日本金属学会誌 第 73 巻 第 4 号(2009)312321 急冷凝固鋼中のりん偏析と硫化物析出の関係 ―鋼スクラップ中の不純物元素活用―1 2 小 林 能 直1, 劉 中 柱2,3 桑原 守2,3 長 井 寿3 1独立行政法人物質・材料研究機構材料信頼性センター 2名古屋大学大学院工学研究科 3独立行政法人物質・材料研究機構環境・エネルギー材料領域 J. Japan Inst. Metals, Vol. 73, No. 4 (2009), pp. 312 321 2009 The Japan Institute of Metals Interaction between Phosphorus Micro segregation and Sulfide Precipitation in Rapidly Solidified Steel ―Utilization of Impurity Elements in Scrap Steel― 2, Zhongzhu Liu2, 3, Mamoru Kuwabara2, 3 and Kotobu Nagai3 Yoshinao Kobayashi1, 1Materials Reliability Center, National Institute for Materials Science, Tsukuba 3050047 2Graduate School of Engineering, Nagoya University, Nagoya 4648603 3Materials for Environment and Energy Field, National Institute for Materials Science, Tsukuba 3050047 Copper is one of the main residual elements in steel, especially in recycled scrap steel. Sulfur and phosphorus are two of the main impurities in steel, and it may result in a large emission of slag and CO2 to remove them from steel. Utilization of these elements has been an important and difficult matter for metallurgist. In the present paper, the ascast steels containing different concentrations of copper, sulfur and phosphorus are prepared by strip casting process or laboratory rapid solidification process. The effect of phosphorus addition on sulfide precipitation is investigated and discussed with respect to the morphology, size, and composition of sulfide. Both experimental results and mathematical calculation showed that the addition of phosphorus retards the sulfide precipitation at high temperature, promotes more copper bearings and smaller sulfides precipitation at low temperature. On the other hand, sulfide precipitates are shown to reduce the microsegregation degree of phosphorus in steel, which may be because some phosphorus dissolves in sulfide and sulfide particles provide more interfaces for phosphorus to distribute. (Received September 11, 2008; Accepted January 21, 2009) Keywords: phosphorus microsegregation, manganese sulfide, copper sulfide, precipitation, rapid solidification, low carbon steel る3).これらは鋼中各元素の役割をあらためて検討するきっ 1. 緒 言 かけとなり,ニアネットシェイプキャスティングおよびそれ に続く下工程プロセスに関する研究の流れを促進している. 