海外の保安規制と高経年設備対応調査 (JX日鉱日石リサーチ株式会社) (T&Tテクノロジー) ○勝田 田原 也寸志、丸山 力、丸毛 伸二 隆康 1.研究開発(調査)の目的 近年、我が国ではプラントにおける事故が増加傾向にある(図1.1)。危険な物質を 大量に扱っているプラントでひとたび事故が発生すると、その取り扱っている物質によっ ては、従業員はもとより近隣住民への生命・健康に危害を及ぼすとともに、広範囲に及ぶ 環境汚染なども含め大きな被害をもたらすこととなる。また、事業が長期間停止すること による経済的・社会的影響も極めて大きい。 これまで日本では事故・ 災害といった事案が発生す るたびに、原因の究明と対 半期 実績 策の強化、それに関連する 法規制の整備がなされてき た。その結果、プラント設 計における規格や検査基準 は明確化され、我が国の工 業技術は国際的にも極めて 高いレベルに達している。 また事業者においても、プ ラント運営に関するソフト 面では様々な安全管理手法に基づく活動が活発に行われるとともに、ハード面ではプラン トの監視制御システムの高度化によって緊急時の安全停止操作やヒューマンエラー防止機 能など、事故防止の取組が推進されてきている。さらには教育訓練シミュレータ等の導入 によってハザード対応訓練などを行っている事業者も多い。 これらの高度で緻密なプラント運営管理がなされてきているにもかかわらず、いまだに 事故が続発しているとい うことは、設備が高経年 化してきている現状を踏 まえると、看過できない 深刻な問題である。 事故の原因を分析して 効果的な対策を講じるこ とはもちろん重要ではあ るが、事故が起きてから 対策を講ずるといった従 来型の改善手法では、事 故を予防していくという (出典:経済産業省 産業活動分析 資料「企業設備のビンテージと生産性の動向」) 安全対策にはなかなか結びついていかない。もっと本質的な安全に関する重要なものの欠 如が事故の根底にあるとの意識を持って、今後対策を検討する必要があるのではないだろ うか。 今回、自主保安管理によるプラントの安全管理が主流となっている米国を訪問し、彼ら が法規制によって実施しているプロセス安全管理(PSM:Process Safety Management)の 実態調査を行った。また、我が国より高経年化が進んでいる石油精製設備等において、ど のような安全管理をこの仕組みの中で行っているかを調査した。 一部、安全管理に係る法規制が統一的に整理され自主保安管理に重点が置かれている英 国の仕組みを紹介し、日米との比較も行った。 2.研究開発(調査)の内容 米国における現地調査は次の5項目に絞り込んで行った。調査対象としては、石油精製 事業者、米国石油協会関係者、検査事業者等を選定した。 ・ 米国の保安に関する適用法令 ・ 自主保安管理の枠組み ・ 高経年設備に対応した安全管理の実施状況 ・ 異常現象時の報告義務 ・ 新技術導入に関する情報 特に、現地でのヒアリングではカリフォルニア州のシェブロン・リッチモンド製油所を 訪問し、具体的な PSM の運用状況を調査するとともに、以下の項目について重点的なディ スカッションを行った。 ① 日本では設備が高経年化し事故件数が増加傾向にあるが、米国ではどのように高経 年設備を対象とした事故低減の取組みがなされているか調査すること ② 日本では異常現象時の通報義務が小規模なトラブルにまで及ぶことで、業務繁忙を 招き安全活動の支障となるという指摘があるが、米国ではどのような通報義務の実 態となっているか調査すること ③ 日本では防爆基準が厳密すぎるため、防爆認定が取れていないことを理由に新技術 の導入検討すら実施できない場合が多い。一方米国では新技術導入が積極的に進め られているが、両者の違いが何に起因するのか、規制の有無や企業としてのスタン スを調査すること 3.研究開発(調査)の結果 3.1 米国の保安規制と自主保安管理の枠組み 米国の保安規制が導入された背景には、法律制定以前に発生した世界各所における重大 事故が影響している。 