The TRC News, 201610-04 (October 2016) LEIS による表面第 1 層元素分析 表面科学研究部 齋藤 正裕 要 旨 低エネルギーイオン散乱 (Low Energy Ion Scattering : LEIS)は、近年の検出器の高度化により、表 面第 1 層の組成を高感度で評価できる手法として注目されている。LEIS 分析により、最表層の組成分析に 加えて、表面コート層の被覆率評価、極薄膜の成膜レート評価、最表面構造推定等が可能である。 の元素分析に特化した高感度検出器の開発 2)により、 1. はじめに 表面第 1 層の組成分析という新たな応用への道が広が った。図 1 に各表面分析法における分析深さの比較を 固体にイオンビームを入射し、散乱粒子、反跳粒子等 示す。XPS (X-ray Photoelectron Spectroscopy:X 線光電 のエネルギー分析を行う方法をイオン散乱法と呼ぶ。 子分光法)、TOF-SIMS (Time of Flight Secondary Ion 試料に入射するイオンビームのエネルギーが数 keV 程 Mass Spectrometry:飛行時間型二次イオン質量分析) 度、数百 keV 程度、数 MeV 程度で分析深さ・得られ よりも浅い領域の表面第 1 層に含まれる元素に対して、 る情報が大きく異なり、それぞれ LEIS(Low Energy Ion 高感度な分析を可能とする手法として、その応用が期 Scattering:低エネルギーイオン散乱) 、MEIS(Medium 待される。本稿では LEIS 分析装置の特徴を中心に解 Energy Ion Scattering:中エネルギーイオン散乱) 、HEIS 説し、そのポテンシャルを示す測定事例を示す。 (High Energy Ion Scattering:高エネルギーイオン散乱) と呼ばれている。 LEIS イオン散乱法の中で、表面分析手法として最も汎用 性が高く、よく知られているのは HEIS に分類される TOF-SIMS RBS(Rutherford Backscattering Spectrometry:ラザフォ XPS ード後方散乱分光)であろう。MeV 領域の H または He イオンを固体表面に照射し、弾性散乱された粒子の 手法 分析深さ エネルギースペクトルを測定することにより、表面の LEIS 表面第 1 層 深さ方向組成変化を定量性良く調べることができる 1)。 TOF-SIMS 1 ~ 2 nm XPS 3 ~ 10 nm また、MEIS に分類される HR-RBS(High Resolution 図 1 各表面分析法における分析深さの比較 RBS:高分解能 RBS)では極薄膜の深さ方向組成分析 が可能である。 2. LEIS 分析の概要 一方、低エネルギーイオン散乱(LEIS)は、数 keV の希ガスを入射イオンとする分析手法であり、これま で ICISS (Impact Collision Ion Scattering Spectrometry:直 図 2 に LEIS 分析の原理図を示す。1~10 keV 程度の希 衝突イオン散乱分光)等の名称で、最表面の構造解析に ガスイオンを試料に入射し、後方散乱された入射イオ 用いられることが主であった。ところが近年、最表面 ンのエネルギースペクトルを取得する。このとき、散 1 The TRC News, 201610-04 (October 2016) 乱粒子のエネルギーが、試料最表面に存在する標的原 能である。特に触媒関連の試料での事例が多く、試料 子の元素種、および深さの情報を与え、また散乱粒子 を酸化/還元させた後の表面組成分析が可能である。 の収量は標的元素の原子密度を反映する。検出下限は 3. LEIS 分析事例 主に散乱確率に依存し、 一般的に重元素ほど向上する。 目安として、Li~O 等の軽元素で数 %程度、F~Cl で LEIS のポテンシャルを示すデータとして、ZnAl2O4粉 1~0.05 %程度、K~U で 500~10 ppm 程度である。 + + + + 末試料の分析事例を示す。ZnAl2O4粉末は AB2O4スピ 低速イオン:1 - 10 keV He , Ne , Ar , Kr ネル構造をとり、Zn は最表面より深部の、正方晶位置 後方散乱粒子 に存在することが知られている。そこで Al2O3、ZnO、 ZnAl2O4粉末試料について LEIS スペクトルを取得し、 その比較を行った。 得られたスペクトルを図 4 に示す。 