最近の石油市場の動きに関する 一考察 - JOGMEC 石油・天然ガス資源

JOGMEC 調査部
野神 隆之
アナリシス
最近の石油市場の動きに関する
一考察
はじめに
前回筆者が本誌に原稿を執筆したのは、2 0 1 5 年 9 月であった(
「原油価格下落を含めた石油市場の最
近の情勢に関する一考察」2 0 1 5.1 1 Vol.4 9 No.6)
。この時は 2 0 1 4 年後半以降の原油価格の大幅下落を
受け、2 0 1 5 年 9 月頃までの石油市場の状況を、注目すべき石油市場の動きとともに説明した。その後
原油価格はさらに動くことになったのだが、それとともに市場関係者の行動にも変化の兆しが見られる
ようになり、また、原油相場の流れもそのような変化の兆しと、それに伴う市場心理面への影響を織り
込む形になった。そこで本稿では、
2 0 1 5 年 9 月頃以降 2 0 1 6 年の 9 月頃までの 1 年間の石油市場の動きを、
原油価格の動向やその背景、そしてその際指摘しておくべき重要な事項について述べるとともに短期的
な展望についても併せて触れることとしたい。
1. 2 0 1 5 年 9 月から 2 0 1 6 年 9 月にかけての 1 年間の原油相場の動き
おおむ
2 0 1 5 年 9 月から 2 0 1 6 年 9 月にかけての原油価格は概
の同 3 3.8 7 ドル)をも下回ったということになる。2 0 0 3
ね前半(2 月中旬まで)の期間と、後半(2 月中旬以降)の
年 5 月というのはイラク戦争(同年 3 月 2 0 日勃発)におい
期間とに分けて見ることができよう。前半は、原油価格
てブッシュ米大統領が大規模戦闘終結を宣言(5 月 1 日)
が下落した時期、そして後半は回復した時期である。前
してから間もない時期である。
半の時期は原油価格は下落基調となったが、この背景と
ただ、そのような価格水準は持続しなかった。原油価
なった要因は、次のような事情である。
格が約 1 3 年ぶりの低水準となった直後の 2 月 1 6 日には
9 月になると米国では夏場のドライブシーズンが終了す
OPEC 産油国のサウジアラビア、ベネズエラ、カタール
るとともに、製油所がメンテナンス作業等により稼働を低
の 3 カ国と、非 OPEC 産油国のロシアがカタールのドー
下させ、原油精製処理量の減少とともに原油の購入を手
ハで会談し、他の主な産油国が同意することを条件とし
控えさせた。このような季節的な需給の緩和感が市場で
て、2 0 1 6 年 1 月の水準で原油生産量を凍結する旨合意
発生したことが相場に下方圧力を加えた。また、中国経
した。
済が減速しつつあることを示す指標類の発表、米国金融
これにより、原油相場に以下のような上方圧力が加わ
当局による金利引き上げ観測と、その決定に伴う米ドルの
ることになった。つまり、① OPEC と主要非 OPEC 産油
上昇などが、原油価格にさらなる下方圧力を加え、1 2 月
国間での結束力が回復されるのではないかとの市場の期
4日に開催されたOPEC 総会で生産上限の設定が見送られ
待感が発生したこと、②夏場のドライブシーズンに伴う
たことも原油価格を押し下げた
(後述)
。
ガソリン需要期が市場の視野に入るとともに、季節的な
2 0 1 6 年に入ると、市場では春場の石油不需要期が市
需給の引き締まり感が発生したこと、③米国での石油坑
場で意識され、相場は下落を続け、2 月 1 1 日には WTI
井掘削装置稼働数が減少したこと、④ナイジェリアの産
で1バレルあたり26.21ドルの終値と、
2003年5月6日(こ
油地域における武装勢力の石油生産・出荷関連施設に対
の時は同 2 5.7 2 ドル)以来 1 3 年弱ぶりの低水準となった
する破壊活動の活発化により同国の原油生産量が減少傾
(図 1)
。これは、2 0 0 8 年後半のリーマンショック時の
向となったこと、⑤カナダのオイルサンド生産地域近く
価格下落による水準(この時の安値は 2 0 0 8 年 1 2 月 1 9 日
で山火事が発生したことにより、オイルサンドの生産活
55 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
動に支障が生じたこと、などである。
準となった。
こうして、原油価格は上昇基調に転じ、6 月 7 日には
その後、8 月 8 日にカタールのアルサダ エネルギー産
終値ベースで 1 バレルあたり5 0ドルを超え、6 月 8 日には
業相が、9 月 2 6 ~ 2 8 日に開催される予定の国際エネル
同51.23ドルの終値をつけた。これは2015年7月15日
(こ
ギーフォーラム(IEF)に際して OPEC 産油国間で非公式
の時は同 5 1.4 1ドル)以来ほぼ 1 1 カ月ぶりの高水準であ
協議を開催する旨発表したことにより、再び OPEC 産油
る(図 2)
。しかし、その後は 6 月 2 3 日に実施された国民
国間での結束力強化への期待が市場で増大してきたこと
投票で英国の EU 離脱が決定したことにより、英国およ
が相場に上方圧力を加えた。また、その一方でナイジェ
び欧州経済に対する不透明感が市場で増大したことを受
リア武装勢力による石油生産・出荷関連施設に対する攻
け、英ポンドとユーロが下落した半面米ドルが上昇、ま
撃停止の発表、IEA による、当初見込みよりも石油需給
た米国石油坑井掘削装置稼働数が増加に転じたこともあ
緩和状態が長引くことを示す報告などが原油相場に下方
り、原油価格は下落。8 月 2 日の終値は 1 バレルあたり
圧力を加えたことから、9 月 1 6 日にかけ、原油相場は
3 9.5 1ドルと 4 月 7 日(この時は同 3 7.2 6ドル)以来の低水
WTI で 1 バレルあたり 4 0 ドル台で推移している。
150
ドル/バレル
140
130
WTI
Brent
120
110
100
90
80
70
60
50
40
30
20
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
年
出所:NYMEX、ICE
図1 長期的原油価格の推移
120
ドル/バレル
110
WTI
Brent
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
1 2
2014
3
4
5
6
7
8
9 10 11 12 1 2
2015
3
4
5
6
7
8
9 10 11 12 1 2
2016
3
4
5
6
7
8
9 月
年
出所:NYMEX、ICE
図2 2014 ~ 2016 年の原油価格の推移
2016.11 Vol.50 No.6 56
最近の石油市場の動きに関する一考察
2. OPEC 産油国等の原油生産をめぐる動き
このように、原油相場は 1 バレルあたり 2 0 ドル台半
ばあったので、市場関係者の間でも、(可能性は高くな
ばまで下落したかと思えば、5 0 ドルを超過する場面も
いものの)総会では減産が決定するかもしれないとの観
見られるなど、
かつてのように100ドルを超過するといっ
測を招く場面も見られた。ただ、ヌアイミ氏の発言にし
た場面は見られないものの、それなりに変動している。
ろ、閣僚評議会の声明にしろ、内容はこれまでのものか
その主要因は OPEC 産油国間の駆け引きをめぐる動きで
らそう発展しているものとは見受けられなかった。つま
あ る。 こ こ で は、2 0 1 5 年 1 2 月 の OPEC 通 常 総 会、
りそれは、
「他の OPEC と非 OPEC 産油国が協力して石
2 0 1 6 年 4 月 1 7 日の OPEC と非 OPEC の会合、6 月 2 日の
油市場の安定を確保する」というものである。言い換え
OPEC 通常総会、そして、9 月 2 8 日の OPEC 非公式協議
れば、「他の OPEC・非 OPEC 産油国の協力が前提となっ
について触れ、原油価格との関連を追ってみる。
てサウジアラビアは石油市場の安定化を推進する」とい
うことであって、他の加盟国や主要非 OPEC 産油国の協
(1)2 0 1 5 年 1 2 月 OPEC 通常総会
力がなければ、サウジアラビアとしては石油市場の安定
2 0 1 5 年 1 2 月 4 日に OPEC はオーストリアのウィーン
化に進んで資することはない、ということを示すもので
で通常総会を開催したが、2 0 1 1 年 1 2 月 1 4 日に開催さ
あった。
れた通常総会時に導入した全 1 2 加盟国(当時)に対する
それでは、今回の OPEC 総会に際し、他の OPEC・主
合計日量3,000万バレルの生産上限の適用を停止した上、
要非 OPEC 産油国の協力態勢は構築できていたのだろう
それに代わる生産調整策を決定することなく終了した
か。まず、主要非 OPEC 産油国であるロシアについては、
(なお、前日には OPEC 産油国による非公式会合が実施
サウジアラビアとの間で 1 2 月半ばに石油市場に関して
されているが、ここでも合意がなされることはなかっ
専門家間で協議を行う旨の意向を 1 1 月 3 0 日に示した(4
た)
。事前には大半の加盟国が減産に賛成していた(総会
日前の 2 6 日には両国間で石油と天然ガス協力に関する
当日ベネズエラのピノ石油・鉱業相も OPEC 総会で 5 %
特別共同作業部会を設立する旨ロシアのノバク エネル
の減産を提案する旨明らかにしていた)が、中東湾岸
ギー相が発表)が、同時に OPEC 総会にはエネルギー相
OPEC 加盟国が減産に反対していると伝えられたり、ま
をはじめエネルギー省としては参加を見送る旨表明して
た 1 2 月 3 日には業界紙 International Oil Daily がロシア、
いる。また、ロシアの石油産業は基本的には民間ベース
メキシコ、オマーンとカザフスタンを含む非 OPEC 産油
であることから石油生産量の調整は困難で(油田が老朽
国の協力があるという条件でサウジアラビアが日量 1 0 0
化しており水攻法を積極的に利用していることや原油の
万バレルの減産を提案するや、の旨報じたり(ただし当
蝋含有分が多いことから技術的に生産調整が難しいとの
ろう
日サウジアラビア関係筋は当該報道を「根拠がないもの」
指摘もある)
、自国の原油生産を維持する戦略を推進す
として否定している)
した。
る旨表明、減産に対して否定的な姿勢を見せた。
さらに、会議に際して日量 3,1 5 0 万バレルの生産上限
他方、イランは、制裁解除後の自国の供給増加を可能
を新たに設定すると伝えられたりする(これは今次総会
とするために、他の OPEC 産油国が減産すべきである旨
で加盟国としての資格を回復する旨決定したインドネシ
1 2 月 3 日に同国石油省系 Shana 通信が報じた他、同日ザ
アを含む加盟 1 3 カ国に対する生産上限なのか、それと
ンギャネ石油相は、イランとしては日量 4 0 0 万バレルの
も同国を除く 1 2 カ国に対する最近の実際の生産量に即
生産量(つまりこれは欧米による対イラン制裁実施以前
した上限なのかは明らかになっていない)など、情報が
の同国の原油生産量にほぼ匹敵する)以下の水準では生
かなり錯綜したが、最終的には生産上限の設定は見送ら
産制限を議論するつもりはなく、生産が 4 0 0 万バレル前
れることになった。
後の水準に回復した後に新規の生産上限を議論する方針
2 0 1 5 年 1 2 月の総会に際しては、事前にサウジアラビ
である旨示唆した。これはすなわち、同国はむしろ今後
ア政府関係者による、減産を示唆する発言等がしばしば
当面は制裁解除後の生産増加に注力する姿勢を示したこ
なされていた(1 1 月 1 9 日にはヌアイミ石油鉱物資源相
とになる。さらにイラクは、1 2 月 2 日にマハディ石油相
が発言した旨報じられ、同 2 3 日には同国閣僚評議会〈内
が自国の生産計画(つまり増産計画)を維持する旨発言し
閣〉
がそのような内容の声明を発表している)
が、通常サ
ている。
ウジアラビアは総会の直前まで沈黙を守ることがしばし
このように、主要非 OPEC 産油国のロシアが生産量
57 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
を維持する方針を明らかにした上、一部 OPEC 産油国
上げ、つまり事実上の減産見送りが決定するとの見方が
は増産する意向を示すなど、減産に対して消極的な姿
多かった。ただ、今回は事前にサウジアラビアからの石
勢を示したことから、サウジアラビアとしても減産実
油市場と価格安定のための OPEC・非 OPEC の協力姿勢
施に対して協力するわけにはいかなかったと見られる。
に関する発言が散発的に行われていたこともあり、総会
仮にこのような状態で減産を決定しても、それを実施
で減産が決定するのではないかとの見方も市場で発生、
するのは事実上サウジアラビア他少数の中東湾岸 OPEC
原油価格は総会を控えて上昇する場面も見られた。しか
加盟国に限られ、原油価格上昇期待から米国でのシェー
し総会では生産上限自体の設定が見送られた。既に
ルオイル等の石油開発・生産活動が活発化する可能性
OPEC 産油国 1 2 カ国では日量 3,1 5 0 万バレル程度の生産
がある。その結果、サウジアラビアの減産分を米国の
を行っていたことから、従来の同 3,0 0 0 万バレルの生産
シェールオイル等の増産が穴埋めする形になり、実際
上限の有意味性は低下していた。それでも OPEC 産油国
には原油価格がそれほど上昇しない、といった展開と
として生産調整を行う意思は名目的であるとはいえ示さ
なることもあり得る。これでは減産を実施したサウジ
