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◆ 2016 年 12 月 9 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 行政法 No.169
文献番号 z18817009-00-021691430
会派運営費に対する補助金支出の是非
【文 献 種 別】 判決/最高裁判所第三小法廷
【裁判年月日】 平成 28 年 6 月 28 日
【事 件 番 号】 平成 25 年(行ヒ)第 562 号
【事 件 名】 不当利得返還等請求行為請求事件
【裁 判 結 果】 破棄差戻し
【参 照 法 令】 地方自治法(平成 14 年法律 4 号改正前の)100 条 12 項・13 項、232 条の 2、
242 条の 2 第 1 項 4 号
【掲 載 誌】 裁時 1654 号 7 頁、判タ 1429 号 77 頁
LEX/DB 文献番号 25448026
……………………………………
事実の概要
1 京都府知事Y(被告、被控訴人、上告人)は、
平成 13 年に府議会の会派運営費に係る交付につ
いて、人件費、事務費、慶弔等経費、会議費の 4
項目を交付対象とした「京都府議会会派運営費交
付要綱」を定めていた。この要綱は、平成 18 年
3 月 31 日に廃止され新要綱に変わった後、さら
に平成 20 年 3 月 27 日に新たに要綱を定めており、
そこでは慶弔費を対象外として現在に至っている
(以下では、一連の要綱の総称として「本件要綱」と
いう)。そして京都府では、会派に対し本件要綱
(以下、
「本
および「京都府補助金等に関する規則」
件規則」という)に基づき、
「会派運営費」と称す
る補助金を交付していた(以下、このような制度を
「本件会派運営費制度」という)。
他方、京都府は政務調査費制度が導入された
平成 12 年の地方自治法(以下、「自治法」という)
の改正にあわせて、
「京都府政務調査費の交付に
「政調条例」という)を制定し、
関する条例」(以下、
同府議会会派および議員に対して交付される政務
調査費の使途基準を議長が定めるものとした。こ
れを受けて、
「京都府政務調査費の交付に関する
規程」では、調査研究費、研修費、会議費、資料
作成費、資料購入費、広報費、事務費および人件
費の 8 項目が交付対象として掲げられた。
なお、本件要綱では政調条例所定の調査研究に
資する経費は除くものと規定されていた。
2 京都府は、平成 14 年度から 18 年度まで
vol.7(2010.10)
vol.20(2017.4)
……………………………………
の間に、議会 4 会派(以下、「本件会派」という)
のそれぞれに対し、会費運営費を交付した(以下、
「本件補助金交付」という)。これに対し、同府内
に主たる事務所を有する特定非営利法人X(原告、
控訴人、被上告人) は、これが違法であることを
理由に、京都府が本件会派に対する不当利得返
還請求を違法に怠っている旨主張し、自治法 242
条の 2 第 1 項 4 号に基づき、Yに対し、主位的
請求として、本件会派が平成 14 年度から 18 年
度までの間に京都府から交付を受けた会派運営費
全額につき不当利得返還請求およびこれに対する
訴状送達日翌日から年 10.95%の割合による加算
金の支払請求を、予備的請求として、当該費の一
部につき不当利得返還請求および同加算金の支払
請求を、それぞれ行うことを求めたのが本件であ
る。
3 本件では、①本件会派運営費制度が自治法
232 条の 2、
100 条 14・15 項に反し違法か(争点①)、
②同制度のうち人件費、事務費および会議費の補
助を定める部分が政務調査費の交付を条例で定め
るところとする自治法 100 条 14 項に反し違法か
(争点②)、③同制度のうち慶弔等経費の補助を定
める部分は自治法 232 条の 2 に反し違法か(争点
③)
、④同制度は補助金等交付規則に反し違法か
(争点④)、⑤会派運営費を構成する個別の支出の
違法性の有無(争点⑤)がそれぞれ争点となった。
このうち、本判決に関わる争点①~④について
取り上げると、第一審(京都地判平 25・3・28〔公
刊物未登載〕
)では、本件会派運営費制度を政務調
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査費の交付とは別に自治法 232 条の 2 の規定に
基づいて補助を行うことを一切禁止することまで
含んでいるとは解されないとした。これに対し、
第二審(大阪高判平 26・9・26〔公刊物未登載〕)で
