特集/中国と北朝鮮、旧ソ連等を巡る安全保障輸出管理上の諸問題 〈4〉テロ組織へのモノの流れ ―旧ソ連・旧社会主義国におけるガバナンスと武器移転― 未来工学研究所 小泉 悠 はじめに リングの供給源としての旧ソ連・旧社会主義国に焦 点を当て、いくつかの代表的な事例を紹介する。第 本稿は、テロ組織等の非国家主体が武器等をどの 4節ではウクライナ紛争における事例を通じ、国家 ように入手しているかを、筆者の専門である旧ソ連 による意図的な非国家主体への武器供給について考 諸国・旧社会主義国の事例を通じて考察したもので 察する。 ある。中東における「イスラム国(IS)」の台頭に 見られるように、近年、テロ組織が強大な軍事力を 持ち、国家の正規軍さえ容易には殲滅できない状況 1.非国家主体への武器流出のメカニズム が生じている。その背景としては、政治や社会に対 まずは非国家主体が武器を入手しうる一般的なメ する不満がこうした組織による広範な政治的動員を カニズムについて、全体的な構図を描くことから始 可能とし、さらに人質ビジネスや支配領域内で産出 めたい。 される原油などが経済力を与えているという構図が この際、問題となるのは、エンドユーザーである よく指摘される。では、彼らの軍事力を直接的に構 非国家主体に対する武器の供給元と、武器の仲介者 成する武器はどこからやってくるのだろうか。 である。このような経路の実態は、非合法である故 このような問題意識に基づいて、筆者は2016年3 に合法的な国家間の武器移転に比べて著しく不透明 月、日本安全保障貿易管理学会において「テロ組織 ではあるが、幾つか先行研究が存在している。 へのモノの流れ-旧ソ連・社会主義諸国におけるガ たとえばPoliczerとYankey-Wayneは、社会にお バナンスと武器ブローカリング」と題した報告を ける武装したアクターを民間領域と公共領域に分 行った。本稿はこの報告を元に、当日の議論やその け、さらにこれらを組織化の度合いによって次の4 後の調査・研究を踏まえてさらに詳細な議論を試み つの象限に分類した1。 たものである。 具体的には、本稿は以下のような構成を取る。第 1節では、テロ組織をはじめとする非国家主体への 武器流出がどのようなメカニズムで発生するのかを 先行研究に基づいてまとめる。続く第2節において は、第1節で導かれた一般的な構図を旧ソ連諸国及 び旧社会主義国に当てはめた上で、これらの国々に おけるガバナンスの低下が非国家主体に対する武器 供給源を生んでいることを指摘する。第3節では、 表 武装したアクターの分類 民間領域 公共領域 組織化の度合い 民間警備会社 国軍・警察 ―高 犯罪組織・自警団 民兵組織 武装勢力 民間警備会社 武装勢力 組織化の度合い 民兵組織 民兵組織 ―低 武装勢力 武装勢力 犯罪組織 出典:Policzer and Yankey-Wayne, 2012. p.105 武器供給だけではなく、その仲立ちをするブローカ Pablo Policzer and Valerie Yankey-Wayne,“Armed Groups and the Arms Trade Treaty,”Modern Warfare: Armed Groups, Private Militaries, Humanitarian Organizations, and the Law . Vancouver, Toronto: 2012. pp.102-120. 1 2016.7 No.164 CISTEC Journal 49 このうち、民間領域に対する武器の主要な供給元 に供給されるようなケースもあり、例えば、国際的・ となっているのが、表中の右上に示した公共領域の 地域的な武器ブローカーが仲介者として関与する場 諸アクターであると考えられる。武器メーカーから 合や、非国家主体自体がブローカーとなっている場 合法的に大量の武器を調達する能力と合法性を有す 合、初歩的な武器製造能力を備えている場合などが るのがこの領域であり、ここからその他の領域に対 ある。こうした武器ブローカーは必ずしも非合法に して武器が供給されていく場合が多い。その経路 武器を供与しているわけではなく、法の抜け穴を衝 は、下記のとおり二つに分けることができる。 く形で形式上は合法的に行っている場合が多い3。 その第1は、政府が保有する武器の「意図せざる このようにしてみると、エンドユーザー、供給 流出(unintentional diversion from government 元、仲介者は必ずしも厳密に峻別できるものではな stockpiles) 」である。具体的には、腐敗した軍人や く、また合法的な武器輸出と非合法な武器輸出の境 治安機関員による横流し、管理体制の不備による盗 界 も 曖 昧 で あ る。 以 下 は、 国 連 軍 縮 研 究 所 難、非国家主体による強奪あるいは戦闘で遺棄され (UNIDIR)の報告書に掲載された小火器の流通経 た兵器の鹵獲などである。東南アジア諸国、旧社会 路の模式図であるが、ここでも合法的な取引と非合 主義諸国、南米諸国などのガバナンス能力の低い 法の取引の境目は曖昧である。 国々では横流しによる武器の流出が頻繁に見られる 合法的市場 一方、中東のIS(イスラム国)などの非国家主体 は、主として国家主体から強奪ないし鹵獲した兵器 を使用するケースが多い2。また、本稿の対象であ 合法的な 武器製造 刻印・登録 移転 備蓄 使用移転 る旧ソ連・旧社会主義諸国においても、内戦などの 結果として非国家主体が強奪・鹵獲によって武器を 入手するケースはやはり観察される(次節参照)。 非国家主体に対する武器供給経路の第二は、「国 家から非政府主体への意図的な武器移転(statesanctioned Transfers to Armed Groups)」である。 これは国家が周辺地域や他国の情勢に介入するた め、非国家主体に対して武器等の援助を行っている ケースなどである。