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序
章
報告の目的と概要
下村
恭民
グローバリゼーションの進展がアジアの人々に大きな影響を与えている。
この研究会では、 アジアの人々がグローバリゼーションの提供する機会をできるだけ活用し、 同時に
グローバリゼーションが生み出す負の影響をできるだけ克服するために、 日本が果たすべき役割につい
て検討した。
アジアとの多様な関わり、 アジアに関する多様な経験を持つ9名のメンバーが、 約一年間にわたって、
16回の会合を通じて検討を行ってきた。 本報告書は、 検討の結果を集大成して発信するものである。
グローバリゼーションがきわめて複雑な現象で、 資金、 商品、 サービス、 情報などの国境を越えた大
量で急速な移動だけでなく、 ゲームのルールの単一化、 単一の文化モデル、 行動モデルへの収斂などの
側面を持つことを考慮して、 研究会ではさまざまな視点から検討が行われた。 その内容は政策提言と分
析の二つの要素から構成されているが、 二つの要素は、 相互補完しつつ緊密に関連している。 グローバ
リゼーションの波がアジアの経済社会と出会う場で、 どのような現象が発生し、 どのような問題が起き
ているのかを把握し、 その意味を分析したうえで提言を試みた。
なお、 本研究会の検討対象としての 「アジア」 は、 北東アジアから南アジアまでの広大な地域である
が、 検討の焦点を鮮明にするため、 東南アジアとインドを論議の中心におき、 中国については、 主とし
て地域全体へのインパクトという角度から考察した。 この切り口からも、 中国の直面する問題が十分に
浮かび上がったと考えている。
政策提言としての 「新時代のアジア戦略」 (第1部) は、 第一回東アジアサミットの開催を目前に控
えた時期にアジアやグローバリゼーションに関するわれわれ9名の認識がさまざまに異なる中で、 でき
るだけ共通の要素を取り出して結晶化させたものである。
「日本の役割」 を論じると、 どうしても 「日本の視点」 「日本の論理」 「日本の利益」 が優越しがちで
ある。 どれだけ克服できたかの懸念は残るが、 この点について常に留意するよう努めた。
第2部および第3部の各章では、 各メンバーそれぞれの見解や分析結果が、 現状分析、 将来展望、 政
策提言などの形で示されている。
第2部では、 グローバリゼーションの進展とアジア社会のインターフェイスの経済面に焦点をあて、
日本の役割が検証されている。 経済的つながりがますます深化していくアジアにおいて、 日本はどのよ
うな役割を担えるのだろうか。 多様な市場経済の共存 (第1章)、 FTA や EPA 等の経済協定 (第2章)、
国際金融 (第3章)、 通貨 (第4章)、 IT (第5章) などの切り口で検討が行われている。 第3部では、
グローバリゼーションが進展する状況下での日本の援助が果たす役割に焦点があてられる。 そこでは、
貧困削減 (第6章)、 地域の統合 (第7章)、 地域に内在する強みの発見と育成という 「内発的処方箋」
(第8章) などの側面が検討され、 最後に第9章で対ベトナム援助での 「石川プロジェクト」 の事例を
取りあげ、 今後の日本の援助への政策インプリケーションを探る。
各章の概要は次のとおりである。
第1章 (原論文) では、 現代世界を席巻している経済のグローバリゼーションについて、 アメリカの
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「グローバリゼーション下のアジアと日本の役割」 研究会報告書
ヘゲモニーの変遷と関連付けながらその歴史的背景が概観され、 それが東アジアの経済連携においてど
のような特徴として現れているかが展望されている。 現代世界では、 一方で世界規模での制度の普遍化
が起きているが、 他方で地域的・国民国家的・地方的な諸制度も活性化しているという複雑性・複線性
が指摘されたうえで、 「それぞれ個性的な国内経済制度を進化させている多様な市場経済が、 相互に競
争しながら共存しうるように、 グローバル資本主義をガバナンス (統治) しうる枠組みを構想し構築す
ることこそが、 今最も必要とされている」 と論じている。 そして、 このような枠組み構築への積極的な
関わりが、 グローバリゼーション下の日本の役割であると提言している。
第2章 (浦田論文) では、 東アジア諸国の高成長を支えた重要な要因の一つとして貿易・投資政策の
自由化によって貿易・投資の拡大・促進があったとの認識のうえ、 今後もそのような貿易・投資の拡大・
促進が、 アジア諸国の経済成長の重要な要素となると見込んでいる。 しかしながら、 WTO での多角的
交渉は行き詰まっていることから、 今後の日本の役割としては、 自由貿易協定 (FTA) や投資の自由
化、 貿易・投資の円滑化、 経済協力などを含む包括的な内容の取決め (EPA) の設立への積極的な対
応があると論じている。
第3章 (三重野論文) では、 まず、 金融危機後の東アジアにおける地域金融のあり方にかかる議論の
変遷が概観されている。 そのうえで、 世界銀行を中心に発信されたコーポレート・ガバナンスの議論や、
日本を含めたアジア域内から登場した債券市場の育成が検証され、 それらの議論においては東アジア経
済の特性などが把握されていなかったことを指摘している。 これらの指摘を踏まえたうえで、 今後のア
ジア地域金融協力の理念として、 「金融危機の背景となった金融の不安定要因を・・・実物経済の取引
にそぐわない過度なドル本位制度と設備投資をファイナンスする金融手段の不在におき、 こうした不安
定要素を長期的な意味で排除する」 を提案し、 そこでの日本の役割は、 アジア地域の 「独特の産業発展
と金融システムの関係を把握、 整理し、 枠組み論を含めた政策的な発信に努めること、 またそのための
