Al-1.94 at%Cu合金の373 K等温析出過程における準安定相の定量的研究

日本金属学会誌 第 72 巻 第 6 号(2008)407
412
Al1.94 atCu 合金の 373 K 等温析出過程における
準安定相の定量的研究1
SungKyu Son1,2
板 東 義 雄3
竹田真帆人2
KiWoo Nam4
KyuSeop Park2
三 留 正 則3
ChangYong Kang4
1九州大学超高圧電子顕微鏡室
2横浜国立大学大学院工学研究院
3物質材料研究機構ナノ物質センター
4Faculty
of Engineering, Pukyong National University
J. Japan Inst. Metals, Vol. 72, No. 6 (2008), pp. 407 
412
 2008 The Japan Institute of Metals
A Quantitative Study of Precipitation of Metastable Phases in
an Al1.94 atCu Alloy during Isothermal Aging at 373 K
SungKyu Son1,2, Mahoto Takeda2, KyuSeop Park2, Masanori Mitome3,
Yoshio Bando3, KiWoo Nam4 and ChangYong Kang4
1Research
Laboratory for HighVoltage Electron Microscope, Kyushu University, Fukuoka 8128581
2Department
3Advanced
4Faculty
of Materials Engineering (SEISAN), Yokohama National University, Yokohama 2408501
Materials Laboratory, National Institute for Materials Science, Tsukuba 3050044
of Engineering, Pukyong National University, Busan, 608739, Korea
Precipitation behavior of metastable phases in an Al
1.94atCu alloy during isothermal aging at 373 K was investigated by
means of Vickers microhardness tests, DSC measurements and TEM observations. The size distribution of the precipitates was
STEM images, and statistical parameters that fit the
quantitatively investigated based on the TEM, HRTEM and HAADF
normal distribution approximation. We have successfully estimated the
precipitate size distribution were determined under a log
volume fraction of copper in precipitates, and found that the G.P.(II) formation results in increases of volume fraction of metastable particles, mean size and hardness.
(Received December 14, 2007; Accepted February 22, 2008)
Keywords: aluminumcopper alloy, size distribution, quantitative evaluation, highangle annular darkfield scanning transmission
electron microscopy, differential scanning calorimetry, Vickers microhardness
々の準安定相と考えるべきであることを報告した47) .他
1.
緒
言
方,準安定相の熱安定性とは別に,析出相に関係する他の材
料特性と同様,時効硬化現象は析出物のサイズ分布と密度に
Al Cu 合金は高強度析出硬化型アルミニウム合金の一つ
大きく影響される事が知られている.以上の点を考慮すれ
として開発され,析出機構の基礎的理解と実用的重要性から
ば,析出過程を定量的に評価する研究が実験的および理論的
その硬化機構と析出プロセスに関してはこれまで多くの研究
観点両面からなされることは極めて重要であると考えられる.
がなされてきた. Al Cu 合金の析出挙動に関して出された
透過電子顕微鏡(TEM )による直接観察は,析出物の密度
研究報告13)によれば,この合金系材料の時効過程における
とサイズ分布を研究する上で重要であり,また非常に有効な
析出相の変態は,一般的に以下のようになるとされている.
手段である.しかし,この方法には,強い動力学的回折に起
すなわち,過飽和固溶体( SSSS )→ Guinier Preston
Zone
因するコントラスト効果および析出粒子の重複の問題による
()(G. P. ())→G. P.()(または u″相)→u′
相→安定相 u
測定上の困難さがあった.これらの問題を低減するために吉
の順に推移する.近年,我々はこの合金の析出過程を,時効
田等8)は従来の TEM 観察手法に加えて弱ビーム法を使って
温度,時間および組成を替えて,より詳細に研究し, G. P.
G. P. ゾーンのサイズ分布を調べた.その結果,AlCu 合金
()と u ″相では熱安定性が僅かに異なる等の結果から,別
の時効過程におけるサイズ分布は, G. P. ()生成の初期段
1 Mater. Trans. 47(2006) pp. 30013006 に掲載
2 現在Hynix Semiconductor Inc., (Present address: Hynix
Semiconductor Inc.)
