中学校における数学的活動を重視した 発展的な学習のカリキュラム開発

神奈川県立総合教育センター長期研修員研究報告2:***~***.2004
中学校における数学的活動を重視した
発展的な学習のカリキュラム開発
-図形領域を中心とした授業の工夫-
武
政志 1
学習指導要領が示す内容を身に付けている生徒に対して、数学的活動を重視した発展的な学習を行うこと
で、より一層数学的な見方や考え方、主体的・意欲的に取り組む力を身に付けさせたいと考えた。そこで、
中学校数学科の図形領域に絞って3年間を見通した指導計画や教材・教具の開発、指導法の工夫などの発展
的な学習のカリキュラムを研究した。
はじめに
性を一層明確にする中、中学校の数学科においても、
発展的な学習や補充的な学習などの個に応じたきめ細
高等学校学習指導要領解説数学編(平成11年)では、
算数・数学科の現状と課題について、「小学校の中・
かな指導をより充実し、推進していくことが強調され
るとともに、数学的な見方や考え方のよさを進んで活
高学年から中学校、高等学校へと進むにつれて次第に
用する態度を育てる指導法が求められている。将来に
抽象的な内容が増えていき、算数・数学が比較的得意
おいても、資源の乏しい我が国が科学技術創造立国と
な者と苦手な者とに分かれ、数学嫌いが増えていく傾
して、なお一層発展するためにも、数学的な見方や考
向が見られる。また、算数・数学の学習内容には系統
え方の育成が必要不可欠であると考える。
性があるため、ある段階で理解が困難になった児童生
そこで、本研究では、学習指導要領の内容を身に付
徒は、その後の学習が遅れがちあるいは困難になると
けた生徒に対して、数学的活動を重視した発展的な学
いう状況が見られる」ことが示されている。
習を行うことで、より一層数学的な見方や考え方とと
また、OECDによる「生徒の学習到達度調査(P
もに、主体的・意欲的に取り組む力を身に付けさせた
ISA)」(平成12年)では、我が国の子どもたちは
いと考えた。その過程を通じて、数学の有用性などを
宿題や自分の勉強をする時間は参加国中最低であるこ
再確認させ、科学技術の基盤をなす創造性の基礎を培
とが明らかになっている。さらに、平成13年度教育課
うことも視野に入れ、中学校数学科の図形領域に絞っ
程実施状況調査(中学校)の結果では、「数学の勉強
て、三年間を見通した指導計画や教材・教具の開発、
は大切ですか」の質問に対し、約7割以上の生徒が肯
指導法の工夫などの発展的な学習のカリキュラムを研
定的な解答をしているにもかかわらず、「数学の勉強
究した。
は好きですか」の質問に対する肯定的な解答は約4割
に、「数学の授業が分かりますか」の質問に肯定的に
研究の内容
答えた生徒は約5割にとどまっている。
これまでの私の授業経験を振り返ってみても、習熟
1
の程度に大きな差があることや、授業を理解している
発展的な学習のとらえ方
発展的な学習とは、個に応じた指導の充実を図るた
生徒の中にも、解法や公式を暗記し、それをあてはめ
めに、学習指導要領が示す内容を身に付けている生徒
て単に答えや結果を出すことだけが数学の学習だと誤
に対して行う学習である。能力・適性、興味・関心に
解している生徒がいた。また、調査結果などで指摘さ
応じて、既習事項をもとに自らの知識を再構築し、数
れているように、数学の勉強は大切だとはわかってい
学的活動を通してさらに内容を深めたり、生活などに
るが、好きになれない生徒、授業以外では自ら進んで
広げる学習である。また、高校の学習または次学年の
勉強はしたくない生徒を目の当たりにした。
学習内容まで進める学習でもある。
平成14年度から小・中学校において全面実施されて
数学科の学習内容は、系統性があるので、教材の工
いる学習指導要領では、教育内容を厳選し、最低基準
夫や提示方法によっては、内容を進め高等学校の学習
内容を先取りすることも可能である。また、「別の方
1秦野市立北中学校
研修分野(算数・数学)
法や表し方でも同じ答えは出るか」や「もし~でなか
ったら」、「もっと簡潔に解を求められないか」など
- 1 -
と教材を見直すことによって、その学習内容を深めた
動を刺激し合い、互いに誘発しながら思考は高まって
り、広げたりすることができる教科である。
いくものである。数学的活動は、発展的な学習におい
理解が十分であり、さらに学習したいと思っている
