緩
した輸出・生産面の持ち直しの動きもみられ
やかな回復基調を続けました。本稿では、海
ています。
外経済情勢を概観したうえで、日本経済、長
こうした動向を受け、昨年10月公表のIMF
崎県経済について、概況および2017年の動き
世界経済見通しでは、2016年の世界経済の成
を展望してみたいと思います。
長率は+3.1%となり、前年(+3.2%)対比
で僅かながら減少する姿となっています。
2.海外の経済情勢
先行きの海外経済ですが、メインシナリオ
は、先進国の着実な成長が続く中、その好影
海外経済は、新興国の一部に弱さが残って
響の波及などから、新興国経済も徐々に回復
いますが、全体としては、緩やかな成長が続
して行くというものです。この結果、世界経
いています。
済全体として、成長率を徐々に高めて行くと
主要地域別では、先進国経済は、雇用・所
思われます。
得環境の改善が続いており、家計支出の堅調
因みに、IMFの見通しでは、2017年の世界
ながさき経済 2017. 新年号
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図表1 IMFによる世界経済見通し
経済の成長率は、+3.4%と前年より伸び率
を辿りました。個人消費は、全体としては、
を高めています。
雇用・所得環境の着実な改善を背景に、底堅
なお、2017年の海外経済をフォローするに
く推移しました。もっとも、各種の販売統計
あたっては、米国新政権の下での経済政策運
をみると、百貨店売上高が、昨年初以降の株
営について、その方向性や影響を良く見て行
価下落を背景とした富裕層向けの販売減や、
く必要があります。また、英国のEU離脱問
中国の関税強化の動きなどを受けたインバウ
題とその帰趨、欧州債務問題の展開、新興国・
ンド需要の伸び悩みから弱含みましたし、乗
資源国経済の動向、地政学的リスクなどにつ
用車販売が、燃費不正問題などから一時的に
いても注視して行く必要がある点、指摘して
減少するなど、弱めの動きもみられました。
おきたいと思います。
住宅投資は持ち直しを続け、公共投資は、下
げ止まりから横ばい圏内の動きとなりました。
3.日本経済の動向
日本経済は、緩やかな回復基調を続けてい
ます。実質GDP成長率は、2016年入り後は
3期連続での前期比増加となりました。
海外経済は、前述のとおり、緩やかな成長
を続けており、こうした下で、輸出は、持ち
直しに転じています。
内需については、設備投資は、企業収益が
高水準で推移するなかで、緩やかな増加基調
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ながさき経済 2017. 新年号
図表2 実質GDPの推移
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図表3 消費者物価の推移
公共投資では、大型経済対策による効果も期
日本経済の先行きについては、当面、昨年
待されています。
来の動きを維持した後、緩やかな拡大に転じ
こうした内外需要を反映して、鉱工業生産
て行くとみられます。
については、輸送用機械で、熊本地震による
国内需要は、極めて緩和的な金融環境と政
サプライチェーン問題や燃費不正問題の影響
府の大型経済対策による財政支出といったポ
が一時的にみられましたが、全体としては、
リシーミックスが効果を発揮する中、企業・
横ばい圏内の動きを続けました。
家計の両部門において所得から支出の前向き
物価面では、消費者物価の前年比は、エネ
の循環メカニズムが持続するもとで、増加基
ルギー価格下落の影響から小幅のマイナスで
調を辿ると思われます。海外経済も、徐々に
推移しました。また、中長期的な予想物価上
成長率を高めて行くものと思われます。この
昇率も我が国の予想物価上昇率の形成に特徴
ため、わが国の輸出も基調として緩やかに増
的な「適合的」な傾向もあって、上昇率が低
加するものとみられます。
下しました。
物価面では、エネルギー価格のマイナス寄
こうした経済、物価情勢の中、日本銀行は、
与が剥落するほか、マクロ的な需給バランス
昨年1月に「マイナス金利付き量的・質的金
が改善し、中長期的な予想物価上昇率も高ま
融緩和」を導入しました。また、9月には、
るにつれて、上昇率を高めて行くと思われます。
金融政策決定会合において「量的・質的金融
緩和」導入以降3年間の経済・物価動向と政
策効果について「総括的な検証」を行い、そ
の検証結果を踏まえて、金融緩和強化のため
の新しい枠組みである「長短金利操作付き量
的・質的金融緩和」を導入しました。
ながさき経済 2017. 新年号
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4.長崎県の経済動向
が続いています。一方、雇用者所得は、持ち
直しの動きが一服しています。
(2016年の動向)
日本銀行長崎支店が実施した長崎県・企業
2016年中の長崎県経済は、春から夏場にか
短期経済観測調査(所謂「短観」)において、
けて、熊本地震の影響が一部にみられました
全産業(139社)ベースの業況判断D.I.(業況
が、全体としては、底堅さを堅持し、緩やか
感が「良い」とする先の割合から「悪い」と
な回復基調を続けました。
