繰延税金負債のディスカウント論争(3)†

衣川 : 繰延税金負債のディスカウント論争(3)
商学論集 第 85 巻第 1 号 2016 年 7 月
【 研究ノート 】
†
繰延税金負債のディスカウント論争(3)
【研究ノート】繰延税金負債のディスカウント論争(2)†
衣 川 修 平
衣川 修平
【要 旨】
【要
旨】
ディスカウントは,
会計測定における重要な問題であるが,これまで会計学分野において十分
ディスカウントは,会計測定における重要な問題であるが,これまで会計学分野において十分に論じら
れてきたとは言い難い。本稿では繰延税金負債のディスカウントをめぐる論争の検討を通して,この問題
に論じられてきたとは言い難い。
本稿では繰延税金負債のディスカウントをめぐる論争の検討を
の論点整理を行う。第 3 稿では,Wolk-Tearney(1980)の所説を取り上げる。
通して,
この問題の論点整理を行う。第 2 稿では William-FindlayⅢ(1975)において展開された,
Nurnberg(1972)の諸説を踏まえた上での批判と,最終的な結論である税引後資本コスト説につ
【キーワード】
いて詳述する。そしてその上で,William-FindlayⅢ(1975)に対するいくつかの疑問を提示する。
税効果会計,繰延税金,ディスカウント,割引率,機会費用,包括的配分法,部分的配分法
目 次
【キーワード】
-Tearney(1980)のディスカウント論
5. Wolk税効果会計,繰延税金,ディスカウント,割引率,機会費用,リスク
5.1 Wolk-Tearney(1980)の部分的配分法
5.2 包括的配分法・対応概念への批判
目
次 5.3 包括的配分法の下での貸借対照表項目の解釈
5.4 Wolk-Tearney(1980)の税引前他人資本コスト説
4.William-FindlayⅢ(1975)のディスカウント論
5.5 小括
4.1 (未完)
Nurnberg(1972)の理論的・実務的結論
4.2
ウインドフォールと株主資本コスト説
4.3
繰延税金負債の財務的性質
-Tearney(1980)のディスカウント論
5. Wolk
4.3.1
企業の資本投資政策と繰延税金負債
4.3.2
繰延税金負債のリスクの特徴と他の金融商品との類似
4.3.3
Nurnberg(1972)の最適資本構成への批判
4.3.4
税引後株主資本コスト説の提唱
Nurnberg(1972)は,負債法の採用を主張し,そして機会費用概念を導入した上で,繰延税金
負債のディスカウント論を展開した1。William-Findlay III(1975)は,Nurnberg(1972)の負債法,
機会費用概念という前提条件を踏襲しつつ,主に採用されるべき割引率の問題について独自の説を
提示した2。
4.4これに引き続き公表された論文が,Wolk
William-FindlayⅢ(1975)の主張に対する疑問
-Tearney(1980)である。Wolk-Tearney(1980)の論
(未完)
文には,二つの点で時代背景が反映されているものと考えらえる。第一点が,1978 年公表の
†
本研究は,科研費基盤研究(C)(課題番号 : 26380597)の助成を受けて行われた。
1
4.William-FindlayⅢ(1975)のディスカウント論
衣川(2013)
衣川(2014)
4.1 Nurnberg(1972)の理論的・実務的結論
2
前章において,William-FindlayⅢ(1975)は,繰延税金負債の割引率について,内部収益
― 75 ―
率説,TAN レート説,租税延滞利息率説を再検討のうえ棄却した。特に,内部収益率説と
TAN レート説を,分離定理(separate theorem)に基づき否定したことは,重要な指摘であ
商 学 論 集
第 85 巻第 1 号
SSAP3 第 15 号の公表であり,第二点が,実証的な会計学研究の勃興である。
また Wolk-Tearney(1980)の論文は,二つのパートに分けられる。前半のパートでは,負債法
と部分的配分法の検討が加えられ,繰延税金負債が他人資本なのか株主資本なのか,が論じられる。
これを踏まえたうえで,後半のパートにおいて繰延税金負債のディスカウントが論じられる。ただ
し Wolk-Tearney(1980)から以降の論争では,繰延税金負債が他人資本だとするとどのようなリ
スクを有する他人資本で,その場合はどのような割引率が採用されるべきであるといった,繰延税
金負債の性質についての論争は沈静化してゆく。そしてそれに替わって,税引前割引率と税引後割
引率のどちらを採用するのかが,議論の中心となる。
5.1 Wolk-Tearney(1980)の部分的配分法
Wolk-Tearney(1980)の前半のパートの主張は,結論から述べれば,負債法・部分的配分法を採
