コンフリクトを回避せず解決する基本と真髄とは

OPINION
1
コンフリクト・マネジメント
コンフリクトを回避せず
解決する基本と真髄とは
「コンフリクト・マネジメント」という学問領域がある。
組織における人材の多様化が進む中、対立や衝突を克服し、
より良い解決に結びつけるのに有効だ。日本企業に、まさに今求められる力といえる。
その基本と、日本企業がまずテコ入れすべきことなどについて、
異文化コミュニケーションが専門の鈴木有香氏に聞いた。
鈴木有香氏
早稲田大学 紛争交渉研究所 招聘研究員/異文化コミュニケーション・教育コンサルタント
[取材・文]
=増田忠英 [写真]
=編集部 [イラスト]
=太田暁文
れるが、私は
“日本人だから”
とひと括
じて「正しい答えが1つだけある」かの
りにするのには抵抗がある。少なくと
ように思い込まされる。ゆえに社会に
「コンフリクト」とは、意見の対立や
も、教育、環境、個人の問題の3つの視
出てからも、どこかに
「正しい答えがあ
衝突を意味する言葉である。人は皆、
点から考える必要があるだろう。
るはずだ」
と思ってしまう。
しかし、そも
それぞれ異なった考えを持っている。
ただ、確かに日本では、自己表現の
そも正解などは存在しない。グローバ
人々が共に生活していく中で、相手と
ための「教育」や訓練は不十分だ。学
ルにつながり合う現代社会では、社
意見が異なることは日常茶飯事だ。そ
校教育でも、国語の授業で作者の主
会、テクノロジー、人々の気持ちは刻々
れに対して、私たちは率直なコミュニ
張を慮ることはするが、自分の主張を
と変化し、複雑に関連し合っている。
ケーションを通じて共通認識を持った
伝えるトレーニングはまだ、十分とは言
そのため、求める解は一人ひとりの常
り、合意形成をしたりする必要がある。
えない。また、幼少期から多くの人が
識の枠を超えたところにあるかもしれ
コンフリクト・マネジメントは、そうした
「人に迷惑をかけてはいけない」と聞
ないのだ。その追求に役立つのが
「コ
日常的に発生する意見の対立を、競合
かされて育つ。日本人に限らず、このよ
ンフリクト・マネジメント」なのである。
的にではなく
“協調的”
に解決するため
うな環境で育てば、
「自分の考えはあ
の理論と実践である。
まり主張するものではない」という意識
そもそも、日本人は率直なコミュニ
になるのは当然だろう。
実際、どうやってコンフリクトを解決
ケーションや自己表現が苦手だといわ
さらに、日本では受験勉強などを通
するのか。一部を紹介すると、まず、コ
日本人だから苦手、ではない
July 2016
分析して全容をつかむ
図 1 協調的交渉モデル図
ンフリクトを分析して全容をつかむこ
対立
とが大切だ。具体的には、以下の「世
点化」
「建設的提案」
「破壊的提案」と
立脚点
立脚点
ニーズ
ニーズ
世界観
世界観
界観」
「立脚点」
「ニーズ」
「問題の再焦
いう6つの分析ポイントを把握する必
要がある
(図 1)。
それらを意識しながら①対立する
(根本理由・動機)
立脚点を見つけ、②それぞれの立脚点
の理由となるニーズを探り、③話の流
れから双方の認識方法、
価値観に関わ
る譲れない世界観を把握する。
物理的ニーズ
対立が激しく
なると世界観
の否定になり
がち
水、食物、休息、健康、住居、お金、
時間、学歴、有給休暇、仕事
心理的ニーズ
それぞれのニーズが正確に把握で
安全、愛情、友情、帰属意識、自尊心、承認、
尊敬、楽しさ、勇気、権力、希望、面子
きたところで、
④ニーズに焦点を当てて
問題を捉え直す(再焦点化)。ここで注目
すべき点は、この問題は当事者一方だ
けのものではなく、双方の解決すべき
問題の再焦点化
問題だとすることだ。そして⑤解決の
双方のニーズをどのように満足させられるかを捉え直す
ための前向きなアイデアを提案する(建
設的提案)
。
建設的提案
双方が建設的な提案をしていくた
建設的提案
めには、相手を尊重する態度、双方の
リソース活用、情報共有が重要となる。
まずは自由に発想し、
出てきたアイデア
合意
破壊的
提案
破壊的
提案
を組み合わせたり、
現実の状況や問題
使うと相手に
最大の打撃を
与える提案
行動計画
の優先順位に照らし合わせたりしな
がら解決案を洗練させていき、合意を
つくり上げていく。
図 2 二重関心モデル
5つの解決パターン
強制
協調
Win-Lose
Win-Win
なお、コンフリクトの解決結果を分
「協調」の5つに大別できる。これを
「二重関心モデル」
という
(図 2)。私が
研修でよく行う「国境ゲーム」
(図 3)を
自分への配慮
類すると、
「強制」
「服従」
「回避」
「妥協」
妥協
回避
Lose-Lose
win-win
lose- lose
①発想の転換
②コミュニケーション
③信頼
服従
Lose-Win
例に、
私たちはどれをめざすべきで、そ
こにたどり着くために重要なことは何
相手への配慮
かを解説しよう。
出所:Thomas, K. (1976). "Conflict and Conflict Management" in M.D.Dunnette (ed.), Handbook of industrial and
organizational psychology, Chicago, IL: Rand McNally, pp.889-935.
