小売業における規制と規制緩和: 大店法を中心にして

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小売業における規制と規制緩和 : 大店法を中心にして
野方, 宏
静岡大学経済研究. 3(3), p. 137-155
1998-11-10
http://doi.org/10.14945/00001129
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小売業 における規制 と規制緩和 :大 店法 を中心 に して
論
説
小売業 にお け る規制 と規制緩和
:
大店法 を中心 に して
野
方
宏
I.は じめ に
Ⅱ.規 制 と物価
Ⅲ。大 店 法 を巡 って
Ⅳ .地 方 自治体 の独 自規 制
V.結 び に代 えて
I.は
:大 店 法廃 止 後 の課 題
じめ に
わが 国 にお いて規制緩和 の問題が論 じられるよ うになってか ら相当の時間が経過 した(1)。
古
くは1981年 に設立 された臨時行政調査会 (第 2次 臨調 )の 3年 にわたる活動 に よ り,電 電,国 鉄
,
(1)規 制緩和 という用語について一言述べておきたい。規制緩和 は言うまでもな く「deregulation」 の訳語 で
あるが,一 部に「規制撤廃」(な い し「規制廃止」)と いう用語を充てる論者がいる。
「de」 とい う接頭語 は
分離 。除去・否定を意味するから,訳 語 としては規制撤廃 の方が原語により忠実な日本語 ということができ
るかもしれない。 しかしながら,規 制撤廃 という言葉には「規制 を全面的に改め廃止する」
,「 規制を一律 に
すべて廃止する」 といったニユアンスが強 く感 じられる。一方,「 deregulation」 の実態をみると,こ うし
たニュアンスとは異なる事態が進行 している。例えば,今 年 4月 にスター トした「 日本版金融ビッグ・バ ン」
は金融業における本格的な「deregulation」 であるが,同 時に金融監督庁が設立され,早 期是正措置の導
入や金融検査・監督の強化 といった規制の強化がなされている (イ ギリスの電気通信 。電力 といつた公益事
業においても,民 営化を核 とす る「deregulation」 の一環 としてこれら産業 を規制す る新 たな規制機関が
設立されている このように「deregulation」 は,二 方 で既存の規制を「廃止」 しつつ ,他 方 で新 たな
規制の「導入 (な い し強化)」 を伴 うものである。こうした点を考慮すると,筆 者 は OECDな どが しば し
ば用いている「規制改革 (regulatOry reforln)」 とい う訳語が適切ではないかと考 えている。 しかし,既
に「規制緩和」 とい う訳語が定着 しているので,本 稿でも「規制緩和」 という言葉を用いることにする。な
お,OECD諸 国における規制緩和の論点 ををコンパ ク トにまとめたものとして川本 [1998]が ある
)。
,
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経済研究3巻 3号
専売 の 3公 社 の民営化 を柱 に した答 申がなされ(2),電 電 ,専 売 は1985年 に株式会社形態 に民 営 化
され,国 鉄 は1987年 に 6旅 客会社 ・ 1貨 物会社 に分割 ・民営化 された。1985年 7月 の 臨時行政改
革推進会議 (第 1次 行革審 )で は258事 項 の許認可 などについて の 是 正 が指摘 され ,1988年 12月
の第 2次 行革審 では事業規制 の改革
(ト
ラック事業 の規制緩和 や金利規制緩和 など)が 提案 され
た。更 に1992年 の 第 3次 行革審 では国民生 活関連 の規制緩和 (運 転免許証 の有効期 間な ど)が 答
申された。
規制緩和 を巡 る議論 が急速 な高 ま りをみせ るのは,1993年 8月 に発足 した細川政権以降 の こ
とであ る.そ れは,バ ブル崩壊 以降 の景気低迷 に対 し,同 年 9月 に発表 された緊急経済対 策 の 中
で,従 来 の金融財政政 策 を内容 とす るマ クロ政 策 と並 んで規制緩和が景気対策 の もう 1つ の柱 と
して位置づ け られた ことによる(3)(4)。
これ以降規制緩和 は加速度的 に進行す る。例 えば,村 山政
権下 の1995年 3月 には「規制緩和推進計画」が閣議決定 され ,
5年 間 で 1,091項 目の 規 制緩和 の
実施が決定 されたが ,翌 月 には この 5年 計画 が 3年 に繰 り上げ られる ことにな った。この 3年 計
画が完了 した本 年 3月 末 には,15分 野624項 目にわたる「新規制緩和 推 進 3カ 年計画」 が 閣議 決
定 され,2000年 度 まで に接続料 金 などの通信料金 の引 き下げ,電 力 の小売 自由化 ,運 輸部 門 での
需給調整原理 の廃 止 な どが盛 り込 まれて い る。
以上 わが 国の規制緩和 の流 れ を駆 け足でみて きたが ,こ うした流れ の 中で規制 (な い し規 制
緩和 )を 象徴す る存在 と して議論 されて きたのが「大規模小売店舗 における小 売業 の事業活動 の
調整 に関す る法律」 (以 下 ,大 店法 と略称 )で ある。名称 か ら明 らか な よ うに,大 店法 は小 売業
とい う流通業 の 1分 野を規制す る法律 である。大店法が上に述べ たような「象徴的存在」 となっ
た直接的理由は,小 売業が国民生活 と密接な関わ りを有 しているとい う点 にあるが,こ れに加 え
て,大 店法の規制緩和 によってどのようなメリット (例 えば,規 制緩和 による競争の導入による
価格の低下・品質の向上など)。 デメリット (例 えば,大 規模店 との競争 の結果中小 の小売店 の
経営が悪化 し倒産の多発やそれに伴 う失業の増加な ど)が 具体的 に予想 されるかを明確な形で議
論で きやすい とい う点 も指摘 してお くべ きであろ う
.
こう した問題意識を背景にして,本 稿ではこの大店法を取 り上げ,こ の法律 を巡 つて議論 さ
(2)3公 社 の民営化 に加 えて,新 車 の車検期間の 2年 か ら 3年 への延長な どを含 む253事 項の政府 省庁 の許認可
が指摘 されてい る。
(3)た だ し,短 期 の景気対策 としての規制緩和 の「即効性」 については懐疑的な評価 が多 く,規 制緩和 は日本経
済の 中長期的構造改革 の手段 としてこそ位 置づ けるべ きだ とする主張が支配的で ある。
(4)94項 目の規制緩和が発表 されたが ,そ の 中には携帯電話 の売 り切 り制や ビール製造免許 の最低数量基準 の引
き下げなどが含 まれて い る。
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小売業における規制 と規制緩和 :大 店法を中心にして
れて きた問題 を整理 ・検討 してみた い。次節では,流 通業 の規制 が国民的 レベ ルで議論 され る よ
うにな った契機や背景 な どについ て検討す る。そ こでは,1980年 代半 ば以 降急速 に進行 した円高
を契機 に,内 外価格差や 日米貿易摩擦 といった問題 が論議 され る一 方 ,そ れ ら問題 が規制 と密接
な関係 にあることが示 されて い る。それに続 く 2つ の節 では,代 表的な流通業 の規制法 で あ る大
店法及 び地方 自治体 の独 自規制 を取 り上げ,そ の歴 史的経過 ,規 制 の概要 と実態 ,規 制 の問題 点
や規制緩和 の効果 な どにつ いて ,こ の分野 の実証研究 を交 えつつ検討す る。最後 の節 では,こ れ
ら 2つ の節 での議論 を踏 まえ,2000年 4月 に予定 されて い る大店法 に代 わる「大規模小売店舗 立
地法」 (以 下 ,大 店 立地法 と略称 )に ついて触 れ,こ の小論 を閉 じる ことにす る。
Ⅱ .規 制 と物 価
わが国において政府による公的規制
(以 下,規 制 と呼ぶ )が 物価 との関係で国民の関心 を広
く集めるようになった契機 は,1980年 代半ば以降の円高の進行 で ある.80年 代前半 1ド ル =240
円前後 の水準 で安定的 に推移 していた為替 レー トは,1985年 9月 のプラザ合意を境 に急速に円高
の方向に進 んでいった。例えば,プ ラザ合意直前 (1985年 9月 20日 )の 為替 レー トは 1ド ル=238
円であ ったが, 1年 後 (1986年 9月
22日
)に は 1ド ル =154円 と実 に55%の 上昇を記録 して い る。
こうした円高の進行 と定着 は,周 知のように日本経済にさまざまな影響を及ぼす ことになった。
ここでは規制 と物価 とい う観点から,内 外価格差の問題 と日米貿易摩擦を取 り上 げておこう。
(1)円 高 と内外価格差
円高 は ドル表示 の 日本 の GNPを 数字の上では急速に増加 させた。1987年 には日本 の 1人 あ
た りGNP(19,642ド ル)は アメリカのそれ (18,403ド ル)を 初めて上回 り,以 後そ の差は拡大
を続けた(5)._般 に, 1人 あた りGNPは 各国の生活水準を近似的 に表す代表的な尺度 と考 えら
れていたから,数 字の示す ところと生活の実際が示す ところのギャップに国民の注 目が集まった
のは,極 めて 自然な成 り行 きであった。
「豊かさを実感で きない」 とか「経済大国か ら生活大国
へ」 といったスローガンが声高 に叫ばれると同時 に,先 のギャップを確認す る実態調査やそれを
生み出 している原因究明を目的 とするさまざまな研究が実行に移 された.例 えば,後 述するよう
に経済企画庁 は1988年 以降東京,ニ ューヨーク,ロ ン ドンなど世界 の主要都市 について30近 くの
(5)『 日本経済を中心 とす る国際比較統計』各年版
(日
本銀行国際局)参 照。
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経済研究3巻 3号
具体 的品 目 (食 バ ン,ワ イ シャツ,散 髪 な ど)を 実地 に調査 し,東 京 の物価水準が他都市 と比 較
して 3割 前後高 い ことを明 らかに し,「 内外価格差」 の存在 を実態的に裏付 けた(6).