する割合を差し引いたもの;%ポイント)を
最終需要面では、公共投資は、県庁舎建設
みると、2015年3月調査の+15を最近のピー
工事や新幹線関連工事などの大型工事を中心
クとして(これは、1991年11月調査における
に増加しました。設備投資は、増加の動き自
+13以来の高水準)
、2015年中は+10を超え
体は一服していますが、製造業では、更新投
るレベルを維持していました。しかしながら、
資や効率化・省力化投資、新製品開発投資な
2016年入り後は、3月調査の+11から6月調
どが引き続き増加しています。個人消費は、
査で+1に大きく悪化しました。その後は、
夏場の天候不順などの影響から一部に弱い動
9月調査で+8、12月調査では+12と推移し
きもみられましたが、昨年を通してみれば、
ており、結果的に、6月をボトムに改善する
底堅く推移しました。観光関連(観光地、飲
姿となりました。
食・宿泊関連)は、熊本地震の影響から、夏
以下では、製造業、非製造業に分けて、こ
場にかけて一時的に大きく落ち込みましたが、
の間の動きを追ってみたいと思います。
秋口以降は持ち直しに転じています。住宅投
資は、金融が緩和した状況が続く中、実需に
(1)製造業
支えられて持ち直しています。生産は、横ば
製造業は、当地基幹産業である造船業で、
い圏内の動きです。労働需給は、緩やかな改
高水準の受注残を確保していることなどから、
善が続く中、業種によっては人手不足の状況
生産は、横ばい圏内の動きとなっています。
図表4 短観 業況判断D.I.(全産業)
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しかしながら、業種によっては、新興国経
12月調査(+4)では、7期振りでプラスに
済の減速や荷動き鈍化の影響を受け、2016年
転じました。
前半にかけて新規受注の減少に直面する先が
みられました。また、昨年初以降の為替円高
(2)非製造業
に伴う採算悪化に伴い、減益を余儀なくされ
非製造業では、好調裡に推移していた観光
る向きもみられました。このほか、食品製造
関連が、熊本地震の影響から一時的に失速し
業などでは、上半期を中心に熊本地震の影響
ました。こうした動きは、各種統計にも明確
を受けて、減収を余儀なくされる先も散見さ
に表れており、県内主要観光施設入場者数は、
れました。更に、人手不足に伴うコスト増も
2016年5月前年比△29.1%、6月同△22.3%、
引き続きみられています。
県内主要ホテル・旅館宿泊者数が5月同△
もっとも、年後半にかけて、機械関連産業
34.4%、6月同△26.3%と大幅な落ち込みと
などでは、新興国経済で前向きの動きがみら
なりました。
れ始める中、受注回復の兆しがみられたほか、
但し、長崎県の場合は、地震による直接の
電子部品関連などでも車載向けなどが堅調に
被害が殆どみられなかったこともあって、夏
推移するなど、明るい材料もみられました。
場以降は徐々に落ち着きを取り戻し、観光関
また、当地主力産業である造船関連で、高水
連業種は、秋口以降、全体として持ち直しに
準の受注残を背景に高操業が継続しているこ
転じています。
とも、全体の景況感を下支えしています。
長崎県の観光を巡っては、長崎市が観光庁
こうした状況を反映して、短観の製造業の
の「観光立国ショーケース」の一つに選定さ
業況判断D.I.は、2015年6月調査から2016年
れたことや国の文化審議会で「長崎と天草地
9月調査まで6期連続でマイナス水準で推移
方の潜伏キリシタン関連遺産」がユネスコの
する中、9月調査でマイナス幅が大幅に縮小
世界遺産国内推薦候補に選定されるなど、明
した(6月調査△11→9月調査△4)あと、
るい話題に事欠きません。また、クルーズ船
図表5 短観 業況判断D.I.(製造業)
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を中心に、インバウンド客の増勢も続いてい
との競合激化もあって、景況感に濃淡が生じ
ます。こうした情勢を勘案すると、熊本地震
ている模様です。
などに伴う一時的落ち込みから持ち直した後
こうした動向を受けて、非製造業の業況判
は、再び回復軌道に乗ることが期待されます。
断D.I.は、2016年6月調査では、主に熊本地
小売関係は、全体としては底堅く推移しま
震の影響から大幅に悪化しました(3月調査
したが、夏場の天候不順(長雨や高温など)
+20→6月調査+7)が、その後は、期を追
で百貨店、スーパーなどが一時的に前年割れ
う毎に改善しました(9月調査+14→12月調
を余儀なくされたほか、新車登録台数も軽自
査+16)。
動車の燃費不正問題の煽りを受ける貌で小幅
前年割れの状態となりました。一方、家電製
(2017年の見通し)
品などでは、リオデジャネイロオリンピック
2017年の長崎県経済は、業種や地域間での
の効果もあって、高品質テレビの売れ行きが
バラつきはあるにせよ、全体としては、巡航
好調裡に推移しました。個人消費は、総じて
速度で、緩やかに回復して行く公算が大きい
底堅く推移する中にあって、業種や時期に
と思われます。海外金融経済動向の不確実性
よって濃淡のあるまだら模様の展開となった
が高いことは懸念材料の一つですが、県内に
というのが実情です。
