MIGAコラム 「世界診断」

MIGAコラム
「世界診断」
2016 年 8 月 1 日
日本企業の ROE、財務体質、株主還元、株式パーフォーマンス
- 日米欧企業の比較を通じた特徴と課題 -
藤田
純孝
明治大学国際総合研究所(MIGA)フェロー
日本 CFO 協会理事長
日本企業の株価パーフォーマンスを過去約 25 年間で米
欧と比較すると資料-1 図の如く 1989 年を 1 とすると
米・独は約 4~5 倍、英・仏は約 2~3 倍に対して日本
企業は略々flat (1 以下)となっており日本株の劣位は
歴然である。(2015 年は少し上昇したが、2016 年に入
り再度下落。大きなトレンドとしては上記の通りであ
る)
1965 年伊藤忠商事入社。95 年取締役業
その背景の要因として資本効率を見てみると日本企業
務部長、97 年常務取締役、99 年専務取
(TOPIX 銘柄ベース)は過去 30 年間の平均 ROE は 5%との
締役 CFO、2001 年取締役副社長 CFO,
データがある。一方、日本企業の株主資本コストが 6
03 年取締役副社長職能管掌
~7%であるとすれば資本効率的には株主資本コストも
(兼)CFO(兼)CCO、06 年取締役副会長、
カバーできていなかったことを意味し、上記株価パフ
08 年相談役、11 年理事(現任)。07 年
ォーマンスの悪さとの相関が見て取れる。ここ数年の
オリエントコーポレーション社外取締
各国企業の ROE 比較は資料-2 図の通りで、最近におい
役、08 年古河電気工業社外取締役(現
ても日本企業の相対劣位は変わっていない。
任)、09 年日本板硝子社外取締役、10
年 NKSJ ホールディングス社外取締役、
11 年日本 CFO 協会理事長(現任)、12 年
オリンパス社外取締役(現任)。
(資料-1)
(資料-2)
主要国株価の⽐較
わが国だけが株価低迷
700.0
TOPIX
600.0
米 DOW
英 FTSE100
500.0
仏 CAC40
400.0
独 DAX
300.0
200.0
100.0
4
3
2
1
0
9
8
7
6
5
4
3
2
1
0
9
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5
4
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2
1
0
5
20
1
20
1
20
1
20
1
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0
20
0
20
0
20
0
20
0
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0
20
0
20
0
20
0
20
0
19
9
19
9
19
9
19
9
19
9
19
9
19
9
19
9
19
9
19
9
19
8
9
0.0
1989年末を100として作成(出所:Bloomberg)
1
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これを少し異なった視点で、日米欧主要企業の ROE、D/E レシオ、手元流動性月商比で比較すると下
記の資料-3 図の通りとなる。
直近で比べると ROE では日本企業は中央値で約 8%と欧の約 14%、米の約 17%に対して劣位にあるが、
負債資本比の D/E レシオでは日本は 0.37 と欧の 0.61、米の 0.69 に対して財務体質的には優良と言
える。
この傾向は手元流動性月商比でみても同様で米の 1.34、欧の 1.43 に対して日本は 1.90 と
厚い手元流動性を持っていることがわかる。
日本企業の ROE の低さについてはレバレジの差が主因との意見もあるが、ROE の構成要素たる財務
レバレジ x 総資産回転率 x 売上高利益率の 3 要素を比較すると左記のレバレジと回転率はほぼ同じ
で差があるのは売上高利益率、すなわちマージンが日本は米欧に比べ半分以下でありこれが ROE の
低さの要因であるとデータがあり、レバレジの差が要因ではないことがわかる。
(資料-3)
日、米、欧主要企業のROE、D/Eレシオ、手元流動性月商比の推移
D/Eレシオ(中央値)
ROE(中央値)
25%
手元流動性月商比(中央値)
(ヶ月)
2.00
(倍)
日本(TOPIX500)
0.90
米国(S&P500)
1.87
1.90
欧州(STOXX Europe600)
0.80
1.80
20%
0.70
0.69
17%
0.61
0.60
15%
14%
14%
1.60