階を除いて正規分布になると報告している.一方,Boyd と
Nicholson は析出粒子の成長速度とサイズ分布を研究して,
G. P. ()ゾーンの動力学的な成長速度は Lifshitz Wagner
408
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第
72
巻
理論と定量的に良い一致を見たと述べている9).また,小角
して 200 点以上の析出物を測定した.析出物の重なり(オー
中性子線散乱法(SANS )と TEM との組合せによる研究によ
バーラップ)があると統計的解析の正確さを損なう恐れがあ
り,Al4 Cu 合金における析出物のサイズすなわち円板形
るが,TEM 試料の厚さが析出物の直径に比較してそれほど
の G. P. ゾーンの直径と厚さの時間的変化を求める試みもな
大きくないので,本研究での解析においては析出物の重なり
されている10).
の影響は少ないと考えた.
析出物のサイズと数分布に関する精度の高い研究結果を得
以前行われた我々の研究報告57)で明らかになったように,
て定量的な議論をするためには,それらの統計的データを首
生成の前に 4 種の準安定相析出物
Al Cu 合金では中間相 u ′
尾一貫した方針の下に蓄積する必要があるが,従来行われた
が生じる. Al Cu 合金における析出過程を以下のように設
実験的研究はほとんどの場合,時効条件あるいは合金組成条
定した.すなわち,過飽和固溶体( SSSS )→溶質クラスタ→
件が少ない状況下で研究されている.定量的研究の重要性が
→安定相 u,と仮定した.
G. P.()→G. P.()→u″→u′
認識されているにも拘らず,析出物のサイズ分布に統計的解
析がこれまで少数しか試みられていない. Al Cu 合金の析
出過程についても,析出過程の研究を体系的に行わないと析
出過程の全体的な様相を定量的に解析するのは難しい.
結 果 と 考 察
3.
3.1
析出挙動
近年,電子顕微鏡学の領域では, HAADF STEM 法11)の
Fig. 1 に, Al 1.94 at  Cu 合金の 373 K 等温時効におけ
進展により,合金の析出物分布の定量的研究が飛躍的に前進
る微小ビッカース硬さ変化を示す. Al Cu 合金の硬さ曲線
した.この最新技術はアルミニウム合金の析出現象を研究す
には 4 つの段階がある.ビッカース硬さは焼入れ状態(AsQ)
る上で特に有用である.本研究は TEM , HRTEM に加え
で最も低い値を示し,時効の第 1 段階では徐々に増加す
て,近年技術的発展の著しい HAADF STEM 法を使用し
る.第 2 段階では一定値を示す.第 3 段階では再び増加し,
て,時効過程における準安定相析出物の密度とサイズ分布の
3.0×107 s の時効時間で最高ピークに到達する.第 4 段階で
変化を明らかにすることを目的として行った.また,一連の
は時間経過とともに減少する.
実験によって得られたサイズ分布の実験データを統計的手法
Fig. 2 は, 373 K で時効した Al 1.94 at  Cu 試料の準安
定相の固溶に起因する吸熱反応の DSC 曲線を示している.
に基づいて解析した.
3.0 × 107 s までの種々の時間時効した試料の 550 K までの
2.
実
験
方
法
DSC 測定において, 3 つの吸熱ピークがあることがわか
る.我々が行った以前の研究57)より,第 1 のピークは,溶
本研究で使用した合金組成は Al 1.94 at  Cu である.大
気中で 823 K (550 °
C), 3600 s の溶体化処理を行った後,氷
水中に焼き入れた.次に,油浴により 373 K で 3.6 × 107 s
質クラスタの,第 2 のピークは G. P.()の,第 3 のピーク
は G. P.()の固溶に起因すると判定した.
