[資料] 第 11)。極楽浄土の不退の土に(巻第 10),六道に, 太平記・平家物語に見るあの世ないし 地獄 六道を見(巻第 12)。三途(巻第 10)。 中島 太平記 冥途の旅(第 1 巻,第 2 巻,第 21 巻,第 33 巻),冥 信之 途まで(第 6 巻,第 27 巻,第 21 巻),冥途の供(第 7 巻),冥途なれば(第 9 巻),冥途に趣き(第 10 巻), はじめに 1 冥途にて(第 21 巻),冥途黄泉(第 32 巻)。 黄泉(第 37 巻),黄泉の下(第 18 巻),黄泉の旅 岩波文庫『太平記』 (1370 年までに成立)全 6 冊を (第 20 巻,第 21 巻)。九泉(第 19 巻),泉下(第 38 読んでいたら,あるとき,地獄というかあの世に関す 巻),九界(第 16 巻),九界(第 16 巻),三界の苦界, る記述が,少なからずあるのに気づいた。しばらく前 九品の浄刹(第 11 巻),中有(第 6 巻),暗き道(第 に地獄について調べたことがあったので,太平記登場 19 巻),三明の覚路(第 21 巻),死出の山,三途の大 の人たち(あるいは作者) | かれらは武士として殺 河(第 29 巻),苔の下(第 38 巻),悪趣(第 39 巻)。 傷を生業としていた | は,地獄ないし死後の世界を どうとらえていたのだろうか。気になった。 2.2 今後の参考にもなるかと思い,抜き出して調べた。 やはり軍記物である平家物語(1230 年以前に成立)に 比喩 事件や戦争の惨状を表現するのに,地獄が例に出さ ついてもおなじことをやってみた。 れる。この点は今でも同じだろう。 結果わかったことは,武士たちは,ほとんど地獄の 平家物語 ことを真剣には受け取っていなかったようだ | 言葉 大納言が入道相国に責められるさま,および小松の の上では, 「死ぬこと」=「冥途に赴く」などといって 大臣(注,重盛)が現れ,地獄に地蔵菩薩を見るごと はいたが。 し(巻第 2),つじかぜ=地獄の業風(巻第 3),文覚 被流,奈良炎上(巻第 5),入道死去(巻第 6),・冥 途にて罪人共が冥官にあへる心地,・三位の中将法然 まとめ 2 房に,・重衡捕らえられ狩野介宗茂にあずけられる,・ 地獄ないしあの世を意味する言葉(箇所)が,岩波 維盛入水,極楽浄土に言及(以上巻第 10),二位の尼 文庫の『平家物語』 (全 4 冊)に 29,同『太平記』 (全 安徳天皇を抱いて入水(巻第 11)。 6 冊)に 50 弱あった。 太平記 それらには,まず「死ぬ」の,いわば婉曲的な表現 俊基朝臣罪を究明される(第 2 巻),千剣破ちはや城 として,例えば冥途や黄泉などに赴く,というのがあ における戦(第 7 巻),鎌倉中合戦(第 10 巻),北国 る。第 2 に,現世の惨状を地獄になぞらえているもの 下向勢凍死(第 17 巻),青野原軍(第 19 巻),猿楽 があり,第 3 に,仮死状態や夢の中での地獄体験(つ の桟敷が崩壊(第 29 巻), まりは伝聞)があり,さらに,死後極楽浄土への往生 を願う(地獄を忌避する)というのがある。後者は平 2.3 家物語には出てこない。 伝聞・地獄体験 だれかが夢や仮死状態で地獄を訪れ,そこで知った 2.1 ひとが苦しんでいるのを目の当たりにする,という状 「死ぬ」の婉曲表現 況は『日本霊異記』などでしばしばあつかわれている。 現在でも, 「死ぬ」といわないで, 「天国に行く」と 日蔵上人が地獄で延喜帝(醍醐天皇)に会う話は,ど か「遠いところの旅立つ」という。