ジェッダの洪水

ジェッダの洪水
第一章
サウジ・アラビアのジェッダ市に住んでいるポール・プレスコットという豪州人は
ニュースを見る習慣が付いた。この夜、ニュースの天気予報は普通と違った。という
のは、寒冷前線か他の原因によって、「ジェッダでは雨が降るでしょう」という警告
も付け加えられたのである。雨は雨であるが、ジェッダ市は基本的に砂漠なので、雨
水排水管は完全に不十分であった。ポールと妻、アナスタシアは昨年の洪水に遅れて
も、そのような災害に対して、対策を立てなければならなぬ必要が分かった。先ずは
仕事(某学校)に通う方法を考えた。
ビンザーガ住宅と学校の距離は五キロメートルぐらいなので、車で通常四十分ぐら
いかかる。しかし、アナスタシアは「私達の水色のヒュンダイ・アクセント・フォア
ドアのサスペンションはそんなに高くないね」との気遣いに覆われた。ポールは「そ
の問題が越えられるようにどうしよう」と考え悩んだ。
と、突然レオポルドのイメージがポールの考えに入った。レオポルドと言う人はポ
ールとアナスタシアの同僚であった。三人は同じ学校の被雇用者なので、同じ住宅に
住んでいた。ポールとレオポルドはたまに住宅のプールに行き、泳ぐ運動をした。二
人は住宅を「クラッブ・メッド」のように扱った。仕事とスポーツだけではなく、レ
オポルドのオランダの友達と食事をした。
三人は友人になった後、レオポルドは「学校まで自分の四輪駆動車に乗せるよ」と
の提供を申し出た。その頃から、夫婦はレオポルドの慈悲でバスに乗ることを止めた。
しかし、二人はレオポルドの親しさに恩恵を被っていたので、どうやら、それを報い
ようとした。レオポルドはキエフの孤児院を営業しているようである。それで、ポー
ルはお金を封筒に入れて封緘し、投函ではなく、それを書留で出した。そのように、
二人はレオポルドと経済的な関係を培った。
夫婦は、数か月後、漸く自分の車を買って、それは例の水色のヒュンダイ・アクセ
ントになった。その通り、もうレオポルドに乗せてもらっていなかった。だが、ポー
ルはこの夜、天気予報の警告を聞いた後、そのことに注意を向けずに、電話機を取っ
て左指でレオポルドの電話番号をダイヤルした。
数秒後、レオポルドの挨拶を聞いた。二人は冗談を交わした。しかし、アナスタシ
アは電話が聞けるように耳を澄ましてきた。ポールはそのころからアナスタシアの言
う通りにして、通勤のことを話題にした。
ポールは、レオポルドに「気象通報を聞いて、明日はレオポルドの四輪駆動車で乗
せて頂けますか」と嘆願(たんがん)した。レオポルドは何の報いも求めずに「する
よ」と言い返した。質の良い人であった。それで、夫婦は何の手数もかけずに、軽乗
用車より安全な代替輸送の準備を済ませた。ポールは電話を切って、寝る前に授業準
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備もした。
第二章
翌朝、二人は居間のソファーに座っていて、侘(わび)しい囚人(しゅうじん)の
ように中から外を見ていた。彼らは隠遁者ではなく、ジェッダの気温はセ氏四十度ぐ
らいなので、家の中ではレオポルドを待つことは当然であろう。二人はもうジェッダ
でも慎(つつ)ましく暮らしていたが、まだ鳥の囀(さえず)ることのない現象に慣
れていなかった。豪州の邑(ゆう)では起きたら、鳥の鳴き声が聞こえたが、ジェッ
ダではクーラーの音のみ。二人はかなり大声で雨の予報について喋っていた。
そして、窓から人影が見えた。レオポルドの歩き姿であった。二人は立ち上がった。
ポールは彼の禿げかかった頭に帽子を被り、アナスタシアは彼女の恰好を姿見鏡で確
認した。
二人は一緒に家を出て、近くに駐車された四輪駆動車に歩いた。しかし、ポールは
踵でぐるっと回らなければならなかった。財布を忘れたのである。ポールはばたばた
歩き、家に帰った。
ポールは財布を持っていて、どぎまぎしてレオポルドの四輪駆動車に戻った。その
四輪駆動車は苦偏桃水の匂いがした。しかし、嗅げば嗅ぐほど、その匂いは薔薇水(し
ょうびすい)の匂いに変わった。いずれにしても、嗅覚を刺激する匂いであった。レ