試料の微細組織を調べるために, HRTEM と HAADF 
までの間で種々の時間,時効処理した.微小ビッカース硬さ
測定は,島津 HMV 2000 微小硬度計を使用して 0.98 N の
荷重で行った.DSC 測定についてはリガク TAS3008230D
を使用し,昇温速度 1.67 × 10-1 K / s で実施した. TEM 明
視野観察は,種々の時効条件における析出物のサイズ分布を
求めるために行い,日立 H 800 電子顕微鏡を使用し,加速
電圧 175 kV で観察した.高分解能 TEM ( HRTEM )観察は
Topcon EM002B 電子顕微鏡を使用して,加速電圧 180 kV
で 行 っ た . Schottky 型 電 界 放 出 電 子 銃 を 備 え た JEM 
3100FEF 電 子 顕 微 鏡 を 加 速 電 圧 300 kV で 使 用 し ,
HRTEM 観察法(HighResolution
Transmission
Electron
Microscopy ),走査透過高角度環状暗視野像観察法( High 
angular Annular Darkfield imaging, HAADFSTEM),お
よび電子線エネルギー損失分光法(Electron
Spectroscopy;
Energy
EELS)解析を実施した11).TEM
Loss
試料の厚さ
は EELS 解析におけるプラズモンロスピーク(plasmon loss
peak)を使用して決定した12).全ての TEM 観察は対称入射
条件で〈001 〉晶帯軸が入射方位となるように試料位置を調整
して行った.
析出物のサイズ分布は TEM と HRTEM のネガフィルム
画像と汎用ソフト Photoshop 6 を使用して求めた.析出物
分布の統計量を得るために,個々の TEM 観察試料について
3 ヶ所以上の領域を観察し,それぞれの時効条件の試料に対
Fig. 1 Vickers hardness of an Al
1.94 atCu specimen during isothermal aging at 373 K.
第
6
号
Al
1.94 atCu 合金の 373 K 等温析出過程における準安定相の定量的研究
409
STEM 観 察 を行 っ た . Fig. 3 に , Al 1.94 at  Cu 合 金 を
出物の直径,厚さ,原子間間隔の値が得られるが,位相コン
373 K で( a ) 6.0 × 102 s ,( b ) 6.0 × 105 s ,( c ) 3.0 × 107 s 時効
トラスト像は試料の厚さと焦点外れによって変化するので,
した試料の HRTEM 像を示す.これらの HRTEM 像から析
電子の動力学回折理論に基づいたマルチスライス計算等の像
コントラスト計算シミュレーションを用いる必要がある.
HRTEM 観察において,Fig. 3(a)と 3(b)に示すように小
さなあるいは大きな単層線状コントラストが見られる.Fig.
2 からわかるように DSC 測定で溶質クラスタと G. P. ()
ゾーンでは熱安定性に僅かな違いがあることから,我々は単
層溶質集合体を溶質クラスタと G. P.()ゾーンの 2 つに分
類した.溶質クラスタと G. P.()ゾーンは共に銅の単層構
造を持つが,両者の差異に関しては,未だ十分な理解は得ら
れていない.しかしながら,この析出過程は組織学的観点か
らだけでなく,析出相の組成の変化も考慮しなければならな
い.単層円板の銅濃度がサイズによって変化することを示し
Fig. 2 DSC curves for an Al
1.94 atCu specimen aged at
373 K for various times.
Fig. 3
107 s.
た研究1316) がなされており,本研究で得られた結果を説明
するための一つの手掛かりになると考えられる.
HRTEM images obtained from an Al
1.94 atCu specimen aged at 373 K for (a) 6.0×102 s, (b) 6.0×105 s and (c) 3.0×
Fig. 4 HAADFSTEM images obtained from an Al
1.94 at Cu specimen aged at 373 K for (a) 6.0×102 s, (b) 6.0×105 s and (c)
3.0×107 s.
410
日 本 金 属 学 会 誌(2008)
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HRTEM 像とは異なり,HAADFSTEM 像は非干渉性の
られたサイズ分布は対数正規分布関数の方が,より一致する
電子波動から形成される.HAADF STEM 法は十分に大き
と判断された.いくつかの従来の研究報告9,20)においても,
な角度での散乱電子を集めることで,Fig. 4 に示すように溶
サイズ分布で同様の傾向があることが報告されている.析出
質クラスタ,G. P.(),G. P.()等を識別することができ
物のサイズが正の値であることに加えて,析出物の成長の駆
る暗視野像観察法の一種である.HAADF STEM 装置で観
動力が存在する場合は正規分布関数の適合性が劣ることも対
察された溶質集合体のコントラストは原子番号( Z)の差,い
数正規分布に選んだ理由の一つである.