れていた。しかし、今般 OPEC 産油国は生産上限の設定
アラビア等の加盟国は価格低迷と生産量減少の二重苦
自体を取りやめたことから、少なくとも当面は OPEC 産
を背負うことになる恐れがある。したがってサウジア
油国としては生産調整は行わない旨明示的に市場に向け
ラビアとしてはそれを避け、イランが今後増産する意
発信する格好となった。これが市場関係者の心理に影響
向を示していることから、実際の OPEC 産油国生産量
し、原油相場は2016年2月前半にかけ下落傾向となった。
かいり
と日量 3,0 0 0 万バレルの生産上限との乖離分(後述する
が、既に実際の原油生産量は生産上限を日量 1 5 0 万バ
レル程度超過していた。図 3)がさらに広がり、当該上
(2)
原油生産凍結に向け調整を開始する OPEC 産油国、
そして 4 月 1 7 日の会合へ
限の意味がますます薄れるのを恐れ、今回は、原油生
その後 2 0 1 6 年 2 月 1 6 日には、サウジアラビア、
ロシア、
産上限自体の設定を見送ることにしたようだ。
ベネズエラ、カタールの 4 カ国が原油生産凍結につき合
一方、市場では、今回の OPEC 総会に際し、日量 3,0 0 0
意したことは既述した。ただし、その条件となっていた
万バレルの生産上限の据え置き、あるいはインドネシア
のが、他の主要 OPEC 産油国が当該凍結に合意する、と
の加盟国としての資格回復に伴い同国の生産量(日量 8 0
いうものであった。そして OPEC 産油国による協議と合
万バレル程度)を調整した日量 3,1 0 0 万バレルへの引き
意の場として設けられたのが、2 0 1 6 年 4 月 1 7 日に開催
3,300
日量万バレル
3,200
3,100
3,000
2,900
2012
2013
2014
2015
2016
年
出所:IEA データを基に作成
図3 OPEC 産油国原油生産量(インドネシアとガボンを除く)
2016.11 Vol.50 No.6 58
最近の石油市場の動きに関する一考察
された OPEC・主要非 OPEC 産油国による原油生産凍結
させない、②石油市場がどの程度改善したかを協議すべ
のための会合
(カタール・ドーハ)
であった。この会合に
く 1 0 月にロシアで会合を実施(1 0 月 2 0 日開催という情
は、イラン、リビアを除く OPEC 産油国 1 1 カ国とロシ
報も一時流れた)
、③産油国間で石油市場状況改善のた
ア等の主要非 OPEC 産油国 7 カ国が参加したと言われて
めの最善の方法につき協議を発展させる、④当該合意は
いる(ただし異なる参加国数を報じる機関もある。また
(今次合意に参加していない)他の産油国にも開かれてい
具体的な参加国名については必ずしも明らかにはなって
る、という内容であった。そして、4 月 1 2 日には、イラ
いない)
。
ンが生産凍結に参加しなくても、サウジアラビアとロシ
イラン石油省は 4 月 1 5 日にアルデビリ OPEC 理事を派
アは凍結を実施することで事前に合意した旨報じられて
遣する予定である旨発表していたが、当日になってザン
おり、今次会合ではこの流れに沿ってイランを対象外と
ギャネ石油相は同会合には誰も派遣しない旨明らかにし
して生産凍結方針が決定されると見られていた。会合に
た(イランはウラン濃縮問題をめぐり西側諸国等により課
際し、クウェートのサレハ石油相代行は合意について
「楽
されていた制裁前の水準〈日量 4 0 0 万バレル〉に原油生産
観視している」とも伝えられていた。
を回復させた〈2 0 1 6 年 3 月時点の同国の生産量は同 3 2 6
しかし、会合当日になり、サウジアラビアのヌアイミ
万バレルと、この水準を大きく下回っていた。図 4〉後に
石油・鉱物資源相が、原油生産凍結にイラン等全 OPEC
凍結の協議に合流する旨ザンギャネ石油相が発言したと
加盟国を含むべきである旨主張し始めた。これは、4 月
3 月 1 3 日報じられていた)
。また、東西両政府の対立が
1 日と同 1 6 日に報じられていた、サウジアラビアのムハ
続くリビアも治安状況が改善した時点で自国の原油生産
ンマド副皇太子による、イランを含めた他の主要産油国
を増加させたい意向であったこと(2 0 1 2 年の同国の生産
が生産凍結に合意した場合にのみ、サウジアラビアは凍
量は同 1 5 0 万バレル程度だったが、政情不安により2 0 1 6
結実施に同意する旨の主張と一致するものであった。翌
年 4 月時点では、同 3 6 万バレル)から、会合を欠席する
1 7 日午前 3 時前後に、ムハンマド副皇太子がサウジアラ
旨示していた。このため、少なくともこの 2 カ国につい
ビアの協議参加団に電話をかけ帰国するように命じた
ては、生産量凍結の対象外になるものと見られていた。
(最終的にはサウジアラビアの協議参加団はドーハに
今回の会合に際しては、事前に合意案が報じられてい
残った)との関係筋の談話が伝えられており、この電話
た。その合意案は、① 2 0 1 6 年 1 0 月 1 日までの各月にお
で議論の流れが変化した可能性がある。今回の会合時に
いて各国の原油生産量につき 2 0 1 6 年 1 月の水準を超過
おけるサウジアラビアの主張は、単なる石油需給調整を
380
日量万バレル
360
340
320
300
280
260
240
2011
2012
2013
2014
出所:IEA データを基に作成
図4 イラン原油生産量
59 石油・天然ガスレビュー
2015
2016
年
アナリシス
超越した、高度に政治的な要因によるものであったこと
が整えば同様の会合を再度開く旨カタールのアルサダ
が読み取れる。
エネルギー産業相は示唆した)。今回の会合では、2 0 1 6
協議の結果、今次会合において生産凍結に関する合意
年 1 月以来顕在化していたサウジアラビアとイランとの
は見送られ、6 月 2 日に開催が予定されている OPEC 通
対立(両国は現在も断交状態。また、シリアやイエメン
常総会
(オーストリア・ウィーン)
に向け協議を継続する
をめぐっても対立しているとされる)が再びあらわにな
ことになった(また、今回のような会合を開催する条件
るとともに、主要産油国間での石油市場と原油価格安定
1,080
日量万バレル
1,060
1,040
1,020
1,000
980
960
940
920
900
880
860
2012
2013
2014
2015
2016
年
2015
2016
年
出所:IEA データを基に作成
図5 サウジアラビア原油生産量
1,100
日量万バレル
1,080
1,060
1,040
1,020
1,000
2012
2013
2014
出所:IEA データを基に作成
図6 ロシア原油生産量
2016.11 Vol.50 No.6 60
最近の石油市場の動きに関する一考察
のための結束の脆弱性も対外的に示すことになった。
ことはない旨発言。また、2 0 1 5 年 1 2 月 4 日の前回総会
他方、2 0 1 6 年 1 月のサウジアラビアの生産量は史上
時まで適用していた OPEC 加盟国全体での生産上限(当
最高とまではいかないものの、日量 1,0 0 0 万バレル超と
時は 1 2 加盟国で日量 3,0 0 0 万バレル)を復活させる提案
歴史的には非常に高い水準となっている(図 5)
。また、
がなされた。
ロシアの 2 0 1 6 年 1 月の生産量も 1 9 8 9 年 4 月以来の高水
今次 OPEC 総会では他の多くの加盟国に加えサウジア
準にある
(図 6)
。さらに、2 0 1 6 年 1 月時点では、イラク、
ラビアも生産上限の再設定に賛同するなど、その姿勢に
UAE、クウェートなども高水準の生産を行っていたこ
変化が見られた。その背景としては、ドーハでの協議後
ともあり、今回の会合で同時期の生産水準で凍結を実施
発生した、OPEC 産油国間での不協和音と市場関係者が
しても、これは言い換えれば、
「高水準の原油生産の継
OPEC 産油国間の結束力を疑問視していることを含めた
続を許容する」ということにほかならず、足元直ちに石
OPEC へ の 信 頼 感 の 低 下 に 対 し、 サ ウ ジ ア ラ ビ ア が
油供給過剰感を払拭できるわけではない。
OPEC 産油国間の結束の再強化および OPEC への信頼感
それでも、2 0 1 6 年 2 月 1 6 日のサウジアラビア、ベネ
の回復を望んだことがあると見られる。
ズエラ、カタール、ロシア 4 カ国による、2 0 1 6 年 1 月期
一方、サウジアラビアを含む他の加盟国の多く(イラ
の原油生産量凍結での合意(ただし他の主要産油国の参
ンを除く)はこれまで増産を行ってきたわけだが、現時
加を条件とする)
以降、石油市場安定化に向けた OPEC・
点では高水準の生産が続き、武装勢力の石油生産関連施
主要非 OPEC 産油国による結束の兆しが見え始め、これ
設攻撃により生産量が低下しているナイジェリア(後述)
を好感する市場の期待感が 2 月半ば以降の原油相場上昇
等一部加盟国を除き、この先さらなる増産の余地はそれ
の一因となった。ところが、今次会合での合意見送りに
ほどない。このため、足下の生産量(2 0 1 5 年 1 2 月に事
より、OPEC 産油国、特にサウジアラビアとイランの生
実上再加盟したインドネシアを含めた 1 3 カ国で日量
産方針に関する足並みの乱れが露呈する格好となり、今
3,2 5 0 万バレル程度と推定される)を上限としても、概
後の OPEC 産油国
(と主要非 OPEC 産油国)
間での結束力
ね現状の高水準の生産を追認するだけであり、それらの
の強まりに関し市場が失望することになった。
産油国において今後の増産抑制等、特段の「痛み」を伴う
これらを受け、4 月 1 7 日夜
(現地時間)
のニューヨーク
可能性は低い。
原油先物市場では、時間外取引開始直後に WTI が一時 1
他方、イランは、1 月の制裁解除後増産基調にあるが、
バレルあたり37.61ドルと4月15日の終値
(同40.36ドル)
総会時に明らかになっていた 4 月の生産量は日量 3 4 5 万
から 2.7 5 ドル下落する場面も見られた。ただ、他方で 4
バレル(OPEC 月刊オイル・マーケット・レポートに基
月 1 7 日にクウェート国営石油会社の石油労働者が、会
づく。なお IEA による同国原油生産量は図 4)と制裁前
社側による給与体系の改定等の方針に抗議しストライキ
の水準である同 4 0 0 万バレルとは相当程度開きがある。
を開始した結果、同国の生産量が同日には日量 1 1 0 万バ
こうした趨勢から、今後のイランの原油増産が OPEC 産
レルにまで減少した(2 0 1 6 年 3 月の同国の生産量は同
油国全体の増産となって現れやすく、これがイランに対
2 8 3 万バレル)と伝えられた(図 7)
。このため、石油市
し批判の矛先が向かう事態になり得ることを同国は懸念
場関係者間で石油需給の急速な引き締まり懸
念が発生、原油価格に上方圧力が加わった結
果、
相場も即座に反発するなどした。
クウェー
3.5
トの石油労働者によるストライキは 4 月 2 0
3.0
日には解除となったが、これにより 4 月 1 7
2.5
日会合に対する市場の失望売りといった心理
的要素による相場の下落は回避された格好と
なった。
2.0
1.5
1.0
0.5
(3)6 月 2 日の OPEC 通常総会
OPEC 産 油 国 は、6 月 2 日 に ウ ィ ー ン の
OPEC 事務局において総会(通常総会)を開催
した。今回の会合に際しては、サウジアラビ
あふ
アはこれ以上の供給で石油市場を溢れさせる
61 石油・天然ガスレビュー
日量百万バレル
0.0
3月
4/17
4/18
4/19
出所:各種資料から推定
図7 クウェートの原油生産量
4/20
4/21
アナリシス
したと考えられる。したがって、イランは各加盟国別に
量を加盟国全体として日量 3,2 5 0 万~ 3,3 0 0 万バレルに
生産枠を設定することを主張するとともに、制裁前の同
制限することで合意、1 1 月 3 0 日に開催される予定の
国の OPEC 産油国シェア(1 4.5 %)分の生産枠(この時点
OPEC 通常総会で加盟各国の生産上限を決定すべく調整
の OPEC 産油国の生産量に基づくと日量 4 6 0 万~ 4 7 0
するため、加盟国による高級レベル委員会を設置し生
万バレル程度に相当)を配分する(ちなみに同国は今後 5
産制限実施に関する方策につき検討する旨決定した。
年間で同 4 8 0 万バレルの原油生産を行うことを目標とし
OPEC 産油国の 8 月の生産量は同 3,3 2 4 万バレルだった
ている)ことが公平である、とザンギャネ石油相は 6 月 2
ので、同 2 4 万バレル(実質的には現状の原油生産量の凍
日に明らかにしていた。
結に相当すると考えられる)~ 7 4 万バレル程度の減産
結局のところ、イランは OPEC 加盟国全体での生産上
となる。今回の会合は 9 月 2 6 ~ 2 8 日にアルジェで開催
限の設定に反対、各加盟産油国に対する個別生産枠の設
された国際エネルギーフォーラム(IEF)に産油国要人が
定に固執したため、当該総会では生産調整方策に関し特
出席すべくアルジェを訪問した機会を捉えたものであ
段の合意に至らなかった。同日発表された OPEC 事務局
り、当該会合には OPEC 加盟 1 4 カ国の石油関連相が出
による声明でも、
「事務局は緊密に今後数カ月間の動き
席した(主要非加盟国であるロシアは欠席)。
を監視し続け、必要とあらば、加盟国に再度会合の開催
今回の会合前には OPEC・非 OPEC 産油国関係者から
