成蹊大学アジア太平洋研究センター共同研究プロジェクト 「認知言語学の新領域開拓研究」シンポジウム 認知言語学の内と外から 言語変化を捉え直す 認知言語学は、「主観化」「文法化」「意味変化」などの言語変化研究に対し、有効な視点や道具立てを提供してきた。 例えば、Langacker (1990) は、be going to の文法化には物理的移動の把握が希薄化し、認知主体の主観的把握が顕 在化する「主観化」が関わっていると主張する。Sweetser (1990) や Traugott and Dasher (2002) などは、法助動詞 などを例に、意味変化にメタファーなどの一般的認知能力が関わることを主張している。また、Bybee (2007 など ) は、 使用依拠的観点から、使用頻度が言語変化や文法化に影響を与えたことを論じている。このように、認知言語学的言 語変化研究が蓄積されている今、改めて認知言語学が言語変化研究に対し貢献してきたこと ( できていないこと ) を 見つめ直す意義はあるだろう。そこで本シンポジウムでは、認知言語学の観点から言語変化を扱ってきた研究者と、 認知言語学とは一歩離れた立場で言語変化を扱ってきた研究者が、各々の研究成果を発表し対話を図る。それにより、 認知言語学的言語変化研究のこれまでとこれからの発展の可能性を改めて考えるきっかけとしたい。 ∼パネリスト∼ 大橋浩(九州大学) 小柳智一(聖心女子大学) 眞田敬介(札幌学院大学) 野村剛史(東京大学) ∼指定討論者∼ 西村義樹(東京大学) 森雄一(成蹊大学) 8 2016 年 12 (金) 時間 10:30 ~ 18:00 受付開始 10:00 ~ 13:00 ~ 14:30 休憩 会場 成蹊大学 6 号館 501 教室 問い合わせ先:[email protected] 【昼食について】 当日は学園休業日のため、大学内に昼食をとれるところはございません。 近隣にコンビニエンスストアはございます。また、駅近くまで歩けば 食事のとれるところは多くありますが、ご心配の方は昼食をご持参ください。 主催:成蹊大学アジア太平洋研究センター 〒180-8633 東京都武蔵野市吉祥寺北町3-3-1 <アクセス>JR吉祥寺北口より徒歩(約15分)またはバス(約5分) (北口バスのりば1・2番から4つ目の「成蹊学園前」で下車) 譲歩からの変化 大橋 浩 言語に対する認知的アプローチでは、認知主体による言語使用からボトムアップ的に言 語構造が創発するという使用依拠(usage-based)の立場をとる。言語変化は話し手と聞き 手による実際の言語使用の場で生じた新たな意味が拡大するプロセスであると考えられる ので、認知的アプローチを文法化や主観化といった言語変化へ適用することはごく自然な ことであり、認知的アプローチで用いるメタファー、メトニミー、語用論的推論、類推、 抽象化、プロトタイプ的カテゴリーといった概念装置は言語変化の分析への適用を通して その有効性を実証してきたといえよう。 本発表では、 「譲歩」の意味を持つ語や構文から新しい用法や意味が発達する例を取り上 げる。譲歩への発達については先行研究でいくつかのパターンが指摘されている。一方、 譲歩から新たな意味が発達する例に関しては、従来あまりまとまった研究が見られなかっ たが、最近、譲歩表現が、同一文中の主節との関係を表す意味から、文を超えて、後続文 との関係を表す談話的用法を発達させる場合があるという興味深い指摘が見られる。本発 表では、英語の having said that と日本語の「ところで」を取り上げ、これらの表現にお ける意味の拡張や変化が、それぞれの構文的特徴と、譲歩が持つ複合的プロセスに動機づ けられていることを、一部コーパスからのデータに基づく使用依拠的な分析によって示し たい。 副詞と副詞化の条件 小柳智一 本来は副詞でないものが副詞に変化する文法変化(「副詞化」)がある。e.g. 