C NMRと計算化学を用いたビス(4-ヒドロキシフタルイミド

13
C NMRと計算化学を用いたビス(4-ヒドロキシフタルイミド)の立体化学構造解析
東京工業大学・大学院理工学研究科
相見敬太郎・藤原利宏・安藤慎治
Tel 03-5734-2880, Fax 03-5734-2889, E-mail [email protected]
1.緒言
O
ポリエステルイミドの原料である Bis(4-hydroxyphthalimide)(以下 BHPI)は右図のような2つのイミド環を有
HO
O
e
d
f
c
1
N
a
2
ω1
b
O
5
3
4
φ
N
ω2
ψ
O
O
する化合物である。耐熱性、絶縁性などに優れるポリ
BHPI-DPO
O
イミドの物性には、二面角ω1,ω2,φ,ψが影響して
O
N
いると考えられる。本研究では 13C NMR 化学シフトの
O
N
O
O
コンホメーション依存性に着目し、固体 C-NMR と量
13
子化学計算を用いてこれらの二面角の推定を行った。
OH
6
BPI-DPO
O
O
O
O
N
N
O
2.実験
n
O
ODPA/ODA
本研究では、中央の結合Xが-O-の BHPI ( BHPI-DPO )と、 BHPI の OH 基の分子間相互作
用への影響を調べるために OH 基のない BPI-DPO 、さらに高分子への適用の可能性をさぐる
ため、 BHPI-DPO の重合体と考えられる ODPA/ODA を合成し、溶液及び固体 13C-NMR 測定
を行った。それぞれの試料は、すべて酸無水物とジアミンの化学的イミド化により合成した[1]。
[固体 13C NMR測定]
固体 13C NMR測定には、日本電子製 GSX-270 NMR分光器を用いた。パルスシーケンスに
は、 13C CP/MAS 法で測定したスペクトルに現れるスピニングサイドバンドを除去するパルス系
列である TOSS ( Total Suppression of Spinning Sideband )法を、また、1Hと直接結合する 13Cを
区別するために、 TOSS 法に Dipolar Dephasing 法を組み合わせての測定を行った。
[量子化学計算]
'5
C
'1
C
'6
C
O
5
C
6
C
'2
C
'3
C
'4
C
4
C
3
C
ネルギーと GIAO-CHF 法による 13C-磁気遮蔽定数の
2
離及び結合角を構造最適化した後、コンホメーションエ
C
法により、二面角φ,ψを 10° おきに変化させ、結合距
1
ェニルエーテル構造( Scheme 1 )をとりあげ、 ab initio
C
量子化学計算では、モデル構造として中心部のジフ
Scheme 1 Model structure for MO calculations.
The dihedral angles of the shown
conformation is (φ,ψ)=(0°, 0°).
計算を行った。なお、以下ではこのモデル構造を DPO と記す。まず B3LYP/6-31G(d)を基底関
数として用いて構造最適化し、次いで RHF/6-31G(d)を用いて遮蔽定数計算を行った。これらの
基底関数は、 NMR 遮蔽定数計算に最低限必要であるとされている組み合わせである[ ]。
2
[二面角ωの評価方法]
イミド結合の二面角ωの推定は、 C 1炭素の固体化学シフトと溶液化学シフトの差(Δ)とωの
ポリイ ミド最近 の進 歩 2000
42
O
[ 3]
( Fig.1 )を用いて行った。これはωの
C1
間の相関関係
増加に伴って、 NMR 化学シフト値の増加(低磁場シフ
及び C3 炭素の遮蔽定数変化との比較を行っている。本
研究では、溶液及び固体の C-NMR 測定から C 1炭素
13
の化学シフトの差を求め、 Fig.1 の曲線と比較すること
によりωを推定した。
Differnce in
Chemical Shift (Δ) (ppm)
て NMR 測定を行い、 ab initio 計算よって算出した C 1
4
70
2
72
0
74
-2
76
-4
78
-6
80
-8
82
-10
84
-12
0
15
30
45
60
75
90
Shielding Constant (ppm)
O
ト)傾向があるというもので、数種のイミド化合物につい
86
Dihedral Angle ω (Degree)
3.結果と考察
3.1
コンホメーションエネルギーマップ
Fig. 1 Dependence of chemical shifts difference
(Δ ) on dihedral angle ω .
