GMP監査

リスクベースによる
GMP監査
実施ノウハウ
古澤久仁彦
著
はじめ に
監査には定型があるわけではない。また,監査を掘り下げる深さに限度があるわけで
はない。それは,GMP システムの整備には“完璧”がないのと同じである。
もし監査の際,
“完璧な GMP システムを有している”と宣言する製造所があった場合
には,疑って監査に臨む必要がある。100% 完全に信頼できるシステムは存在しないとい
う現実を受入れ,常にリスク・不確実性が存在するシステムの中で,どのようにリスク・
不確実性を最小限にするか,甘受できるレベルに縮小して管理することができるかが
GMP 運用の本質である。そして,そのための一手段が,監査なのである。
入念に準備したチェックリストに基づいて監査することは,基本的な手法かもしれな
いが,それのみでは,リスク・不確実性を縮小,管理するためには十分とはいえない。
まずは,
“リスクとは何か”を見つけることが監査の原点である。リスクを見つけ,その
リスクが拡大する傾向にあるのか否か,管理(是正)すればリスクは甘受できる規模に
縮小するか否かを判断することが本質である。
監査員は,適切な教育訓練をくりかえし,現場での実践を積むことが重要であること
はいうまでもないが,探偵のような目でリスクを見つけ,そのリスクの本質を類推でき
る素質を育成することが,実効性のある監査を実施するうえで何よりも重要であると筆
者は考えている。本書がその一助になれば幸いである。
2016 年 8 月 古澤久仁彦
1
監査実施の基本事項
監査員の素質
監査の目的を達成するためには,まず第一に監査先に潜在するリスクを,適切かつ迅
速に探り出す能力が要求される。
そのために,監査員は GMP 関連法規・基準(たとえば ICH Q シリーズ,PIC/S GMP,
CFR210/211/850,FDA の各種ガイダンス,厚生労働省令・通知,医薬品医療機器法等)
に精通していることはもとより,薬学・化学・微生物学の基礎知識や,医薬品製造現場
についての知識,品質管理・品質保証業務の経験があることも場合によっては必要に
なってくる。また,事象を観察して,潜在するリスクを演繹的に導く力,発見する能力,
さらには,現状の欠陥を是正した後の状況下で予測される今後のリスクを感受する能力
も備えておく必要がある。
しばしば監査員は,初心者を教育訓練し,監査能力を伸ばして育てるのではなく,
GMP 運用に携わった経験をもつ担当者の中から,潜在的な監査能力・洞察力を有してい
る人材を候補者として選抜し,実務での教育訓練を通じて監査員としての素養を育んで
いくことがある。監査員に求められる能力を表 1.1 にまとめた。
表 1.1 監査員に求められる能力
規制・ガイドラインの知識
⿟PIC/S⿟
⿟
GMP をはじめ
各国の GMP
⿟FDA
⿟
各種ガイダンス
⿟GQP
⿟
⿟ICH⿟Q
⿟
シリーズ
⿟医薬品医療機器法
⿟
など
2
事象の観察能力
薬学等に関する専門知識
医薬品製造現場に
関しての知識
⿟潜在リスクの把握
⿟
⿟薬学
⿟
⿟設備に関する知識
⿟
⿟確認すべき事項の把握
⿟
⿟化学
⿟
⿟手順書等の適切性に関
⿟
と質問内容の明確化
⿟監
⿟ 査先とのコミュニ
ケーション能力
など
⿟微生物学
⿟
など
する知識
⿟製品ごとの製造現場の
⿟
特徴
など
2
品質マネージメント
2.1 原則
2.10品質は原薬の生産に関係する全ての人々の責任であること。
2.11製造業者は,効果的な品質マネージメント体制を確立し,それを文書化し,実施す
ること。なお,この品質マネージメント体制は,経営者及び製造に従事する者が積極
的に関与すべきものであること。
2.12品質マネージメント体制には,組織構成,手順,工程,資源の他,原薬が目的とす
る規格に適合する信頼性を保証するために必要な活動が含まれていること。品質に係
る全ての活動を明確に示し,文書化すること。
2.13品質部門は製造部門から独立し,品質保証(QA)及び品質管理(QC)の責任を果
たすこと。なお,品質部門は,組織の規模及び構成により,別々の QA 部門及び QC 部
門の形態をとる場合があり,また,個人又はグループの形態をとる場合がある。
2.14中間体・原薬の出荷判定者を特定すること。
2.15品質に係る全ての活動は,それを実施した時点で記録すること。
2.16設定手順からの逸脱は,いかなるものも記録し,その内容を明らかにすること。重
大な逸脱については,原因を調査し,その調査内容及び結論を記録すること。
2.17原材料,中間体,原薬等(以下「原材料等」という。)は,品質部門の評価が十分に
完了するまで,出荷・使用を行わないこと。ただし,10.20 に示された区分保管中の中
間体・原薬の出荷,もしくは評価が未完了の原材料・中間体の使用を許可する適切な
システムが存在する場合はこの限りではない。
2.18 規制当局の査察,重大な GMP の逸脱,製品欠陥及びこれらに関連する措置(例え
ば,品質に係る苦情,回収,規制への対応等)について,適切な時期に責任ある経営
者又は管理者に報告する手順書を用意すること。
30
監査の視点
3
⿟品質方針は,この製造所の人員すべてを対象にしていますか?
