8 論 説 平成26・27年度日医委員会答申を受けて その3 日本医師会には多数の委員会が設置されており、概ね2年ごとに報告書または答申を作成している。 それらの文書の中から、会員に重要と思われるポイントを当医師会の担当理事にまとめてもらい、毎号 3ないし4編ずつ本会報に掲載する。原文は日本医師会ホームページ「メンバーズルーム」で閲覧可能 である。 母子保健検討委員会 母子保健部担当理事 柳 【答申の骨子】 妊娠・出産を経て、子どもが成長して次の世代 を担う若年成人に至る成長過程におけるわが国の 保健・医療の諸課題を示し、その解決に向けた具 体的対策を検討した。 【10の課題とその対策】 1.安心して安全に妊娠、出産し子育てができる 環境の整備 1)子どもを持ち・育てることの喜びを感じら れる環境・社会的コンセンサスの醸成 2)妊娠・出産・子育てへの支援 3)生活する地域での出産・子育てが可能なシ ステムの構築 4)出産から子育てへ 不妊治療に多くの予算措置を行っているが費用 対効果は高くない。自然に妊娠し、出産できる女 性への手厚い支援をより一層前面に打ち出すべき であろうとまとめられ、同感である。2015年4月 に公表された中間答申では、①子育て支援、②経 済・雇用および男女共同参画、③価値観の変革を 3つの柱としている。具体的な子育て支援として ⑴産婦人科・小児科・かかりつけ医と連携した「日 本版ネウボラ」の創設、⑵中学生向け教材と教育 現場への支援、⑶普遍的な子ども医療費の助成制 新潟県医師会報 H28.9 № 798 原 俊 雄 度の確立、⑷全国どこでも安心して出産、子ども を診てもらえる医療提供体制の整備、⑸保育・教 育の充実が必要とされ、⑴に対しては4,484億円、 ⑵に対しては352億円、⑶に対しては6,200億円、 ⑷に対しては既存の予算で対応、⑸に対しては 9,300億円の予算規模が示された。まさに国にとっ て重要な少子化対策の根幹をなすものであり、早 期の実現に向け努力すべきである。 2.増加する子どもの貧困問題と児童虐待 わが国の17歳以下の子どもの相対的貧困率(等 価可処分所得中央値の半分を下回る群)は16.3% で、現在も増加傾向にある。母子家庭の母親の就 労率が高いにもかかわらず貧困率が高い。さらに 子どものための施策に用いられる公的支出がわが 国では GDP の1.3%で、OECD35 ヶ国中下から9 番目である。フランスでは子育てに GDP の3% が支出されている。2021年における子どもの貧困 率を10%未満にすることが目標とされているが、 現在まで具体的な施策はとられていない。虐待へ の防波堤としては child death review 体制の構築 が必要である。 9 3.学校や職場を通じた母子保健についての健康 教育 1)出産年齢の高齢化 2)低出生体重児の増加 3)女性の妊孕性への理解 4)性感染症に関する健康教育の必要性 出産の高年齢化が進むなかで、生物学的に母子 ともに安全である時期に出産ができるよう、若い 世代に対して親となり子育てをすることについて の情報提供とともに、仕事と子育てが両立できる ような社会的環境対策・支援が重要である。わが 国では出生時体重の減少傾向がみられ、成人病胎 児期発症説からみると、将来のわが国では成人のメ タボリック症候群だけでなく、発達障害や統合失調 症などの精神疾患も増加することが懸念されている。 4.発達障害児・者と家族への支援 発達障害(自閉症、学習障害、注意欠陥多動性 障害等)の児童生徒は、文部科学省の調査でも毎 年増加傾向にあり、学校や職場における対応が課 題となっている。社会のなかで適切な人間関係を 構築し、二次的障害の発生予防や自立・社会参加 を可能にしていくために、①5歳児健診を含めた 乳幼児健診や家庭・保育・教育の場での気になる 子どもの拾い上げとその後の丁寧な経過観察、② 必要な時期に診断や今後の個別的支援計画を立て るための専門医療機関に繋げる体制作り、③専門 医療機関からの情報をもとにした関係機関 (医療・ 保健・福祉・教育・労働など)での切れ目のない 適正な支援のネットワークの構築が必要となる。 そのためには発達障害に関わるさまざまな人材を 重層的に育成することが重要である。 5.思春期医療の整備 日本小児科学会は思春期医療の推進を図るた め、毎年講習会を通じた啓発活動を行っているが、 現状はまだまだ不十分である。わが国では母子健 康手帳が導入され、母子保健の現場で極めて役に 立っている。現在、就学時までの記録の記載を基 本としているが、これを若年成人にまで延長して 記録として残すことのできる「小児健康手帳」を 導入することが提案された。 