車両振動に基づく道路地盤評価指標の開発

車両振動に基づく道路地盤評価指標の開発
構造エネルギー工学主専攻
博士前期課程 1 年
森川 みどり
連絡先 [email protected]
指導教員
1. 背景と目的
𝐴̂𝑗𝑘 = 𝜙𝑘 (𝑥̂𝑗 )
道路舗装などのインフラ構造物は,日々様々な因子の影響を
受けて劣化していく一般的に,舗装の維持管理においては,損
傷が表面化してから補修を行う事後保全が行われる.しかし,
損傷が一度顕在化すると,補修コストは急激に大きくなる傾向
にある.したがって,維持管理コストを抑制するには,損傷が
顕在化する前に補修を行う予防保全の導入が有効である.
本研究は,路面変化は生じていないが道路地盤には劣化が
近似的に次式のように表すことができる.本研究では,基底関
数としてラグランジュ関数を用いた.(5)式にラグランジュ関数
𝑁𝑗 (𝑥) を示す.
𝑛
𝑗=1
𝑛
𝑛 + 1 𝑛−1
𝑥 − 𝑥̂𝑙
𝑁𝑗 (𝑥) = (
)
∏
𝐿
𝑗−𝑙
地盤劣化の影響を特に抽出可能な信号分析手法が必要である.
このような分析手法として,SSMA(Spatial Singular Mode
ここで,基底関数が,𝑁𝑗 (𝑥̂𝑗 ) = 1,かつ,𝑁𝑗 (𝑥̂𝑖 ) = 0(ただ
し,𝑖 ≠ 𝑗)となる性質を示すとき,𝑎𝑗𝑘 = 𝐴̂𝑗𝑘 である.𝐿 は地盤
上の計測範囲長である.固定計測点は,地盤上のどの点にお
いても仮想できるが,モード形状の直交性を保証しやすいた
2. モード形状推定手法
SSMA は地盤ではなく,橋梁構造を評価するために開発され
た指標である.したがって,先ず橋梁を例にして説明を行う.
一般に,モード解析理論で想定される橋梁振動の計測値は,
固定点で得られるものである.一方,車両振動から推定される
橋梁振動は,車両走行に伴って計測位置が時間変化する移動計
測点での計測値である.SSMA では基底関数を導入し,移動計
測点𝑥 = 𝑥̃(𝑡) での計測値 𝑦̃𝑖 (𝑡) から,仮想した固定計測点 𝑥 =
𝑥̂1 , 𝑥̂2 での推定値 𝑦̂(𝑡𝑠 ) を求める.
以降,橋梁と地盤を同様の線形システムと捉え,橋梁振動を
地盤振動と置き換える.𝑘 次のモード形状関数を 𝜙𝑘 (𝑥) ,基準
座標を 𝑞𝑘 (𝑡)とおくと,地盤変位振動は(1)式のように求められ
る.
め,地盤上の計測範囲を等間隔に分割する点とする.このと
き,近似したモード形状 𝜙𝑘 (𝑥) を行列で表すと
[
𝜙1 (𝑥̃1 (𝑡)) 𝜙2 (𝑥̃1 (𝑡))
]
𝜙1 (𝑥̃2 (𝑡)) 𝜙2 (𝑥̃2 (𝑡))
𝑁 (𝑥̃ (𝑡)) 𝑁2 (𝑥̃1 (𝑡)) 𝐴̂11
=[ 1 1
][
𝑁1 (𝑥̃2 (𝑡)) 𝑁2 (𝑥̃2 (𝑡)) 𝐴̂21
(6)
𝐴̂12
]
𝐴̂22
と表すことができる.移動計測点の座標を代入して得られる
̃ (t) とすると,次式が得
基底行列を 𝐍(t) ,モード形状行列を 𝚽
られる.
̃ (𝑡) = 𝐍(𝑡)𝐀
̂
𝚽
(1)
𝑘=1
ここで,𝑛は考慮する最大モード次数である.(1)式より,移動
̃(𝑡) における橋梁変位は
計測点 𝒙 = 𝒙
(7)
ここで,(2)式に(7)式を代入すると
̂ 𝐪(𝑡)
𝐲̃(𝑡) = 𝐍(𝑡)𝐀
𝑛
𝑦(𝑥,𝑡) = ∑ 𝜙𝑘 (𝑥)𝑞𝑘 (𝑡)
(5)
𝑙=1
(𝑙≠𝑗)
Angle:空間特異モード角 [1] )に基づく手法が挙げられる.
を検知できるかどうか検証する.
(4)
𝜙𝑘 (𝑥) = ∑ 𝑎𝑗𝑘 𝑁𝑗 (𝑥)
明確な変化を生じないはずである.そこで車両振動データから
テムとみなし,地盤上でも SSMA を求めることで,構造の変化
(3)
(𝑗 = 1,2)
関数により連続関数を補間することである.基底関数
𝑁𝑗 (𝑥) (𝑗 = 1,2, … , 𝑛) を用いて,𝑘 次のモード形状関数 𝜙𝑘 (𝑥) は
る手法を考案する.路面に変化がないので車両振動はそれほど
に高い感度を示す.本研究では,地盤を橋梁と同様の線形シス
亨輔
つづいて, 𝜙𝑘 (𝑥) を内挿によって離散化する.内挿とは,基底
生じている状態を想定し,車両振動を用いて地盤劣化を検知す
SSMA は,車両振動を用いて求められる指標であり,橋梁損傷
山本
(8)
となる.車両後輪が 𝑥̂1 を通過してから(𝑡 = 𝑡1 ),前輪が 𝑥̂2
を通過するまで(𝑡 = 𝑡𝑚 )を内挿の定義領域とする.(8)式の
両辺に 𝐍−1 (t) をかけると,移動計測点での計測値から固定計
測点での推定値を求めることができる.
𝑛
𝑦̃𝑖 (𝑡) = ∑ 𝜙𝑘 (𝑥̃𝑖 (𝑡))𝑞𝑘 (𝑡)
(2)
̂ 𝐪(𝑡)
𝐍−1 (𝑡)𝐲̃(𝑡) = 𝐀
(9)
𝑘=1
と表される.車上計測点数を 𝑛 = 2 としたとき,等しい数の固
定計測点 𝑥 = 𝑥̂1 , 𝑥̂2 における 𝑘 次のモード形状関数を 𝐴̂𝑗𝑘 とし
て以下のように表す.
次に,(9)式で求まる固定計測点での推定値を特異値分解
し,モード形状を推定する.固定計測点での推定値を 𝑚 列並
べた行列を 𝐃(∈ 𝐑𝑛×𝑚 ) とすると
𝐃 = [ 𝐍−1 (𝑡1 )𝐲̃(𝑡1 ) ⋯ 𝐍−1 (𝑡𝑚 )𝐲̃(𝑡𝑚 )]
(10)
図には損傷値の代表例として 0%,50%,75%のものを載せた.こ
̂ 𝐪(𝑡1 ) ⋯ 𝐀
̂ 𝐪(𝑡𝑚 )]
𝐃=[𝐀
(11)
れらの図から,SSMA はモデルごとに挙動が全くことなることが
̂𝐐
𝐃=𝐀
(12)
となる.特異値分解は 𝑛 × 𝑚 行列に対して適用可能であるか
わかった.これは地盤と計測車両,損傷の位置する深さの組み
合わせによって検出できる損傷程度が異なることを示してい
る.
ら,(11)式の𝐃に対して特異値分解を適用し,
(13)
𝐃 = 𝐔𝚺𝐕 T
と分解できる.ゼロ行列となる部分を省略すると,𝐔(∈
𝑅𝑛×𝑛 ),𝐕( ∈ 𝑅𝑛×𝑚 )は直交行列(ただし,𝐕 T 𝐕 = 𝐈,𝐈:単
位行列), 𝚺( ∈ 𝑅𝑛×𝑛 )は特異値を対角成分にもつ対角行列
である.また, 𝚺 の対角成分を大きなものから順に並べる
と,𝐔, 𝚺 および 𝐕 は一意に求められる.ここで,𝐐が無相関
̂ の推定値となる.
性(𝐐𝐐T = 𝚺2 )を示すとき,𝐔は𝐀
以上の手法を用いて車両振動から地盤の加速度応答を求め
る.ここで求めた加速度応答はあくまで推定値である.
SSMA は,モード形状振幅比の逆正接を求めることで正規
5. まとめと今後の予定
本研究の結果から,SSMA は橋梁損傷検知の指標として一 定
の有効性があることがわかった.今後は白色ノイズを加えて算
出した SSMA の統計的な分析を行い、その挙動について調べ、
さらにモデルごとの違いを分析し、どのような要素が SSMA の
値に影響を与えたのかを調査する予定である。
6. 参考文献
[1] 山本亨輔, 大島義信, 金哲佑, 杉浦邦征:車両応答データ
の特異値分解による橋梁損傷検知技術の提案と検討, 構造
化したものである.端的に言えば,モード形状の振幅比分析
工学論文集, Vol.59A, pp.320-331, 2013
の容易化を目的とした指標である.