また,よ く知 られて い るように,円 高 は輸入物価それ 自身の低下や輸入品 と国産品 との競 争
を通 じて 日本 の物価水準 に影響 を与 える。 この時期 ,こ うした 円高 による物価 へ のプラスの効果
,
い わゆる「 円高差益 」 についての試算 もい くつ か公 表 された。例 えば ,1985年 10∼ 12月 期 か ら
1987年 1∼ 3月 期 を対 象 に した経済企画庁 の試算 では,円 高差益 は18兆 円,う ち約 6割 が消 費者
に還元 されて い る とい う結果が示 された。1988年 3月
NHKが 円高差益特集番組 のために実施 し
た試算 (対 象期 間 は1985年 10∼ 12月 期 か ら1987年 10月 ∼12月 期 )で は,円 高差益 は30兆 円 , うち
消費者 へ の還元分は約 4割 となって い る.い ず れの試 算 にお い て も,円 高差益 の相当部分が消 費
者 に還元 されず にい る こと,す なわち物価 の低下 とい う形 で 円高 メリッ トが消費者 に還元 されて
い ない とい う事実 が明 らかにされた。更 に,こ れ ら試算 にお いては,消 費者へ の 円高 メ リッ ト還
元 を妨 げて い る 1つ の要 因が,経 済 の さまざまな分野 に張 り巡 らされてい る規制や 日本 の流通 シ
ステムの もつ非効率性 に由来す る点 が併 せて指摘 されて い た。
規制 と物価 (内 外価格差 )と の 関連性 を簡単 なデ ー タを用 い て平易 に説明 し,規 制 の存在 が
物価 に及 ぼす影響 を明 らかに した最初 の試 みは,1988年 8月 に経済企画庁が発表 した『物価 レポー
ト'88』 である。それ以降91年 まで毎年 の『物価 レポ ー ト』 にお い て この 問題 が 分析 され ,規 制
と物価 を論 じる際 の基本的視点 を提供 した。以下 ,F物 価 レポ ー ト』 で 行 われて い る規制 と物価
に関す る分析方法 を簡単 に紹介 してお こ う。
まず ,日 本銀行 の作成す る卸売物価指数 か ら国内卸売物価 と輸入物価 に共通 に採用 されて い
る品 目 (88年 では78品 日,89∼ 91年 では80品 目)が 取 り出 される。 これ ら共通品 目はそれぞ れ 国
産品 と輸入品で あ り,互 い に競争的関係 にある商品 で あ る.次 に,こ れら品目は規制の有無 によっ
て 2つ の グルー プに分類 される。 ここで具体的な規制 として取 り上げ られて い るのは,価 格 支持
制度 ,輸 入数量制限及 び参 入規制である。また,こ れ ら規制が実際 に行 われて い るのは,粉 乳
,
粗糖 ,ウ イス キー,小 麦 ,牛 肉な ど12の 品 日で ある。
図 1は 『物価 レポ ー ト'91』 か ら引用 した もので あ る。非 規 制 品 目の 物価動 向 をみ ると ,輸
入物価 は1985年 以 降 の急激 な円高 の進行 を反映 して大幅 に下 落 して い る。また,そ れ と並 行 して
国内卸売物価 もほぼ 同等 のペースで大幅 に下 落 して い るが ,こ れは円高に伴 う生産 コス トの低 下
や安価 な輸入品 との競争 を反映 した結果 と考 えられる。つ ま り,非 規制品 目については円高 に伴
(6)『 物価 レポー ト』884版 以降
(経 済企画庁 )参 照
.
―-140-―
小売業 における規制 と規制緩和 :大 店法 を中心 に して
う価格 引 き下げ効果が速やかに国内卸売物価 に反映 されて い る とい える。一方 ,規 制品 目につ い
てみる と,輸 入物価 は大幅な下落 を示 して い るが ,国 内卸売物価 はほぼ横 ば いで推移 して い る
.
これは,規 制品 目の場合 ,規 制 の存在 に よって 円高 の価格引 き下げ効果が国産品の価格 低下 に ま
で波及 してお らず ,そ の結果 ,同 一 商品につい て内外価格差 を生み出す一 因 になって い る,と 解
釈す ることがで きる
.
図
1
1.規 制品 目
(指 数 )
105.0
100.0
95.0
国内卸売物価
′
′′`
90.0
‐
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〆 S、″
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輸入物価 ノ
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63
平成元
0
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3 (年
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2.非 規制品 目
国内卸売物価
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63
(備 考 )1。
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平成元
)
日本銀行 の国内卸売物価指数 と輸入物価指数で共通に採用 されている80品 目を取 り上 げた。 これ ら
の共通品 日は,そ れぞれ国産品 と輸入品で あるため,競 合関係にある。
2.こ れ らの80品 目の うち価格支持 ,輸 入数量制限及 び参入規制が行われている品 目を規制品 日,そ れ
らが行 われてい ない品 目を非規制 品 日とした。規制品 目は,粉 乳 ,粗 糖 ,た ばこ,ウ ィスキー,ぶ
どう酒,ブ ラ ンデー,生 糸,小 麦 ,牛 肉,豚 肉,原 料炭,一 般炭の12品 日である。
3.規 制品 日であって も,行 政価格の引 き下げにより国内卸売物価が低下 している品 目もある。
[出 所 ]『 物価 レポー ト'91』 117頁
-141-
経済研究3巻 3号
また,同 レポ ー トでは流通段 階 での競争 阻害要因 もまた内外価格差 を生み出 し,日 本 の 物 価
高 の原因で ある ことを指摘 して い る (118頁 ∼119頁 ).流 通段階 での競争が十分 に働 かなけれ ば
,
流通 コス トや マー ジ ンは大 きくな り,円 高 メ リッ トが小売価格 の低 下 に結びつ かないか らである
.