オポルドの四輪駆動車はポールのヒュンダイ・アクセントと違って、立派であった。
ポールはレオポルドのことを考えた。
特に、レオポルドの異なった意見。レオポルドは唯物主義者で、気位が高く、栄達
を求めた。しかし、そのせいで、邪魔な儲け頭というか、自分と競争している資本主
義者達は余り好きではなかった。
その通り、レオポルドは今朝も、先入観に囚(とら)われた。校長はそんなに悪い
人ではないのに、ポールに、「時に、校長の新しい計画を聞いたんだか」と、レオポ
ルドは聞いた。ポールの返事を待たずに、校長のすることに一々難癖(なんくせ)を
吐け、いつものように小言ばかりを言ってきた。レオポルドは相変わらず続き、その
悪い癖を矯正することが出来なかった。
ポールは公平で、校長の立場を伝えようとして、アナスタシアはその三十、四十分
の通勤では、ずっと何も言わなかった。しかし、三人は学校に入ったら、レオポルド
の話が終わり、皆は部署があり、別々の日課を保ちなければならなかったからである。
第三章
ポールはそのジェッダの学校では小学六年生を教えていた。その日も、何もかもう
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まく行ったが、より味気のない授業が続いた。そして、その授業が終わったら、彼は
習慣通り、教師の休憩室でアナスタシアと会った。二人は何が飲んでいなければ、何
も解決できなかったので、ポールは湯沸かしをストーブに置いて、水を沸騰させた。
教師の休憩室では挽きたてのコーヒーもあったが、ポールは紅茶を選んだ。自分の
紅茶に砂糖と牛乳を入れる人として、砂糖のパケット二個をアナスタシアが座ってい
るテーブルに持って行った。テーブルに、鋏(はさみ)一挺置いてあったので、今日
は砂糖のパケットを切って、砂糖を入れた。彼は舌舐(したなめず)りをしたと同時
に、アナスタシアは日のことについべちゃくちゃ喋り始めた。
アナスタシアの問題を解決するのは仕事のようであり、ポールは貪(むさぼ)るよ
うに飲んだ。数分後、もう一枚注いだ。紅茶は美味しいだけではなく、問題解決のに、
不可欠な物となった。しかし、ポールは残りの砂糖のパケットをずたずたに引き裂い
たら、学校で働いているサウジアラビア人は突如として、姿を現し、ポールとアナス
タシアの喋りが途切れられた。
一人はビクッとして、「洪水だよ。家に帰る方がいいよ」と言った。サウジアラビ
アの雨は珍奇な現象でも、今は雨が降っているらしかった。ポールは愕然として「洪
水か」と鸚鵡返しに言った。アナスタシアの挙動は騒ぎになった。もうぐずぐずして
いる時ではなかった。夫婦はサウジアラビア人の勧めにいつも細心の注意を払ってい
たので、あらゆる話題を延期し、紅茶の瓶を置いて、教室のビルに戻った。ポールは
レオポルドに電話して、「帰る方がいいよ」と伝えた。早く授業のことを片付けた。
ポールの冷静さは彼の考慮を支えた。やきもきしないで本を小脇に抱えて、駐車場
へ歩いた。ほかの先生は駆けずり回っていた。この日の雲が目があったならば、その
目は殺気を帯びていたとも言える。数分後、アナスタシアも来て、二人はレオポルド
を待った。
レオポルドはエネルギー尽きても、足早に歩いてきて、彼の四輪駆動車のドアを開
いた。夫婦はさっそく四輪駆動車に入って、ポールはこのいざという時にはクンクン
嗅ぐ暇もなく、代わりに、天気の危険性についてコメントをした。
レオポルドは学校の駐車場から道路にまっしぐらに運転したが、しかし、皆は同じ
目的があったらしく、直ぐに渋滞に当たってしまった。その渋滞はポールの目を眩(く
ら)ませた。隣りの車の歯車のギシギシ軋(きし)る音でも聞こえた。「馬丁の時代
ではこのような渋滞はなったかな」と、自分に考えた。実は、たくさんの運転手は渋
滞を飽きて、道路側に車を残っていた。この場合には技術から自分のことを外した人
はより速く進んでいたからである。ポールも車を残すことについて考えた。
三人は帰りがけなので、ポールとアナスタシアはそのいざという時に、車を降りて、
レオポルドを残すことが無礼であった。それで、ポールとアナスタシアは反感を買わ