0.62
17%
1.37
1.40
0.59
1.43
1.34
0.50
1.32
1.20
10%
0.39
0.40
8%
8%
0.37
1.00
0.30
5%
0.80
0.20
0%
0.60
0.10
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
(年度/年)
05
06
07
08
09
10
11
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14
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
(年度/年)
(年度/年)
注:
日本はTOPIX500、米国はS&P500、欧州はDow Jones STOXX Europe600採用企業のうち、過去10年間連続して上場かつデータ取得可能な企業対象(金融は除く、日本:05~14年度連続377社、
米国:05~14年連続354社、欧州:05~14年連続384社)。データは日本は16年3月8日時点、米国と欧州は16年3月30日時点。
ROE=純利益÷期首期末平均自己資本。D/Eレシオ=有利子負債÷自己資本・手元流動性月商比=手元流動性÷売上高×12。変則決算は12ヶ月換算。
純利益は優先株配当前。自己資本は、日本は株主資本、米国と欧州は普通株+優先株。ROEとD/Eレシオは債務超過を除く。
(出所)日本は野村総合研究所データベース、米国と欧州はトムソン・ロイターデータベースに基づき野村證券作成
2
次に日米欧主要企業の株主還元の状況についてその総額及び配当性向・総還元性向の視点から見て
みたい。
先ず、株主還元総額を見ると下記の資料-4 の通り日本企業は各期の純利益額に対する還元総額は米
欧に比べて総額で非常に低く、かつ配当が株主還元の中心(殆んど)であるのに対して、米も欧も純
利益の殆んどを株主還元にまわしていることがわかる。また、米は株主還元の過半が自己株取得に
よるものであることも特徴である。一方、欧は日本企業と同様、配当が株主還元の中心となってい
る。
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次に、配当性向(配当額÷純利益) 及び 総還元性向( (配当額+自己株取得)÷純利益)の推移をみる
と下記資料-5 図の通りとなる。
配当性向は日本企業(28%)は米(36%)とほぼ同水準であるが、欧は 52%と日本より高く、04 年以降 40
~50%で推移している。他方、総還元性向をみると日本は米・欧に比べ明らかに低い。(米 92%、欧
62%、日 30%)
また、07~08 年約 90%であった米の総還元性向は 09~10 年に約 60%まで低下したが 14 年は再び 90%
台へ上昇した。
(資料-4)
(資料-5)
日、米、欧主要企業の株主還元総額の推移
日本(TOPIX500)
米国(S&P500)
自己株式取得(公的資金返済・相対取引・優先株)
(億ドル)
2,500
(億ドル)
10,000
配当性向(黒字・有配企業の中央値)
(億ドル)
9,000
自己株式取得
配当総額
日、米、欧主要企業の配当性向・総還元性向の推移
欧州(STOXX Europe600)
9,000
総還元性向(黒字・還元実施企業の中央値)
100%
100%
8,000
純利益
日本(TOPIX500)
90%
95%
90%
92%
85%
84%
87%
92%
80%
米国(S&P500)
8,000
2,000
80%
7,000
7,000
80%
欧州(STOXX Europe600)
73%
65%
70%
70%
6,000
1,500
59%
60%
60%
6,000
5,000
50%
5,000
4,000
40%
38%
40%
30%
27%
26%
52% 50%
45%
34%
35%
08
09
10
11
12
13
14 (年度)
30%
34%
30%
20%
10%
1,000
0
07
47%
30%
27%
0%
0%
06
62%
54%
49%
28%
10%
05
60%
53%
52%
36%
30%
1,000
0
48%
62%
40%
35%
31%
27%
20%
2,000
2,000
54%
52%
41%
32%
3,000
3,000
500
43%
43%
40%
4,000
1,000
50%
49%
05
06
07
08
09
10
11
12
13
05
0
14 (年)
05
06
07
08
09
10
11
12
13
06
07
08
09
14 (年)
10
11
12
13
