イノベーション実現における標準の必要性と標準化教育

(15)グローバル化時代における工学教育 -Ⅰ
講演番号:1D05
イノベーション実現における標準の必要性と標準化教育
-大学院学生の研究テーマへの適用した指導について-
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○岡本秀樹※1
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キーワード:イノベーション,標準,教育
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イノベーションの実現と標準の必要性
イノベーションを実現するためには,まず,必要と
なる機器やシステム,仕組みを準備しなければならな
い.良いアイデアだと思っても,多くの人に受け入れ
てもらうためには,そうした準備を整えつつ,PRを
行うことが重要である.多くの人が“それはいい”と
思い,そのアイデアを利用してみたいとなったとき,
その良さを体験することができなければ,利用は広ま
っていかない.
その環境を整えるためには,何らかの標準が必要と
なる.たとえば,インターネットというシステムがあ
るだけでは,今日の普及には至らず,ブラウザがあっ
てこそ,インターネットにアクセスして利用できる環
境ができ,そして普及してきた.そのブラウザは,H
TMLを標準として動作するように作られている.
アイデアを具現化するための,機器やシステム,仕
組みを準備するためには,多くの標準が使われる.も
し,すでにある標準を知らずに同じような方法や基準
を作ろうとすると,多くの労力を費やすことになる.
いわゆる「車輪の再発明」である.せっかくすでに使
えるようになっている標準を使えば,こうした無駄な
労力をかけずに済む.
今まで,必要に応じてさまざまな標準が作成されて
きた.これに加え,標準のビジネス的重要性が認識さ
れるにつれ,作成される標準の数がより一層増えつつ
ある.このような中で,どのような標準をピックアッ
プして使うべきかを整理する必要もある.
若いうちに標準の必要性について理解しておけば,
将来イノベーションを考えるとき効率よく実現できる
可能性が高くなる.ならば,特定の研究テーマと真剣
に向き合う大学院生がよいのではなかろうか.つまり,
大学院生に,自ら選んだ研究テーマでイノベーション
を起こすと仮定させ,必要な標準を考えさせていくの
※
東京農工大学工学府産業技術専攻 非常勤講師
(アズビル株式会社技術標準部国際標準グループ)
公益社団法人日本工学教育協会 平成 28 年度
工学教育研究講演会講演論文集
である.
筆者は,2013年度から東京農工大学工学府産業
技術専攻にて「工業技術標準概論」を担当することな
り,いままで3年間講義を行った.大学院生にこのよ
うな考え方ができるようになるための基本事項を教え
てきた.本稿では,講義の概要とその進め方,および
学生の反応などについて紹介する.
講義の概要
講義の到達目標
研究テーマを事業化することを念頭において,必要
な機器,システム,サービスおよびそれらの作成・構
築を検討していく中で,関連する標準を検討していく
ことは,従来の事業ですでに実績のある方法や標準の
過不足に気づくことができるチャンスである.この過
不足の中から,新たに標準化が必要となる事項を見出
せる可能性もある.
多くの 大学院生にとっては,こうした検討を行って
いくうえで,必要な標準や使い方についての知識やス
キルが不足している.そこで,製品やシステム,サー
ビスを検討していくための基本プロセスを3つに分け,
そのプロセスの検討を通して,従来の知見を整理し,
関連する標準類の存在やそれらの標準化に対する考え
方が理解できるようなることを学生の到達目標とした.
その基本プロセスは下記のとおりである.
a) 提供する価値と提供する対象の抽出
b) 市場で優位性を獲得しリスクから守るために
必要な事項の抽出
c) 開発や調達・生産に必要な標準の整理
講義の進め方
講義内容は,到達目標で記した基本プロセスをもと
に設定している(表 1)
.各講義では,学生に常に各自
の研究テーマのビジネス化を想定した目的や目標を意
識させ,標準の利用や標準化を考える機会を与えるよ
うにしている.
