陽電子ナノ物性研究 - 量子ビーム科学研究部門

(一般向け資料)
量子科学技術研究開発機構
プロジェクト「陽電子ナノ物性研究」(高崎地区)の横顔
―なんナノ―
「陽電子」という素粒子を
使って物質の隠された性質
を解明する
ホー、ホー、陽電子は
電子の反物質なんだ
蛍光スクリーンで観察した
陽電子ビーム像(中央の輝点)
どんな研究をしているのですか?
私たちは、素粒子の一種である「陽電子」を使って
「物質の性質」を調べる研究を行っています。「陽電
子」にしかない特徴を活かして物質を分析する点が、従
来の研究と異なっています。ただ、陽電子を使った分析
手法は、そのすべてが確立されているわけではありませ
ん。これは、陽電子と物質の相互作用についてまだ分か
らないことが多く残されており、それ自体が自然科学の
研究対象になっているからです。そこで私たちは、陽電
子の基本的な振る舞いを十分に解明するとともに、陽電
子の特徴を使った革新的な分析手法を開発しています。
物質が示す様々な性質を解明するための分析手法は、
産業に役立つ新しい物質を創生するうえで欠かすことが
できません。この際、物質のどういった性質をどれくら
いの精度や感度で観測することができるかが、その分析
手法の性能を決めます。
そこで私たちは、陽電子を使った物質表面や電子スピ
ンの分析法の確立を目指して、陽電子と物質表面の相互
作用と陽電子と電子のスピンの相互作用を詳しく調べて
います。
一緒に研究するプロジェクトのメンバーです。
陽電子の研究は難しくもありますが、
未知の探究と、その先にある新しい可能
性の開拓に大いなるロマンを感じていま
す。
(河裾厚男)
(ちょっとお勉強コーナー)
「陽電子」ってなぁに?
私たちの身の回りにある物は、それ以上分割できない素粒子
からできています。素粒子が集ることで中性子や陽子ができ、
さらに原子や分子となって物質が作られます。どんな素粒子に
もその反粒子(反物質)というものがあります。それらは互いに
結びつくと高エネルギーの光(ガンマ線)を出して消滅し、逆に
高エネルギーの光から対となって生成します。電子も素粒子で、
その反粒子が陽電子です。陽電子は、その電荷が電子と反対の
プラスである点を除くと、質量などの性質は電子と殆ど同じで ↑陽電子(e+)と電子(e-)が衝突す
す。陽電子は、1928年に英国の物理学者ディラックによって るとガンマ線を放出して消滅する
理論的に存在が予言され、その後、米国の物理学者アンダーソ
ンによって発見されました。
(一般向け資料)
ー高崎量子応用研究所では物質材料の新たな分析手段となる
量子ビーム技術の研究開発を進めていますー
物質表面におけるポジトロニウム生成の研究
物質の表面では、電子と陽電子が結合した「ポジトロニウ
・ム」ができやすい環境が揃っています。このポジトロニウム
・は十分解明されてないことが多いのでそれ自体が重要な研究
対象です。さらにその振る舞いを観測することで表面の電子
・の状態を知ることができます。このようにして得られる物質
表面電子の性質は、他の分析手法では中々得ることができな
いため、ポジトロニウムは新しい分析手法として期待されて
います。そこで、私たちは最新鋭の実験技術と理論的計算手
・法を使ってポジトロニウムの生成メカニズムを詳しく調べて
います。
↑ポジトロニウムのエネルギー分
布と角度分布を測定する装置
・
・
陽電子の回折現象を使った物質の表面構造の研究
・
・
・
物質表面の原子配列は内部とは異なっているため、その性
質も内部とは異なります。物質の表面は、化学反応やナノ物
質を創製するための場としても利用することから、その原子
配列の決定は極めて重要です。そこで、陽電子が物質の表面
第一層で回折する現象を利用して、従来の分析手法では解析
できなかった表面第一層の原子配列を高精度に決定すること
が期待されています。そこで、私たちは非常に強度の強い陽
電子を使った陽電子回折手法を開発しています。
・
←陽電子回折パターンを観測するためのビーム形成装置
・
・陽電子のスピンを使った物質中の電子スピンの研究
物質には磁石になるもの(磁性体)があり、物質中に含まれる電子
のスピンがその起源になっています。近年、情報機器の省エネル
ギー化や高速化の観点から、エレクトロニクスと磁性体を融合し
た省エネルギーで高速動作が可能な新しい素子の開発が進められ
ています。このため、電子スピンを観る新しいツールの開発も求
められるようになってきました。そこで私たちは、陽電子のスピ
ンを使った電子スピンの検出技術を開発しています。最近、物質
の最表面に蓄積された電子スピンや、物質中で規則正しく配列し
た原子が一個抜けた孔(原子空孔)にある電子スピンの検出に成功し
ています。
スピン偏極した電子を検出するための装置→
(一般向け資料)
ー私たちの実験の様子をちょっと紹介しますー
↑実験データ揃えなくちゃ→
↑↓陽電子で他で研究し
てないことにチャレンジ
↑実験装置は手作りです↑
陽電子はいろいろな
研究や材料開発に役
立ちます。
↑実験を体系化するため理論は大事だね↑
(一般向け資料)
最近のトピックス
陽電子を使って電子スピンの検出感度を上げるためには、陽電子のスピンを一方向に
揃えることが必要です。スピンが揃っている度合いをスピン偏極度と呼びます。私たち
は、高エネルギーの陽子線を用いた核反応により放射性同位体を生成し、高いスピン偏
極度を持つ陽電子を得ることに成功しました。
ところで、近年、物質中を流れる電子と原子核との間の磁場により、もともとゼロで
あった電子のスピン偏極度が大きくなる現象が見つかっています。これは電流誘起スピ
ン蓄積と呼ばれ、次世代のエレクトロニクスで重要な役割を持つと考えられています。
電流によって誘起されたスピンは物質の最外層に蓄積されますが、それを直接観測でき
る手法がありませんでした。そこで私たちは、陽電子のスピン偏極度と表面選択性に着
目し、銀とビスマスの接合体への電流印可により界面で発生したスピンが、それぞれの
最外層に蓄積している様子を観測することに初めて成功しました。
二銀電
つの流
の界印
層面加
中にに
を生よ
伝じり
搬たビ
しスス
てピマ
行ンス
くがと
。、
↑世界最高レベルのスピン偏極陽電子ビーム装置
↑ビスマスと銀の接合体からなる試料の模式図
私たちが現在取り組んでいる陽電子と物質の相互作用に関する研究は、少なくとも
10~20年先を見据えたものです。ひとつひとつ研究を積み重ね、陽電子の特徴を活
かした新しい分析技術を開発し、物質材料の基礎研究や産業応用に役立てて行きたい
と考えています。
また、現在利用できる陽電子は、その強度が非常に
弱く、陽電子を用いた分析技術を研究レベルから実用
レベルに押し上げるためには、高強度の陽電子を作り
出すことが望まれます。これには大規模の実験施設が
必要になりますので、日本はもとより世界の研究者た
ちとも協力し、必要な研究施設の実現も目指します。
皆に役立つ研
究に育ってね。
問い合わせ先:国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構
量子ビーム科学研究部門 研究企画室
住所:〒370-1292 群馬県高崎市綿貫町1233
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