[2]山本亨輔, 伊勢本遼, 大島義信, 金哲佑, 杉浦邦征:鋼ト
ラス橋の部材破断が橋梁および走行車両の加速度応答に及
𝑆𝑆𝑀𝐴 =
𝑈21
𝑡𝑎𝑛−1 (
)
𝑈11
=
𝑈22
𝑡𝑎𝑛−1 (
)
𝑈21
(14)
ぼす影響, 構造工学論文集, Vol.58A, pp.180-193, 2012
3. 検討手法
本研究では,車両と地盤をモデル化し,数値シミュレーショ
ンを用いて車両の加速度応答を求めた.車両にはバネ剛体で構
成された HC(Half-Car)モデルを,地盤には平面ひずみ問題
に基づく有限要素モデルを用いた.車両は剛体である 18t の車
図-1 車両モデル
体と各車輪の間がそれぞれサスペンション,アブソーバを模擬
したバネと減衰器でつながっているものとした.センサは前輪
と後輪の車軸上とバネ上の計 4 か所に設置し,その変位は𝒛(𝑡)
59
とした(図-1)
.
80, 75, 60, 50, 40, 25, 20[%] とした.損傷の位置は,一律車両
走行開始地点から 50m~51m とし,
大きさは 1m 四方とした.
SSMA [deg]
地盤モデルの損傷は剛性の低下によって表現し,深さと剛性
の減少率を変化させた.損傷の減少率は大きいものから順に,
intact
75% damaged
50% damaged
58
57
56
55
損傷が存在する深さは 1m~2m,3m~4m の 2 種類を設定し
た.なお,動的方法として Newmark-β 法を用いた.地盤モデ
1
ルの作成にあたっては 1m ごとに等間隔に設置されたノードか
2
ら 1m 四方の正方形要素を構成し,その要素から長方形の地盤
比を設定した.地盤の密度と剛性は深さが 1m 増加するごとに
方向に𝑥軸を取る.地盤モデルの大きさは,長さは 100m,深さ
凸,車両速度・重量,地盤剛性に大きさが 5%以内の乱数をか
けて変化させたものを 10 パターン用意した.
今回数値計算によって得られた車両の加速度応答から SSMA
を算出し,損傷位置の深さごとの挙動の違いを分析した(図-
2,図-3)
7
8
9
10
intact
75% damaged
50% damaged
57
56
55
1
4. 検討結果と考察
6
58
SSMA [deg]
ーションにより作成した.車両モデルと地盤モデルは,路面凹
5
59
10%ずつ増加させた.地盤の深さ方向に𝑦軸を,車両進行と並行
路面凹凸は,計測データに基づいて,モンテカルロ・シミュレ
4
図-2 浅い損傷位置の SSMA
を作成した.各ノードに密度を,各要素にヤング率とポアソン
5m とし,地盤を構成する材料は土とアスファルトを設定した.
3
Patterns of the ground [th]
2
3
4
5
6
7
8
9
Patterns of the ground [th]
図-3 深い損傷位置の SSMA
10
中小スパン橋を対象とした振動ベース診断の検討
構造エネルギー工学専攻 博士前期課程 1 年
フロンティア工学研究グループ 毛利 宏輔
連絡先:[email protected]
指導教員 山本 亨輔
1. 研究背景
3. MEMS センサの開発
現在,橋梁点検は主に目視点検により行われているが,老朽
3.1 MEMS センサの満たすべき性能
橋梁の増加に伴い,技術者の育成が間に合っていない.一方,
本研究での対象橋梁は中小スパン橋とした.これは,橋梁全
振動分析は実計測データに基づく評価であるため,誰にでも同
体の 80%を占めるのが中小スパン橋[3]のためである.また,中
じ精度での点検が可能であり,先の課題の解決策となりうる.
小スパン橋は交通振動の影響を強く受ける.そして,生じる交
しかし,振動分析は途上の技術であるため実用化にはいたって
通振動は,乗用車によるものから大型車によるものまで振幅は
いない.
幅広い.したがって,対象とするレンジを広範囲にカバーする
振動分析の精度改善には,多点計測が有効である[1].しかし,
必要がある.大きな振動のみを対象とすると,小さな振動が正
センサ自体のコストに加え,設置にかかる労力が障害となり,
確に捉えきれない可能性があるため,高い分解能を持つ AD コ
振動データの蓄積も進んでいない.そこで,本研究ではGPS時
ンバータを実装することが有効である.
刻同期を用いた MEMS(Micro Electro Mechanical System:マイ
独立した MEMS センサを同期する方法として GPS 時刻同期
クロマシン)センサを開発した.これによりコードレス化によ
を採用した.無線通信での時刻同期は労力面で理想的であるが,
って計測を実現し,コストの削減を図った.そして,この
通行する車両などが障害物となりデータ欠損が生じやすい.し
MEMS センサにより得られた実橋梁計測データに対して SVD
たがって本研究では,各センサで取得したデータを計測終了後
(Singular Value Decomposition:特異値分解)法を適用すること
にソフト上で時刻同期を行った.
で,橋梁モニタリングへの適用性を検証した.
3.2 MEMS センサのシステム構成
2. 信号分析の理論
MEMS センサによる橋梁振動計測の普及を促す目的から,
2.1 SVD 法
全ての部品は規格化された市販品を用いる.開発した MEMS
橋梁の多点計測により得られた振動応答のデータを特異値分
解することにより,モード形状の推定を行う.
す.AD コンバータには分解能が 24bit である ADS1220 を採用
任意の𝑛 × 𝑚行列𝐃は,
𝐃 = 𝐔𝚺𝐕
センサの外観を図 1 に示し,用いた各モジュールを表 1 に示
した.これは,3.1 で述べたように,大きな振動を対象にしつ
T
(1)
つ,小さな振動をとらえる必要があるためである.また,採用
の形に分解される.ここで𝐔 ∈ 𝐑𝑛×𝑛 および𝐕 ∈ 𝐑𝑚×𝑚 は直行行
した GPS モジュールには正確に 1 秒ごとにパルスを発生させ
列である.また,𝚺 ∈ 𝐑𝑛×𝑚 は次式のような,一般化された対
る機能を備えており,このパルスの発生時間と GPS 時刻を併
角行列である.
用することで,各 MEMS センサの同期を行った.また,GPS
Σ1
𝚺=[⋮
0
⋯
⋱
⋯
0 0
⋮ ⋮
Σ𝑛 0
⋯
⋯
0
⋮ ] = [Σ𝐑
0
信号の受信を安定化させるために,アンテナを搭載している.
0]
(2)
そして,これらのモジュールによって取得されたデータは,搭
載されている SD カードに書き込まれるため,PC 等のロガー
ただし,𝚺 ∈ 𝐑𝑛×𝑛 は行列𝚺の第𝑛列までを取り出した対角行列
を必要としない.
である.また,対角要素Σ1 ,∙∙∙, Σ𝑛 は特異値で大きいものから順
に並んでいるものとする[2].
4. 適用性検証
4.1 実験概要
2.2 橋梁システムのモード解析と SVD 法
多点計測で得られた振動応答データを
𝐘 = [𝑦(𝑡0 ) 𝑦(𝑡1 ) ∙∙∙ 𝑦(𝑡𝑁 )]
実橋梁計測は,茨城県道 24 号線に架かる,筑波大学学内道
(4)
と行列化する.SVD 法を適用すると,式(5)のようにモード形
状𝐀と基準座標データ𝐐の推定値が得られる.
𝐘 = 𝐔𝚺𝐕 T = 𝐀𝐐
長 31mの箱桁橋である.図 2 に平面図を示す.MEMS センサ
をボックスに入れ,図 2 中に示された赤点の位置に,両面テー
プを用いて固定した.今回計測した橋梁振動は,車両重量の軽
(5)
SVD 法では,基準座標である𝐐(= 𝚺𝐕 T )の無相関性が成り立つ
とき,正確にモード分解が可能である.
路かえで通り内の陸橋である,松見橋にて行った.松見橋は全
い軽自動車が道路の東側を走行したものと,車両重量の重いバ
スが西側を走行したものの二種類である.
表 1 使用した主なモジュール
部品名
製品名
マイコンボード
GR-PEACH
加速度センサ
KXR94-2050
AD コンバータ
ADS1220
Adafruit Ultimate 66 チ
GPS センサ
ャンネル 10Hz GPS モ
ジュール Version 3
図 1 MEMS センサ外観
図 2 平面図とセンサ設置位置
(a) 軽自動車走行時のスペクトル
(b) バス走行時のスペクトル
図 3 強制振動のスペクトル
(a) 1 次卓越
(b) 2 次卓越
(c) 3 次卓越
図 4 軽自動車走行時の推定モード形状
4.2 結果
計測した二種類の橋梁振動の強制振動の部分を抽出する.そ
(a) 1 次卓越
(b) 2 次卓越
(c) 3 次卓越
図 5 バス走行時の推定モード形状
5. まとめ
(1) GPS 時刻同期性能を搭載した MEMS センサにより,省力
して,フーリエ変換を適用することで求めたパワースペクトル
を図 3 に示す.また,それぞれの振動データに特異値分解を適
化された振動計測を可能にした.
