ブレグジットが英国税制と日本企業にもたらす深刻な影響

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【第 119 回】 2016 年 7 月 25 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
ブレグジットが英国税制と日本企業にもたらす深刻な影
響
大きな税制の変化を
もたらすブレグジット
英国のブレグジット(EU 離脱)が英国税制と日本企業
にもたらす計りしれない影響とは?
英 国 の国 民 投 票 の結 果 としてのブレグジット(BREXIT、EU離 脱 )は、世 界 の
為 替 ・株 式 市 場 に大 きな混 乱 を与 えたが、新 たな首 相 も決 まり、市 場 にも落 ち
着 きが戻 ってきた。これからは英 国 の交 渉 技 術 ・能 力 が世 界 の注 目 を浴 びる
ことになる。
筆 者 は、1988 年 から 91 年 までロンドン・シティに事 務 所 を構 えて、欧 州 金 融
統 合 の行 方 を探 る仕 事 をしていただけに、今 回 のブレグジットは驚 愕 である。
その後 の 20 年 、30 年 の間 に反 グローバリズムや反 エリート主 義 が拡 大 し、そ
れが大 英 帝 国 の威 信 を取 り戻 せという声 と共 鳴 した結 果 なのだろうか、い まだ
整 理 がつかないでいる。
さて、英 国 のEU離 脱 は税 制 に大 きな影 響 を及 ぼす。1 つは、英 国 とEUとの
取 引 が「域 外 」取 引 になるので、ヒト・モノ・カネ・サービスの自 由 な移 動 を裏 付
けていた様 々な税 制 上 の特 権 を一 気 に失 うことになる。これは、英 国 を欧 州 の
ゲートウエーと位 置 付 けてきた日 本 企 業 の戦 略 にも、深 刻 な影 響 をもたらす可
能 性 がある。
一 方 で、英 国 はEUのくびきから逃 れることになるので、租 税 政 策 の自 由 度 を
取 り戻 す。「ウインブルドン型 (貸 し座 席 型 )」政 策 をとる英 国 が、OECD メンバ
ー国 としての限 度 ・節 度 はあるものの、相 当 程 度 の優 遇 税 制 を導 入 してくるこ
とは容 易 に予 想 される。
これに対 してEUは、これまで英 国 の反 対 で進 まなかった法 人 税 の課 税 ベー
スの統 合 (CCCTB)や、金 融 取 引 への課 税 など、より統 合 度 を高 め、域 内 であ
ることの優 位 性 を訴 える方 向 に舵 を切 ることが予 想 される。
加 えて、個 別 国 レベルで法 人 税 ・所 得 税 などの優 遇 税 制 を仕 掛 けてくる可 能
性 もある。
このようにブレグジットは、様 々な方 向 で欧 州 の税 制 に大 きな変 化 をもたらす
可 能 性 がある。以 下 、限 られた情 報 ではあるが、今 後 の税 制 (関 税 を除 く内 国
税 )の行 方 を占 ってみた。
英国がEU域外国になることの
メリットとデメリット
まずは、英 国 がEU域 外 国 になることによって生 じる税 制 上 のデメリットであ
る。
これまでEUは、ヒト・モノ・カネ・サービスの自 由 な行 き来 を阻 害 しないよう、
税 制 の簡 素 化 を図 るべく、税 制 に関 する共 通 指 令 や共 通 規 則 を導 入 してきた
が、これが適 用 除 外 になる。
まずは VAT(消 費 税 )について。EU域 内 取 引 は非 課 税 であるが、離 脱 以 降
は輸 入 の際 に VAT が課 税 されることになる。VAT の場 合 は、仕 入 (輸 入 )に際
して負 担 した税 金 は、仕 入 れ税 額 控 除 となるので企 業 に直 接 の影 響 は及 ばな
い。しかし、そのための余 計 な納 税 の手 間 がかかったり、つなぎの資 金 が必 要
となる。
次 に親 子 会 社 指 令 (Parent-Subsidiary Directive)である。この指 令 は、グル
ープ会 社 が域 内 各 国 間 で配 当 をやり取 りする際 の源 泉 税 を免 除 する規 定 で
ある。さらに受 け取 る際 にも非 課 税 としているが、域 外 国 となるとEU域 内 国 か
ら英 国 企 業 への配 当 の支 払 い時 に、源 泉 税 がかかることになる。
最 後 に利 子 ・使 用 料 指 令 (Interest and Royalty Directive) である。この指
令 は、域 内 国 のグループ会 社 間 での利 子 やロイヤルティ(特 許 の使 用 料 など)
を支 払 う際 、支 払 う会 社 の居 住 国 でかかる源 泉 税 を免 除 する規 定 であるが、
これがかかることになる。
このような二 重 課 税 を排 除 し、取 引 を促 進 しようという観 点 から締 結 された指