競争阻害要因 として挙 げ られて い るのが ,大 店法 に代表 される規制や 日本 の流通 に特徴 的な流通
系列化 ,リ ベー ト制 ,建 値制 な どの商慣行 で ある。 こ う した 日本 の流通 システムに関連 した問題
ついては次 項 で も簡単 に触 れる。
(2)円 高 と日米 貿易摩擦
日米間 の貿易 を巡 る摩擦 の問題 は戦後 一貫 して絶 える ことな く続 いて い る問題 で ある。有 名
な「 ワ ンダラー プラウス事件」 を契機 に綿製品 の輸出 自主規制がなされたのは1957年 の こ とで あ
る。それ以 降,繊 維 。鉄鋼 (60年 代 ∼70年 代 ),カ ラーTV(70年 代 ),自 動車 ・半導体 (80年 代 )
と個別 の製品分野 では 日米 間の摩擦 を巡 る対 立が解消 される ことは なか った.こ うした 日米 間 の
財 の輸 出入取引額 で ある貿易収支 をみ る と,1965年 に対米貿易収支 が黒字 に転 じて以降 ,日 本 の
黒字傾向 は現在 まで30年 以上 にわたって続 い て い る。財 に加 えてサ ー ビス取引 をも含めた 日米両
国の経常収支 をみ ると,1980年 代 以降米 国の赤字 ,日 本 の黒字傾向が定着 し,こ の傾向 もまた現
在 まで続 い て い る。その上 ,先 の 日米 間の貿易収支 の状態 を反映 して,1980年 代 の米国 の 経 常収
支赤字 の 3∼ 4割 は対 日赤字分が 占め,経 常収支赤字縮小 のためには対 日赤字 の削減 が不可欠 で
あ るとの認識が と りわけ米 国では広が った。周知 の よ うに,1985年 9月 のプラザ合意 で意 図 され
たのは,為 替 レー トに よる赤 字国 (米 国 ),黒 字 国
(日
本や旧西 ドイツ )に お け る貿易不 均衡 の
是正で あ った。実際 ,プ ラザ 合意 以降円高 (マ ル ク高及 び ドル安 )は 急速 に進 行 した。 しか しな
が ら,日 米両国 (そ して旧西 ドイツ)の 経常収支 の動 きをみると,事 前 の期待 に反 して これ らの
国 の貿易不均衡 の是 正 はみ られなか つた。む しろ,日 米間の景気局面 のすれ違 い や Jカ ー ブ効 果
な どによつて不均衡 の拡大が み られたほ どで あ った
.
こ う した事態 を前 に して米国が要求 して きたのが ,個 別製品分野 (特 に半導体 な どのハ イテ
ク分野 )に 関 わる従来型 の問題及 び従来取 り上げ られる ことの なか つた貿易不均衡 そ の ものの 是
正
(日
本 の対米貿易黒字 の縮小 )と い う新 しい問題へ の対処 で あ つた。そ して ,後 者 の問題 を協
議す る場 として設 け られたのが「 日米構 造協 議 (Structual lmpediments lnitiative)」
(以 下 SII
と略称 )で あ り,1989年 9月 か ら1990年 6月 にかけて 日米両国 の経済構造的 な問題 にまで踏み込
んだ議論 が集 中的に行 われた。
SHに お いて米 国が 日本 の構造的問題 として指摘 したのは,貯 蓄 。投資 パ ター ン,土 地利 用
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,
小売業における規制と規制緩和 :大 店法を中心にして
流通 ,排 他的取引慣行 ,系 列 ,価 格 メカニズ ム (内 外価格差 )の 6項 目である.最 初 の 2つ を除
けば,す べ て 日本 の流通 システムに関 わる もので あ り,米 国 は,日 本 の流通 システムが 米国製 品
の 日本市場 へ のアクセスの障害 になってお り,そ れが結果的 にアメ リカの大幅 な対 日貿易赤字 の
原因にな って い る と主張 した。そ の 当時 ,米 国最大 の大型玩具店チ ェー ン トイザ ラスは 日本 市場
参入 を試みて いたが ,流 通 に関す る法律 (大 店法 )や 商慣行 に阻 まれ,日 本 での 店舗展 開 が壁 に
ぶつ かって い た。SIIの 場 で米 国が主張 した のは,大 店法 の存在が大 型店 の 出店 を制 限 し,大 型
店 の 出店制限が海外 か らの商品 の 日本市場参入 を困難 に し日本 の貿易黒字 を維持 させると同時に
,
それは 日本 の消費者に とって割高な価格や商品の選択肢を狭める とい う意味で消費者利益を犠牲
にするものである,と い う点であった。そのため,大 店法 は SIIの 議論 を象徴す る存在 として取
り上げられ,次 節以降でみるように,90年 代 における大店法 の緩和 を急速 に押 し進める原動力
(い
わゆる「外圧」)と なり,日 本 の流通 システムを大 きく変化 させることになる。
Ⅲ.大 店 法 を巡 って
(1)大 店法の 目的
大店法 は以下 の 目的 を達成すべ く1973年 10月 に制定 され,翌 1974年 3月 に施行 され た。 そ の
目的 とす る ところは,① 消費者利益 を保護 しつつ ,② 中小小売業 の事業機会 を確保 し,③ 小 売業
の正 常 な発達 を図る こと,に ある。そ して,こ れ ら目的 を達成す るため に1,500ぽ 以上 の 店舗規
模 (政 令指定都市 な どでは3,000m2以 上。なお ,以 下 の記述 に際 して は 政令指定 都市 につ い ての
数字 は省略す る )を もつ大型店 の 出店や増床 な どの事業活動 の調整が この法律 の対象 とされた。
一般的にい えば,消 費者利益 は市場 における企業 間の競争 を通 じて高 め られる と考 え られ る
し,一 方 ,中 小小売業 の事業機会 を確保 (=中 小小売業 の保護 )す るため大型 店 の 出店 を制 限す
る こ とは,こ の分野へ の参入抑止効果 を持 つ ため小 売業者間の競争 を低下 させ る と考 え られる。
したが って,大 店法 に掲 げ られた 目的① と② は明 らかに トレー ド・ オフの関係 にあ り,そ の ため
この 2つ の 目的 の整合性 につい て 当初か ら識者 の 間で疑問視 されて い た ことは 当然 の ことで あ っ
た。大店法が制定 される契機 とな ったのは,当 時急成長 を遂げて い たス ーパーの 出店攻勢 に よっ
て 中小小売業者 の経営が圧迫 される一 方 ,中 小小売業 の保護 を目的 と して1956年 制定 された百 貨
店法 ではこの よ うなス ーパ ーの行動 を抑制 で きなか った とい う現実 で あ った。こ うした大 店法成
立に至 る経緯 を考慮す る と,中 小小売業 の保護 とい う 目的 の実現が大店法の意図 と した ものであっ
た と考 え られる。 したが って,上 に述 べ た トレー ド・ オフ関係 か らい えば,消 費者利益 の保護 と
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経済研究 3巻 3号
い う目的は大義名分 に過 ぎなかったとい うことになる。実際,(3)で みるように,大 店法 の下 で
消費者利益が犠牲にされた可能性 は大 きい
.
大店法が施行 された1974年 以降,こ の法律 は流通業の代表的規制 として中小小売業 の保護 と
い う観点から運用されてきたが,後 の議論 との関係からここで次の点を確認 してお こう。それは
,
大型店の出店により地元の中小小売業者が相当程度の影響 を受けると判断された場合,ど のよ う
なものが大店法 にい う「小売業の事業活動の調整」の対象 として審査 されるのかという点である。
大店法の下で具体的な審査対象 となるのは,① 店舗面積 ,② 開店 日,③ 閉店時間,④ 年間休業 日
数 だ けで あ り,こ れ らは一 般 に「調整 4項 目」 と呼 ばれて い る。 したが つて ,最 近大店法 の 適 用
を巡 って しば しば議論 の対象 にあげ られる大型店 の 出店に伴 う交通渋滞 や騒音 など環境 に関連 し
た問題 は,本 来 ,大 店法 の審査対象 の事項 とは考 えられて い ないので ある。 この点 について 別 の
表現 の仕方 をすれば,大 店法 は,企 業 の価格や参入・ 退出な どを規制対象 とす る経済的規制 で あ
り,消 費者・ 労働者 な どの健康・衛 生 。安全 の確保 や環境 の保全 な どを 目的 とす る社会的規制 で
はない とい うことで ある(7)。 ぃ くっ かの研究 によれば,欧 米先進 国 における小売業 の規制 の 中心
は社会的規制 で あ り,経 済的規制 は例外 的存在 で あ る(3)。 例 えば,田 島 [1994,13頁
]に
先進国において小売業の出店を制限する法律 は都市計画の観点からのゾーニング規制
よれ ば
,
(立 地や土
地利用の規制)が 一般的であり,大 店法のように競争調整 という考え方はわが国に固有のものだ
とされている
.
