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Title
1965年以前の米国の外貨換算会計 (1)
Author(s)
嶺, 輝子
Citation
経営と経済, 69(4), pp.131-143; 1990
Issue Date
1990-03
URL
http://hdl.handle.net/10069/28421
Right
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1965年以前の米国の外貨換算会計(1)
嶺輝子
1.はじめに
米国において公的な権威ある機関から,外貨換算会計に関する意見が最初
に公表されたのは,1930年代に入ってからであった。アメリカ会計士協会(後
に,現在のアメリカ公認会計士協会に改称)の会計手続特別委員会(特別の会
計問題が生じた都度,それに関する意見表明を行うことを目的として,1918
(1)
年に組織された機関)は,1931年12月に公報第92号「外国為替差損」を,
(2)
1934年1月に公報第117号「外国為替差益の会計処理に関する覚え書」を公
表した。公報第92号には,1922年9月にシカゴで開催されたアメリカ会計士
協会の年次総会においてアシュダウン氏によって報告された論文「支店会計
(3)
における外国為替の処理」を,優れたものであるから注目した旨が特記さ
れており,暗に参考にすることが推奨されている。それはともあれ上記の
二つの公報は,アメリカ会計士協会の審議会ないし執行委員会によって検討
・承認を受けた上で公式に採択されたものではなく,会計手続特別委員会の
委員達の私的意見を表わしたものであった。アメリカ会計士協会によって公
式に採択された最初の意見は,会社の財務報告を統一化するために,「一般
に認められた会計原則」の確立を目指して設置された会計手続委員会(会計
(1)
AIA,
Bulletin
Losses,"
(2)
AIA,
December
Bulletin
Accounting
(3)
Cecil
of the American
for Foreign
of Accountants
No.92,
"Foreign
Exchange
Institute
of Accountants
No.117,
"Memorandum on
in Branch-Office
Accounting,"
1931.
of the American
S. Ashdown,
The Journal
15,
Institute
Exchange
"Treatment
of Accountancy,
Gains,"
of Foreign
October
1922,
January
1 1 , 1934.
Exchange
pp. 262-279.
1
3
2
経営と経済
手続特別委員会と会計原則形成特別委員会とを統合して 1
9
3
6年に組織され,
1
9
3
8年に実質的な活動を開始)によって, 1
9
3
9年 1
2月に公表された会計調査
研究公報第 4号「在外事業と外国為替」
であった。これは,先の会計手続
特別委員会から公表されたこつの公報の意見を基礎としたものであった。
さらに,第二次世界大戦後の 1
9
4
9年には,多くの外貨に大幅な平価切下げ
があったことから,同年の 1
1月に,アメリカ会計士協会の調査研究部門は,
「外貨の平価切下げから生ずる会計問題」
と題する覚え書きを公表した。
そして,この調査研究部門の覚え書きによって補足された会計調査研究公報
9
5
3年 6月に発表された会計調査研究
第 4号は,若干の修正を加えられて, 1
公報第 4
3号「会計調査研究公報の再述および改訂」の第 1
2章「在外事業と外
国為替」
に組み入れられたのである。アシュダウン氏の報告論文を初め,
上で列挙したアメリ力会計士協会の一連の公表物によって勧告されてきた
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)と呼ばれる換算方法が,
「流動・非流動法 J(
ここに最終的な完成を見たのである。
しかし,この流動-非流動法は, 1
9
5
0年後半には,早くも貨幣,非貨幣法
(
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d
)という新しい換算方法の提唱によって批
9
6
5年に会計原則意見書第 6号が公表されるまでは,唯一
判されたものの, 1
の公式に認められた換算方法であったのである。そこで,本論文では,公表
された年代順にアシュダウン氏の報告論文,公報第 9
2号および第 1
1
7号,会
, 1
9
4
9年覚え書,それに会計調査研究公報第 4
3号の第
計調査研究公報第 4号
1
2章を取り上げ,米国における流動-非流動法による外貨換算会計の歴史的
発展について検討することにする。
(
4
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9
6
5年以前の米国の外貨換算会計(1)
1
3
3
2.アシュダウン「支庖会計における外国為替の処理」の検討
アシュダウン氏が 1
9
2
2年 9月に開催されたアメリカ会計士協会の年次総会
で報告した当時は,第一次世界大戦後で,金本位制が崩れ,為替相場が非常
に不安定な時代であった。第一次世界大戦以前までは,金本位制を採用して
いる国で設立された在外子会社または在外支屈の場合には,為替レートを安
定または固定したものとして扱っても不都合はなかったが,戦後においては,
為替レートは,特に,戦争に直接的に関係のあった国々において猛烈に変動
しており,若干の例外を除き,為替レートの安定性は,あらゆる意味で失わ