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そのため,研究成果を事業化したときユーザにとっ
表 講義の概要
モジュール㻌
講義#㻌
㻌
第1回㻌
目的の必要性㻌
標準による優位性
の獲得㻌
さまざまなリスク㻌
基本的な標準関連
事項㻌
㻌
第2回㻌
講義概要㻌
オリエンテーション㻌
ビジネスにおける標準化の役割と課
題㻌
第3回㻌
研究目的の達成と標準㻌
第4回㻌
標準化事例とその優位性1(過去)㻌
第5回㻌
標準化事例とその優位性2(最近)㻌
第6回㻌
標準化事例とその優位性3(進行中)㻌
第7回㻌
安全㻌
第8回㻌
EMC,環境㻌
第9回㻌
サイバーセキュリティ㻌
第10回㻌
貿易,特許,模倣,紛争鉱物㻌
第11回㻌
設計に必要な標準類㻌
第12回㻌
情報伝達に必要な標準類㻌
第13回㻌
製品のライフサイクル㻌
第14回㻌
標準化のプロセスと標準の内容構成㻌
第15回㻌
全体のまとめ,発表㻌
学生には,講義を受けながら,自分の研究テーマに
ついて,関連項目(下記)を記したシートを渡し,講
義を進めながら順次考えさせ埋めさせていく.
「目的の必要性」で提出させる事項
 研究テーマの概要,背景,目的
 本講義で学びたいこと
 研究テーマの達成目標
 成果の適用対象
「標準による優位性の獲得」で提出させる事項
 成果の優位点,特長,想定する製品・サービス
 製品/商品に関するプロセスおよび重要な事項
「さまざまなリスク」で提出させる事項
 製品/商品化した成果を提供するときのリスク
「基本的な標準関連事項」で提出させる事項
 製品/商品に関するプロセスで重要な事項に必
要となる標準
 提供する製品・サービスを普及させるのに必要
な標準
講義の前に,上記の事項を事前に宿題として提出さ
せ,講義の冒頭で学生に説明させる.また,その説明
について他の学生と質疑応答を行わせる.また,自分
からもいくつか助言も行う.
講義の実施および学生の反応
「目的の必要性」では,学生に自身の研究テーマに
ついて目的・目標を出させると、ほとんどは研究室で
教わったとおりに記してくる.しかし,研究成果を誰
に使ってもらうのかについてあまり考えたことがない
ようで,設備のオペレータや研究者などを挙げてくる.
ての価値を考えるように指示する.これにより,誰
に貢献するのかが明確になる.それでもなお,わか
りにくい場合には,社会的価値について考えてみる
よう指導している.
「標準による優位性の獲得」では,各自に研究テー
マがどのような優位性をもつのか,研究成果単独で考
えるだけでなくシステムとしても考えるよう促す.こ
こは,対象者を明確に認識していないとなかなか難し
く,一番難しいところでもある.
「さまざまなリスク」では,知らないと後で大きな
損失になる事項としていくつかを紹介する.法律にも
関連するところであり,学生は講義を学習したあとで
あれば,影響しそうなリスクをピックアップできる.
ただし,そのリスクに関連する標準を抽出するよう指
示するとなかなか難しいようである.
「基本的な標準関連事項」では,製品だけでなくシ
ステムやサービスに必要なモノを作るのに必要な基本
的標準類やその策定プロセスを紹介し,各自の研究成
果に必要と思われる標準を検討させる.
最終的には,これらをまとめ,自らの研究テーマに
“新たに”必要となる標準の検討を加えてレポートと
して提出させる.この標準は,ビジネスで優位に立つ
ためのものだけでなく,リスク回避や生産や準備のた
めの標準もあると助言するのだが,なかなか具体的に
イメージしくいようで,リスクで抽出した標準をその
まま記載して提出するものが多い.
副次的ではあるが,毎回発表させるので,最後の発
表はうまくなるようである.
おわりに
本講義は,モノづくりを前提にして構成している.
しかし.学生の研究テーマには,シミュレーションや
材料,バイオ関連もあった.そのような研究テーマで
も,研究成果を具体化するときには,何か必ずモノや
システムが介在するはずであるので,それらを想定し
た検討を行うよう助言している.
また,今やIoTの時代である.研究成果が単独で
使われるだけではなく,何らかのシステムで使われる
ことで,より役立たせることができるかもしれない.
さまざまな研究テーマに対応し,システムを意識し
た検討ができるよう,講義の中に盛り込んでいきたい
と思う.
注および参考文献
岡本秀樹“企業における標準化教育と大学院に
おける標準化基礎教育”工学教育 –()
SS
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