(2)大 店法 の変遷
本年 5月 27日
,大 店立地法 を始 め とす る商業関連3法 が 国会 で成立 し,政 府 は99年 度 を もっ
て大店法 を廃 上す る ことを決定 した。中小小売業 の保護 を目的 とした経済的規制 か ら地域環境 の
保全 とい う社会的規 制へ の180度 の転換 が2000年 4月 に予定 されて い る。
ここでは,1974年 3月 にスター トし2000年 3月 に幕を閉 じる予定の大店法の四半世紀 ほ どの
歴史を簡単に整理 してお こう。
小売業に関す る規制の強化 と規制の緩和 とい う観点から大店法の歴史をみる と,大 店法の相
次 ぐ強化がなされた1980年 代末 までの10年 強の期間 と,大 店法の規制緩和そ して最終的には廃 止
へ とつ ながる90年 代 の10年 弱の期間 とい う対照的な 2つ の時期 に区分す ることがで きる。
経済的規制 と社会的規整の区別については,例 えば植草 [1991]第 1章 参照
「 ロ ワイエ 法」 につ い ては
なお,例 外 としては大型店 の出店 を規制 した フランスの「 ロワイエ法」 があ る。
鶴田・矢作 [1991]を 参照
.
.
一-144-―
小売業における規制 と規制緩和 :大 店法を中心にして
最初 の大店法 の強化 は1978年 11月 の法改 正 (翌 79年 5月 施行 )に よって行 われた。 この 改 正
に よって規制対象面積 が引 き下げ られ,従 来 の規制対象 (1,500m2以 上 ,第 1種 )の 他 に新 た に
1,500ぽ 未満 ∼500ポ 以上 (第
2種 )の 店舗面積 も規制対象 に加 え られた。そ の後 ,何 回か にわた
る行政指導 (通 産省 か らの通達 な ど)に よる大店法 の運用変更 によって規制 の強化力ヽまか られた。
特 に,1982年 1月 の「 当面 の措置」通達 はそれ まで地方 自治体が独 自に設けていた「上乗せ規制」
,
す なわち出店 企業 と地元業者 との事前説明指導 ,を 公的に認知 し,結 果的 に調整期間の長期化
,
事前協議 の密室性や複雑性 を増大 させ る ことになった。
1980年 代後半 以 降 の 円高 の定着 に伴 う日本経済 の構造的改革論議 (例 えば,1986年 4月 に発
表 された「前川 レポ ー ト」 な ど)や 先 にみた1989年 9月 に始 まる 日米構造協議 を直接的契機 に し
て,1990年 代 に入 る と大店法緩和 の動 きは急速 に表面化 して くる。1990年 5月 には大 店法運 用 の
適正化 に関す る通達が出 され,出 店調整期 間の 1年 半へ の短縮 や地方 自治体 による独 自規制 の 是
正要請 な ど大店法緩和 の方向 に一 歩踏 み出 し始めた(9).1年 後 の91年 5月 には大店法 が改正 され
(92年 1月 施行 ),出 店手続 きの簡素化 (商 調協 の廃 止 ),独 自規制 の 抑 制 ,調 整期 間 の 短縮 (1
年 以内 ),種 別境界面積 の引 き上げ (第 1種 は3,000m2以 上 ,第 2種 は500m2以 上 ∼3,000m2未 満 )
な ど大店法緩和が 一 層推進 された。 さらに,先 の91年 改 正 大店法附則 に基 ず く施行 2年 後 の 見直
しの結果 ,94年 5月 に1,000ぽ 未満 の 出店 は原則調整 を不要 にす る とい う通達が 出 され た。 こ う
した一 連 の大店法緩和 の流れが大店法廃上 の決定 につ なが る ことにな った とい えよ う。
(3)大 店法 の経済的効果
ここでは,大 店法 の規制緩和 と中小小売店 の動向 (特 に中小小 売店 数 の 変化 ),大 店法 と小
売価格 ,大 店法緩和 の マ クロ経済的効果 について これ まで の研究 を整理 してお こ う。
大店法 の 目的が中小小売業 の保護 に置 かれ ,ま た大店法 の改 正や実際 の運用 も1980年 代 末 ま
では規制強化 の方向に進 んで きた ことは,既 にみた通 りで あ る。鶴 田・ 矢作 [1991]は この 規制
強化 の 時期 を対象 に して大規模 店 出店 に伴 う調整 の実態調査 を行 ってい る.彼 らは大手 スーパ ー
6社 を対 象 に1974年 度 か ら1988年 度 にかけて行 われた 出店 につい て以下 の 2点 を明 らか している。
すなわ ち,(1)出 店表明 か ら開店 まで に要 した年月 は平均 4年 3カ 月 (出 店表 明前 の 先行 開発期
間を含 めた実質的年月 は 5∼ 6年 と推定 されて い る ),(2)平 均店舗削減率 ([申 請時店舗面積 ―
結審時店舗 面積 ]/申 請時店舗面積 )は 33.6%で ある。 この 2つ の数字 が示す よ うに ,中 小 小売
(9)上 乗 せ規制 を含 む地方 自治体の独 自規制 は次節で検 討する。
―-145-―
経済研究 3巻 3号
業 の 保 護 は 実態 面 でみ る限 り着実 に実行 に移 され て い た と考 えて よい
.
一方 ,通 産省 の 『商業統計』 (1979年 以降は 3年 毎 の調査 )に よれ ば ,小 売 店数 は 1982年 を
ピー クにそれ以 降一貫 して低下 して い る。中小 小売店 (従 業者49人 以下 )に ついては 1985年 以 降
低下 に転 じ,そ の傾向 は現在 まで続 いて い る。 この F商 業統計』 の調査結果 は重要である。前項
でみた よ うに,1978年 以降1990年 までは大 店 法 の 規 制 強化が な された 時期 で あ った。 と りわけ
1982年 の「当面 の処置」通達以降 は大店法 の運用強化が大幅 に図 られて い る。それに も拘 わ らず
中小小売店が減少 して い る とい う事実 は,中 小小売店 の減少 と大店法 の規制緩和 との 間に直接 的
な因果関係 を求 めることが難 しい ことを示 して い る。つ ま り,中 小小売店 の減少 の主たる原 因 を
大店法 の規制緩和 に求 めることには無理があ ろ う。 しか し,大 店法 の規制緩和が無関係 か とい え
ば,そ う ともい えない事実がある。大店法 の規制緩和がな された1990年 以 降 についてみ ると,中
小小売店 の減少 とい う傾向 は小規模小売店 にお いて著 しく加速 されて い るので ある。 こ うした事
実 を総 合的 に判断すれ ば,中 小小売店 の趨勢的な減少 には大 店法 の規制緩和 を含 む さまざまな要
因が作用 して い ると結論付 けざるを得ない。 こ うした結論 の一 例 は1996年 度経済白書 にみ られる。
自書 では91年 度 と94年 度 の『商業統計』 の比較 か ら,商 店数 の減少 がみ られるのは専 ら従業 員規
模が4入 以下の商店 だけで ある こと,ま た売場面積別 でみて も減少 のみ られ るの は50m2未 満 の 店
舗 だけで あ ること (11%の 減少 ),を 明 らかに し,こ うした個人商 店 を中心 とす る零細 商店 の 急
速な減少 の背景 として,90年 代前半 の価格破壊 や輸入品 との競合 といった環境変化 ,後 継者 難 の
深刻 さ,大 店法 の規制緩和 による中規模店以上 の 出店増 を挙げ て い る。
次 に,大 店法 と小売価格 との 関係 に移ろ う。大 店法 の存在が小売価格 にどの よ うな影響 を与
えるか とい う問題 を包括的 に扱 った定量的研究 は残念 なが ら行 われて い ない。理 論的 には,大 店
法 は小売市場 へ の新規参入 を制限 し競争抑制的 な効果 を持 つ ことか ら,小 売価格 を相対的 に割 高
な水準 に押 し上げる と考 え られる。 ここでは まず ,こ の よ うな観点か ら,あ る地域へ の大型 店 の
進出度 ない し大型 店 の密度 と当該地域 の小売価格 の 間 に何 らかの統計的関係 の有無 を見出そ う と
す る定量的研究 についてみてお こ う。
土居 [1994]は ,全 国47の 都道府県庁所在 地 を対象 に,総 務庁 の F平 成 4年 度全 国物価統計』
か ら家賃 ,サ ー ビス料金 な どを除 い た「商品」全体 の物価水準 を表す地域差指数を被説明変数 に