( − : calculated, ● : experimental )
20 15 10 5
160
ルギーマップを Fig.2 に示す。最安定構造は(φ,ψ)
140
=(40°,40°)となっている。また、モデル構造に置換基の
120
ψ
ついたいくつかの構造について、このマップ上にX線回
100
40
0
20
0
= 90°(case B)の線上に多く分布している傾向が見出さ
遮蔽定数計算
15
0
60
ェニル化合物の結晶構造は、φ=ψ(case A)とφ+ψ
3.2
20
80
折により決定された二面角 [5][6]をプロットしたところ、ジフ
れた。
5 10
180
B3LYP/6-31G(d)基底を用いて計算した DPO のエネ
0
Case A
Fig.2
20 40 60 80 100 120 140 160 180
φ
Case B
Conformation energy surface of diphenyl
ether ( DPO ) . The difference of two lines
is 1 kJ/mol. This surface is already reported
4
by T. Stra fl ner. [ ]
DPO の各炭素の遮蔽定数計算よりすべての炭素について、 case A の場合は C1 と C1'や C2
と C2'のように左右の環の対応する炭素の遮蔽定数は同じ値を取り、それ以外の場合にはすべ
ての炭素で異なる値をとることがわかる。遮蔽定数は NMR スペクトルにおける化学シフトに対応
する。従って、 NMR スペクトルで C1 と C1'や C2 と C2'などに帰属できるピークが1本であれば
φ=ψ、2本であればφ≠ψであると判断できる。
φとψの推定には、これらの二面角の影響を受けやすく、かつイミド部分の置換基効果の影響
が少ない C4 と C6 炭素の化学シフトが利用できると考えられる。そこで、 C4 とC 6 の遮蔽定数及
びそれらの差の値をφ,ψに対してプロットし、遮蔽定数マップを作成した( Fig.3a-e )。
3.3
二面角ωの推定
BHPI-DPO, BPI-DPO, ODPA/ODA の溶液及び固体 13C NMR スペクトルを Fig.4 に示す。
BHPI-DPO では、 C1 の化学シフトは固体で 127.1ppm 、溶液で 129.0ppm となった(Fig.4a,b)。従
って、その差Δ=− 1.9ppm からω= 50° と推定された。 BPI-DPO では、 Fig.4d を TOSS&DD
のスペクトルを満足するようにピークフィッティングした結果、 C1 の化学シフトは固体で 125.2ppm
と 130.6ppm 、溶液で 129.0ppm となり、異なる2つのω(ω1=45°,ω2=90° )をとっていると推定さ
ポリイ ミド最近 の進 歩 2000
43
10
CaseA φ=ψ
C
88
8
86
84
4
82
2
C6
80
0
78
76
-2
0
20
40
60
88
5
86
4
C4'
84
82
1
78
0
-1
0
20
40
Dihedral Angleφ
60
80
(Degree)
( b ) Dependence of nuclear shielding cons-
tance on the dihedral angles. ( A )
tance on the dihedral angles. ( B )
80
80
180
160
80
85
160
76
140
120
140
120
90
100
83
ψ
100
80
80
60
60
40
40
20
20
0
83
90
76
0
0
20 40 60 80 100 120 140 160 180
0
φ
5
20 40 60 80 100 120 140 160 180
φ
( c ) Shielding constant surface for C4 of DPO.
180
3
2
76
( a ) Dependence of nuclear shielding cons-
ψ
6
80
80
85 80
C'
C6
Dihedral Anglesφ,ψ (Degree)
180
6
CaseB φ+ψ=90°
4
σC4 - σC6 (ppm)
6
C4
σC4 - σC6 (ppm)
Shielding Constant (ppm)
90
Shielding Constant (ppm)
90
( d ) Shielding constant surface for C6 of DPO.