製鋼段階での除去が困難な不純物である銅は,スクラップ 例えば,従来の連続鋳造,圧延プロセスでは有害であった元 鉄循環利用の中で,鋼中蓄積濃度が漸増することが懸念され 素の悪影響を大きく抑制することを可能にしたり,逆に有用 ている.また,製鋼における代表的不純物である硫黄とりん な元素として利用することも考えられている.中でもりん は,靱性の低下,溶接性の悪化など,鋼の性質を低下させる は,従来から代表的な不純物元素であったが,凝固・冷却プ 元素として知られている.一方,硫化物は,サイズの大きな ロセス中の相変態に大きな影響を及ぼし,結果として鋳造 g ものは機械的性質の低下を招き,形状が球でないものは材料 粒を微細化することが明らかになっている46). 異方性の原因となるなどの問題がある. 一方,銅と硫黄は製鋼段階で銅硫化物を形成する可能性が 近年,薄スラブ連続鋳造やそれに続くコンパクト圧延/加 あり,特に急冷凝固プロセスにおいてしばしば生成すること 工熱処理などの新たなプロセスが世界的に着目,導入されて が知られている79).鉄中銅硫化物の溶解度は,鉄が液相,d きており1,2) ,さらにクロスロール圧延などが研究されてい 相,g 相,a 相と変化するにつれて大きく変化するため,鉄 の相変態温度,プロセスに大きな変化を与えるりんの存在 1 Mater. Trans. 48(2007) 30793087 に掲載 2 現在東京工業大学大学院理工学研究科( Present address: Graduate School of Science and Engineering, Tokyo Institute of Technology) 3 現在首鋼技術研究院厚板研究所,中国( Present address: Department of Heavy Plate Technology, Shougang Research Institute of Technology, China) は,銅硫化物の析出挙動に大きな影響を持つことが考えられ る.本研究では,このりんの銅硫化物析出に及ぼす影響につ いて明らかにするとともに,逆に銅硫化物の存在がりんの偏 析にどのような影響を及ぼすかについても検討する. 4 第 号 313 急冷凝固鋼中のりん偏析と硫化物析出の関係―鋼スクラップ中の不純物元素活用― Table 1 The chemical composition of the samples (mass). Sample C Si Mn P S Cu O Ae4, K Ae3, K Thicknes s,×10-3 LPS HPS CuS2P Cu2P 0.096 0.088 0.074 0.08 0.26 0.25 0.15 0.15 0.61 0.56 0.68 0.6 0.013 0.081 0.19 0.2 0.016 0.017 0.0593 0 0.12 0.12 0.89 1 0.004 0.004 <0.004 <0.004 1754.7 1708.2 1633.2 1643 1120.1 1171.5 1229.3 1234.3 2.2 2.2 5 5 Fig. 1 The lab rapid solidification device for preparation of CuS2P and Cu2P samples. ボン抽出レプリカ用の試料を用いて TEM 観察を行った. 実 験 2. 2.1 方 法 実験材料と鋳造条件 TEM 用試料の作成においては,レプリカはモリブデングリ ッドに固定し,またベリリウム試料ホルダーを使用すること により銅の検出を回避した.ただし, S の Ka 線と Mo の 実験に用いた 4 種類の組成の鋼を,それぞれ LPS, HPS, La 線はオーバーラップするため, S の強度が Mo の影響を CuS2P, Cu2P と略称し,Table 1 に各組成を示す.スクラッ 受け,定量分析における Mn, Cu, Fe と S の X 線強度比は プ鉄を模擬する目的も兼ねたため,各不純物濃度は通常鋼よ 実 際 の 値 よ り も 小 さ め と な っ た . TEM 観 察 は JEM りやや高めに設定している.LPS, HPS については,三菱重 2000FXII 顕微鏡を用い 200 kV にて行うとともに,本装置 工業株式会社広島研究所の協力の下,ツインドラムキャス に接続されたエネルギー分散型 X 線分析装置(Energy ターを用いたストリップ鋳造実験により作製した.鋳造速度 persive XRay Spectroscopy,以下 EDS)による元素分析も は 0.333 m / s ,鋳造温度は約 1846 K であり,鋳型幅は 0.6 行った. CuS2P および Cu2P サンプル中のりん偏析は,電 m ,鋳造サンプルの厚みは約 2.2×10-3 m または 3.6× 10-3 子 線 マ イ ク ロ ア ナ ラ イ ザ ー ( Electron Probe Micro Dis- m であった. CuS2P と Cu2P は,真空誘導加熱溶解法を用 Analyzer ,以下 EPMA )により 1.024 cm × 1.024 cm の領域 いて電解鉄 3 kg を溶融した後,合金元素(Mn, Si, Cu, S, P) で 512× 512 箇所の点に 1 mm サイズの電子ビームを照射し を添加して溶製し,その後水冷銅鋳型(Fig. 1)中に鋳造して て行った測定結果を解析することにより得た. 