木防建ぺい率の違いを考慮した都市災害危険度判定方法の開発に関する研究 和歌山大学大学院システム工学研究科 徳島大学大学院理工学研究部 1. 研究の背景と目的 わが国では近年直下型地震が多発している。2004 年に起 きた新潟中越大地震や 2007 年に起きた能登半島地震、 新潟 県中越沖地震などがある。これらの地震により住宅の倒壊 や火災等の都市型災害に対するリスクに市民の関心が寄せ られる一方、実際に対策が進んでいない。また、これまで は行政が中心となって市民の安全を確保してきたが、近年 多発する災害の教訓から行政だけに頼った防災対応では限 界がある。このため、地域が抱える災害リスクを地域全体 で考え、地域の防災力向上のために住民参加のまちづくり 活動への支援が求められる。 しかし、従来自治体で用いられている都市災害危険度判 定方法はGIS を用いた面積計算が必要な式 (以下、 詳細式) にて計算するため、地域住民では容易に判定することがで きない。 既往研究では、和歌山市の自治会から大学に防災まちづ くりの依頼があり、1 回目のケーススタディーを行ったこ とから研究が始まった。そして、詳細式を改良した初学者 でも活用できる簡易な式(以下、簡易式)を用いた判定方 法開発し、木造建築物が多くあるが空地もあるので木防建 ぺい率があまり高くない地域でケーススタディーを実施し た。その結果、地区レベルの危険度を判定する際、木造住 宅の密集度合いによって誤差の生じる項目があるという課 題を得た。そのため、今後国土交通省が指定する重点密集 市街地や区画整理された地域など条件の違う地域でもスタ ディーを実施し、 簡易判定方法の精度を高める必要がある。 本研究では、簡易式の精度を高めることを目標に、調査 地区の木防建ぺい率の違いに着目し、詳細式と簡易式の判 定結果の誤差の要因を明らかにする。 2. 研究の方法 2-1.研究の進め方 木造建築物が多いが、市街地内農地等の適度な空地があ る和歌山市今福地区と、国土交通省の指定する重点密集市 街地になっている堺市湊西地区を対象とし、実測調査を行 う。調査をもとに得られたデータで詳細式、簡易式両方で 計算していく。判定結果をもとにして、2 地区の比較を行 い、式の制度をより高いものにしていく。 2-2.用語の定義 (1)都市災害危険度判定とは 都市レベル、地区レベルで延焼危険度と避難危険度を 5 段階でそれぞれ評価し、その結果を相加平均したものであ る。 都市レベルとは、延焼遮断帯となる幹線道路や鉄道、河川 西田 拓矢 小川 宏樹 等に囲まれた都市防火区画を形成する範囲で、概ね1㎞四 方のエリアを指す。また地区レベルとは、住民が日常生活 する範囲で、概ね町丁目程度のエリアを指す。 (2)木防建ぺい率とは まとまった大規模空地(概ね 1ha 以上)幅員 15m 以上の道 路等を除いた地区に対する木造、防火木造建築面積の占め る割合のことで、この値が高まると市街地大火のリスクが 高まる。 今回のケースでは、下記の表より木防建ぺい率の低い地 域として今福地区、 高い地域として湊西地区を取り上げた。 表 1 木防建ぺい率判定結果(今福、湊西) 今福地区 今福 5 丁目 今福 3 丁目 西小二里 3 丁目 32% 18% 16% 詳細式 47% 48% 44% 簡易式 湊西地区 西湊町 東湊町 出島町 詳細式 68% 59% 59% 簡易式 75% 68% 70% (3)避難危険度 都市レベルにおいては、公園、緑地、広場等の概ね 10ha 以上の公共空地に歩行距離 2km 以内で到達できない面積 の割合(以下、広域避難困難区域率)で判定する。地区レ ベルにおいては、街区公園等の一時避難地区に徒歩で到達 できない面積の割合(以下、一時避難困難区域率)にて判 定する。 