は、政務調査費制度が法制化されて以降は、自治
法 232 条の 2 に基づき補助金の支給をすること
ができると解する余地はなくなったとして、本件
会派運営費制度は同条に違反する制度であること
が明らかとしたことから、これを不服としてYが
上告した。
法「100 条旧 12 項及び旧 13 項は、上記の『調
査研究に資するため必要な経費』以外の経費に対
する補助の可否については特に触れるところがな
く、平成 12 年改正の際に、そのような補助を禁
止する旨の規定が置かれることもなかったとこ
ろ、同改正に係る立法過程においても、そのよう
な補助を禁止すべきものとする旨の特段の検討が
されていたとはうかがわれない。これらによれば、
同改正が、上記の『調査研究に資するため必要な
経費』以外の経費に対する補助を禁止する趣旨で
されたものであるとは認められない。
そうすると、普通地方公共団体は、平成 12 年
改正により政務調査費の制度が設けられた後にお
いても、地方議会の会派に対し、地方自治法 100
条旧 12 項に定める『調査研究に資するため必要
な経費』以外の経費を対象として、同法 232 条
の 2 に基づき、補助金を交付することができる
というべきである。」
判決の要旨
破棄差戻し。
「平成 12 年改正により設けられた政務調
1 査費の制度は、地方分権の推進を図るための関係
法律の整備等に関する法律の施行により、地方公
共団体の自己決定権や自己責任が拡大し、その議
会の担う役割がますます重要なものとなってきて
いることに鑑み、議会の審議能力を強化し、議員
の調査研究活動の基盤の充実を図るため、議会に
おける会派又は議員に対する調査研究の費用等の
助成を制度化し、併せてその使途の透明性を確保
しようとしたものである。このような同改正の趣
旨及び目的に照らせば、同改正により政務調査費
の制度が設けられたことは、従前、会派に交付さ
れていた補助金のうち、
『調査研究に資するため
必要な経費』
(地方自治法 100 条旧 12 項)につ
いて、以後はこれを政務調査費という新たな法制
度に基づいて交付することができるものとし、政
務調査費の交付の対象、額等については、議会が
自主的に制定する条例で定めなければならないも
のとするとともに(同項)、その使途の透明性確
保のための定めを置いたこと(同条旧 13 項)に
意義があったと認められる。
そうすると、平成 12 年改正後において、会派
に対し、政務調査費の対象とされた上記の『調査
研究に資するため必要な経費』を交付するために
は、当該政務調査費の交付の対象、額等について
定めた条例に基づいてこれを行う必要が生じたと
いうべきであり、従前のようにこれを地方自治法
232 条の 2 に基づく補助金として交付することは
許容されなくなったものというべきである。」
判例の解説
一 本判決の意義
本判決は、平成 12 年改正(平成 11 年法律 87 号)
に伴い自治法が規定した政務調査費制度(当時の
100 条 13・14 項)以外に、会派に係る運営費を京
都府が補助金として別途交付していたことを法的
に容認したものである。
平成 12 年改正により政務調査費制度が立法化
される以前は、条例に基づく調査研究費等の経費
支給が自治法上認められていなかった。この背景
には、昭和 31 年改正(昭和 31 法律 17 号)により
制定された議員を含む自治体職員に対する給与
等の支給制限に係る自治法 204 条の 2 を根拠に、
行政実例としてそれ以前にあった当該経費の支給
方法では違法になると解されたことがあった1)。
その後、平成 24 年改正(平成 24 法律 72 号)に
よって、現行自治法 100 条 14 項が研究調査以外
にも「その他の活動に資するため」の文言を追記
し、交付対象となる費用の範囲を拡大した「政務
活動費」へと名称が変更された。このことに伴い、
京都府では、単独で存在していた本件会派運営費
制度は廃止された2)。
以上にあって、本件は京都府が本件会派運営費
制度を政務活動費制度に統合化する以前の事案と
いう意味では、先例的意義に欠ける面がある。さ
2 平成 12 年自治法改正に伴い制定された同
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らに、本判決は補助金の交付対象が適法となる具
体的範囲を明示し得ていない点において、当該制
度が廃止されて以降も、三に取り上げるように、
依然として会派による補助金返還義務の可否が問
題となり得る。このため、本判決が事案解決に資
する効果は限定的である。