14
(年度/年)
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
(年度/年)
注:
日本はTOPIX500、米国はS&P500、欧州はDow Jones STOXX Europe600採用企業のうち、過去10年間連続して上場かつデータ取得可能な企業対象(日本:05~14年度連続432社、米国:05~14年連続439社、
欧州:05~14年連続500社)。データは日本は16年3月8日時点、米国と欧州は16年3月30日時点。変則決算は12ヶ月換算。
配当総額は、日本は普通株配当のみ、米国と欧州は普通株配当+優先株配当。自己株式取得は、日本は一般取得(普通株式のうち公的資金返済と相対を除く)とその他(公的資金返済・相対取引・優先株)を分けて表示、
米国と欧州の自己株式取得はキャッシュフロー計算書の値。純利益は優先株配当前。
(出所))日本は野村総合研究所データベース、アイエヌ情報センターデータベース、米国と欧州はトムソン・ロイターデータベースに基づき野村證券作成。
日本はTOPIX500、米国はS&P500、欧州はDow Jones STOXX Europe600採用企業のうち、過去10年間連続して上場かつデータ取得可能な企業対象(日本:05~14年度連続432社、米国:05~14年連続439社、
欧州:05~14年連続500社)。データは日本は16年3月8日時点、米国と欧州は16年3月30日時点。
赤字・黒字は純利益で判定。配当性向=配当総額÷純利益。総還元性向=(配当総額+自己株式取得額)÷純利益。
配当総額は、日本は普通株配当のみ、米国と欧州は普通株配当+優先株配当。自己株式取得額は、日本は一般取得(普通株式のうち公的資金返済と相対を除く)、米国と欧州はキャッシュフロー計算書の値。
純利期は、日本は優先株配当控除後、米国と欧州は優先株配当前。配当性向、総還元性向は赤字・無配・還元なしを除く。
(出所) 日本は野村総合研究所データベース、アイエヌ情報センターデータベース、米国と欧州はトムソン・ロイターデータベースに基づき野村證券作成。
注:
3
4
少し視点を変えて日本企業の設備投資動向と現金保有残高状況を見てみると下記の資料-6 図及び資
料-7 図の通りで先ず日本企業が保有する現金は 2014 年度で 119 兆円と史上最高水準に達している
のに対し、設備投資は 2014 年度でも前年比小幅増加の程度である。また、時価総額に対する現金の
保有率は日本企業は米・欧に比べて過去 10 年の趨勢として約 2 倍であるとのデータもある。
(資料-6)
(資料-7)
日本企業の現金保有残高
日本企業の設備投資動向
■東証1部上場企業(除く金融)の資本的支出(旧設備投資額)の合計
■東証1部上場企業(除く金融)の現金・預金の合計額
(兆円)
(兆円)
140
45
119
120
96
100
61
60
40
40
45
47
49
61
64
71
76
10%
20
52
20%
15%
25
65
前年比(右軸)
35
30
80
40
設備投資額
40
15
5%
0%
-5%
-10%
-15%
10
-20%
20
5
-25%
0
0
-30%
(出所) 野村総合研究所
0
(出所)野村総合研究所
1
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上記より日本企業は、資本効率は ROE でみる限り米欧に比べ低いが計上した純利益を Cash out せず、
成長のための再投資もあまりせず、株主還元(配当、自己株取得)にも消極的で、手元に現金を置い
ているとの側面が読み取れる。
結果的に日本企業は内部留保も相対的に厚く、財務体質的にはより健全である側面を持ち、また、
最適資本構成のあり方の観点からは金融危機や緊急時の資金需要に備える意味での抵抗力を持つと
の特徴を有する。
しかし、これを投資家の視点で見れば成長もあまり期待できず、ROE は低く、成長機会が少ないな
らば株主還元すべきだがそれもあまり期待できない、従い積極的には投資できない、換言すれば株
式市場としては魅力薄、従い産業を成長させるリスクマネーも入らないという悪循環を招いている
恐れがある。資本市場への資金流入は企業活動を助け、新規産業の育成や経済発展の原動力となる
ことを考えると日本経済にとっても大きな課題と言える。企業の稼ぐ力を原動力に国の競争力を高
め、日本を再興させることを狙ってここ一両年緒に就いた日本企業のコーポレートガバナンス改革
の今後の課題の一つであろう。
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