ても是非取り入れたい活動である。
生徒には、発展的な学習に取り組むことで、学ぶこと
(2)オープンエンドの問題の利用について
の楽しさや追究する充実感を味わうことができるので、
オープンエンドの問題による指導は、正解の多様性
学習意欲の向上と数学的な見方や考え方の育成につな
を生かした授業を展開し、その過程において既習事項
がると考える。
を様々に使い、多様な考え方を知る体験をすることが
しかし、単に高度な内容を扱うなど、教師が思いだ
できると考え取り入れる。
けで先走ってはならない。あくまでも学習の主体は生
(3)問題解決的学習の導入について
徒であり、生徒にとって問題や課題は真実味や必然性
「問題解決的」とは、単に文章題や問題を解くとい
が伴う必要がある。また、実施にあたっては、生徒一
う狭い意味ではなく、主体的に問題に取り組み、既習
人ひとりの学習状況を日頃から把握し、生徒の過度の
の知識や技能を生かして、新しい問題・課題を解決し、
負担にならないように配慮することが大切である。
さらに新しい知識や技能を身に付けていくことである。
問題解決の過程で、数学的な見方や考え方などを身に
2
図形領域に特化した理由
付けさせたいと考え取り入れる。
中学校の数学科の図形領域の学習は、身近にある図
(4)ITの活用について
形について観察・操作・実験などの数学的活動を通し
コンピュータなどを、生徒の意欲や興味・関心を高
て、自分の考えや直観、既習事項をもとにして筋道を
めるためや、効率よく正確な図やグラフを提示し、動
立てて考えることである。そして、考えた結果を論理
的なものをとらえやすくするために活用する。さらに、
的に文字などで表す学習でもあると考えられる。
コンピュータなどが、数学的活動を誘発し、思考を活
小学校では、どちらかというと帰納的に考えること
発にするとともに、効果的な授業の展開を可能にする
が多いが、中学校では、演繹的に考えることが求めら
と考え、授業に活用する。
れる。さらに、図形の学習の多くは、結論に至るまで
の筋道を遡りながら、見通しをもち、それらが結論と
4
カリキュラム開発について
違う場合は、再び別の筋道を立てて考えなければなら
3の教材開発の視点で作成した発展的な学習(①~
ない。このような図形の学習は、以下の点で創造性の
⑪)を、各学年の図形領域に盛り込んだ指導計画を作
基礎を培うにはもっとも適している領域と考えた。
成した。
・考える過程を視覚的に裏付けられること
【1年生】
・歴史もあり豊富な話題があること
①円の中心
・直観や論理的な考え方と多面的なものの見方を扱
④球の表面積・体積
②正多角形の作図
③立体の展開図
【2年生】
う機会が多いこと
・具体的操作をもとに考えられること
⑤星形多角形の内角の和
⑥平行線間の折れ線による角
⑦円に内接する四角形の性質
3
教材開発の視点
【3年生】
⑧相似な図形の面積比・体積比
数学的な見方や考え方については、明確な定義はな
く、いろいろなとらえ方(帰納、一般化など)がある。
⑩三角比(タンジェント)
⑨重心
⑪軌跡(ITの活用)
発展的な学習の配当時間については、従前のカリキ
多くは、数学の問題を解決するときや数学的活動をす
ュラムを踏まえ、生徒の負担が過重とならないように
るときに表れてくると思われる。
本研究において身に付けさせたい数学的な見方や考
配慮した。また、指導形態については、基本的には発
え方については、本研究が、図形の領域であることな
展的な学習と補充的な学習に分けて少人数で行うが、
どから、類推、演繹に注目した。さらに、多面的(森
生徒の実態に応じながら臨機応変に対応できる態勢を
田
整える。
2001)を加えて三つに絞っていきたいと考える。
そこで、日常の身近な話題も取り入れながら、発展
5
的な学習の教材開発を次の視点で行うことが、数学的
授業実践について
開発したカリキュラム(3年生⑩タンジェント)に
な見方や考え方の育成に効果的であると考えた。
(1)数学的活動の重視について
基づき、実践した授業の一部を紹介する。
数学的活動とは、まず実際に手やものを使って対象
(1)発展的な学習のねらいと考え方について
この発展的な学習は、内容を進め、高等学校で学習
に働きかけていく具体的操作など観察が可能な活動と、
振り返って考えるなどの内面的な活動とに分けられる
するタンジェントを理解するとともに追究する楽しさ