表3.1に 1970 年代後半から 1980 年代にかけて発生した事故の例を示すが、これらは 多くの犠牲者を出したばかりか、有害物による深刻な環境汚染を引き起すなど大きな社会 問題となった。また、被害が複数の国家に及ぶなど国際的な問題にもなった。 米国では、特に犠牲者 が多かった 1984 年のイ ンド・ボバールでの事故 をきっかけに、 「米国化学 技術協会(AIChE)」が重大 事故撲滅のために「化学 プロセス安全センター (CCPS)」を 1985 年に設置 し、企業の安全管理を強 化する取組みを推進した。 「米国石油協会(API)」はプロセスプラントの安全管理に係る規格 API RP 750 の編纂に いち早く取り組み、1990 年には発行している。 またこの事故をきっかけに米国では住民の知る権利に関する法律「緊急事態計画および 地域住民の知る権利法」が 1986 年に制定され、地域にある化学物質情報の住民への提供、 事故時の住民保護などがうたわれた。 1990 年には大気浄化法(CAA)の改訂があり、政府は毒性・可燃性物質等の流出防止等に 関する取り組みを「米国労働安全衛生局(OSHA)」と「米国環境保護庁(EPA)」に指示した。 これを受けて、OSHA はプラ ントのサイト内の安全管理を 対象とした API 規格(API RP 750)を骨格とした米国連邦法 29CFR OSHA/PSM を 1992 年に 制定し、一方の EPA は 1996 年にプラントのサイト外の地 域社会に及ぼす災害を対象と したリスクマネジメントプロ グラム(RMP)を規定した連邦 法 40CFR EPA68 を制定した。こ 図3.1 OSHA/PSM と EPA/RMP の適用範囲 の両法律に基づき事業者には 安全管理に関する仕組みを構 築する事が求められることと なった。図3.1に両法の対 象範囲の概念図、図3.2に EPA/RMP の概念図を示した。 英国の保安管理も米国と 同様に自主保安管理に軸足を 置いた法体系になっている。 なかでも特徴的なのは197 2年のローベンス報告に沿っ て法体系が一元化され、産業 図3.2 EPA/RMP の概念図 (出典:リスク情報を活用した安全規制の導入に関するタスクフォース資料) 横断的に組み替えられたことである。1974年に制定・施行されたイギリスの「労働安 全衛生法(the Health and Safety at Work etc. Act)」は、それまでの細部にわたる法令を 駆使して監督指導を強化する法規準拠型から、各事業者の自己責任に基づいた自発的な保 安を重視する自主保安型へと変換を遂げた。また、安全衛生に関する一元化した政策立案 およびその執行を行う機関と して「健康安全委員会 (Health and Safety Committee)」が設立された。 英国では図3.3に示すよ うに、保安管理の管轄部署が 一元化されており、且つ組織 横断的になっていることから 極めて合理的な仕組みと言え る。米国では OSHA と EPA の2 つの組織によって管轄されて いるが、それでも事業者から 図3.3 英国の保安規制の枠組み は手続等が煩雑だとの指摘が なされている。日本のように 事業ごとに管轄省庁が異なり、 さらに取扱う物質等によって も規制庁が異なるなど複雑に 絡み合っており、事業者にと ってはもう少しシンプルな仕 組みになってくれるとありが たいところである。 3.2 高経年設備に対応し 図3.4 日米の保安規制の違い た安全管理の実施状況 米国の製油所は日本より高経年化が進んでいるはずであり、そのような設備に関する特 別な安全管理が行われているかどうかは今回の調査の重要テーマのひとつであった。とこ ろが、調査先においてこの質問には「質問の意図が理解できない」というような怪訝な顔 をされた。その理由は、設備が新しい古いにかかわらずリスクベースで管理することでシ ステムが構築されているため、高経年化した設備もこの仕組みの中で管理できることから、 特別なものは必要ないという指摘であった。