れたのである。このような状況では,従来のように固定(平価)レートで外
貨建取引を換算したり,また在外子会社ないし在外支庖の外貨表示財務諸表
を換算することは,在外事業の実態について経営者に誤解を与えることにな
るのである。
アシュダウン氏の報告は,このような為替相場の不安定な状況の下で,ア
メリ力会計士協会の会員である会計士が,在外子会社や在外支屈を有する企
業から,在外事業の財務諸表の作成や,それらと親会社または本屈の財務諸
表との連結ないし結合についてアドバイスを求められたとき,適切なアドバ
イスをするに当たっての一つの参考資料に供するためのものであった。また,
当時の在外事業の多くは,米国の会社が製造した製品を海外で販売するため
のものであり,その目的のために在外子会社なり在外支庖が設立されたので
ある。したがって,在外事業は,米国の会社の国内事業の単なる延長である
にすぎなかった。このことから,アシュダウン氏の報告は,米国で製造業を
営む会社が,自社製品の海外販売を目的とする在外子会社ないし在外支庖を
有する場合を想定して,外貨換算会計の問題について考察している(なお,
本稿では,以下「在外子会社」という用語を「在外支庖」を含めた意味で,
また「親会社」という用語を「本庖」を含めた意味で用いることにする)。
アシュダウン氏によると,外貨換算に関しては,会計士は次の三つの点に
(
7
)
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2
6
2-2
6
3
.
1
3
4
経営と経済
留意する必要があるという。
① 親会社の会計記録は,在外子会社への投資を適切に示さなければなら
ない。また,この投資に影響を及ぼすような為替差損益については,親
会社の帳簿に計上しなければならない。
② 在外子会社の会計記録は,その財務状態を,現地の観点から正確に示
さなければならない。また,当該在外子会社の損益に影響を及ぼす為替
差損益については,当該在外子会社の帳簿に計上しなければならない。
①
親会社と在外子会社の貸借対照表および損益計算書は,連結財務諸表
が連結の観点から真実な状態を反映するように連結されなければならない。
1
)
在外子会社側の会計記録および(
2
)親会社側の会計記録と換
そこで以下, (
算・連結について検討することにする。
(
1
) 在外子会社側の会計記録
在外子会社は,現地の観点から,その財務状態を正確に示さなければなら
ない。特に,
ドル建てで発生する親会社に対する真実の負債を示さなければ
ならない。そのためには,親会社からドル建てで供給される製品に係る負債
と,現地での固定資産の取得に係る負債(固定資産が別途に前受けした資金
によって取得されたのではなく,株式資本投資による資金で取得された場合
には,かかる負債は発生しなし、)とに区別して考慮、しなければならない。前
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)の行われる親会社勘定の貸方に記入
者の負債は交互計算 (
され,製品代金の親会社への支払いおよび現地稼得利益の親会社への送金は,
親会社勘定の借方に記入される。
また,在外子会社の利益は,現地支配人への報酬算定の基礎となるととも
に,現地税務当局への法人所得税の申告のための基礎にもなるので,正確に
算定-表示されなければならない。そのためには,親会社からドル建てで
購入した商品の原価,親会社に対するドル建て債務,期末棚卸高および売上
原価をいかなるレートで換算するかが,重要な問題となる。アシュダウン氏
(
8
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5
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1
9
6
5年以前の米国の外貨換算会計(1)
1
3
5
によると.理論的には,次のような換算および会計記録が行われなければな
らないという。
①
親会社からの商品取得日
親会社が,他の販売業者に対するのと同様に,国内の価格表の価格で在外
子会社にも製品を販売していると仮定する。そして,在外子会社が親会社か
らの商品を取得した日の現地通貨の為替レートが,平価レートよりも下落し
ていたと仮定する。この場合,平価レートと取得日の為替レートとの差によ
る為替差損は,購入した商品の原価に含められなければならない。つまり,
ドル建て購入価格を当該商品の取得日に通用している為替レートによって換
算した額が,購入商品の原価であるということである。そして,その取得日
の為替レートで換算された原価を,棚卸資産勘定に借記するとともに,親会
社勘定に貸記するのである。
② 商品購入代金の決済日
商品の取得日と購入代金の決済日との間には時間的ズレがあり,その問に
為替レートが変動した場合には,その結果として生ずる為替差損益は,金融
的性質の項目として,原価に含められる為替差損益とは区別され,損益計算
2取引観」
書に計上されなければならない。これは,明らかに,今日 1
と
呼ばれている処理法の主張である。
①決算日
期末には,販売した商品の原価を棚卸資産勘定に貸記するとともに,売上
原価勘定に借記しなければならない。親会社に対する未決済負債と期末棚卸
資産については,決算日に通用している為替レートで再表示し,結果として
生ずる借方または貸方差額を,金融的性質の為替差損益として損益計算に算
入しなければならない。但し,もし親会社に対する未決済負債に係る為替差
損益と,期末棚卸資産に係る為替差損益を合算した正味結果が,貸方差額(差
益)になるならば,当期の利益とするよりもむしろ準備金勘定に貸記する方
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2
6
6
.