ことが多い。しかし、この二つの活動は、お互いの活
や達成感や成就感をより味わうことをねらいとした。
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直角三角形の相似比を整理しながら、底辺と高さの比
と比較しながら、底辺:高さの値を予想させた。
に注目させ、角度が決まれば底辺と高さの比は直角三
角形の大きさによらず一つに決まることを無理なく気
づかせる。そして、その比が高等学校で学習するタン
ジェントであることを知らせ、タンジェントの考え方
を理解させる。身近な場面の問題を解くことでタンジ
ェントの理解の定着を図ることを目指した。以上の過
第3図
程を通じて、数学的な見方や考え方をより一層育成し
相似な直角三角形の性質
そして、タンジェントの表を配布し表の見方を説明
たいと考えた。
した。ここで、建築基準法施行令にもふれ、階段の作
(2)授業の様子について
第一時間目の導入では、二つの階段(第1図)を図
り方には一定の約束があることを知らせ宿題へとつな
示し、どちらの階段が歩きやすいか、よく見かける階
げる伏線とした。最後に、身近な場面の問題をタンジ
段はどちらかを問いかけてみた。
ェントを用いて解く練習(第4図)へ進んだ。
C
21m
A
35m
B
エスカレータの勾配
第1図
二つの階段の比較
この道路の勾配は?
∠CABは?
展開では、その歩きやすい階段の構造を数学的に表
第4図
すことを目標に、オープンエンドの問題として扱った。
ワークシートの問題
それぞれの問題の場面を想像させ、数学の学習が身
まずは、階段の辺の長さや関係、角の大きさなどに注
近なところにあることをも感じさせながらタンジェン
目させ、その関係をワークシートに表した。
トの意味を再確認した。さらに、階段の勾配を角度で
M
G
はなく比で表せることや、自分の感覚で受け止めてい
F
L
た緩やかや、急という事実を数値でとらえさせる課題
E
K
として、自分の近くにある階段を調べ、タンジェント
D
J
の表をもとにその階段の勾配を調べる宿題を出した。
C
I
(3)生徒の反応について
B
H
生徒の感想を以下に示す。
・底辺と高さだけで角度がわかってしまうのはスゴ
U
T
S
R
Q
P
A
O
イし、相似が身近にあるなぁと思いました
・少し難しく考えさせられたけど、楽しくできてよ
第2図
くわかり、数学が楽しくなった
階段の構造
・数学が生活にいかされていることがよくわかり、
主体的な活動を促すために考える時間を保障しつつ、
身近な場面の問題も解いてとても楽しめた
机間指導においても励ましの言葉をかけ、数学的活動
を促進し学習状況の把握に努めた。また、様々な見方
授業中の生徒の様子からも、反応は概ね良かったと
や考え方を引き出すために、生徒が考えたものはどん
判断できる。その一方で、第二時間目の最後に行った
なものでも取り上げ誉める肯定的評価を心がけた。次
練習問題の正答率を見ると、時間的な余裕が少なかっ
に、補助線を加え、第2図の中に見られる三角形の特
たとはいえ、理解している生徒が多くないという結果
徴に注目させ、三角形が相似であることを証明した。
になった。達成感や成就感については課題が残った。
ここで、相似な直角三角形は対応する辺の比が等し
これは、「相似な直角三角形の比(底辺:高さ)が
いことを確認し、その中から特に底辺:高さの比に注
一定である。比が決まれば角度が決まる」ことの確認
目させた。そして、本時の目標である「相似な直角三
が、今一歩足りないことが原因と考えられる。そして、
角形は大きさによらず、相似ならば、底辺:高さの比
宿題では、第5図のように自分の身近にある階段につ
がすべて等しいこと。その比は、底辺と高さをはさむ
いて調べ、配布したタンジェントの表から階段の角度
角度によって決まること」(第3図)を確認した。
を求めさせた。ほとんどの生徒が、自分の家や学校の
第二時間目は、前時の確認をし、直角二等辺三角形
階段、秦野市総合体育館などの階段を調べることがで
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きた。このことは、普段何となく感じ取っていること
よって、生徒が数学を好きになり、より一層数学的な
(階段の勾配は急だ、緩やかだなど)を数値で表すこ
見方や考え方を身に付けていく見通しをもった。