作製した.Fig. 1 に示す外観からも分かるように,溶鋼は中 心から左右の薄い厚みの鋳型に流入して鋳造され,それぞれ t 3 mm×W 60 mm×H 200 mm および t 5 mm×W 60 mm× H 200 mm のサイズのサンプルが得られた.詳細は前報など に記述している10,11). 2.2 解析方法 実 3. 3.1 験 結 果 硫化物の析出 Fig. 2 および Fig. 3 に示すような球状および板状の 2 種 類の形状の硫化物が LPS サンプル中に観察された.球状硫 化物の大きさは 1×10-7 m~1.6×10-6 m とかなり広い分布 サンプル中の析出物は走査型電子顕微鏡( Scanning Elec- を持ち,サイズの大きいものは主にマンガンと硫黄から構成 tron Microscopy , 以 下 SEM ) お よ び 透 過 型 電 子 顕 微 鏡 され,少量の銅,鉄を含んでいた.また,Fig. 2 に示すよう ( Transmission Electron Microscopy ,以下 TEM )を用いて に,粒子サイズが小さくなるほど銅濃度が高くなった. 観察を行った. SEM 用の試料は 3 vol 硝酸エチルアル 一方,板状硫化物は Fig. 3 に示すように主に銅と硫黄で コール溶液(ナイタール)または 10アセチルアセトン1 構成されており,短軸,長軸の長さはそれぞれ( 5 10 )× テトラメチルアンモニウムクロライドメチルアルコール溶 10-8 m, ( 3 14 ) × 10-7 m で あ っ た . Fig. 3 に 示 す 回 折 パ 液(以下 AA 電解液)を用いてエッチング処理を行った. ターンより板状銅硫化物は面心立方構造(f.c.c)であることが SEM 観察は高解像度顕微鏡 LEO 1550 を用いて行った. わかり,また LPS 中の硫化物の中で板状のものは個数にし TEM 用の試料は試料を鏡面研磨し,AA 電解液中定電圧下 て約 8を占めていることがわかった. で抽出して作製した12) .その後標準的手順で作製したカー LPS と HPS の大きな違いは以下に述べる 2 点である.ま 314 日 本 金 属 学 会 誌(2009) Fig. 2 Spherical sulfides in LPS sample. (a) Morphology; EDS of (b) Point B, (c) Point C, and (d) Point D. Fig. 3 Platelike sulfides in LPS sample, f.c.c structure. 第 73 巻 第 4 号 315 急冷凝固鋼中のりん偏析と硫化物析出の関係―鋼スクラップ中の不純物元素活用― Fig. 4 Morphology and EDS of spherical sulfides in HPS sample. (a) TEM image and (b) EDS spectrum from extraction replica specimen; (c) SEM image and (d) EDS spectrum, electrolytically etched by 10 AA electrolyte. 50 nm 以下の微細な球状銅硫化物を観察しており7,8) ,この 硫化物は高りん鋼の方が容易に析出すると考えている.この 結果と合わせ,本研究における硫化物析出に及ぼすりんの影 響を以下のようにまとめた. HPS 中の球状硫化物は LPS 中よりも小さいことか ら,りんが高温での硫化物析出を遅滞させ,その生成開始を 低温まで持ちきたしたことが考えられる. 球状硫化物の組成は LPS 中では主として MnS であ り, HPS 中では主として Cu2-xS であることから,りんが MnS 析出を抑制し,Cu2-xS 析出を促進させたと考えられる. Fig. 5 ples. The size distribution of sulfides in LPS and HPS sam- 板状 Cu2-xS は HPS 中にはほとんど見られないこと から,りんは銅硫化物の形態に何らかの影響を及ぼしている ことが考えられる. 3.2 りん偏析 ず, HPS 中には Fig. 4 に示すような球状硫化物が存在し, 硫化物が析出する CuS2P ,析出しない Cu2P の試料片の この球状硫化物のほとんどが主に Cu2-xS として存在してお りん分布などを EPMA 測定を行い明らかにした. Fig. 6 に り(Fig. 4(b), (d)),大きさは LPS 中硫化物と比べてはるか マンガン,銅,りんおよび硫黄の濃度分布を示す. CuS2P に小さく 1.5 × 10-7 m 以下であったこと,もう一点は HPS 中には板状硫化物が存在しないことである. 