July 2016
図 3 国境ゲーム
④妥協
(win-win、lose-lose)
な議論をしてしまうことがある。ディ
国境を 2 人で同時にまたぐパターン
ベートは2つの選択肢から1つを決め
もある。互いに半分ずつ譲り合う。
「妥
る方法のため、互いにマイナス部分を
協」し、痛み分けてはいるが、双方が
あげつらうことになり、関係にしこりを
100%満足した結果ではない。
残しやすい。
⑤協調
(Win-Win)
そもそも、現在のように物事が複雑
めざすべきは、双方が 100%満足し
に絡み合い、これまでに経験したこと
た結果を得るための方法であり、この
のない状況が次々と起こるような時代
「協調」である。この場合、
単純に双方
には、AかBかの簡単な議論で答えを
が場所を入れ替わり、相手の領土に行
見いだすことは困難だ。問題の原因を
くことで実現する。
究明しようとしても、その間に環境が
変わってしまう可能性がある。また、
【国境ゲーム】
あなたと A さんの間に
国境線がある。内側はそれぞれの領
土だ。2 分以内にお互いに相手を自
分の領土に入れなくてはならない。
「協調」で問題解決をめざすには、
ある部署の問題を解決したら、その結
①発想の転換、②コミュニケーション、
果が別の部署にとって問題になるとい
③信頼の3つが揃う必要がある。この
うこともある。だからこそ、
全ての関係
ゲームの場合、まずどちらか一方が
者が見解を出し合ったうえで、最適解
「勝ち負けをつけろとは言われていな
を導き出すことが重要である。
(発想の転換)
と気づき、それを相手に
い」
その時に必要になるのが、
「自分た
理解してもらう(コミュニケーション)。しか
ちはどうなりたいのか」という、めざす
し、理解したからといって、相手が自分
姿を明らかにすることだ。その姿は一
①強制
(Win-Lose)
の陣地から動くとは限らない。こちら
部の人間が考えたものではなく、関係
この時、参加者の典型的な行動パ
も誠意を伝え、
動くことを相手に信じて
者一人ひとりの内なる思いと結びつい
ターンは、
引っ張り合って
「強制」
するも
(信頼)
。
もらう必要がある
たものでなければならない。それが灯
の。瞬時に回答が出るが、力ずくで押
こうした「協調」による解決は、他の
台の光となり、最適解への道しるべと
さえ込まれた敗者の心理には否定的
4 つの方法より手間と時間がかかる。
なる。
な感情が生まれる。
しかし、当事者双方の満足のいく結果
個人一人ひとりが、自分の判断を
②服従
(Lose-Win)
が得られるという点で質の高い解決
いったん留保し、別の人の視点や立場
引っ張られて負けた側は「服従」し
方法だ。
で考えるといった、柔軟な姿勢を持つ
たことになる。願望や目的が常に果た
ちなみに、対立の場面では、常に協
こともまた、重要な鍵だろう。
されない状況が続くためストレスにな
調的な解決方法を取らなくてはならな
り、希望やモチベーションが低下し、
いわけではないことも触れておく。双
パフォーマンスも落ちる。
方の関係性や問題を取り巻く環境に応
先の「強制」
「服従」
「回避」
「妥協」
③回避
(Lose-Lose)
じて、解決方法を選択することが求め
「協調」で言えば、最近の人々は
「回避」
何もせずにもじもじしたり、
話し合い
られるのである。
を続けたりして制限時間をオーバーす
るペアも多く見かける。対立を
「回避」
正解は 1 つではない
最近では
「回避」が問題
を取る傾向がある。
「言いたいことは
あっても言ったら損をするから黙って
おこう」
「人に合わせたほうがいい」と
しているのである。しかし先送りして
コンフリクト・マネジメントがうまくい
いったマインドセットが、回避行動を取
も問題はなくならない。
かない理由の1つに、ディベートのよう
らせているといえる。
July 2016
「国境ゲーム」を見てきた経験では、
鈴木有香(すずき ゆか)氏