この点では平家物 こかで読んだ気がするが,あるいは勘違いか。 語の時代でも太平記の時代でも変わらない。多いのは 平家物語 「冥途に行く」および「黄泉に行く」であろうか。 入道相国の北の方二位の尼の夢(巻第 6)。 平家物語 太平記 かへらぬたび(巻第 5),四出の山,三瀬河,黄泉中 性空上人の前に第八冥官が現れる(第 11 巻),結 有の旅(巻第 6),黄泉の明暗をてらさむがため(巻第 城入道堕地獄(第 20 巻),吉野炎上(第 26 巻),北 8),討死して冥途にても(巻第 9),冥途の思出(巻 野参詣人(第 35 巻),いずれも日蔵上人,堕地獄の延 1 巻第三 つじかぜの事1 喜帝に会う。夢に新田義興,牛頭,馬頭の阿防羅刹ど もを(第 33 巻)。 おびたゝしうなりよどむ音, かの地獄の業風なり共,これには過ぎじと見えし。 (p.366) 2.4 以上(一) その他 巻第五 文覚被流 「……。三界は皆火宅なり。王 上の 3 項目は,いずれも「地獄」があつかわれてい 宮といふとも,其難をのがるべからず。十善の帝位に るが,まれに極楽,浄土も顔を出している。特に 2 つ ほこつたうとも,黄泉の旅に出でなん後は,牛頭馬頭 目は,戦場に時衆(僧侶)が同行し,死にゆく者に「南 のせめをばまぬかれ給はじ物を。」と云々(p.192) 奈良炎上 無阿弥陀仏」の名号を 10 回唱える,とのことである。 猛火はまさしうおしかけたり。をめきさ 死後極楽(阿弥陀如来の浄土)に往生したいといの思 けぶ声,焦熱・大焦熱・無限阿※(※は田偏に比。び) いに応えたものである。 のほのほの底の罪人も,これには過ぎじとぞ見えし。 (p.238) 平家物語……なし。 巻第六 新院崩御 つねに見し君が御幸をけふとへ 太平記 ばかへらぬたびと聞くぞかなしき 御息所の歌に極楽の玉の台(第 37 巻), (戦に敗れ) 入道死去 時衆の最後の十念を受け(第 39 巻)。 (p.250) (清盛,死の直前,大いに熱を発する) 筧の水をまかせたれば,石やくろがねなンどのやけた るやうに水ほとばしツて,よりつかず。おのづからあ 3 たる水は,ほむらとなツてもえければ,くろけぶり殿 結論 中にみちゝゝて,炎うづまいてあがりけり。是や昔法 上の「まとめ」で見るとおり,あの世・地獄に関す 蔵僧都と言ツし人,閻王の請におもむいて,母の生所 る語は平家物語で 18 件,太平記で 39 件,総計 57 件 を尋しに,閻王あはれみ給ひて,獄卒をあひそへて焦 あった(記録漏れや数え違いもあるだろうが,大まか 熱地獄はつかはさる。くろがねの門の内へさし入ば, の傾向はわかるということで,ご勘弁いただきたい)。 流星なンどの如くに,ほのほ空へ立ちあがり、多百由 最も多かったのが「死ぬことの婉曲的表現」で,平 旬に及けんも,今こそ思ひ知られけれ。 家物語で 8 件,太平記で 27 件,総計 35 件(61 %), 入道相国の北の方二位の夢に見給ひける事こそおそ 次が「比喩」で平家物語で 9 件,太平記で 6 件,総計 ろしけれ。猛火のおびたゞしくもえたる車を,門の内 15 件(26 %),伝聞が平家物語で 1 件,太平記で 4 へやり入たり。前後に立たるものは,或は馬の面のや 件,総計 5 件(9 %),その他が平家物語で 0 件,太 うなるものもあり,或は牛の面のやうなるものもあり。 平記で 2 件,総計 2 件(4 %)となった。 