⿟
⿟そこには経営者も含まれていますか?
⿟
⿟各部門の責任者が決められ,その責任範囲は文書化されていますか?
⿟
⿟品質部門は,製造・営業部門から独立しており,他の部門の影響を受けずにその業務
⿟
ケーススタディ
質問例
原薬GMPに沿ったリスクベース監査実施ノウハウ
照査する文書例:①品質方針,②職務記述書,③組織図
を行っていますか?
ますか?
⿟⿟ICH⿟Q7に規定された事項は文書化され遵守されていますか? 文書を示してください。
⿟⿟経営層にはGMP上の重大な事項が報告されますか? その手順は文書化されていますか?
監査のポイント
品質マネージメントは,GMP の骨格をなすシステムの総称であり,品質方針,職務記
述,組織図からなる基本文書に,GMP の全体が集約されている。監査で照査する点は,
必要な職務・責任範囲が決められ,職務に適した,教育訓練を受けた人材が指名されて
いるか,QMS の運営上必要な数の資格を有する人材が登用されているか等である。また
常勤,契約社員,臨時社員の個別の数を把握する。品質システムの中で重要な役割を担う
部門は兼任,非常勤のような勤務体系は認められない場合がある。また,GMP は経営層
を含め全社で取り組むシステムであることが規定,認証されているかも確認する。品質
部門は,製造・営業部門から完全に独立・分離された組織でなければならない。GMP の
3 原則を推進するために必要な文書・手順が揃っていることを確認することが必須であ
る。
Check
リスク・観察事項例
⿟⿟品質部門が独立していない,GMP・QMS に必要な文書が揃っていない場合は,
コンプライアンス上の重大なリスク・観察事項である。
⿟⿟職務の兼任が多い場合は,リスク・観察事項である。特に製造部門と品質部門
の責任者が兼務となっている場合は,品質保証が十分できない可能性の重大な
リスク・観察事項である。
⿟⿟経営層が GMP/QMS に関与していない場合は,コンプライアンス上の重大な
リスク・観察事項である。
31
2
品質マネージメント
⿟QMS
⿟
の範囲を示してください。原料の受入れから出荷までのすべての活動が含まれ
2.2 品質部門の責任
2.20品質部門は,品質に係る全ての事項に関与すること。
2.21品質部門は,品質に係る全ての文書を適切に照査し,承認すること。
2.22独立した品質部門の主要な責任は委任しないこと。
監査の視点
照査する文書例:① GMP 組織図,②職務規定
質問例
⿟品質部門は積極的に品質問題に関与していますか?
⿟
⿟活動の実例を示してください。
⿟
⿟他部門に委嘱している責任の一覧とその承認文書を示してください。
⿟
⿟品質部門が照査・承認している文書の一覧を示してください。
⿟
監査のポイント
品質部門が積極的に品質問題に取り組むことが要求されている。監査では,品質部門
がどの程度積極的に品質問題に関与しているかを確かめる。計画書(プロトコール)の
作成 ・ 承認,変更管理・逸脱管理に品質部門(QA)が関与しているか,また全体像を掌
握して,監査の席上で品質部門が対応するかを確認する。特に,品質部門の責任者が掌
握しているかである。他の部門に委嘱している責任事項として,品質部門に特有なもの
までも委嘱していないことを確認する。
Check
リスク・観察事項例
⿟⿟品質部門が積極的に品質問題に関与していない,責任者が部下に任せて品質問
題を掌握していない場合は,品質保証が十分に行われていない,もしくは是正
が適切に行われていない重大なリスク・観察事項である。
⿟⿟品質部門が他部門に委嘱している責任事項が,出荷判定,品質検査の判定,逸
脱処理等の重要事項も含んでいる場合は,品質保証上,不適合品が恣意的に出
荷される可能性の重大なリスク・観察事項である。
32
3
1. 全ての原薬の出荷判定。また,中間体を製造した企業の管理体制の範囲外で当該中
間体が使用される場合において,当該中間体の出荷判定。
2. 原料,中間体,包装材料及び表示材料について,合否判定体制を確立すること。
3. 原薬を出荷配送する前に,該当するロットの重要工程に係る全ての製造指図・記録
及び試験室管理記録を照査すること。
4. 重大な逸脱が,調査し,解決されていることを確認すること。
ケーススタディ
原薬GMPに沿ったリスクベース監査実施ノウハウ
その責任は文書化され,かつ,以下の事項を含むこと。
5. 全ての規格及び製造指図書原本を承認すること。
2