を推奨し、市場の状況にしたがってさらなる方策を提示
さまざまな発言がなされていた。9 月 1 8 日には、ベネズ
すべきである。また非 OPEC 諸国に対し石油市場均衡に
エラのマドゥロ大統領がイラン、エクアドルの関係者と
向けた努力に合流する旨呼びかける」と記載するにとど
会談後、市場安定化に向けた方策につき合意に近づいて
まった。今次総会では、サウジアラビアには歩み寄りの
いる旨明らかにしたし、同20日には、アルジェリアのブー
姿勢が見られたものの、依然としてイランとの意見の相
テルファ エネルギー相は、この会合を楽観視しており、
違は大きいことが示される格好となった。
市場を再均衡させるためには最低限日量 1 0 0 万バレルの
今次 OPEC 総会でも原油生産調整に関して合意に至ら
減産が必要であるが、それに向けて作業中であること、
なかったことから、市場では OPEC 産油国間での結束力
また、非公式協議(当初)直後に OPEC 産油国臨時総会を
回復に対し失望感が広がり、6 月 2 日朝(現地時間)の
開催するかもしれない旨発言していた。さらに同日、バ
ニューヨーク商業取引所(NYMEX)原油先物市場では
ルキンド OPEC 事務局長は OPEC とロシアを含む主要非
WTIが一時1バレルあたり47.97ドルと6月1日の終値(同
OPEC 産油国による原油価格支持のために策定される可
49.01ドル)
から1.04ドル下落する場面もあった。しかし、
能性のある方策は 1 年間有効であるかもしれない旨明ら
①米国での夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要
かにした。ロシアも、同 2 2 日にモロゾフ エネルギー省
期が既に到来していることから季節的な需給の引き締ま
次官が、ロシアは理論的には 5 %の減産が可能である旨
り感が市場で発生していること、②原油価格下落に伴う
表明している。
石油製品価格の低下による需要の増加に加え、OPEC・
このように、当該会合において原油生産調整方策を
非 OPEC 主要産油国もイラン等一部を除き増産余地が乏
決 定 す る こ と に 前 向 き な 発 言 が あ っ た が、 一 方 で、
しいこと、③ 2 0 1 5 年には供給過剰感が強かった石油市
OPEC 産油国・主要非 OPEC 産油国間での足並みの乱れ
場は 2 0 1 6 年後半以降には需給が均衡状態に接近してい
を示す動きも随所に見られた。9 月 1 日には、ロシアの
くとの認識が市場で根強かったこと、さらに、④ 6 月 2
ノバク エネルギー相が、5 0 ドル前後の価格であれば、
日に米国エネルギー省エネルギー情報局(EIA)が発表し
生産凍結は必要ないが、価格が下落すればロシアとし
た同国石油統計で原油在庫が前週比で減少していたこと
ては協議を復活させることを検討する旨報じられた。
などから、その後下落幅は縮小に向かい、6 月 2 日の
しかし、その翌日には、プーチン大統領が、OPEC 産油
WTI の終値は 1 バレルあたり 4 9.1 7 ドルと前日終値比で
国とロシアが生産凍結で合意することを望んでいる他、
0.1 6 ドルの上昇となった。
この凍結からイランを除外することが必要である旨産
油国は認識しており、9 月 4 ~ 5 日に開催される予定の
(4)9 月 2 8 日開催の OPEC 非公式協議→臨時総会へ
と発展
2 0 カ国・地域(G2 0)首脳会議開催時にサウジアラビア
のムハンマド副皇太子と協議を行う際に方策を策定す
OPEC 産油国は 9 月 2 8 日午後にアルジェリアのアル
るよう提案することもあり得る旨発言したと、9 月 2 日
ジェで臨時総会(当初は「非公式協議」となっていたが、
にブルームバーグが報じた。ただ、9 月 3 日には、サウ
声明では「臨時総会」へと名称変更)を開催し、原油生産
ジアラビアのファリハ エネルギー産業鉱物資源相は、
2016.11 Vol.50 No.6 62
最近の石油市場の動きに関する一考察
生産凍結に関してはイランを含めた合意を希望してい
レルとされ、前述のようにイランが認識している同 3 8 0
る旨明らかにしている。
万バレルを下回っている)ことに合意するのであれば、
9 月 5 日には、サウジアラビアのムハンマド副皇太子
同国としては 2 0 1 6 年 1 月時点の生産量である同 1,0 1 3
とロシアのプーチン大統領が会談。その直後にファリハ
万バレル(OPEC 事務局の 2 次情報源データを基準)まで
エネルギー産業鉱物資源相とノバク エネルギー相が会
減産すること(2 0 1 6 年 8 月時点が同 1,0 6 1 万バレル〈同〉
談。その後に発表された共同声明では、
「石油市場が安
であるので、同48万バレル程度の減産ということになる)
定化し長期的な投資維持を確保するためには、主要産油
を提案したが、協議は物別れに終わった。
国間での建設的な対話と緊密な協力が重要であり、その
このように、個別の産油国の動きとしては、生産凍結
ため、両者は、石油市場を継続的に見直し、方策を推奨
に関して必ずしも足並みが揃っているとは言えない状況
し、共同で行動するための共同作業部会を設立、第 1 回
にあった。このこともあって、OPEC や主要非 OPEC 産
会合を 2 0 1 6 年 1 0 月に開催する」と決定はしたものの、
油国等には、当該会合に関して、悲観的な見方をする関
その場で原油生産調整に関し合意したとは示されなかっ
係者も現れた。9 月 1 7 日には、バルキンド OPEC 事務局
た。また、同日のロシアとの協議の後ファリハ氏は、石
長が、2 1 日には UAE のマズルーイ エネルギー相が、
油市場の状況は日に日に改善しつつあり、現時点では生
それぞれこの会合は意見交換の場ではあるが意思決定の
産凍結は必要ない旨明らかにしている。他方、同 8 日に
場ではない旨発言(ただ、バルキンド氏は 9 月 1 8 日に
イラン国営石油会社 NIOC のガムサリ国際局長が、同国
OPEC 産油国間で意思統一ができれば OPEC 産油国臨時
は日量 4 0 0 万バレルを若干超過する量の原油生産を目標
総会を開催する旨表明している)
。またサウジアラビア
としており、それは 2 0 1 6 年末もしくは 2 0 1 7 年早期に
も、同国の石油政策に近い OPEC 関係者から同趣旨の発
達成するかもしれないが、その目標に達すれば、生産凍
言があった旨 9 月 2 3 日に報じられている他、ファリハ
結を決意する用意はあるとはいえ、現時点では時期尚早
エネルギー産業鉱物資源相も 2 7 日に、この会合は意見
である旨表明している(同氏によれば現時点でのイラン
交換の場である旨発言している。また、ロシアの関係者
原油生産量は日量 3 8 0 万バレル)
。
からも、同国としては OPEC 産油国間で合意がなされた
イランが要求する生産水準は 2012 年の制裁前の
上で、会合に参加する予定であり、今回は IEF には出席
OPEC 産油国全体の生産量に占める割合の 1 2.7 %(2 0 1 0
するものの、当該会合開催前に帰国するかもしれない旨
年の占有率は確かに 1 2.7 %なので、この水準を指して
明らかにしたと 2 3 日に伝えられていた。このように事
いるとも考えられる)であり、これを現在(2 0 1 6 年 1 ~
前の調整は必ずしも順調に進んでいたわけではなく、依
8 月)の OPEC 生産量を基に算出しなおすと、日量 4 1 4
然として加盟国間での意見の相違は潜在していたと推察
万~ 4 2 5 万バレル程度となるが、実際イランは同 4 1 0
される。
万~ 4 2 0 万バレルの生産を希望している旨主張してい
しかし、4 月 1 7 日、6 月 2 日の両会合において産油国
ると同 2 7 日に伝えられた。さらに、イラクのルアイビ
間で意見統一が図られなかったこともあり、今次非公式
石油相は同 2 2 日の声明で、当該会合での原油価格を上
協議においても同様の合意がなされない、ということに
昇させるための生産凍結設定をイラクとしては支持する
なると、市場の OPEC 産油国に対する信頼感に大きく影
一方で、世界原油生産シェアを維持するため日量 4 7 5 万
響する可能性があった。また、生産を凍結するだけでは、
~ 5 0 0 万バレルを目標とする(2 0 1 6 年 8 月時点で同 4 3 5
特に 2 0 1 7 年前半には供給過剰感が市場で感じられる結
万バレル)など、同国としては増産する意向である旨示
果、原油相場に下方圧力が加わる恐れもあった。このた
唆する場面も見られた。
め、OPEC 産油国全体として日量 3,3 0 0 万バレル(これ
リビアも、9 月 1 7 日に、カダフィ大佐追放運動前の生
は 8 月現在の生産量とほぼ同水準であるので、実質的に
産量(日量 1 6 0 万バレル程度)に回復するまで、生産は凍
は生産凍結を指していると考えられる)の生産を行う旨
結しない旨同国のオウン OPEC 理事は発言している。
表明するにとどまらず、同 3,2 5 0 万バレル(この生産量
そ の よ う な な か、9 月 2 1 ~ 2 2 日 に は ウ ィ ー ン の
は OPEC 事務局による 2 0 1 7 年の対 OPEC 産油国原油需
OPEC 事務局で、サウジアラビア、イラン、カタール、
要量である同 3,2 4 8 万バレルにほぼ一致する)に減産す
そしてアルジェリアの中堅幹部間で、生産調整に関して
る意向もある旨表明することにしたと見られる。総論と
の協議が実施された。その場において、サウジアラビア
して OPEC 産油国間での意見を一致させるとともに、個
はイランが生産を現状で凍結する(ただしこれは OPEC
別加盟国の生産上限設定については、1 1 月 3 0 日開催予
事務局が 2 次情報源を通じて把握している日量 3 6 0 万バ
定の OPEC 通常総会まで先延ばしすることで、秋場の不
63 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
需要期で原油価格が下落しやすい時期に、OPEC 産油国
ル上昇し、4 7.0 5 ドルの終値となった。市場では、今回
間での結束力の回復への市場の期待をつなぎ止めたこと
の決定を OPEC 産油国間の結束力の回復の兆候と捉え
を通じて原油相場の下支えを試みたものと考えられる。
る関係者がいる半面、産油各国の個別の生産上限に関
今回の臨時総会での決定に関する報道を受け、OPEC
しては意見の統一が図られているとは考えにくいこと
産油国間での結束力回復と石油需給引き締まり感への
(特にイラン)から、1 1 月 3 0 日の OPEC 総会で果たして
期待が市場で増大したことから、9 月 2 3 日の原油相場
加盟各国の原油生産上限が決定できるのか、疑問視す
は急上昇、WTI は前日終値比で 1 バレルあたり 2.3 8 ド
る向きもある。
3. OPEC 産油国の原油生産方針をめぐる過去と最近の状況に関する一考察
OPEC 産油国はこれまで原油価格下落時を中心として
が中心となり原油生産量の削減により石油需給を均衡さ
減産(もしくは原油生産枠の引き下げ)を実施してきた。
せ原油価格の下落を抑制しようと試みた。それでも原油
しかし、2 0 1 4 年 1 1 月 2 7 日以降の OPEC 総会では価格
価格の下落は止まらず、非 OPEC 産油国の石油生産量は
下落もしくは低迷局面においても、OPEC 産油国(特に
増加傾向を示した(非 OPEC 産油国の石油生産量は 1 9 7 9
サウジアラビア)は減産実施にむしろ消極的な姿勢が目
年の日量 3,6 0 5 万バレルから 1 9 8 5 年には同 4,1 5 9 万バレ
立つ場面が見られている。では、なぜこのようになった
ルへと同 5 5 4 万バレル増加している)。
のであろうか。ここでは、OPEC 産油国を取り巻く需給
また、サウジアラビア以外の OPEC 産油国の減産規模
環境等を基に考察を加えたい。
が限定的であったこともあり、
1980年10月には日量1,056
原油価格は 1 9 7 0 年代の 2 度のオイルショックを経た
万バレル(推定)であったサウジアラビアの原油生産量は
こ と で 上 昇 局 面に入った。このことを通じ、 例 え ば
1 9 8 5 年 8 月には同 2 1 5 万バレル(同)へと、約 5 分の 1 に
1 9 7 2 年には 1 バレルあたり 1.9 0 ドルであったサウジア
まで減少した(図 1 1)
。これに伴い、原油価格も 1 9 8 0
ラビアの代表的油種であるアラビアン・ライト原油価格
年の 1 バレルあたり 3 0 ドル台半ばから 1 9 8 5 年には 2 0 ド
は、1 9 8 0 年には 3 5.6 9 ドルと 1 9 倍近くにまで上昇した。
ル台後半へと下落した(とはいっても、例えば北海の開
ただ、これにより、石油市場に変化が生じ始めた。まず、
発・生産コストは当時 1 バレルあたり 6 ドルであったと
石油のような液体燃料でないと利用が困難な輸送部門を
の指摘もあり、原油価格の下落によっても石油生産を容
除き、天然ガス、石炭、および原子力等他の燃料への転
易に減少させる環境下にはなかった)
。このためサウジ
換が促進された。このため、1 次エネルギー需要に占め
アラビアの国内総生産
(実質ベース)
が 1 9 8 1 年から 1 9 8 5
る石油の割合が 1 9 7 3 年から 1 9 8 5 年にかけて 1 0 %程度
年にかけ 1 6 %強縮小するなど、同国経済に大きな影響
低下した
(図 8)
。併せて、省エネルギー施策などにより、