試料 図 2 LEIS 分析原理 LEIS が表面第 1 層に極めて敏感であることから、試 料表面に存在する有機汚染の影響をどのように扱うか が重要である。現在市販されている LEIS 分析装置で は、前処理室が測定チャンバーに接続されており、前 処理室で試料加熱、有機汚染除去などの処理を行った 後、大気に触れることなく超高真空下に導入できる機 図 4 LEIS スペクトルの比較 構となっている。また特徴的な前処理として、図 3 に Al2O3、ZnO 粉末では、それぞれ最表面に存在する Al、 示す酸素原子クリーニングが挙げられる。酸素プラズ Zn、O 由来のピークが認められる。一方 ZnAl2O4では マによって生成された酸素原子は、シャワー型のアパ Al、O 由来のピークのみが認められ、このスペクトル ーチャーを通って試料表面に到達する。プラズマ源と から、表面第 1 層に Zn は存在していないと考えられ アパーチャー間の距離は約 15 cm であり、試料表面が る。LEIS では表面第 1 層の情報のみ得ることができる プラズマにさらされる事は無い。この酸素原子が試料 ため、このような推定が可能であり、XPS 等従来の表 表面に堆積した有機汚染に対して作用し、有機汚染、 面分析手法では、分析深さの問題によりこのような評 表面吸着物を化学的に分解、除去する機構である。 価は難しい。この LEIS の特徴を活かし、極薄膜の被 覆率評価が可能である。例えば図 5 に示すような、表 O2 面が極薄膜でコートされた Pt 粉末を LEIS 分析した場 合、左のように Pt が完全に被覆されている場合は Pt 由来の信号が検出されない。一方右のように一部被覆 されていない(Pt が一部露出している)試料では、Pt 由来の信号が検出されることになる。 同様の方法で、 O atoms CO2 H2O 例えば半導体用極薄膜の成膜初期レート評価などにも CO CxHyOz 応用が可能である。 :表面コート層 Sample :Pt 図 3 表面処理:酸素原子クリーニング スパッタリング現象を用いたクリーニングとは異な り、注目の表面に損傷を与えることなく、表面汚染の みをマイルドに除去することができる。 また、前処理 図 5 LEIS 分析の応用:表面被覆率評価 室内での酸素雰囲気、水素雰囲気中での加熱処理も可 2 The TRC News, 201610-04 (October 2016) 4. まとめ LEIS分析は表面第1層に特化した情報が得られる唯一 の手法である。これまで分析深さの問題で評価が困難 であった表面コート層の被覆率評価、極薄膜の連続性 評価、最表面に存在する元素同定など、様々な応用が 考えられる。また、LEIS と TOF-SIMS は得られる情報、 感度、定量などの面から相補的であり、両者を組み合 わせることにより、最表面近傍について詳細な分析が 可能となる。現在主に触媒 3)、燃料電池 4)、及び半導 体 5)関連の応用例が報告されているが、今後リチウム イオン電池、自己組織化単分子膜など、様々な分野で の活用が期待される。 引用文献 1) W. K. Chu, J. W. Mayer, and M-A. Nicolet, Backscattering Spectrometry, Academic Press (1978). 2) H. H. Brongersma, M. Draxler, M. de Ridder, and P. Bauer, Surface Science Reports, 62, 63-109 (2007). 3) H. R. J. ter Veen, T. Kim, I. E. Wachs, and H. H. Brongersma, Catal. Today., 140, 197-201 (2009). 4) J. Druce, N. Simrick, T. Ishihara, and J. Kilner, Nucl. Instrum. Methods B, 332, 261-265 (2014). 5) M.S.H. Stokhof, W.-M. Li, M. de Ridder, H. Sprey, S. Haukka, and H. Brongersma, ECS. Trans., 1(10), 71-77 (2006). 齋藤 正裕(さいとう まさひろ) 表面科学研究部 表面科学第 2 研究室 研究員 趣味:山登り 3
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