一部 - 安全保障貿易情報センター

特集/規制動向
〈1〉武器貿易条約
(Arms Trade Treaty : ATT)
に対する期待と課題
拓殖大学 国際学部・海外事情研究所 教授 佐藤 丙午
○武器貿易条約の発効
2013年4月2日に国連総会の場で採択された武器
討議内容が今後の議論を形成するものとなる。
○ATTの課題
貿易条約(Arms Trade Treaty: ATT)は、14年9
ATTの存在自体を評価する声は大きい。条約交
月25日に批准国数が条約の発効要件の50カ国に達
渉過程の中では様々な論点が提起されたが、最終的
し、14年12月24日に発効した。日本は署名開放日の
に大多数の国が賛成し(賛成153国、反対3国、棄
13年6月3日に署名し、14年5月9日に国会の批准
権23国、ロシアや中国などは棄権した)、国際社会
を経た後、6月9日に批准書を国連に提出してい
のコンセンサスに「近い」ものが形成された。しか
る。英国と共に中心となり、条約交渉の場では米国
し、ATTの批准国は多いが、その多くは欧州諸国
を含めた有志国と共に条約を主導してきた日本に
であり、韓国などアジア太平洋諸国やアフリカの多
とって、ATT発効は軍備管理・軍縮の推進に対す
くの国は批准していない(本稿執筆時点)。中国と
る貢献が、新たな成果を生んだと評価できる。
ロシアは条約に調印もしておらず、この条約の普遍
ATTがどのような条約で、目的は何かというこ
性は建設途上である。条約履行措置の報告書提出の
とは、既に内外の多くの場で紹介されてきた。同条
期限は2015年12月5日に設定されており、2015年は
約は、歴史上初めて合意された通常兵器の移転規制
締約国会議を含め、条約の進展が期待される。
に関する条約であり、国家及び国際安全保障の面で
ただし、条約の普遍化(条約調印および批准国の
も歓迎され、国際社会が法的秩序強化による道義
増加)を目指す国際社会の働きかけや、条約内容の
的・人道的な価値の向上を、武器貿易による利益追
実質化(各国による国内武器輸出管理制度の構築)
求の上位に置いたという意味でも、人類の理性の推
は、条約を主導した諸国や国連による活動を中心に
進に大きく貢献したと評価できるであろう。安全保
進むであろう。その過程は実務的なものになるた
障貿易管理の観点からも、ATTの発効により輸出
め、政府関係諸機関による地道な活動が重要にな
の可否を評価する際のインジケーターが増えること
る。地道な活動というのは、政府間のアウトリーチ
は、広義の意味で不拡散の防止に貢献するものであ
活動や各国内での法制度の細目の決定など、政策決
るため、ポジティブな評価をすべきであろう。
定ではなく行政執行強化の制度設計作業であるた
ATTの第17条では、条約発効から1年以内に締
め、諸国間の政治問題として扱われず、一般的な関
約国会議を開催することが求められている。会議は
心を集めるものではない、という意味である。
2015年内にメキシコで開催することが決定してお
(条約について)
り、そのための非公式会合(2014年9月:メキシコ
まず、条約という形そのものがもたらす課題にど
シ テ ィ、2014年11月: ベ ル リ ン、2015年: ウ ィ ー
のように対処するか考察しよう。ATTには、構造
ン)及び準備会合(2015年2月:ポート・オブ・ス
的に三つの課題が存在する。第一に、条約の普遍性
ペイン、2015年:ジュネーブ)も予定されている。
を担保するためには、中国やロシアなど武器貿易を
条約の運用の詳細を検討する締約国会議における議
活発に行う国の参加が必要不可欠である。さらに、
題が今後のATTの役割と意義を規定し、そこでの
各国の武器輸出管理の執行措置を共通化する必要が
2015.3 No.156 CISTEC Journal
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ある。中国とロシアは、条約採択時に手続きをめ
た場合、それはATT上の違反行為ではあるが、安
ぐって棄権しており、その事実を、成立した条約へ
全保障上は必要という状況が生まれる。
の賛同を留保する理由として使うことができる。ま
また、ウクライナ問題では、国内の反政府勢力を
た、条約参加国であっても、条約で求められている