また、避難場所に到達するまでに要する時間と、避難す る人の数を組み合わせて評価され、避難場所までの距離が 長く、避難道路沿いに避難の障害となる要因が存在し、避 難する人の数が多いほど高くなり、危険度の高い地域にお いては、避難場所や避難路の確保が重要となる。 2-3.簡易判定方法について (1)都市レベル 延焼危険度 都市防火区画を構成する延焼遮断帯の整備状況を各区画 ごとに評価する。 幅員 15m以上の道路は 15mとして、耐火率(1)70%以上の 道路は 70%として計算している。 <詳細式> 耐火率(%) 沿道の耐火建築物の面積 沿道の建物の全建築面積 ∑ ℓ 都市防火区画整備率(%)= 1 100 100 震災時に消防車が通行できる道路(4)に面する震災時有効 水利(5)から消防活動が容易にできる範囲以遠の範囲が町丁 目内に占める割合で評価する。 <簡易式> 耐火率(%) 両沿道の耐火建築物の数 両沿道の建物数 100 ∑ ℓ 都市防火区画整備率(%)= 100 <詳細式> <簡易式> 消防活動困難区域率(%)= [ℓ:道路延長(m) a:道路幅員(m) bn.b’:耐火率(%) L: 道路総延長(m)] 震災時有効水利から消防活動が容易にできる範囲 以遠 100 (2)都市レベル 避難危険度 都市レベル延焼危険度で設定した都市防火区画において、 (4)地区レベル 避難危険度 広域避難地から歩行距離 2km 以遠の範囲が占める割合で 各町丁目において老朽建物割合や地盤状況から建物倒壊 評価する。 により道路が閉塞する可能性について評価する。 詳細式との計算方法の違いは、幅員 4~8mの道路延長に かける建物老朽度による閉塞確率である。 <詳細式> <簡易式> <詳細式> 広域避難困難区域率(%)= 道路閉塞確率(%)= 広域避難地から歩行距離 ㎞以遠の範囲の面積 100 4 未満道路延長 4~8 道路延長 建物老朽度による閉塞確率 都市防火区画の面積 100 道路総延長 (3)地区レベル 延焼危険度 <簡易式> 市街地の延焼(速度)は、風速、建物構造特性、隣棟間隔 等によって規定され、 これを表す指標を不燃領域率とする。 道路閉塞確率(%)= 詳細式との計算方法違いは、都市レベルの都市防火区画整 4 未満道路延長 4~8 道路延長 老朽建物割合 100 道路総延長 備率を求める際に用いた耐火率の求め方と同様である。 <詳細式> 各町丁目において一次避難地等から一定距離(7)以遠の範 空地率 耐火率 不燃領域率(%)=空地率(2)+(1- 囲が占める割合にて評価する。 <詳細式> <簡易式> <簡易式> 一次避難困難区域率(%)= 不燃領域率(%)= 町丁目に占める一次避難地等から一定距離以遠の範囲の面積 100 町丁目の面積 空地率 可燃領域の , 造の数 空地率 1 100 町丁目の面積 地区の建物数 3. 木防建ぺい率の違いによる簡易判定方法の精度の 比較 3-1.対象地区の概要 (1)堺市湊西地区 この地区は国土交通省により重点密集市街地に指定され ており、木造建築物が密集している地域である。旧街道で ある紀州街道・小栗街道(熊野街道)の沿道には歴史的な まち並みが残っている。しかし、一方では狭あいな道路が 多く、戦前からの長屋等の老朽化した木造住宅が密集し、 住環境上や防災上の課題を抱えている。 (2)和歌山市今福地区 和歌山県和歌山市今福、西小二里地区にある現在の県道 15 号、今福 2 丁目・3 丁目の境の道路と建設予定の道路を 含めた区画を対象地区とし、実測調査を行った。 1945年7月の空襲により和歌山市の中心部はほとんど焼 失した。しかし、今福地区の被害は小さかったため、戦前、 戦後に建てられた老朽建物が密集しており、幅員 4m 未満 の道路が多く残っているといった戦前とあまり変わらない 地区形態を保っている。 