(2) 実橋梁計測により得られた加速度データのフーリエスペク
用し,推定したモード形状を図 4,5 に示す.
トルから,重量の軽い車両に励起される振動は,橋梁シス
テムの影響を強く受け、重い車両に励起される振動は,車
4.3 考察
図 3 (a)では,4Hz で最初の小さな卓越が現れ,8Hz で最も大
両の影響を強く受けることがわかった.
(3) 外力の変化により,推定されるモード形状が変化した.こ
のことからも橋梁振動の特性が変化していると考えられる.
きな卓越が現れている.この 4Hz の卓越は,一般的な橋梁の 1
次固有振動数の値とおおよそ一致する.そのため,軽い車両通
(4) 今回は走行する車両重量に着目したが,速度や進行方向等
の他の条件を考慮しながら,更なる分析が必要である.
行時には,橋梁の影響が現れると考えられる.一方,重い車両
の通過時には図 3(b)に見られるように 10Hz で振動数が大きく
卓越し,軽い車両で現れたような橋梁の固有振動数の影響が小
参考文献
さい.これは,荷重が大きいために,車両振動が橋梁振動を決
[1]
山本亨輔,大島義信,杉浦邦征,河野広隆:車両応答に基づく
定したと考えられる.この車両振動は路面凹凸により励起され
橋梁のモード形状推定法 土木学会論文集 A1(構造・地
るもので,橋梁の出入り口に存在するジョイント部分によるも
震工学),Vol.67,No.2,pp246,2011
のだと推察できる.
[2]
また、モード形状の変化からも通過する車両によって,つま
数解析に基づく橋梁の損傷検知法
り,橋梁にかかる荷重の大きさが変化することによって,シス
テムの特性が変化していると考えることが出来る.
山本亨輔,大島義信,金哲佑,杉浦邦征:車両応答の時間周波
土木工学論文集
A,Vol.57A,pp637-645
[3]
国土交通省,道路統計年報 2015 橋梁の現況,表 63,橋長階級
区分別,都道府県別橋梁の現況,合計,2015
2016 年度 構造エネルギー工学専攻 大学院セミナー, 教室 III (熱流体・宇宙), 2016 年 10 月 17 日
超音速蒸気インジェクタの作動条件とスケール効果
博士前期課程 1 年 藤城 雅也 ([email protected])
指導教員: 阿部 豊
副指導教員: 金川 哲也,吉田 啓之
1.
緒言
原子力発電所には,多重保護の観点から数多くの安全シ
ステムが組み込まれていながら,外部への放射性物質や放
射線の漏洩に繋がるシビアアクシデント(過酷事故)と呼
ばれる事故が現在に至るまで発生し続けている.シビアア
クシデントのリスク低減方策として,静的安全システムに
関する研究が進められてきた.静的安全性(あるいは受動
的安全性)とは,システム内に生じた危険や異常がシステ
ム固有のメカニズムによって抑制そして排除されること
をいう.このシステムの構築に向けて,本研究の対象であ
る蒸気インジェクタ(SI)の導入が提案されている(1).
SI は水と蒸気の直接接触凝縮により動作する静止型の
噴流ポンプであり,作動に動力が不要,駆動部を有さない
ためメンテナンスが容易,入口圧よりも高い吐出圧が得ら
れるなどの利点を有する.この SI を原子炉に組み込むこ
とにより,無電源で炉心に冷却水を注水することができる
と考えられている(1).本研究の目的は,この SI の作動メカ
ニズムを解明するとともに,作動条件を明らかにすること
にある.本稿では,SI のスケールが作動形態や作動条件に
及ぼす影響について考察した.
2.
Middle-sized
test section
Large-sized
test section
Water
Water
Water
Steam
Steam
Mixing
nozzle
Drain
Mixing
nozzle
Drain
Throat
diameter
 = 4.0 mm
Mixing
nozzle
Drain
Throat
diameter
Throat
diameter
 = 8.0 mm
 = 6.5 mm
Diffuser
Diffuser
Total direction
241.9 mm
z
z
Steam
Diffuser
Total direction
244.5 mm
Total direction
266.0 mm
z
図 1: SI テスト部の概略図
表 1: 5 種類の流動パターン
動作パターン
A
B
C
D
E
確認された
スケール
⼩・中・⼤
⼩
⼤
中・⼤
⼩・中・⼤
混合部内
イメージ図
ドレイン
実験手法および条件
図 1 に本実験で用いたサイズの異なる 3 種類の可視化テ
スト部の概略図を示す.テスト部は上流から,混合部,ス
ロート部,ディフューザ部からなる.スロートの寸法は小
型が直径 4 mm,中型が 6.5 mm,大型が 8 mm である.
各テスト部は水ノズル径とスロート径が等しく,主に気液
混合部のスケール効果を調べるため,中型 SI の寸法を基
に相似形となるよう混合部長さが決められている.また,
混合部下部にはドレインが設けられている.ドレイン管後
流には逆止弁を設置し,外気の混入を防いでいる.各テス
ト部は透明なポリカーボネイトで作製したので,高温蒸気
の供給とテスト部内の流動の可視化計測が可能となって
いる.テスト部壁面には圧力計測孔が設けられており,静
圧が計測可能である.実験の際は水,蒸気の順に供給した.
3.
実験結果
3 種類のサイズのテスト部を用いて,様々な入口流量条
件で実験した結果,表 2 に示すような 5 種類の流動パター
ンに大別された.それぞれの挙動の軸方向の圧力分布を図
2 に示す.以下,それらの流動パターンの詳細を述べる.
パターン A は混合部内に水噴流が形成され,ドレインか
0.20
Absolute pressure [MPa]
Small-sized
test section
Mixing
Diffuser
0.20
0.15
0.15
Throat
Mixing
Diffuser
Throat
0.25
0.20
Mixing
スロート
⽔噴流形成
◯
◯
◯
✕
✕
ドレイン排⽔
✕
✕
◯
◯
✕
スロート圧⼒
負圧
正圧
正圧
-
-
駆動⽔量の増加
◯
◯
◯
✕
✕
吐出圧⼒の上昇
◯
◯
◯
✕
✕
らの排水が停止する挙動である.また,それに伴い駆動水
量が増加し,ポンプとしての性能を発揮する.混合部およ
びスロートは負圧に保たれており,ディフューザ部におい
て急激に昇圧している.この分布は奈良林ら(2)にも報告さ
れている挙動であり,一般的な SI の作動状態であると考
えられる.この挙動は全サイズのテスト部において確認さ
れている.
パターン B は噴流を形成し,ドレイン排水が停止すると
いう点でパターン A と非常によく似た挙動であるが,スロ
ートにおいて昇圧している.また,スロート通過後減圧し,
ディフューザ部において再度昇圧するという圧力分布を
とっている.この挙動は小型のテスト部においてのみ確認
された挙動となっており,装置の小型化の影響が現れてい
0.20
Diffuser
0.15
Throat
Mixing
Diffuser
Throat
0.15
0.10
0.10
0.10
0.05
0.00
0
Pattern A
200
400
Flow direction [mm]
0.00
600 0
Pattern B
200
400
Flow direction [mm]
0.00
600 0
Pattern C
200
400
Flow direction [mm]
0.00
600 0
図 2: 軸方向の圧力分布
Diffuser
0.20
Throat
0.10
0.05
0.05
Mixing
0.25
0.15
0.10
0.05
0.30
Pattern D
200
400
Flow direction [mm]
0.05
0.00
600 0
Pattern E
200
400
Flow direction [mm]
600
2016 年度 構造エネルギー工学専攻 大学院セミナー, 教室 III (熱流体・宇宙), 2016 年 10 月 17 日
◯:Pattern A
△:Pattern B
✕:Pattern E
0.6
0.4
0.2
0.0
0.00
dth =  4 mm
0.02
0.04
Inlet steam flow rate [kg/s]
Inlet water flow rate [kg/s]
Inlet water flow rate [kg/s]
0.8
Inlet water temperature 26.2 ± 0.2 ℃
1.0
0.06
0.8
1.0
◯:Pattern A
●:Pattern D
✕:Pattern E
0.6
0.4
0.2
0.0
0.00
dth =  6.5 mm
0.02
0.04
Inlet steam flow rate [kg/s]
Inlet water flow rate [kg/s]
Inlet water temperature 25.3 ± 0.3 ℃
1.0
0.8
Inlet water temperature 24.8 ± 0.4 ℃
◯:Pattern A
□:Pattern C
●:Pattern D
✕:Pattern E
0.6
0.4
0.2
0.0
0.00
0.06
dth =  8 mm
0.02
0.04
Inlet steam flow rate [kg/s]
0.06
ると示唆される.