6.慢性的に身体・発達・行動・精神状態に障害 を持ち何らかの医療や支援が必要な思春期の 子どもや青年と彼らの成人への移行 小児慢性疾患などの治療成績の向上により、以 前では小児期に死亡していた患者が長期生存でき る時代となった。一方、小児期、思春期に発達障 害やうつなどを発症する患者が増加している。こ のような子どもが成人に移行してからもさまざま な障害や合併症を持ち、治療や支援を必要として いる。日本小児科学会は小児期発症疾患を有する 患者の移行期医療に関する提言を公表している。 7.子どもや青年の在宅医療への支援 在宅医療の必要な子どもの実数は不明である が、1万人以上いることが推測されている。在宅 医療を受ける子どもや青年が高齢者の地域包括ケ アと同様なケアを受けることのできる体制を構築 することが大きな課題となっている。また、その ようなケアを担う医療提供者への診療報酬上の評 価も担保されるべきである。 8.予防接種体制の整備 国の責務として、今後全国47都道府県ですべて の子どもたちがいつでもどこでも、安心してすべ ての予防接種を無料で受けられるよう、全国的な 広域化を進めるべきである。 9.well child への対応を視野に捉えた小児保健・ 医療体制の構築 実地医家や小規模・中規模病院小児科医にとっ ては、今後の小児科医としての基本的姿勢に大き な変革が求められる。感染症に関連した子どもの 病気への対応の頻度は今後減少し、感染症に関連 する患者の入院も減少することが予想される。一 方、予防接種や子どもの発達評価などの業務は減 ることはなく、むしろ増加すると思われる。これ まで対応することが少なかった本来健康な子ども (well child) や青年のこころや身体に関する相談・ 対応も重要な課題である。米国のように、子ども は3歳から21歳になるまで年1回かかりつけ医に 十分に時間をかけた丁寧な個別健診を受けること のできる制度が、わが国の思春期から若年成人を 対象として導入されることが強く望まれる。小児 科医の多くは今後 well child にも向き合う基本姿 勢 が 求 め ら れ て お り、 し た が っ て well child disease-oriented pediatricsを目指すべきである。 10.保育環境の整備 少子化時代の子どもと家庭環境の変化により、 保育所が現代の子育て支援の中心的な役割を担わ ざるを得ない状況になっている。単に保育所の数 を増やせばすむことではなく、保育所の保育の質 が十分に担保されるものでなければ全く意味がない。 【総括】 今回の母子保健検討委員会の答申は平成27年4 月の中間答申を経てまとめられたものであるが、 10項目の提言はいずれもこれからの小児保健・医 療において重要な課題であり、国として目指すべ き指針である。基本的な法整備として理念法であ る「成育基本法」の早期制定が望まれる。 新潟県医師会報 H28.9 № 798 10 組織強化検討委員会 -医師会組織強化に向けた検討結果- 総務部担当理事 堂 前 洋 一 郎 会長諮問「医師会組織強化に向けた方策の検討」 では6回にわたり検討がなされた。 組織率の向上を図るべく開業医、勤務医、研修 医師会活動への理解の深化に向けて、大学に おける講義を拡充するように協力要請を行う。 地域の実情に則した地域医療構想の策定と地 医に対する方策の検討をおこなった。 域包括ケアシステムの構築に向けた地域のネッ 1.直ちに取り組むべき施策 トワークつくりに向けて必要な支援を行うとと 1)医師会入会メリット等紹介ツールの作成 もに都道府県医師会、郡市区医師会に対して協 特に若手医師を対象とした医師会入会メリッ 力要請を行う。 トなどを簡単に紹介するツールを作成の上、都 道府県医師会、郡市区医師会に提供する。 2)研修医会員の医師会への帰属意識の醸成 研修医を対象に学術面のほか、生活面での支 2)地域の医療・介護の担い手である医療機関の 経営の健全・安定化に向けた適切な財源の確保 と税制面からの支援 3)新専門医制度や医療事故調査制度など、社会 援に必要な情報を広く発信するなど、医師会へ と医療を結ぶ新たな制度の円滑な実施と運営 の帰属意識を高めていくための取り組みの実施 開業医や勤務医などの実態調査から問題点を 3)郡市区医師会事務局との組織強化に向けた思 挙げ、実際に行うべく施策をあげているが、こ いの共有 の報告書の前にいくつかの都道府県医師会で行 入会手続きの窓口になる郡市区医師会事務局 われていた研修医の会費無料化が会員確保に効 のモチベーションを上げる取り組みを通じて、 果があったことから、日本医師会の会費も研修 組織強化に向けた思いの共有を図り、会員サー 医に関して無料にすべきとの提案が都道府県医 ビスのさらなる向上を図る。 