中,Cu2P 中とも元素の種類によらず樹間に濃化し,デンド ライト構造が見て取れる.すなわち,凝固後にいくつかの固 HPS および LPS 中の球状硫化物のサイズ分布を Fig. 5 に 相変態があるものの,各元素とも主な偏析は凝固時の固液変 示す.LPS 中球状硫化物は 1×10-7 m~1.6×10-6 m の広い 態プロセスにおいて生じていることが考えられる.ここで以 範囲のサイズ分布を持つ一方, HPS 中球状硫化物は 1 × 下の式で定義される K1, K2 を用いてりん偏析度を評価した. 10-7 m より小さいものから約 5×10-7 m のものまでのサイ ズ分布であり,かつ,そのほとんどが 1.5 × 10-7 m より小 さいものであった. 著者らは,0.12りんを含有した他のサンプルにおいても K1=(CP, i-CP, mean )/CP, mean (1) K2=(CP, max-CP, min )/CP, mean (2) ここで CP, i は各点 i におけるりん濃度,CP, mean は 512×512 点すべての平均のりん濃度, CP, min および CP, max は各点中 316 第 日 本 金 属 学 会 誌(2009) 73 巻 最小および最大のりん濃度である. Fig. 7 に CuS2P および Cu2P における K1 値とその相対 累積頻度( Relative Cumulative Frequency ,以下 RCF )の関 係を示す.解析した各点のりん濃度は全体として Cu2P に比 べ CuS2P の方が平均りん濃度に近く, CuS2P の方が Cu2P より偏析度が小さいことがわかる.この傾向は K2 で評価さ れた偏析度においても, Table 2 に示すように CuS2P では 5.45, Cu2P では 5.95 と,後者の方が小さいことからも裏付 けられる.また濃度範囲そのものすなわち CP, max と CP, min の差も Cu2P サンプルの方が広い. 考 4. 4.1 察 りんの球状硫化物析出に及ぼす影響 りんはフェライト安定化元素としてよく知られており,相 変態温度に大きな影響を及ぼす.りんを含有した鉄炭素系状 態図4,10)によれば,りんは液相線,固相線を大きく下げると ともに Ae3 点, Ae4 点の温度にも大きな影響を及ぼし, 0.1 massのりん添加により Ae4 点は 55 K 低下し,Ae3 点を 70 K 上昇する4).またりんは凝固中に非常に偏析しやすく,平 衡凝固に比べて局所平衡における相変態温度に及ぼす影響は 大変大きくなる. 本実験における硫化物は,最終凝固段階, d / g 変態中, g 鉄領域中,g/a 変態中などいろいろな段階で生成する可能性 があり,ある硫化物がどの段階で生成したかを決定するのは Fig. 6 The distribution of solute elements revealed by EPMA in Cu2P (a) and CuS2P (b) samples. Fig. 7 The concentration deviation from the mean value revealed by EPMA. Table 2 The summary of the parameters of EPMA data. Sample Mean CP, SD SEM Minimu m CP, Maximu m CP, CP Rang, K2 CuS2P 0.274 0.11166 2.18×10-4 0.088 1.582 1.494 5.45 Cu2P 0.273 0.15088 2.95×10-4 0.04 1.664 1.624 5.95 Note: The standard deviation SD= Var, where 1 n (CP,i-CP,mean)2; The standard error of the mean Var= n -1 i =1 SD SEM= and n=512×512=262144. n ∑ 第 4 号 317 急冷凝固鋼中のりん偏析と硫化物析出の関係―鋼スクラップ中の不純物元素活用― 容易ではない.しかし,サイズの大きい硫化物は通常は高温 る18). ln k ji=ln k 2i/ln k 3i=(1-k 2j )・e ji・N Lj の段階,例えば凝固中あるいは d / g 変態中などに生成した k ji (7) は元素 j 添加の影響を加味した平衡分配係数, k 3i と考えられ,このようなサイズの大きいマンガン硫化物は ここで LPS 中に多く見られる一方, HPS 中ではほとんど見られな は Feij 三元系における元素 i の平衡分配係数,k 2i は Fei い.