ないように、レオポルドの四輪駆動車に残った。しかし、その上に、もう一つの理由
があった。二人はレオポルドを一人で残し、何があって、ポールが咎められ、レオポ
ルドの家族に弔辞(ちょうじ)を述べることと良心の呵責(かしゃく)に苦しむこと
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は考えられない程大変だからである。ポールはそれを考えたら、ぞっとして毛が襟に
突っ立った。ポールはもっと楽観的になろうとしたが、むっつりと特別な考えに執着
したら、そのような変更が難し過ぎた。
道路側の話題が続いて、コルという同僚の、車輪を修理するために道路側に駐車し
て強盗された事件の話が話題になってしまった。コルは途方もないことを言う人で、
強盗する話はいかにもコルらしかったが、実は災厄(さいやく)にあった。暴漢に襲
われ、コルは外国人なので、正当防衛のために、何も出来なかった。コルの話は惨(む
ご)たらしくて、ひやりとした経験で、三人は戦慄(せんりつ)を覚えた。そのせい
で、レオポルドは絶対、道路側に彼の四輪駆動車が残りたくなかった。避けられぬも
のを甘受(かんじゅ)して、「僕は家まで行かないと、」と主張した。
第四章
レオポルドはメディーナ道路に運転しようとしたが、運転し続けるのはそんなに賢
明な判断にならなかった。つまり、レオポルドは一キロメートルを掛けたが、深い水
溜りはメディーナ道路を邪魔していたので、渋滞は三十分の運転を二時間の運転にな
った。三人の通勤の片道は通常、三十、四十分ぐらいかかったが、今日はレオポルド
が一時間ぐらい運転してきても、まだ住宅に着かなかった。と言っても、メディーナ
道路はビンザーガ住宅の後ろに通ったので、ポールは四輪駆動車の窓から住宅の柵が
見られた。
その時までにはポールの膀胱(ぼうこう)が満たしていた。ポールは克己心(こっ
きしん)に富む人であった。しかし、もう膀胱の刺激が耐えられなかったので、捨て
鉢になってどこでも小便しようと決心した。「僕は小便しなければならないよ」と打
ち明けた後、「じゃあ、行ってくる」といきなり言って、四輪駆動車を降りた。ポー
ルはポールはあせって誰も見えるところを探した。
ジェッダでは公衆トイレがなかった。ポールはそれを知っていて、店のない住宅道
路へ歩いた。彼は羞恥心(しゅうちしん)があり、道で小便することは現代社会の習
慣に悖(もと)っても、この時には心任せにして、社会の掟(おきて)に背(そむ)
かなければならなかった。それで、小路(こうじ)を見たら、無様に車の間に立って
小便をしたが、ポールは何も考えないように歌を口遊んだ。
しかし、いうに言われぬ感じがした。もし、小路で小便していることが知らない人
に見られたら、恥ずかしくなり、紅玉(こうぎょく)ぐらいに頬っぺたが赤くなるだ
ろう。
ポールは四輪駆動車へ戻っている時、知り合いの卓球選手を見た。もう一度家の帰
りの問題を考えはじめた。
第五章
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黄昏(こうこん)の色が濃くなるのは当然である。ポールは車に戻った後、三人は
メディーナ道路の渋滞の中では待ち続けた。それで、学校を出てから、もう合計三時
間が経ってしまった。ポールは彼の小便の後、リラックス出来たが、アナスタシアの
トイレに行きたいのも大そう山々になっていた。単にいうと、彼女も小便しなければ
ならなかった。
しかし、アナスタシアは生来素姓(せいらいすじょう)がよく、崇高美(すうこう
び)のある女の人であった。不品行な人ではなかった。というか、アナスタシアは立
派な女であり、ふしだらな女ではなく、末代の恥辱になりたくなかった。その理由で、
四輪駆動車の中でも道路でも小便することができなかった。
アナスタシアにはトイレが入用であるので、アナスタシアは気詰まりそうな身振り
で、苦悶表情(くもんひょうじょう)で座っていた。気難しい人ではないが、なかな
か厄介な立場にいたので、焦って家に帰りたかった。ポールは探るような様子でアナ