例えば、旧ソ連諸国に対するロ 製造・移転・備蓄・使用過程における 合法的市場からの紛失・盗難・流出 非合法の加工・ 製造 紛争・犯罪で使用されるもの 非合法取引 非合法市場 図 合法領域から非合法領域への武器流出 出典:UNIDIR, 2006. p.2.より筆者作成 シアからの武器援助、中国から東南アジア・南アジ さらに、前述したブローカリングの問題なども加 アへの武器援助、サウジアラビア等から反アサド勢 味すると、非国家主体への武器移転を巡る全体像は 力への武器援助などがこれに該当する。 次のような構図として描くことができよう。 これ以外にも、公共領域を経由せずに非国家主体 2 本稿の対象外となる東南アジア、南米、中東については主として以下のような資料がある。David Capie,“Arms Trafficking in Mainland Southeast Asia,”An Atlas of Trafficking in South East Asia. London, New York: I.B.Tauris, 2013. pp.89-113.; “Surveying the Battlefield: Illicit Arms in Afghanistan, Iraq, and Somalia,”SMALL ARMS SURVEY 2012. pp.317-329.; Taking Stock: The Arming of Islamic State. Amnesty International, 2015. pp.26-27. ; Kathryn Corbi.“Small Arms Trafficking in Yemen: A Threat to Regional Security and Stability,”NEW VOICES IN PUBLIC POLICY. Vo.6 Winter 2011/2012. pp.124.; Sagir Musa.“How al-Qaedam Boko Haram smuggle arms into Nigeria,”Vanguard . 2013.5.11.; C.J.Chivers.“Antiaircraft Missiles on the Loose in Libya,”The New York Times . 2011.7.14.; Steve Hathorn and Chris Abbott.“Intelligence brief: Reducing the supply of weapons to Boko Haram,”openbriefing . 2015.3.12. <http://www.openbriefing.org/regionaldesks/ africa/reducing-the-supply-of-weapons-to-boko-haram/>; Rachel Stohl and Doug Tuttle. The Small Arms Trade in Latin America . <https://nacla.org/article/small-arms-trade-latin-america>;“Crime, Conflict, Corruption: Global Illicit Small Arms Transfers,”SMALL ARMS SURVEY 2001. p.169. ; Kim Cragin and Bruce Hoffman. Arms Trafficking in Columbia (RAND and National Defense Research Istitute, 2003). 3 United Nations Institute for Disarmament Research (UNIDIR). European Action on Small Arms and Light Weapons and Explosive Remnant of War: Final Report . United Nations, 2006. p.3. 50 CISTEC Journal 2016.7 No.164 特集/中国と北朝鮮、旧ソ連等を巡る安全保障輸出管理上の諸問題 合法的な供給者 ・政府 ・軍需産業 合法的活動 合法的なユーザー 親政府民兵組織 盗難・横流し・鹵獲・軍事援助 ・軍 ・情報機関 ・民間軍事会社 グレー ブローカー 積み替え 密輸請負業者 転売・仲介 大規模 ・エンドユーザー ・仲介者 ・供給者 非合法活動 中規模 ・エンドユーザー ・仲介者 小規模 ・エンドユーザー ・仲介者 出典:筆者作成 2.旧ソ連・旧社会主義諸国からの 意図せざる流出 (1)横流し・盗難等 ②軍需企業 ③外国からの流入 ①は1990年代の旧ソ連・旧社会主義諸国で広汎に では、本稿のテーマである旧ソ連・旧社会主義諸 見られた現象である。旧ソ連及び東欧の社会主義国 国においては具体的にどのような形で非国家主体へ は、社会全体が高度に軍事化され、大量の武器が貯 の武器流出が生じているのだろうか。第1節で整理 蔵されていたことに加え、社会主義体制崩壊後の社 した諸形態のうち、ここではまず、国家からの「意 会混乱で軍や治安機関のガバナンスが低下したこと 図せざる流出」について概観してみよう。 から、腐敗した軍人や軍出身者による武器横流しの Anthonyは、ロシアにおける違法武器流通の供給 温床となった。 源を次の3つに整理している。 中でも最大の武器供給源となったのが、ソ連軍か ら軍備の大部分を継承したロシア軍である4。ソ連 ①旧ソ連軍の武器庫・弾薬庫 崩壊後のロシアでは、財政難から軍人の給与遅配な この節では特に断りがない限り、以下の研究に依拠した。Ian Anthony,“Illicit arms transfers,”Russia and the Arms Trade. Oxford University Press, 1998. pp.217-232. 4 2016.7 No.164 CISTEC Journal 51
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