用すべき,とするものである。このような主張は,1967 年公表のアメリカの税効果会計基準,
APBO4 第 11 号で採用されていた繰延法・包括的配分法と対極に位置するものである。負債法や部
分的配分法は,まずイギリス基準において制度化された。繰延法と負債法の選択適用が,1975 年
公表の SSAP 第 11 号によって認められ,部分的配分法は 1978 年公表の SSAP 第 15 号において初
APBO 第 11 号と SSAP 第 15 号が取り上げられており,
めて採用された。Wolk-Tearney(1980)では,
繰延法から負債法への制度会計の潮流の変化による影響が見て取れる。
ここで包括的配分法と部分的配分法の明確な定義が存在せず,各基準や論文において多少の混乱
が見られるので注意が必要である5。Wolk-Tearney(1980)も論文中で明確な定義を示しているわけ
ではない。しかしその部分的配分法は,論文末の設例 TABLE1 を見ると,反復的差異を把握対象
から除外するものであると考えられる6。また論文中で SSAP 第 15 号が取り上げられていることか
ら,SSAP 第 15 号の定義に従ったものと考えることもできよう。SSAP 第 15 号では,長期的差異
と反復的差異がその差異の把握対象から除外されている7。
5.2 包括的配分法・対応概念への批判
Wolk-Tearney(1980, p. 119)は,包括的配分法は,収益と費用の対応概念を根拠として主張され
てきたとする。これは繰延法・包括的配分法を採用した場合,通常,収益(税引前利益)と費用(法
人税等)の税率による関数的な対応関係が成立することによる8。これについては,後に図表 8-1 の
3
Statement of Standard Accounting Practice
4
Accounting Principles Board Opinion
5
これについては衣川(2012)で詳しく論じた。このような混乱の原因は,包括的配分法と言いながら,各国
基準において例外項目が多く設定されていることにある。つまりそれが例外項目を有する包括的配分法なの
か,端的に部分的配分法とすべきなのか,論者によって解釈が分かれているのである。
6
Wolk-Tearney(1980, p. 128)。反復的差異については衣川(2014, 108-109 頁)で既に詳述した。
7
ASC(1978, pars. 8-9)
8
齋藤(1999, 21 頁)はこれを「関数的対応関係」とする。ただし税率の変更があるときは,一部の会計期間
で関数的対応関係からの離脱が起こる。また永久差異は,もとより包括的配分法の下でも,差異の把握対象
から除外されており,永久差異が発生する会計期間においても関数的対応関係からの離脱が不可避に起こる。
― 76 ―
衣川 : 繰延税金負債のディスカウント論争(3)
設例で説明を行う。逆に部分的配分法を採用すると,つまり何らかの差異を把握対象から除外する
と,関数的対応関係が成立しなくなることを指している。
Wolk-Tearney(1980, p. 120)は,まずこのような対応概念に基づく税効果会計を批判するために,
意思決定有用性目的に基づく会計研究を取り上げている。それは Beaver-Dukes の著名な二本の研
究論文である。まず Beaver-Dukes(1972)は,① 繰延法を適用して税配分を行った利益が,その
他の,② 適用しなかった利益,③ キャッシュ・フローと比較して,株価と最も強く関連している
ことから,APBO 第 11 号の導入が正しかったことを示唆している。その上で,
Beaver-Dukes(1973)
では,繰延法に加えて,税引後法(net of tax method)9 による税配分を比較対象に加えると,税引
後法が最も有用であるとしている。これをもって Wolk-Tearney(1980)は,対応概念に基づく
APBO 第 11 号の包括的配分法を批判するのである。
ここでもう少し税引後法について説明しよう。税引後法とは,税効果額を,その税効果の起因と
なった対象項目に直接加減算する方法である。具体的には Beaver-Dukes(1972)でも取り上げら
れたように減価償却がその例として主に考えられる。この場合は,税効果額が減価償却額に直接加
減算され処理される。税効果額は独立の勘定としては処理・表示されない。それでは具体的に設例
を用いて税引後法を説明する。
<設定条件>
1. 期首に取得原価 600 の機械を購入する。
2. 機械の償却年数は 3 年で,残存価額は 0 とする。
3. 減価償却方法は,財務諸表上は定額法,納税申告書上は級数法とする。
4. 法人税等の税率は 50% とする。
5. 毎年十分な課税所得を有するものとする。