令 が適 用 されなくなるので、英 国 を起 点 として欧 州 諸 国 にビジネスを展 開 する
企 業 にとっては、ストラクチャーを見 直 す必 要 が出 てくる。
英 国 は、このようなデメリットを排 除 するべくEUと、あるいは個 別 国 と租 税 条
約 を結 ぶなどの手 を尽 くすだろうが、それには困 難 と時 間 がかかるだろう。「い
いとこ取 りは許 さない」というドイツをはじめとする国 々の反 対 に会 うことは、容
易 に想 像 がつく。
自由度が与えられた
英国税制とEUの対応
一 方 で、EUから離 脱 することによって、英 国 は税 制 の自 由 度 を取 り戻 すこと
ができる。そこで、OECD 加 盟 国 としての限 度 (節 度 )の範 囲 内 で、EU離 脱 に
伴 う経 済 的 マイナスを取 り返 すべくアグレッシブな優 遇 税 制 を導 入 してくる可 能
性 がある。
第 一 に、パテントボックス税 制 である。これは、国 外 で開 発 された知 財 など無
形 資 産 を自 国 に呼 び寄 せる目 的 で、英 国 やオランダで導 入 されている税 制 だ
が、この税 制 をめぐって自 国 の知 財 流 出 の懸 念 を持 つドイツと英 国 は対 立 を
繰 り返 してきた。これが、英 国 の自 由 度 が高 まることになり、パテントボックス税
制 の深 堀 り(優 遇 度 の増 加 )が行 われるかもしれない。
一 方 で、米 国 企 業 などの租 税 回 避 には、より厳 しい対 応 をしてくる可 能 性 も
ある。英 国 は 2015 年 4 月 1 日 以 降 に発 生 する利 益 に対 して、迂 回 利 益 税
(Diverted Profit Tax、DPT)を導 入 した。この税 は、英 国 の課 税 を意 図 的 に回
避 した利 益 を対 象 にして、法 人 税 とは別 の要 件 で 25%の税 率 で課 税 するもの
で、グーグルを念 頭 にしたのでグーグル税 と呼 ばれている。
第 二 に、法 人 税 率 の引 き下 げである。キャメロン政 権 は、立 地 の競 争 力 の確
保 という大 義 名 分 で、法 人 税 率 を段 階 的 に引 き下 げてきた。16 年 現 在 20%と
主 要 先 進 国 の中 では最 低 水 準 にあるが、キャメロン政 権 は 17 年 に 19%、20
年 には 18%と段 階 的 に引 き下 げる方 針 を公 表 していた。オズボーン前 財 務 相
は、離 脱 決 定 直 後 に 15%に引 き下 げると発 言 した。
英 国 の産 業 政 策 は、基 本 的 にウインブルドン型 である。第 二 次 大 戦 後 の英
国 は、特 定 の産 業 を自 国 で育 てる政 策 が失 敗 、日 本 の自 動 車 産 業 などを呼
び寄 せて自 国 の雇 用 を確 保 しつつ、大 陸 諸 国 に輸 出 することによって外 貨 を
稼 ぐといった政 策 に転 換 した。
シティも同 様 で、かつて大 英 帝 国 を支 えた英 国 マーチャントバンクはとうの昔
に没 落 し、支 えているのは米 系 ・日 系 ・ドイツ系 などの外 国 金 融 機 関 である。E
U離 脱 で大 きなハンディキャップを負 うことになるのだが、ヒト・モノ・カネが集 ま
れば英 国 は繁 栄 するというウインブルドン政 策 に、ますます磨 きをかけることに
なるだろう。焦 点 は、金 融 センターであるシティの魅 力 の維 持 ・向 上 である。フ
ランスが主 張 した金 融 取 引 税 に強 硬 に反 対 してきたのも、その理 由 からだ。
ブレグジットが反グローバリズムに
つながらないように
これに対 してEUも黙 ってはいないだろう。
英 国 が離 脱 することによって、税 制 統 合 を加 速 させることが予 想 される。これ
まで英 国 のせいで税 制 統 合 が進 まなかったわけだが、今 後 は域 内 共 通 源 泉
徴 収 制 度 の導 入 や、法 人 税 の統 一 課 税 ベースづくり(CCCTB)などが進 んで
いく可 能 性 がある。それはEUの競 争 力 を高 め、英 国 からのシフトをもたらす要
因 となる。
また個 別 国 レベルで、英 国 からの流 入 ・移 転 を促 すような法 人 税 ・所 得 税 の
優 遇 を考 える国 も出 てくるだろう。
一 方 で、英 国 は財 政 赤 字 を抱 えており、優 遇 税 制 で税 収 を失 うような減 税 は
できないという見 方 もある。議 論 はこれからが本 番 だが、英 国 は英 語 、島 国 と
いう類 似 性 、かつての日 英 同 盟 などわが国 にとって欠 かせない国 である。
離 脱 が世 界 の反 グローバリズムや偏 狭 な排 外 主 義 につながり、世 界 経 済 の
縮 小 につながることだけは避 けたい。
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