を与えることとなった。このように、1 9 8 0 年代前半を
石油需要が減少に転じた(世界石油需要は 1 9 7 9 年の日
中心とする時期は、需要が継続的に縮小傾向を示す構造
量 6,3 8 6 万バレルが 1 9 8 5 年には同 5,9 2 5 万バレルと同
へと転換していたと見られる他、非 OPEC 産油国からの
4 6 1 万バレル減少したが、これには、上記に加え原油価
石油供給が堅調に増加していたことから、サウジアラビ
格高騰に伴う経済への負の影響に伴う部分もあると思わ
アが減産の大部分を負担するのは困難な状況となった。
れる。図 9)。
この結果、サウジアラビアは市場での製品価格から一
他方、OPEC 産油国による自国の石油資産への支配強
定の精製利幅を差し引いた額を原油販売価格とするとい
化に伴い資産を失った大手国際石油会社(メジャー)等
う、いわゆるネットバック価格を採用し始め(1985年8月。
が英領およびノルウェー領北海、アラスカ等の非 OPEC
つまり同国の原油生産量が日量 2 1 5 万バレル〈推定〉
にま
諸国での石油探鉱・開発活動を活発化させていった。
で減少した時のことと伝えられる)
、ここにサウジアラ
メキシコでも石油開発活動が促進されたことにより、
ビアは減産による石油需給均衡と原油価格安定への試み
これら非 OPEC 産油国の石油生産量が増加することと
を放棄することになった(そして同国はこのような形で
なり(図 1 0)、1 9 8 0 年代に入っては石油需給が緩和し
の減産実施に関し以降は反対する姿勢に転じたと考えら
始めた。こうしたなか、OPEC 産油国はサウジアラビア
れる)
。その後、産油国間での価格競争が激化するとと
2016.11 Vol.50 No.6 64
最近の石油市場の動きに関する一考察
もに、原油価格は 1 9 8 6 年に 1 バレルあたり 1 0 ドル台前
産油国として同 1 5 0 万バレルの減産を決定したものの、
半へと下落した。
ロシアやノルウェー、メキシコなど非 OPEC 産油国から
次に原油価格が大幅に下落したのは 1 9 9 0 年代後半で
の減産面での協調が得られなかったことから、事実上減
ある。1 9 9 7 年 7 月 2 日のタイ政府による為替の変動相場
産が見送られる場面も見られた。それでも、2 0 0 1 年 1 2
制移行に伴うバーツの暴落により発生したアジア経済危
月 1 8 日に開催された OPEC 臨時総会では、アンゴラ、
機が世界株式相場に波及。続く世界経済の混乱により、
メキシコ、ノルウェー、オマーン、ロシアが同 4 6 万 2,5 0 0
1 9 9 6 年に 1 バレルあたり 2 0 ドル前後であった原油価格
バレル程度の削減(何に対する削減かについては直接的
は 1 9 9 8 年には 1 0 ドル台前半へと下落した。そ
の下落局面にあった 1 9 9 8 年 3 月 3 1 日に開催さ
れた OPEC 臨時総会では、1 9 9 8 年 2 月時点の
55 %
OPEC 産油国の実際の生産量(2 次情報源で日量
2,6 9 9 万バレル〈イラクを除く〉
)から同 1 2 4 万
5,0 0 0 バレル減産する旨決定した。この時点は、
ベネズエラのチャベス大統領就任前であり(同
大統領の就任は 1 9 9 9 年 2 月 2 日)
、ベネズエラ
の原油生産が伸び悩むようになる以前であっ
た。しかし、この時の総会では、メキシコとノ
50
45
40
石油
天然ガス+石炭+原子力
年
35
1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985
出所:BP 統計
ルウェーが日量 1 0 万バレルの減産(推定、以下
図8 世界の 1 次エネルギーに占める各エネルギーの割合
同じ)
、イエメンが同 4 万バレルの減産、オマー
ンが同 3 万バレルの減産、エジプトが同 2 万バ
レルの減産を総会に際して表明したとされるな
ど、非 OPEC 産油国からの協力を得られたこと
65
日量百万バレル
から、OPEC 産油国としても減産に踏み切るこ
とになった(減産期間は 1 9 9 8 年 4 月 1 日~ 1 2 月
3 1 日だったが、1 9 9 8 年 6 月 2 4 日開催の通常総
60
会においては、OPEC 産油国はさらに日量 1 3 5
万 5,0 0 0 バレルの減産を決定した)
。ちなみに、
1 9 9 8 年 3 月 3 1 日の OPEC 総会に際しメキシコ
を減産に合流させるために重要な役割を担った
とされるのが、オックスフォード エネルギー
55
1979
1980
1981
1982
1983
1984
年
1985
1984
年
1985
出所:BP 統計
研 究 所(OIES:Oxford Institute for Energy
図9 世界石油需要
Studies)のロバート・マブロー前所長であった
が、氏は本稿執筆途中の 2 0 1 6 年 7 月 2 6 日に死
去された。御冥福をお祈り申し上げたい。
45
日量百万バレル
さらに、チャベス大統領の就任後、ベネズ
じゅんしゅ
エラは OPEC の原油生産枠を遵 守する政策を
強化した。また、この時期非 OPEC 産油国か
らの原油生産の増加にもかつてほどの勢いが
40
見られなくなった(図 1 2)。こうした趨勢を受
け、OPEC 産油国としても減産政策を実施しや
すくなったことから、その後開催された OPEC
通常総会ではしばしば減産が決定されている。
ただ、2 0 0 1 年 1 1 月 1 4 日開催の OPEC 臨時
総会時のように、ロシアなどの非 OPEC 産油国
からの日量 5 0 万バレルの減産を条件に OPEC
65 石油・天然ガスレビュー
35
1979
1980
1981
1982
1983
出所:BP 統計
図10 非 OPEC 産油国の石油生産量
アナリシス
には言及されていない)を表明したことにより、同 1 5 0
状況を検討し、OPEC の総会では、以前発表した日量
万バレルの減産が決定された。当時の OPEC 総会の声明
1 5 0 万バレルの追加減産を 2 0 0 2 年 1 月 1 日より 6 カ月
には以下のような記述が見られる。
間実施するとの決定を確認した。
H a v i n g r e v i e w e d t h e r e c e n t p o s i t i v e
これに従って、ロシアは 2 0 0 2 年 1 月 3 日に同年第 1 四
announcements from non-OPEC oil producers,
半期の輸出を日量 1 5 万バレル削減する旨明らかにした
namely Angola, Mexico, Norway, Oman and the
が、実際にはその輸出削減の基準となる量(つまりどの
Russian Federation, regarding their pledged
量からの削減となるのか)が曖昧であったことから、そ
reductions, totaling 4 6 2,5 0 0 b/d, and the current oil
の後実際に輸出量が削減できたかどうか確認できない状
market situation, the OPEC conference confirmed its
況となった(ちなみに同国の原油生産量は 2 0 0 1 年 1 2 月
decision to implement the previously announced
は日量 7 2 3 万バレルであったが、2 0 0 2 年 2 月は同 7 3 6
reduction of its overall production level by an
万バレルへと増加している)。
additional 1.5 million barrels a day, for six months,
また、2 0 0 8 年のリーマンショック時の原油価格下落
effective 1st January 2 0 0 2. ─仮訳:最近非 OPEC
局 面 で 開 催 さ れ た OPEC 総 会 で も 減 産 が 決 定 さ れ た
産油国、具体的にはアンゴラ、メキシコ、ノルウェー、
(2 0 0 8 年 1 0 月 2 4 日臨時総会時に日量 1 5 0 万バレルの減
オマーン、そしてロシアが合計で日量 4 6 万 2,5 0 0 バ
産、同年12月17日通常総会時に同420万バレルの減産)。
レルの削減を表明したこと、そして現在の石油市場の
これは同年 9 月時点の OPEC 産油国の実際の原油生産量
(同 2,9 0 5 万バレル〈イラクを除く〉とされる)に
基づく。この時は、世界経済が混乱を来たし
ていたものの、1 9 8 0 年代前半に見られたよう
日量百万バレル
(左軸・右軸とも)
16
な、石油需要を持続的に減少させるような構
10
14
造的変化が発生していたわけでも、その兆候
8
12
6
10
4
8
12
サウジアラビア
(左軸)
サウジアラビア以外OPEC産油国
(右軸)
2
0
1981
1982
1983
6
1984
1985
年
4
出所:IEA データ他より推定
が 見 ら れ た と い う わ け で も な い。 他 方、 非
OPEC 産油国の石油生産は伸び悩み気味のまま
であった(図 1 3)。
2 0 0 8 年 1 2 月1 7 日に開催された OPEC 総会で
は、ロシアからセーチン副首相、アゼルバイジャ
ンからアリエフ産業・エネルギー相等の要人が
オブザーバーとして参加した。総会開催前日の
1 2 月1 6 日には、OPEC のバドリ事務局長が、ロ
シアに日量 4 0 万バレルの減産を要請し、その他
図11 OPEC 産油国の原油生産量
OPEC 産油国に同 1 0 万~ 2 0 万バレルの減産を
期待している旨発言。その一方で、ロシアは、
総会開催に際して、1 1 月の時点で既に同 3 5 万
45
バレルの減産を実施しており、原油価格の低水
日量百万バレル
準が続けばさらに同 3 2 万バレルの追加減産の用
意がある旨表明。アゼルバイジャンも同 3 0 万バ
レルの減産を実施する旨明らかにしていた。た
40
だ、実際に総会が進行するにつれ、この両国は
ちゅうちょ
減産の確約に対し躊躇するようになり、最終的
35
1993
1994
1995
1996
1997
1998
年
1999
には OPEC 総会の声明では、この両国を含めた
非 OPEC 産油国による減産については具体的に
は言及されないこととなった。この時の OPEC
出所:BP 統計
図12 非 OPEC 産油国の石油生産量
総会の声明では、非 OPEC 産油国に関連する記
述は以下のとおりとなっている。
2016.11 Vol.50 No.6 66
最近の石油市場の動きに関する一考察
・・・the Conference renewed its call on non-OPEC
が得られる、といった条件のうち、少なくとも一つが満
producers/exporters to cooperate with the
たされている状況下にあった時期と一致することが判明
Organization to support oil market stabilization. ─
する。
仮訳:・・・ 総会では非 OPEC 生産者 / 輸出者に対して、
他方、2 0 1 4 年以降の原油価格下落局面においては、
石油市場安定化支持のため OPEC に協力するように改
①については、OPEC 各産油国の個別の原油生産枠が設
めて呼びかけた。
定されていない他イラクやイランが実際に増産している
か、近い将来増産する意向である旨示唆されている、②
つまり、この時の総会においては、OPEC 産油国側か
については、米国のシェールオイル生産が増加する潜在
ら非 OPEC 産油国に対して一方的に協力を呼び掛けた形
力を有している、③については、ロシアをはじめとする
にとどまり、非 OPEC 産油国側からは何ら減産に関する
非 OPEC 産油国からの減産協力が得られる状況ではな
公式な表明は行われなかったことが示唆される。このよ
い、ということで、いずれの条件も満たされていない。
うな状況であったため、ロシアやアゼルバイジャンによ
したがって、ここでサウジアラビアが中心となって減産
る減産は多分に象徴的なものとなっており、実質的な効
を実施しても、販売量が確保できないうえ価格も上昇し
果はあまり期待できなった。実際ロシアの原油生産量は
ないといった、1 9 8 0 年代前半の状況とかなり類似した
2 0 0 8 年 1 2 月には日量 9 5 9 万バレルであったが 2 0 0 9 年
状況に陥る可能性があることを同国が懸念した結果、原
2 月においても同 9 5 8 万バレルとほとんど変化は見られ
油価格の上昇には期待しないにしても、販売力の確保に
なかった。なお、ヘリル OPEC 議長(当時のアルジェリ
より原油収入の減少を最小限に抑制することを目指し、
アの鉱業・エネルギー相)
は、2 0 0 8 年 1 2 月 2 3 日に、「ロ
OPEC 産油国間での減産に合意しない、という方針を採
シアは OPEC の減産の恩恵を受けるだけでなく、減産に
用するに至ったものと考えられる。
貢献することを、OPEC としては期待している。ロシア
ただ、2 0 1 6 年に入り、この方針は必ずしもうまくい
が(1 バレルあたり)2 0 ドルでなく 4 0 ドルで原油収入を
かないことが判明、サウジアラビアも OPEC 産油国間で
得られるのは OPEC のお陰だ」という趣旨の発言をした
の結束にも配慮するようになってきているように見受け
と伝えられる
(なお、ノルウェーは 2 0 0 8 年 1 1 月 2 5 日に、