不燃領域率が 70%未満の地区では、木造建築物の隣棟間 隔が問題となる。この危険度を木防建ぺい率として評価す る。詳細式との計算方法の違いは、詳細式は木造建築物の 建築面積をセミグロス地区面積(3)で割って求めているのに 対し、簡易式は町丁目にある木造建築物の数を町丁目にあ る全建物数で割ったものに地区の建ぺい率をかけて求めて いる。 木防建ぺい率は、地区ごとの建築物の数を数えて計算し ている。木造密集市街地では建物数が多くなるため本来の 判定方法よりも大きく危険であるという結果が出ると考え られるので式の改善が必要になると考えられる。 <詳細式> 木造建築物の建築面積 木防建ぺい率(%)= セミグロス地区面積 100 <簡易式> 木防建ぺい率(%)= 町丁目の木造建物の数 町丁目の全建物数 地区の建ぺい率 100 2 表 4 地区レベル木防建ぺい率判定結果 今福地区 今福 5 丁目 今福 3 丁目 西小二里 3 丁目 32% 18% 16% 詳細式 47% 48% 44% 簡易式 西湊町 出島町 東湊町 湊西地区 西湊町 東湊町 出島町 詳細式 68% 59% 59% 簡易式 75% 68% 70% 表 5 地区レベル消防活動困難区域率判定結果 今福地区 今福 5 丁目 今福 3 丁目 西小二里 3 丁目 100% 75% 73% 詳細式 100% 78% 76% 簡易式 図 1 湊西地区地図 今福 5 丁目 今福 3 丁目 図 2 今福地区地図 3-2.判定結果の比較 今福地区と湊西地区を対象に都市災害危険度判定を行っ た結果が表2~7である。 誤差が大きくなったのは今福地区であった。これは、空地 や対象地区の面積等などが影響していた。 東湊町 出島町 詳細式 12% 31% 22% 簡易式 5% 24% 13% 出島町 79% 100% 簡易式 89% 81% 100% 湊西地区 西湊町 東湊町 出島町 詳細式 69% 53% 48% 簡易式 78% 67% 61% 4. 考察 両地区の木防建ぺい率の差(今福:低・湊西:高)に着 目し、詳細式と簡易式の判定結果に差が生じた要因を考察 する。 (1)都市レベルでの比較 都市レベルの延焼危険度では、延焼危険度の差(簡易式詳細式の値)は、木防建ぺい率の低い地区で 3pt、高い地区 で 13pt となった。木防建ぺい率の高い地区で差が大きくな った理由として、このような地区では、延焼遮断帯となる 耐火建築物の効果が過小評価されたことが考えられる。建 物数で計算する簡易式と建築面積で計算する詳細式の判定 方法の違いから、同じような面積の建物が密集していると ころで計算するより、建物数があまりなくまばらなところ で計算する方が耐火率は高くなることも明らかとなった。 表 3 地区レベル不燃領域率判定結果 今福地区 今福 5 丁目 今福 3 丁目 西小二里 3 丁目 27% 54% 34% 詳細式 15% 18% 26% 簡易式 西湊町 東湊町 87% 表 7 地区レベル一次避難困難区域率判定結果 今福地区 今福 5 丁目 今福 3 丁目 西小二里 3 丁目 0% 0% 0% 詳細式 0% 0% 0% 簡易式 湊西地区 西湊町 東湊町 出島町 0% 0% 0% 詳細式 0% 0% 0% 詳細式 避難危険度 0% 0% 0% 0% 湊西地区 西湊町 詳細式 表 6 地区レベル道路閉塞確率判定結果 今福地区 今福 5 丁目 今福 3 丁目 西小二里 3 丁目 55% 36% 45% 詳細式 82% 47% 86% 簡易式 西小二里 3 丁目 表 2 都市レベル危険度判定結果 延焼危険度 24% 詳細式(今福) 27% 簡易式(今福) 33% 詳細式(湊西) 46% 簡易式(湊西) 湊西地区 3 (2)地区レベでの比較 地区レベルでも都市災害危険度判定を行ったところ表1、 表 3~7 の結果が得られた。 