わゆる局所的な組成変化による「Z コントラスト」と解釈さ
Fig. 6 に 373 K で 6.0 × 102 s から 3.0 × 107 s まで等温時
れる. Fig. 4 の HAADF 像は重い元素の分布を示す.すな
わち,HAADF STEM の明るいコントラストの位置の原子
は銅原子であるといえる5,17).
本 研 究 に お い て 実 施 し た HRTEM お よ び HAADF 
STEM 法により, 373 K で 6.0 × 102 s 時効した試料におい
ては,5 nm 以下の粒径を持つ銅リッチの溶質クラスタは,
Fig. 3 ( a )に示すように短い線分として観察された.また
Fig. 3(b)に観察されるように,単層溶質集合体である G. P.
()ゾーンは 6.0×105 s 時効した試料で析出している.これ
に対して G. P. ()ゾーンは, Fig. 3 ( c)に示すように 3.0 ×
107 s 時効した試料で,3 層の高アルミニウム濃度の{100}面
を間に挟んだ 2 層の{100}面として銅原子が集積していた.
これらの像と Fig. 1 で示したビッカース硬さ曲線および
Fig. 2 の DSC 曲線を比較すると,硬度が上昇する第 1 段階
は溶質クラスタの生成によるものと判断できる.硬度が一定
値を取る第 2 段階は単層 G. P.()ゾーンの生成,硬度が再
上昇する第 3 段階は 2 層 G. P.()ゾーンの生成によるもの
と判断される.さらに 3.0 × 107 s まで時効を施すと, G. P.
()ゾーンの生成が続いて,硬さのピークに到達する.本研
究において,組織の観察結果と DSC の測定結果がよく対応
することが分かった.
3.2
析出物のサイズ分布
本研究において,2 つの統計関数を使って析出物のサイズ
分布を調べた.原理的には統計的研究において種々の統計分
布関数が使用できるが,従来の研究では,サイズ分布の定量
的検討には正規分布関数あるいは対数正規分布関数を適用し
ている8,18).それゆえ,本研究においてもこれら 2 つの関数
を試行関数とした.
Fig. 5 は 373 K で 6.0 × 106 s 時効した Al 1.94 at  Cu 試
料中で生成した析出物のサイズ分布とその推定分布曲線を示
Fig. 5 Comparison of precipitate size distribution curves under normal distributions of (a) size X and (b) log X for an Al
1.94 atCu specimen aged at 373 K for 6.0×106 s.
す. Fig. 5 ( a )の推定曲線は式( 1 )に示す正規分布関数であ
る.
f (X )=
1
exp
l 2p
{-(X2-lk) }
2
(1)
2
式( 1 )で j は平均値,l は標準偏差である.
また Fig. 5 (b )の曲線は式( 2 )に示す対数正規分布関数で
ある19).
f (X )=
1
exp
2psX
{
-
(log X-m)2
2s 2
}
(2)
式( 2 )で,m は log j,s は log l である.
正規分布曲線はピークの左側で実験的に得られた分布と比
較的合致し,対数正規分布曲線は実験的分布とピークの中央
部で合う.実験的分布と推定曲線の差は Fig. 5 (a )の場合の
方が Fig. 5 (b )の場合よりも大きい.このことから実験で得
Fig. 6 Log
normal distribution curves of precipitation sizes in
1.94 atCu specimen aged at 373 K for several aging times.
Al
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6
号
Al
1.94 atCu 合金の 373 K 等温析出過程における準安定相の定量的研究
411
効した試料における析出物のサイズ分布を示す.短時間の時
し,薄膜の表面を突き出る析出物は存在しないと仮定した.
効では,析出物のサイズは小さく,かつ分布は狭い.時効時
この仮定は析出物直径が大きくなると結果に影響を与え
間が長くなると析出物の成長によって曲線は右に移動して分
る21,22) .しかし,本研究では殆どの析出物が直径 30 nm 未
布は広くなる.すなわち,サイズと分布の広がりが大きくな
満であるので,この仮定はほぼ成立すると予想される.
全原子数を求めるにあたり,試料の厚さを EELS のプラ
る.