られるが、この方針転換が OPEC 産油国による市場への
メキシコは 1 2 月 1 6 日に、それぞれ関係者が OPEC に対
影響力の回復につながるかどうかは不分明である。
して減産に協力する計画はない旨表明してい
た)。
このように見てくると、1 9 8 0 年代前半以降
50 日量百万バレル
(1 9 8 0 年代前半は含まない)で OPEC 産油国が
減産を決定した場合というのは、世界石油需要
が持続的に減少するような構造的変化が生じて
45
いないという事情を前提に、① OPEC 各産油国
の個別の原油生産枠が設定されていることを含
め、各産油国の減産遵守が得られやすい環境が
整っている、②非 OPEC 産油国の石油生産が伸
40
2003
2004
2005
2006
2007
2008
年
2009
出所:BP 統計
び悩み気味になっている、③ OPEC 産油国の減
産に際し一部の非 OPEC 産油国からの減産協力
図13 非 OPEC 産油国の石油生産量
4. 米国原油輸出解禁がもたらしたもの
ふ かん
さて、次に米国の現況を俯瞰してみたい。シェールオ
変化が見られる。本章と次章では、それについて若干説
イルは減産傾向にあるとはいえ、依然それなりの高水準
明する。
で生産が行われている。そのような米国にもさまざまな
従来米国を代表する原油である WTI と欧州を代表す
67 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
るブレントは、品質の観点からは WTI のほうが優れて
のパイプラインの能力が限られていたクッシングでの原
いるとされるため、2 0 0 6 年までは、WTI の価格がブレ
油在庫が増加(実際には製油所のメンテナンス作業状況
ントのそれを 1 バレルあたり 1 ~ 4 ドル程度上回ってい
は年によってまちまちであり、必ずしも実際のクッシン
た(図 1 4)
。中東を代表する原油であるドバイは品質面
グでの原油在庫は増加しない場合もあったが、それでも
で劣るため、ブレントに比べてさらに 1 バレルあたり 1
増加するとの観測は市場で発生しやすくなった)し、そ
~ 4 ドル程度安価で取引されていた。WTI、ブレント、
れがこの地で引き渡される WTI の価格を押し下げる(つ
ドバイは米国、欧州、中東等の各石油市場の需給状況等
まり WTI がブレントの価格を下回る)要因となった。
を価格に織り込みつつも、価格差によって、各地域間で
同時に WTI の世界指標原油としての適格性を疑問視
原油もしくは石油製品が移動することにより、価格と需
する声が市場関係者から上がるようになった。しかしこ
給の平準化が行われる格好となっていた。
の当時は、春場等のメンテナンスシーズンが終了すると
しかし、2 0 0 6 年 3 月 2 日にカナダのパイプライン会社
ともに製油所の稼働率上昇時期が接近してくると、クッ
Enbridge によりシカゴ~クッシング間のパイプライン
シングでの原油在庫の低下(もしくは市場での低下観測)
(”Spearhead“システム)が完成(BP がテキサスで生産さ
が発生することにより当該地点での需給緩和感が後退、
れた原油をシカゴに向けて輸送するために建設したが、
再び WTI 価格がブレントのそれを超過する状態となる
その後テキサス地域での原油生産減退により稼働が低下
ことが多かったことから、WTI の世界指標原油として
していた既存のパイプラインを 2 0 0 3 年に Enbridge が買
の適格性を疑問視する市場の声も下火となった(ただし
収し、原油の輸送方向を逆転させるための改修を実施)
2 0 1 0 年には、毎年のように不安定な動きをする WTI 価
したことにより、既にでき上がっていたカナダのオイル
格を産油国の販売する原油価格を決定する際の指標原油
サンドをシカゴに輸送するパイプライン(シカゴ~クッ
から外す動きが出てきた。後述)。
シング間のパイプライン完成前はシカゴ地域で原油の供
2 0 1 1 年に入ると問題はより構造的なものとなる。同
給が過剰となり、その結果当該地域での原油価格はクッ
年 2 月 8 日にカナダのパイプライン会社 TransCanada が
シングのそれを 1 バレルあたり最大 1 0 ドル程度下回る
ネブラスカ州スティール・シティ(Steele City)からクッ
状況となっていたと伝えられる)を通じて原油がクッシ
シングまでのパイプラインの操業を開始した(これは
ングに流入してくるようになった。
Keystone パイプラインプロジェクト〈第 2 期〉と呼ばれ
これ以降、特に春場等の製油所メンテナンス時期にな
るが、第 1 期は、カナダのアルバータ州ハーディスティ
ると、当該パイプライン沿線に立地する製油所の稼働率
〈Hardisty〉と米国イリノイ州パトカ〈Patoka〉を結ぶパイ
低下等により引き取られなかった原油がクッシングに流
プラインで、2 0 1 0 年 6 月 3 0 日に操業を開始している)。
入するようになった。このため、原油を流出させるため
このため、当該パイプライン完成が近づくにつれ、カナ
20
ドル/バレル
15
10
5
0
-5
-10
-15
-20
-25
-30
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016 年
出所:NYMEX、ICE データを基に作成
図14 WTI とブレントの価格差
2016.11 Vol.50 No.6 68
最近の石油市場の動きに関する一考察
ダからさらなる原油がクッシングを目指して流入し、そ
次に、流入させる要因であるが、2 0 1 0 年前後以降米
の結果クッシングでの原油在庫がより高水準(つまり
国では中西部などでシェールオイルの生産が増加傾向を
WTI の引き渡し地点であるクッシングでの石油需給緩
示した。それに併せてクッシングに流入するパイプライ
和状態)を持続する状態が顕著になるとの市場の観測が
ンが完成したことにより、同地により多くの原油が流入
増大したことが、WTI 価格に対して継続的に押し下げ
するようになった(表 1)。このため、クッシングの原油
の圧力を加える結果となった。
在庫も減少しないどころか、むしろ増加傾向となった。
また、毎年のように不安定な動きをする WTI に対し、
また、中西部から米国メキシコ湾岸への原油輸送量も増
サウジアラビアとクウェートが 2 0 1 0 年 1 月より米国向
加したが、シェールオイルは軽質低硫黄原油が主流であ
け原油輸出に対する指標原油を WTI から ASCI(アス
るのに対し、米国メキシコ湾岸では主に重質高硫黄原油
キー: Argus Sour Crude Index。米国メキシコ湾で生
を処理する製油所が数多く存在する(なお、米国メキシ
産される Mars、Poseidon、Southern Green Canyon の 3
コ湾岸でも軽質低硫黄原油を利用する製油所もあると思
油種のスポット価格の加重平均)に変更した他、イラク
われるが、そこでは従来利用されていたアルジェリア産
も同年 4 月より WTI に代えて ASCI の適用を開始した。
もしくはナイジェリア産の軽質低硫黄原油を国産のそれ
ま た、2 0 1 1 年 1 0 月 2 0 日 に は コ ロ ン ビ ア 産 の
で置換済みとなっていると見られる)ことから、原油の
Vasconia 原油と Castilla 原油(いずれも重質高硫黄原油
品質の不一致により、軽質低硫黄原油の利用が進まない
とされる)について原油価格設定の基準となる原油を
状況となっていた。
WTI からブレントに変更したことが明らかになってお
そのようななか、2 0 1 5 年 1 2 月 1 8 日に、米国からの
り、翌 2 1 日にはブラジル国営石油会社 Petrobras から
原油輸出が事実上解禁された。同国では 1 9 7 4 年の第 1
も同国産原油の米国向け価格をやはり WTI からブレン
次石油ショックに伴い、エネルギー安全保障確保の観点
トへと変更する旨発表があった。このように、WTI は
から1975年に原油輸出を禁止していた。ただ、最近では、
世界の原油価格の基準油種としての性格を失ってきてい
米国で WTI がブレントに対して割安であることを是正
る(現在 WTI 価格を基準としているのはベネズエラ等
するために、国内原油生産業者を中心として原油輸出の
数少ない)
。
解禁を要望する動きが出ていた。もっとも、オバマ政権
他方、クッシングをめぐる状況はその後変化する。そ
は、米国からの原油輸出解禁により国内のガソリン小売
れはクッシングから原油を流出させる要因とクッシング
り価格が上昇する懸念があること(また、国内産原油価
に流入させる要因双方が発生したことであった。まず、
格が上昇することにより精製利幅が縮小することを心配
流出させる要因であるが、2 0 1 2 年 5 月 3 0 日には、それ
する精製業界からの反対もあった)を考慮し、米国原油
まで米国メキシコ湾岸からクッシングに原油を輸送して
輸出解禁の国内石油市場への影響に関する調査を実施す
いた Seaway パイプラインが輸送方向を転換、クッシン
るなど慎重に対処したうえで、解禁が妥当と解されれば、
グから米国メキシコ湾岸へと原油を輸送することになっ
解禁するという姿勢だったと見られる。
た(当初輸送能力日量 1 5 万バレル、その後 2 0 1 3 年 1 月
それ以前に米国議会が原油輸出解禁を決議しても、オ
1 2 日には同 4 0 万バレル、2 0 1 4 年 7 月 1 4 日には同 8 5 万
バマ大統領は拒否権を発動すると言われていた。そして、
バレルへ能力が引き上げられた)
。また、2 0 1 4 年 1 月 2 2
そのような対処方法は時間を要することに加え、特に
日には Gulf Coast パイプラインも同じくクッシングから
2 0 1 6 年は大統領選挙を控えているなどの政治的要因か
メキシコ湾岸へと原油を輸送すべく同 7 0 万バレルの能
ら重要な懸案事項に関しては決定が困難であるといった
力で操業を開始した。
状況下でもあったことから、米国での原油輸出解禁は早
表1
2014 年以降に完成したクッシングに原油を流入させる主なパイプライン
輸送能力:日量万バレル
パイプライン名
開通年月
輸送能力
2014年8月
15
Platteville, Colorado Cushing
Pony Express Pipeline
2014年11月
23
Guernsey, Wyoming
Cushing
Flanagan South Pipeline
2014年12月
60
Pontiac, Illinois
Cushing
White Cliffs Pipeline
出所:各種資料を基に作成
69 石油・天然ガスレビュー
起点
終点
備考
2 0 1 6 年半ばに日量 2 1.5 万バ
レルに能力増強の見込み
アナリシス
くても大統領選挙が終了し、新大統領が就任する 2 0 1 7
あったが、WTI はドバイに対してプレミアムを形成す
年以降になるのではないかと見る向きもあった。しかし、
るに至った。つまりそれはブレントとドバイに対して
2 0 1 6 会計年度の予算案を 2 0 1 5 年 1 2 月 1 6 日までに決着
WTI が相対的に価格を上昇させたと考えることができ、
する必要性に迫られた(決着しなければ、政府機能が停
品質の面でブレントやドバイよりも優位にある WTI の
止する恐れがあった)民主党は、共和党から提案されて
価格が、より合理的に市場から評価されるようになった
いた予算案とともに提出された原油輸出解禁法案をオバ
と見ることができる。その意味では、世界の石油市場の
マ政権の推進する環境政策である再生可能エネルギー
統合の度合いが増したと言うこともできよう。とはいえ、
(太陽光と風力発電)に対する税額控除の 5 年間延長等を
2 0 0 6 年以前のように、WTI 価格が持続的にブレントの
予算案に含めることを条件として、合意した。原油輸出
それを 1 バレルあたり 2 ~ 4 ドル上回るまでには至って
解禁に関する主な決議内容は以下のとおりである。
いない。それどころか、最近では再び WTI の価格がブ
(a)Energy Policy and Conservation Act 1 0 3 条およ
レントのそれを 4 ドル弱程度下回る状況となっている。
び当該法律の関連条項を廃止する(米国内の石炭、
この背景としては、いくつかの要因が考えられる。ま
石油製品、天然ガス、石油化学製品とエネルギー
ず、前述のとおり、クッシングから米国メキシコ湾岸に
関連物品・施設等の輸出を大統領権限により規制
原油を輸送するパイプラインは増強されたのであるが、
する条項)
。
既にそれらのパイプラインが相当程度利用されており、
(b)
他の法律のいかなる規定にもかかわらず、化石燃
これ以上大幅に増加させる余地が限られていることに加
料を含むエネルギー資源の効率的な探査、開発備
え、特に春場に米国中西部やメキシコ湾岸地域での製油
蓄、供給、マーケティング、価格決定と規制を促
所の稼働が低下し、原油精製処理量が減少すると、製油
進するために、連邦政府は原油の輸出に係るいか
所により受け入れらなかった原油が、クッシングの原油
なる規制も課してはならない。
貯蔵タンクに滞留しがちになることで、WTI の受け渡
(c)憲 法 お よ び International Emergency Economic
し地点であるクッシングの原油在庫が増加、2 0 1 6 年 2
Act 他法律に規定される大統領の権限は何ら制約
月 5 日の時点で既に 2 0 0 4 年の週間統計上最高水準であ
を受けない。