スタシアを見たら、それがわかった。ポールはほかの人間性を考えなければ、問題が
起こるとわかって、残りの選択をまた比較した。
選択が二つあり、甲乃至は乙。言い換えれば、夜中までレオポルドと待つことは甲
で、アナスタシアと一緒に四輪駆動車を降りて、家へ歩くことは乙であった。乙をす
ればレオポルドの望みが叶えられないと気づいた。しかし、ポールは一時間前に外で
歩いたことがあり、今はどっちつかずの立場にもういなかったので、乙である逃亡を
選んだ。と言っても、ポールは四輪駆動車を降りる前に、平和を破壊しないように、
手段を一つ試した。
レオポルドは斑気(むらき)を起こす人なので、ポールはしゃがれた声で外の状態
が偽(いつわ)りなく説明した。そして、「駐車してもいいだろう」繰り返して言っ
た。執拗(しつよう)になるまで、「車を残したらどう」と繰り返して言った。
ひしひし圧力がかかったが、レオポルドは頑固であった。特に、コルの経験を考え
ていて、コルのように強盗されるか、または四輪駆動車が盗まれるかという想像に悩
まれた。つまり、危懼の念にさらされ、車を残して置かない教訓を得た。レオポルド
は難しい顔をして、ポールにその危険性を悟ってぴしゃりと断った。固守(こしゅ)
して彼の目的をきっぱりと言い切った。ポールはごたごたを回避するために後へ戻し
た。アナスタシアと目論見を立てた後、すまなそうな顔をして「じゃあ、また」と言
った。
それは愚かなものであろうが、二人は命懸けで四輪駆動車を降りた。住宅の家へ逃
亡しに、その方向へ歩いた。
第六章
メディーナ道路はビンザーガ住宅の近くで、危険性がより低かった。その上に、夫
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婦はちょいちょいこの道を散歩し、災を避けるために知っている経路を選んだので、
リスクはそんなに高くなかった。
しかし、水が家の近くに膝ほど深かった。水溜りに玄関払いが食わされ、住宅の前
に行ったら、水面のせいで後ろの方へ歩かなければならなかった。
それに、水が見えないほど褐色で、道路のゴミは洪水の波に漂っていた。ぴくぴく
と動いている感電死した遺体を見ないように祈った。注射をもらったが、知らないも
のに免疫性を得なかった。二人はガムブーツを持ってこなかったことを悔やみ、靴を
履いたまま、すっかり濡れてしまった。おまけに、水が褐色なので、ズボンも汚れた。
危害を被らないように爪先で歩道をゆっくり歩いて、火掻(ひか)きのような棒が役
に立つだろうと思った。二人は彼の決定を疑問したが、仕方がなく、喘(あえ)いで
住宅の向かい側へ歩いた。
雨がまだ降っていても、ポールは時々自分の顔から脂汗を拭きながら、濡れて汚れ
た衣服でレオポルドを一人取り残すことを償いでいた。それに雨と洪水はポールとア
ナスタシアの手筈を狂わせたが、しかし、家に着いたら、手際よく住宅の鍵前をはず
した。二人は家に入ったら、狂喜(きょうき)の叫びを上げた。有頂天になった。干
すために、靴をロープにかけた。アナスタシアはトイレ、ポールはの先に、シャワー
を浴びた。二人が着替えをした後、テレビを付け、普通の日課に戻せた。
後書き
サウジアラビアのジェッダ市では雨が降っている現象は非常に稀である。それで、
溝が乏しくて、洪水のリスクが事実である。夫婦はテレビ好きで、好奇心に呪われな
かったが、その夜は二人はソファーから釣り出され、裸足でアラビアの絨毯の上に立
って、外にある水の流れを見た。彼らの考えは無論、レオポルドのことに移した。
幸いなことに、レオポルドも無事に自宅に帰った。もう就寝時間で、甲虫は外の提
灯(ちょうちん)の周りを飛び回っていた。レオポルドは信頼できる人として、ポー
ルに連絡した。
ポールはその電話の後、うつらうつらしていても、その日の出来事を振り返ったら、
目が冴えてきた。それで、彼は軽い毛布に包まったまま、血走った目で枕頭の書を読
み始めた。「この家はちょっと獄舎のようだが、臨終の時を待つ必要はなく、刹那主
義の方がよかろう」と、ポールは思った。
ルーク・エリス作
2014 年
2016 年 8 月 6 日編集