とを体験した点で意義深い。さらに、ある生徒が、自
無論、発展的な学習を積み重ねていくためには、他
分の家の階段や友人の家の階段を調べたところ、ほと
の領域においても三年間を見通したカリキュラムや魅
んどの勾配が40度前後であったのに、秦野市総合体育
力的な教材が必要であると考えている。今後、開発し
館の階段の勾配は31度であったという。このことを比
たものをこれからの実践の中で点検、検討、見直しを
較して、お年寄りや小さい子どもなど、さまざまな人
し、より魅力あるカリキュラムにしていかなければな
が利用する体育館の階段の勾配が、40度であると危険
らない。そして、少人数指導や習熟度別指導など個に
が伴うからではないかと考察していた。
応じた指導について、補充的な学習も含め指導法の工
夫や魅力ある教材の開発なども続けていく必要がある。
【家の階段】の場合
最後に、授業実践を通して、カリキュラムとともに
高さ
≒0.90→角度は約42度
底辺
23cm
重要なことは、画一的に知識を教え込むことではない
こと。さらに、数学科教師である自分自身の心構えと
して、考えることや数学を楽しむことなどを実際に体
25.5cm
【総合体育館の階段】の場合
高さ
=0.6→角度は約31度
底辺
18cm
験し、生徒とともに授業を創り上げていく志を常にも
つことであると再確認した。
おわりに
30cm
今回の研究で行った「発展的な学習」の授業実践で
第5図
提出された宿題
は、生徒が主体的・意欲的に数学の授業に取り組む姿
これは、感覚を数値に表すことだけにとどまらず、
を目の当たりにすることができた。一方、数学的な見
表した数値の意味を比較し、その二つの数値が違う理
方や考え方をより一層身に付けさせたいと考えたが、
由を具体的な状況も想像しながら検討することができ
数回の授業のみでは簡単に身に付くものではなく、見
たと考える。そのことによって、実生活と数学の学習
取り方とともに今後の課題となった。しかし、授業の
が結びつくきっかけになったと思う。このように、身
様子や生徒の態度などをみると、意欲的に取り組む中
近で何処にでもある階段について内容を進め、タンジ
から追究する楽しさ、達成感や成就感を味わっている
ェントの考え方で見つめ直す発展的な学習を行うこと
生徒の姿を数多く見ることができ、このことを積み重
によって、生徒の数学への意識も変わり、数学的な見
ねることによって、より数学的な見方や考え方を身に
方や考え方を身に付けさせる機会となったと判断でき
付けていけるのではないかと考えた。今後も教材開発
る。
や指導法について研究を続け、実践を積み重ねていき
たい。
研究のまとめ
引用文献
本研究では、図形領域における発展的な学習のカリ
森田圭一 2001 「数学的な見方や考え方を育成する授
キュラムを開発し、それをもとに発展的な学習を実践
業の在り方」 『岡山県教育センター長期研修員報
した。今回研究を進めてきて、第一に、発展的な学習
告書』p.21
は個に応じた指導法の一つであり、教師側の授業の手
文部省 平成11年『高等学校学習指導要領解説数学編』
p.4- 5
だてや教材の工夫などで成立するものであること。第
二には、生徒にとって、自分が受ける授業が発展的な
学習であるとか補充的な学習であるということはあま
参考文献
り関係なく、その授業の一時間が生徒にとって、意欲
岡部進 1985 『算数・数学教育の発想』 教育研究社
的・主体的に取り組めたのか、わかる授業・たのしい
片桐重男 1988 『数学的な考え方の具体化』明治図書
(成就感のある)授業であったかということが大切で
島田茂 1996 『算数・数学科のオープンエンドアプロ
ーチ』 東洋館出版社
あることを改めて認識した。
授業実践では、意欲的に学び、さらに深く考え、知
相馬一彦 1997 数学科 『問題解決の授業』 明治図書
的好奇心が強くなっている生徒の姿が見られ、教師に
文部省 平成11年『中学校学習指導要領解説数学編』
とっても成就感を得ることができた。さらに、様々の
文部科学省 平成14年 『個に応じた指導に関する指導
工夫が報われ、授業をする楽しさを感じることができ
資料(中学校数学編)』
た。そして、わかる授業・たのしい授業の積み重ねに
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