これはりんがこれらの硫化物生成挙動に何らかの影響を 二元系における元素 i の平衡分配係数(本計算においては 与えているからであり,例えば固液相間の硫黄の平衡分配係 Table 3 の k d/g に等しい),e ji は Table 4 に示す i, j 間の相互 数や硫黄の活量係数および硫化物の成長挙動はりんの存在で 作用係数14), N Lj は液相中の元素 j の濃度である.これに基 大きく変化する.これらの変化を考慮しつつ,修正された づき,硫黄の平衡分配係数に及ぼすりんの影響,同様に逆の Kurz13) の mode を用いて凝固時の溶質元素の再分 影響も本計算に組み込んでいる.一方,マンガンとりんに関 配を計算し,凝固後の各濃度分布を見積もった.Fig. 8 に示 しては e PMn が 0 であることから,そのような平衡分配係数 すように二次デンドライトアーム間隔の半分を計算領域とし に及ぼしあう相互作用はないとみなした.りん,硫黄間の相 て選び,N 節(N=30)に分ける.二次デンドライトアーム間 互作用を表す k 値を Fig. 9 に示す.お互いに平衡分配係数 Clyne と 隔は LPS, HPS ともに 1.5 × 10-5 m にとり,計算は直接有 限差分法を用いて行った.詳細は前報など10,14)で記述してい る.TL, TS, TA4, TA3 温度は以下の式4,15)を用いて計算した. TL=1809-78[C]-7.6[Si]-4.9[Mn] -34.4[P]-38[S]-4.7[Cu], K ることがわかる. Fig. 10 に高りん濃度材と低りん濃度材の凝固に伴う温度 変化と固相率の関係を示す.固相線,液相線とも高りん濃度 (3) TS=1809-175[C]-20.5[Si]-6.5[Mn] -500[P]-700[S], K を増大させる結果となり,偏析をある程度弱め合う働きがあ 材の方が温度が低く,この傾向は固相線において顕著であ る.相変態温度に及ぼすりんの影響は,最近著者らによる (4) d/g 変態のその場観察において明らかにされている20).本実 (5) Table 3 The equilibrium distribution coefficient and diffusion coefficient of the solute elements for mathematical calculation1517). TA4=1665+1122[C]-60[Si]+12[Mn] -550[P]-160[S], K TA3=1183-230[C]0.5+44.7[Si] -30[Mn]+700[P]-20[Cu], K (6) 0.088C0.25Si0.56Mn0.017S0.12Cu を基本組 成とし,りん濃度は低い場合と高い場合とでそれぞれ 0.013 および 0.081 の 2 水準を与えて計算を行った.こ の組成の鋼では,完全に d 凝固が終了してから d / g 変態が 起こる.計算に用いた物理定数は Table 3 に示すとおりであ elements k d/ L Dd, cm2/s Dd at 1790 K, cm2/s Dd at 1750 K, cm2/s C Si Mn P S Cu 0.19 0.77 0.76 0.23 0.05 0.9 0.0127×exp (-19450/RT) 8.0×exp (-59500/RT) 0.76×exp (-53640/RT) 2.9×exp (-55000/RT) 4.56×exp (-51300/RT) 25×exp (-62000/RT) 5.36×10-5 4.34×10-7 2.14×10-7 5.58×10-7 2.48×10-6 6.72×10-7 4.73×10-5 2.96×10-7 1.52×10-7 3.92×10-7 1.79×10-6 4.51×10-7 る1517). 多元系における固液間の平衡分配係数は溶質元素同士の相 互作用が考えられるため,二元系のものとは異なる可能性が ある.平衡分配係数へのこの作用の影響を計算するのは難し いが,式( 7 )のように,鉄相におけるある合金元素の添加 の平衡分配係数に及ぼす影響を見積もることは可能であ Table 4 Selected interaction coefficients in dilute solutions of ternary iron base alloys at 1873 K19). Element j j eS j e Mn j eP j eS j e Mn j eP Fig. 8 Schematic showing the solute redistribution with complete liquid mixing and some solidstate diffusion. C 0.11 -0.07 Si Mn P S Cu 0.063 -0.026 0.029 -0.028 -0.0084 -0.048 0 0 -0.0035 0.12 0.12 0 0.062 6.45 0.028 ― 0.024 7.76 -5.87 4.1 -3.3 -2.7 0.5 0 0 -5.87 -2.35 ― 7 14.2 0 8.4 4.1 6.03 Fig. 9 The interactive effect on the equilibrium distribution coefficient between P and S elements. 