,
大型店 の進出度 ([第 1種 十第 2種 大型店 の売場面積 ]/小 売業全 体 の 売場面積 )を 説 明変 数 に
して統計的分析 を試み ,次 の よ うな結果 を得 て い る。すなわち,(1)相 関の程 度 は低 い が (相 関
係数 は0。 31)大 型店 の進 出度 と地域差 指数 (地 域 の物 価水準 )と の 間には右下が りの 関係 ,す な
わち大型店 の進 出度が高 まる と地域 の物価水準 が低下す る傾 向 にあること,(2)静 岡市 と類似 し
―-146-―
小売業における規制 と規制緩和 :大 店法 を中心にして
た地価 コス トを持 ち東京 ,大 阪 な どの近接周辺 にある県庁所在都市 8市 を取 り出 し同様 の分析 を
行 う と,両 者 の相関 は極 めて高 くな り (相 関係数 は0。 93),大 型 店 の 進 出度が 10%高 まれ ば (静
岡市 の大型店進出度 は38.6%で あ り,低 い方か ら 5番 目に位置す る )地 域差指数が0。 9ポ イ ン ト低
下す る といった大 きな効果が期待 される,こ とな どで あ る。
一 方 ,全 国約 700市 町村 を対象 に,1977年 と1987年 の 2時 点 にわた って 食 品 お よび 家 電製 品
の小売価格 を調査 した山下 ・井場 。新井 [1992]で は,大 型店密度 (世 帯当 た りの大型 店 数 )の
上昇 は生 鮮食品や家電製品 の価格 を低下 させ る効果 を持 つ が ,大 量生産食品につい ては明確 な価
格低下 の効果 を持たない ことが示 されて い る。 この ことは,上 にみた大型店 の参 入に よる競 争 の
促進が価格低下 につ なが る とす る理 論的予想が必ず しも単純 な形 では成立 しない可能性 を示 して
い る とい える。
この よ うに,分 析対象 や分析手 法 の相違 を も含めて大型 店 の 出店状況 と小売価格 との 関係 に
ついて定量的 に一意的な結論 を求めるの は現段階 では困難 な状況 にあるが ,OECDの 研究者達 に
よる大 型 店 の 出店規 制 を巡 る国際比 較 研 究 を紹 介 してお こ う。 この研 究 で は
(Joy=Kato=
Pilat,1995),加 盟国を対象 に従業員 で測 った平均小売店規模 (規 模 が大 きけれ ば効 率 が高 い と
想定 されて い る)を 被説明変数 と して (1)所 得水準 ,(2)価 格水準 ,(3)大 型 店規制 との 統 計 的
関係が検討 され,理 論 的に予想 された結果が検証 されてい る。す なわち,(1)に つ い て は正 の
,
(2),(3)に ついては負 の いず れのケ ー ス も有意 な相関関係が見出 されて い る.特 に (3)に つ い て
は,大 型店規制 → 平均小売店規模 → (生 産 コス ト効率性 )→ 価格水準 とい うル ー トを通 じて
大型店規制 と小売価格水準 との 間 に問接 的なが ら一 定 の負 の 関係 の存在す ることを示唆 している。
最後 に,大 店法 の緩和 のマ ク ロ経済的効果 につ い て ,1997年 4月 に経 済企画庁 が 発 表 した
『近年 の規制緩和 による経済効果 の定量的試算』 の 中か ら大 店法 に関係 した部 分 だ け を取 り出 し
みてお こ う。対象 とな った産業 は流通 を始め と して電気通信 ,運 輸 ,エ ネルギ ー など 8つ の 産業
分野 で あ り,需 要効果 と利用者 メ リッ トの 2つ が試 算 されて い る。前者 は規制緩和 によ り生 み 出
された消費や投 資 な どの需要増大効果 で あ り,規 制緩和以前 の トレ ン ドを延長 した もの と実績値
を比較 し,両 者 の乖離 を需要効果 として計算 して い る。後者 は規制緩和 に伴 う価格低下 によ って
利用者 の負担が減少 した大 きさを表 し,価 格 の低下分 に各年 の販売数量 を乗 じ,そ れ を利用 者 が
節約 で きた金額 として計算 して い る。ただ し,大 店法 につい ては需要効果だけが この試算 の 対象
となって い る。1990年 度 ∼95年 度 にか けての大店法 の緩和 による需 要効果 は,小 規模小売店 へ の
マ イナ スの効果 を差 し引 い たネ ッ トでみて390兆 円 ほ どに達 し,こ の期 間 の 規制緩和 に よる トー
タルの需要増大額7.28兆 円 (対 名 目GDP比 で1.55%)の 半分以上 を占める と試算 されて い る。
―-147-―
経済研究 3巻 3号
Ⅳ .地 方 自治 体 の 独 自規 制
(1)上 乗 せ規制 と横 出 し規制
に,1974年 に施行 された大店法 では,規 制対象 となる店舗面積 は1,500ぽ
前節 (2)で みた よ う‐
以上で あ った。1978年 の大 店法改 正 までに規市1対 象 となる大型 店 の 出店 は事前 の予想 に反 して増
加 の趨勢 をた どった。 また,そ れ と同時 に大型 店 の 出店戦略が多様化 し,規 制対象 とな らな い 店
舗面積 1,500m2未 満 の 中型店規模 での出店 ,例 えば食品 スーパー ,専 門店 , コン ビニエ ンス ・ ス
トア (以 下 ,コ ンビニ と略称 )と い つた業態 での 出店が増加 した。その結果 ,出 店 を巡 って 多 く
の地域で地元中小小売業者 との紛争が常態化 し,法 改 正 に よる規制対象面積 の 引 き下 げ (1,500
m2か ら500m2へ
)ゃ 地方 自治 自体 に よる独 自の規制基準 を定めた条例 ,指 導要綱 の制定 につ なが っ
た。地方 自治体 に よる独 自規制 は一般 に次の 2つ に分類 される。
1つ は「上乗せ規制」 と呼 ばれる もので あ り,い わゆる「 3条 申請」 (デ ベ ロ ッパ ー な どの
建物設置者 の 申請 )を 受 理する際 に,地 元商業 関係者 の 同意書 の添付 ない し同意 の確認 を義務 づ
ける独 自の規定 (条 例や指導要綱 )を い う。大型 店 の 出店 に際 し,大 店法 に基ず く正 式 の 出店手
続 きを行 う前 に地元へ の事前説明 を要件 として盛 り込 んだ規制 で ある。前節 (2)で みた よ うに
,
1982年 の「 当面 の措置」通達 によって こ うした事前説明制度 は公 的な認知 を受 ける ことになった。
もう 1つ の独 自規制が「横 出 し規制」 で あ り,小 規模 スーパーや コンビニ な ど大店法 の 規 制
対象外 の店舗 (1978年 改 正以降は500ぽ 未満 )に つい て独 自の 出店調整 ル ー ル を規定 した もの で
ある。横 出 し規制 の根拠 を提供 したのが ,小 売業 を営 む大企業 と中小 企業 との住 み分 けを目的 に
1959年 に制定 された小売商業調整特別措置法 (商 調法 )で ある。横 出 し規制 には,店 舗 面積 に と
どまらずそ れ以外 の もの も規制対象 の 中 に含 む ものが い くつ かみ られた。鶴 田・矢作 [1991,308
頁 ]に よれば,フ ラ ンチ ャイズ規制 (商 調法 で定 めた大企業者が営 む フラ ンチ ャイズ店 を対 象 に
した規制 ,静 岡市 ,刈 谷市 な ど),市 外資本規制 (市 内資本 に対す る規制 の 免 除措 置 ,静 岡市
,
豊 田市 ,野 田市な ど)な どが こ う した具体的事例 として挙げ られて い る。
山下 ・井場 。新井 [1992]に 報告 されて い るア ンケ ー ト調査 によれば,1990年 11月 時点 にお
いて,調 査対象 1030市 町村 の うち500ポ 以下 の 中規模小売店 の 出店を調整す る規定 を設 け て い る
のは全 体 の42%に あ たる432市 町村 あ り,ま た11%に あ たるH7市 町村 にお いて商業団体 。商 工 会
議所 。市町村議会 な どの組織が大規模店 の 出店凍結 を宣言 して い る。
―-148-―
小売業における規制 と規制緩和 :大 店法を中心にして
(2)独 自規制の経済効果
地方 自治体 の独 自規制 の効果 を分析 した先行研 究 は,現 時点 で山下・ 井場 。新井 [1992]を