12取引観」に基づく処理法につては,拙稿「外貨建取引の換算に関する問題点 (
I}
J
経営と経済, 6
9巻 l号 (
1
9
8
9年 6月
)
, 76~79頁を参照していただきたい。
(
1
1
)
(
J
2
J
1
3
6
経営と経済
が健全な実務であると考えられている。
なお,アシュダウン氏によると,実務では大量の取引が行われる場合には,
上記の理論的な処理法の線に沿っての簡略化された方法が採用されることに
なるだろうという。また,親会社と在外子会社との聞の勘定計算の一致を容
易にするためには,親会社勘定を,
ドル建てと固定(平価)レートによる現
地通貨建ての両建てで表示して交互計算を行うとともに,親会社から購入し
た棚卸資産勘定についても同様の両建て表示を行うのが望ましいとする。そ
して,もし現地通貨の価値が変動する場合,つまり為替レートが変動する場
合には,在外子会社の財務状態を正確に示すために, I
第 2棚卸資産勘定」
および「第 2親会社勘定」を設定し,それら第 2勘定に,カレント・レート
での換算額と固定レートでの換算額との差額を計上することが必要であると
L、ぅ。換言すれば,親会社と在外子会社聞の交互計算を容易にするために,
固定(平価)レートでの換算表示をする第 1勘定が必要であり,そして,第
1勘定において固定レートで換算表示されている棚卸資産や負債額を,それ
ぞれカレント・レートによる実際の額に修正するために,第 2勘定が必要で
あるというのである。そして,親会社からドル建てで購入した期末棚卸資産
を実際の価値(期末の為替レートによる換算額)に修正するために「第 2棚
卸資産勘定」に計上される修正額と,親会社に対する未決済のドル建て負債
を実際の負債額に修正するために「第 2親会社勘定」に計上される修正額と
の差額は,期首以来の為替レートの変動による正味為替差損益を意味するも
(
る
のであり,在外子会社の損益に影響を及ぼす為替差損益と考えられるのであ
(
2
) 親会社側の会計記録と換算・連結
親会社側の帳簿には,通常,①在外子会社への株式資本投資,②在外子会
社に販売(供給)した商品に対する売掛債権,および①現地での固定資産の
取得またはその他の目的での支出のために別途に提供した金銭債権,を表示
する勘定が設定されなければならない。さらに,在外子会社に対して販売
1
(3
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9
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5年以前の米国の外貨換算会計(1)
1
3
7
(供給)した商品以外の流動資産への投資に係る為替差損や,現地通貨で送
金を受ける配当額に係る為替差損に備えて,為替準備金勘定が設定されなけ
ればならない。この為替準備金は,連結財務諸表において,在外子会社の換
算後財務諸表に生ずる借方差額(一般に借方差額が生ずる。そして,この借
方差額は,次に述べる流動・非流動法によって換算された結果として生じた
ものであるから,在外子会社の流動資産への投資に係る為替レートの下落に
起因する親会社の為替差損を意味する)と相殺される。もし為替準備金が換
算後財務諸表に生ずる借方差額よりも小さい場合には,その不足差額分は,
為替差損として当期の損益計算に算入されると同時に,為替準備金勘定に貸
記されるのである。
次に,連結財務諸表を作成するためには,その前段階として,在外子会社の
外貨表示財務諸表をドル表示に換算する必要がある。在外子会社の財務諸表項
目の換算に際しては,通常,次のような一般原則が適用されることになる。
a 固定資産……購入時に通用していた為替レートか,または購入期間に
通用していた平均為替レートで換算する。その理由として,固定資産は
一般に事業の用に供するためのものであり,かっ現地に存続しつづける
ものであって,為替レートの変動に応じて〔その現地での価値が〕変化
するものではないということが指摘されている。ただ,為替レートが平
価レートから著しく下落した場合には,この原則に固執する必要はなく,
また特殊な場合には,個別的に取扱われなければならない。
b 流動資産および負債……決算日に通用している為替レートで換算す
る。親会社勘定および親会社から購入した棚卸資産については,それぞ
れについて,第 1勘定と第 2勘定の期末残高合計を決算日レートで換算
する。流動資産および負債を決算日レートで換算する理由は,それら流
動資産および負債が,決算日に清算されるならば生ずるであろう価値で
表示されなければならないからであるということが指摘されている。
C
準備金(または引当金)……現地の偶発事象に備えて設けられたもの
1
3
8