特に説得力があったのは、高経年化した設備 ほど過去からの検査データや補修履歴のデータが蓄積されてきているケースが多く、新設 設備よりリスク評価の精度は高くなるとのことであった。 こういったリスクベースの考え方が顕著に反映されているのがタンクの開放周期であ った。新設タンクは1回目の開放検査時期を10年以内に設定するとしてあったが(API 規格では最長12年)、2回目以降は状態に応じ20年以内に開放検査期間を設定すること ができる。つまり新設時と一回目開放時のデータによってリスク評価の精度が高くなるた め、開放点検周期の延長が可能になるとの判断によるためである。 日本では設備の高経年化は事故増加に繋がることを想起させるが、リスク評価が適切に 実施されていれば、たとえ設備が古くなってきても事故やトラブルはある程度防げる可能 性は高い。おそらく今日、我が国において事故の件数が増加している背景には、長期間の 経済停滞によって自主保安管理の対象範囲において十分な保全費が投下されないまま、つ まりリスク管理が実施されないまま高経年化が進み、潜在的リスクが許容レベルを超えて いて、時々漏洩などのトラブルとして顕在化しつつあるのではないかと考えられる。 米国でもリスク管理が上手くいかず事故を起こしている事例は数多い。リスクベースの 保全管理も、そこに質の高い管理が伴わなければ無力である。しかし、米国ならではの大 胆なリスク低減策を現地で聞くことが出来たので2例だけ紹介する。日本ではなかなか見 ることが出来ない管理策である。 (1)高リスク箇所でのリスク管理策の例 今回訪問したシェブロン・リッチモンド製油所では一昨年大きな火災事故を発災させて しまった。高硫黄原油処理に移行する際の変更管理でのリスク軽減策の提言が活かされて いなかったという反省と、特にリスクの高い箇所での管理を強化するという意味合いから と考えられるが、通常ではあまり実施されない施策が採用されている。 それはプラント内の高温硫化物腐食等が発生しやすい箇所に、肉厚監視装置(高温 UT と考えられる)を200箇所設置し、配管の腐食減肉状況をリアルタイムに観測するとい う方法を採用したことである。従来は定期的に肉厚検査していたものが常にモニタリング できるわけであるから、安全管理の水準は飛躍的にアップすることは間違いない。 (2)高経年タンクへの対応例 米国の製油所でもタンクの高経年化は進行しており、漏洩事故などが多発している。タ ンクの開放検査頻度が日本と比較して極端に少なくなることで、漏洩のリスクは高くなる ことは避けられないが、それを補うためのリスク評価技術が開発され、実際に採用されて いる実例を2例紹介する。 ひとつは、供用中タンクの内部を遠隔操作のロボットで検査するという方法である。底 板の肉厚検査によって取得する検査データは底板面積のわずか5%程度と少ないが、検査 会社によるとリスク評価を行うには十分な情報量であるということであった。この検査で 得られたデータによって減肉率の見積もり精度が向上し開放時期の適正化が図られる。 もうひとつは、いよいよタンク底板の腐食が進行して、取替基準に近づいてきた場合、 タンク底板の二重化を実施することで延命を図っているとのことであった。延命工事がど のように行われるか詳細は不明だが、簡単に言うと現状の底板のうえに防水用のシートを 施工して、その上部に新しい底板を溶接施工するというものである。 地震が多い日本でこのような施工が有効かどうかはわからないが、規制が緩い分発想が ダイナミックである点については驚かされた。 3.3 異常現象時の報告義務 今回の訪問先のひとつであったカリフォルニア州リッチモンド製油所において、異常時 の通報に関する社内基準を見せてもらった。 異常現象時の手順書には、事故あるいはトラブルの種類や程度、排出物の種類や量など の様々な状況に応じた異なった対応が定められていて、プラント管理者にとっては迅速で 複雑な対応が求められていると感じた。