る 6,4 7 0 万バレルに、また、5 月 1 3 日には 6,8 2 7 万バレ
(d)大統領は以下の場合に米国からの原油輸出に対し
ルに到達するなど、その貯蔵能力である 7,3 0 0 万バレル
て 1 年未満の期間を定めて輸出ライセンスの要求
からそう遠くない水準となっている。このため、足元クッ
またはその他の制限を課すことができ、以下の(A)
シングでの原油需給の緩和感が市場で感じられていると
に基づく措置は 1 年未満の期間を定めて一つまた
ともに、この先しばらくは製油所の稼働率低下が継続し
は複数の延長をすることができる。
やすい時期となることから、クッシングでの原油需給の
(A)大統領が国家緊急事態を正式に宣言した場合
さらなる緩和が市場で意識されやすくなっていること
(B)
大統領令または議会による制裁または通商制限
が、ブレントに比べ WTI に相対的に強い下方圧力を加
を課す場合
(C)
商務長官がエネルギー長官と協議の上で大統領
に以下の報告をする場合
えているものと考えられる。
また、この価格差は 1 月下旬以降見られるが、この時
期は、OPEC・非 OPEC 産油国間での協調減産の可能性
(ⅰ)米国の原油輸出が直接的に継続的な供給不足
に関して関係者間での発言が複数なされた時期でもあっ
または世界の原油相場に重大な影響を及ぼし
た。協調減産が実現すれば、相当程度の減産を実施する
ている場合
と予想される中東湾岸 OPEC 産油国や主要非 OPEC 産油
(ⅱ)それらの供給不足や価格高騰が米国の雇用に
国であるロシアに近い、つまり減産の影響を受けやすい、
継続的かつ実質的に影響を与える、または与
中東や欧州市場の原油価格(代表的なものはドバイであ
える可能性がある場合
り、ブレントである)が相対的に上昇しやすい半面、国
内生産が豊富であり、かつ中東やロシアの原油輸入が限
米国議会等で原油輸出解禁に向けた動きが出てきた
定的であることから、欧州等に比べ協調減産の影響を受
2 0 1 5 年 1 2 月 1 4 日以降、それまでブレントを 1 バレルあ
けにくい米国産原油(代表的なものは WTI である)の価
たり2 ~ 4ドル程度下回っていたWTIは価格差を縮小し、
格が相対的に下落しやすくなる。このようなことも、ブ
両原油の価格はほぼ同水準になった。また、それまで
レントやドバイを WTI に比べて堅調にしている一因と
WTI の価格は品質の劣るドバイのそれとほぼ同水準で
考えることができる。
2016.11 Vol.50 No.6 70
最近の石油市場の動きに関する一考察
今後 WTI 原油価格がブレントを継続的に上回るには、
な不具合が発生する、といった条件等が揃うことが必要
少なくとも米国でのシェールオイル等中西部での原油生
であろう。そのような条件が整った上で、さらに販売価
産の減少傾向が顕著になる(したがってクッシングでの
格体系を変更するために費用と労力をかけなければなら
原油在庫が減少傾向を示す)か、もしくはさらに米国国
ないが、そこまでして WTI を基準油種として戻すだけ
内でのパイプライン等のインフラが整備されることによ
のインセンティブが産油国側にはなかなか働きにくいと
り、米国内陸産原油の国内での流通が円滑化することが
見られることから、WTI の世界指標原油としての地位
必要になるものと思われる。それまでは、特に製油所が
の回復までにはなお長い道のりを要することになろう。
メンテナンス等で稼働率が低下し原油精製処理量が減少
実際、2 0 1 5 年 1 2 月 1 8 日に米国からの原油輸出が解
しやすい、そしてその影響でクッシングに原油が滞留し
禁されて以降、カナダ(米国原油輸出が禁止されている
やすい春場と秋場の不需要期を中心に、WTI がブレン
時期においても例外扱いされていた)以外の原油輸出が
トに対して割安になる場面が見られる可能性があると考
増加し始めた。2 0 1 6 年 1 ~ 6 月で最も多いのが、オラ
えられる。他方、WTI がブレントに対して、プレミア
ンダ領キュラソー(Curacao)島である。キュラソー島
ムを維持できれば、ブレント原油価格は割安になり、そ
には PDVSA(ベネズエラ国営石油会社)の操業するイス
うしたブレントをもとに価格決定される原油を輸入した
ラ(Isla)製油所(原油精製能力日量 3 3 万 5,0 0 0 バレル)が
り、また、欧州等で精製されたガソリン等を輸入したり
あるが、米国から軽質低硫黄原油を輸入しベネズエラの
する米国北東部
(主な受け渡し地点はニューヨーク港)で
重質原油を希釈した上で(薄めた上で)精製するか再輸出
のガソリン価格は米国原油輸出が解禁されない場合に比
している可能性があると指摘されている。また、オラン
べ低下する可能性がある。
ダ等の欧州への原油輸出も増加した。これらは原油輸出
また、米国北東部でのガソリン価格は米国全土のガソ
解禁以降において WTI 等米国原油がブレント原油より
リン価格に影響を及ぼすため、米国全体のガソリン価格
も安価であった機会を捉えて米国から輸出したものと考
も低下すると考えられる。他方、米国内でのガソリン価
えられる。しかし、米国からの原油輸出解禁以降、常時
格が抑制される半面、価格が上昇しやすくなった WTI
米国から原油輸出の機会が提供されていたかというとそ
に基づき価格が決定される原油が主な原料となる米国中
うでもなさそうである。
西部における製油所の精製利幅は圧迫気味となろう。ま
米国下院で 2 0 1 5 年 1 2 月 1 日から米国原油輸出解禁に
た、コストの高い鉄道による原油輸送も影響を受けると
関して協議が始まって以降、それまで月間平均で少な
考えられる(ブレントとの価格差が縮小することから、
くとも 1 バレルあたり 3 ドルは上回っていたブレントと
高い鉄道輸送コストを加えると、WTI がブレントに比
WTI との価格差は 1 2 月には 1.6 ドル程度、2 0 1 6 年 1 月
べ相当程度割高になるため)
。なお、米国から今後輸出
には 0.3 ドル程度の縮小となった。それ以降 6 月まで 3
される原油は軽質低硫黄が中心となると考えられる。こ
ドル近くに拡大した月もあったが、1 ドルを割り込んだ
のため、主に欧州、中南米、カリブ海地域の比較的構造
月さえあった。このような原油価格差の変動が米国の
が単純な製油所がそのような原油を受け入れる可能性が
輸出入に影響を与えることになった。これまでの実績
あろう。
を見ていると、WTI とブレントの価格差が 2 ドル前後
また、今後再び WTI が基準油種の座をブレントから
より拡大しているようだと原油輸出が堅調になり、反
奪い返すといった展開になるかというと、それには、原
対に 2 ドル前後より縮小するようだとむしろ米国東海岸
油品質や国際石油情勢を反映するような形で WTI の価
におけるナイジェリア等の軽質原油輸入が増加すると
格がブレントの価格を持続的に上回る状態になること、
いった傾向にある。
その上で、ブレント価格の基準油種としての適用に大き
5. 米国等をめぐる石油製品の状況
米国等は、原油のみならず、ガソリンを中心として
なったと指摘されているところである。ここでは、な
特に 2 0 1 6 年前半に石油製品の需給が大きく緩和状態に
ぜガソリン等の石油製品需給が緩和状態になったか、
71 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
説明したい。
需給の緩和状態は需要が不振であることに伴
い発生する場合があるが、2 0 1 6 年の米国のガ
4.0 ドル/ガロン
3.5
ソリン需要に関しては、これは当てはまらない
3.0
であろう。なぜなら、2 0 1 4 年後半以降の原油
2.5
価格の大幅下落、それに伴うガソリン小売り価
格の低下(図 1 5)
、そして雇用増加の伸びに示
されるような米国経済回復により、米国での自
動車運転距離数が前年比で堅調に伸びたことが
ガソリン需要の増加に寄与していると考えられ
2.0
1.5
2014年
1
2
3
4
980
わけではなかった。特に 2 0 1 6 年に入ってから
900
修正された月は 3 月のみである(図 1 6)
。これ
9
10
11
12
月
速報値
8
月
確定値
940
920
表されている 1 ~ 6 月のうちで速報値から上方
8
日量万バレル
960
とはいえ、当初見込み程好調であったという
というもの、米国のガソリン需要は確定値が発
7
図15 米国ガソリン小売り価格
の販売が好調であることも、燃費の低下ととも
背景により、ガソリン需要は好調ではあった。
6
2016年
出所:米国エネルギー省(DOE)データを基に作成
るからだ。また、SUV(スポーツ用多目的車)
にガソリン需要を押し上げていよう。こうした
5
2015年
880
860
840
1
2
3
4
5
6
7
出所:DOE データを基に作成
は速報値に比べて日量約 4 万バレルの上方修正
であった。他の月については同 8 万~ 2 7 万バ
図16 米国ガソリン需要(2016 年)
レルの下方修正となっている。なぜこのように
米国ガソリン需要が持続的に下方修正されるよ
うになったのか。
り、その結果ガソリン輸入が増加、それに伴い、米国か
米国の石油需要は国内の小売り店での販売数量を集計
らメキシコへのガソリン輸出が増加したものと指摘され
したものではない。それは以下の式により算出される。
ている。このような背景から米国のガソリン輸出は増加
傾向にあったが、これに対して暫定値として用いられた
需要 =(製油所での)
生産 + 輸入±在庫変動 - 輸出
米国のガソリン輸出量はほぼ一定水準で推移し、実際の
輸出量(確定値)と暫定的に用いられていた推定輸出量と
問題はこの式中の「輸出」の部分である。従来、EIA
の乖離が増大、暫定値から確定値に移行する段階で上方
では、米国国勢調査局(U.S. Census Bureau)の月間輸出
修正される場面が頻出した。そして、速報値ベースのガ
統計の数値から推定した数値を暫定値として利用して
ソリン需要から一部が輸出に算入し直されることを通じ
いた。しかし、この暫定値として使用された米国のガ
て、確定値ベースでのガソリン需要は下方修正されるこ
ソリン輸出量と確定値で使用されるガソリン輸出量と
とになったわけである(なお、2 0 1 6 年 8 月 3 1 日に EIA が、
の間の乖離は、従来も相当程度あったものの、最近で
これまで速報値ベースの需要を算出するために用いてき
はさらにその度合いが大きくなっていた。それもほぼ
た米国からの石油製品輸出量速報推定値に代えて米国税
恒常的に確定値が暫定値を相当程度上回る、といった
関・ 国 境 取 締 局〈CBP:U.S. Customs and Border
格好であった(図 1 7)。
Protection〉からの輸出量データを利用することになっ
最近では米国のガソリン輸出は増加する傾向にあっ
たことにより、以降の米国からの石油製品輸出数量は確
た。主な輸出先はメキシコである(図 1 8)
。メキシコで
定値により接近することが予想され、その結果この面で
もガソリン需要は増加しつつあったが、同国政府は 6 2 0
は同国の石油製品需要の速報値と確定値との乖離の度合
億ペソ(約 4 2 億ドル)の予算削減措置の一環で、計画さ
いが縮小する割合は高まるだろう)。
れていた製油所の高度化計画を延期する旨 2 0 1 5 年 2 月
この結果、速報値での米国ガソリン需要は極めて堅調
2 3 日に明らかにした。そして、特にガソリン需要の伸
な状態にあることを示した。速報値としての 2 0 1 6 年 4
びに同国の製油所でのガソリン生産が追い付かなくな
月の米国ガソリン需要はこの時期としては 1 9 4 5 年 1 月
2016.11 Vol.50 No.6 72
最近の石油市場の動きに関する一考察
以来の最高水準にあった他、5 月、6 月の速報値は 2 カ月
月は月間統計史上どの月よりも需要が多いなど、ガソリ
連続して 1 9 4 5 年 1 月以降の月間統計史上最高水準に達
ン需要自体は堅調であった)こともあり、結局、ガソリン
していた。夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要
在庫が積み上がることになった(図 2 0)
。2 0 1 6 年夏場の
期に向け市場の期待が高まったこともあり、ガソリンと
ドライブシーズンの需要期における在庫はこの時期とし
原油との価格差が拡大し(図 1 9)
、製油所の稼働率が上
ては 1 9 9 0 年 1 月 5 日以降の週間統計史上最高水準となっ
昇、原油精製処理が進むとともに、ガソリンの生産が活
た。また、ガソリンスポットおよび先物市場におけるガ
発化した。
ソリンの受け渡し地点であるニューヨーク港を含む同国
他方、欧州においても米国向けガソリンに対する精製
東海岸でのガソリン在庫は通常夏場のドライブシーズン
利幅が拡大したことから、製油所でガソリン(この場合
に伴うガソリン需要期にはガソリン在庫は減少するとこ
は主に基材)の生産と米国への輸出が旺盛となった。生
ろ、2 0 1 6 年夏場には増加傾向を示している(図 2 1)
。7
産と輸出は活発化したものの、米国のガソリン需要は当
月 2 2 日には 7,2 4 9 万バレルと 1 9 9 0 年 1 月 5 日以降の週
初見込み程ではなかった(それでも確定値においても
間統計史上最高水準を記録した(なお、米国東部海岸の
2 0 1 6 年 4 月、5 月のガソリン需要はこの時期としては
ガソリン在庫は 9 月に入って急減している。これはコロ
1 9 4 5 年 1 月以降の月間統計史上最高水準にあり、同年 6