経営と経済
である場合には,決算日レートで換算する。しかし,固定資産に対
する減価償却引当金については,当該固定資産の換算に適用した
レートと同じレートで換算しなければならない。
d 期首剰余金……期首に通用している為替レートで換算する。
e 損益項目……期中平均レートで換算する。かなりの期間にわたって,
損益の発生する取引の量に期間的なむらがあり,かつ為替レートの変動
が著しい場合には,加重平均レートで換算した方が,一層適切である。
また,月次計算書を作成している企業の場合には,各月毎の平均レート
で換算した方が,年次平均レートで換算するよりも一層公正な数値とな
る。なお,固定資産の減価償却費については,当該固定資産と同じ基準
に基づいて換算されなければならない。しかしながら,減価償却費の換
算のためにレートを継続的に修正して行くことは困難であるため,換算
されたドルで表示された固定資産の額に基づ、いて,
ドルによって減価償
却費を計算するという方法が用いられることになる。
以上述べたように,在外子会社の貸借対照表項目のうち,流動資産および
負債,それに現地の偶発事象に備えて設けられた準備金(または引当金)の
各項目については決算日レートで,その他の項目については取得日レートで
換算されるため,換算後貸借対照表は,貸借が一致しないことになる。多く
の在外子会社では,流動資産の一部は,過年度から留保・累積されてきてい
る剰余金や,投資された時のレートで永久的に資本化される株式資本,の充
当によって取得されているので,結果として借方差額になることが多い。そ
れ故,その借方差額は,剰余金や株式資本によって調達された資金で取得さ
れた,為替変動の影響を受ける資産に係る(つまり,剰余金や株式資本の一
部が,為替リスクにさらされる流動資産に形を変えたことに伴なう)為替差
同
もし,期首剰余金が過去の各期間において留保・累積されてきたむのである場合,
当該剰余金を一律に期首の為替レートで換算すれば,剰余金勘定は,その実際の価値
以上(または以下)に過大(または過小)表示されることになるかもしれない。しか
しながら,この過大(または過小)表示分は,為替準備金があらかじめ親会社の過年
度の利益から引当てられているので,その引当てによって減じられている親会社の剰
余金の修正によって相殺される
(
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2
71
)
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1
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6
5
年以前の米国の外貨換算会計(1)
1
3
9
損を意味するのである。
連結に当たって,在外子会社側の株式資本勘定および親会社勘定は,それ
ぞれ,親会社側の在外子会社への投資勘定および在外子会社勘定と相殺消去
される。また,在外子会社の換算後財務諸表に生ずる差損(一般に借方差額)
も,親会社側に設定されている為替準備金勘定と相殺消去されることになる。
以上で,アシュダウン氏の報告についての検討を終えることにする。こ
の報告においては,在外子会社の会計記録として,外貨建取引(親会社から
のドル建てによる商品購入取ヲ1)の処理が問題とされ
2取引観に基づく為
替差損益の処理法が支持された。また同時に,親会社との聞の債権・債務の
交互計算を容易にするために,実務的には親会社勘定と棚卸資産勘定につい
て第 2勘定を用いることが提案された。他方,在外子会社の財務諸表の換算
については,当時一般に適用されていたと考えられる一般原則を列挙し,簡
単ながら説明も行っている。しかし,長期負債の換算については,明示的に
は示されていない。当時における在外子会社の長期負債は,もしあるとして
も,それは株式資本とは別途に,固定資産の取得などの理由で親会社から投
資されたものと考えられるので,株式資本と同様,長期資金の提供を受けた
日(長期負債の発生日)の為替レートで換算されるものと推察される。もし
この推察が正しいとすれば,アシュダウン氏の示した換算の一般原則なるも
のは,流動・非流動法による換算であるといえる。そして,彼はかかる換算
法によって,連結の観点から,真実な財務状態を反映する連結財務諸表の作
成が可能になると考えているのである。
3.公報第 9
2号および第 1
1
7号の検討
(
1
) 公報第 9
2号の検討
9
3
1年 1
2月 5日に, I
外国
アメリ力会計士協会の会計手続特別委員会は, 1
(1~
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2
7
0
.