また異常現象時の多様な対応行動を円滑且つ確実 に実施する目的だと推定されるが、手順書の随所にリンクが張り付けられており、事故の 際連絡する社内の管理責任者のリストや通報先のリスト、排出規制物質のリストと排出基 準値といった様々な情報が短時間で引き出せるような工夫が施されていた。 米国では原則として、閾値以下のトラブルでの報告義務はない。しかし、災害に繋がる 恐れがある場合には閾値以下でも報告義務が発生するなど、日本と同様、線引きがあいま いな点も多い。仮に市民に対する情報提供を怠って被害者を出した場合などは、確実に法 令違反を問われることから、管理者は通報に関し都度適切な判断を下さなければならない。 また、事故後の対応などを見ると、官庁への報告の他にも市民への公聴会を定期的に開き 説明を行うなど、日本よりむしろ大変そうだという印象であった。 日本では小さなトラブルでも報告が求められることが多いため、業務繁忙となり安全活 動に十分取組めていないという現場の嘆きを聞くことが多い。確かにトラブルの増加は業 務の繁忙を招きやすい、しかし、だからといって報告義務を緩和することは本質的な解決 にはつながらないのではないだろうか。やはり事故そのものを減少させるのに直結する施 策を実施することによって報告業務を減らすことしか解決の近道は無いように考える。 3.4 新技術導入に関する情報 日本では危険物を扱うプラントにおいてリスクに応じてエリアを区分し、防爆仕様の機 器を適用することが定められている。これは海外でも同じであるが、やや欧米に比べ運用 が厳格過ぎ、柔軟性に欠けている部分が多い。 着火の危険性が極めて低いにもかかわらず、国内での防爆認定が取れていないという理 由だけで、米国で広く利用されている技術であってもなかなか採用・導入に繋がっていか ないのが実情である。 米国では安全に配慮はしながら新しい技術に積極的にチャレンジする風土になってい る。そのため日本では導入のハードルが高いとみられる技術であってもどんどん実用化さ れ採用されている。これでは日米の技術格差は拡大するばかりである。その例をいくつか 紹介する。 (1)インタンクロボット検査 米国のテックコア社を訪問し、彼らが米国を はじめとする多くの国々で事業化している供用 中タンクのロボット検査技術(写真)について 聞き取り調査を行った。 供用中のタンクに屋根上マンホールから遠隔 操作が出来る検査ロボットを入れ、自己の位置 データを計測しつつ底板の超音波肉厚検査を実施する技術である。この設備は原油タン クやガソリンタンクなどの揮発性の高い油種のタンクでも実績がある。 通常、10万KLクラスの原油タンクを開放検査するとなると1億円規模の費用を要 する。しかし、実際の検査費用は5%程度というのが米国の実情であるとのこと。つま り残りは開放するためだけに余分な費用ということになる。 安全性の面でみると、開放時のタンク洗浄は極めて危険な作業である。わが国でも原 油タンク開放の内部清掃時に火災が発生して人命を失った事故事例がある。開放時の事 故リスクも軽減できることから安全で経済的な検査手法として期待できる。 このロボットは電気や計装のケーブルなどが防爆仕様になっているわけではない。た だタンクに入れる際には気相部分の窒素置換などを行うとともに、液相に完全に埋没し 着底しない限り稼働させないため、着火のリスクは避けられる。しかし、日本では検査 機器そのものが防爆認定されていない場合、テストという名目であっても導入は難しい のが実情である。 (2)高温部の定点継続超音波検査 高温部の配管減肉を、超音波検査によって継続的に監視する手法はリスク管理の確実 性を提供する手段のひとつである。日本の製油所で採用した実例を承知していないが、 今後日本でも普及が期待される。ただこういった特殊なセンサーを危険物エリアで採用 するとなると、防爆認定の問題が浮上して導入の障害になる可能性は大きい。 (3)携帯端末によるサイト内情報収集 米国では稼働中の石油精製設備において(オンサイト・オフサイトいずれのエリアで も)携帯情報端末の利用が進んでいる。