Fig. 7 は,Fig. 6 と同様にして得た平均値に関する結果で
ズモンロスピーク
を使用して測定した.電界研磨膜試料で
ある.等温時効における析出物サイズの平均値と標準偏差を
は,酸化膜によるアモルファス表面層があるので試料厚さの
表している.平均値は時効の初期では変化が少なく, 106 s
測定値は数の誤差が生じると考えられるが,この方法は二
以降の時間では増加する.標準偏差も平均値と同様の傾向を
波回折条件での厚さとフリンジの関係から求める方法よりも
示す.この結果から,準安定相の多くは時効時間 106 s から
正確である. HRTEM 試料の厚さを常に一定に近付けるた
変化すると推定される.この時効時間付近では, Fig. 3 と
め電解研磨の条件を可能なかぎり一定とした.観察に使用し
Fig. 4 で示したように,主に 2 層のコントラストをもつ析出
た 15 個の試料の厚さは,EELS による測定から 25 ~34 nm
物が観察された.それゆえ, G. P. ()が生成した結果,
の範囲にある.そこで,本研究において,全ての試料は 30
Fig. 7 の曲線においてサイズの平均値と標準偏差が著しく増
nm の厚さであると仮定して Rc を計算した. Fig. 8 に Rc
大したと言える.
が時効時間の経過とともにどのように変化するかを示した.
Fig. 1 と Fig. 7 を比較すると,平均サイズの増加とピー
Fig. 8 より,G. P. ゾーン中の Rc は約 0.8である.円板
ク硬度を示す時効時間までの硬さの増大傾向には相関性があ
状析出物は試料の母相の{001}面に生成する.HRTEM 観察
ることが分かる.このことから G. P.()の生成は析出物の
で見られる析出物は二つの{001}面に生成したものの断面で
サイズと硬度の両方を著しく増大させると結論できる.
あり,入射電子線に垂直な{001}面に生成した析出物は観察
されないことを考慮すると,析出物に濃化する銅原子の値は
3.3
析出物に集積した銅原子の全原子数に対する比率の評
価
3/2 倍する必要があるので,この Rc の値は約 1.2となる.
Fig. 8 の Rc の曲線は,時効初期は溶質クラスタの生成によ
り上昇するが, G. P. ()の生成により一定値を示す段階と
析出物として集積した銅原子総数が試料全体の原子数に対
なり,さらに G. P.()の生成により再び上昇している.母
して占める比率(Rc とする)が時効時間によってどのように
相に残存する溶質濃度の評価は容易でないが,Malik 等はト
変化するかを調べた.すなわち,固溶体中の銅原子が析出物
モグラフィックアトムプローブ(TAP )により,これを試み
として濃化する値の時効による変化を調べた.言い換えると
ており, Al 1.54 at  Cu 合金を 373 K で 600 分等温時効す
総銅濃度から Rc を引いた数値が母相中に残存する銅濃度を
ると 0.3 から 1.5 at の残存銅濃度があるとしている23).合
示している.評価には, Fig. 3 に一例を示した HRTEM 観
金組成等の実験条件が異なるために,単純な比較は不可能で
察写真を使い,一定視野面積の析出物中の Cu 原子数を求
あるが,数値として TAP と今回の評価が近い実験結果を示
め,これを同視野の全原子数で除して求めた.析出物中の
す事は,本研究の結果が,少なくともある程度の妥当性を示
Cu 原子数を求めるにあたり,単層の析出物以外では一層以
しているものと考えられる.
上の Cu 原子からなる円板が重なってできていると仮定し,
Fig. 9 に DSC 測定における吸熱ピークの面積から求めた
HRTEM 像の析出物の長さは円板の直径であると仮定して
吸熱量と時効時間の関係を示す.従来, DSC によって行わ
濃度を計算した.また全ての析出物は薄膜試料の内側に存在
れた多くの研究2426)において, DSC 曲線で現れた発熱ある
Fig. 7 Change of mean size and standard deviation obtained
1.94 atCu
from size distributions of precipitates in an Al
specimen aged at 373 K.
Fig. 8 Change of Rc(proportion of Cu atoms in precipitates to
1.94 atCu specimen
whole atoms) with aging time for an Al
aged at 373 K.
412
日 本 金 属 学 会 誌(2008)
第
72
巻
のことが明らかとなった.