ニアル・パイプライン〈Colonial Pipeline〉の操業するラ
80
日量万バレル
70
確定値
速報値
60
50
40
30
1 2
2014
3
4
5
6
7
8
9 10 11 12 1 2
2015
3
4
5
6
7
8
9 10 11 12 1 2
2016
3
4
5
6
7
8 月
年
出所:DOE データを基に作成
図17 米国ガソリン輸出確定値と速報値の乖離
75
日量万バレル
(左軸・右軸とも)
50
米国ガソリン輸出量
(左軸)
70
米国の対メキシコガソリン輸出量
(右軸)
45
65
40
60
35
55
30
50
25
45
20
40
15
35
10
30
5
1 2
2014
3
4
5
6
7
8
9 10 11 12 1 2
2015
3
4
5
6
7
8
出所:DOE データを基に作成
図18 米国ガソリン輸出量
73 石油・天然ガスレビュー
9 10 11 12 1 2
2016
3
4
5
6
7 月
年
アナリシス
35
ドル/バレル
米国ガソリン
(NYMEX)
−WTI
(NYMEX)
30
米国ガソリン
(NYMEX)
−ブレント
(ICE)
25
20
15
10
5
0
1
2
2015
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
1
2
2016
3
4
5
6
7
8
9
月
年
出所:NYMEX、ICE データを基に作成
図19 米国ガソリンと原油の先物価格差
イン1ガソリンパイプライン
〈テキサス州ヒュー
ストン~ノースキャロライナ州グリーンズボロ
2.6
億バレル
過去5年幅
(月間値)
過去5年平均
(月間値)
2016年
(週間値)
〈Greensboro〉
。通常時ガソリン輸送量日量 1 3 7
万バレル、ガソリンは別のパイプラインで最終
2.4
的にはニュージャージー州リンデン〈Linden〉
ま で 輸 送 〉 が、9 月 9 日 に ア ラ バ マ 州 ヘ レ ナ
〈Helena〉で推定 6,0 0 0 ~ 8,0 0 0 バレルのガソリ
2.2
ン流出が発生したため操業を停止した〈9 月 2 1
日に操業を再開〉ことにより、米国東部海岸へ
のガソリン供給に支障が発生したことに伴うも
2.0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
月
10
11
12
月
出所:DOE データを基に作成
のと考えられる)
。また、欧州においてもガソ
図20 米国ガソリン在庫
リン在庫は過去5年幅を超過する状態となった。
加えて、製油所ではガソリンを生産するととも
に併せて軽油や暖房油などの留出油(ないしは
ジェット燃料 / 灯油を含めた中間留分)
も生産(連
産)されることになる。このため、米国や欧州に
0.75
おいては留出油や中間留分在庫も増加傾向とな
0.70
り、過去 5 年幅上限近傍に位置したり、過去 5 年
0.65
幅を超過したりする量となった
(図2 2、図2 3)
。
0.60
このように欧米諸国ではガソリンや留出油在
庫が積み上がったことから、製油所の精製利幅
0.55
が圧迫されるようになり、それは 6 ~ 8 月の米
0.50
国の夏場のガソリン需要期にもかかわらず冬場
0.45
のそれとそう変わらない水準にまで低迷した。
こ の 時 期、 米 国 東 部 の 一 部 製 油 所(Monroe
Energy の Trainer 製油所〈ペンシルバニア州、
原油精製能力日量 1 8 万 5,0 0 0 バレル〉および
億バレル
1
2
3
4
過去5年幅
(月間値)
5
6
7
8
9
過去5年平均
(月間値)
2016年
(週間値)
出所:DOE データを基に作成
図21 米国東海岸ガソリン在庫
2016.11 Vol.50 No.6 74
最近の石油市場の動きに関する一考察
Phillips 6 6 の Linden 製油所〈ニュージャージー州、原油
ナフサの需要が相対的に低下することにより、その価格
精製能力同 2 3 万 8,0 0 0 バレル〉
)では減産措置が採られ
も原油価格に比べて軟調に推移する場面も見られる。
たが、市場では経済性の悪化がその背景にある
と見る向きもあった。
他方、米国ではシェールガスを含む天然ガス
の生産が活発化するとともに、併せて生産され
1.8
億バレル
る液体炭化水素であるNGLの生産も増加傾向に
ある(図 2 4)
。NGL の大部分(2 0 1 5 年現在で
8 7 %)は液化石油ガス(LPG)である。NGL の生
産は 2 0 1 0 年の日量 2 0 7 万バレル(うち LPG が同
180万バレル)
から2015年には同327万バレル
(同
1.6
1.4
1.2
2 8 4 万バレル)に増加したが、2 0 1 6 年に入って
からもその傾向は続き、6 月には同 3 6 2 万バレ
1.0
ルであった。NGL 需要は 2 0 1 0 年の同 2 2 7 万バ
レル(うち LPG が同 2 1 7 万バレル)からは増加し
1
2
3
4
5
過去5年幅
(月間値)
6
7
8
9
10
11
12
月
2016年
(週間値)
過去5年平均
(月間値)
出所:DOE データを基に作成
たものの 2 0 1 5 年においても同 2 4 7 万バレル(同
図22 米国留出油在庫
238万バレル)
、
2016年6月は同 219万バレル
(同
2 1 4 万バレル)
にとどまっている。米国での LPG
の用途は 6 0 %超が石油化学用原料、3 0 %弱が
民生用である
(2 0 1 4 年現在)
。
現在の米国で LPG(エタン)を利用する石油
3.2 億バレル
3.1
3.0
化学工場の能力では増産された LPG を利用し
2.9
切れない(ただし 2 0 1 7 年にかけ米国では LPG
2.7
〈エタン〉を原料とする石油化学工場が稼働を
開始する予定であるので、この部門での LPG
需要はこの先は増加していくものと考えられ
る)ため、余剰となった LPG の米国からの輸出
が増加傾向にあり(図 2 5)、その一部は日本に
2.8
2.6
2.5
2.4
2.3
1
2
3
4
5
過去5年幅
6
7
8
9
10
11
12月
2016年
過去5年平均
出所:IEA データ等を基に推定
も向かっている。かつて日本は LPG をサウジ
図23 欧州 OECD(経済協力開発機構)中間留分在庫
アラビアやカタールな
ど中東湾岸諸国から主
に 輸 入 し て い た が、 最
近ではこれらの国に加
え 米 国 が 主 要 LPG 供 給
国としての地位を確保
している(図 2 6)。
このようにアジア地域
に新たなLPG供給が行わ
れていることもあり、特
に夏場の暖房向けLPG不
需要期には、需給緩和感
が市場で広がりやすくな
ることから、LPG の価格
が低下、石油化学部門で
LPG が利用される半面、
75 石油・天然ガスレビュー
400
日量万バレル
350
NGL
(左軸)
日量10億立方フィート
その他
(左軸)
85
80
天然ガス
(右軸)
300
75
250
70
200
65
150
60
100
2009
2010
2011
2012
2013
2014
出所:DOE データを基に作成
図24 米国 NGL、天然ガス生産量
2015
2016 年
55
アナリシス
120
日量万バレル
100
アジア
その他
80
60
40
20
0
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016年
出所:DOE データを基に作成
図25 米国 LPG 輸出量
50
日量万バレル
米国
カタール
サウジアラビア
40
30
20
10
0
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016 年
出所:IEA データ等を基に作成
図26 日本の国別 LPG 輸入量
6. 2 0 1 7 年に向けた世界石油市場に対する関係者の見方
それでは、この先世界の石油市場はどうなると市場で
まず、需要について。2 0 1 7 年の世界石油需要は、前
は認識されているのか。市場関係者の石油市場に対する
年比で日量 1 1 5 万~ 1 4 2 万バレル程度の増加と見込む
認識に大きな影響力を与えるとされる、IEA は 2 0 1 6 年
(IEA が同 1 2 0 万バレル〈前年比 1.2 %〉、EIA が同 1 4 2 万
6 月 1 4 日、OPEC は 7 月 1 2 日に、それぞれ 2 0 1 7 年の石
バレル〈同 1.5 %〉、OPEC が同 1 1 5 万バレル〈同 1.2 %〉
の、
油需給見通しの詳細を発表した。ここでは、既に 1 月 1 2
それぞれ増加)など、それなりに堅調に伸びていくと予
日に 2 0 1 7 年見通しを発表していた EIA
(米国エネルギー
想している(図 2 7)。これは 2 0 1 6 年の伸びを下回る水
省エネルギー情報局)を含め 2 0 1 7 年の世界石油需要と
準である(2 0 1 6 年の世界石油需要伸び率は IEA が同 1 2 8
供給見通し等の特徴などにつき述べる(データは原則、
万バレル〈前年比1.3%〉、EIAが同148万バレル〈同1.6%〉
、
EIA が 9 月 7 日、OPEC が 9 月 1 2 日、IEA が 9 月 1 3 日に、
OPEC が同 1 2 3 万バレル〈同 1 3 1 %〉であった)。
それぞれ発表したもの〈つまり本稿執筆時点で最新のも
このうち、IEA と OPEC は、英国の EU 離脱が 2 0 1 7
の〉
を中心としている)
。
年の世界経済と石油需要に影響すると予想し、2 0 1 7 年
2016.11 Vol.50 No.6 76
最近の石油市場の動きに関する一考察
の石油需要の伸びが減速すると見ている。他方、EIA は、
ルの増加(IEA で同 3 8 万バレルの増加、EIA で同 2 2 万
2 0 1 7 年は 2 0 1 6 年程の伸び率ではないものの、他の 2 機
バレルの減少、OPEC で同 2 0 万バレルの増加)と、減少
関に比して 2 0 1 7 年もそれなりに石油需要は伸びると見
幅が縮小するか、増加に転じるとの見方である
(図 2 8)
。
ており、英国の EU 離脱の影響はほとんど欧州域内にと
EIA、IEA、及び OPEC ともに、2 0 1 7 年の米国でのシェー
どまるとの認識である。石油需要についても欧州諸国に
ルオイル生産量は前年比で減少はするが、減少幅は
ついては若干の下方修正を行うにとどまっている。
2 0 1 6 年ほどではないと見込む。この点、EIA は、シェー
また、EIA は、2 0 1 6 年は暖冬による暖房用石油燃料
ルオイルの生産減少は低原油価格の影響で企業のキャッ
需要の低迷、原油・天然ガス掘削活動の低下、石炭生産
シュフローが減少するとともに投資が削減されたことに
と輸送量の減少により、米国の留出油需要は前年割れす
よるものとするが、生産性の向上、損益分岐点の低下、
るが、2 0 1 7 年は経済回復のため需要は増加すると見て
予想される価格の上昇により 2 0 1 7 年半ば以降生産量は
いる他、新規石油化学工場の稼働や停止していた既存工
増加に転じるとの観測だ(なお、EIA は 2 0 1 6 年の WTI
場の再稼働によりエタンの需要が伸びると予測。さらに
原油スポット価格を 1 バレルあたり 4 1.9 2 ドル、2 0 1 7 年
中国やインドにおいても輸送部門や石油化学部門を中心
は 5 0.5 8 ドルと想定)。IEA も米国でのシェールオイル
に石油需要が増加すると見る(特に中国ではプロパン脱
の生産は 2 0 1 7 年後半から上向くと予想している。
水素化装置〈PDH〉の建設が進みつつあるためプロパン
他方、米国メキシコ湾沖合では 2 0 1 6 年 4 月に Julia 油
の需要が伸びるとしている)
。
田(オペレータ:ExxonMobil)、7 月には Gunflint 油田
(オ
OPEC も中国については石油化学部門に加え自動車販
ペレータ:Noble)、9 月には Stones(オペレータ:Shell)
売の伸びが継続することから輸送部門で石油需要が堅調
が、それぞれ生産を開始した他、今後も複数の油田の生
と考えているようだ。ただ、IEA は中国で重工業中心の
産が開始される予定である。これにより 2 0 1 7 年の米国
経済構造からの脱却を目指す改革の進展により石油需要
メキシコ湾での原油生産量の前年比での伸びは、EIA が
の伸びが鈍化すると見ている他、2 0 1 4 年後半以降の原
日量 2 2 万バレル、IEA が同 1 2 万バレル、OPEC が同 1 6
油価格の下落に伴いガソリン等の小売り価格水準も併せ
万バレルと予想している。また、アラスカでは原油生産
て低下したことにより、世界各国・地域での石油需要が
量が減少傾向にあるが、最近 3 カ所の油田の操業が開始
刺激される格好となったが、2 0 1 7 年にはそう
した効果も薄れてくることが、石油需要の伸び
を抑制すると見る。
200 日量万バレル
また、例えば国際通貨基金
(IMF)
の世界経済
180
見通し(WEO:World Economic Outlook)にお
160
ける経済成長率見通しが近年時間の経過ととも
140
に下方修正されるなど、これまでの経済が必ず
120
しも明確な回復期に入っているとは見えない部
分もある。加えて、英国の EU 離脱で今後欧州
地域を中心とした地域での経済活動にさらなる
2015年
2016年
2017年
100
80
IEA
EIA
OPEC
出所:各機関資料を基に作成