また、定期保安検査の際の情報端末機器として の利用も拡大している。これらの携帯端末は日本で厳密に言うところの防爆認定機器で は無く、市販の機器である。 当然、米国にも防爆規格があって、具体的には NEC(National Electrical Code)の基 準に沿っている。しかし、運用に際してはやや日本と事情が違っている。 表3.2が日米のリスクに対する捉え方の違いを如実に表していると思われるが、日 本ではプラントが通常運転している場合であっても異常になった場合に危険雰囲気を 形成する可能性が あるエリア(2種場 所)は防爆機器でな いと使えない。一方、 米国であれば、通常 運転時に危険雰囲 気を形成しないエ リ ア ( Division 2 ) では、防爆機器でな くても一定の基準 を満たせば使用で きるものがある。言い換えれば日本はリスクが少しでもあれば使用しない。米国はリス クが許容できれば事業者の判断で使用する。 さすがに最近では、日本でも携帯端末等で着火エネルギーが基準以下のものについて は 2 種場所での使用が可能になってきているが、まだまだ慎重な姿勢が一般的である。 インタンクロボット検査の項でも紹介したが、米国では Division 1 であっても安全 対策を行なえば防爆機器になっていない検査装置を石油のタンクに投入して検査を行 うなど、日本ではなかなか認められにくいものが米国では普通に行われている。もちろ ん杜撰な安全管理を行なえば大惨事につながる恐れがあるため、専門的な技術者集団に よらなければ安易に行えないことであるが、日本のように技術の実証評価のような臨時 の検討であっても、厳密な規制によって実行できないという点については見直しがあっ ても良いと考える。 3.5 日本の保安管理に関する課題 3.2項でも述べたが、長期化した経済停滞で、企業としても設備の安全関連投資に十 分な資金を回せなかったのが実情であろう。その一方で法令遵守が企業理念として強く求 められ、法対応の検査は例えリスクが低くても実施せざるを得ず、その分自主保安管理対 象範囲の機器には保全費用が欠乏していくという歪みを生んでいる。このことが事故増加 の一因になっているのではないかと考えられる。事業者がリスクに応じて経営資源を配分 できる柔軟な仕組みを構築していかないと、今後も事故の増加に歯止めをかけるのは難し いのではないだろうか。 これまで法規制は日本のプラントの安全管理にとって重要な役割を果たしてきた。特に 地震や風水害が多発する我が国の特殊な環境では、国情に適合した規制の強化は必要な措 置であったと考える。また、敗戦後の社会を再生するにあたり、政府主導で様々な枠組み の構築と民間の指導が必要であったのは紛れもない事実であり、当時の選択として「規制」 の活用は間違っていなかったと考えられる。 しかし、未来永劫 その仕組みが有効に 機能するかというと 否定的な感想を持た ざるを得ない。なぜ なら、社会は技術革 新によって高度化・ 複雑化し、劇的な構 造変化をハイスピー ドで遂げているのに 対し、法律は動きづ らい宿命を背負って いるからである。 経済状況の変化や国際競争の激化など、企業にとっては様々なリスクが存在する。その 際に規制が足かせとなるようなものであってはならない。民間の自由な経済活動を後押し しながら、安全管理に関しても有効な枠組みを構築していくことが急務なのではないだろ うか。 我が国の成り立ちと違い、米国ではもともと民間が自主基準や規格の制定を主導し、政 府の関与は最小限という考え方が主流にあった。そのため、プラント安全管理の法律は安 全を確保するための枠組みを規定するにとどめ、その実効性を担保するシステムの構築と 維持管理は事業者の責務として明確に分けている。そのため、事業者が自らプラントの安 全管理システムを組み立てる際の自由度は高い反面、法の主旨である事故を発生させては ならないという大きな網の目に組み込まれていることから、事業者に求められる結果責任 は相当に重いものがある。 