パターン C は混合部内に水噴流が形成するが,ドレイン
の直前で崩壊し,それに伴いドレインからのオーバーフロ
ーが発生する挙動である.圧力は混合部の下部から昇圧し
始め,ディフューザに至る.この挙動は大型のテスト部に
おいてのみ確認された.
パターン D は水噴流を形成せず,ドレインからのオーバ
ーフローが発生する挙動である.この挙動では,駆動水量
の増加や吐出圧力の上昇は確認されず,不作動状態である
と判断できる.この挙動は中型と大型のテスト部において
確認された.
パターン E は水の供給が停止し,蒸気のみが供給される
挙動であり,このときも不作動であると判断できる.この
挙動は全サイズのテスト部において確認された.
表 1 より,ドレイン排水の有無や圧力分布に違いはある
が,SI の特徴である駆動水量の増加や吐出圧力の上昇と水
噴流の形成には相関が見られ,SI の作動の重要なパラメー
タであると考えられる.
これら 5 種類の流動パターンの作動範囲を図 3 に示す.
小型の結果から,パターン A と B は入り混じっており,
流量条件以外のパラメータが存在すると考えられる.また,
蒸気流量が小さい条件においてパターン D,水流量が小さ
い条件においてパターン E を形成する傾向にあることが
わかる.さらに,水噴流を形成するパターン A, B, C の範
囲は装置の大型化に伴い,右上へとシフトしていることが
わかる.これは水噴流の径が大きくなったことにより,水
噴流を形成するために要するエネルギーが増加したから
であると推測される.
次に,入口のエンタルピーの比較により作動範囲を評価
した.蒸気の凝縮潜熱と水のサブクールエンタルピーの比
較による作動範囲を図 4 に示す.サブクールエンタルピー
とは,現時点の水温から飽和温度に至るまでのエネルギー
を表したものである.図中の直線は,蒸気の凝縮潜熱と水
のサブクールエンタルピーが等しくなる条件を示してい
る.この結果より,直線の下の条件においてパターン E を
形成することが分かる.これは蒸気の凝縮潜熱がサブクー
ルエンタルピーを上回ることにより,混合部内で凝縮が進
行しないためであると考えられる.
Inlet water subcooled enthalpy [kg/s]
図 3: 入口流量比較による作動範囲
結言
SI のスケール効果を明らかにするため,気液混合部の大
きさが異なる 3 種類のテスト部を用いて実験を行い,以下
の知見を得た.

5 種類の流動パターンを確認した.また,パターン B
300
◯:Pattern A
△:Pattern B
□:Pattern C
●:Pattern D
✕:Pattern E
Subcooled enthalpy = Latent heat
Large
Middle
200
Small
100
0
0
20
40
60
80
100
Inlet steam latent heat [kg/s]
120
図 4: 入口エンタルピー比較による作動範囲




やパターン C 等のサイズ特有の挙動を確認した.
SI の利点である駆動水量の増加や吐出圧力の上昇と
水噴流の形成には相関がある.
入口流量条件の比較により,5 種類の流動パターンの
作動範囲を明らかにした.蒸気流量が小さい条件でパ
ターン D,水流量が小さい条件でパターン E を形成
する傾向にある.
装置の大型化に伴い,噴流を形成するのに要する水お
よび蒸気の流量は増加する.
入口エンタルピーの比較により,蒸気の凝縮潜熱が水
のサブクールエンタルピーよりも大きくなる条件で
パターン E を形成する.
今後の予定
パターン B やパターン C 等のサイズ特有の挙動が形成
される原因を明らかにする.特に,パターン A で形成され
る水噴流との比較を行う.それに向けて,熱電対とピトー
管を作製し,水噴流の半径方向の温度・全圧分布の計測を
行う.
参考文献
(1)
4.
400
(2)
(3)
Ohmori, S. et al. (2007), Journal of Power and
Energy Systems, 1(1), 99110.
Narabayashi, T. et al. (2000), Nucl. Eng. Des., 200,
261271.
Sato, K. et al. (2015), Proc. 23rd International
Conference on Nuclear Engineering (ICONE23),
ICONE23-1650.
原子炉施設の重大事故時のソースターム及び敷地境界近傍の影響解析に関する研究
-国内原子炉施設の原子炉施設周辺の影響評価-
構造エネルギー工学専攻 博士後期課程 2 年
舟山京子(E-mail:[email protected])
指導教員:阿部
1.序論
本稿では,国内の代表的な実機プラントを対象に,確率論的
安全評価(PRA)から得られた格納容器破損,バイパス,管理
放出等といった全事故シーケンスについて原子炉施設周辺の
影響評価を行い,プラントごとにリスクドミナントな事故シー
ケンス及び平均個人リスクを明らかにする。また,放射性物質
の放出開始時期と線量リスク(線量×発生頻度)との関係,発
生頻度とリスクとの関係,線量と放出量の超過発生頻度等のリ
スクプロファイル及びそれを支配する要因を明らかにする。
2.実機の解析条件
解析対象とした実機プラントは,国内の代表的な BWR-3
Mark-Ⅰプラント,BWR-4 Mark-Ⅰプラント,BWR-5 MarkⅡプラント及び ABWR RCCV プラントの 4 種類とする。
これらの実機プラントにおける内部事象のレベル 2PRA 結
果(1)~(6)から,BWR-3 Mark-Ⅰプラントについては 32 種類,
BWR-4 Mark-Ⅰプラントについては 31 種類,BWR-5 MarkⅡプラントについては 26 種類,ABWR RCCV プラントについ
ては 27 種類の放出カテゴリを解析対象とする。放出カテゴリ
は,プラント損傷状態,格納容器が破損する時期,破損形態(格
納容器破損モード)及び放出量等の類似性でグループ化したも
のであり,事故の特徴によって異なる。
なお,本稿では,BWR-5 Mark-Ⅱプラントを例示する。
解析に用いた主なソースタームの条件として,図1に大気中
への放出割合,図 2 に大気中への放出開始時刻,図 3 に格納容
器破損モード別の発生頻度をそれぞれ示す。また,想定した避
難モデルを図 4 に示す。これらの諸量及び年間 1 時間ごとの気
象データから LHS 手法でサンプリングしたデータを適用して、
ガウスプルームモデルによって大気拡散,線量及び平均個人リ
スク等を計算する。
3.リスクドミナントな事故シーケンス
プラント別平均個人リスクについて,避難有無によって,リ
スクドミナントな事故シーケンスを把握する。平均個人リスク
は,解析対象とした放出カテゴリが発生した場合における健康
影響(急性障害,晩発性障害)の発生確率と発生頻度を掛けた
リスク値を積算し,距離別の人口で荷重平均した値である。
なお,がん死亡については,長期の被ばくを仮定した晩発性
のがん死亡ではなく,事故後7日間の早期被ばく量から計算す
る。
表 1 に,サイト中心から 0.8~1.2km 地点での平均個人リス
ク(急性死亡)への放出カテゴリの寄与割合を示す。
避難を想定しない場合,4 プラントともに,よう素類(I)及
びセシウム類(Cs)の大気中への放出割合が大きい放出カテゴ
リの中で,発生頻度が大きい格納容器破損モードに該当するも
のがリスクへの寄与割合も大きい。また、避難を考慮する場合,
いずれのプラントにおいても,格納容器バイパス(V-ν)がリ
スクドミナントな事故シーケンスとなる。これは,放射性物質
の大気中への放出開始時期が早いため,避難による低減効果が
見込めないことによる。
なお,がん死亡については,各プラントともに,急性死亡と
同様の傾向が認められる。
BWR-5 プラントに着目すると,避難を想定しない場合,崩
壊熱除去失敗時の水蒸気による過圧(TW-θ)が約 88%となっ
た。次いで,インターフェイスシステム LOCA 時の格納容器
バイパス(V-ν)が約 7%,LOCA 注水失敗時の水蒸気・非凝
縮性ガスによる過圧(AE-δ)が約 4%となった。
避難を想定した場合,インターフェイスシステム LOCA 時
の格納容器バイパス(V-ν)が約 93%となり,残りが原子炉未
豊
臨界確保失敗時の水蒸気による過圧(TC-θ)
(約 7%)となっ
た。
4.アクシデントマネジメント策とリスクとの関係性
国 内 の 代 表 的 な BWR-5 Mark-II プ ラ ン ト で の レ ベ ル
2PRA(2)~(4)の結果を用いたレベル 3PRA から,アクシデントマ
ネジメント策(以下「AM 策」という。
)による線量リスクの
低減効果について検討する。本章では,発生頻度と線量(全身
線量及び甲状腺線量)を乗じた値を線量リスクとして重篤度の
目安に用いる。
(1) アクシデントマネジメント策による低減効果
図 5 に,AM策による全身線量リスクの低減効果を示す。同
図は,AM 策を考慮しない場合の線量リスクの合計値を 1 とし
て規格化したものである。AM 策により,全身線量リスクでは
全体で約 25%低減する。ただし,レベル 1PRA に係る炉心損傷
防止の AM 策による低減効果は考慮していない。
(2) 放出割合の超過発生頻度