6. 償却前利益が毎年 1,200 あるものとする。
図表 8-1 通常のケース
【損益計算書】
X1 期
X2 期
X3 期
償却前利益
1,200
1,200
1,200
減価償却費
200
200
200
1,000
1,000
1,000
税引前利益(a)
△ 100
0
100
課税所得
税効果差異
900
1,000
1,100
法人税等
450
500
550
50
0
△ 50
法人税等調整額
当期税金費用(b)
【税負担率(b)÷(a)】
当期純利益
500
500
500
50.0%
50.0%
50.0%
5,000
5,000
5,000
しかしこの場合は,依然として対応関係をコア概念とする会計処理が行なわれているものと考えられる。
9
税引後法は純税額方式ともいう。例えば APB(1967, para.21)の邦訳など。
― 77 ―
商 学 論 集
【貸借対照表】
減価償却累計額
繰延税金負債
第 85 巻第 1 号
X1 期
X2 期
X3 期
200
400
600
50
50
0
【仕訳】
X1 期 : 繰延税金負債 : 税効果差異 100 × 50% = 50
(借)減価償却費 200
(貸)機械減価償却累計額 200
(借)法人税等調整額 50
(貸)繰延税金負債 50
X2 期 :
(借)減価償却費 200
(貸)機械減価償却累計額 200
X3 期 :
(借)減価償却費 200
(貸)機械減価償却累計額 200
(借)繰延税金負債 50
(貸)法人税等調整額 50
図表 8-1 は,通常の税効果会計の仕訳と損益計算書,貸借対照表を示したものである。損益計算
書上の税負担率の項目で,税引前利益(a)と当期税金費用(b)が税率の 50% で対応しているこ
とが確認できる。
図表 8-2 税引後法のケース
【損益計算書】
X1 期
X2 期
X3 期
償却前利益
1,200
1,200
1,200
減価償却費
250
200
150
税引前利益(a)
950
1,000
1,050
課税所得
900
1,000
1,100
法人税等
450
500
550
税効果差異
法人税等調整額
当期税金費用(b)
【税負担率(b)÷(a)】
当期純利益
【貸借対照表】
減価償却累計額
450
500
550
47.4%
50.0%
52.4%
5,000
5,000
5,000
X1 期
X2 期
X3 期
250
450
600
【仕訳】
X1 期 :
(借)減価償却費 250
(貸)機械減価償却累計額 250
X2 期 :
(借)減価償却費 200
(貸)機械減価償却累計額 200
X3 期 :
(借)減価償却費 150
(貸)機械減価償却累計額 150
図表 8-2 が,同じ設例条件による税引後法の仕訳と損益計算書,貸借対照表である。双方の仕訳
― 78 ―
衣川 : 繰延税金負債のディスカウント論争(3)
を比較すると理解できるように,税引後法では,法人税等調整額を減価償却費に,繰延税金負債を
機械減価償却累計額に加減算して,仕訳する。
税効果差異が発生かつ解消した X1 期と X3 期において,
図表 8-2 の損益計算書をを見ると確かに,
税負担率は,税率の 50% から乖離しており,関数的対応関係からの離脱が観察される。しかしこ
れはあくまでも表示上である。乖離の原因は,法人税等調整額が減価償却額に含まれて表示されて
いることによるものであり,依然として関数的対応関係は成立している。
ここで税引後法の目的には二つの解釈がありうる。一つは税引後法は,上述通り,やはり単なる
表示上の技法であり,依然として関数的対応関係に基づく税金配分を重視しているとする考え方で
ある。もう一つは,税引後法は,関連する資産や負債について,税効果額を加味した額で評価する
ことを目的とした処理方法であり,結果として関数的対応関係が成立することもありうるが,それ
は目的ではないとする考え方である。例えば,税引後法の税率として,負債法と同じく税効果差異
が解消する会計期間における税率(将来税率)を採用し10,税率の変更に伴う再評価や繰延税金の
解消可能性を考慮した再評価を行う場合,関数的対応関係からの離脱は一層鮮明になる11。WolkTearney(1980)の考え方は,明らかに後者であろうと考えられる12。
しかしここで,Wolk-Tearney(1980)のこのような対応概念への批判は外在的批判であるとする
論者もあろう。対応,配分といったコア概念を基にした伝統的な会計観と,意思決定有用性目的を
基にした会計観は,純理論的には異なる体系を持つものと考えられるためである。この場合,どち
らの会計観が選択されるべきかは,価値判断に属するものとなる。Wolk-Tearney(1980, p. 119)は,
冒頭でも,部分的配分法を純理論的な根拠(purely logical grounds)に基づくものではなく,価値
