岡田 益男 これからの新規磁性 材料開発について

巻 頭 言
これからの新規磁性
材料開発について
−超高圧合成による挑戦−
東北大学大学院工学研究科教授
岡 田 益 男
20世紀は生産活動を生活拠点とする「経済の世
新磁石材料を開発するヒントとして,これまで
紀」であったが,これから我々の目指す21世紀は
の永久磁石開発史を振り返ってみると,その開発
「環境重視の世紀」である。これは,自動車,電
にはセレンディピティと言えるドラマがあった。
気製品,住宅などに快適さや豊かさを追求した価
セ レ ン デ ィ ピ テ ィ と は お と ぎ 話 「 The Three
値観より,環境との両立性を重視した環境調和型
Princess of Serendip
(セイロン)」
(この主人公たち
の価値観へ移行することを意味する。従って,エ
は探してもいない珍宝をうまく偶然に発見する)
ネルギー効率の観点からすべての材料やシステム
の題名から造られた語で,偶然に幸運な予想外の
を個々に見直し,有限のエネルギーをいかに有効
発見をする才能という意味で使用されている。
に利用するかが重要となる。
日本における永久磁石開発の歴史は1917年に本
エネルギーの有効利用として,真っ先に挙げら
多光太郎先生のKS鋼開発により端を発し,OP磁
れるのが磁性材料の高性能化である。高い発電効
石,MK磁石,Fe-Cr-Co磁石,Mn-Al-C磁石,Sm2
率の利点から燃料電池開発が急ピッチで進んで
(CoCu)17磁石,Nd-Fe-B磁石,Sm2Fe17Nx磁石など
も,発電された電気で駆動するモーター効率が従
数々の新材料が日本で開発され,日本は世界にお
来前では,革新的な環境変化は望みようがない。
ける“永久磁石材料のメッカ”と言っても過言で
最近,自動車や電気製品メーカーの方から,ネ
はない。このような日本のお家芸とも言うべき永
オジム磁石を超える永久磁石の可能性について,
久磁石がどのように誕生してきたか,その背景を
また,より高い飽和磁化の磁性材料開発の可能性
分析すると面白い共通点がある。
について,尋ねられる機会が多くなった。それは,
それは新しい永久磁石材料のほとんどの発見が
ネオジム磁石は多くの製品に応用され,さらなる
実は永久磁石の専門家によって,なされてきては
改善の要求の声が高くなってきたものと推察され
いないことである。多くの方が他分野の専門家で
る。しかし,現在の学会での研究発表内容を見る
大胆な発想,情熱と偶然からもたらされたもので
限りにおいて,そのような声に,どこまで答えら
ある。(そのような画期的な新材料開発をするた
れるかは疑問である。
めの研究環境整備や研究手法への私見について,
日立金属技報 Vol.20
(2004)
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巻 頭 言
詳しくは「セラミックス」33,(1998)No.3, PP345-
素化物合成の研究者さえ,急遽(きょ),新規に
348を参照して頂きたい)その研究手法の1つの提
GPaオーダ超高圧合成装置を導入したほどであ
案として,他の分野の研究手法,実験手段,測定
る。
技術などを積極的に採用することがあげられる。
そもそも,このGPa超高圧の効果であるが,大
筆者は水素関連のプロジェクトに数年間,専念
きく分類して2つある。1つは元素の溶融点が上昇
し,新規水素関連化合物の合成方法として高圧合
することである。例えば,Mgでは融点が大気圧
成法が長年,大きな成功を収めていることを学ん
では650℃が,4GPaで900℃にも上昇する。すな
だ。特に,平成10年水素関連のプロジェクトを開
わち,Mgが溶解する温度で固相反応が進行する
始した当初,欧州では,MPaオーダの超高圧合成
ことが可能となるのである。2つめとして,元素
による新規水素化物探索が盛んであった。我が国
の原子体積が減少する効果がある。例えば,Mg
では,超高圧合成による新規水素化物に取り組ん
は5GPaで体積が10%減少する。従って,大気圧
でいたグループは皆無であり,そこで,筆者らの
下での原子半径より,小さな原子として化合物形
グループでは,プロジェクトの一環として,超高
成が可能となる。結果として,高密度な結晶構造
圧合成装置を導入した。
化合物が形成される。これらの効果はアルカリ土
我が国では,超高圧装置は酸化物超伝導体の遷
類金属や希土類元素に顕著である。このほかに
移温度を上昇させるためにGPaオーダのアンビル
GPaの超高圧下では,物性値は大きく変化し,物
型装置が設計・市販されていた。欧州ではMPaオ
性屋さんは熱心に現在研究に取り組んでいる。
ーダのオートクレーブ型装置が主流であったのと
GPaの超高圧下で引き起こされる現象の解明や合
対照的である。この圧力の差が,これまでの欧州
成法はますます盛んになるであろう。
の研究より,さらに新しい成果をもたらす契機と
なった。
法やメルトスパン法などは限界にあると判断され
通常は新規化合物の探索は困難なものである
るが,超高圧合成法による報告例は少なく,チャ
が,例えば,筆者の研究室では,GPaオーダの超
ンスがあると期待される。幸いにも,希土類元素
高圧装置により,Mg-Ni系,Mg-Cu系,Mg-Ca-H系
は超高圧の影響を受けやすい元素の1つであり,
など単純な2元系においてさえ,状態図にはない
著者らのグループは,本年度より,希土類─Fe系2
新規化合物が次々と合成され,沸き立っている。
元合金を主体に状態図にない化合物の合成から着
MPaで合成された,例えば,Mg3MnH7化合物でさ
手した。どんな新規化合物が合成されるのか,今
えも,GPaで合成すると,また,別な結晶構造に
から期待に胸を膨らませている。
変態することも判明し,欧州の権威と言われる水
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新規な磁性材料の開発方法として,従来の溶解
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