一方の我が国では、法律の下に省令や規則といった細かい規定や基準が決められており、 事業者はそれらを守っている限り、事故を起こしてもお咎めなしという仕組みになってい る。法令や規則で多様なプラントの安全管理すべてを網羅できるはずもなく、もはや法を 守っていれば安全というのは幻想に他ならない。米国流が万能だとは決して思わないが、 少なくとも、法は枠組みだけを規定し、安全管理の大部分は事業者に委ねるといった改革 を断行しなければ、事業者自身が規制行政依存症から脱却できないのではと考える。 法規制はそれ自体が事業者にコストを負担させることである。国際的な水準に対し過重 な法規制は企業の競争力を削ぐことにもつながる。規制は国民の安全や健康、社会の安定 といった基本的な部分について合理的な範囲に留めるべきである。特に留意すべき点は、 法定検査の適用範囲、検査の方法、検査周期、リスク判断といった事柄を事業者に委ねる ということである。つまり、法規制の範囲を最重点箇所に絞り込み、それ以外のところを 原則リスクに応じた保全で実施できるような法的環境整備を行うことである。このことで、 法定検査に過大の保全費用が費やされていたものを自主保安管理に仕向けることができる。 例えば、表3.3に示 すように、10万KL クラスの原油タンクの 法定検査周期を8年か ら16年に延長するだ けで、ざっと1億円前 後の保全費用を自主保 安管理に振り向けるこ とが出来る。 これまで長引いた 不況で検査も出来ず更新も出来てなかった自主保安管理の範囲は広かった。このような箇 所に手厚く保全費が投下されるようにしていかなければ、今後も事故は増え続けるだろう。 4.まとめ 事故や災害は科学技術がいかに進歩したとしても完全に無くすことは困難であると考 える。大切な事は、いかに事故を起こさないように取り組むかということと、事故は起こ る前提で、仮に事故が起きても被害を最小限に食い止める手段を準備しておくことである。 確かに設備が高経年化し事故やトラブルは増加傾向にあるが、適切なリスク管理が行わ れてこなかったツケが回ってきているのが本質であろう。これに歯止めをかける方法は、 リスクの高い設備に優先的に保全費を振り向けるしか方法が無いのではないだろうか。 そのためには次のような取り組みが鍵になると考える。 (1) 事故増加に歯止めをかける最も重要な鍵のひとつは、安全管理への適切な経営資源 (保全費)の配分である。 そのためにはまず「経営が安定し継続的に保全費を確 保できる仕組みを確立する」ことである。 (2) つぎに、その「経営資源を事業者の判断でリスクに応じて合理的に配分できる仕 組みを用意すること」である。 (3) そのために「法規制で縛る部分は安全管理の枠組みに徹し、事業者の自由度を高 める」ことが重要である。 (4) ただし、「自主管理が陥りやすい悪循環を防ぐために OSHA のような公的監査制度 を全国的に充実させ、安全管理を好循環に導く活動を充実するとともに、問題の 多い事業者については監査を厳しく行い指導する厳格なしくみを導入する」こと も忘れてはならない。 今日、社会は高度化・複雑化し、産業分野もボーダレス化しており、これまでのように 各省庁別に、あるいは事業分野別に、法規制によって安全管理の徹底を図るやり方は難し くなっていく一方である。民間に安全に関する自主的管理の大部分を任せ、法は事業者が 適切な安全管理の仕組みを構築、維持して事故・災害を発生させないという枠組みを示す ことに徹する欧米流の制度(特に産業横断的な英国流は参考になる)に舵を切っていくこ とが必要になってきていると考える。 規制そのものは必要な制度であり、今後も果たす役割は大きい。しかし事業者に実行の 大部分を委ね責任を持たせることが、事業者自らが安全管理に真摯に取り組む風土、 「安全 文化」を育てることに繋がるのではないだろうか。 以上
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