(
1
9
) アシュダウン氏は,以上の説明を一層明確にするために,一つの設例を掲げ,在外
子会社側の会計処理と親会社側の会計処理,および在外子会社の財務諸表項目の換算
を通じての連結財務諸表の作成を,具体的に示している(なお,この設例には,数箇
所誤りがあるので注意を要する)。
1
4
0
経営と経済
為替差損」と題する報告書を作成し, 1
2月 1
5日に,公報第9
2号として公表し
9
3
1年という年は, 1
9
2
9年の大恐慌を経て,
た
。 1
ドルに対して多くの通貨の
為替相場が大きく下落した年であり,海外に子会社や支庖を有する米国の会
社には,多額の為替差損の発生が予想された。そこで,会計手続特別委員会
1月から約 1カ月間の会合
は,年度末の財務諸表の作成に間に合うように, 1
での検討後,協会の審議会または執行委員会による正式の承認を得ないまま,
1
2月に,為替差損の処理法につての報告書を,公報という形で公表したので
根底
ある。この検討期間が約 1カ月間と非常に短かかったということは, I
にある理論的論拠が徹底的に研究されていないということを示唆する」
も
のであるかもしれない。それはともあれ,公報第 9
2号は,次のような勧告を
行った。
① 固定資産・一...当該資産を取得または建設した時に通用していた為替
レートで換算しなければならない。
② 現金,受取債権およびその他の流動資産…-一貸借対照表日に適用して
いる為替レートで換算しなければならない。但しこれらの資産が先物
為替予約によって保護(ヘッジ)されている場合には,先物予約レート
で換算されることになる。
① 棚卸資産……ドルで表示された時価と原価のいずれか低い方で評価し
なければならない。もし,棚卸資産を通常の流動資産として扱わず,貸
借対照表日に通用している為替レートで換算表示しない場合には,会社
に,その立証責任がある。また,為替レートが下落し,その結果として
現地の棚卸資産の価格が上昇した場合,為替レートが下落する以前に購
入した棚卸資産については,
ドルでの正味実現可能価値が取得日レート
で換算したドル表示取得原価を超える限り,このドル表示取得原価が,
時価と比較される原価として考えられる。
① 外貨での決済が予定されている流動負債……貸借対照表日に通用して
いる為替レートで換算しなければならな L。
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6
5年以前の米国の外貨換算会計(1)
①
1
4
1
長期負債・・・…当該長期負債を実際に契約した時に通用していた為替
レートで換算しなければならない。但し,会社が,決算日レートで換算
される受取債権を数期間にわたって受取ることになっている場合,特に,
かかる受取債権を長期負債の返済に充当することができる場合には,受
取債権と同じく,決算日レートで換算するのが合理的である。
①
損益項目……期中において為替レートが大きく変動した場合には,各
月毎の平均為替レートで換算するか,または,そうすることが余りにも
煩雑であれば,深意深く加重平均した為替レートで換算した方が望まし
L、(為替レートが大きく変動していない場合については触れていないが,
先に検討したアシュダウン氏の報告からして,期中平均レートによる換
算が考えられていると思われる)。
⑦
為替差損の処理および表示…一為替レートの下落によって生ずる為替
差損は,在外事業に固有のリスクであるから,営業利益に賦課されるべ
きであり,剰余金に賦課されるべきではない。しかしながら,今年度の
ように為替レートが大きく下落し,為替差損が相当なものになる場合に
は,特別損失として別個に表示することができる。ただ,為替差損のう
ち,営業損失に含められる正常な為替差損を控除して特別損失としての
為替差損の額を決定する絶対的で一般的なルールを公式化することは,
多分,不可能であろう。
以上の勧告は,米国の会社の外国為替の処理に関して一般に認められ
た原則を簡潔に要約したものであるにすぎない。①
⑥の勧告から明ら
かなように,いくつかの例外を認めてはいるものの,原則として流動・
2号は,何故,固
非流動法による換算を勧告しているといえる。公報第 9
定資産を取得日ないし建設日のレートで,また流動資産および負債を決