AM 策によるソースターム低減について,図 6 に,代表的な
核種グループであるヨウ化セシウム(CsI)のような揮発性の
高い放射性核種の放出割合に対する格納容器破損の超過発生
頻度を示す。AM 策の効果について,CsI の放出割合の殆どす
べての範囲で,AM 策を考慮した超過発生頻度は,AM 策を考
慮しない場合に比べて,1/4 から 1/5 となった。CsI 放出割合が
0.2 を越えている範囲では,AM 策有無によらず,両者の超過
発生頻度の曲線は重なっている。これは,インターフェイスシ
ステム大破断 LOCA 時の格納容器バイパス(V-ν)及び大破断
LOCA 時の In-Vessel での水蒸気爆発(AE-α)については,
AM 策による低減効果が認められないためである。
5.避難とリスクとの関係性
図 7 に,BWR-5 プラントについて,サイト中心から約 1km
地点での早期被ばくによる健康影響の発生確率(急性死亡及び
晩発性がん死亡)と発生頻度との関係を,避難と想定しない場
合と想定する場合別に示す。
避難を想定しない場合,発生頻度も高く,健康影響の発生確
率も高い事故シーケンスは,崩壊熱除去失敗時の水蒸気による
過圧(TW-θ)
,格納容器バイパス(ν)
,原子炉未臨界確保失
敗時の水蒸気による過圧(TC-θ)である。In-Vessel での水蒸
気爆発(α)の中にも,健康影響の発生確率が高い事故シーケ
ンスが存在するが,図に示すように,これらの格納容器破損モ
ードは発生頻度が非常に低い。
避難を想定する場合,避難終了後にプルームの放出が始まる
崩壊熱除去失敗時の水蒸気による過圧(TW-θ),水蒸気・非
凝縮性ガスによる過圧(δ)及び格納容器ベント(υ)につい
ては,健康影響の発生確率は無視できるほど小さい。避難を想
定しても,健康影響の発生確率も発生頻度も高い事故シーケン
スは,格納容器バイパス(ν),原子炉未臨界確保失敗時の水
蒸気による過圧(TC-θ)である。
5.結論
リスクドミナントな事故シーケンスについては,避難を想定
しない場合,4 プラントともに,格納容器パイパス(V-ν)
,電
源喪失時及び LOCA 時の水蒸気・非凝縮性ガスによる過圧
(TBδ,TBU-δ及び AE-δ)及び崩壊熱除去失敗時の水蒸気によ
る過圧(TW-θ)がリスクへの寄与割合も大きいことが分かっ
た。また、避難を考慮する場合,いずれのプラントにおいても,
格納容器バイパス(V-ν)がリスクドミナントな事故シーケン
スとなる。これは,放射性物質の大気中への放出開始時期が早
いため,避難による低減効果が見込めないことによる。
また,AM 策による低減効果に着目すると,BWR-5 プラン
(2) 原子力安全解析所,
「レベル 2 PSA 手法の整備に関する報
告書=BWR プラント=」,
平成 10 年度,
INS/M98-14
(1999)
(3) 原子力安全解析所,
「アクシデントマネジメントに係る放射
性物質挙動の評価に関する報告書=耐圧強化ベント=」
,平成
10 年度,INS/M98-15(1999)
(4) 原子力安全解析所,
「レベル 2 PSA 手法の整備に関する報
告書=BWR プラント=」
,平成 11 年度,INS/M99-17
(2000)
(5) 原子力安全解析所,
「レベル 2PSA 手法の整備に関する報告
書=BWR プラント=」平成 12 年度,INS/M00-14(2001)
(6) 旧財団法人原子力発電技術機構 原子力安全解析所,「レ
ベル 2PSA 手法の整備に関する報告書=BWR プラント=」
,
平成 14 年度,INS/M02-11(2003)
トの場合,早期炉心損傷前過圧(TC-θ)では,スクラム失敗
過渡事象(ATWS)発生後の高圧炉心スプレイ系の流量調整に
より,AM 策を考慮しない場合に比べ,線量リスクは約 51%低
減する。後期炉心損傷前過圧(TW-θ)及び格納容器バイパス
(ν)では,有効な AM 策が無いため低減効果が期待できない。
放出カテゴリの中で,最も AM 策による線量リスクの低減効果
が大きいものは,水蒸気・非凝縮性ガスによる過圧(δ)で,
電源復旧,代替注水,耐圧強化ベントにより,AM 策を考慮し
ない場合に比べ,線量リスクが 90%近く低減する。
参考文献
(1) 旧財団法人原子力発電技術機構 原子力安全解析所,「レ
ベル 2 PSA 評価等に関する報告書=BWR プラント=」
,平
成 15 年度,INS/M03-22(2003)
TQUV-α
1.E+00
BWR-5
TQUX-α
α
TB-α
1.E-01
TBU-α
α
放出割合(-)
1.E-03
μ
σ
δ
TW-θ
徒歩避難~バス避難開始
バス避難開始~避難完了
TQUX-μ
TC-θ
1.E-04
ν
μ
TB-μ
TBU-μ
TQUX-σ
TBU-σ
1.E-07
1.E-08
1.E-09
TQUX-δ
注;プルームの帯が無い放出カテゴリは、原災法
第15条事象発生から40時間以降に放出開始
AE-δ
TW-θ
TC-θ
TW-θ
TC-θ
ν
V-ν
0
5
10
15
原災法第15条
事象発生
77%
80%
70%
60%
30
N
NNW
35
40
事故発生
原災法15条
事象で定める
「原子力緊急
事態」の発生
NNE
NE
NW
ENE
WNW
原子力緊急事態宣言
α
10km以遠まで
注)
50%
36%
15分 2.5時間(避難準備等)
21%
50分
徒歩避難
4km/h
警告時間
ν
θ-TW
25
図 2 大気中への放出開始時刻
ν
θ-TC
θ-TW
δ
φ
σ
μ
90%
20
原災法第15条事象発生後の時間(h)
図 1 大気中への放出割合
100%
20%
プルーム4
TBU-δ
1.E-10
30%
プルーム3
δ
TB-δ
BWR-5
40%
プルーム2
TQUV-δ
Xe
Cs
Ba
Te
Ru
Ce
La
I
1.E-06
プルーム1
σ
TB-σ
1.E-05
発生頻度(BWR-5の格納容器破損頻度の合計値を1として規格化)
通報~徒歩避難開始
AE-α
1.E-02
15分
W
バス避難
35km/h
E
3km
10km
WSW
ESE
3km圏内住民避難
注)事故発生から原災法15条事象で定める「原子力緊急事態」の発生までの時間は、事故シーケンス
ごとに設定される。「原子力緊急事態」の発生から15分の通報遅れを見込み、警告時間を設定。
δ
SE
SW
10km圏内住民避難
一次集合場所
SSW
10%
φ
BWR-4
BWR-5
ABWR
BWR-4
--
--
BWR-5
ABWR
TB-δ
■-
▲-
--
■-
TBU-δ
▲-
▲-
--
■-
AE-δ
▲-
●-
▲-
--
TW-θ
▲-
TC-θ
▲-
▲▲
-▲
--
V-ν
●●
▲●
▲●
■●
▲-
●-
▲-
AMの効果(全身線量リスク)
100%
AM無しの線量リスク合計を1に規格値
AE-φ
BWR-3
図 4 想定した避難モデル
※寄与割合
●:50%以上
■:10~50%
▲:1~10%
-:1%未満
90%
ν:26.2%
80%
70%
ν:26.2%
60%
TC-θ:32.5%
50%
30%
TW-θ:30.2%
20%
TW-θ:30.2%
10%
δ:10.4%
AM無し
表 1 プラント別リスクドミナントな事故シーケンス(急性死亡)
1.E-06
TC-θ-WW
TC-θ-DW
1.E-10
1.E-12
1.E-13
1.E-04
健康影響の発生確率(-)
TW-θ-DW
TW-θ-DW
1.E-09
1.E-11
1.E-02
1.E-03
AM無し
AM有り
AE-α
1.E+00
μ,σ
δ
1.E-06
1.E-07
1.E-08
1.E-10
BWR-5(避難無し)
急性死亡
晩発性がん死亡
AM有り
AM 策による低減効果(BWR-5)
1.E+00
TW-θ
TC-θ
1.E-01
δ
μ,σ
υ
1.E-05
1.E-11
1.E-03
1.E-02
1.E-01
CsI放出割合(初期インベントリに対する割合)
α
1.E-04
1.E-09
V-ν
ν
TC-θ
1.E-01
AE-υ-l
1.E-08
図5
1.E+00
TW-θ-WW
TW-θ-DW
TC-θ-WW
TC-θ-DW
1.E-07
δ:1.2%
0%
(左)避難無し、(右)避難有り
ψ-l
ψ-e
υ-l
υ-e
ν
TC-θ
TW-θ
δ
σ
α
TC-θ:16.0%
40%
ν
1.E-02
1.E-03
健康影響の発生確率(-)
BWR-3
図 3 格納容器破損モード別の発生頻度
図6
S
SSE
避難を実施する住民が避難対象区域を越えると、被ばくしないと仮定する。
0%
超過発生頻度(/炉年)
第15条事象発生~通報
α
1.E-04
μ,σ
1.E-05
1.E-06
1.E-07
1.E-08
1.E-09
1.E-10
1.E-11
BWR-5(避難有り)
急性死亡
晩発性がん死亡
1.E-12
1.E-12
1.E-16 1.E-15 1.E-14 1.E-13 1.E-12 1.E-11 1.E-10 1.E-09 1.E-08 1.E-07 1.E-06
1.E-16 1.E-15 1.E-14 1.E-13 1.E-12 1.E-11 1.E-10 1.E-09 1.E-08 1.E-07 1.E-06
発生頻度(/炉年)
発生頻度(/炉年)
CsI 放出割合の超過発生頻度(BWR-5)