地区レベルも都市レベル同様全 ての判定で簡易式の方が危険であるという結果が出た。 木防建ぺい率を見ると、今福地区の誤差が大きくなった (表 1) 。この要因として、空地の大きさと量が大きく値に 影響していた。詳細式では木造建築物の建築面積で算定す るため 1,500 ㎡未満の空地の効果を評価できるが、簡易式 では建物数で算定するため小さな空地を評価できず、結果 として簡易式の木防建ぺい率が大きく算定される誤差が生 じた。 また、 道路閉塞確率では、 今福地区に大きな誤差が生じた。 この差が生じた理由として幅員 4~8m の道路にかける閉 塞確率が違うためであると考えられる。詳細式では図 3、4 のようモデルを用いて老朽建物割合を求め、図より閉塞確 率を求めている。一方、簡易式では道路の片側に老朽建物 がある場合にも閉塞するというように計算した。 このため、 木防建ぺい率の低い今福地区で、道路閉塞の危険性が過大 に評価され誤差が生じた。 なお、一部今福 3 丁目の不燃領域率で大きな誤差が生じ たのは、この地域は比較的耐火建築物が多く、マンション や学校等建築面積の大きいものが多いためであった。 倒壊建物 n軒 5. 今後の課題 まちづくりの現場で活用することを意図し、簡易式の判 定結果が詳細式の判定結果よりも危険側に判定される、す なわち安全性を考慮しつつ、さらに簡易式の精度を上げる ための改善が要である。その方策の一つとして、判定地区 の木防建ぺい率の違いにより、簡易式に係数や定数を加え る改良が考えられる。 そして、4 章より空地が木防建ぺい率や不燃領域率を求め る際、大きく影響することが分かった。よって今後は、現 在空地を 1500 ㎡以上を除外しているところを、500 ㎡以上 を除外していくような解決策が必要となってくるのではな いかと考えられる。 注釈 (1)耐火率:全建物の建築面積のうち耐火建築物が占める割 合 (2)空地率:対象とする地区面積のうち空地面積の占める割 合 (3)セミグロス地区面積:地区面積から幅員 15m 以上の道路、 水面、河川及び大規模空地(概ね 1ha 以上)を差し引いた 面積 (4)震災時に消防車が通れる道路:幅員 6m 以上とする (5)震災時有効水利:消防車が震災時に部署可能な箇所(幅員 6m 以上の道路の近接等)に位置する耐震性貯水槽や消 火に活用できる河川、プール、ため池等 (6)消防活動が容易にできる範囲:消防車搭載ホース延長 200m と想定してホースの屈曲を考えて、 水利から140m 以内の区域とする。 (7)一定距離:日常生活をカバーできる範囲 参考文献 1)都市防災実務ハンドブック編集委員会(2005) 「震災に 強い都市づくり・地区づくり手引 ぎょうせい 2)首都直下型地震の被害想定と対策について 内閣府 www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_/pdf/syuto_wg_report.pdf 3)新潟県中越地震の被災とそれからの復興(2005) 国土交 通調査室 www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/issue/0467.pdf 4) まちづくりへの活用を目的とした都市災害危険度判定に 関する研究(2015) 西田拓矢 http://www.wakayama-u.ac.jp/~wogawa/_src/sc787/14b4_nishi.p df 1 ロット 図 3 閉塞確率算定モデル 図 4 老朽建物割合と閉塞確率 出典 「震災に強い都市づくり・地区づくり手引」 4
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