新生ストラテジーノート 第 243 号

新生ストラテジーノート 第 243 号
2016 年 11 月 11 日
調査部長 江川 由紀雄
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(03) 6880-6035
貸倒引当と住宅ローンの繰上げ返済の共通点について
人の決断が引き起こす現象の過去実績を用いた計量化手法の限界
貸出金や売掛債権などに対する一般貸倒引当金の計上額は、過去実績を踏まえて決定する
手法が主流だが、国際会計基準を採用する金融機関や企業では、将来予想をベースに引当金を
決定(expected credit loss, ECL)する考え方へ移行する IFRS9 の運用に向けて準備作業が進
んでいるようだ。これまでの過去実績に基づく引き当ては、最近の実績が近い将来にわたってそ
のままの水準で続くとするいわゆる「単純予想」(未来は過去から現在の延長線上にある、または、
未来は過去とほぼ同じ、とする考え方)に基づくものである。もっとも、ECL は概念的には将来予
想とは言っても、現実的に採用されるであろう手法は、貸倒実績のマクロ経済指標への感応度を
分析したうえで、将来のマクロ経済指標を予想し(あるいは、複数のシナリオを作成し、それぞれ
に確率を与え)、そうした経済指標を説明要因とする形で貸倒れを算出してみるといったものにな
るのだろう。
貸倒れは、人々の決断の表れに過ぎない。天体の運行や気象などの自然現象とは異質の社
会的な現象である。借入人に資金繰りが付かなくなることが契機に発生することが多いだろうが、
とくに事業者であれば、資金繰りを付けられるか付けられないかは、取引先や銀行等の債権者の
判断や行動にも大きく左右される。そうした人々の判断や行動(「法人」の判断や行動であっても、
結局は、その「法人」の経営者や従業員といった自然人の判断である)は、様々な要因に影響を
受ける。表層的な金融・経済環境のみならず、時代背景も考慮するべきかもしれない。たとえば、
金融機関の昨今の貸出し姿勢は、金融円滑化法の施行や、同法が 2013 年に失効する際に、
「金融機関が引き続き円滑な資金供給や貸付条件の変更等に努めるべきということは、今後も何
ら変わりません」とする趣旨のメッセージが繰り返し金融庁から発せられていること 1にも影響され
ている可能性がある。
住宅ローンの繰上げ返済も、人々の決断の表れである。住宅ローンの繰上げ返済は、一部に
住宅の売却に起因するものもあるが、多くは住宅ローンの借り換えに伴い発生する。今年に入っ
てから、10 年国債流通利回りに代表される長期金利がマイナス圏に沈み、春から夏頃に掛けて、
「フラット 35」も、民間金融機関のプロパー商品としての住宅ローンの貸出金利も、史上最低を更
新することが多々見られた。こうした史上最低または史上最低に近い水準の住宅ローン貸出金利
に加え、住宅ローンの借り換えを支援するビジネスの台頭、様々な業態の金融機関等による積極
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たとえば、金融庁のウェブサイト上の「中小企業等に対する金融円滑化対策について」と題する
ページを参照、 http://www.fsa.go.jp/policy/chusho/enkatu.html
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的な営業姿勢などを背景に、住宅ローンの借り換えが極めて高水準で発生し続けた。こうしたこと
もあり、住宅金融支援機構の MBS を含む、住宅ローンを裏付資産とする証券化商品は、償還速
度が全般的に加速した。過去 1 年程度を振り返ると、裏付資産の CPR (月次の繰上げ返済率を
年率換算したもの)が平均して 20%ないし 30%といった前代未聞の水準に達しているものも
多々見られる。
過去データには未来の情報は含まれていない
住宅金融支援機構 MBS に関しては、多くの証券会社が独自に繰上償還予想・予測モデルを開
発・運用しており、そうしたモデル予想・予測に基づく PSJ 値や WAL を頻繁に更新して公表または
顧客に提供している。日証協は、住宅金融支援機構 MBS (旧住宅金融公庫による発行分を含む)
の PSJ 月に2回、多くの証券会社から報告された PSJ 値等を集計・加工したうえで、「PSJ 予測統計
値」公表 2している。PSJ 予測統計値は、各社報告の平均値でみても、中央値でみても、金利水準
不変のシナリオで、ここ 5 年の間に発行された回号については、8%台から 9%台に集中している。
PSJ 値は、各社のモデルで算出した WAL と同一の WAL になる日証協の PSJ モデルに当てはめた
場合のローンのシーズニングが 60 か月超の期間の CPR のことである。住宅金融支援機構 MBS
に用いる PSJ モデルは、ローンの貸出当初の CPR をゼロとし、60 か月目に掛けて直線的に上昇
し、それ以降は一定水準を保つという CPR 曲線である。PSJ 値は、その曲線状の 60 か月目以降
の CPR の値であることから、全期間を通じた CPR の予想・予測の平均値よりは高めの値となる。
日証協に報告を行っている証券会社を含め、各社とも、過去データを活用し、最適化されたモ
デルとパラメータを用いて予想・予測を行っている。しかし、そうしたモデルによって算出される
CPR 等の予想・予測値、最近の実績よりも大幅に低い水準になってしまっていることには留意して
おく必要がある。過去データを用いて最適化したモデルによる予想・予測は、過去データが得られ
た時期と同じような金融・経済環境下であれば、「当たらずといえども遠からず」といった値となる
のであろうが、過去に経験したことがない環境下―歴史的な低金利水準、住宅ローンの借り換え
ブーム―では、大きく外れてしまうこともあることを認識しておきたい。
住宅金融支援機構 MBS を含む住宅ローンの証券化商品に対する投資判断にあたって、CPR
の水準によって評価が大きく異なり得る状況では、想像力を働かせ、自分なりのシナリオを作成し
て、そうしたシナリオ生成時の採算を考えてみる、というアプローチも併用したい。過去データ、過
去の実績値には、現在の情報や未来の情報は入っていないという事実は重く受け止めておきた
い。未来は本質的には不確実なものである。
(調査部長 江川 由紀雄)
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日本証券業協会 「PSJ 予測統計値」
http://www.jsda.or.jp/shiraberu/syoukenka/psj/psj_toukei.html
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名称
:新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.)
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号
所在地
:〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号
日本橋室町野村ビル
Tel : 03-6880-6000(代表)
加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会
一般社団法人日本投資顧問業協会
一般社団法人第二種金融商品取引業協会
資本金
:87.5 億円
主な事業 :金融商品取引業
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