-5
0
160
140
120
ψ
Fig.3 Shielding constant surfaces of C4, C6 and their
difference for diphenyl ether ( DPO ) .
( a ) Slice of the surfaces at φ = ψ Case ( A ) .
( b ) Slice of the surfaces at φ + ψ = 90° Case ( B ) .
Both ( a ) and ( b ) are shown for 0 < φ < 90°.
( c ) ( d ) ( e ) The difference of two lines is 1ppm.
100
80
60
40
20
0
0
20 40 60 80 100 120 140 160 180
φ
( e ) Shielding constant surface for the difference
in shielding constants of C4 and C6 ( Δ ) .
ポリイ ミド最近 の進 歩 2000
44
れた。 ODPA/ODA(Fig.4e)では、固体
1,3
で 126.7ppm 、溶液の化学シフトは
BHPI-DPO の値 129.0ppm を用い、Δ
=− 2.3ppm からω= 45° と推定され
4,6
b
5
C=O
f
c
e
2 a
d
(a)
た。
a,c, 4
b,1,2
C=O
5
3.4
d
二面角(φ,ψ)の推定
f
6
3
e
(b)
BHPI-DPO の TOSS&DD スペクト
C=O
ル(Fig.4c)では、 C2 と C5 のピークが1本
d
ずつしか観測されていないことからφ=
ψであることがわかる。さらに TOSS ス
(c)
ペクトル( Fig.4b )より C4 ( 122.2ppm )と
a,f
C6 ( 119.0ppm )の化学シフト差は
C=O
b,c
4,6
5
3.2ppm となり、これを Fig.3a に当てはめ
1,3
ると、φ=ψ= 40° と推定された.。
2
c,d
(d)
1,3
PI-DPO および ODPA/ODA について
C=O
は、スペクトルのピークの本数からから
d
φ=ψであることはわかるが、 C4 と C6
4,6
5
(e)
のピーク位置が近く化学シフトを正確に
f
決定できないため、可能性のある範囲
(φ=ψ= 75° ∼ 90° )を推定した。
200
Fig.4
以上の考察から推定された二面角
ω,φ,ψを Table 1 にまとめて示す。
この方法では、計算にモデル構造を
用いているが、試料には置換基効果や
結晶中でのパッキングなどの影響もあ
り、計算値との誤差が含まれる。またグ
ラフの読みとり誤差も考えられる。したが
180
160
140
δc/ppm
120
100
13
C NMR spectra of BHPI-DPO, BPI-DPO and ODPA/ODA.
( a ) Solution spectrum of BHPI-DPO ( b ) TOSS spectrum of
BHPI-DPO ( c ) TOSS&DD spectrum of BHPI-DPO
( d ) TOSS spectrum of BPI-DPO ( e ) TOSS spectrum of
ODPA/ODA.
The dotted lines show the chemical shift difference used for
estimating the dihedral angles.
Table 1 Estimated dihedral angles, ω1, ω2,φ and ψ.
Samples
ω
(φ,ψ)
BHPI-DPO
50 ゜± 5 ゜
( 40 ゜± 5 ゜, 40 ゜± 5 ゜)
BPI-DPO
40 ゜± 5 ゜, 90 ゜± 5 ゜
75 ゜∼ 90 ゜
ODPA/ODA
45 ゜± 5 ゜
75 ゜∼ 90 ゜
って、推定された値は±5°程度の誤
差があると考えられる。
参考文献
1) S. Sasaki, Y. Hasuda, J. Polym. Sci. Polym. Lett., 25, 377(1987)
2) J. R. Cheeseman et al, J. Chem. Phys., 104, 14(1996)
3) H. Ishii, S. Ando (To be submitted)
4) T. Straflner, Can. J. Chem., 75, 1011(1997)
5) M. P. Makowski, Comp. Polym. Sci, 3, 1(1993)
6) M. Feigel, J. Mol. Struct, 366, 83(1996)
ポリイ ミド最近 の進 歩 2000
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