318 日 本 金 属 学 会 誌(2009) Fig. 10 第 73 巻 The temperature evolution during solidification. 験と同様の LPS, HPS サンプルを用いて,はじめ 1723 K で 1200 s 保持し,その後所定の温度まで 0.33 K/s の速度で冷 却して観察を行った結果,d/g 変態開始温度は LPS, HPS で あまり変わらず 16981701 K であったが,変態が進むに連 れ HPS の変態進行が LPS より遅くなり,d/g 変態終了温度 は HPS で 1585 K, LPS で 1653 K となった.また d /g 変態 に要する時間はそれぞれ 142 s, 356 s であった.りんの添加 によって,LPS に比べて HPS の相変態は最後の 1/4 区間で 特に遅くなった.このりんによる変態進行の遅滞効果はおそ らく凝固過程でも生じているものと考えられる. Fig. 11 The concentration distribution of (a) Mn and (b) S in solid phase just after solidification. 凝固中には,固液相間の再分配による液相中へのマンガン および硫黄の濃化が考えられる.しかし本計算においては, 高りん濃度材,低りん濃度材ともに,見積もりに用いた組成 におけるマンガンと硫黄の濃度積が平衡溶解度積に比べてず っと小さいため, MnS は生成しないものと考えられる.ま た,マンガンと硫黄の濃度積が条件によっては高くなり, MnS が生成する条件となったとしても,過飽和状態を想定 しての計算結果を以下では示す. 凝固 直後の マン ガンお よび 硫黄濃 度分布 の計 算結 果を Fig. 11 に示す.マンガン濃度分布は高りん材と低りん材で 近いものになったが,硫黄に関しては全く異なる結果となっ た.低りん材では硫黄濃度は,樹間に近い節になるに従い高 くなり,急な勾配を示している一方,高りん材では穏やかな 勾配となっている.この違いはりんによる硫黄分配比の変化 および固相中逆拡散の効果によるものと考えられる. Fig. 12 The concentration distribution of S with/without considering the solid back diffusion. 固相中逆拡散を考えた場合と考えなかった場合の,凝固完 了段階における硫黄分布についてそれぞれ 2 水準のりん濃 における硫黄偏析量が大きく減少したと考えられる.一方, 度材において比較したものを Fig. 12 に示す.逆拡散を考え マンガンの拡散係数は小さいため,固液相線間の温度差,す なかった場合は,液相中でのりんと硫黄の相互作用は小さく なわち凝固所要時間の変化が濃度分布に与える影響は僅かと 無視できると仮定して計算した結果を示した.逆拡散を考え なる. た場合の方が明らかに勾配が緩やかであり,逆拡散により硫 黄の偏析が大きく低減されていることがわかった. 硫黄の拡散係数は Table 3 に示すようにマンガンの 10 倍 以上と大変大きいことから,凝固にかかる時間が固相逆拡散 効果を決める支配因子となると考えられる. Fig. 10 に示す Table 419) に示すように,りんは硫黄の活量係数にも影響 を与える.そのため,計算上硫黄の活量係数は僅かに増大し ているが,マンガンと硫黄の活量係数の積は高りん材でも低 りん材でもほとんど 1 に近い. りんは,樹間領域に近い硫黄偏析を減少させ,また偏析を ように高りん材の方が液相線から固相線まで広い温度範囲を 低温まで持ち来たして遅滞させ, MnS の生成を抑制する一 持っており,高りん材の方が硫黄が逆拡散するための時間を 方で,硫黄の活量係数を増大させ,これは反対に MnS の生 長くとることができ, Fig. 11 に示すように凝固の最終区間 成を促進させる. Fig. 13 に低りん材,高りん材において見 第 4 号 急冷凝固鋼中のりん偏析と硫化物析出の関係―鋼スクラップ中の不純物元素活用― 319 Fig. 13 The distribution of Mn and S activity product at solidus temperature in low P steel and high P steel. 積もられたマンガン,硫黄の活量積と平衡溶解度を関係を示 す.低りん材ではマンガンと硫黄の活量積が平衡溶解度積を 超えている区間は少ないが,活量積の値そのものは高りん材 に比べて高い.