品質マネージメント
6. 中間体・原薬の品質に影響する全ての手順を承認すること。
7. 内部監査(自己点検)が実施されていることを確認すること。
8. 中間体・原薬の受託製造業者を承認すること。
9. 中間体・原薬の品質に影響する可能性のある変更内容を承認すること。
10.バリデーション実施計画書及び報告書を照査し,承認すること。
11.品質に係る苦情について,調査され,解決されていることを確認すること。
12.重要な装置の保守・校正のために効果的なシステムが用いられていることを確認す
ること。
13.原材料等に対して,適切に試験が行われ,その結果が報告されていることを確認す
ること。
14.適切な場合には,中間体・原薬のリテスト日又は使用期限及び保管条件を裏付ける
安定性データが存在することを確認すること。
15.製品の品質の照査を実施すること(第 2.5 章で規定)。
監査の視点
照査する文書例:①品質方針と QA の責任文書
質問例
⿟品質部門の責任を説明してください。
⿟
⿟何名が品質部門に所属していますか?
⿟
⿟品質関連の職務は分担していますか?
⿟
⿟(担当者を指名して)責任範囲を示してください,兼務の責任は何ですか?
⿟
33
監査のポイント
品質部門は,GMP/QMS では中心的な存在である。このため,品質部門が監査におい
ても中心的,積極的に品質問題,GMP の課題に関わっているかが監査で確認すべき中心
的事項となる。また,監査の際には必ず品質部門の責任者が同席して,監査の進行を行
うのが理想像である。なお,すべての承認書類を品質部門が照査して,訂正を指示して
いるかを監査の中心にしても過大ではない。
Check
リスク・観察事項例
⿟⿟品質部門の責任が明確にされていない,担当者が任命されていない,品質部門
の人数が少なく,兼任を続けている状態であれば,品質保証が十分に行われて
いないリスク・観察事項である。
⿟⿟品質部門が積極的に品質問題に関与していない,GMP の諸問題に対して中心
になり取り組んでいない等,品質部門の役割があいまいであれば,品質保証が
行われていない,是正機能が有効でない,もしくは不適合品が恣意的に出荷さ
れる可能性の重大なリスク・観察事項である。
2.3 製造部門の責任
製造部門の責任は,文書化され,かつ,以下の事項を含むこと。
1. 文書化された手順に従って,中間体・原薬の製造指図を発行し,照査し,承認し,配
布すること。
2. 予め承認を受けた製造指図に従って,中間体・原薬を製造すること。
3. 全てのロットの製造指図・記録を照査し,当該製造指図・記録が完結し,署名されて
いることを確認すること。
4. 製造時の全ての逸脱が報告され,評価され,重大な逸脱が調査され,その結論が記録
されていることを確認すること。
5. 製造設備が清浄であり,また,必要な場合には消毒・滅菌されていることを確認する
こと。
6. 必要な校正が実施され,その記録が保管されていることを確認すること。
34
3
8. バリデーション計画及び報告書が照査され,承認を受けていることを確認すること。
9. 製品,工程又は装置について変更しようとする内容を評価すること。
10.設備及び装置が新規である場合,及び改修した場合であって,必要と認められる場
合には,当該設備及び装置の適格性を確認すること。
監査の視点
照査する文書例:①品質方針,②職務規定
品質マネージメント
2
ケーススタディ
原薬GMPに沿ったリスクベース監査実施ノウハウ
7. 設備及び装置が保守され,その記録が保管されていることを確認すること。
質問例
⿟製造部門の責任範囲を説明してください。
⿟
⿟これらの責任範囲を文書化していますか? 文書を示してください。
⿟
監査のポイント
製造部門の職務範囲が,ICH Q7 に規定されたすべての条項を満たしていることは当
然であるため,通常製造部門の責任範囲を規定した文書に記されている。
実際にプラントツアーを行ったときに,規定された職務が行われているかの確認を行
う。特に問題になった事例では,規定された職務の実施記録が適切に残っていないこと
が多く報告されているので,確認は必須である。
Check
リスク・観察事項例
⿟⿟品質方針,製造部門の責任が,Q7 の要求項を満たしていない場合は,コンプラ
イアンス上の重大なリスク・観察事項である。
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