図 7 リスクと発生頻度との関係(BWR-5)
石炭ガス化炉から得られる水素を用いた MHD 発電の実現可能性に関する研究
システム情報工学研究科・構造エネルギー工学専攻
博士前期課程1年
201620900
関根一貴
Email:[email protected]
指導教員:藤野貴康 副指導教員:高橋徹,文字秀明
1.研究背景
𝜕
近年,地球温暖化や化石燃料の枯渇といった問題を背景に各国で再生
𝜕𝑥
(𝜌𝑢𝑥2 𝐴) + 𝐴
𝜕𝑝
𝜕𝑥
− 𝐴𝑗𝑦 𝐵𝑧 + 𝑓 = 0
(3)
可能エネルギーの導入が進められている。我が国でも太陽光発電や風力
𝜕
発電の導入が急速に進められている。しかし,これらの再生可能エネル
𝜕𝑥
ギー発電から得られる電力は天気や季節などの自然条件に左右される
ここで,𝜌は質量密度,𝑢𝑥 は流速の𝑥方向成分,𝐴は流路断面積,𝑝は静
ため,その出力電力は安定しない。今後,再生可能エネルギーが大量に
圧,𝑗𝑦 は電流密度の𝑦方向成分,𝐵𝑧 は磁場の𝑧方向成分,𝑓は壁面摩擦損
導入されれば,電力の安定供給が困難になると考えられる。そのため,
失項,ℎ0 は全エネルギー密度,𝑗𝑥 は電流密度の𝑥方向成,𝐸𝑥 は電場の𝑥方
短時間で出力調整が可能な電源を確保する必要がある。
向成分,𝐸𝑦 は電場の𝑦方向成分,𝑞は壁面熱損失項である。
(𝜌𝑢𝑥 ℎ0 𝐴) − 𝐴(𝑗𝑥 𝐸𝑥 + 𝑗𝑦 𝐸𝑦 ) + 𝑞 = 0
(4)
MHD(Magneto-Hydro-Dynamics,電磁流体力学)発電は,磁場が印
電磁力学的諸量の解析には,準一次元近似を施したMaxwell方程式と
加された流路に導電性を持つ作動ガスを流すことによって,流体の持つ
一般化されたOhmの法則から得られる電場および電流密度の式(5)~(8)
エンタルピーを直接電気エネルギーに変換する発電方式である[1]。
を用いた。
MHD 発電機内の電磁流体の変化は最速数ミリ秒オーダーで起こるため,
MHD 発電の電気出力の変化は火力発電や水力発電に比べて速い。この
ように,MHD 発電機は電気出力の応答が速いため,再生可能エネルギ
ー大量導入時の出力調整用電源に適合しうると考えられる。
一方,埋蔵量が豊富で地域的偏在性の少ない石炭の有効利用も課題で
ある。世界の石炭埋蔵量のおよそ半分が発熱量の低い低品位炭と呼ばれ
るものである。低品位炭には,褐炭や亜瀝青炭があるが,いずれも高水
分であり輸送効率が悪い。特に,褐炭は自然発火しやすいため,長距離
𝐸𝑥 = sin2 𝜃𝑑 {
1+𝛽 2 𝐼𝑙
𝜎
𝐴
− 𝑢𝑥 𝐵𝑧 (𝛽 + cot 𝜃𝑑 )}
𝐸𝑦 = −𝐸𝑥 cot 𝜃𝑑
𝜎
𝑗𝑥 =
1+𝛽 2
𝑗𝑦 =
1+𝛽 2
𝜎
(5)
(6)
{𝐸𝑥 − 𝛽(𝐸𝑦 − 𝑢𝑥 𝐵𝑧 )}
(7)
{𝛽𝐸𝑥 + 𝐸𝑦 − 𝑢𝑥 𝐵𝑧 }
(8)
ここで,𝜃𝑑 はダイアゴナル角,𝐼𝑙 は負荷電流である。
輸送や貯蔵に不向きである。以上のことから低品位炭を利用できる地域
解析条件としてシード率,入口全圧,入口全温,質量流量,入口 Mach
は一部に限られている。この低品位炭を石炭ガス化と製造により水素と
数,流路長,流速勾配,ダイアゴナル角,印加磁束密度,負荷電流およ
アンモニアのガスに変換することで運搬性を上げる研究が進められて
び壁温を設定する。表 1 に解析条件を示す。入口全温および質量流量に
いる。
関しては,各全圧条件のもとで事前に実施された断熱火炎温度計算によ
本稿では,水素を作動流体とした MHD 発電機を対象に高いエンタル
ピー抽出率を得る最適な設計条件を提案することを目的とする。
り得られた値を用いる。熱入力の値は標準生成エンタルピーと質量流量
の積により与える。上記の式に Runge-Kutta-Gill 法[2] を適応し,微小
距離𝛥𝑥進んだ位置での流体力学的諸量および電磁気学的諸量を求める。
2.解析手法
このとき,出口の制約条件として出口全圧および出口マッハ数に表 2 の
2.1 熱化学平衡計算
下限値を設ける。また,MHD 発電機の電気出力𝑃𝑤 およびエンタルピー
元素 H,O,N,K から組成される 37 化学種を対象に熱化学平衡計算
を実施する。熱平衡状態における粒子組成は RAND 法を用い,燃焼ガス
抽出率𝐸. 𝐸.は式(9),(10)で求める。
𝐿
の熱力学的諸量と輸送係数を算出する。得られた熱化学平衡計算結果を
𝑃w = − ∫0 (𝒋 ∙ 𝑬) 𝐴𝑑𝑥
(9)
温度と圧力の 1 次関数(1)により補間する。ここで,iは各諸量を表してい
𝐸. 𝐸. = 𝑃𝑤 /𝑄𝑖𝑛
(8)
る。
ここで,𝐿は流路長,𝑄𝑖𝑛 は熱入力である。
𝐹𝑖 (𝑝, 𝑇) = ∑2𝑗=1(∑2𝑘=1 𝑐𝑖𝑗𝑘 𝑝 𝑗−1 𝑇 𝑘−1 )
(1)
3. 熱化学平衡計算および準一次元設計計算結果
MHD 発電機の電力抽出方式の選定のため,各圧力の温度に対する電
2.2 準1次元設計計算
流体力学的諸量の解析には,MHD効果を考慮した圧縮Navier-Stokes
方程式に定常準一次元近似を施した(2),(3),(4)の式を用いた。
𝜕
𝜕𝑥
(𝜌𝑢𝑥 𝐴) = 0
(2)
子移動度の依存性を図1に示す。考慮する温度領域は MHD 発電機の壁
面温度,入口全温より 1000~3000 K とする。
最大エンタルピー抽出条件における流路長および負荷電流に対する
エンタルピー抽出率の依存性を図 2 に示す。本解析条件の範囲において,
表 1 解析条件
Working gas
H2, O2, N2/ K
Seed fraction ratio
3, 5, 7 wt%
Total pressure at inlet of generator
1, 5, 10 atm
Inlet Mach number
Channel length
1.5
1 - 15 m
X-component of fluid velocity gradient
0 - 100 (m/s)/m
Diagonal angle
0 - 90 degrees
Magnetic field
4, 6, 8 T
Load current
100 - 2000 A
図 1 各圧力の温度に対する電子移動度の依存性
表 2 出口制約条件
Exit total pressure
0.9 atm
Exit Mach number
0.9
入口全圧 5 atm, シード率 5 wt%,印加磁場 8 T,ダイアゴナル角 60°
の場合に最大エンタルピー抽出率を得た。なお,流速勾配に関しては,
流路長および負荷電流それぞれの条件においてエンタルピー抽出率が
最大となる値を設定している。また,エンタルピー抽出率が 0 %の動作
点は,制約条件を満たす流路形状が得られないことを表す。最大エンタ
ルピー抽出率は,流速勾配 100 1/s,流路長 5 m および負荷電流 1400 A
のとき 23.4 %となった。
最大エンタルピー抽出条件における各圧力のダイアゴナル角に対す
るエンタルピー抽出率の依存性を図 3 に,電気変換効率の依存性を図 4
に示す。
図 2 最大エンタルピー抽出条件における流路長および負荷電流に対す
るエンタルピー抽出率の依存性
4. 考察
図 1 から電子移動度は圧力の増加により,減少するのが分かる。本解
析で圧力の最大値は 10 atm であるから電子移動度の最小値はおよそ
0.1 となる。電子移動度に磁場を掛けたものがホールパラメータである
から,本解析において,その値はおよそ 1 となる場合が多数である。よ
って,電力抽出方式はダイアゴナル型が妥当であると言える。
図 2 から最大エンタルピー抽出条件において,流路長が長くなる程,
負荷電流が増加することが分かる。また,流路長が長くなる程,エンタ
ルピー抽出率が高くなっていることが分かる。
図 3 からダイアゴナル角が大きくなるファラデー型発電機に近いほど
高いエンタルピー抽出率を得ていることが分かる。また,その値は比較
図 3 最大エンタルピー抽出条件における各圧力のダイアゴナル角に対
的低い入口全圧のときに高くなっている。図 4 から電気変換効率は,ダ
するエンタルピー抽出率の依存性
イアゴナル角の増加に対し,入口全圧 10 atm では減少傾向が見られ,5
atm ではダイアゴナル角 30°のときに減少傾向から増加傾向に転じる
様子が見られ,1 atm では増加傾向が見られた。以上より,最大エンタ
ルピー抽出条件において,入口全圧が比較的低いとき,ダイアゴナル角
の増加に対し,高い電気変換効率で高いエンタルピー抽出率を得ている
ことが分かる。
5. 結論および今後の課題
高いエンタルピー抽出率を安定して得る最適な設計条件を提案する
ため,設計条件を変化させ,そのエンタルピー抽出率の依存性を調べた。
その結果,最大エンタルピー抽出条件において,ダイアゴナル角の増加
図 4 最大エンタルピー抽出条件における各圧力のダイアゴナル角に対
に対し,入口全圧が比較的低いときに高い電気変換効率で高いエンタル
する電気変換効率の依存性
ピー抽出率を得ることが明らかとなった。
今後は,多次元解析により電極電圧降下等の設定パラメータの妥当性
5. 参考文献
を評価する。また,アンモニア燃焼ガスを作動流体とした MHD 発電機
[1] R. J. Rosa, “Magnetohydrodynamic Energy Conversion,” McGraw-Hill,
に対してもその発電性能を評価する。
New York, (1968).