師会からあったことを踏まえて、本委員会から 2.中期的に取り組むべき施策 日本医師会に対して、研修医に対する会費の無 1)医師会入退会、移動手続きの簡素化 料化を提言し、その後の平成28年3月の日本医 この問題は医師会はもともと別の組織法人で 師会定例代議員会で採択されている。 あることに問題があり、地域の事情を考慮しな この検討会ではなぜ医師会に入会し、組織率 がら都道府県医師会が移動の簡素化を図るよう を上げ、組織を強くしなければならないのかと にすべきである。 いう根本的な話し合いがなく説得力に欠ける。 2)実質的な入会義務化に向けての取り組み 本来の医師会の使命を医師全員で共有し合うこ 医師資格証のさらなる活用の場の整備や、保 とによって、強い医師会ができるのではないか 険医登録の際の医師会の新たな関与に向けた協 と思う。そうすれば自ずと医師会に入会する医 議を厚生労働省と実施するなど医師として活動 師も増加し、強い医師会ができれば国民により していくに当たり、医師会への入会が当然必要 よい医療が提供できることになり、国民の理解 となるような環境整備をはかるべきである。 も深まる。今でも日本医師会は日本で唯一の大 3.引き続き取り組むべき施策 きな医師の職能集団であって、国の医療政策に 1)都道府県医師会、郡市区医師会への協力要請 ものが言える集団であることを特に勤務医に浸 三層すべてに加入していない所属会員に日本 透させるべきと考える。単に組織率を上げるだ 医師会まで加入するように協力要請を行う。 新潟県医師会報 H28.9 № 798 けでは本当に強い医師会はできない。 11 介護保険委員会 -生活者を中心においた地域医師会と地域行政による 『多機関・多職種連携 「プラットホーム」 』 の構築- 社会保険部担当理事 川 諮問事項: 「地域包括ケアを構築するための多職 合 千 尋 3. 「かかりつけ医」の役割の明確化について 種連携のあり方について~地域医師会 「かかりつけ医」は、生活者が自分らしい生活 を中心にして~」 を継続するために、日常的に生活者本人、その家 1.生活を途切れさせず、速やかに戻すための医 療の充実 族や地域の自助・互助力を引き出し、また医療や 介護を活用できる能力を養えるような働きかけを 地域医師会と市区町村行政(以後 地域行政) 行うことが重要である。また、地域に密着して、 とが一体となって、地域の生活者の理解と協力を バックベッド(後方支援病床)やレスパイト等の 得て、多機関 ・ 多職種と共に、地域特性を踏まえ 役割を担う病院と、 「かかりつけネットワーク」 た地域包括ケア体制づくりに取り組む必要があ との協働により、生活を支援するシステムを地域 り、日本医師会ならびに都道府県医師会は、特に に構築して、生活機能をできるだけ低下させない 地域のリーダーを担う「かかりつけ医」の人材育 医療・介護の活用を図る意識醸成が不可欠である。 成に力を入れなければならない。全国レベルで展 4.入院医療機関、行政、地域の生活者との関わ 開されつつある在宅医療・介護連携推進事業の推 り方 進には、市区町村と地域医師会との連携が重要で 入院治療においては、入院前から「かかりつけ ある。介護保険の真意は QOL の向上であり、 「安 医」との連携を意識して、退院後は「かかりつけ 心していつでも必要なケアが受けられる」だけで ネットワーク」に託すことを家族や本人に確かめ はなく、あくまで自立支援であることを、住民は ながら、適切な入院計画を立てて受け入れる仕組 もちろん医療従事者・介護従事者側の理解促進を みを確立していくことが重要である。 図る必要がある。 住み慣れた地域での生活の継続を目的とした、 2.多機関・多職種連携の推進 多機関・多職種連携による 「かかりつけネットワー 多機関・多職種同士が互いに目標と役割を確認・ ク」を地域医師会が中心となって構築し、地域ケ 共有してそれぞれの機能を引き出し合いながら、 ア会議を活用するなど、地域包括ケアの核として フラットな関係でコミュニケーションを図り、連 運営することで、行政からの信頼度を上げて、明 携を推進し、地域の生活者を中心により柔軟に必 確な目標設定と戦略策定、コミュニケーション促 要な機能が発揮される場づくり、 いわゆる多機関・ 進のもと、地域行政との水平的な協働体制を構築 多職種連携の目的達成協働体による「プラット することが地域医師会に期待される。 