判断として支持していると述べている。図表 9 のように整理するならば13,Wolk-Tearney(1980)
の包括的配分法と部分的配分法の二分法は,主張のとおり価値判断でしか決定できないものとして
理解できる。
図表 9 Wolk-Tearney(1980)の二分法
差異の把握方法
計算法
重視する財務諸表
コア概念ないし会計目的
包括的配分法
繰延法
損益計算書
対応・配分
部分的配分法
負債法
貸借対照表
将来キャッシュ・フロー予測
あるいはここで二つの会計観を排他的な体系を有するものと考えるのではなく,意思決定有用目
的を最高規範として,どちらの会計観の下における測定方法であろうとも,より情報有用性を増加
10
繰延法は,税効果差異が発生した会計期間における税率(現行税率)が採用される。
11
このようなケースとしては,衣川(2011, pp. 27-29)で示した【ケース 5(a)
(b)】などがある。
12
ただ前者のように税引後法は単に表示上の技法であると考えたとしても,関数的対応関係を強調した表示方
法よりも,税効果額を加減算して固定資産を表示する方法の方が,情報の有用性が高いという可能性はある。
13
図表 9 のような整理は,Wolk-Tearney(1980)の論旨から筆者が整理したもので,論文中に明示されている
わけではない。なお,部分的配分法の目的を将来キャッシュ・フローの予測とすると,「配分法」という表
現には矛盾が出る可能性があるが,ここでは Wolk-Tearney(1980)の二分法の用語に従うものとする。
― 79 ―
商 学 論 集
第 85 巻第 1 号
させる測定方法が選択されるべきとする考え方もあろう14。つまり,繰延法・包括的配分法より負
債法・部分的配分法のもたらす情報の方が意志決定にあたり有用性を有するので,後者を採用する
と考えることもできる。
Wolk-Tearney(1980)の考え方が,このように整理されているかどうかは不明である。論文では
終盤において,包括的配分法よりも部分的配分法の方が財務諸表利用者にとってより価値関連性
(relevance)をもたらすとの結論が示されている15。しかし,部分的配分法がもたらす税効果にかか
る財務諸表項目の価値関連性が実証的に示されているわけでない点には注意が必要である。
5.3 包括的配分法の下での貸借対照表項目の解釈
次に Wolk-Tearney(1980)は,包括的配分法の下での税効果にかかる貸借対照表項目に対する
批判的検討を行う。そして,包括的配分法を否定することによって,自説である負債法・部分的配
分法へと結論を導こうとする。
包括的配分法の下で繰延税金貸方項目(deferred tax credits)は,
Wolk-Tearney(1980)の考えでは,
負債(liability),繰延項目(deferred credits)
,新しい形態の株主資本(a new form of equity)とし
て解釈されうる。
このうち繰延項目説は,繰延法・包括的配分法を採用した時の貸借対照表項目のことを指してい
る 。すでに見てきたように Wolk-Tearney(1980)は,繰延法・包括的配分法に批判的である。こ
16
のような対応から外れた貸借対照表上に計上される繰延項目が,負債(liability)でないことが,
ここでは確認されている。
Wolk-Tearney(1980)の負債法・部分的配分法の主張から,ディスカウントの議論に移行するに
あたって重要であると考えられるのが,残りの負債説と新しい形態の株主資本説である。
すでに衣川(2013, p. 71)で見たように加速度償却制度は,有形固定資産の設備更新を目的とし
て政策的に導入された。つまり加速度償却にかかる繰延税金負債17 は,新たな設備の購入するよう
政府(ないし課税当局)から期待されている資金(税金の支払い猶予)なのである。Keller(1961,
p. 118)と Nurnberg(1972, pp. 656-657)はこれを無利息のローンと考えた18。
一方 Wolk-Tearney(1980)は,Graul-Lemke(1972)の主張に従いつつ,これを通常の株主資本
(owner’s equity)とは異なる新しい形態の株主資本と考えた19。また加速度償却のような優遇税制に
起因するものでも解消可能なものや,通常の経営活動に起因して生じる繰延税金負債については他
人資本と考えた。これは例えば図表 7-3 の設例で言えば20,反復的差異にかかる繰延税金負債 250
14
藤井(1997, 102-104 頁)を参考にした。
15
Wolk-Tearney(1980, p. 128)
16
Wolk-Tearney(1980, p. 122)
17
加速度償却にかかる反復的差異の設例は衣川(2014, 108-109 頁)で説明した。この設例の数値の 250 がそれ