算日レートで換算するのか,その理由を明示していない。それは,多分,
2号が注目したことを特記しているアシュダウン氏の報告で述べ
公報第9
られた理由と同じであるからであろう。しかし,アシュダウン氏による
と,為替レートが平価レートから著しく下落した場合には,固定資産を,
その取得日に通用していた為替レート以外のレートで換算した方が,む
1
4
2
経営と経済
しろ望ましいかもしれないと述べている。したがって,同公報が,為替
レートに著しく下落があった場合について例外を認めず,固定資産の換
算に関して取得日レートの適用を要求する理由を明示しなかったこと
は,不適当であるといえる。
(
2
) 公表第 1
1
7号の検討
アメリカ会計士協会の会計手続特別委員会は,
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外国為替差益の会計処理
に関する覚え書」と題する報告書を, 1
9
3
3年 1
2月2
7日に作成し,翌年の 1月 1
1
日に,公報第 1
1
7号として公表した。 1
9
3
3年は,国際通貨市場の不安定な中
で
,
ドルに対して外貨の為替相場が上昇し,海外に子会社や支庖を有する米
国の会社の多くに,為替差益の発生が予想された年であった。そこで,会計
2月2
7日に,
手続特別委員会は,年度末の財務諸表の作成にぎりぎり間に合う 1
全く一時的な性質のものであるかもしれない為替差益の処理に関する報告書
を作成したのである。この報告書も,先の公報第 9
2号の場合と同様,協会の
審議会または執行委員会による正式の承認を得ないまま公表されたのであ
1
7号は,外貨表示財務諸表を流動・非流動法によって換算する
る。公報第 1
ことは妥当な実務であるが,次のような若干の点に留意しなければならない
う
。
とL、
①
ドル相場が下落(ドルに対して外貨の為替相場が上昇)している時期
に,流動資産が流動負債を超える正味流動資産の状態にある外貨表示財
務諸表に流動・非流動法を適用すれば,換算後財務諸表には正味価値の
増加(貸方差額)が生ずることになるが,在外事業を営んでいる多くの
会社では,事業を継続して行く限り,在外正味流動資産をすべて,実際
にドルに転換することは不可能である。
②
このことから,為替相場が将来,上・下にかなり変動するように思わ
れる不安定な時期においてはl"、かなる正味価値の増加も,為替が安定
したものになるまで,または,将来の為替相場の変動が,その増加した
ドル表示簿価を永久に増加させると合理的に考えられるまでは,仮勘定
~l)
KonradW.Kubin,o
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.5.
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9
6
5
年以前の米国の外貨換算会計(1)
1
4
3
に振替えられるべきである。
① 現金が封鎖されている国においては,企業の通常の活動に利用できな
い封鎖現金を流動資金から除外するとともに,それをドルに換算するこ
とによって生ずる利得についても,為替差益に含めないことが望ましい。
① 本来,損益計算書に計上される為替差益であっても,正常な為替差益
を超えるものについては別個に表示されなければならない。しかし,こ
のことは,上記の②で述べた,単なる帳簿上の正味価値の増加であるに
すぎない為替差益を「仮勘定」に留保しておくべきであるという勧告を
弱めようとするものではない。
1
7号は,為替差損の場合には,たとえ一時的な性質の
要するに,公報第 1
ものであっても,当期の損失として認識すべきであるが,為替差益について
は,為替相場が不安定で特に上・下に変動しており,将来,反転する可能性
もあるような場合には(そして,
ドル表示で価値の増加した正味流動資産の
すべてをドルに転換することは,実際問題として不可能であるということを
考慮に入れれば),その実現に疑問があるので,利益としての認識を繰延べ
るのが望ましい会計処理であると勧告しているのである。これは,明らかに,
保守主義の考え方を為替差損益の処理に反映させたものであるといえる。
(未完)