析出物サイズの分布は各時効条件に対して対数正規分
布をとる.この分布の平均値と標準偏差は,時効の初期段階
では一定値であり,G. P.()生成段階で増加する.


固溶体から析出物中に濃化する銅原子の比率 Rc の時
効時間による変化は,硬度,吸熱量および析出物のサイズの
各変化の傾向と一致する.


我々は以前の研究において Al Cu 合金の低温時効
相およ
で,溶質クラスタ,G. P.(),G. P.(),u″相,u′
び u 相を辿る相分解過程を提案したが,本研究の結果とあわ
せて考えると,G. P‚ ()の形成段階が最高ピーク硬さに良
く対応する.
Fig. 9 Change in heat measured from the area of endothermic
1.94 atCu specimen
peaks of DSC measurements for an Al
aged at 373 K.
本研究の遂行に当たって文部科学省の「ナノテクノロジー
支援研究プロジェクト」により支援を受けたことを深く感謝
いたします.
いは吸熱は時効での析出物の生成量と定量的に関係している
文
献
ことが確認されている.Fig. 9 における吸熱量は準安定相の
再固溶量と相関性を持っている. Fig. 9 の曲線は Fig. 8 の
曲線の傾向と非常に近似した傾向をもつことがわかる.すな
わち,時効時間に対して Rc と吸熱量の両方が, G. P. ()
生成段階では一定値をとり, G. P. ()生成段階では増加し
ている.時効の初期段階で差異がある理由は,非常に弱いコ
ントラストをもつ微小析出物が,HRTEM 像による Rc 評価
では取り込まれないためと考えられる.
Fig. 8 と 9 か ら , Rc が , TEM 観 察 , 硬 度 測 定 お よ び
DSC 測定と関係づけられた.硬度と析出物サイズ分布の結
果を析出物量と比較すると,硬度と析出物平均サイズは析出
物量の変化に起因していると推測される.特に G. P.()の
出現が,準安定析出物の Rc,平均サイズおよび硬度におけ
る増加をもたらしている.
本研究は Al Cu 合金の析出現象について定量的評価を目
的とした.従来,析出硬化の研究はオロワン機構のような定
性的モデルで議論されてきた.定量的評価をめざした解析に
ついても,析出物サイズの実験値の平均値のみに基づいて行
われており,析出物サイズ分布や個々の析出物の特性を考慮
した研究はほとんど行われていない.Fig. 9 に示された解析
結果は,ミクロ組織の特徴をより詳細かつ定量的に評価でき
る可能性を示唆している.もし時効条件をパラメータにして
析出硬化型合金のサイズ分布の一般式が決められるならば,
析出強化機構に関しても,より定量的な議論が可能になると
考えられ,そのような研究が将来的課題となると予想され
る.本研究においては,解析のために幾つかのの仮定を設定
した.今後は,これらの仮定の妥当性についても実証する研
究が必要と思われる.
4.
結
論
373 K で時効した Al 1.94 at  Cu 合金の析出挙動を,微
小ビッカース硬さ測定,DSC 測定,TEM 観察法,HRTEM
観察法および HAADFSTEM 観察法を用いて調査し,以下
1) A. Guinier: Acta Crystal. 5(1952) 121130.
2) J. M. Silcock, T. J. Heal and H. K. Hardy: J. Inst. Met.
82(19531954) 239248.
3) M. J. Starink and P. V. Mourik: Mater. Sci. Eng. A 156(1992)
183
194.
4) S. K. Son, M. Takeda and T. Endo: Z. Metallk. 96(2005) 358
361.
5) S. K. Son, M. Takeda, M. Mitome, Y. Bando and T. Endo:
632.
Materials letters 59(2005) 629
6) M. Takeda, S. K. Son, Y. Nagura, U. Schmidt and T. Endo: Z.
873.
Metallk. 96(2005) 870
7) S. K. Son, M. Takeda and T. Endo: Mater. Sci. Forum 475
479(2005) 353356.
8) H. Yoshida: J. Jap. Inst. Metals 40(1976) 12161223.
9) J. D. Boyd and R. B. Nicholson: Acta Metal. 19(1971) 1379 
1391.
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