車のまへには, 「無」といふ文字ばかりぞ見えたる鉄の わずか 1 件だけが,死後極楽往生したいという(プ 札をぞ立たりける。二位殿夢の心に, 「あれはいづくよ ラスの)願いを表しているが,反面,殺傷を生業とす りぞ」と御たづねあれば, 「閻魔の庁より,平家太政入 る武士たちが地獄堕ちを思い煩っていたという気配は 道殿の御迎に参ツて候」と申。「さて其札は何といふ ない。武士たちを含め,当時の日本人にとって,地獄 札ぞ」ととはせ給へば, 「南魔浮堤金剛十六丈の廬遮那 は紙の上の存在ではなかったか。 仏焼ほろぼしたまへる罪により無間の底に堕給ふべき よし,閻魔の庁に御定め候が,無間の「無」をばかか れて, 「間」の字をばいまだかゝれぬ也」とぞ申ける。 4 平家物語 云々(pp.288{90) ……,是は目にも見えず,力にもかゝはらぬ無常の 巻第二 小教訓 (入道相国に責められて)二人の 刹鬼をば,暫時も戦ひかへさず,又かへりこぬ四出の 者共,大納言の左右の耳に口をあてて, 「いかさまにも 山,三瀬河,黄泉中有の旅の空に、たゞ一所こそおも 御声のいづべう候」とさゝやいて,ひきふせ奉れば, むき給ひけめ。日ごろつくりおかれし罪業ばかりや 二声三声ぞをめかれける。其体,冥途にて,娑婆世界 獄卒にな ツて迎へに来りけん。あはれなりし事共也。 の罪人を,或業のはかりにかけ,或浄頗梨の鏡にひき (pp.292{4) 向けて,罪の軽重に任せつゝ,阿防羅刹が呵責ずらん 以上(二) も,これには過ぎじと見えし。(pp.162{4) 巻第八 征夷将軍院宣 「……。其故父大介は,君 ……其時見つけ奉り,うれしげに思はれたる気色, の御ために命をすてたる兵なれば,彼義明が黄泉の迷 地獄にて罪人共が地蔵菩薩を見奉るらんも,かくやと おぼえて哀也。(p.166) 1 岩波版は「風に炎」,ここは角川版(上,p.154)によった。 2 暗をてらさむがため」とぞ聞こえし。(p.166) 六道を見たりとこそうけ給はれ。云々(pp.410{2) 以上(四) 巻第九 樋口被討罰 樋口の次郎,涙をはらはら流い て, 「…(中略)…。兼光は都へのぼり打死して,冥途 にても君の見参に入,云々(p.260) 5 以上(三) 巻第十 内裏女房 日比は何共思はれざりし定長を, [第 1 巻] 今は冥途にて罪人共が,冥官にあへる心地ぞせられけ 土岐多治見討たるる事 9 る。(p.22) 落とし, 「この矢一つをば,冥途の旅の用心に持つべ 化行を思ふに,罪業は須弥よりも高く,善業は微塵ば し」と云って,云々。(p.61) かりも蓄へなし。かくてむなしく命をはりなば,火穴 [第 2 巻] 湯2 の苦果。あへて疑なし。願はくは,上人慈悲をお 俊基朝臣重ねて関東下向の事 4 こし,あはれみをたれて,かゝる悪人のたすかりぬべ 一間なる所に,蜘蛛 手きびしく結ひて押し籠め奉る有様,ただ地獄の罪人 き方法候はば,しめし給へ」。 の閻魔の庁に渡されて,頸かせを入れられ,罪の軽重 其時上人涙に咽て,しばしは物もの給はず,良久し 糺さるらんも,かくやと思ひ知らされたり。(p.90) うあツて, 「誠に受難き人身をうけながら,むなしう三 阿新くまわか殿の事 6 途にかへり給はん事云々…(中略)…若此をしへをふ (阿新3 父の流刑地佐渡に渡っ て)父誅せられさせ給ふべき由を聞いて,今は何事に かく信じて,行住坐臥,寺処諸縁をきらはず,三業四 か命を惜しむべき。父とともに斬られて,冥途の旅の 威儀において,信念口称をわすれ給はずは,畢命を期 供をもし,また最後の御有様をも見奉るべしと思ひ立 として,此苦域の界を出て,彼不退の土に往生し給は ち,母に暇をぞ乞はれける。