XAFS と他の手法を組み合わせた固体触媒作用の研究 清水研一 北海道大学触媒科学研究所 [email protected] 1.緒言 金属(酸化物)表面上での触媒サイクルや活性種の分子構造を考察・決定するためには 様々な分光法による構造解析に加えて,定常状態及び非定常状態での反応速度論的検討も 必要となる.本講義では,触媒研究における XAFS の汎用的な利用例を例示した後,どの ようなケースで XAFS が必要となるか?XAFS と他の手法をどのように組み合わせたら結 論が導けるのか?を自身の研究成果を例に紹介する. 2.サブナノ Ag クラスターと固体酸の協働作用による NOx 選択還元 Ag/Al2O3 触媒の炭化水素脱硝(HC-SCR 反応)に対する活性は,水素の微量添加により著しく向上し, 最も高活性な HC-SCR 触媒に化ける 1-4).Satokawa1)により見いだされたこの現象は“hydrogen effect”と 呼ばれ,我々のグループ,欧州の研究機関や企業により多くの基礎研究,実用化研究がなされた. Ag/Al2O3 上での C3H8-SCR 反応を例にとると,水素(0.5%)により低温(623 K)での反応速度は 450 倍 に増加する.Ag-MFI ゼオライトを用いたモデル系でも,573 K での反応速度は水素添加により 65 倍に 増大する.In-situ IR による機構研究より,本反応は C3H8 の部分酸化で生成するアセテートと NO2 吸 着種との反応で生成する CH3NO2 種が NCO 種を経て NH4+に変換され,最終的に NH3-SCR により N2 が生成することがわかっ た(Fig. 1).アセテートと NO2 の生成以降は全て H 型ゼオライトでも進行 するような酸触媒作用で あることから,Ag や水素 の作用は初期の酸化過 程に限定さ れる. In-situ IR により 573 K での各吸 着種の生成挙動に対す る水素効果を検討した結 果,アセテート,NO2 吸着 種の生成速度は水素に よって増加することがわ かった. Ag-MFI をモデル触媒として,種々の構造解析(In-situ UV-vis,H2-TPR,EXAFS)により,水素添加 による Ag 種の構造変化を追跡した.水素無しでの C3H8-SCR 反応中には,Ag+種に帰属される UVvis 吸収のみが観測されるが,水素を共存させると Ag42+ cluster が生成する(Ag+種と Ag42+ cluster が共 存).イオン交換率の 異なる Ag-MFI を用 いた構造活性相関よ り,反応中に生成す る Ag42+ cluster の量 と NO 還元速度が比 例したことから,Ag42+ cluster が本系の活性 種 で あ る と 結 論 さ れ Fig. 2 Optimized structures of HAg4H-Z and HOOAg4H-Z. た . で は , Ag42+ cluster はどのようにアセテートや NO2 の生成速度を向上させるのか?両過程はともに酸化反応である こと,metallic な Ag は酸素分子の活性化能があることから,Ag42+ cluster が酸素の活性化に関与するも のと推定し,ESR による活性酸素種の検討を試みた.O2 のみを Ag-MFI に曝してもシグナルは観測さ れないが,H2+O2 処理により O2-(superoxide)に帰属されるシグナルが観測されることから,酸素分子が 触媒上の Agnδ+ cluster により還元的に活性化され O2-に変化することがわかった.但し,最近,DFT に よる理論研究より,(i)ゼオライト上の Ag42+ cluster は酸素分子を還元できないこと,(ii) Ag42+ cluster 上 に水素が容易に解離吸着し,Ag-H 結合への O2 の挿入により AgOOH 種が形成されることがわかった (Fig. 1,2) .OOH(hydroperoxide)種が高い酸化能を有することを考慮すると,ESR で実測された O2-は OOH 種から生成するリザーバーであり,真の酸化活性種は OOH 種であろう.以上より,Fig. 1 のような 反応機構が提案された.H2 と Ag+種の反応により生成する Ag42+ cluster が,O2 を還元的に活性化する ことで OOH が生成する.OOH が C3H8 のアセテートへの部分酸化と NO の NO2 への酸化を低温でも 進行させ,結果として低温での NO 還元反応が促進される.なお,Ag/Al2O3 上での水素共存 HC-SCR も同様の機構で進行する. 3.Ag の自己分散化現象と高耐久性 Ag 触媒の設計指針 5) 従来型の自動車触媒では担体上の高分散金属粒子が高温での redox 雰囲気変動により凝集し活性 が大幅に減少するため,凝集に伴う活性劣化を補うために必要以上の金属を担時した触媒が使われ てきた.最近,ダイハツ工業のインテリジェント触媒やトヨタ自動車の Pt/CeO2-ZrO2 等の高温での redox エージング後も高い活性を維持する自動車触媒が開発・実用化された.どちらの系においても,凝集 抑制の鍵は高温・酸化雰囲気での金属と担体の強い相互作用にある.上記の新触媒は自動車触媒に おける白金族使用量の低減に貢献したが,世界的な自動車販売数の増加に伴う白金系原料の長期的 需要増加を考慮すると,非白金族系金属や安価な担体材料を用いた代替触媒の開発が望まれる. 我々は従来の金属ナノクラスター触媒の合成法とは逆のアプローチで非白金族系耐シンタリング触媒 を開発した.即ち,平均粒子径 600 nm の銀粉と γ-Al2O3 の混合物を前駆体とし,高温での自発的分散 化を利用して合成した触媒が高い耐熱・耐 redox 安定性を示し,CO 酸化に高い活性を示すことを見出 した. γ-Al2O3 と銀粉(5wt%)を乳鉢で混合した粉体を原料とする触媒(Ag+Al2O3)の調製過程における Ag の構造を XRD,Ag K-edge EXAFS で評価した(Fig. 3).