おいては、製造業、非製造業共に、現在、強
建設関連では、公共投資が、県庁舎建設工
力な下方圧力に晒されている業種がある訳で
事や九州新幹線西九州ルート工事等の大型案
はありません。観光関連業種など、拡大が期
件が継続する中、公共工事の前倒し発注も
待出来る分野もあります。
あって増加しました。住宅投資も、大幅に緩
もっとも、中長期的に、少し注意を払って
和した金融環境もあって、月次の振れを伴い
おくべき現象も幾つかみられています。
ながらも年後半にかけて伸びを高めました。
第1点目は、長崎県製造業の将来像につい
もっとも、建設関連企業の間では、県外資本
てです。
図表6 短観 業況判断D.I.(非製造業)
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ながさき経済 2017. 新年号
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当地の主力産業である造船業は、数年分の
おくことが期待されます。
受注残があるので、足許では、生産が大きく
第2点目は、長崎県の産業構造全体に関す
減少することはありませんが、受注動向を眺め
るものです。
ると、中長期的には、予断を許さない状況に
2016年中の長崎県経済の特徴の一つに、名
あります。数年後に操業度が落ちる時期が来
目(実質)賃金の動向があります。図表7は、
て、その後、再び回復軌道に乗るという循環
賃金指数の前年比をプロットしたものですが、
プロセスも想定しておく必要がありそうです。
2016年中は、概ね、前年割れの状態が続きま
このため、一定の生産水準を維持している
した。これは、労働需給が引き締まっている
今こそ、地域を挙げて、人材の確保・育成、
(人手不足)状況や、ベア、最低賃金の上昇
新たな海洋産業クラスターの形成など、将来
などの現象とは逆の動きにみえます。逆の動
に向けた布石を打つべきです。
きとなっている理由は、雇用者全体に占める
この点については、産官学を挙げて、様々
非正規雇用者の比率が上昇していることにあ
なイニシアティブがみられていますが、本年
ります。実際に、図表8をご覧頂きますと、
は、更なる前進を図り、一定の成果に繋げて
2016年入り後、非正規雇用者の比率がなだら
図表7 名目賃金と実質賃金
図表8 パートタイム比率
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かに上昇しています。ここから先は推測です
はないでしょうか。
が、第3次産業の方が、
(第2次産業対比で
また、第3次産業のウエイトの高まりに関
相対的に)非正規雇用を拡大し易いことを勘
しては、サービスの在り方への磨きを掛けて
案すると、県内産業全体に占めるサービス業
行くことも大切です。サービス業に磨きをか
(医療・介護サービス、飲食・宿泊サービス
けることは、「おもてなし日本一」を目指す
など)のウエイトが高まっている可能性があ
長崎県の皆さんの得意分野です。また、消費
ります。
者や観光客目線でのモノづくりの発想といっ
長崎県でも少子高齢化が進んでいる事実や、
たものも益々大切になると思います。こうし
インバウンドの増加に象徴される観光関連産
た発想を大切にすることで、新機軸が生み出
業の拡大、裾野の広がりを考えると、県内の
される可能性もあります。
産業構造が一段とサービス化している可能性
長崎県では、先人の努力もあって、造船業
は、相応にありそうです。そうであれば、今
を中心に産業の集積もありますし、海洋産業
後は、産業構造のバランスや成長シナリオに
クラスター形成といった新たな動きもみられ
ついて、行政、経済界など関係者が足並みを
ます。豊富な人的資源にも恵まれていますし、
揃えて、注意を払って行く必要があるのかも
水産資源、観光資源も遍在しています。全国
しれません。
的な知名度もあります。更に、九州新幹線西
九州ルートの建設も進んでいます。
(長崎県経済の活性化)
長崎県では、長崎サミットプロジェクトや
個々の経済主体のレベルでは、こうした経
させぼ未来創造フォーラムに代表される様に、
済の動き、経済構造の変化に対して、これを
産学官が連携しての地域の活性化にも積極的
「逆風」と捉えるのではなく、むしろ「チャ
に取り組んでいます。こうした取り組みにつ
ンス」と考えて、今の環境を積極的に生かし
いては、成果に向けて一歩一歩進んでいくこ
て行くことが望まれます。
とが期待されるところです。
例えば、人手不足ですが、これは、IT技
長崎県の色々なアドバンテージを活用する、
術の活用などにより労働生産性を上げるチャ
内外に向けて長崎県の魅力をアピールする、
ンスでもあります。実際に、県内企業でも、
こうした努力が実を結ぶ、2017年は、そんな
ロボットの導入を始め、効率化・省力化投資
一年であって欲しいと思います。
を実施する先がみられています。また、量を
本年が、皆様にとって、実り多い一年であ
質で補うという観点からは、今一度、原点に
りますよう、心より祈念申し上げます。
戻って、事務フローの見直しを行ってみる、
事業の再構成を考えるなど、一段の効率化、
スリム化にチャレンジしてみることも必要で
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