2000 年代の初めまでは、互いに引っ
米国コロンビア大学ティーチャーズ・
カレッジ国際教育開発プログラムに
て修士号を取得。上智大学大学院
文学研究科教育学専攻博士後期課
程満期退学。ヴァンダービルト大学
講師、カリフォルニア州立大学サン
タバーバラ校講師を経て現職。企
業や官公庁を中心にコンフリクト・
マネジメント、多様性、異文化コミュ
ニケーション、リーダーシップなどの
研修を行う。著書に『人と組織を強
くする交渉力 コンフリクト・マネジメ
ントの実践トレーニング』
(自由国民
社)など。
(強制・服従)
パターンが多く見ら
張り合う
れた。しかし最近は、無理に引っ張り
合うことはほとんどなく、相手に触れ
ず話し合うばかりで、結局、問題解決
できないパターンが増えている。
「強く
引っ張ったら相手に悪いな」という遠
慮が透けて見える。
回避してしまう本当の理由
なぜ回避行動を取ってしまうのか。
それは、会社や人間関係に対する信頼
が揺らいでいるからではないだろう
か。議論の前提には、
反対意見を述べ
れるかもしれない。
「KY(空気を読む)
」と
に答えが用意されているわけではない
たとしても相手との関係が切れないと
いう言葉があるが、その場の空気を大
ということ。また、
自分の内なる思いや
いう信頼感が不可欠だからだ。
事にして壊さないという同調圧力が、
考えを言葉に表し、他者と話し合うこ
背景には、他にも職場の従業員構
若い世代を中心に強まってきていると
とによって解は生まれるという信念を
成や、コミュニケーションのとり方の変
感じる。さらに、子どもの頃から携帯
持つこと― 。こうした考え方へシフ
化、ジェネレーションギャップなどと
電話に親しむデジタル世代の間では、
トできれば、コミュニケーションの在り
いった理由も考えられる。高度経済成
メールなどの文字コミュニケーション
方は自ずと変わってくる。
長期の日本企業は男性正社員中心で
が中心になっている。このことも無関
「言ったら損になる」
「言わなければ
あり、成果主義の導入もさほど進んで
係ではないはずだ。
問題は起きない」などという意識があ
いなかった。そうした同質的な組織で
絆が強かったからこそ、言いたいこと
「それは違う」
と言うには
る限り、コンフリクト・マネジメントの方
法をどれだけ学んだところで、誰も発
が言えたのではないか。また、職場で
回避傾向の一番の問題は、コンフリ
言しないだろう。
対立が起きたとしても、仕事の後に飲
クトを見えなくしてしまうところである。
そもそも我々は
「言わないことのリス
みに行ったりすることで人間関係をケ
対立を顕在化させるには、誰かが「そ
ク」について、もっと意識すべきであ
アするという、日本独自のコンフリクト
れは違う」と声を上げる必要がある。
る。企業の不祥事にも、
「あの時にちゃ
解決の仕組みがあった。
ところが、実際は違うと思っているの
んと指摘していれば、こんなに大きな
しかしその後、
職場での雇用形態の
に場の空気を読んで声を上げず、何と
問題にはならなかった」
というケースは
多様化や男女の働き方の差が是正さ
なく合意してしまうと、あたかも対立や
少なくない。
れたこと、ハラスメントなどの言葉が普
問題はないかのように見えてしまう。
その意味でも、スキルの習得よりも
及することで、相手に強く言うことは難
日本の組織でコンフリクト・マネジメ
先に、マインドをシフトすること。誰も
しくなった。同時に「飲みニケーショ
ントを定着させるには、スキルの習得
が率直に意見を言えるように、組織風
ン」も昔よりは減り、人間関係が構築し
だけではなく、マインドをシフトさせる
土の在り方を見直すことも重要だ。そ
にくくなっている。
ことが重要である。正解は、学校の試
の役割は、まさに人材開発部門が担う
社会の
「不寛容さ」も、
背景に挙げら
験のように1つだけとは限らず、どこか
ものである。
July 2016
J