ホーム」を構築することが今回の答申の核である。 地域の生活者主役のためには、主役の求めるも 「プラットホーム」 を構築し運営するには、 「コミュ のを引き出し実現するために医療や介護が名脇役 ニケーションの場づくり」と「ささやかな介入」 を果たす意識が前提である。しかし、生活者の理 がキーポイントであり、また「プラットホーム」 解を深め心構えを醸成するには、現状の地域行政 を活用するためには、集まるだけでなく、 「アウ と住民の関係では難しいと言わざるを得ない。医 トリーチ」は欠かせない。 療や介護の立場から、 「かかりつけ医」を中心に 多機関・多職種が協働して取り組むことが最も現 実的かつ効率的である。 新潟県医師会報 H28.9 № 798 12 広報委員会 広報部担当理事 佐 藤 信 昭 日本医師会(日医)広報委員会は、平成26年10 られたのでポイントを紹介する。 月より、 「日医を国民に理解してもらうための方 広報委員会からの提言 策」ならびに「日医の組織強化に向けた方策」に 日医という組織を国民に理解してもらうため ついて鋭意検討を重ねてきた。 に、広報テーマを全国で統一する、世論形成に強 日医ニュースでは活字の書体や数字の表記をよ い影響力を持つ方々を活用する、広報の専門家の り読みやすくし、都道府県医師会の活動を広く全 意見を取り入れる、 若手医師の意見を参考にする、 国の会員に知らせるために「都道府県医師会だよ 国民の関心事に注意を払う、テレビの活用を更に り」のコーナーを新たに設置した。勤務医委員会 進める、意見広告にも工夫を凝らす、新たな広告 の協力により「勤務医のページ」の内容を更に充 手段を活用することなどが提案された。一方で、 実させた。さらに平成28年4月より日医ニュース 効果の低いものは取りやめるなど、その改善を図 が日本医師会 e-Library(日医発行の各種刊行物 ることを求めている。 をスマートフォン、タブレットなどで読める電子 日医の組織を強化し、入会を促進するために、 書籍サービス)に掲載されるため、そのデザイン 日医を紹介する冊子を作成し、医師会に入会して を検討した。日医ホームページでは、 ニュースポー 良かったこととして多くの会員が挙げる「人との タルサイト「日医 on-line」を創設、また「診療 つながりを持てること」をもっとアピールする。 報酬について」のコーナーも設け、会員の先生方 また医師会費の使途についても広報していくべき が日医の主張や考えを理解しやすいように工夫を であると提言している。奥 律哉氏(電通総研)は、 行った。 効果的な広報のポイントは、情報洪水の中で関心 また国民に対しても新たな広報手段として、平 のきっかけを作ることであると述べている。その 成27年 5 ~ 7 月 の 3 カ 月 間、JAL の 機 内 誌 ためには世代別に、コミュニケーション行動を把 『SKYWARD』に意見広告「日本の赤ひげ 空か 握することが大切である。例えば、若者の情報源 らの便り」を掲載した。各地域で活躍されている はスマホであり、その拾う情報は身の回りのこと 医師の活動を紹介するとともに、日本の医療制度 が主体で、趣味、恋人、友人、家族のことなど半 のすばらしさ、「かかりつけ医」を持つことの意 径3メートルのコミュニティに関するものであ 義などについて解説し、理解を求めた。 り、社会のことには関心が薄い。一方、テレビ 日医のイメージをアップするための今後の広報 CM は不特定多数に対する聞き流し広報の効果が 活動方針を定めるために20 ~ 69歳の一般の方を 大きい。対象による広報手段の選択が、効果的な 対象に日本医師会イメージ形成要因調査を行った 広報には重要である。 ところ、日医という組織を、国民は、何となく知っ おわりに てはいるが詳細は分からない、という状態にあっ 会員を増やして組織を強化するためには、国民 た。情報がほとんどない中で、数少ない報道や昔 の日医に対する理解と支援が欠かせない。これま のイメージ等により、日医は「利権を守る圧力団 での「圧力団体、利権団体」という負のイメージ 体」であるとの負のイメージを持っている人が多 を払拭するためにも、災害時の日医の活動など、 くいることが明らかとなった。 命を預かる仕事に携わる医師会員の様子を積極的 今回、2年間にわたる委員会での議論の結果が に広報し、国民が抱く医師のイメージをより高め 「広報委員会からの提言」という形で取りまとめ る機会が不可欠である。 新潟県医師会報 H28.9 № 798
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