とはいえ、本判決は、少なくとも会派運営費が
自治法上明記されていないと解されても、補助金
の交付対象に含めることができるとした上で、そ
のための公金支出の範囲をきめ細かに司法統制す
るのが同法の立場であるという解釈論上の可能性
を明らかにした点に、固有の意義があるといえよ
う。
二 本判決における本件会派運営費制度の
判断方法
1 問題の所在
自治法は、政務調査費制度に係る明文規定を置
くが、会派運営費についてはそうでないため、こ
の点の理解が下級審における判断の分かれ目と
なった。
第一審は、政務調査費制度の趣旨には議会会
派に対し、政務調査費の交付とは別に自治法 232
条の 2 の規定に基づき補助を行うことを一切禁
止することまでを含んでおらず、これとあわせて、
本件要綱の交付基準により一義的、機械的に定ま
ることを背景にYと議会との相互監視の関係は損
なわれないなどと解した。これに対し、第二審は
自治法に「明示的な規定のない助成の使途の透明
性が明示的規定のある助成のそれよりも不十分で
よいことを認めていることになる」ことを理由と
し、政務調査費制度との対比から、本件会派運営
費制度には十分な統制が規定されていないと理解
した。
以上にあって、本判決では、まずは平成 12 年
改正の趣旨・目的に照らして「『調査研究に資す
るため必要な経費』を交付するためには、……補
助金として交付することは許容されなくなったも
のというべき」としている。この部分は、政務
調査費調査研究報告書の文書提出命令に係る最高
裁決定(最決平 17・11・10 民集 59 巻 9 号 2503 頁)
の判断部分にも見られるが、政務調査費に係る自
治法の規定の趣旨・目的として、その理解自体に
特段異論はなかろう。
そこで、本判決は「『調査研究に資するため必
vol.7(2010.10)
vol.20(2017.4)
要な経費』以外の経費に対する補助の可否につい
ては特に触れるところがなく、改正の際に、その
ような補助を禁止する旨の規定が置かれることも
なかった」こと、改正の立法過程が補助の禁止を
検討していなかったことをもって、本件会派運営
費制度を許容する根拠としており、第一審の一部
判断を継承した形であるが、そのことを含めて本
判決における判断方法が問題となる。
2 本判決の検討
そこで、本判決について検討するに、そこでは、
明文規定がなく立法過程における手がかりもない
場合に、本件会派運営費制度の適法性を導き出す
ことに着目し、これを「黙示的な規制としてはそ
の範囲が広範過ぎる点において問題であると考え
た」といった、より一般論化して理解する見方が
ある3)。これに対し、本判決の判断構造は、下級
審のように本件要綱が持つ補助金交付に対する統
制的側面を一体的に理解する点には一切注目しな
いまま適法との結論を導き出し、そのあとは破棄
差戻判決によって下級審に自治法 232 条の 2 が
規定する「公益上必要がある場合」の基準(以下、
「公益性基準」という)に照らし判断させる構造に
照らせば、むしろ本判決は、会派活動の特殊性を
もっぱら重視しているのではないかとも読める。
そもそも自治法は「会派」の定義規定を置いて
いないが、議員と並ぶ政務調査費の交付先として
規定されてきた。実際、会派は議会運営における
中心的役割を担っており、「議員の同志的集団で
あって、議会活動という公益を担うとともに、議
員活動のため研究費の受領等の便益を享受する
主体となるもの」と積極的に定義する裁判例(東
京地判平 10・10・30 判自 190 号 47 頁、さいたま地
判平 15・10・1 判自 255 号 17 頁も同旨) も見られ
る。他方、政務調査費が違法な公金支出として問
題とされた住民訴訟のうち、最高裁判決には①会
派が定めた使途基準に照らし政務調査費の必要
性の観点から交付の是非を判断するもの(例、最
判平 22・3・23 判時 2080 号 24 頁)
、②条例・規則
における手続規定の解釈を通じて会派の意思形成
の方法を重視し交付対象の適法性を判断するもの
(最判平 21・7・7 判時 2055 号 44 頁、最判平 22・2・
23 判時 2074 号 69 頁)といったパターンが見られ
るように4)、事案処理の方法はまちまちといえる。
そこで、以上に見たいずれの事例にあっても、
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にも使途が拡大できるようになった」と解される
が6)、本判決はこの改正に言及していない。この
ことは、本件事案を解決するために必要な点では