にあたる。
18
Black(1966)は,繰延税金負債の性質が何であれ,機会費用概念に基づき,それが潜在的な利息を含むこ
とを認めた。
19
同様に繰延税金負債を株主資本と考える論者としては,Schwarz(1981)が挙げられる。
20
衣川(2014, 108-109 頁)
― 80 ―
衣川 : 繰延税金負債のディスカウント論争(3)
は株主資本として分類される。もしその他の解消可能な繰延税金負債があれば,他人資本として分
類されることになる。
ここで繰延税金負債 250 が取り崩されないと考えるのは,特定の固定資産グループの加速度償却
にかかる差異を総計として把握する考え方に基づくものである21。政府はこの繰延税金負債 250 の
返済を猶予し,企業がその 250 を投資に回すことによって,将来の税金回収額の増額を期待する。
「このような政府の『投資』は,リスクとリターンの特性において,他
Wolk-Tearney(1980)は,
22
とするのである。
人資本というより株主資本に近い」
結論としては,Wolk-Tearney(1980)は,負債法・部分的配分法の採用を主張するので反復的差
異にかかる繰延税金負債 250 は認識,計上しない。しかし,もし負債法・包括的配分法が採用され
る場合は,一部(例えば,繰延税金負債 250)が株主資本に,一部が他人資本に分類されると考え
るのである。
5.4 Wolk-Tearney(1980)の税引前他人資本コスト説
まず Wolk-Tearney(1980)は「負債のみがディスカウントされうる」とする23。これはこれまで
見てきたように,① 繰延法の下での繰延税金貸方項目は対応から外れた残高項目であるためディ
スカウントは適用されず,また ② 負債法の下でも反復的差異にかかる繰延税金負債は株主資本項
目であり,やはりディスカウントは適用されず,③ 部分的配分法・負債法の下での繰延税金負債
にディスカウントが適用されると主張していると考えられる24。ここで本来利息ゼロの繰延税金負
債をディスカウントする根拠として,機会費用概念を導入することは,Nurnberg(1972)の主張
から,William-Findlay III(1975)を経て引き継がれてきたものであった。
さてここからが主張が異なるところである。Wolk-Tearney(1980)は,Nurnberg(1972)と
William-Findlay III(1975)の両者が包括的配分法の採用を主張している25 とする一方,自身は部分
的配分法の採用を主張する。ただし 5.1 節で触れたように,これらの論文では両配分法について何
らかの主張がなされているわけではない。両者とも特に特定の差異を把握対象から除外することを
主張していないことを根拠とした,Wolk-Tearney(1980)の推測であろうと考えられる。しかしな
がらこの推測は,のちの論文 Findlay-Williams(1981, p. 593)では,肯定されている。そうすると
Wolk-Tearney(1980)は,部分的配分法の採用を主張しているため,ここで意見が先の両者と異な
ることになる。そして,さらに割引率についての考え方で三者ともに意見が分かれていくことにな
る。
21
差異を総計で把握すべきか個々別に把握すべきかという意見の対立については,衣川(2013, p. 72, fn.9)で
取り上げた。
22
Wolk-Tearney(1980, p. 123)
23
Wolk-Tearney(1980, p. 126)
24
すでに衣川(2013, 72 頁)で指摘したように理論的には(資産)負債法の下での繰延税金資産にも同様にディ
スカウントは適用されるべきである。繰延税金負債のみが取り上げられた理由は,加速度償却にかかる繰延
税金貸方項目(ないし繰延税金負債)の累積増加が,緊要の実務的な課題であり,学術的な論点であったた
めであると推測される。
25
Wolk-Tearney(1980, p. 126)
― 81 ―
商 学 論 集
第 85 巻第 1 号
Nurnberg(1972)の割引率の考え方は,純理論的には他人資本コストが採用され,実務的な見
地を考慮すると WACC の採用もありうる,というのがその結論であった26。
一方 William-Findlay III(1975)の考え方は,繰延税金負債は他人資本であるが,そのリスクや
財務的性質から株主資本に近似しており,税引後の株主資本コストを採用すべきというのがその結
論であった27。
これに対して Wolk-Tearney(1980)は,William-Findlay III(1975)に対して次のような批判を
行う。William-Findlay III(1975)は,繰延税金負債がもしオープンな市場で売買可能であるならば,