(p.95) ん事,何の疑かあらむや」と云々(pp.46{8) [第 6 巻] 巻第十 千手前 (重衡)南都をほろぼされたる伽 赤坂合戦の事,并人見本間討死の事 9 藍のかたきなれば,云々」とて,伊豆国住人狩野介宗 本間,跡に追 つ着いて,今は互ひに前を争ひても申すに及ばず,一 茂にあづけらる。其体,冥途にて娑婆世界の罪人をな 所にて尸を曝して,冥途までも同道申さんずるよ」と ぬかゝゝに十王の手にわたさるらんも,かくやとおぼ 申しければ,云々。(p.305) えて哀也。(p.60) (本間の嫡子の云ふ)「……,われわれに知らせず 維盛入水 (聖も哀に覚えたれ共) 「…(中略)…, して,ただ一人討死仕りけるにて候ふ。相伴ふ者なく 三世諸仏は,一切衆生を一子の如く思食て,極楽浄土 て,中有の途に迷ふらんも,さこそと思ひやられ候へ の不退の土にすゝめ入れんとしたまふに,云々」 (p.98) ば,同じく討死仕つて,冥途までも,父に事ふる道を 巻第十一 嗣信最後 「源平の御合戦に,奥州の佐 厚くして候はばや存じて,云々。(p.309) 藤三郎兵衛嗣信と言ひける物、讃岐国八島のいそにて, [第 7 巻] 主の御命にかはりたてまツて,討たれけり」と末代の 村上義光大塔宮に代はり自害の事 2 物語に申されむ事こそ,弓矢とる身には,今生の面目, 宮,……, 「われ もし生きたらば,汝が跡の後生を弔ふべし。ともに敵 冥途の思出にて候へ」と云々。(p.160) 六道の沙汰 今一筋残つたる矢を引き抜 いて,胡□(竹冠に禄)をば櫓より下へからりと投げ 戒文 (三位の中将,法然房に) 「……倩つらつら一生の 巻第十二 太平記 の手にかからば,冥途までも同じ岐ちまたに伴ふべし」 (二位の尼,安徳天皇に) と仰せられて,云々。(p.327) 「君はいまだしろしめされさぶらはずや。先世の十善戒 父の義光が…(中略)…自害せんとしけるを見て, 行の御力によツて,今万乗のあるじとは生れさせ給へ 義隆馳せ来たつて,父とともに腹を切り,冥途の供を ども,悪縁にひかれて,御運尽き給ひぬ。…(中略)…。 せんとしけるを,父,大きに諫めて,云々。(p.329) 此国は粟散辺土とて,心うき堺にてさぶらへば,極楽 千剣破ちはや城軍の事 2 浄土とて,めでたき所へ具しまゐらせ侍らふぞ」と, (千早城の堀に橋を架けた が,火をつけられる)……橋桁中より燃え折れて,谷 泣々…(中略)…。(二位の尼は安徳天皇を抱いて入 底へ倒さかさまにどうと落ちければ,数千の兵,同時に 水)残とゞまる人々のをめきさけびし声,叫喚・大叫 猛火の中へ落ち重なつて,一人も残らず焼け死ににけ 喚のほのほの底の罪人も,これには過じと云々。 り。その有様,ひとへに八大地獄の罪人の,刀山剣樹 「是皆六道にたがはじとこそおぼえ侍へ」と申させ に貫かれ,猛火熱湯に身を焦がすらん苦しみも,かく 給へば,法皇仰なりけるは, 「異国の玄奘三蔵は,悟の こそと思ひ知られたり。(p.343) 前に六道を見,吾朝日蔵相人は,蔵王権現の御力にて, [第 8 巻] 2 火血刀=火途(猛火で焼かれる地獄) ・血途(弱肉強食の世界= 3 日野中納言資朝の子。 畜生道) ・刀途(刀剣などで脅迫される苦界(餓鬼道) 3 山門京都に寄する事 8 二人(比叡山の僧,豪鑑,豪 [第 17 巻] 仙)ながら十余ヶ所の疵を蒙つてければ, 「今は所存こ 北国下向勢凍死の事 18 れまでぞ。