物理混合後の試料では Ag 金属の回折線 (XRD)と Ag-Ag 結合に起因する EXAFS ピークが見られる.混合体を空気中 1000˚C で焼成すると, 金属 Ag の回折線と EXAFS ピークが消え,Ag-O 結合による EXAFS ピークが現れた.担体は θ-Al2O3 に変化した.この試料の XANES は Ag+種に特徴的な吸収(25516 eV)を示した.He 中での加熱では 金属 Ag が残存したことも併せて考えると,高温,酸化雰囲気下での金属 Ag 粒子と Al2O3 の固相反応 により Ag+種が θ-Al2O3 上に高分散した表面アルミネートが生成することがわかった.同様の実験を銀 粉と他の酸化物(SiO2, MgO, 10wt%Na 添加 γ-Al2O3)の混合系で行ったが,金属種の分散化は観測さ れなかった.ピリジン吸着 IR より見積もった上記酸化物のルイス酸量は γ-Al2O3 や θ-Al2O3 の 1/10 以 下であった.また,混合体の 1000˚C 焼成により Al2O3 担体表面のルイス酸量が大幅に減少することが わかった.表面ルイス酸点を Al3+と酸素欠陥のペアサイト(Al3+-)と考えると,以上の結果は反応(1)に より Ag の分散化が進行すること示している. Ag0 + Al3+- + 1/2 O2 → Al3+-O-- Ag+ (1) 上記焼成試料を 300˚C で水素還元した試料の STEM 像には 0.8~5nm の Ag ナノクラスターが観察さ れた.EXAFS の Ag-Ag 配位数より見積もった平均粒子径は 0.9nm であった.但し,Ag-O の EXAFS (配位数 0.6)もわずかながら残存したことと,XANES に Ag+種に特徴的な弱い吸収がみられたことから, 還元試料中の Ag 種はカチオン性を帯びた金属ナノクラスターである. Fig. 4 に CO 酸化反応の結果を示す.未処理の混合物は触媒活性を全く示さない(Fig. 4A)が, 1000℃焼成後に 300˚C 水素還元した試料は高い活性を示した(Fig. 4B).活性触媒を 900˚C で水素還 元すると,Ag の凝集(20 nm)が起こり 100˚C の CO 転化率も 70%から 10%に低下した.この劣化触媒を 空気中 1000˚C で再焼成すると,Ag の回折線は消失し,アルミネート種に特徴的な EXAFS, XANES を示した.これを 300˚C で水素還元した試料の STEM 像には 5nm 以下の微粒子のみが見られた. EXAFS の Ag-Ag 配位数(6.1)は劣化前(6.0)と同等の値を示し,触媒活性も回復した(Fig. 4C).以上よ り,一度シンタリングした Ag 粒子が高温酸化雰囲気下での反応(1)による再分散化(アルミネート化)を 経てナノクラスターに戻ることで,活性が繰り返し回復することが示された.比較のため従来型触媒でも 同様の処理を行った.Au/TiO2 は高い CO 酸化活性を示すが,1000 oC 焼成後に 20 nm 以上に粒子成 長し,完全に失活した.Pt/CeO2 は 1000 oC 焼成後も活性を示すが,続けて 900 ˚C 水素還元,1000 ˚C 再焼成すると 20 nm 以上に粒子成長し活性は大幅に減少した.以上のように,Al2O3 のルイス酸(酸素 欠陥)及び酸素との反応により Ag 粒子が高温酸化雰囲気下でアルミネート化する現象を利用して,融 点付近での redox 処理後もシンタリングによる活性低下が起きない CO 酸化触媒が開発された. XRD EXAFS Ag-O Al2O3 Ag-Ag as-mixed 36 37 38 39 40 41 2 / deg. H2 300C 1000℃ air 3 1000℃ air Al2O3 300℃ H2 FT [k (k)] Intensity(cps) 300℃ H2 as-mixed 5.0 0 1 air 1000oC 2 3 4 R/Å 5 Al2O3 6 Fig. 3 Catalyst structures at each preparation step. CO conversion/% 100 A B C 80 60 40 20 0 50 100 150 T/ C o 50 100 150 T/ C o 50 100 150 T/ C o 200 Fig. 4 CO oxidation activity after different pretreatments. As-prepared or as-mixed (A), after calcination in air at 1000 °C (B, thermal aging), after H2-reduction at 900 °C, followed by reoxidation at 1000 °C (C, redox aging). () Ag+Al2O3, () Pt/CeO2 and () Au/TiO2. 4.参照文献 1) S. Satokawa, Chem. Lett., 194 (2000) 2) K. Shimizu, A. Satsuma, Phys. Chem. Chem. Phys., 8, 2677 (2006) 3) K. Shimizu, K. Sugino, K. Kato, S. Yokota, K. Okumura, A. Satsuma, J. Phys. Chem. C, 111, 1683 (2007) 4) K. Shimizu, K. Sawabe, A. Satsuma, Catal. Sci. Technol., 1, 331 (2011) 5) K. Shimizu, K. Sawabe, A. Satsuma, ChemCatChem, 3, 1290 (2011)
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