基盤の構築・維持に努めること」 であると論じている。
第4章 (岩崎論文) は、 アジア地域で経済連携が加速しているにもかかわらず、 そこには通貨の安定
という決定的な要素が欠落しているという問題意識のもと、 東アジア地域における安定した通貨政策を
模索したものである。 価値観や経済システム、 またその発展段階が著しく異なっていては通貨の安定は
困難であるため、 共同体を志向するのであれば、 かつての欧州通貨制度 (EMS) を参考に、 経済発展
段階の近い日本・韓国・台湾、 場合よってはタイを加えたコアグループをつくることが提案されている。
第5章 (小島論文) では、 東アジア諸国に見られた工業部門主導型の成長とは異なる、 サービス部門
主導型の 「世界の IT サービス・センター」 としてのインド経済が描かれている。 インドの最大の強み
は、 ソフトウェアを中心に知識集約的産業を担う人材を豊富に擁していることであり、 雇用拡大が期待
されるのも工業部門ではなく、 サービス部門であることが実証されている。 近年の印中関係の経済的接
近を踏まえ、 アジアにおける中国一極集中を是正するための日本の課題として、 インドの知的資本を取
り込み活用することの必要性が論じられている。
第6章 (澤田論文) では、 2000年9月の国連ミレニアムサミットにおいて採択されたミレニアム開発
目標 (MDGs) の第1ターゲットとして掲げられた 「1日1人1ドル以下の貧困人口比率を1990年から
2015年までに半減する」 について、 開発途上国におけるミクロ・マクロデータを用いた計量経済学の既
存研究を展望することによって、 その実現可能性について検証している。 その結果、 直接的な貧困削減
戦略だけでは実現が困難であり、 経済成長が必要条件となることが論じられている。 さらに、 その経済
成長を達成するにおいて援助がどのように寄与するかについては、 Burnside And Dollar (2000) や
Collier and Dollar (2002) の 「良い統治を行っている国においては、 援助はより有効に作用する一方、
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序章 「報告の目的と概要」
援助の成長促進効果は逓減性をもつ」 との暫定的な結論が採用されている。
第7章 (三浦論文) では、 東アジアの地域バランスを保つうえで ASEAN の役割が重要であるもの
の、 ASEAN の拡大に伴う原加盟国と新規加盟国の経済的・政治的対立の深刻化が取り上げられている。
日本は ASEAN 各国に対する最大の援助供与国であることから、 今後の日本の支援は、 この対立を解
消するような戦略が必要とされていると述べている。 新たな支援の戦略としては、 原加盟国に資金、 人
材、 経験などで応分の負担を求めての 「連携型援助」 が提案されている。 また、 新規加盟国が抱える政
策リスクへの対応策として、 無償資金協力、 技術協力、 融資のパッケージ化による、 改革の直接的な関
与が提案されている。
第8章 (下村論文) では、 グローバリゼーションの一つの側面としての統合の過程において、 特に開
発政策の決定に関するドナーとレシピエントの関係における 「ドナーの論理の優越」 について、 オーナー
シップ、 グッド・ガバナンス、 選択的援助の三つのキーワードから検討されている。 オーナーシップに
ついては、 「ドナーの立場から見たオーナーシップにすぎないのではないか」 との疑問を呈し、 また、
現在のグッド・ガバナンスの理解からはアジアとアフリカの経済成長の差を説明できないことや、 選択
的援助については、 結果として、 援助効果を最貧層の切捨てという深刻な犠牲のもとで優先するという
「ドナーの論理の優越」 を示していると述べる。 このような、 現在のドナーとレシピエント関係の問題
点を解決するうえでは、 途上国における 「強みの発見と育成」 という 「内発的処方箋」 の発信が、 日本
が発するメッセージとなるべきであると提言する。
第9章 (事務局:桂井・小林論文) では、 現在国際援助コミュニティーを席巻している PRSP や一
般財政支援といった新潮流を 「国際援助システムのグローバリゼーション」 という現象として捉え、 そ
の現象の最前線とも言えるベトナムにおいて、 日本の援助がどのような役割を果たしたかを、 特に、
JICA の 「ヴィエトナム市場経済化支援開発調査」 (通称 「石川プロジェクト」) に焦点をあてて検証さ
れている。 検証の結果、 援助を摩擦なく効率・効果的に行うには、 ドナー、 ドナー・コミュニティ、 レ
シピエントのそれぞれが思い描いている開発モデルを収斂させる必要があり、 石川プロジェクトでは、
開発モデルが異なってしまったそもそもの原因である、 現場の知識、 知的能力および選好の違いを、 6
年間にもおよぶベトナム政府また世銀等のドナー・コミュニティとの積極的な情報交換・意見交換・政
策対話によって、 それを達成していたことが分かった。 ドナー・コミュニティにおけるこのような機能
を果たすことが日本の今後の役割であり、 それに向けては、 日本の援助の戦略的研究体制の強化と、 ド
ナー・コミュニティにおける“仲間”を増やす手段としての新興ドナーとの連携が重要であると提言さ
れている。
16回の熱い論議を通じて、 参加メンバーの間に幾つかの認識が共有されていることが確認された。 そ
の中で特に強調したいのは以下の点である。
・アジアはきわめて多様である
・それぞれの社会に内在する、 多様な社会的・文化的資産が豊かな潜在力を持つ
・その潜在力を掘り起こして活用することが、 それぞれの社会にとって最重要である
・その努力への支援が日本の重要な役割である
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