いざや,冥途まで同道申さん」と笑うて, 満ち,紅蓮,大紅蓮の苦しみに眼に遮る。今だにかく 云々。 (p.406) ある,後の世を思ひ遣るこそ悲しけれ。知らぬ前の世 〔以上第 1 分冊〕 かの叫喚,大叫喚の声耳に のことまでも,思ひ残す事はなし。(p.189) [第 9 巻] [第 18 巻] 番場自害の事 7 糟屋三郎…(中略)…, 「宗秋こそ先 金崎城落つる事 9 づ自害仕つて,冥途の御先を仕らんと存じつるに,先 「……。されば,わが命を白刃の 上に縮めて,怨を黄泉の下に酬はんと思ふなり。……」 立たせ給ひぬるこそ口惜しけれ。今生にては,命の際 (p.249) の御先途を見果てまゐらせ候はめ,また冥途なればと 一宮御息所の事 11 て,見放し奉るべきにあらず,暫く御待ち候ふべし。 手づから御経をあそばし,……「……。ともに三界の苦 死出の山の御供申し候はん」と云ひて,云々。(p.89) 海を出でて,速やかに九品の浄刹に至れ」と。 (p.284) [第 10 巻] 鎌倉中合戦の事 8 亡き人の忌日と定めさせ給ひて, 比叡山開闢の事,并山門領安堵の事 13 「……御不審の身にて死し候は 八王子は, 千手観音の垂迹,無垢三昧の力を以て,奈落伽の重苦 ば,後代までの妄念になるべく覚え候ふ。今は御免を を済はせ給ふ。…(中略)…,これしかしながら補陀 蒙り候ひて,心やすく冥途に趣き候はん」とて,云々 洛山とも申すべし。云々。(p.297) 。(p.127) [第 19 巻] ……煙に迷へる女,童部の追つたてられて,火の中, 金崎の東宮并びに将軍宮御隠れの事 4 塀の中とも云はず,逃げ倒れたる有様,修羅の眷属, みを達せんには如かじ。…(中略)…。同じ暗き道に 天帝のために罰せられて,火炎剣戟の下に伏し倒れ, 迷はん後世までも,御供申さんこそ本意なえれ」とえ, 地獄の罪人,獄卒の呵責に駆られて,鉄湯の底に落ち (p.317) いるらんも,かくやと思ひ知られたり。(p.132) 奥州国司顕家卿上洛の事,付新田徳寿丸上洛の事 7 [第 11 巻] 書写山行幸の事 3 ……,その名は止まって,武を九泉の先に耀かす。 (性空)上人,寂寞の扉に座して, (pp.325{6) 妙典を読誦し給ひける時,第八の冥官,一人の化人と 青野原軍の事 9 なつて,片時の程に書きたりし御経なり。(p.174) 越前牛原地頭自害の事 9 ……,互ひに一引きも引かず,命を 際に相戦ふ。毘嵐断えて大地忽ちに無限獄に落ちて, (母が 5 つと 6 つの子とと 水輪湧いて世界尽く有頂天に翻らんも,かくやと云々 もに入水しようとして)「この川は,これ極楽浄土の 。(p.335) 八功徳池とて,少き者の生まれて遊び戯るる処なり。 [第 20 巻] 云々。 」(p.194) 結城入道堕地獄の事 15 [第 12 巻] 管丞相の事 2 後生善処の望 「……,つひに朝敵を滅ぼ し得ずして,空しく黄泉の旅に趣き候ひぬる事,多少 京,白川の貴賤男女,喚き叫ぶ声,叫 曠劫の妄念ともなりぬと覚え候ふ。……」(p.397) 喚大叫喚の苦しみの如し。(p.241) 夜半過ぐる程に,月俄かに書き陰り,雨荒く,電頻 「臣,冥官の庁と覚しき所に至りて候ひつるに,長一 丈余りなる人の衣冠正しきが,金の申し文を捧げ,「粟 りにして,牛頭馬頭の阿放羅刹ども,その数知らず, 散辺地の主延喜帝王,時平大臣が讒言を云々。…(中 大庭に群がり集まれり。乾坤須臾に横尽して,鉄城堅 略)…。その罪もっとも重し。早く庁の御札に記され く閉じ,鉄網四方に張れり。