ないことから、特段言及には至っていないと思わ
れるが、二に取り上げたような本判決の理解から
すれば、「政務活動費」とは別立てで会派の運営
費を補助金から交付する制度を依然容認している
と考える余地は十分あろう。
この点、会派職員の人件費交付制度を政務活動
費制度に加えて継続する自治体も依然見られるこ
と7) に鑑みれば、 三 に指摘した本判決では解消
されない諸課題が残ることになる。
政務調査費の交付の是非は、基本的に会派が自ら
定めた基準や意思形成の方法といったような自主
的判断を基準として判断されるべきとする一貫し
た姿勢を看取できよう。そしてこのことは、会派
の “ 自律性 ” を一貫して尊重したものと解するこ
とができるが、会派活動という特殊な形態を問題
にする本件の特質と上記に見た従前の判例の流れ
からすれば、本判決も政務調査費と同様の理解が
あてはまるものと解することができる。
三 本件会派運営費制度と公益性基準との関係
次に、本判決の判断構造によって、本件会派運
営費制度を公益性基準の適合性に委ねるという点
には問題があることも事実である。本件会派運営
費制度の場合、
本件要綱を根拠とする。このため、
条例を根拠とした政務調査費制度とは異なり、法
的拘束力を持った統制に比して具体性に欠ける判
断基準に依拠せざるを得ず、規制の程度は弱いと
いう面があろう5)。
このあたりは、本件会派運営費制度の根本的問
題である政務調査費制度との “ 二重払い ” の疑い
を払しょくできないのではないかという具体的問
題とも関係する。すなわち、本件要綱と政調条例
にそれぞれ掲げられた経費項目をどの程度明確に
線引きできるのかという問題でもあり、具体的に
は、本件要綱における対象経費として人件費、事
務費、慶弔等経費、会議費(平成 20 年 3 月 27 日
以降は慶弔費を除く) が、政調条例における経費
として調査研究費、研修費、会議費、資料作成費、
資料購入費、広報費、事務費および人件費がそれ
ぞれ掲げられるところ、議員が所属する会派の運
営経費は、例えば「人件費」や「会議費」といっ
た明示的に列挙された対象費用とどの程度具体的
に区別し得るのかといった点がある。これにつき、
第一審が「補助金交付の要否および交付額が本件
要綱所定の交付基準によって一義的、機械的に決
まる」と楽観的に評価していたが、そもそも(平
成 24 年改正前の)自治法上「議員の調査研究に資
するため必要な経費」の意味が曖昧な中で、かか
る疑いが残ろう。
●――注
1)「従来の調査研究旅費にかわるものとして、県議会各会
派に対し調査研究費を支給することは、その内容が実質
的に従来どおりであると認められる限り、できないもの
と解する。」
(昭和 31 年 9 月 6 日自丁行発第 59 号)とさ
れていた。このあたりにつき、勢籏了三『地方議会の政
務活動費』(学陽書房、2015 年)6~7 頁参照。政務調査
費の経緯につき、名古屋地判平 17・5・26(公刊物未登載、
LEX/DB28101447)がある。
2)京都府政務活動費の交付に関する条例(平成 24 年京
都府条例 68 号)による。統合に係る京都府議会による
検討報告書として、議会運営委員会政務活動費検討小
委員会報告書「政務活動制度について」(平成 24 年 12
月)(http://www.pref.kyoto.jp/gikai/oshirase/johokokai/
katsudohi/shikumi/documents/seimuhi_hokoku_1.pdf
〔2016 年 12 月 7 日閲覧〕)。
3)北島周作「判解」法教 433 号(2016 年)154 頁参照。
4)詳細は、友岡史仁「会派に対する司法統制と “ 自律性 ”
の距離」法セ 667 号(2010 年)47~48 頁参照。
5)友岡・前掲注4)47~48 頁参照。
6)松本英昭『新版逐条地方自治法〔第 8 次改訂版〕』(学
陽書房、2015 年)388 頁参照。
7)福岡市の場合、福岡市政務活動費の交付に関する条例(福
岡市平成 13 年条例 2 号、平成 25 年条例 5 号による題名
改称)とならんで、福岡市議会の各会派に対する職員雇
用費の交付に関する規則(福岡市昭和 47 年規則 129 号)
が制定されている。
日本大学教授 友岡史仁
四 残された問題
さいごに、平成 24 年改正に伴い「政務調査費」
から「政務活動費」へと制度が変更された結果、
「会派単位で行う会議に要する経費といったもの
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