利息費用は損金算入可能であるため,税引後割引率を採用するべきだとする。しかし,繰延税金負
債は,
「課税プロセスそれ自体からは事後的に生じるものであるため,類似の市場で売買が可能な
28
とする。
債務(obligation)の税引前利息率が,より適切な機会費用であると推定される」
衣川(2014)でも指摘したように,William-Findlay III(1975)の繰延税金の財務的性質からのア
プローチに基づく議論はやや混乱がある。これによりここから以降の論争も混乱気味になっている
ように思える。繰延税金負債がもし売買可能ならば,という仮定自体も,なかなか想起しがたいが,
さしあたり議論をフォローするため売買可能だとする。そして買い手にとって繰延税金負債は負債
なので,その利息費用は,課税計算上減算されることになる。
これに対して,Wolk-Tearney(1980, p. 127)が,買い手が利息を控除できるかどうかは,売り手
の立場と関係がないと述べているのは,William-Findlay III(1975)の本意が何であるかは別とし
て29,それ自体は示唆に富んだ指摘である。そもそも議論の出発は機会費用概念の導入であったは
ずである。繰延税金負債それ自体が売買されることを仮定するのは議論を複雑にしていると考えら
れる。
本稿30 を通じて繰り返しているが,機会費用概念に基づけば代替的資金調達方法の割引率が採用
されるものと考えられる。先述通り,Wolk-Tearney(1980)にとってそれは類似の,市場で売買可
能な債務であった。さらに繰延税金はそもそも課税計算から事後的に発生するために,課税計算の
影響がないことから,税引前キャッシュ・フローに税引前割引率を適用するという考えから,上記
類似負債の税引前割引率が適用されるものと Wolk-Tearney(1980)は考えているものと推測される。
そして Nurnberg(1972, p. 656)が,社債と長期リース負債とのアナロジーから繰延税金負債を
論じたことに従って,これらの負債にかかる利息が税務上控除されるにもかかわらず,税引前割引
率でディスカウントされていることを,Wolk-Tearney(1980)は根拠の補強としている。
Wolk-Tearney(1980)は,結論として,① 繰延税金負債と満期が類似の無担保の社債の利息を,
② 欠損などで支払いがなされないようなリスクを反映したプレミアムを付した税引前割引率で,
繰延税金負債をディスカウントするものとする。繰り返すが,何故なら,繰延税金負債の利息費用
26
衣川(2014, 104 頁)。ただし Wolk-Tearney(1980, p. 126)は,Nurnberg(1972)の純理論的な考察のみを取
り上げている。
27
衣川(2014, 111-112 頁)
28
Wolk-Tearney(1980, p. 126)
29
これについては続稿の Findlay-Williams(1981, p. 594)で論じられている。
30
衣川(2013),衣川(2014)。
― 82 ―
衣川 : 繰延税金負債のディスカウント論争(3)
は,税務上は非控除であり,つまり税金計算の影響がないからだとする31。
ここで ① の無担保社債が取り上げられる根拠は不明である。② の欠損の繰越しのリスクという
のは,繰延税金負債が取り崩される会計期間において,欠損が生じており,繰延税金負債の支払い
がなされないリスクが指摘されている32。このようなリスク分をプレミアムとして税引前割引率に
加えるべきだというのが Wolk-Tearney(1980)の主張である。繰延税金負債が通常の負債よりも
リスクが高く,それに伴って割引率も高くなるとする点は,William-Findlay III(1975)と共通の認
識であると言える。
5.5 小括
William-Findlay III(1975)の財務的性質の検討に起因して,Wolk-Tearney(1980)の繰延税金負
債の割引率についての論戦は,混乱に陥っているように思われる。この後,William-Findlay と
Wolk との間で 3 本の論文が公表され,繰延税金負債の機会費用概念について,そして税引前割引
率と税引後割引率についての論争が継続されることになる。
(続く)
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31
Wolk-Tearney(1980, pp. 127-128)
32
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藤井 秀樹(1997) 『現代企業会計論』森山書店
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