烈々たる猛火燃え出でて, て,阿鼻地獄へ落とさるべし」と申されしかば,三十余 一由旬が間盛んなるに,毒蛇舌を延べて焔を吐き,鉄 人並み居給へる冥官,大きに怒って,云々。 (pp.244{5) の犬牙をといで吠え怒る。 山伏これを見て,あな恐ろし,これは無間地獄にて 〔以上第 2 分冊〕 ぞあるらんと,恐怖して見居たる処に,火の車に罪人 [第 16 巻] 「そもそも最後の一念によって,善 を独り乗せて,牛頭馬頭の鬼ども,轅を引いて虚空よ 悪の生を得と云へり。九界4 の中には,いづこをば御 り来たれり。待ち設けつる悪鬼ども,鉄の俎の盤石の 辺の願ひなる」と問ひければ,正氏,打ち笑うて, 「七 如くなるを庭に置いて,その面に罪人を一人取って, 生までも,ただ同じ人界同所に託生して,つひに朝敵 あふのけに伏せて,その上にまた鉄の俎を重ねて,諸 を亡ぼさばやとこそ存じ候へ」と云々。(pp.80{1) の鬼ども膝を屈め,腕を延べて, 「えいやえいや」と押 正成討死の事 10 すに,俎のはづれより血の流るる事,油を絞るが如し。 4 くかい。①十界から仏界を除いた九つの世界。②欲・色・無色 これを受けて,大きなる鉄の桶に入れ集めたれば,十 の三界を九つに分けたものの総称。(広辞苑) 4 分に湛へて江水の如くなり。その後,二つの俎を取っ 吉野炎上の事 10 そもそもこの北野天神の社壇と申 てのけて,紙の如く押し平めたる罪人を.鉄の串に刺 すは,延喜十三年に,笙の岩屋の日蔵上人,頓死し給 し貫き,炎の上に打ち立てて打ち返し打ち返し○るこ ひたりしを,蔵王権現,左の御手に乗せ奉って,閻魔 と(○は火偏に共,あぶる),庖人の肉味を調するに 王宮に至り給ふに,第二の冥官,一人の倶生神を相添 異ならず。 へて,この上人に六道を見せ奉る。鉄窟苦所と云ふ所 至極○り乾らかして,また俎の上に置き,臠れん刀に に至って見給ふに,鉄湯の中に,玉の冠を着て天子の 鉄の魚箸を取りそへて置いたるを,或る鬼,さし寄っ 形なる罪人あり。手を揚げて,上人を招き給ふ。如何 て押し平め,分々つだつだにこれを割り切って,銅の箕 なる罪人なるらんと怪しんで,立ち寄って見給へば, の中へ投げ入れたるを,牛頭馬頭, 「活々」と唱へてこ 延喜帝5 にてぞおはしける。上人,御前に跪いて, 「君, れを簸ひるに,罪人忽ちに蘇って,また本の姿になり 御在位の間,五常を正しうして…(中略)…,いかな ぬ。時に,阿放羅刹,鉄の笞を取って罪人に向かひ, る十地等覚の位にも到らせ給ひぬらんとこそ存じ候ひ 怒れる言を出だして曰はく, 「地獄,地獄にあらず。こ つるに,何故にかかる地獄に堕ちさせ給ひ候ふやらん」 れ汝が罪汝を責む」と。罪人,この苦に責められて, と尋ね申されければ,帝,御涙を拭ひ給ひて, 「われ, 泣かんとすれども,涙落ちず,猛火眼を焦がすがゆゑ 在位の間,…(中略)…,時平が讒言を信じて,罪な に,叫ばんとすれども,声出でず,云々聞く人地に倒 き管丞相を流したりしゆゑに,この地獄に落ちたり。 れつべし。 上人,今冥途に趣き給ふと云へども,非業なれば蘇生 すべし。朕,上人との師弟の契り浅からず,早く娑婆 山伏これを見て…(中略)…僧に向かって, 「これは, いかなる罪人をかやうに呵責し候ふやらん」と問ひけ に還り給はば,管丞相の廟を立てて,化導利生を専ら れば, 「これこそ奥州の住人結城上野入道道忠と申す にし給ふべし。さてぞ,朕がこの苦患をば免るべし」 者,伊勢国にて死して候ふが,阿鼻地獄へ落ちて,呵 と,云々(pp.238{9) [第 27 巻] 責せらるるにて候へ。