共に育つ

巻頭言
共に育つ
千房株式会社 代表取締役
中井 政嗣
安倍総理は「一億総活躍社会」の目標を掲げられた。誰もが活躍できる社会をつくるということ
だ。お好み焼専門店千房を創業して 42 年。創業当時は人手不足で悩み苦しんだ。猫の手もかりた
い程、切羽詰まった状態が続いた。面接にきてくれた人はすべて即採用した。その中に非行少年、
少女や元受刑者が入社していた。やがて彼らは立派に店長になり、幹部に成長した。
奈良県の農家に生まれ育った私は勉強が嫌い。学業成績も悪い。家が貧乏。中学を卒業後、私は
社会に出た。千房が全国展開時、母親に「私がこうなるなんて考えられたか」と質問した。「まさ
かお前がこんなになるなんて思わなかった」
。私のことを誰よりも知っている母親ですら人の成長
はわからない。人間は誰でも「無限の可能性を持っている」と私は確信したのだ。
その様な採用実績を知った法務省から受刑者就労支援の依頼を受けたのは 2008 年 12 月のこと。
今では大卒の学生も採用できる会社になっている。敢えて前科者を採用することに社内でも賛否両
論。最終的に社長が責任をとるということで、前代未聞の刑務所内での採用募集が始まった。山口
県美祢社会復帰促進センター(PFI 刑務所)である。応募者の面接には私と人事部長がセンターに
出向いた。面接者全員に泣かされた。すべて家庭崩壊だった。勿論本人が悪いに違いないが、私は
彼らの犯した罪を咎められなかった。やがて内定を出した二人が仮出所してきた。彼らの身元引受
人となり、住まいも提供した。しかも、このことを全従業員に通知した。この就労支援の取り組み
はオープンにしようと考えたからだ。出所した受刑者の受け皿は社会だ。社会の偏見を少しでも緩
和させられたらと思った。マスコミも大きく取り上げた。記事を読んだ日本財団から支援するので
積極的に採用して欲しいと強く要望された。私の親しい企業に声をかけて、2013 年 2 月に大阪で
就労支援団体「職親プロジェクト」が日本財団と 7 社の手によって設立された。親のような愛情を
もって生き直しをさせる世界初の取り組みとしてマスコミが大きく報道した。そのことによって支
援の輪は東京に拡がり、福岡・和歌山そして神奈川にプロジェクトが誕生する。昨年からは国の奨
励金も始まり、既に 60 社の企業が参画している。
反省は一人でもできるが更生は一人ではできない。皆の協力が必要なのだ。創業時より過去は変
えることができないから問わない。しかし、自分と未来は変えられる。振り返れば学歴も能力もな
かった私だが、色々な人達によって支えられて今がある。経営も教育もマラソンではなく駅伝だ。
再犯率が増え続けている。しかも無職。再犯を犯せばまた大きな税金が注がれる。出所者が職に就
けば納税者に変わり、被害者の方達にも罪を償えるだろう。職の有無には大きな違いが生まれる。
近い将来、元受刑者が立派に店長となり、お世話になった少年院や刑務所で面接・採用をすること
で受刑者の希望となってくれることを切に願う。一線を越えてしまった受刑者が更生する姿に感動
する。彼らを受け入れてくれた店舗のスタッフが優しくなった。そして、また活気に満ち溢れてい
る。教育しているつもりが彼らに教えられ、学んでいることが沢山あるのだ。共に育つ。これこそ
が「共育」なのかもしれない。正直失敗を重ねて心が折れそうになることもあった。ことごとく情
をふみにじられることもあった。ただ、人間には人間の想像を越える何かがある。おかげさまで、
受け入れる心の器も大きく、強さも増したように思う。比べず、焦らず、諦めず。社長としてこん
なやりがいや生きがいのある取り組みはない。
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ファイナンス 2016.9