一方,高りん材では多くの区間でマンガンと 硫黄の活量積が平衡溶解度積より大きい結果となったが,活 量積はあまり大きくない.低りん材では固相線温度が高いた め,硫化物は高温でより狭い領域において生成し,高りん材 では固相線温度が低いため,硫化物は低温でより広い領域に おいて生成するのは妥当と考えられる.低りん材のように析 出温度が高い場合は,硫化物の成長は速くなり,より多くの 硫化物が高温で析出する一方,マトリックスからはかなり低 温にならないと硫化物が析出しない傾向になることを考える と,凝固時の硫化物析出に及ぼすりんは,低温域での微細な 硫化物析出に大きく寄与していると考えられる. 上述のような解析は凝固プロセスに限らず,凝固時と同様 に g 相から d 相へのりんと硫黄双方の再分配がある d / g 相 変態プロセスにも適用でき,りんは d / g 相変態中において も硫化物生成を遅滞させ,抑制する可能性がある.このこと Fig. 14 Distribution of P along/around sulfide particles, SEM/EDS linescan profile, Sample CuS2P. からも,HPS 中には微細な硫化物が多く見られるのに対し, LPS 中硫化物のサイズには幅広い分布が見られたことが理 Cu2-xS は MnS と同じく f.c.c. 構造を持っており,格子定数 解される. も大変近い( Cu2-xS は 5.564 × 10-8 m, MnS は 5.224 × 10-8 また, LPS, HPS 中の硫化物は Fig. 2, 4 から分かるよう m )ことを考え合わせると,本実験においてオーステナイト に,その組成にも大きな違いがある.前報8)で述べたように, 中に板状 Cu2-xS が生成したことは妥当と考えられる.一 MnS は高温での, Cu2-xS は低温での析出が有利であるた 方,りん濃度が高い場合は,Ae3 温度が大きく上昇し(Table め,りんが高温での硫化物の析出を抑制することを考えると, 1),g 相中でなく a 相中での Cu2-xS 析出が促進されること LPS では MnS が,HPS では Cu2-xS が硫化物の主な組成に になる. なることが説明できる. 形状について考えると, HPS ではほとんど見られなかっ 4.2 りんのミクロ偏析に及ぼす硫黄の影響 た板状 Cu2-xS が LPS で多く見られるのは興味深い.これ Fig. 7, Table 2 に示したように,りんのミクロ偏析度は までに板状 MnS の生成に関しては多くの詳細な研究が報告 硫化物を含むサンプル( CuS2P )において減少している.元 されている.Matsubara21) はオーステナイト鋼の{100}面に 素のミクロ偏析は,主に鋳造まま材においては凝固中の固液 板状 MnS が析出し,オーステナイト結晶構造と半整合性が 分配および固相中の溶質の拡散,再分配などの結果生じる あることを述べている.近年, Furuhara22) はオーステナイ が,その挙動は温度履歴,溶質濃度,界面,その他多くの要 トステンレス鋼との半整合性を高解像度 TEM 観察によって 因に依存する25,26).自由表面や粒界に加え,構造欠陥,析出 確認したことを報告している.また Kimura23) と Yasumoto24) は共焦点型レーザー顕微鏡を用いてある温度帯 における板状 MnS の析出と成長の挙動を観察している. 物とマトリックス間を含む相境界などが偏析挙動を考える際 には重要である. Fig. 14 は CuS2P 中 硫 化 物 を 横 切 る 形 の マ ン ガ ン , り 320 第 日 本 金 属 学 会 誌(2009) 73 巻 Fig. 15 Phosphorus coexisted with sulfides in sample CuS2P. (a) TEM image of sulfide particles; (b), (c) EDS spectrums for two sulfides (exaction replica specimen). ん,硫黄各元素に関する SEM / EDS ライン分布である.り る29) こと を考える と,りん は硫化物 と鉄間の 界面エネ ル んは硫化物とともに存在しているように見え,りんは硫化物 ギーも同様に減少させることが予測される.このことから, とマトリックス間の界面に偏析している可能性と,硫化物に 硫化物と鉄間の界面エネルギーに関するデータはほとんどな 固溶している可能性がある. Fig. 15 に TEM 抽出レプリカ いが,りんの硫化物鉄間の界面へのりんの偏析は,硫化物 試料中の硫化物の EDS スペクトルを示す.りんは硫化物と の成長をある程度制限することは十分考えられる. ともに存在していることが観察され,全てではないが半数の 硫化物はこの程度のりんを含有していると考えられる. 5. 