もしその方様の御縁にて候はば, 跡の妻子どもに,一日経を書き供養して,この苦患を 田楽の事 9 (四条河原で猿楽の興業をおこなう。桟 救ふべしと仰せられ候ふべし。云々(pp.399{402) 敷が崩壊し,死傷者多数)ただ衆合叫喚の罪人も,か くやと覚えてあはれなり。(p.285) (山伏は妻子のもとに行ってこれを告げた。追孝勧 化ののち)「「若有聞法者,無一不成仏」は,如来の ……。返し合はせて斬り合ふ処もあり,切られて朱 金言,この経の大意なれば,八寒八熱の底までも,悪 になる者もあり,修羅の闘諍,獄卒の呵責,眼の前に 業の猛火忽ちに消え,清冷の池みづとぞなるらん」と あるが如し。(p.286) [第 29 巻] 云々。 (pp.403) 師直以下討たるる事 12 [第 21 巻] (師直の子,武蔵五郎捕ら (後醍醐天皇臨終にあたって,大塔 へられ,師直すでに死すと聞かされ)「さては,誰が の忠霊僧正)「……,今はひとへに十善の天位を捨て ためにか暫くの命をも惜しむべき。死出の山,三途の て,三明の覚路に趣かせ賜ふべき御事をのみ,…(中 大河とかやをも,ともに渡らばやと思ふなり。ただ急 略)…,後生善処の御望みのみ,云々」(p.419) ぎ頸を取られ候へ」と,云々(pp.442{3) 先帝崩御の事 5 〔以上第 4 分冊〕 悲しいかな,北辰の位高くして,百官星の如くに列 [第 32 巻] なると雖も,黄泉の旅の道には,供奉仕る臣独りもな 鬼丸鬼切の事 10 し。(p.420) 塩冶判官讒死の事 5 「……,重行,同じく討死して,い よいよ先祖の高名を顕さば,冥途黄泉の岐に行き合う 「……御身もろともに火にも水 ても,云々」(p.199) にも消えて,冥途まで杖柱とも思ひ奉らん」など云々」 [第 33 巻] (p.445) 飢人身を投ぐる事 2 ……,八幡六郎,…(中略)…「今はこれまでぞ, この女房,少き者, 「今は誰に 手を引かれ,誰を憑みてか,暫く命をも助かるべき。 いざや人々,打ち連れて冥途の旅に趣かん」とて,云々 後れて死なば,冥途の旅に独り迷ふも,憂かるべし」 (p.453) と,云々」(p.232) 「……いづくにか捨てん命も同じ事,ここにて面々 の手に懸かりて,冥途にてこの様を語り申すべし」と 江戸遠江守の事 9 また,その翌夜の夢に,…(中 云ひも終らず,云々(p.455) 略)…,新田左兵衛佐義興,長二丈ばかりなる牛鬼に なって,牛頭,馬頭の阿防羅刹どもを,前後にその数 〔以上第 3 分冊〕 [第 26 巻] 5 注に醍醐帝。 5 を随へ,火の車を引いて,…(中略)…,胸打ち騒い 極楽の玉の台を蓮葉にわれをいざなへゆらぐ玉の緒 で夢醒めぬ。(p.275) とあそばして,……(p.47) 楊貴妃の事 10 [第 35 巻] 北野参詣人政道談の事 2 方士,則ち天に昇り、地に入りて,こ れを求め,上は碧落を窮め,下は黄泉の底まで尋ね求 されば,延喜帝は,寒夜に むるに,……(p.65)。 御意を脱がれ,民の苦を愍み給ひしだに,まさに地獄 [第 38 巻] に堕ち給ひけるを,笙の岩屋の日蔵上人は見給ひける とこそ承れ。…(中略)…。金剛蔵王の善巧方便にて, 湖水乾く事 2 また,竹生島より箕浦まで,水の上 三界流転の間,六道四生の棲を見給ひけるに,等活地 五里,瑪瑙の如くなる切石を,広さ二丈ばかり平らに 獄の別所,鉄崛くつ苦所とてあり。