図27 各機関の世界石油需要増加見通し(前年比)
支障が発生するようだと、経済成長がなお下振
れする恐れも否定できない。この面が 2 0 1 7 年
の世界石油需要面でのリスクと考えられ、この
200
リ ス ク が 今 後 顕 在 化 す る よ う だ と、IEA、
150
EIA、そして OPEC による世界石油需要見通し
100
も下方修正される可能性がある。
0
(NGL 等を含む)は前年比で日量 4 2 万~ 8 4 万バ
-50
レルの減少
(IEA で同 8 4 万バレル、EIA で同 4 2
-100
れ減少)と各機関は見込んでいるが、2 0 1 7 年は
前年比で同 2 2 万バレルの減少から同 3 8 万バレ
77 石油・天然ガスレビュー
2015年
2016年
2017年
50
2 0 1 6 年の非 OPEC 産油国の石油供給見通し
万バレル、OPEC で同 6 0 万バレルの、それぞ
日量万バレル
IEA
EIA
OPEC
出所:各機関資料を基に作成
図28 各機関の非 OPEC 産油国世界石油供給増加見通し(前年比)
アナリシス
されていることから、原油生産の減少ペースが鈍化する
があろう。他方 EIA は同 3 万バレルの増加と、かなり消
可能性がある。また、EIA は石油化学向けの需要増加か
極的な見積もりである。
ら天然ガスからのエタン分離が促進され、米国での
ロシアについては、2 0 1 7 年の石油生産量について、
NGL の供給が増加すると見る。IEA も NGL の生産が増
IEA が 日 量 3 万 バ レ ル の 増 産 を 予 想 す る の に 対 し、
加するとの見方だ。このようにシェールオイル生産が
OPEC は 5 万バレルの減産になると見ているが、EIA は
2 0 1 7 年に底打ちする上、アラスカや米国メキシコ湾沖
2 1 万バレルの減少になると予測するなど減少量には幅
合での新規油田生産の開始や NGL、バイオ燃料の供給
が 見 ら れ る。IEA や OPEC は ロ シ ア の Lukoil や
増加により、2 0 1 7 年の同国での石油生産量は前年比で
Gazprom Neft による新規油田生産開始や最近生産を開
増加するか、減少するとしても比較的小幅なものになる
始した油田の増産等を織り込んでいるものと考えられ
と予測されている。
る。他方、中国は国営石油企業による投資削減もあり
米国以外の地域では、EIA、IEA、OPEC の 3 機関が
2 0 1 7 年は 7 万~ 1 3 万バレル程度の石油生産量が減少す
ともにカナダとブラジルで石油生産が増加すると見てい
ると考えられている。
る。 カ ナ ダ で は、Kearl 拡 張( オ ペ レ ー タ:Imperial
非 OPEC 産油国の石油供給は 2 0 1 6 年に減少すると見
Oil)、Horizon 拡 張( オ ペ レ ー タ:Canadian Natural
込まれる上、2 0 1 7 年においてもなお減少するか増加し
R e s o u r c e s)、S u r m o u n t 2( オ ペ レ ー タ:
たとしても限定的な程度にとどまると見られる。その一
ConocoPhillips)
、Christina Lake( オ ペ レ ー タ:
方で、世界の石油需要は 2 0 1 6 年程ではないにしても
Cenovus)等のオイルサンドプロジェクトで増産、もし
2 0 1 7 年もそれなりに伸びていくと予想されることから、
くは新規に生産を開始することが寄与するとし、2 0 1 7
世界石油需要から非 OPEC 産油国石油供給と OPEC 産油
年は前年比で日量 1 7 万~ 2 5 万バレルの増加(IEA と
国の NGL 等を差し引いた、いわゆる対 OPEC 原油需要
EIA で同 2 5 万バレル、OPEC で同 1 7 万バレルの、それ
等(
「Call on OPEC」
。これには在庫変動も含まれる)は
ぞれ増加)
になると見られている。
IEA、EIA、OPEC と も に 2 0 1 7 年 は 2 0 1 5 年、2 0 1 6 年
一方、ブラジルでは 2 0 1 7 年末までに同国沖合サント
に比べて相当程度増加し、日量 3,3 0 0 万バレル超の水準
ス盆地において浮体式生産・貯蔵・出荷施設(FPSO)7
になる(IEA では同 3,3 2 3 万バレル、EIA で同 3,2 9 5 万バ
基を設置(Lula 油田〈3 基〉
、Buzios 油田〈2 基〉
、Lapa 油
レル、OPEC で同 3,2 4 7 万バレル)
と予想される旨示唆さ
田〈1 基〉
、Libra 油田〈1 基〉
)することにより石油生産が
れる(図 2 9)
。IEA のデータに基づけば、2 0 1 6 年 8 月現
増加する。しかし、うち 4 基は建設中に問題が発生した
在、
OPEC産油国の原油生産量は同3,348万バレルであり、
ことにより 2 0 1 7 年末までの増産が困難となる可能性が
この水準がこの先も維持されるとして、他の石油需給
あるなど、同国の石油生産開始時期については不透明感
データについても IEA の予測を用い 2 0 1 6 年、2 0 1 7 年
が伴っている。同国の 2 0 1 7 年の石油生産量増加見通し
の世界石油需給シナリオを描いてみると、2 0 1 6、2 0 1 7
はIEAが日量29万バレル、
OPECが同27万バレルとなっ
年は供給が需要をそれなりに超過するが、2 0 1 7 年は
ているが、OPEC は FPSO7 基が全て操業を開始するこ
2 0 1 6 年に比べて供給が需要を超過する度合いが低下す
とを念頭に置いて予想していると見受けられることから
ることになる
(表 2、表 3)
。
考えると、これらの増産見通しは下方修正される可能性
ただ、2 0 1 6 年 8 月の原油生産量が日量 3 6 4 万バレル
であるイランがその目標とするところの同 4 0 0
万バレル超に達すれば、さらに同 4 0 万バレル
ほど世界石油供給量は増加することになる。い
3,400 日量万バレル
2015年
3,300
2016年
2017年
つそれが実現するかにもよるが、その分だけ世
界の石油需給は緩和することが予想される(ま
3,200
た武装勢力による石油生産、出荷施設に対する
3,100
攻撃により、同 7 0 万バレル程度の減産となっ
3,000
ているナイジェリアで、攻撃が終息するととも
2,900
IEA
EIA
OPEC
出所:各種資料を基に作成
図29 各機関の対 OPEC 原油需要等見通し
に、同国の原油生産が増加傾向となれば、その
分だけ、供給過剰感が増すことにもなる)
。
2 0 1 6 年 8 月末現在の OECD 諸国石油在庫日
数は 6 7.2 日と高水準である一方で、2 0 1 5 年、
2016.11 Vol.50 No.6 78
最近の石油市場の動きに関する一考察
2 0 1 6 年ほどではないにせよ、2 0 1 7 年も供給が需要を上
石油在庫の状態は少なくとも継続すると思われる。
回ることから考えると、2 0 1 7 年においても、高水準の
表2 世界石油需給バランスシナリオ(2016 年)
日量百万バレル
2015
1Q1 6
2Q1 6
3Q1 6
4Q1 6
2016
総需要①
9 4.8 4
9 5.3 8
9 5.5 8
9 6.6 5
9 6.8 6
9 6.1 2
非 OPEC 生産
5 7.5 0
5 7.0 3
5 6.0 3
5 6.6 1
5 6.9 6
5 6.6 6
OPEC 原油生産
3 2.2 9
3 2.7 6
3 3.0 0
3 3.4 7
3 3.4 8
3 3.1 8
OPEC NGL 生産
6.7 6
6.8 4
6.8 6
6.9 5
7.1 3
6.9 5
9 6.5 4
9 6.6 3
9 5.8 9
9 7.0 2
9 7.5 7
9 6.7 8
1.7 0
1.2 5
0.3 1
0.3 7
0.7 1
0.6 6
総供給②
在庫変動その他(② - ①)
(注)OPEC 産油国については 2016 年 8 月の原油生産量がその後も維持されるものと仮定。OPEC にはインドネシ
アとガボンを含む。
出所:IEA データを基に作成
表3 世界石油需給バランスシナリオ(2017 年)
日量百万バレル
2016
1Q1 7
2Q1 7
3Q1 7
4Q1 7
2017
総需要①
9 6.1 2
9 6.5 1
9 6.7 6
9 7.9 8
9 7.9 9
9 7.3 2
非 OPEC 生産
5 6.6 6
5 6.6 0
5 6.9 9
5 7.2 7
5 7.3 0
5 7.0 4
OPEC 原油生産
3 3.1 8
3 3.4 8
3 3.4 8
3 3.4 8
3 3.4 8
3 3.4 8
OPEC NGL 生産
6.9 5
7.0 1
7.0 2
7.0 6
7.1 1
7.0 5
9 6.7 8
9 7.0 9
9 7.4 8
9 7.8 0
9 7.8 8
9 7.5 7
0.6 6
0.5 8
0.7 2
ー 0.1 8
ー 0.1 1
0.2 5
総供給②
在庫変動その他(② - ①)
(注)OPEC 産油国については 2016 年 8 月の原油生産量がその後も維持されるものと仮定。OPEC にはインドネシ
アとガボンを含む。
出所:IEA データを基に作成
おわりに
石油市場には、依然不透明性が付きまとう。OPEC 産
も、各産油国がそれを遵守できるか、という別の問題も
油国は、1 1 月 3 0 日の通常総会に向け、各加盟国の生産
ある。その意味で OPEC 産油国の試練はまだ続こう。
制限量の枠を視野に入れつつ、作業中と思われるが、
一方で、米国では石油水平坑井掘削装置の稼働数が増
2 0 1 2 年 1 月から 2 0 1 5 年 1 2 月まで適用されていた原油
加傾向にある。まだ2014年10月24日現在のピーク(1,262
生産上限(日量 3,0 0 0 万バレル)ですら、個別の生産枠は
基)には遠く及ばないが 2 0 1 6 年 9 月 3 0 日には 3 6 9 基と
決定できなかった。今回は 9 月 2 8 日に開催された OPEC
2 0 1 6 年 5 月 1 3 日の局所的な最低水準(2 7 3 基)から 1 0 0
臨時総会から次の総会まで2カ月程度しかない。そして、
基近く回復している。このため、米国のシェールオイル
イランやリビア、ナイジェリアなど増産余地があると見
生産の減少幅が縮小し始めるか、場合によっては増加に
られる産油国が、現状以上の生産枠を要求するか、生産
転じる事態も想定され得る。
枠からの除外を要望するのかなど予断を許さないものが
従来 2 0 1 6 年後半に世界石油需給が均衡すると説明し
ある。このようなことから、市場を失望させるような結
ていた IEA も、9 月には 2 0 1 7 年終盤まで石油供給過剰
果が次回 OPEC 総会で飛び出すといった展開も否定でき
は継続する旨明らかにしている。これらから、原油価格
ない。仮に生産枠の類が何らかの形で決定されたとして
が上昇局面に入る可能性は少なくとも短期的には高くな
79 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
いように見える。しかし、中国経済は現時点では多少減
発・生産が技術的に難しくなっていくか、パイプライン
速する一方で個人消費が比較的堅調であることもあり、
等のインフラの整備に迫られる等)といったことも考え
経済成長が比較的堅調であるインドとともに、石油需要
られる。
は引き続き伸びていくことも考えられる。
以上を総合すると、1 両年では無理としても、早晩石
他方、OPEC 産油国の原油生産はほとんどの国で伸び
油需給が引き締まることを通じて、原油相場に上方圧力
きっている。加盟各国の余剰生産能力はそれほどないと
を加えてくるといった展開も可能性としては排除しきれ
見る。リビアやナイジェリアに多少の余剰生産能力があ
ない。石油需給が引き締まれば、地政学的リスク要因に
るといっても、両国とも政情不安により、これらの能力
伴う市場の石油供給途絶懸念が増大しやすく、それが原
は事実上利用不可能である。サウジアラビアは 2 0 1 6 年
油相場に反映され、原油価格の乱高下を招くことは周知
9 月時点では、日量 1 6 0 万バレルの余剰生産能力を保有
の事実である。現在原油価格が比較的低位で安定してい
するが、同国は他の産油国の突然の供給途絶に備え同
るからといって、安心しきっていていいというわけでは
2 0 0 万バレル以上の余剰生産能力を保有しているのが通
ない。今後も石油需給の現状と見通し、そしてそれに関
常であることからして、別途大幅に増産することは困難
連する国際情勢等を、注意深く監視していくことが肝要
であろう。また、
米国のシェールオイル資源についても、
なのである。
生産が進むにつれ徐々によりコストが上昇していく(開
執筆者紹介
野神 隆之(のがみ たかゆき)
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。米国ペンシルバニア大学大学院修士課程およびフランス国立石油研究所付
属大学院(ENSPM)修士課程修了。通商産業省(現・経済産業省)資源エネルギー庁長官官房国際資源課(現・
国際課)
、国際エネルギー機関(IEA)石油産業市場課等に勤務の後、石油公団企画調査部調査第一課長を経て、
現在、JOGMEC調査部主席エコノミスト(石油・天然ガス市場および産業担当)
。趣味は旅行(国内・国外を問わず)
。
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2016.11 Vol.50 No.6 80