数え るのみで ある。以下では,彼 らの研 究 を要約 的に紹介す る ことにす る。
まず ,1987年 全 国物価統計調査 の対象 で あ る700余 りの市町村 を対 象 に ,
6つ に分類 され た
食品 (生 鮮魚類 ,生 鮮青果類 ,生 鮮 肉類 ,全 国 ブラン ド品,地 域 ブラン ド品,輸 入食品 )お よび
家電製 品 の価格指数 を,店 舗規模別 に大型店 (売 り場面積 400ポ 以上 で セル フ方 式主体 の販 売 を
行 ってい る小売店 )と 一般店 に分 けて求 め ,そ れ ら価格指数 を被 説明変数 として い る。次 いで
世帯当た り大型店数,中 規模店規制
(地 方自治体による500m2未
,
満の中規模店 に対す る規制の有
無=先 に述べた横出し規制の有無)な ど6つ の説明変数で回帰させ,各 変数が店舗規模別小売価
格指数 に与 える効果 につい ての フ ァク ト・ ファイ ンデ ィングを中心 に した検 討 を行 ってい る.そ
れによると,市 町村 に よる中規模 店規制 は,大 型 店 に対 しては生 鮮青果類 ,全 国 ブラン ド品 ,地
域 ブラ ン ド品につい てマ イナ スの効果 ,す なわ ち中規模 店規制が これ らグル ー プの価格 を割高 に
して い る可 能性 を示 して い るが ,そ れ ら以外 の他 の 4つ の ものについ てはこの よ うなマ イナ スの
効果 を見 い だせて い ないこ と,ま た ,一 般店 に対 しては生鮮 肉類 につい てプラス,輸 入食品 につ
いてマ イナス と全 く正反対 の効果 とな ってい ること,が 明 らかに されて い る。この よ うな結 果 が
意味す ることは,中 規模店規制が 各種 食品や家電製 品 の小売価格指数 に及 ぼす影響 について ,明
確 な直接 的効果 は検証 されず ,結 果 の解釈 につい て幅 を許す ものに ならざるをえない とい うこ と
で ある。 この よ うな分析結果 につい て,彼 らは次の よ うに述べ て い る。 す なわ ち,「 小 売 業 へ の
参入規制 [中 規模店規制 ]は ,小 売構造 を通 じて間接 的に価格 に影響 を及ぼす と思 われるが ,直
接的効果は検証 で きなか った。その理 由 として,小 売市場 の単位 を市町村 で とらえているた め
,
通常 の商圏で観察 され る事実 を適 切 に把握 で きなか った ことが考え られる」 (山 下 。井場 。新井
,
1992,12頁 ), と。
山下・井場 。新井 [1992]で は,上 にみた小売価格 と中規模 店規制 との 関係 の他 に,独 自規
制が大型 店 の 出店 に対 しどの程度 の抑制効果 を持 った かについて も分析が試み られて い る。 この
関係 を統 計的 に確認す るためには,独 自規制 の うち上乗 せ 規制 と大型 店 の開店数 の 関係 を検証 す
べ きで あ るが ,上 乗 せ 規制 を要綱 で定 めて い る地方 自治体が少 ないため ,横 出 し規制が行 われて
い る市町村 では上乗 せ 規制 も同時 に実施 されて い る とい う前提 で,分 析が行 われている.そ れ に
よれば,横 出 し規 制が制定 される 2年 ほ ど前 か ら第 1種 ・ 第 2種 とも開店数が抑制的 に推移 して
お り,横 出 し規制 の制定以前か ら実 質的 には出店規制 が 強化 されて い た可能性が示 されて い る。
さらに,い まみた よ うに独 自規制が大型 店 の 出店 ス ピー ドを抑制 して い る反面 ,独 自規制 の あ る
―-149-―
経済研究 3巻 3号
市町村 では零細店 の減少が加速 して い る こと も示 されて い る。 これは,独 自規制が本来意図 した
地域 の零細店 の保護 とい う 目的が実際 には実現 で きて い なか つた ことを意味 し,前 節 (3)で み た
大店法 の運用強化 に も拘 わ らず 中小小売店 の減少 が続 い た とい う事実 と符合す る。
また,市 町村で実施されている横出し規制の強さを4つ に分類 (① 売 り場面積500ぽ 以下の
出店を規制 している,② 300m2以 下の出店を規制している,③ 中小小売業まで規制の対象 を広げ
ている,④ 過去に出店凍結を決議 している)し ,大 規模店の開店数 との関係についても推計が行
われている。推計結果から,次 の点が明 らかにされている。(1)① を除き出店規制の有無 を示す
ダミー変数がマイナスに効いてお り,本 来コンビニなどの中規模店を規制対象 とした横出し規制
が,大 規模店の出店に対 しても抑制効果を持っていること,(2)特 に,② ,④ については,ダ ミー
変数の係数の値が大 きなマイナスを示 してお り,大 規模店の出店に対 しより強い抑制効果を持 っ
ていること,(3)③ のダミー変数の係数はプラスで りと,中 規模店の参入規制が中小小売業者 に
まで及んでいる市町村では大規模店の出店が相対的に多いこと,な どである。これらの結果は
,
独自規制が行われる場合に予想される事態とほぼ一致している。
(3)独 自規制の問題点
1990年 5月 の通達や1992年 1月 施行 の改 正大 店法 (第 15条 の 5に
,地 方 自治体が この 法律 の
範囲 を超 えて独 自の規制 を行 う場合 には「 この法律 の趣 旨を尊重 して行 う もの とす る」 とい う明
文 の規定 が設 け られた )に よ り地方 自治体 の独 自規制 の緩和 ・撤廃が進行 して い る。 ここでは
,
この よ うな事態 の進行 を踏 まえ,独 自規制 の 問題点 の うち以下 の 2点 について指摘 してお こ う
.
第 1点 は,上 乗 せ 規制 によって義務づ け られた地元商業関係者 へ の事前説明及 び 同意 の取 り
付 け に関 して生 じる問題 で あ る。上乗せ規制は,前 節 (3)で 述 べ た よ うに先行 開発期 間 を含 め た
出店表明か ら開店 までの実質年 月の長期化 (5∼ 6年 )さ せ る要 因 となるが ,そ れに加 えて ,事
前説明段階 では開店後 の さまざまな営業 上の制約 も決 め られて い る。鶴 田・ 矢作 [1991,305∼ 30
6頁 ]で は「出店後 の取扱 品 目を詳細 に取 り決 めた り,そ れぞれ の売 り場面積 の 広 さや あ る い は
。
売 り場面積 ごとの販売額計画 を取 り決 めた り,チ ラシ配布 の 日数 ,売 り出 しの 回数 日数な ど実
に こ ま ご まと した ことが地元 の要請 に基 づいて 出店者 との 間で合意 される」 と述べ られて い る。
事前 の 出店調整 に際 して この種 の合意 が形成 されて い た とす れば,そ れは実 質 的に カルテル と類
似 の効果 を有 し,独 占禁止法上問題があるばか りでな く消費者利益 を も大 き く損 な って い た可 能
性があ る。
第 2点 は,横 出 し規制が中小小売業 の将来 に及ぼ した副次的効果 に関係す る問題 で あ る。 横
一-150-―
小売業における規制 と規制緩和 :大 店法 を中心にして
出 し規 制 は ,80年 代 以 降急 速 に成 長 して い た コ ン ビニ に 代表 され る大 企業 によるフラ ンチ ャイズ・
チ ェ ー ン展 開 を規 制す る こ とを 目的 と して い た 。そ れ は ,横 出 し規 制 が商調 法 を根拠 に して 制 定
された経緯か らも明 らかである。 しか しなが ら,鶴 田 。矢作 [1991,309頁 ]の 指摘 にあるように
,
フラ ンチ ャイズ 。チ ェー ン・ システムは大企業 の持 つ 店舗運営 ノウハ ウや商品調達力 を中小小売
業者 の持 つ労働力や立地条件 と結 びつ けた 1つ の流通 システムであ り,中 小小売業 の有力な業種 ・
業態転換 の有力 な手法である。 したが って,横 出 し規制 の 中に フランチ ャイズ を規制対象 と して
加 えた こ とは,中 小小売業 の 自律的行動 の選択肢 を狭め,彼 らの 自助努力 を損 な う効果 を結果 的
に生み出 して い たか もしれないので ある
.