名詞「露」 →副詞「つゆ」,動詞句「統べて」→副詞「すべて」。本発表は,どのような特徴を有する 語句が副詞化しうるかという副詞化の条件を明らかにすることを目的とする。 それにあたって、まず副詞の規定を行う。副詞は周知の通り、規定の難しい品詞である。 それは名詞や動詞とちがって外延がはっきりしないことが主な要因であり,副詞を名詞や 動詞と同じように扱う従来の捉え方ではうまくいきそうにない。そこで本発表では、真に 副詞らしい副詞(と私が考える語類)を典型的な副詞とし、それらに見られる意味特徴を 副詞の本質と見なし、副詞を意味的に規定する。そして、他の副詞(語類)は典型からど のように外れているかを示すことによって、副詞全体を連続的な一まとまりとして捉える 見方を示す。 次に、これを踏まえて、副詞化する語句はどのような条件を満たす必要があるかを考察 する。副詞化の条件には、意味的条件と統語的条件が考えられる、前者は上述の副詞の意 味特徴を持ちうるかどうか、後者は連用修飾機能を持ちうるかどうかが問題になる。統語 的条件に関しては、動詞句や形容詞句の場合、それ自体に連用修飾機能があるので、副詞 化することに問題はないが、名詞が副詞化する際には新たに連用修飾機能を獲得しなけれ ばならない。名詞がどのような方策によって、連用修飾機能を獲得して副詞化するかを最 後に述べる。 本発表の副詞の捉え方は、認知言語学のプロトタイプ論と親和性があるように思われ、 討論の場ではそのことが話題になるだろう。 認知言語学と歴史語用論の交流 ―must の主観的義務用法の成立過程の研究を通して― 眞田敬介 認知言語学的観点からの通時的研究と歴史語用論は、言語変化を実際の言語使用やコミ ュニケーションなどとの関わりから分析するという共通点を持つ。しかし、発表者の知る 限り、双方が交流を図りつつ研究を進める余地はまだ大いに残されている。本発表は、認 知言語学と歴史語用論の交流の可能性を、must の主観的義務用法の成立過程の研究を通し て考察する。 must の主観的義務用法は、話し手の願望が関与する文脈で義務が表わされる用法と定義 する。この用法は発表者の調査では、古英語 motan には見つかっていないが、その萌芽的 用法を motan の実例に見出すことが可能である。その萌芽的用法とは客観的義務用法と主 観的祈願用法であるが、本発表では、この 2 つの用法が混合した結果、主観的義務用法が 成立したことを論じる。この成立には、 「義務」と「祈願」が語用論的に隣接関係を成す点 が重要に作用するが、ここに認知言語学と歴史語用論の交流の可能性があることも合わせ て指摘する。 共時態と通時態 野村剛史 例えば、現代語のノダ文については、実に多用な説明(解釈)がなされて来た。代表的 な説明は、どの説明も相応にももっともな点が認められるが、どの説明が最も適切か、な かなか議論がかみ合わない。その原因はもちろんノダ文の多用な用法の存在に求められる 訳だが、他方では、議論における「説明の評価基準」の不明確性が認められそうである。 近年、言語(文法)の理論の前提として、①ソシュール型の「共時態と通時態の峻別」、 ②仮説提示型の議論展開、③反証主義、などのような議論が広く承認されて、古くからあ る検証主義型の議論が軽視される傾向がある。ノダ文の(だけではないが)議論がかみ合 わないままの「言いっ放し」に終始しがちなのも、何が「検証」事実となり得るか、顧み られることが乏しかったことに一つの原因があるように思われる。 ①によって、歴史的な説明が共時態の議論に禁じられてきた。しかし、ノダ文のような 多用な用法を持つ言語要素については、ある用法から他の用法への変遷が歴史的に明瞭で あれば、それが言語認知の自然な変異の「実証」として認められるべきものと述べたいと 思う。
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