比較体制経済学会(2015 年 11 月 8 日) 発表要旨 「原油安時代の到来

比較体制経済学会(2015 年 11 月 8 日) 発表要旨
「原油安時代の到来と主要産油国の対応」
本村眞澄(石油天然ガス金属鉱物資源機構)
1.油価の下落の原因
2000 年代を通じて、2008 年のリーマンショックを除いて、原油価格は上昇を続けたが、
このきっかけは 1999 年末に発足したベネズエラのチャベス政権が OPEC の生産枠の遵守
を宣言し、OPEC がカルテル機能を回復したことによる。しかし、2010 年代には、米国の
シェールオイルが大きく生産量を伸ばした。世界の石油需要は 2010 年代で毎年日量 100 万
バレルのペースで増加しているが、一方で米国だけでも 2012 年から 2014 年の 3 年間で、
日量にして 350 万バレルの増産となり、今では世界で日量 200 万バレルの原油が供給過剰
となった。
2014 年 8 月から油価の下落が始まり、
2015 年 10 月現在、米国の WTI(West Texas
Intermediate)原油はバレル当たり$40 台前半で推移している。
2.供給過剰の解消は?
油価下落局面の中で開催された 2014 年 11 月 27 日の OPEC 総会において、湾岸産油諸
国は減産を見送る決定を行い、自らの市場のシェアを維持し、油価の更なる下落によって
米国のシェールオイルを減産に追い込む策を選択した。米国のシェールオイル生産は、こ
れを受けて掘削装置がその後の半年で約 6 割減となったが、生産量に関しては減産どころ
か増産傾向を維持し、石油生産量は 2011 年に日量 570 万バレルであったものが、2015 年
6 月には日量 960 万バレルに達した。これは、シェールオイル生産をスィートスポットと呼
ばれる生産効率の良い部分に集中したこと、掘削で 20%、水圧破砕で 30%のコスト削減が
可能となり、ブレークイブン・コストがバレル当たり平均$60 まで下がったこと、約 1 年間
の$60-90 での販売オプション(ヘッジ)が金融機関と多く交わされていたことなどによる。
シェール事業は、1坑の掘削費が$600-1000 万ドルと安く、短いリードタイムですぐに
生産に漕ぎ着けることが可能であるなど小回りのきくスモールビジネスを特徴としており、
メジャーの手掛ける大水深油田開発などとは対極にある。石油開発はこれまでのリスクを
とり大規模に展開する事業ではなくて、農耕民族的な年単位の小規模なアプローチとなっ
てきた。このため、高油価になるとすぐに生産増がなされ、低油価となると生産減となる、
一種の「スウィング・プロデューサー」的な業態となり、油価はバレル当たり$60 以上には
なかなか上がらないと言う状況が予想される。
3.各産油国の対応
各産油国は、石油収入の目減りを避けるため、基本的に増産基調をとっている。これは、
世界における安定的な石油需要の伸びが依然として予想されるからである。サウジアラビ
アは政府調達の締め切りを1カ月前倒しにするなど、政府予算の緊縮化を進めている。UAE
は掘削装置を増やし生産能力の引き上げをはかっている。イラクは外資導入を図って油田
開発を進めて来たが、現状では契約を大幅に下回る増産レベルに留まる。イランは制裁解
除を控え、直ちに日量 50 万バレル程度を増産する構えである。低油価が長期化した場合、
投資不足が大きく影響してくるため、いずれ生産減があることが予想される。
OPEC 以外ではロシアは、2015 年は対前年 1%強のペースで増産する勢いである。西シ
ベリア原油は約 2%のパラフィンを含んでおり、これの生産を止めると地上設備内が固結し
油田が機能しなくなる。一部油田の生産停止といった対応は、技術的な要請としてあり得
ない。政府の石油産出税、輸出税収入は減っており、緊縮財政で乗り切る構えである。一
方、ロシアの石油企業はドル建てで輸出される原油の価格が大幅に下がっても、一方でル
ーブル安が進行しており、かつ原油安による減税効果もあいまって、ルーブル建てでの企
業業績は悪くない。カナダのオイルサンド、ブラジルの大水深油田開発など高コスト事業
は当然低油価の影響を受け、将来の生産量は一様に下方修正しているが、それでも全体に
は増産基調は堅持している。米国の状況は2.に記した通りである。
4.長期的な見通し
油価の決定権を OPEC が掌握した 1973 年の石油危機以来、高い油価は 11 年しか持続せ
ず、1985 年以降 2003 年までの 18 年間は低油価が続いた。その後、2003 年から 2014 年
まで、再び高油価時代が 11 年間継続したが、技術革新による供給過剰により崩壊した。こ
のような「メガサイクル」が存在するのか議論の余地があるが、供給国の関心は、何年で
この低油価状況を脱することができるかであるが、シェールオイルの特質は従来の石油開
発と異なり、油価が若干持ち直せば直ちに事業が再開されるというスウィング・プロデュ
ーサー的性質にあり、バレル当たり約$60 の上値は重い。WTI も Brent 原油も 12 カ月の
先物は 10%程度高く取引されてはいるが、それ以上を見込むことは困難になっている。産
油国の間では少しでも生産コストの安い国が有利となる展開が予想され、今後 10 年間選別
が進行するものと思われる。
(以上)