結 言 これまで硫化物中のりんの溶解度や,硫化物と鉄の界面へ のりん偏析に関しての報告はほとんどないが,近年, Lauretta27) 種々のりん,硫黄,銅濃度の低炭素鋼を,ストリップ連続 によって関連する研究が報告されている.彼は 鋳造試験機および実験室規模の急冷凝固鋳造機で作成し,り 4.75Ni, 0.99Co, 0.89 Cr および 0.66P を含有した鉄 んと硫化銅の相互作用について調べた.りんは高温域でマン 基合金の,1.1H2SH2 混合ガス雰囲気中 6731274 K にお ガン硫化物の生成を抑制し,低温域,特に a 相中での,微 ける硫化を調査しており,異なる温度で 4.5 h 硫化した後, 細な硫化物の析出を促進することがわかった.この効果はり 硫化相がメタル表面に生成したのを報告した.多くの実験 んが相変態温度,硫黄の活量係数,銅硫化物の成長挙動に影 で,ニッケル,コバルト,りんがメタル硫化物界面のシェ 響を及ぼしたことによるものである.また硫化物を含有する ライバーサイト相中に相当に濃化していることがわかった. 鋼中のりんの偏析度は減少し,これは銅硫化物がある程度の この鉱物は 1273 K で生成してたが,メタル硫化物界面に りんの溶解度を持つことにより,りんが分布しやすい界面を 限らず,小さい介在物として硫化物層中にも均一に分散して 与えているためと考えられる. いることがわかった. もし硫化物がある程度のりんの溶解度を持ち,また硫化物 本論文を作成するにあたり,有益なご議論をいただいた独 がりんが分散する界面を多く提供するとすれば,硫化物を含 率行政法人物質・材料研究機構・殷福星博士,住友金属工業 むサンプルのりんの偏析度が減少することは説明がつく.ま 株式会社・吉田直嗣博士に謝意を表する. た,硫化物が微細になるほど,界面積は劇的に増大すること になる. 文 献 また,りんがいったん硫化物鉄界面に偏析すると,硫化 物の成長に大きな影響を与えることも考えられる.硫化物の 成長挙動は以下の Ostwald 成長モデルの式で記述される28). r 3t -r 30=8sD[M]Vmt/9RT (8) ここで,rt は時刻 t における粒半径,r0 は初期時刻における 粒半径,s は粒子とマトリックス間の界面エネルギー,D は 拡散係数,[ M ]は該当原子種のマトリックス中濃度 Vm は 粒子のモル体積,R は気体定数,T は温度である.界面エネ ルギー s や拡散係数 D が小さくなれば,成長速度は小さく なる.ここで d 鉄の界面エネルギーは, 0.086のりん含有 に よ り , 1723 K で 0.795 J / m2 か ら 0.575 J / m2 に 減 少 す 1) T. Watanabe: Tetsutohagan áe 88(2002) 107116. 2) O. Umezawa: Ferrum 7(2002) 545554. 3) T. Hanamura, T. Yamashita, O. Umezawa, S. Torizuka and K. Nagai: J. Advanced Science 13(2002) 179182. 4) N. Yoshida, O. Umezawa and K. Nagai: ISIJ Int. 43(2003) 348 357. 5) N. Yoshida, O. Umezawa and K. Nagai: ISIJ Int. 44(2004) 547 555. 6) O. Umezawa, K. Hirata and K. Nagai: Mater. Trans. 44(2004) 12661270. 7) Z. Liu, Y. Kobayashi and K. Nagai: Mater. Trans. 45(2004) 479487. 8) Z. Liu, Y. Kobayashi and K. Nagai: ISIJ Int. 44(2004) 1560 1567. 9) A. Guillet, E. EsSadiqi, G. Lesperance and F. G. Hamel: ISIJ 第 4 号 急冷凝固鋼中のりん偏析と硫化物析出の関係―鋼スクラップ中の不純物元素活用― Int. 36(1996) 11901198. 10) Z. Liu, Y. Kobayashi and K. Nagai: Mater. Trans. 46(2005) 26 33. 11) Z. Liu, Y. Kobayashi, J. Yang, K. Nagai and M. Kuwabara: Mater. Trans. 47(2006) 23122320. 12) F. Kurosawa and I. Taguchi: Mater. Trans., JIM 31(1990) 51 60. 13) T. W. Clyne and W. Kurz: Metall. Trans. A 12(1981) 965971. 14) Z. Liu, J. Wei and K. 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