V.結
び に 代 え て :大 店 法 廃 止 後 の 課 題
これ まで検討 して きた ように,代 表的 な流通業 の規制法 で ある大店法及 び地方 自治体 の独 自
規制 には い くつ か の問題点があ った。 ここではそれ らを踏 まえ,規 制緩和 とい う大 きな流れ の 中
で流通業 に対す る政 策 のあ り方や地方 自治体 の役割 について考 えてみ よう。
(1)90年 代 の規制緩和
第 1節 でみた よ うに,規 制緩和 が政府 の経済政 策 の重 要 な柱 と して位 置 づ け られ たのは
,
1993年 9月 に発表 された緊急経済対策 にお い てであ ったが ,そ れ以降 ,規 制緩和 は当初考 え られ
てい た以上 のペー スで進展 し,2000年 度 を完成 年度 として「新規制緩和推進 3カ 年計画」 が現在
進行 中で あ る。
こ うした規制緩和が進行す るプ ロセスの 中 で ,経 済政策 の軸足 を生産者 の側か ら消費者 の 側
に,生 産者重視 か ら消費者重視 の方向 に転換す べ しとい う合意が形成 されつつ ある よ うに思われ
る。例 えば,1995年 12月 の行政改革委員会 の報告書 『規制緩和 の推進 に 関す る意 見 (第 1次 )』
及 び1996年 12月 の『同 (第 2次 )』 は全 編 この消費者重視 の トー ンで貫 かれて い る
.
こ う した状 況 を背景 に,流 通業 に対す る政策 を考 えて い く上で も,従 来 の 中小小売業者 の 保
護 とい う観点 か ら消 費者利益 の確保 を基本 に据 えつつ流通独 自の事情 を考慮 した視点が必要 となっ
て きて い る。
(2)こ
れか らの流通規制の基本的あ り方
流通業 は現在大 きな構造変化 に晒 されて い る とい われる。それは昭和 30年 代 にスーパ ーマ ー
-151-
経済研究3巻 3号
ケ ッ トの登場 で引 き起 こ された第 1次 流通革命以上 の激動 で ある と もい われる。1994年 を中心 に
の,流 通業内部 で進行 して いた構 造変化 を国民 の 日
全 国的 にみ られた「価 格破壊」 とい う現象 は。
の前 に明確 な形で指 し示す もので あ った.こ こで は,こ う した流通業 の 内部おける大 きな変化 に
は立 ち入 らず に,流 通業 を取 りま く環境 の変化 とい う観点 か ら流通業 に対す る政策的課題 につ い
て検討 してみ よ う。
周知 の よ うに,高 度経済成長以降 ,大 都市 圏や中核都市 へ の企業及 び住民 の集中はペー ス こ
そ緩やかにな ってはい る ものの,趨 勢的には現在 にお いて もなお続 いて い る。その結果 ,こ れ ら
大都市 圏 の周辺部へ の住宅 の拡大や人口の流 出が促進 され ,都 市 の郊外 へ の拡大が続 いて い る。
こ う した傾 向 は1970年 代 以 降 のモ ー タリゼ ー シ ョンの進展 に よって一層拍車がかかる よ うに な っ
た。 この よ うな状況 を背 景 として,郊 外 へ の大型店 の大量進 出や幹線道路沿 いの量販 店 。専 門店
な どの い わゆる ロー ドサ イ ド店 の急速 な展 開が み られた。その結果 ,商 業立地 に大 きな変化 が 引
き起 こ される ことになつた。具体的 には,旧 市街地 か らの大型 店 の撤退が相次 ぎ,消 費者 の 「商
店街離 れ」 と呼 ばれる現象が進行 し,中 小小売店 の集合体 と しての商店街 の衰退 。空洞 化 とい つ
た問題が 「街づ くり」 とい う観点 か ら議論 され る ようになって きた。
「商店街離れ」 と呼 ばれる現象 を考 える際 に,上 でみた環境 の変化 と並んで消費者 の購 買行
動 の変化 とい う要因の重要性 もしば しば指摘 され ところで ある。総理府が1982年 以来 15年 ぶ りに
行 った『小売店舗等 に関す る世 論調査』 (1997年 9月 )に よれば, 日常 の 買物 に際 しス ーパ ー な
ど大型 店 を利用す る者 は85。 9%,大 型店 につい て満足 して い る者 は73%,ま た大型 店 の 増加 な ど
で買物が便利 になった とす る者 は73.2%に 達 して い る。つ ま り,全 体 の 4分 の 3な い しそ れ以上
の者が大型店 について肯定的評価 を下 して い るので あ る。一 方 ,中 小小売店 の集 まっている商 店
街 を利用す る者 が56.7%で あるの に対 し,ほ とん ど利用 して い ない と答 えた者 は42.6%に も達 し
て い る。前 回調査 に比 べ 商店街 を利用 して い る者 は12ポ イ ン トほ ど低下 し,利 用 して い ない者 は
逆 に12ポ イ ン トほ ど増加す る結果 となって い る。 また ,中 小小 売 店 につ い て 満足 して い る者 は
38.5%に す ぎず ,逆 に不満 と答 えた者 は27.6%と なってい る。 こ うした数字 か ら理 解 され る こ と
は,い まや消費者 の購買行動 の 中心 は 中小小売店か ら大型店 に明 らかに移 ってお り,大 型店 の 提
供す る品揃 えや利 便性 な どが消費者 に支持 されて い る とい うことで あ る。 したが って,こ の 意 味
では1990年 代 以降 の大店法 の緩和 は大型店 の 出店 を容易 に し,消 費者 の行動 に適 合 した政策 と し
て一定 の評価 を与 える ことがで きよ う。
(10)因 みに,「 価格破壊」 とい う言葉 は 自由国民社 の1994年 の流行語 の 1つ に選ばれてい る。
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小売業における規制と規制緩和 :大 店法を中心にして
しか しなが ら,流 通 の役割 は単 に消費者 に財 ・ サ ー ビス などの物品の提供 にとどまる もので
は ない。流通業 は地域住民 の消費生活 の基礎 を提供す る と共 に当該 地域の経済活動 の 中で重要 な
比重 を占めて い る。 また,流 通 の担 い手 は同時 に都市 の イ ンフラス トラクチ ヤーや地域社会 の構
成要素 として も重要 な役割 を果 た してお り,い わば都市機 能 の一 部 を受 け持 つ存在 で もある。 こ
の意味 で ,地 域経済 。地域社会 ・ 地域環境 との調和 を実現可能 とす る流 通 の あ り方 を検討す る こ
とは重要である。第 2節 (1)で 強調 してお い た よ うに,現 行大店法 にはこの よ うな視点 は含 まれ
て い ない.ま た,市 場原理 にまかせ てお いて もこの よ うな問題が解決 される保 証 はない。例えば
,
大型店 の 出店 と不可分 の関係 にあ る土地利用 には常 に外部性 の問題 (取 引 の 当事者以外 の 第 3者
へ の市場 を経 由 しない影響 )が 発 生 しが ちで ある し,そ のため「市場 の失敗 」 が不可避 な もの と
なるか らである。次 に項 を改め この点 を検討 しよ う。
(3)大 店法「後 」の課題
まず ,流 通特 に大型店 の店舗展 開 と地域環境 の 問題か ら考 えてみ よ う.先 に引用 した総理 府
の『世論調査 』 では,新 規大型店 の 出店 につ い て心配な こと (複 数回答 )及 び 出店 に際 し規 制 が
必要 と考 えられる問題 についての質問事項がある。前者 の質問 に対 しては,「 交通混雑や車公 害」
が51.4%と 最 も多 く,以 下「騒音公 害」26.1%,「 ごみ 問題 」 23.3%,「 周辺 の 中小小 売 店 に悪 影
響 」18.8%な どが続 き,「 特 にな い」 は27.3%と な ってい る。後者 については,「 交通混雑 」 が28.6
%,「 商店街 ・周辺中小小売 店へ の悪影響 」 14.2%,「 騒音公害」 11.4%,「 ごみ 問題 」 10.3%と 続
き,「 特 にない」 は35.6%と な ってい る。 いず れの質問 に対 して も,全 体 の 約 半 数 以上 が交 通混