[2] 宇野利雄: 「計算機のための数値計算」, 朝倉書店, (1972).
永久磁石を搭載したノズル内回転アークの消弧過程に関する軸対称二次元解析
システム情報工学研究科 構造エネルギー工学専攻
指導教員:藤野貴康
博士前期課程 1 年 垂石早紀
副指導教員:石田政義,横田茂
Email: [email protected]
1.
はじめに
電力用ガス遮断器は,事故や落雷により発生する故障電流を
遮断し,他の機器や電力系統を保護する装置である。ガス遮断
器は,電極を空間的に切り離したのち,電極間に発生する高温
で高い導電性を持つアークプラズマにガスを吹き付けて冷却
し,消弧することで電流の遮断を行う。
ガス遮断器の消弧性能を高める方法のひとつとして,永久磁
図1 解析領域
石や電磁石を用いた外部磁界印加が提案されている。磁界を印
加すると,磁界とアークプラズマの相互作用によってローレン
ツ力が発生し,アークが回転する。アーク形状のスパイラル化
によるアーク長の増加,アーク電圧の上昇が期待されている。
また,周囲のガスへの熱輸送の増加によるアークの冷却促進,
ならびにガスの吹き付け圧力の増加も見込まれている。
外部磁界印加によってガス遮断器の性能を向上させるべく,
これまで実験と数値解析の両方から研究が進められてきた。ガ
ス遮断器の消弧ガスとして一般に用いられる SF6 を用いた実験
[1]や数値解析[2],環境負荷の高い
目される
図2 電極間の電気的条件
SF6 の代替ガスとして近年注
CO2 を用いた実験[3]や数値解析[4]によって,外部磁界
印加によるアーク電圧の増加や消弧室内の圧力の上昇が確認
された。また,作動ガスによる外部磁界印加の効果の差異も示
された。
筆者は,外部磁界印加による効果のうちアークの回転による
冷却促進の効果に注目するため,これまで一様磁界を印加し,
構造の単純な Ar を作動ガスとした軸対称二次元電磁流体解析
図3 磁界印加条件
関係式を用いた。また,作動ガスはArとした。
を行ってきた。アークの回転によって対流冷却が促進され,ア
図1に解析領域を示す。解析に用いたノズルの形状は,Frind
ーク電圧が上昇することを示した[5]が,これは強いローレンツ
らの実験[6]に使用されたノズルに基づいたものであり,ラバル
力を得やすい理想的な条件下での結果である。本稿では,より
ノズルと一対の円柱状電極から構成される。解析条件は図2に
現実的な条件でのアークの回転による冷却促進効果を明らか
示すような三つの電圧印加モードに分かれている。定電流モー
にすべく,永久磁石を用いて解析を行った結果を報告する。
ドではDC 1 kAに電流を固定し定常場を作成した。電流減衰モ
ードでは電流減衰率d𝐼/d𝑡 = −13.5A/μsでアーク電流を低下さ
2.
数値解析手法
せた。過渡回復電圧印加モードでは,電圧上昇率dV/dtをパラメ
本研究では軸対称二次元電磁流体解析を実施した。支配方
ータとし,電極間に生じるポストアーク電流を評価した。図3に
程式には,流体場はMHD相互作用と放射熱損失を考慮した上
印加磁束密度分布を示す。これは永久磁石の磁場分布に基づい
で質量保存式,運動量保存式および全エネルギー保存式の三
たものであり,入口側電極(Anode)中に永久磁石を搭載するこ
式を用いた。電磁界の支配方程式には,一般化されたオーム
とを想定している。定常アークに印加される径方向の磁束密度
の法則,電流連続式および静電界とスカラーポテンシャルの
の最大値は,図3中の点Aにおいておよそ0.2 Tである。
3.
結果および考察
定電流モードにおけるアーク電圧は,磁界のない場合は661
V,磁界のある場合は 696 V であった。図 4 に磁界のない場合
と磁界のある場合の温度の二次元分布の比較を示す。磁界の印
加によりアークが縮小し,また中心軸付近の温度が上昇するこ
とがわかる。温度の上昇は電気伝導率の増加に繋がるため,ア
ーク電圧は減少すると考えられるが,アークの縮小によるアー
ク電圧の増加が上回り,磁界のある場合の方がアーク電圧が高
いと考えられる。紙面の都合上,図を省略するが,磁界のある
場合は軸方向流速の 10 %程度の周方向流速が生じている。こ
図 4 温度の二次元分布の比較
のとき,周方向流速により増加した径方向の運動量と釣り合う
Arc Conductance [S]
ような径方向の圧力勾配が生じており,中心軸付近の圧力は周
囲より低い。また,この圧力差に見合うような負の径方向流速
が生じている。
図 5 にアークコンダクタンスの推移を示す。いずれの電流値
でも磁界のある場合の方がアークコンダクタンスが低い。電流
零点付近のアークコンダクタンスは,磁界のない場合は 0.059
1.5
1.0
0.5
without B
with B
S,磁界のある場合は 0.041 S であった。紙面の都合上,図は
0
0
示さないが,いずれの電流値でも磁界のある場合の方が高温領
400 600 800
Arc Current [A]
1000
図 5 アークコンダクタンスの推移
域が狭く,アークが縮小していた。磁界のある場合はアークの
回転によって増加した運動量と釣り合うような圧力勾配が生
1.5
Post-arc Current [A]
じるため,中心軸付近の圧力が周囲より低くなる。定電流モー
ドと同様にこの圧力差と釣り合うような負の径方向流速が生
じるため,アーク外縁部の内部エネルギーが中心軸側に輸送さ
れてアークが縮小すると考えられる。
図 6 にポストアーク電流の経時変化を示す。アークを消弧可
能な最大の過渡回復電圧上昇率(RRRV)は,磁界のない場合は
1.0
る場合の方が RRRV の値が大きい。しかし,電圧印加直後のポ
RRRV [kV/ s]
With B
Without B
0.019
0.013
0.020
0.014
0.5
0
0
0.013 kV/μs ,磁界のある場合は 0.019 kV/μs であり,磁界のあ
10
20
30
Time after Starting the Application of d V/dt [s]
図 6 ポストアーク電流の経時変化
ストアーク電流の立ち上がりやその減衰の速さには,磁界の有
無による顕著な差異は見られない。
200
作動ガスを SF6 や CO2 とした解析を実施し,さらに現実的な
条件下での検討を行う。作動ガスによるアークの回転による冷
4.