支援するロシアは、少数民族の弾圧への対応として
国内法制度の詳細は明確に規定されておらず、もし
武器移転を正当化することが予想され、西側諸国は
非合法な移転が発生し、それに対する国内法上の罰
ウクライナの国家の統一性を担保し、分離主義勢力
則規定があったとしても、条約上の罰則規定は存在
の暴力行為に対処するために、ウクライナ政府への
しない。つまり、ATTは条約賛同国の宣言政策に
能力支援として武器移転を合理化するだろう。ロシ
終わる可能性があり、そうなると条約そのものの意
アと米国の条約上の地位の問題を除いて考えても、
義が大きく損なわれる可能性がある。
このような構造の下では、ATTは存在するが遵守
第二に、条約の適用範囲である。国際条約の抱え
される保証が無いものに留まることを意味し、であ
る基本的ジレンマは、条約内容を詳細に規定すれ
るならば、このような構造の存在は各国の条約への
ば、変化する環境に対応できなくなり、解釈の余地
関与の程度を下げる圧力として作用するであろう。
を残した曖昧な条文では、遵守の実効性が損なわれ
(条約内容について)
る、というものである。その意味で、条約でスコー
ATTは、武器の国際的取引の透明性を向上させ
プと構成要素(パラメター)を規定したことに対す
ると共に、武器取引に人道規範の考慮導入を図っ
る評価は分かれる。これら規定が存在しなければ、
た。その目的自体は重要であるが、条約内容に課題
条約が武器貿易に影響を与えることは不可能であろ
を見ることが可能である。
う。また、それらの内容が、国連安保理決議や締約
条約の内容にかかわる問題としては、第一に、国
国会議の多数決など、変更が比較的容易に可能なも
連憲章第51条の問題がある。ATTでは、前文で国
ので規定されるのであれば、新たな条約や決議を取
家の「個別的又は集団的自衛の固有の権利」を保証
り込み、兵器システムや技術動向の変化に対応した
し、「自衛の権利及び平和維持活動のための通常兵
制度の再構築が可能になる。
器の取得並びに通常兵器の生産、輸出、輸入及び移
たとえば、今の条約では致死性無人兵器システム
転を行う各国の正当な利益を尊重」としている。条
(LAWS)などは条約の対象外となっており、今後
約では、各国の武器貿易の権利と利益を尊重した上
兵器化が予想されるサイバーや宇宙等の領域は、汎
で、問題があると規定された一部の移転行為を、国
用技術の問題も含め、ATTが扱うものではない。
内措置によって規制する、という関係を提示してい
このため、ATTは、技術移転の内容や方法を含め
る。対人地雷やクラスター弾をめぐる条約にも同様
て動的な特徴を持つ軍事貿易、軍事技術状況の変化
の規定が見られるが、移転の権利を担保しつつ規制
に対応できない静的な条約であると指摘される。こ
を実施し、さらに規制の実効性を担保することの両
の問題は、第一回の締約国会議で扱われるのであろ
立は難しい。実効性の向上を図る上で、規制の強化
うが、手続き規則の採択は「コンセンサス」方式と
を支持する政治的圧力の存在は不可欠であり、武器
されており、その方式での合意が困難であるのは、
移転問題に関心を持ち続け、課題を提示し続けるア
条約締結交渉で経験した通りである。
クターの存在も死活的に重要になる。条約上、その
第三の課題は、各国が条約の下で政策的柔軟性を
ような政府外のアクターの存在は規定されていない
いかに担保するか、という問題である。武器取引の
が、条約の中で開発や女性の問題等に言及してお
多くは政治的行為であり、各国はそれぞれの安全保
り、それら問題に関心を持つ市民社会団体やシンク
障上の利益を考慮した移転を行う。条約で規定した
タンクなどのインプットに期待することになるので
パラメターが各国に解釈の余地を残した政策上の利
あろう。
点は大きいが、同時に、それぞれの解釈には幅が存
第二の問題は、輸入国の権利にかかわる問題であ
在する。さらに、ISIL等のような非合法な集団への
る。条約を推進した勢力にとって、最大の成果と考
対抗措置として、武器貿易のパラメターに抵触する
えよいのが、移転に際して輸入国側は輸出国側の管
行為を行う国に対して武器援助を行う必要が出てき
理制度への協力を行い、要請に応じて輸出評価に関
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