雑 を始め と した地域 環境が影響 を受 ける と考 え,そ れに対応 した規制 (社 会的規制 )の 必要性 を
認 めて い る。
また,1997年 12月 に堀内通産大 臣に提 出 された産業構造審議会 ・ 流通部会 と中小企業政 策審
議会 ・流通小 委員会 の合同委員会 の F中 間答 申』 にお いて も,同 様 の問題提起 とそれに対す る法
的対応が述べ られて い る。答 申 は,中 小小売店 の保護 を目的 に大型店 の 出店 を規制 して い る現 行
大店法 について,そ の使命が終 了 した との基 本認識 の下 に,大 型 店 の出店 に伴 って予想 され る交
通渋滞 ,駐 車 ・駐輪問題 ,騒 音 ,廃 棄物問題 な ど周辺環境 へ の影響 を防 ぐための新 しい枠組 み の
確立 を求 め,新 たに「大規模小売 店舗 立地法」 の制定 を提言 して い た。そ して この答 申の 基本 的
内容 は,半 年後 の本年 5月 27日 に「大店立地法」 とい う形 で具体化 され,2000年 4月 に施行 を予
定 されて い る。この法律 のポ イ ン トは以下 の 2点 に集約 で きる。
第 1に ,現 行大店法では国が持 っている大型店 の 出店審査 権限を,大 店 立地 法 では都道府 県
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経済研究 3巻 3号
や政令指定都市 などの地方 自治体 に移管す る こと,第 2に ,規 制 の 目的が中小小売業 の保護 か ら
地域環境 の保全 に転換 される ことで ある。後者 については,大 店立地法 と同時 に成立 した改正都
市計画法 や中心市街地活性化法 (い わゆる「商業関連 3法 」)と 相侯 って ,街 づ くりの 観点 か ら
大型店 の集 中出店地域や出店禁止地域 を設 け,欧 米 な どで 一 般 的 にみ られ る「 ゾ ーニ ン グ規 制
(立 地や土地 の用途制限 )」
を実施す ることを地方 自治体 に委ねて い る。 この よ うに,今 後 は地 方
自治体 に大 きな権 限が国か ら委譲 される ことになるのであ る。
総理府 の F世 論調査』 の 中身や上 に述 べ た「大店立地法」 の 内容 をみれ ば,容 易 に次 の こ と
を読み とることがで きよう。す なわち,大 型店 の 出店 に関す る消費者 の考 え方や行政 の基本 的 ス
タ ンス は,従 来 の「経済的規制」 か ら地域環境 な どを重視 した「社会的規制」 の方向 に大 き く転
換 して きて い る こと,そ してそ う した転換 の背後 には,消 費者利益 の確保 こそが これか らの 規 制
の基本哲学 で あ るべ きだ とす る認識 が形成 されつつ ある とい うことで ある。
こ う した規制 の あ り方 に対す る「 質 的転換 」 を具体的 な形 に変 えて い く上で ,地 方 自治体 の
果 たすべ き役割 と課題 は極 めて大 きい ものがある。最後 に,こ の点 に触 れて この小論 の締 め くく
りとしよ う。
ゾーニ ング規制はその前提 として,都 市計画 や土地利用の基本 となる街づ くりの確固たるヴ イ
ジ ョンが必要不可欠 で ある。改 正 都市計画法 はこの点 に関 して,従 来 の土 地 の用途規制 に加 えて
地方 自治体が独 自の特別用途地域 を設ける ことを認めてい る。 したが つて ,2000年 4月 以 降 に予
定 されて い る新 しい規制 の枠組 み にお い ては地方 自治体 の作成す る「基 本計画」や「 マス タ ー プ
ラ ン」が今 まで以上 に重 要 な役割 を与 え られ る ことに なる。
また,街 づ くりとの 関係 で大型店 の 出店 を巡 る地方 自治体 間での誘致競争 (い わゆる都 市 間
競争 )の 可能性 も生 まれて こよ う。 さらに,商 業 立地 の大 きな変化 に伴 う旧市街地 と郊外 で の 商
業 の住 み分けやそ れ を反映 した流通 の仕組 み を政策的 にどの よ うに実現 して い くか,と い う解 決
の難 しい問題 にも直面 せ ざるを得 な くな る。 こ うした さまざまな問題 を適切 に処理 す る上で必 要
とされるのは,地 方 自治体 の企 画立案能力 で あ り,商 業関連 3法 を基本 とす る新 しい規制 の 枠 組
みにお いてはまず この企画立案能力が試 される ことになる。
情報 ・ 通信手段 の発達 は多 様 な業態 。業種 を生み出す と同時 に地理的に広 範囲 に及 ぶ小売業
の店舗運営 を可能 に した。一 方 ,モ ー タリゼ ー シ ヨンに伴 う交通 。道路 の発達 によ り消費者 の 地
理的行動範囲 もまた大 きく拡大 した。そ の結果 ,新 たに形成 された経済圏 (な い し商圏 )と 従 来
か らの行政圏 との間に大 きなギ ャ ップが生 まれ,特 定 の行政圏内での (商 業 )調 整 の意味が大 き
く低下 して しまう事態が発生 した。 こ う した事態 に対 し,地 方 自治体間の連携や地方 自治体 の 枠
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小売業における規制 と規制緩和 :大 店法を中心にして
を超 えた広域行 政が新 たに必 要 とされる。地方 の 中核都市 にお け る最近 の合併 の動 きは,先 の 計
画立案能力 の 向上や行政圏 の拡大 とい う目的 を達成す る上で ,有 力 な選択肢 と位置づ ける こ とが
で きるか もしれない。
最後 に,消 費者利益 の確保 とい う観点からは,新 たに制定 される大店立地法が「環境規制」
とい う名 目の下に,現 行大店法がそうであるように,中 小小売店の保護のために運用されては な
らない。既 にみたように,大 店立地法では大型店の出店審査権限が地方 自治体に委ねられる こと
になっている。したが って,大 点立地法の下では,大 型店出店の調整の過程 でどれほど消費者利
益に合致 した合意を形成で きるかとい う。地方自治体 の力量が問われることになろ う。
*本 稿 は,土 居英二教授 ,山 下隆之助教授 との共同研究
(静 岡市 からの委託調査「静 岡市 の
物価特性 とその要因に関する基礎調査」1998年 3月 提出)の うち筆者担当部分である「流通 と規
制及び規制緩和」 を,最 近時までのこの分野の新 たな展開を踏 まえて大幅に加筆 したものである
.
なお,い うまでもないが,本 稿に含 まれ うる誤 りな どについてはすべ て筆者のものである。
参考 文献
土居英二 [1994]「 平成 6年 度物価対策基礎調査 :静 岡の物価特性 に関す る分析調査結果報告書」 (静 岡市
)。
Hoy,j.,Kato,T.and DoPilat[1995]"Deregulation and P五 vatization in the Service Sector",OECD
Eco2o″ 2JC Sじ ごjθ s,pp.38‐ 74,No.25_
川本明 [1998]『 規制改革』 (中 央公論社 ).
経済企画庁 [1996]「 平成 8年 版経済白書』 (大 蔵省印刷局
)。
経済企画庁物価局 [1988]『 物価 レポ ー ト'88』 (経 済企画協会 ).
[1991]『 物価 レポー ト'91』 (経 済企画協会
)。
静岡新聞社 [1995]『 価格開国』 (静 岡新聞社 ).
田島義博 ・流通経済研究所 [1994]『 規制緩和 J(NHKブ ックス ).
鶴田俊正・矢作俊行 [1991]「 大店法 システム とその形骸化」 (三 輸 ・西村 (編 )『 日本の流通』,東 大出版会
所収
,
)。
植草益 [1991]『 公的規制 の経済学』 (筑 摩書房
)。
山下道子・井場浩之 。新井孝一 [1992]「 大型小売店 の参入規制 と小売価格 の変動 :大 規模小売店舗法 の経済的
評価 」 (『 経済分析』第127号 ,経 済企画庁経済研究所 ).
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