まとめと研究計画
却促進効果の差異やその要因についても考察する。
本研究では,永久磁石を搭載した際のアークの回転による冷
文 献
却促進効果を明らかにすることを目的とし,ノズル内のアーク
(1)
プラズマに対して軸対称二次元電磁流体解析を行った。永久磁
石の搭載によってアーク電圧の増加,アークコンダクタンスの
(2)
低下,過渡回復電圧上昇率の増加が見られた。磁界のある場合
(3)
はアークの回転によって径方向流速の向きが変化し,アークの
(4)
中心部分に熱エネルギーが集中することでアークが縮小する。
これらの結果は,永久磁石の搭載によるアークの回転がガス遮
(5)
断器の消弧性能向上に有効であることを示唆している。今後は
(6)
T. Mori, et al., 7th International Workshop on High Voltage
Engineering, ED-10-060, SP-10-027, HV-10-022, 2010.
S. Hirayama, et al., IEEJ Transactions on Electrical and
Electronic Engineering, Vol. 11, No. 4, pp.410-416, 2016.
T. Yoshino, et al., Plasma Physics and Technology Journal,
Vol.2, No.2, pp.211-214, 2015.
竹松俊彦ら,新エネルギー・環境研究会,FTE-13-34,
pp.65-70, 2013.
垂石早紀ら,平成 28 年電気学会全国大会,
,A301-C4,
6-005, 2016
G.Frind, et al., IEEE Trans. Power Appar. Syst., 93 167584, 1974.
ホールスラスタ内部のプラズマの可視化
システム情報⼯学研究科
構造エネルギー⼯学専攻
博⼠前期課程 1 年 縄本 ⼤輝
指導教員:横⽥ 茂 副指導教員:藤野貴康,嶋村 耕平
E-mail:[email protected]
1.
研究背景・⽬的
宇宙推進機は,化学推進と⾮化学推進に⼤別される.⾮化
学推進の1つである電気推進は,燃費の良さからすでに実⽤
化が始まっており,特にイオンエンジンは⼈⼯衛星に搭載さ
れ,実績も出している.
図 1 に⽰すように,イオンスラスタは 104 オーダーに及ぶ
⾼い⽐推⼒(燃費の指標)を持つにも関わらず,推⼒密度は唯
⼀,102 オーダーを下回っていることがわかる.
⼀⽅で,ホールスラスタは,化学推進以上の⽐推⼒とイオ
ンスラスタ以上の推⼒密度を有している。最近では,宇宙に
おける⼤型構造物の建設のための物質輸送や衛星の軌道間の
移動など,⽐較的⼤きな推⼒を必要とするミッションにおい
ても電気推進の利⽤が検討されていることから,ホールスラ
スタは活発に研究されている段階である.
の関係性を調査し,放電電流振動の物理現象の解明を⽬指
す.また,放電安定性と推進性能の関係を調査し,安定作動
範囲を広げる⽅法を調査することを⽬的とする.
2.
ホールスラスタの作動原理
⼀般的なホールスラスタは図 2 のように円筒状の形をして
いる.
まず,チャンネル内には,アノードとカソードによる軸⽅
向の電場と,磁気回路により⽣成された半径⽅向の磁場が作
られている.カソードから放出された電⼦の⼀部は,上流に
向かう途中で磁場にトラップされて周⽅向にドリフト運動を
始める.これによる電流がホール電流であり,ホールスラス
タという名前の由来である.
電⼦がこのようにしてチャネル内を運動する⼀⽅で,アノ
ード側からは推進剤が流⼊される.推進剤原⼦は電⼦と衝突
し,正の電荷を持つイオンと負の電荷を持つ電⼦に電離す
る.ここで⽣じた電⼦もドリフト運動を⾏うが,イオンは軸
⽅向電場によって加速され,これが静電的加速,すなわち加
速源となる.この過程における中和は,カソードが同時に中
和器の役割を担っており、そこから供給される電⼦によって
イオンが中和され,チャンネルは準中性に保たれている.
図 1:各推進機の推⼒密度と⽐推⼒の関係[1]
ホールスラスタ作動時の固有の問題として放電振動が挙げ
られる.放電振動が引き起こす問題は,推進効率や耐久性の
低下,さらには作動の不安定性の要因となっている.信頼性
と耐久性が求められる宇宙空間でのミッションに適応させる
ために,この現象の物理的解明や振動の抑制が課題となって
いる.
過去の研究[2]から,数値解析(PIC 法)によるとプラズマの
分布(電離状態)が放電振動の安定性と関係していることがわ
かっている.
また,放電振動は,磁場に敏感であり,ホールスラスタの
安定作動範囲を狭めている原因であるという研究結果も存在
する[3].
通常のホールスラスタでは,内部の環境や計測機器のプラ
ズマへの擾乱を考えると,プラズマの分布,特にアノード内
部の上流〜下流に及ぶ分布を知ることは困難である.
このことから,⼆次元的なホールスラスタを作成すること
で本来は⾒ることのできないプラズマの可視化を試みる.ホ
ールスラスタを⼆次元的に切り取り,マイカプレートではさ
み込むことで可視化を可能にする.
プラズマを可視化することで,プラズマの分布と放電振動
図 2 :ホールスラスタ概略図
3.
⼆次元ホールスラスタの設計
加速チャンネルで磁場を 30[mT]程度得られるように⼆次
元ホールスラスタを設計した.
このとき,⼀般的なホールスラスタにおいて,質量流量密
度の下限は 0.136[mg/(s•cm2)]であることが知られている
[1]
。
また,放電電流の最⼤値は 4[A],当研究室の実験設備か
ら決まるキセノンの質量流量は 1.36[mg/s]である.
4.1 磁気回路の設計
ここでは,先ほどの値から磁気回路を図 3 に⽰すように
考えることで,以下の表 1 の値を算出した.ここで,上部
と下部のコイルの巻き数は統⼀している.
また、装置の⼤体の⼨法(1 辺の⻑さや断⾯積)もここで決
定した。
して計算を⾏った.解析の結果,コイルや磁気シールドに⽤
いる電磁軟鉄が最⼤ 200[℃]とキュリー温度(770[℃])を超え
ず,アノードに⽤いる銅が最⼤ 620[℃]で融点(1085[℃])を超
えないことが確認できた.キュリー温度とは,強磁性体が常
磁性体に変化する転移温度、もしくは強誘電体が常誘電体に
変化する転移温度のことである.
図 3:磁気回路
表 1:磁気回路で算出した数値.
300
コイルの巻き数 N
出⼝⾯積[mm2]
奥⾏き[mm]
出⼝幅 x[mm]
1029
74
14
4.2 磁場解析
3.1 で求めた⼤まかな⼨法と,当研究室で作動しているホ
ールスラスタの材料を参考に,解析ソフト FEMM(Finite
Element Method Magnetics)を⽤いて磁場解析を⾏った.そ
の結果を図 4 に⽰す.また,アノード間の中点の鉛直⽅向
磁場を縦軸,中点軸上の内部から外部への距離を横軸とし
た時のグラフを図 5 に⽰す.加速チャンネルは横軸の
79~84[mm]のところであり,その区間の磁場の平均をとる
と約 29.1[mT]であった.また,アノード内部に磁場が⼊り
込むと推進効率に影響が出ることがわかっている[2]が,今
回の結果では磁気シールドを挿⼊したため,⼊り込みを少
なくできている.
図 6:熱解析結果
4.4 図⾯作成
3.2~3.4 を繰り返すことで,パーツの⼲渉や熱膨張の影
響を緩和するための公差を考え,解析にフィードバックし
ながら⽬標の磁場が期待できる⼨法を決定し,図⾯を作成
した.3DCAD を⽤いて描いた今回の装置の全体図を図 7
に⽰す.この装置の両サイドからマイカプレートで挟み込
み,内部の観測を可能にする.
図 7:⼆次元ホールスラスタ
結論
過去の論⽂のデータや実験設備から決まる数値を⽤いて⼆
次元ホールスラスタの設計を⾏った.磁場解析ではおおよそ
の⽬標を達成し,熱解析でもキュリー温度や融点を超えるこ
とがないということがわかった.また,公差も含めた図⾯も
作成した.
5.
今後の予定
実際に製作を⾏い,作動試験を⾏う.その後,プラズマを
可視化する.そして,放電振動の有無とプラズマの関係性や
放電安定性と推進性能の関係,安定作動範囲についても調査
する.
4.
図 4:磁場解析結果
参考⽂献
図 5:鉛直⽅向の磁場と距離の関係
4.3 熱解析
同じく FEMM を⽤いて熱解析を⾏った.結果を図 6 に⽰
す.ここでは,アノード先端に 1000[W]がかかることを想定
[1] 栗⽊恭⼀,荒川義博[編].
『電気推進ロケット⼊⾨』.2003.p.21
[2] S.Yokota, et al., 『Space Potential Fluctuation in an
Anode-layer Hall Thruster』
[3] ⼭本直嗣ほか,『アノードレイヤ型ホールスラスタの
作動特性』,⽇本航空宇宙学会論⽂集
Vol.51,No.596,p.492-497,2003
[4] S.Yokota, et al.,
『Magnetic Topology to Stabilize Ionization
Oscillation in Anode-layer-type Hall Thruster』