火焔渦巻き,黒雲 畳み重ねて,二河の白道もかくやと覚えたる道,…… (p.75)。 空に掩へり。鉄の嘴のある鳥飛び来たつて罪人の眼を 諸国宮方蜂起の事 2 つつき抜く。また、鉄の牙ある犬来たつて,罪人の脳 ……御勢を向けられば,尸は たとひ御陣の前に曝さるとも,魂はなほ将軍の御方 なずきを破り△(△は口偏に敢,くら)へり。獄卒眼を に止まって,怨みを泉下に報ぜん事を計り候ふべし。 怒らかして,声を振るふ事電の如し。虎狼罪人の肉を (p.79) 裂き,利剣足の踏み所なし。 細川清氏討死の事 9 その中に,焼炭の如くなる罪人四人あり。叫喚する 亡魂の悲しみ苔の下までも深 く,……。(p.101) 声を聞けば,忝くも延喜帝の御声にてぞおはしましけ [第 39 巻] る。不思議やと思ひて,立ち寄りて事の様を問へば, 芳賀兵衛入道軍の事 4 獄卒,答へて曰はく, 「一人は延喜帝,残りは臣下な ……紛れて敵に組まんと笠 符を投げ捨てて,時衆の最後の十念を受けて,……。 り」とて,鋒に差し貫き,焔の中へ投げ入れ奉りける (p.152) 有様。…(中略)…。やや暫くありて,上人云はく, 光厳院禅定法皇崩御の事 12 「さりとては,延喜の帝に少し御暇を宥め奉り,今一 われ一方の皇統の流れ にて天下を争ひしかば,その亡卒の悪趣に堕ちて多却 度,龍顔を拝し奉りて本国へ帰らん」と,泣く泣く宣 か問苦を受けん事も,わが罪障にこそならめ」……。 ひければ,一人の獄卒,これを聞いて,痛はしげもな (p.195) く鉄の鋒に貫いて,焔の中より差し出だし,十丈ばか 〔以上第 6 分冊〕 り差し上げて,熱鉄の地の上へ打ちつけ奉る。焼炭の 如くなる御貌,散々に打ち砕かれて,御形とも見え給 はず。鬼ども,また走り寄つて,足を以て一所に蹴集 6 むるやうにして, 「活々」と云ひければ,帝の御姿顕れ 給ふ。 ついでながら アメリカのミステリ作家,A. A. フェア(E. S. ガー ドナーの別名)の『馬鹿者は金曜日に死ぬ』を(改め 上人,畏まつて,ただ涙に咽び給ふ。帝の宣はく, て)読み直したら,死刑台への道をたどることを「永 「汝,われを敬ふ事なかれ。冥途には,罪なきを以て 主となす。…(中略)…。われは五種の罪業によつて, 遠への旅」といっている場面に出くわした。 「永遠」の この地獄に落ちたり。(と自らの罪業をあげる。)願 出てくるところがいかにもキリスト教国である。 はくは,上人,わがために善根を修してたび給へ」と 宣ふ。修すべき由,応諾申す。(修すべき内容を述べ 参考文献 る。)と,仰せられたりける時,獄卒また鋒に差し貫 き,焔の底へ投げ入る。 [1] 山下宏明校注,平家物語一~四,岩波文庫,1999 [2] 兵藤裕己校注,太平記,岩波文庫,2014.4(第 1 分冊), 2014.10(第 2 分冊),2015.4(第 3 分冊),2015.10 (第 4 分冊),2016.4(第 5 分冊),2016.10(第 6 分冊) 上人,泣く泣く帰り給ふ時,金剛蔵王宣はく,汝に 六道を見する事,延喜帝の有様を知らしめんためなり」 とぞ仰せられける。かの帝,随分民を愍み,世を治め 給ひしだに地獄に落ち給ふ。まして,それ程の政道も なき世なれば,さこそ地獄へ堕ちつる人の多かるらめ と覚えたり。(pp.363{5) 〔以上第 5 分冊〕 [第 37 巻] 志賀寺上人の事 8 ……,上人,……と読みければ, やがて御息所, 6
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