農村工学研究部門が担う イノベーションの方向性

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01―■ 巻頭言
巻 頭 言
農村工学研究部門が担う
イノベーションの方向性
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
やまもと
1981年 農林水産省農業土木試験場
1984年 九州農業試験場
2006年 農研機構農村工学研究所農村環境部
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 2016年 農研機構農村工学研究部門長
山本 徳司
現在に至る
農村工学研究部門 部門長 昭和 12 年、佐賀平野の水稲反収が 10a 当たり 394kg を記録し、明治末期に 240kg 前後で
「緑の革命」が、高収量品種改良、化学肥料、農薬、種子の密集栽培法、灌漑等の技術ク
あった反収を昭和 8 年から 12 年の 5 カ年で一気に上げて全国一となりました。これは、農
ラスターとして普及され、大きな農業イノベーションに繋がったように、佐賀段階も同様の
業の研究や技術開発に携わる者なら誰もが知っている事柄であり、「佐賀段階」と名付けら
イノベーションの例ということになります。このあたりは、技術成果間を繋ぐシステムづく
れた日本の近代農業史に残る未曾有の農業技術イノベーションであります。
りに重点がおかれる産総研提唱のシンセシオロジーの考え方にも通ずるように思います。
このイノベーションは、明治 32 年制定の耕地整理法に基づく圃場整備技術と多肥多収性
農研機構は 28 年 4 月 1 日に統合により発足した新体制の元で、第 4 期中長期目標を達成
品種の普及、金肥の増投、集約栽培法、乾田化などの総合対策によってもたらされたもので
すべく新たな研究開発に乗り出しました。これまでの農村工学研究所も新体制下で農村工学
すが、特に大きな役割を果たしたのは、電気灌漑事業による電動揚水ポンプの出現でした。
研究部門と改名し、大規模化等による収益性の高い農業のための農業生産基盤整備技術の開
まさに、農業農村整備技術によるイノベーションの成功であります。
発、農村地域の強靭化に資する施設の保全管理及び防災・減災技術の開発、農村地域の構造
さん か めいちゅう
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とくじ
農村工学研究部門 部門長 山本 徳司
当時、減収による営農意欲を最も削いでいたのは三化螟虫の被害でした。早・晩二期作に
や変化に対応した地域資源の管理・利用の高度化技術の開発などの課題に重点的に取り組む
その原因があることは知られており、回避のため晩稲一期作へ統一したかったが、田植時前
こととなりました。今後の技術開発においては、IoT、AI、ビックデータ等の ICT 技術が農
後の揚水のための足踏み水車の労力を分散調整するためには、どうしても早・晩二期作でな
業農村整備におけるイノベーションの技術クラスターの一つとなっていきますが、ロジャー
ければならなかったようです。それまでの水稲作では、足踏み水車が主に使われていて、農
スのイノベーション普及学を参考にして、技術普及のプロセスを分析するところによると、
家は夜中から水揚げに行き、クリーク(水路)に水が少ないときは、一家総出で水揚げ作業
普及において重要なことは、どうも単体の技術そのものよりも、地域の文化的背景の元に、
にかかります。博物館にあるレプリカを使って見たことがあるが、水揚げの足踏みは重労働
いかにクライアントに技術とその普及の仕組みを知覚してもらうかのように思えます。いわ
中の重労働です。この水車では、10a 当たり揚水労力は 7 ~ 10 日かかっていましたが、電動
ゆる、良い技術が普及するのではなく、農家や事業者がイノベーションの相対的優位性や両
揚水ポンプだと 2 日程度で済む訳で、この技術によって、晩稲一期作となり、三化螟虫駆除
立可能性などを知覚できることです。もう少し詳しく述べますと、イノベーションが経済性、
へと繋がり、わずか 5 年で佐賀平野全域に一連のイノベーションが普及しました。
利便性等において相対的に有利になっているとする「相対的優位性」、社会システムや価値
イノベーション普及に関する研究で有名なアメリカの農村社会学者であるエベレット・ロ
観、慣習と両立できる「両立可能性」等を高く維持していることが普及速度をコントロール
ジャースによると、イノベーションとは、個人あるいは他の採用単位によって新しく知覚さ
しており、技術がイノベーションを興すのではなく、むしろ技術の社会性がイノベーション
れたアイデア、習慣、あるいは対象物であるとしている。経済学者であるシューペンターが
を興すと考えるべきではないでしょうか。
「もの・仕組みなどに対して全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出して
農研機構の第 4 期中長期目標では、攻めの農業の実現において、異分野融合・産学官連
社会的に大きな変化を起こすこと」と定義したのと比べると、技術やアイデアが新規である
携の強化によるイノベーション創出が謳われています。農業農村整備に関わる技術イノベー
必要性は無く、アイデアが個人にとって新しいと認識されれば、それはイノベーションであ
ションを実現するためにも、農村工学研究部門が求める技術クラスターは、当部門の研究開
るとしているところが興味深い。また、ロジャースは、イノベーションは技術クラスターと
発による新技術だけではなく、内部の他部門や地域農研センター、大学、民間や関係諸団体
言われる複数の技術要素とその普及システムより構成されており、イノベーションを社会に
が有する要素技術、既存技術や現場ノウハウ、ビジネスモデルにまで展開できるサービスイ
普及しようとする行政や行政から委託された専門機関、企業等がチェンジ・エージェント機
ノベーションを含めたものであるべきで、産学官の知の共有をこれまで以上に強化していく
関となって、コア技術から周辺技術、社会実装のプログラムまでをパッケージにして普及を
ことが必要だと考えます。そのためにも是非、関係各位におかれましては、ますますのご指
促進することが多いとも言っています。
導・ご協力をお願い申し上げます。
ARIC情報|No.123 2016-10
ARIC情報|No.123 2016-10
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